2006年07月19日

ゆるゆるのインドビザ




「ほんっとこんなんで大丈夫なんかなぁ」


申請料8800円のはずが激安1200円
所要4日のはずが受け取り指定日は翌日
英文残高証明書が必要のはずが当日日付つきATMレシートがあればOK


上記はすべてインド大使館HP上でチェックした学生ビザの取得条件と窓口で実際に行われたこととのミスマッチ。


今回大阪までやってきたのは実はこのインド学生ビザが目的だったりする。


西日本在住者は大阪の領事館で申請のこと


などという九州在住者にはかなり迷惑なルールがインド世界ではまかり通っているらしく、もちろん郵送も可能なんだけど、8月には新学期が始まるわけで、背中をかなりせっつかれてるわたしにはそんな余裕もなし。

だから3連休明けの昨日、博多から朝一の新幹線に飛び乗り、大阪は堺筋本町駅前にあるインド領事館に駆け込んだのでした。



「きょう九州に帰るんですか?」

と窓口の女性。

「いや、一泊するつもりですけど…」

「じゃあ明日の午後4時以降受け取りに来てください」

だって。

なんだか当日でも発行してくれそうな雰囲気、ちょっと惜しいことしたかも、と思いつつ、その後は火鍋食って、千里にあるKATO氏の豪邸に転がり込んで一泊。


翌日、ようやくあがった雨を待っておいとま。

高台からは遠巻きに太陽の塔を眺め、そして阪急電車に乗って京都にGO。


だってビザ受け取りまではまだ5時間。


チベットにひたりすぎてかなり派手好みになっちゃったわたしの思考(嗜好)を改め、もう一度超日本的なワビ・サビの心を取り戻そう


と向かったのは、京都は太秦(うずまさ)。


そう、やっぱ日本の心は時代劇。映画村を観光してついでにコスプレ、俳優さんたちと写真なんかまで撮っちゃったりして…


だったらワビ・サビとは完全逆ベクトル。

いちおう最寄りのバス停だけ一緒ってことで実際たずねたのは映画村のおとなりにある広隆寺。


国宝第一号といわれる「弥勒菩薩半跏思惟像」で有名なお寺。


ほんとジジくさい趣味だといわれるかもしれないけど、わたしゃこの半跏思惟像が好きでねぇ。


チベットで何十体何百体という金ぴか弥勒像を拝むたび、木像のすすけたシンプルイズベストなこの仏さんをなんど思い出したことか…


広隆寺弥勒仏1.jpg

◎参考写真:ほれ、みなはれ。有無を言わさぬ高潔さ。境内の雰囲気も超しぶ〜い


宝物殿の中は大幅に改修されていて、半跏思惟像に近寄れる距離も少し遠くなってたりしたんだけど、それでも国宝を間近で見られて同じ空気を吸えるるこの環境はすばらしいよ。


監視のおっちゃんたちの視線が強すぎて、わたし得意の何気ない撮影(≒盗撮)は無理だったんだけど、およそ30分。日本仏教芸術の極をこれだけじっくり嘗め回すようにながめられたおかげで、もうチベットでしみついたバター臭さはなくなったでしょうよ。たぶん(笑)



もちろんそんな至極の境地に浸ってられる時間は限られてまして、今度はまたハデ好きヒンズーの神々にお呼ばれしている時間が迫ってまいりました。

阪急電車で大阪に舞い戻ってのインド領事館。


で、いただけちゃったのは1年のつもりがおまけつき1年1ヶ月有効の学生ビザ(マルチ)。

ただしあわせて提出してた大学のadmission letter(入学許可証)が返却されないってことで、インド入国時に窓口で係員に難癖つけられる自分を想像しながら、


「許可証の中に必要書類が書かれていたんですけど、それ見ないと…」


と申告すれば、すぐにただでコピーしてくれるフレキシブルさ。
なんとまあ、最後まで融通のきくすばらしい領事館だったというわけ。



さあ、とにかく準備は整った。
まだ航空券は買ってないけどね…


…とにかく

楽しかったよ、大阪・京都。
次はおいしいお好み食わせてちょうだいね。
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2006年07月18日

出張火鍋隊大阪夏の陣




「いま図書館で借りて北方謙三版三国志を読んでてさぁ」

「やっぱ英雄たちはハードボイルドにウイスキーストレート、チェイサーなしっすか」

「それはない、ない」


「このつけダレ強烈に薄いよねぇ。冷たいし」

「こっちのニンニク油を混ぜるとましになりますよ。っていうかこの油につけて食いたいくらい」


「そう、思い出した『泣いて馬超を斬る』っ!」

「ちがいますそれ。『馬謖』ですから」

「うーん、これが馬超だったら孔明も斬れてなかっただろうねぇ」



そんなマニアックな会話が交わされる大阪ミナミの繁華街。そのはしっこにある「老四川」という名の四川料理屋さん。


何が起こってるのかといいますと、ズバリ火鍋隊大阪夏の陣。


わたしが大阪にお上りするということで、急きょ地元KATO氏(GK)にプロデュースして集めてもらった帰阪中の火鍋隊メンバー。


よりによって元祖火鍋隊西家が「テスト期間中」のため

「今週は、今週だけ、今週の木曜日まではマジ無理っす」

と泣きを入れてきたことを除けば、鍋を囲むにはほぼベストの4人が「くいだおれ」前に集合。



さあ食べましょう、食べましょう。
たぶんメンバー全員にとっての日本初火鍋、いったい何を食わせてくれるんでしょう。

いちおう一品料理も各種取り揃えましたる同店。でもわれわれには火鍋以外に何の選択肢もなく、その火鍋選択肢でいうとこの食べ放題3コース。

羊肉、豆腐、しいたけ、白菜、もやし、腐竹、ゆりの花、中華麺 1880円
牛肉、豚肉、ホルモンをプラスするなら2480円
さらに海鮮、デザートまで加わっちゃうと驚きの3480円


そして極めつけは

香料(ヤクシー)一人前250円



ほう。ヤクシーときたか。


コノミセゲンチジンヤテル。ニホンゴマダチョトワカラナイネ


的なにおいをかもし出そうと、あえていんちき日本語を使っとるな。

どうして素直に

香菜(パクチー)一人前250円

って書かないかなぁ。


とちょっとつぼに入っちゃったわたし。

でもほんとに現地っぽい味だったら大歓迎すべきことなんでかなり期待度もアップしたんだけど、有無を言わさず運ばれてきたのは赤いスープと白いスープが入った鴛鴦鍋。


しかも赤いスープの赤は表面だけ。ラー油の膜が張っている感じだから、沸騰しちゃうと、その薄っぺらさがばればれ。すぐに茶色めのスープが姿を現しちゃってかなり興ざめ。


やっぱ紅鍋は根っから赤くないとだめだよね。

不健康なくらい。目を細めたくなるくらい。湯気が顔に当たるだけで痛くなるくらい。


見た目にたがわず味自体もさっぱり系な赤鍋でありまして、火鍋愚弄隊どもが「悪魔の実」といって恐れる花椒のパンチも皆無。

たまらず唐辛子油を大量に追加してもらったものの、火鍋(紅鍋)本来の重量感、こってり感を補えるには程遠し。


で、さっきの会話にも出てきたとおりのさっぱり系のつけダレ。

わたしはどうでもいいんだけど、カキ油(オイスターソース)も置いてないという不手際ぶりには残り面子からブーイングの三段攻撃。


と、まあ、文句はこれくらいにしておきましょう。


大阪火鍋1.jpg

◎参考写真:雰囲気ばっちり。味さっぱり。でも楽しかったらすべてよし


どんな食事であろうと、火鍋隊は火鍋隊。鍋を囲んで酒飲んで、話をしていりゃ盛りあがる。


2480円コース。肉食べつくしました。
生ビールも一人平均ジョッキ5杯。飲みました。
いつの間にか4時間近くたっちゃいました。


食い道楽の都にふさわしく一人6000円の大盤振る舞い。
わざわざわたしのために集まってくれた皆さん、どうもありがとうございました。


とりあえず日本帰国中も火鍋、四川料理への思いは絶ちがたし、ということで今後も見苦しく悪あがかせていただきますから、お楽しみに。
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2006年07月17日

お湯もう沸いたまだ?




久しぶりに囲む実家での食卓。

お腹の調子は一向に回復する気配なし、トイレ行きへのカウントダウンはいつも3秒前くらいの緊迫状態なのに、とりあえず食ってる間は美味しい幸せな気分。


そんな至福の食事の最後をしめるのはやっぱお茶でしょう。


で、

思わず口にしてしまった見出しの「お湯もう沸いた?まだ?」このせりふ。



家族からはとくになんの反応もなかったんだけど、言っちゃってすぐ、こんな日本語を使ってしまった自分にかなり唖然としちゃったね。



だって


「水已開了没有?」

だよ。


こんな中国語を思いっきり和訳した日本語、中国に関わる前2年前までだったら絶対使うはずないもん。


ああ、外国語勉強するってこんなとこにまで影響でちゃうんっすか…


すでにべらべら喋れるようになってるんだったらそれもまたよかろう。

でもまだ中途半端の範疇でうろうろしてるのに、よりによって母国語に対してまでよからぬイタズラ、暗い影を投げかけようとしているのか中国語よ。



驚いたときや突差のリアクションで、


「あいやっ」
「おいよぉ〜」

なんていうのはもう泣きたくなるくらいに口にこびりついちゃってるし、それを矯正するのはもう絶望的なくらいむずかしそう。


何とも恐ろしきは中国語…


そんなことに一人痛み入りながらも、実際食後に飲もうとしてたお茶だって、緑茶や玄米茶じゃなくって帰国直前、成都の五塊石市場で大量に買い込んだ烏龍茶(福建産鉄観音)だったりする。


がぶ飲み烏龍2.jpg

◎参考写真:こてこてな日本湯飲みで飲む鉄観音。まぐろ、しゃち、しゃけ…


茶器まで現地調達しちゃうと重くて荷物になるから、それにわざわざ日本で中国茶器買うのも高くてばからしいから、日本流にいただいております。


まるで日本酒好きが杯の酒をなめるようにして飲むがごとく、小さな茶杯に少しずつ茶を注いではかおり嗅いだり、ちょっとずつ口に含んだりして楽しむ中国茶人たち。


こんな「がぶ飲みスタイル」をみたら目を血走らせて「アイヤァ」かもなぁ


なんて思いながらもこれが日本めし食べた後にはぴったり。
さっぱり感は日本茶以上だし、美味しいんだから仕方ない。


実は今飲んでる茶葉、


成都某漫画喫茶のオーナーはこの前いくらのお茶を買った

だの、

西南交通大学の日本語教師はいくらの買って日本へのおみやげにした

だの、


世間話のためなら顧客の個人情報保護を何とも思っちゃいない店員との会話を楽しみながら買った500グラム380元(約5500円)、中の上のお茶っぱ。


日本で買ったら十倍はするよ


という言わなけりゃいいようなセリフも言っちゃうような店なんだけど、扱うのは完全に福建省産茶葉専用でほんもの。上記のごとく、結構成都在住の日本人御用達のお店らしく、もうすでに


「チベットと成都を行き来している怪しげな日本人はこの前これ買ったぞ」

なんて話の種にあがってるのかもしんないね。



高級ウーロン茶を少量だけ運び屋してがぶ飲みできるのも、若干中国にご縁のできた日系四川人たちの特権。日本の食文化に中国の食文化を取り入れるのも我々の勤め、たんにコラボレーションを楽しむのだけでも一興。


だから、

中国系新しい日本語だってどんどん使ってあげましょう。使わない?

はい、使わない(断定)
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2006年07月16日

アカデミック衝動買い




日本へ帰ってきてとりもなおさずしたかったこと。


それは本屋。


でもただ行きゃいいってわけでもなくて、



「インドに留学します」

なんて周りに言いふらしておきながら、現在のわたし、当然ヒンディー語できないばかりか、英語もはなくそ程度しか喋れません。インドのことよく知りません。


だからそんなわたしには付け焼き刃専用、おぼれる者がつかむためワラが必要でして、それを知識の泉、本屋で探してみたかったのでした。


とにかく九州じゃかなりでかいお店といえるジュンク堂福岡店に駆け込みまして、で買ったものをレシートで紹介。



語学   1995 円
高校学参 1890 円
人文   3885 円
語学   2940 円
語学   2730 円
雑誌   1029 円

合計  14469 円


いやぁ、高いっ。
計6冊で約1000元。高級火鍋を30人くらいにおごってやれる金額。
日本の本ってなんでこんなに高いのよ。


でもとまらない。

レシートの内訳見てもっても分かる通り、主に購入したのは語学のテキスト。

特に大型書店とかだと困るのは、あの「語学」コーナーあたりの充実ぶり。毎年定期的に三日坊主たちがわんさか押し寄せる永遠語学ブームだから、どっかのピンク街の呼び込み以上に有象無象たちがうじゃうじゃいるわけでしょ。


そんなんから

「本当にすぐに身に付く」


を本当に見つけ出せる可能性なんてたぶん、チベットの川原で砂金掘り始めて仏像一体分の金箔をためるより何倍も難しいはずなのにわたし、一冊でもカゴに入れちゃうともうあとは雪だるま式。

おっ、これいいねぇ
こっちもよろしくない?

ほぼ名前だけで以下のような書籍を選んでしまったのでした。


表現のための実践ロイヤル英文法(旺文社)
英語で意見を論理的に述べる技術とトレーニング(ベレ出版)
こうすれば話せるCDヒンディー語(朝日出版社)
通訳メソッドを応用したシャドウイングで学ぶ中国語難訳語500(スリーエーネットワーク)
[季刊]旅行人2006冬号ディープ・サウス・インディア
世界各国史7南アジア史(山川出版社)

書籍4.jpg

◎参考写真:さあてこれだけの情報量。何十分の一程度脳みそに刻まれるのか


さてここでクイズの時間。

先のレシート上で「高校学参」に分類されてたのはどの本でしょう?


A.「こうすれば話せるCDヒンディー語」でした。


ってのが真実ならば、この国の未来は十数年前に大槻某がシャウトした「日本印度化計画」になっちゃうところ。ほんとほんと。だけど実際は「表現のための実践ロイヤル英文法(旺文社)」が正解。


だってさぁ
帯にさぁ

「本当に伝えたい英語が書ける・話せる英文法書誕生!」

なんて書かれてたら飛びついちゃうよ。
だってこちとらけつかっちん状態で本当に伝えたい英語が書けて話せたいわけだし…

それがまさか高校生用だったとはね。
いやはや最近の高校教育恐るべきですわ。

みんなインドに留学するつもりなのかもしれないね(笑)



どうしてこれだけの本を買っちゃたのか、わたしなりの説明をさせてもらうと、


駅前留学するわけじゃないんで「ブロークンでも通じりゃOK牧場」からは卒業しなきゃいけないし、インドの超エリートたちとは英語で意見を論理的に述べあう必要がある。もちろんヒンディー語だって読み書き、あいさつくらいはできなきゃ…。それで中国語だって忘れるわけにはいかない。当然インドを中心とした南アジアの歴史に通じてることくらいインド留学者の常識。南アジアにも旅行で行きたいし…


どれも正論。

でももうお腹いっぱい。

当然のように帰宅後ページは開かれず。

衝動買いってのは買うことに意義があるわけでして…

第一こんだけの本たち、持っていくだけでも大変でしょ。


あ〜、暗記パンがほしいっ!
posted by 牧場主 at 00:00| 北京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 他にもまだこんなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月15日

今回は長目に中国拝拝




青島に来ました。
久しぶりの潮の香り。
ようやく眠気から覚めました。


飛行機は午前7時35分発だから、都合3泊した前門の40元宿を出発したのは早朝5時すぎ。

最寄りバス停から乗ったバスは天安門広場にそって北上。右側に国家博物館前に掲げられた巨大な特設掲示板が見えてきた。

1124日。12時間12分○○秒。

そう、北京オリンピック開幕までのカウントダウンボード。これまで特別意識してみたことはなかったけれど、バスが通り過ぎる間も、10秒ほど開幕が近づいた。

今の正直な気持ち、オリンピックは北京に戻ってきたいと思っている。半年前は考えもしなかった。それだけこの間、この町から色んな影響を受けたということだ。移り気なわたしだから、これから気持ちがどう変化するかは分からないけど、好きな場所があって、好きな人たちがいて、面白いことがどんどん起きる。そのことが分かったから、今生の別れという雰囲気はみじんもない。まったく爽快だ。




勘のいい読者か相当なOK牧場マニアなら分かっちゃうはず。


そう、これは去年の日記。
7月11日だから厳密にいうと369日前のできごと。


でも去年との相違点といえば日付以外


目的地       青島 → 福岡
宿出発     午前5時 → 午前7時
飛行機の時間 7時35分 → 9時20分
宿の値段     40元 → 45元

くらい。


あっ、そして


北京さよなら.jpg

◎参考写真:北京オリンピックまでのタイムリミット。時は確実に進んでる


要するに一年たってもほぼ同じことやってるわけで、だからというか、最後に書いてる気持ちだってなんも変わらなかったみたい。目指せ北京オリンピック!



ただ2年前、会社を辞めたときから

「中国では2年間遊ぶ」

と決めてたし周りにも言いふらしてたんだけど、その予定の2年間が終わってみて感じるのは、


予定通だったのはその遊学期間だけ


だったってこと。
あとは全て予想外の連続。



抱腹絶倒(元祖マジボケレディー「三遊亭あほ陳」との交友など)
孤軍奮闘(西洋人ツアー客とチベ人ドライバーとのはざまで通訳)
権謀術数(mingxizi大姐の実妹yashiziを招いての国際ドッキリ)
民族団結(中国内全民族が学ぶ西南民族大学での楽しい留学生活)
臥薪嘗胆(何度も何度もチベット嫌われ、そのたびに嘗めた苦難)
愛国無罪(北京反日デモ。わたしはのんきに山西省旅行中でした)


とにかく、なんでもありありだった中国生活。


でも、ありがたいことに腹が立ったことは正直ゼロ。


電子辞書1回なくして、デジカメ1回すられて、HSK試験1回「級なし」とったけど、それは全部「自己責任」。

中国じゃ拾ったものを届けないとか、こそ泥棒&スリが多すぎとか、問題の作り方がひねくれすぎてるとかいってもあとの祭り、仕方ないっしょ。


これこそ、中国でさらに磨きをかけた

「些細なことに動じないおおらかさ」



小銭集めだけに追いかけまわされてるようなこの国の人たちが時折かいま見せてくれる伝統というか民族DNA。

家族とか友だちとか、ほんとに大切にしなければいけないものに対する熱い態度を見せてくれたり、なぜか列には並ばないくせにバスの中では誰もがお年寄りに席をゆずったり…

中国の人たちから学んだことだって決して少なくなかったね。



中国の「悠久ぶり」ってやつは日本にいたって、「昴」「万里の河」「N○Kシルクロード」のテーマ曲なんかで広く知られてるわけだから、はてしなく広がる砂漠やとうとうと流れる大河なんかは何となくイメージできるわけでしょ。

でも、それが人々にどう根付いているのかを実感するにはやっぱ中国にやってきて、砂漠から吹き込む暴風に痛い思いをし、大河の水を飲んで腹をこわす必要があるんだな、と。



「とにかく生の中国を肌で感じたい。理解したい」


そう思ってた留学前の願いは、振り返ってみりゃ砂漠も大河もひっくるめてこの上ない形で実現できたし、さらに予想以上の鳥肌経験にも恵まれたことで、今現在、色んな人たちによって引っぱられたわたしの後ろ髪はさらにのびるばかり(笑)。


なんだけど

2年は2年。自分の「ひねくれ道」も貫き通したいわけで、ありがたくもまた一回り人間を大きくしてもらった中国だけど、やっぱ予定通り、しばしの拝拝(バイバイ)させていただきました。



だから、今は日本。

また新しい空気を吸うための準備期間。

ほのかに「田舎の香水」のかほり漂う佐賀の空気を吸ってます。
posted by 牧場主 at 00:00| 北京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | ちょっと思ったこと。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月14日

大柵欄ゴーストタウン




本日は実質北京最後の日。



昨日北京入りした塾長、xiaochuanとともに最後の中国を楽しく過ごそうという私的計画だったのに、どこに行っても引く手あまたの彼ら。すでに「深からぬ縁」「後には戻れない関係」になってしまったわたしを尻目に


「Mixiで知り合った女の子に会いに天津に行く」


と午前10時の携帯電話で知らされまして、


「牧場主はもう今日しか2年間の中国生活の思い出に浸る時間はないというのに我々が邪魔しちゃ悪い」

という言葉にはしないけど深く温かい彼らの思いやり、しみじみ感じました(笑)。



で、急きょひとりぼっち。


しょうがなく、宿で知り合った日本人青年とともに近くをお散歩をすることに…



わたしの泊まってるエリアっていわゆる北京の下町「大柵欄(da4zha4lan)」。


故宮の真南にあって前門より南に広がる庶民街で、日本でいうならベタだけど浅草みたい。

中国最大の観光地「天安門広場」を間近に控えるだけに各地からのお上りさんたちも多くがこちらに参集するという観光スポットであり安旅館集まるスポットでもある。


メーン道路沿いには北京ダック屋や漬物屋さん、薬屋、靴屋など清朝期まで遡るような老舗「老子号」、そしてその背後には迷路のように入り組んだ現地の人たちの住まい「胡同」がおびただしく。


わたしも北京留学時代の「文化講座」やクラス飲み会などで何度か訪れるうち、「庶民の北京」を感じてしまったようで、例えメシ食うのが五道口(市北西)であろうと、三里屯(市東部)であろうと、北京に来ればこちらに宿をとんなきゃ落ち着かない。


そんな大柵欄(da4zha4lan)エリアなんだけど、昨年10月以降大変な変化が。

実はひどい再開発に晒されてて、ええ、そりゃぁ相当なもんです。


だいたい北京到着の夜。

なじみの宿「Leo Hostel」にリュックを起き、先発隊KATO氏と落ち合い、


「さあ、メシでも」


「おれ、いいとこ知ってるんっすよ。ウイグル屋でいいっすか」


「いいですねぇ。行きましょう」


で、夜中9時をすぎてもまだまだ賑やかな大柵欄街を楽しみながら、前門から南に延びる前門大街へ。そして通りを横切り、新鮮口街に入ると…


はい、ゴーストタウン。


まるで中国東北の国境地帯で間違って(笑)川を渡ってしまい、北朝鮮に入国してしまったかのよう。

向こう岸のにぎわいがウソなくらい、こちら側は建物あれど光はゼロ。人の気配もゼロ。とうぜん「お気に入りの店」も建物と看板だけは当時のままに


まるで


数時間前に空襲警報が鳴りました。みなさん避難中。まだ解除されてないから注意してねっ


くらいの雰囲気。


「すいません。人がいなくなってます」


そんな当たり前の報告するしかないわたし。



前門大街よりも東側に入ってすぐのこのゴーストタウンエリアは崇文区に入るわけで、厳密にいうなら大柵欄地区ではないわけだけど、そういや新聞の社会面なんかでむかし


「大柵欄は北京でも最貧困エリア」


なんて見出しの調査記事を読んだことを思いだし、


「北京オリンピック始まる前にこの辺全部さら地にして『衛生・安全ニセ伝統庶民エリア』を作るつもりなんだろうね。中国各地に『ミニ麗江』『ミニ大理』が発生してるのと同じ理屈だね」


と互いにどこまで知ってるのか分かんないけど、そんな知ったかぶりの言葉を交わしたもの。


大柵欄.jpg

◎参考写真1:昼間だったら人は一応通ってるけど裏びれた寂しさはいとかなし



で、本日も同じエリアを歩きながら日本人青年にそんな状況判断だけの解説をしてあげる優しいわたし。


「そのうち大柵欄の方もこうなっちゃうんですかねぇ」

「あっちはもうメーン通りは整備されてるし、こっちのように全面廃虚にゃしないでしょ。壊すのは老百姓(市民)の住居だけ。大通り沿いの店はかなり儲けてるところもあるわけだから彼らも長期的な営業停止にゃ黙ってないはずよ」

「なんか一番残されといてほしいとこが壊されるわけっすね。なんかさみしいかも…」


マネキン.jpg

◎参考写真2:誰が作ったか、芸術的オブジェ。遠くを見つめる眼が印象的



そんなこと話しながら、在りし日の人々の生活の断片を心のフィルムに焼き付けようと躍起になってゴーストタウンを歩き続けた北京最終日…


だったら少しはさまにもなったんだけど、そんな「きちゃない」エリアは20分程度。高層商業ビルに吸い込まれ、本日唯一の目的地「吉野家」を満喫したわたしなのでした。
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2006年07月13日

目指せっ名刺百枚完配




今だに体調はぎゅるぎゅる。


でもこんなわたしですが、「送別会を開いてもらえる」って聞けば喜んでいっちゃうよ。


成都にて数日前、ノーガードにてニコニコ火鍋接待させていただいた政客「イーガオ」さんが北京に戻ってきて、こんどはわたしにおきて通りの接待返し。


「食べたいものあれば何でもいってちょうだい」



もともとわたしのように浮気っけを出すこともなく、4年近くこの町で生活してる北京の隅の隅まで知り尽くした彼。


中国人の食に対するつきない欲望を満たすため、あの手この手を使って全国各地から集められた食材を、さらに周某兄弟も足元でひれ伏すような超一級料理師たちが手巧の限りを尽くして完成させたような「豪」に「勢」がつく中華の真髄だって食べさせてくれるかもしれない。


普通だったら涙が止まらないくらいに嬉しい申し出なんだけど、この弱った体に刺激を与えるともう「戻って来れない」ような不安がよぎるのも事実。

それになぜかシンプルなものが無性に恋しく思えてしまい、あえて指定させていただいたのはあと数日もがまんすりゃたべれるような日本式の焼鳥。



それでも場所選びに抜かりないのは、さすが宴会王の面目躍如。

「瑞兆」という名の焼き鳥屋さんは、わたしの語言大学留学生時代にはまったく縁のなかった北京市東部にあって、右隣りが「来来軒」という王道中の王道の屋号を掲げるラーメン屋で、そのさらに右には「鳥亭」というまたまた焼鳥屋という完全日本ストリート。


さすが首都北京、こんな世界もあったんだ

と今さらながらに驚くわたし。


じゃあその隣りも日本食系?

かというとそうじゃなく、ある人曰く「よろこばせ組」がいらっしゃるという将軍系「冷麺屋さん」なんだだそうで…


「そっちがよかったかな」


なんて気はさらさら起きませんでしたよ(笑)。



でもさ、


本日の送別会であんなに名刺を配れるとは思ってなかったね。


そう、昨年9月末、西南民族大学留学生だった時代に作った名刺100枚。

カラフルだし、チベ語使ってるから珍しいし、渡した人には評判いいんだけど、いかんせん成都日本人少ないから、渡す人全然いなかったんだよね。

だから、中国撤退を目の前にまだ大量に在庫を残した状態。


こんなん残してもしょうがないし閉店間際の大放出が必要かなぁ
こうなりゃ奥の手、街歩いてる見知らぬ人たちに無差別投下しちゃおかなぁ



そんなことまで思い始めてた昨今だったんだけど、本日まさかの大量配布に成功。ほんと思わぬ展開ですよ。


だってさ、ふつうだったら送別会で名刺配るシチュエーションってないよね。

っていうか、

そもそもなんで送別会にこんな初対面の人多いのさっ?



実はこの日「瑞兆」の座敷席に集まったのは日中あわせて15人ほど。


「北京でもこんなに人望があるのさ。わたしは」

と胸を張りたい気持ちを抑えて、ぶっちゃけちゃうとわたしが面識あるのってこのうちの4人。


そう、4人だけ。


いつの間にかイメージ一転、役作りのためならまるでロバートデニーロ。トレードマークのスキンヘッドからイメチェン中のプーサン先生。

いつのまにか王麗さんになってしまってた博多美女が2人目。

いつの間にかわたしの意識も薄れそうになってた会の終盤、またしても現れてくださったトンカツ屋の大将。

そして政客「イーガオ」さん。


じゃあ、残りは誰なの。
単なる相席の人たちってオチじゃないよ。

この2年間、日中交流に偉大な足跡を残した牧場主さんが中国を去るんだからその偉大な功績を華やかにたたえましょう

と「イーガオ」さんらの声かけで集まってくれた日中の精鋭さんたち。


プーサン先生つながりでいらっしゃった貫禄十分バリバリの現役俳優さんや綿陽(四川)出身の超綺麗な女優の卵さん。大臣クラスの保証人さんや日本語HP「人民網」の主筆さん、日本語雑誌の美人女性編集者など「多士済々」の一言では済まされぬほどの人物ぞろい。


日本人だって初顔合わせは語学留学生から舞踏家さんや家庭主夫さんなどさまざま。


テーブル各所では映画論から日中交流の未来、四川火鍋の楽しみ方までハイレベルな論議が交わされ、かなりの盛況ぶり。


北京飲み会.jpg

◎参考写真:もちろん料理も美味しくてみなさん大満足のご様子だったね


「あっ、やばい」


「また会いたいって思う人一気に増えちゃった」


「これだけのメンツと一期一会オンリーなんてもったいなさすぎる」


「これでぜったい北京に帰ってこなきゃいけなくなっちゃったよ」


そんな思いがけない結論にいたったわたし。

要するに何かの終わりだと思っていた本日は単なる節目でしかなく、しかも面白そうな何かの始まりだったというからくり。これはもう、困ったくらいに集まってくれたみなさんに感謝するしかないですな。

はい、ごちそうさんでした。
posted by 牧場主 at 00:00| 北京 | Comment(0) | TrackBack(0) | いろんな交流してます | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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