2006年07月26日

住所不定無職者の悲哀




毎晩毎晩、飲み屋を渡り歩き、千鳥足で帰り着いては自分の家、人の家などいとわずに気を失うようにマットに倒れ込んで眠りこけてた、コケテッシュなわたし。

気が付けばいつの間にか、右目のコンタクトレンズが紛失しているではないですか。


かつてはハードレンズ連続2週間装用もいとわなかったくらい、眼科医さんが目の敵にするくらいだから、数日間つけっぱなしなんてへっちゃらへっちゃら。


と思って目の乾きもなんのそので狼藉こいてたんだけど、流石に左目だけじゃこの世の巨悪をお見通しできなくなる恐れもあるわけで、もう4年くらい前に購入した年代物なんだし、両方いっぺんに買い換えましょ


とかつての記憶をたよりに福岡・天神は某フラワーへ。


そうねぇ…

あれは太宰府勤務時代、真っ昼間から平然と担当地区を抜け出して福岡都市高速をドライブ。次長課長はまだいないけど、部長部長職あたりの有象無象が頻繁に出入りする本社近くにあるあのコンタクト屋に2度も足を運んだんだっけ…


というのは今となっては笑い話。



とにかく今回もその店に行ってみると、驚いたことにまだ残っておりましたわたしの個人情報。


すごいねぇ。一度つかんだお客は決して離さない訳ね


と、感心するのもつかの間、どこか丁寧語がおかしげなお姉さん。


「本日は保険証はお持ちでしょうか」


だって。

いきなり痛いとこつくよね、まったく。
こちら海外旅行保険すらこの十年見向きもしなかった男です。


「放浪ものに保険は似合いませんから、ご遠慮しております」

と言っちゃうと多分やばいんで、

「へっ、はっ、あっ。りゅ、留学してたもんで今は保険ないんですけど…」

と素直な自己申告。



それでもなんかちょっと表情変わった(ように見えた)お姉さん。

「それでしたら、全額負担になりますが…」

「はぁ。で、いくらくらいかかるもんですかねぇ」


「少々お待ちください」

といってどこ換え消え去ること約5分間。


「お待たせいたしました。検診だけだと2000円くらいになりますが…」

「じゃあ、お願いします(うっ、140元かよ)」



といってのぞんだ検診の結果は


「左目にアレルギーが出てますねぇ」

とロマンスグレーに片足突っ込んだくらいのお医者さん。
どうやら久しぶりの長時間装用がたたっちゃったみたい。


「まあ大したことないんでコンタクトする分には問題ないです。目薬出しときますね」


「(いくらですか?って聞いたら驚くだろなぁ)お、お願いします」


結局、コンタクトレンズ自体は両目で2万円ほど。


でも検診代はやっぱり2000円超。そして目薬代、アレルギー性結膜炎治療剤「インタール点眼液」という代物が5mlで2070円だって。


????.jpg

◎参考写真:一体誰がもうけとるんじゃ〜!こっ、こんなんで2000円


レシートには悲しくも「調剤費自費」と印字してあるし、更にちゃんと消費税も103円徴収されてるし…


マツキヨとかで2173円分の目薬くださいっていったら一体どれくらい買えちゃうもんでしょ。



いぜんどっかでmingxizi大姐に聞いたことあるんだけど、海外にいる間まったく国民健康保険代とか払ってなくても、日本に一時帰国した際には一時的にその恩恵(3割負担)にあやかれるという抜き差しならない裏技があるもよう。でもそれをやってはこの日記は書けません。


「けっ、どうせ俺ははみ出しものなのさ」


と強がり言っても現実はシビア。病気になっても病院に行くにいけない不法入国した外国人たちの気持ち、少しは分かれたような気がしました。
posted by 牧場主 at 00:00| 北京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | ちょっと思ったこと。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月25日

越南美女とはすれ違い



と、意味ありげなタイトルでしょ?

でもわたしをよくご存知の方ならもう一顧だにしないはず。相変わらずなんにも大したことじゃございません。



昨晩ついに「日本四大都市圏de飲み会in10days」という、チベット仏教の四大宗派本山総参拝にも匹敵するような偉業を成し遂げちゃったわたし。


あとは後進を育てるだけ、もう思い残すことはない


と思ったかどうかは本人のみぞ知るところ。

とりあえずは名古屋から新幹線に飛び乗って、無意識のうちにとんこつラーメンの匂いのする方へと一歩を刻んだのでした。



で、やっぱ新幹線って速いよね。


昼すぎにはホント目の前に純正とんこつ(@住吉亭)があるんだから驚き。


相変わらずこちらさんときたら、超さっぱりスープと仏壇の前に持っていきたくなるくらいの大盛りご飯はともに健在。



ただいくらラーメンで幸せになれたとはいえ、せっかく途中下車したんだし、また快速電車に乗って30分、このまま実家に帰っちゃうのももったいないよなぁ


てな具合にメンを最後のひとすすりした時に頭に浮かんだのが、福岡アジア美術館でちょうどやってた「ベトナム近代絵画展 花と銃—インドシナ・モダンの半世紀」。



そのイベントポスターに掲載されてた展示の目玉といえる作品こそ、越南(ベトナム)美女だったわけ。


せっかくだから彼女に会いに行くか



と腹ごなしに中洲のアジ美までお散歩30分。


もちろんポスター見て気に入っただけだったら、わざわざ高い入場料を払ってまで、要洗濯な下着類を背中にしょってまで、見に行ったりはしません。



そんなんじゃない、わたしと彼女はもっともっと深い縁なんだから…




≫≪≫≪≫≪≫≪≫ と、ここでいきなりセピア色懐古モード ≪≫≪≫≪≫≪≫≪


目が覚めた時、既に2時も近い。おかげであの何とも言えない疲れはおおよそなくなっており、無事外出することとなった。食事をすませ、それから駅の向こう側にある美術博物館を目指す。


近くに軍事博物館というのもあったのだが、時間的に二つとも見て回る余裕はなく、そうなると趣味の観点からも美術館の方になる。


道に迷いながらもたどり着いたそれは、外見は政府の建物と思われても仕方ないくらいに堅い造りだったものの、実際に入り口で金をとられたし、中に入ってみるとやっぱりと言うか美術品が沢山飾られていた。


油絵や水彩などの作品もあることはあるのだが、それらは主に補助的なもののようで、ここでのメインの展示は銅版画やシルクに描かれた作品群。


ベトナム美術界の現状と歴史を知ることができて非常に興味深かったのだが、一方で重要な作品の方は気に入った作品も2・3点しか出会えず(メインに展示されていたものの多くはプロパガンダ的意味合いの大きいものだったので興味の対象とはなりにくかった)、帰りのスーベニアショップにもそれなりの絵葉書は売ってなかった(というか全く絵葉書はなかった!!)こともあり、無駄ではなかったけれど充実した時間を過ごしたとも言いにくいと思う。


まあこれから訪れるであろう町においても、可能なかぎり動物園と美術館巡りは続けていきたいと思う。


(1996年11月23日の日記から) 




面白さのかけらもない文章だという指摘は甘んじてゴミ箱の中に放置しとくとして、このときの気に入った作品2、3点のうちの一点ってのが美術館入り口すぐのところにあった作品。


しかも


ベトナム女性にあるまじき、いやベトナム女性の度(範疇)を超えたレベルで白く透き通った肌が印象的な、たぶん18歳くらいの女の子。


青系統を基調にしたその絵はシャガールのような透明感がありつつ、ほんっとにかすかな微笑みはミステリアスなほど東洋チック。あまりに周りの作品と毛色が違いすぎて最初は


へぇ、こんな絵もあるんだね


くらいの印象だったんだけど、その後、じわりじわりと頭から離れない存在になっちゃって、その旅の後半となる約一カ月後、ミャンマーのどっかで出会った日本人から旅の写真を見せてもらってたとき、偶然その作品と再会。


「ほう、ヲタクも彼女を気に入りましたか」

「とうぜんですよ。ヲタクも撮りました?」

「いえ、拙者は…」


などという会話を交わしたとか、交わしていないとか(ナイナイ)。



とにかくそれ以降、わたしにとっての最高の越南美女は相変わらず美術博物館入り口でわたしを迎えてくれた「彼女」であることには変わりなく、ただその後の人生においてあまりに多くの美女にお会いできたせいか(笑)、老齢化にともなう単なる脳細胞の崩壊が原因なのか、最近は思い出すこともなかったというのも事実。



とにかく、更にもう一汗かいてたどり着いた美術館。


はい、展示は一昨日で終わってました。東京でダメ人間たちに囲まれてたときが千秋楽だったのね。そんくらいちゃんとチェックしとかんか、このアホがっ


せめて絵はがきくらい売ってるかも


…いや売ってません。辛うじて閲覧コーナーで図録を眺めることができただけ。


その図録、解説文と作品をいったり来たりしながらよおく眺めてみると、ベトナムに伝わる伝統的な「漆絵」という画法や女性の描き方(タッチ)自体は間違いなく最高の越南美女と同じなんだけど、ずばばり同一人物、あの時の彼女というわけじゃなかったみたい。


つまりは同じ作者による別の作品って可能性高し。
でも、やっぱベトナム人の度を超えたようなベトナム人。


今回福岡に来ていたのがその彼女じゃなくって「リエン嬢」という妹かお姉さんらしきことを知り、安心したようなそれでもやっぱ残念なような…

姉妹に会えればどうにかして本人に連絡とってくれるかもしれないし…
美人の姉妹はやっぱ美人だし…


アホはアホなりに複雑な気持ちやね。



ベトナム漆絵.jpg

◎参考写真:上列が越南(中央:リエン嬢)で下列が台湾。全部アジ美のHPより


ちなみにそのまま帰るのも敗残兵なので、現在公開中の「日本時代の台湾絵画〜見出された郷土」展というのを見ました。浴衣とヤギの絵がきれいでよかったです。

おわり
posted by 牧場主 at 00:00| 北京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | まちかど歩けば新発見 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月24日

尾張名古屋は城とモツ




※本日の日記、コンピューターの変換作業が思うよう進まず、よりによって不適切なダジャレが散在してしまいました。よって駄アレルギーの方はご遠慮ください。




人よりもちょっぴりわがままな胃袋を持つ不幸なわたし。



まだ帰国して10日もたたないというのにすでに大阪、福岡、東京とわたり歩き、相手の迷惑も考えずに人集めをしては口福のかぎりを尽くしておりまして、こうなりゃ毒わば皿まで。


四大都市圏を制覇しないかぎり、文字通り「腹の虫」がおさまらない


ってことになりまして、最後に目指すべきは名古屋。



そんなおり、飛んで火にいる夏の虫。

先のエベレスト・カイラスツアーで知り合った名古屋在住で氷河の専門家SHUHEIさんからタイミングばっちりな連絡が入り、


「旅の終わりは尾張でしょ(駄1)」



とさっそく東京脱出。
とうぜんのごとく飛び乗ったのは新幹線ではなく普通列車。


普通ですぐに不通(駄2)になるのは途上国。


こちとら安全性、信頼性こそ最近ちと揺らいでるけどまだまだ中印レベルとは段違いのJR東日本&東海。冷房付き車両にゆったり腰掛け、3本乗り継いでも計6時間の「日本の移動はやっぱらくちんね」の小旅行。


最近の飲み会続きによる慢性寝不足状態も手助けして、iPodShuffleから音楽を垂れ流しながら、何度となく意識が遠のいていってはふっと目覚める幸せな時間の繰り返し。



気付いたときにはいつの間にか愛知入りしてたんだけど、それでもまだ午後3時をまわったあたり。勤め人に復帰されたSHUHEIさんの仕事終わりは午後5時以降ってことで、


さあて2時間何をしましょうか



これまでにも青春18時代(普通列車乗り継ぎで九州ー東京を往復していた時代)に何度か通過したことはあった名古屋だけど、実際に街を歩くのははじめて。


だったら名古屋城見学以外にはないでしょう


でもここで問題発生。名古屋駅で地下に潜ってみれば、思った以上に発達した地下鉄路線に驚きながらも、目的地を端的に示す「名古屋城」みたいな分かりやすい駅名はないこと発見。


「名古屋城ってどう行けばいいですか」


と素直な質問ができるくらい素直な性格でもないだけに、ガイド本でも見て探そうかと近くの本屋に入ってみれば、名古屋版だけすべてのガイドや地図に立ち読み防止のためのビニールが施されている惨状。


「こりゃ本物のビニ本以上の嫌らしいさ。せこすぎるぜ、名古屋」

と文化の違いを実感。


「そげんとでケチらんで大股開きでいきましょうや」

不適切な発言は今のうちに尾張(×お詫び、駄3)しときます。



まあ、何はともあれここは日本。どうにかしてたどり着きましたよ名古屋城。

熊本で働いてたときには熊本城とも結構縁のある仕事だったたんで、城に対しては石垣の組み方や天守閣の構造、籠城時に備えた危機管理態勢の有無など、「しろ(×城、駄4)うと」以上の知識はあったつもり。



でも、

天守閣は戦後の再建されたものだと知ってちょっとがっかり。

元のお城は太平洋戦争時の空襲で全焼してしまったらしいんだけど、実はその後建てられた城がどうなてるのかよりも、展示場の一角にあった炎上する城の写真が一番印象的だったりする。


これは見ている人たちにいけない気持ちを起こさせるくらい迫力があって妖艶な写真かもよ。たぶん金閣寺を焼きたくなる人に通じる気持ち。



でもう一つ笑ったのが名古屋城名物「金のしゃちほこ」が3回も盗難の被害にあったことを紹介する明治時代とかの新聞記事。


容疑で捕まった男性の名前が黒塗りになってたり、顔写真の目の部分に黒い線が入れられていたり、そこまで人権に気をつかいますか、と苦笑い。

そりゃえん罪だったんなら当然そうすべきだけど、単に

「罪を憎んで人を憎まず」
「死者にむち打つようなことはしない」

という優しい気持ちなのか。やっぱ名古屋人の考えることは分かりません。


とにかく思った以外のとこが面白くて、思った以上に観光客は多かった名古屋城。帰りしな、幸せそうなカップルさんから写真撮影をたのまれ


「愛知(駄5、×はいチ)ーズ」


と小声で言うことも忘れませんでした。




で、ようやくSHUHEIさんと合流。


わたし的には高地ではどうしても控えめにせざるを得なかったアルコールを気兼ねなく飲みながらとにかくお話さえできりゃそれで十分満足なんだけど、チベットで一緒にいた約20日間、こっちからは基本食い物の話しかしなかったんで、


「久しぶりに行く店だから今はどうかなあ。昔は美味しかったんだけど…」


そうとう気をつかってもらったみたい。
ほんっと申し訳ないです。



で、入ったのは「鶏厨房」という名のニワトリの焼きものメーンのお店。
たぶん名古屋コーチン系のいい肉使ってるはずの店。



「ここのキモの刺身が美味しいんだよ」


「すいません。うち刺身はやってないですね」(店員)


とのっけは

えっ?


の展開だったけど、その正体はすぐに判明。

実際刺身といっても差し障りないくらいレアに焼かれたキモはアンコウやアラのキモに通じるようなとろけるお味。


「そうだ、これだ。これ」


と記憶の糸をつなげることにも成功。


さらにハツやシロ、カワといったほかの部位たちもその新鮮さで劣るところなし。存在感をブイブイ(駄6)と主張してくる。

名古屋.jpg

◎参考写真:カウンター席だから焼いてるとこ丸見え。他人のだってすぐカプリっ


さらに炭火パワー全開だから注文して一分以内に


「はい、おまたせっ」

「どもども(いや、全然待ってないって)」


というやりとりが何回繰り返されたことか。



網焼きは豪快さがない分だけ、宮崎の地鶏炭火焼きにくらべてちょっと劣勢かなって印象なんだけどジューシーさは合格点。


ってかんじで全てが美味しかったのかというと、名古屋名物であるはずの「みそ串カツ」だけはは

……ミソクソ(駄7)ね。


だってわたしみそ文化圏人じゃないし、みそっていっても「コチュジャン」「トウバンジャン」系の辛みそ系しか認めてないわけジャン(駄8)。


というわけで結論。
城はまあ十分楽しんだし、鳥はモツの部分が美味しかったし、


「尾張名古屋は城とモツ」


はい、おそまつさまでした。

ここまでおつきあいしていただいたみなさん、もうこんな駄まみれのことはいたしませんから、どうかご容赦を。



追伸:SHUHEIさん宅での二次会。八海山、さすがです。さらに仕事から帰ってきたばかりの奥さん(某大教授!)に色々とつまみまで作ってもらって申し訳なし。今日中に食べてしまいました。教授に作ってもらっただけにね(駄9)。
posted by 牧場主 at 00:00| 北京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 他にもまだこんなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月23日

汚いのは嫌いじゃない




あ〜ぁ、ここは文明都市TOKYOだったよなぁ
なんでこんなアジアの安宿以下のとこで寝てんだかなぁ



昨晩の「日系四川人のすばらしさを再確認する会(一部改題)」が終わった後、2つの選択肢がございました。

九州世話人代表として上京、宿無し状態のわたし。



mingxizi,yashiziの美人姉妹宅にもお母さま公認で「お呼ばれ」していたのに、そんな泥酔してたわけでもないのに…

四川大学留学生サッカーチーム2代目キャプテンと向かったのは、どう道を間違ったか、幹事役も見事にこなして自身かなりご満悦だった元祖火鍋隊東家こと「大王」宅。



最近一人暮らしを始めたばかり。
7畳のフローリングにロフト付き。


とか聞いてたから、油断したね。たぶん


どんな豪邸に住もうと3日も経てば大王ワールド。


入って早々、足の踏み場がない
とうぜん寝るスペースもない


まずはゴミと洗濯物を端っこに押しやって腰を下ろすスペースを確保。お持ち帰りした串焼きや餃子、寿司を魚にささやかな二次会を開き、


床全体がゴミ箱って結構便利かも


なんてあやうく大王ワールドに引き込まれながらも、だんだんと夜も更けていき(朝も近くなり)、今度はわたしと2代目キャプテンの2人が横になれるくらいまで空きスペースの拡幅工事をしたのが記憶のおわり。


あとは酔いと疲れにまかせて生きるための睡眠をとるだけ。



で、相変わらず目覚めちゃう午前ちょい7時前。起きたときの第一声こそ、冒頭のぼやきだったのでした。

大王宅いせや1.jpg

◎参考写真:まるでゴミ捨て場に遺棄された死体のような2代目キャプテン



その後、下高井戸に出向いて大王お勧めの醤油ラーメンをすする。

ただし、

20ちょいのキャバクラ店長経験済みのキャプテンと30前にして大王たる男、さらに30ちょいの牧場主が話す会話は基本放送禁止まみれ。ここまで30数年間築いてきた人格を疑われるようなものばかりなので、あえて自粛。


みなさんまだ全然酔いがひいてなかったのかな。悪い人たちじゃないのよ




で、

1時には新宿アルタ前にて久しぶりの登場となるわが西南民族大学時代の同学(クラスメート)、インディージョーンズを目指すイエンレンと再会。アルタ前連チャンなんてなかなかすてきでしょ。


この4月から大学4年次に復帰、やることと言えば秋の大学院試験と冬の卒論の準備だけらしく、ちょっぴり余裕も感じられる彼。


今度はお好み焼きをつつきながら、

中国話、チベット話、インド話に花を咲かせるものの、さらに真剣にチベットと付き合おうとする彼に対し、すでに「チベットお腹いっぱい」になっちゃってるわたし。


「そのパワーは若さかなぁ」

としみじみ。

お話は夕方5時過ぎまでで、彼は教授宅での飲み会へ。


つぎに再会するのは日本なのか中国なのか、インドなのか。
10歳も下の彼の成長、今後も楽しみやね。




そして本日第三の刺客はヤッタム。


名前は怪獣っぽいけどれっきとした人間。

ある旅行中、某国にて知り合った女性(日本人)なんだけど、その時のやりとりが出色オモロくって、さらにわたしのほうで彼女の身の上について色んな妄想が爆発。


この感動を忘れてはならない
自分一人のものにしてはならない


と、プライバシーの侵害どこ吹く風。

さらに若干の脚色を含めて日記に書いちゃったもん(バレンタインの某??劇→http://itoyama.exblog.jp/d2006-02-15)だからその後、丁寧な言葉使いながらも文面からは強烈な「怒り」を感じずにはいられないクレームメール(笑)をいただいた間柄。



帰国後、東京に出てきて再就職した彼女とは、その後もメールのやりとりを続けてたんで実は昨日のうちに再会、とげ抜き地蔵にも近くに住んでるという彼女に連れて行ってもらったという成り行きだったりする。


そん時もいろんな話をして、どうやらわたくしの先の無礼に対してもそうお怒りではないらしいことが感じられたこともあり、そうなると酒好きを自称される彼女。


しらふであそこまでオモロいのが酔っぱらってどうなるか、見ずに死ねるか


と、どうにか酒をごいっしょしたかったんだけど、夜には「異業種交流会」の先約が入っていたらしく、ダメ人間の会にお連れすることはできず。



ってなわけで、本日改めて酒の席を設けましょ、ってなことになってたのでした。



場所は紆余曲折を経て吉祥寺。
井の頭公園そばにある串焼き屋「いせ屋」。


学生時代(今もだけど)、この辺をチャリでよくうろうろしていたわりに、なぜか一度ものれんをくぐることなかったお店。

単にうまくて客が多いだけじゃなく、歴史もかなり古いらしくて建物自体かなり年季の入った代物。炭火でいぶされた鶏や豚の脂が木造の柱や壁に十重二十重にもしみこんで、すすけたてかり具合はもう芸術の領域。

ちょうどチベット寺院にあるような、バターまみれの手で何万、何十万回も触られた仏像のてかり具合を思い出すような感覚。

大王宅いせや2.jpg

◎参考写真2:みんな楽しそうでしょ。いいよねこんな汚(きたな)楽しい飲み屋さんって



串は一本80円。
ビールは一杯…ん?いくらなんでしょ。

とにかく焼き鳥と生ビールは日本のお家芸。
さすがは酒好きを自称される彼女もピッチは衰えることなし。


ただ、前回会ったときのように奇想天外、抱腹絶倒なお話が聞けたかというとそういうわけでもなく、さすがに転職をしてまだ3、3ヶ月、さらにまだ27歳と若いわけで慣れない仕事や職場の人間関係に悩みなんかも当然あるわけ。


そんな話を彼女がして、わたしが思ったことやかつて働いたときの経験なんかをかたって、というのが大まかな流れだったもよう。


すでに生ビール数リットルを胃袋や腸につめ込んだ酔っぱらいのたわ言に律儀にうなずいてた彼女。


新しい環境にとまどったり悩んだりするのは当然のこと、苦労と経験を積み重ねりゃ新しい自分を開拓できるって可能性もあるわけで、実際に悩んでる本人を前にしては口が裂けても言えなかったんだけど、若干うらやましいという気持ちもあったりする。



だいたい今現在のわたしって同世代の人たちと比べりゃかなり楽な方面に引き籠もっている状態でして、最近は学生や社会人経験者でも年下の人たちと接することが多かったせいか、これまでの30年足らずの人生を振り返ってその経験をぐだぐだ語るなんていう、ご隠居モードが多すぎだったなぁ、とちと反省。



たかが数年早く生まれてその分早く社会に出て人とちょっと違うこと経験しただけなのに、それ以外に何もない底の浅い知ったかぶりをしてもその薄っぺらさはすぐに露呈するのは自明の理。

それよりも自分も前に進んでいる姿、汗をかいてる姿を見せることの方が何倍も説得力あるんだろうなぁ


よしっ


閉店になっちゃったし、さあ帰りましょうか。


日記終盤になるにつれて論理的でない話になってしまったのは、酒が回るにつれてまとまらなくなっていく当時の考えていることを忠実に再現したからで、決して今もこんなぐたぐたなわけではありません。たぶん、ね。
posted by 牧場主 at 00:00| 北京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | ちょっと思ったこと。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月22日

下半期は運気向上中?




さあ、夜行バスはほぼ予定通りの15時間コースで午前7時前、サラリーマンたち人口膨張直前の新宿副都心に到着。



ちょうど半年ぶりの東京シリーズ。


前回は何がいちばんすごかったかっていうと、仲間との再会でもアキバでのデジもの買いまくりでもなく、仏の面ををかなぐり捨てて優しさのかけらもなくこてんぱんに書き下ろしてくれた浅草寺の「凶」おみくじだったりする。


その後しばらくして中国に渡ると、直後のデジカメ故障に始まり、パスポートが2日ほどなくなったり、別のデジカメすられたり、インドの山奥で高熱に浮かされたり、期待を裏切らないドラマチックな展開。


それもこれも、実はおみくじの面子を立てるため、さらにはみなさまに笑いを提供するため、あえてその通りの役を演じ続けたわたしの迫真アカデミー賞級演技のなせる技だったりもするんだけど、ね。



とにかく

チベット入りしてから以降は普通の日本人たちの一生分くらいのお寺を訪ねて一角札(約1,5円)をばらまき、仏像を前にしても衆生の衆のようにお手々の節と節を合わせることなく、


「ほほぉ、うーむ。なかなか」


ってな具合。知ったかぶり続けてきた成果が徐々にあらわれ、さらにはカイラス山を巡礼したことでこれまでの罪や汚れを全て浄化できたってことで、運気はだいぶ上昇中みたい。


少なくとも今年初頭、1〜2月の最バッドラック状態からは抜け出せれたような実感があったし、「日系四川人の現世(社会)復帰を支援する会年次総会(以降:ダメ人間の会)」のスタートまではまだだいぶ時間が余っていたということで、観光ついでに東京寺社仏閣探訪シリーズ第2弾。


とげ抜き.jpg.jpg

◎参考写真:巣鴨にあるおじいちゃんおばあちゃんの原宿「とげぬき地蔵尊」


に来てしまったのでした。



もちろん狙いはおみくじの一本釣り。


前回浅草寺は100本全てに番号の書かかれた棒から一本引き、それと同じ番号の棚にあるくじを選ぶタイプ。今回はもっとシンプルに自分の誕生日の棚にあるおみくじを引く方式。


迷うことなく8月28日を選択。


はい、みなさんここテスト出ますよ、覚えてちょうだい。

8月28日ですからね(笑)。



で、おみくじの内容はどうだったのか。カイラスはホント御利益があるのか。まずは読んでみてちょうだい。半年前(矢印左側)と比較しながらがよいでしょう。


願望(希望)
叶いにくいでしょう → 無理せず自然にまかせるべきでしょう

病気
おぼつかないでしょう→ 食養生が大切です。腹八分は金言です

失物(紛失)
出にくいでしょう  → 時間がたつと困難です。早ければ出てきます

待ち人
現れないでしょう  → 都合で来られません。一日も早く当方より尋ねられよ

新築・引越(移転)
悪いでしょう    → 慎重に選べば、幸い良し

旅行
悪いでしょう    → 出先で金を落とすかもしれぬ。分散して持参されよ

結婚・付き合い(結婚・恋愛)
悪いでしょう    →真実の愛の路は茨で囲われています。誰にも遠慮するこ
          となく愛を告白しなさい。幸運があなたに恩恵を与えます



どう?

微妙に持ちなおしてると思わない?

悪いなりに光明みたいなんが見えてきたでしょ?

あと数回カイラスまわれば「吉」にも到達できるかも、でしょ?


決して最凶悪運状態の面影を残しつつも、そっから3段飛びでいいことばっか書いたりしてないのが、リアルでよろし。ちなみにわたしの今の運勢の状態、凶とか吉という一般的表現は使わない「とげぬきstyle」によれば、「穏運」というのだそう。



さらにとげぬき地蔵といえばやっぱお地蔵さんもDon't miss it!(DJ風)。


最近のウイークポイントであり腹八分が金言とみくじに指摘された「おなか」。

お地蔵さんのおなかを優しく丁寧に何度もなでなでしたからには、例え気持ちの問題かもしれんけど、飲み会の前に悪酔いを抑えるためヨーグルトや牛乳で胃に膜を張るより何倍も御利益ありそう。

勢い勇んで本日のメーン行事「ダメ人間の集い」に乗り込むことになったのでした。



で、その集い。

九州支部からのわたしの参加がそんなに嬉しかったのか、総勢10人参加でなかなかの好評ぶりだったんだけど、そこにたどり着くまでがやっぱひと筋縄じゃ行かないところが我々日系四川人のチャームポイント。



そもそも新宿アルタ前集合。
なんでこんなべたすぎる場所…


さらに居酒屋の客引きお兄ちゃんにも同情されるほど、集まりの悪い四川時間が染みついちゃってるから、誰がまかせたか名幹事(火鍋隊元祖東家・大王)からして30分以上遅れて登場。


その後もじわりじわりと増えていく面子。

ところで、一年以上会ってなかった人たちだってけっこういたのに、一度話にエンジンかかっちゃうともう生ぬるい四川の風が吹き始めるから、あら不思議。


まるで成都の寝苦しい晩、紅瓦寺のシャオカオ店(路上串焼き屋)に繰り出して夜明け近くまでだべってたときの雰囲気そのまま。あのころにタイムスリップしてしまったかのよう。



たぶんみんな同じ感想だったんじゃないかな。まったく懐かしい感じがしない。あまりに当たり前すぎるからなのか、5時間近く食っちゃべってても記念写真とか撮ろうとする姿もなし。


シャッターを押す時間も惜しんでおしゃべりを楽しんでたってことなんだけど、単にこんなダメ人間の集いに参加したことの証拠を残したくないという本音があるのかも…


いいんです。

それは日本社会に復帰できてるって証拠なんだから(笑)。


あっ、わたしはとうぜん前者、ダメ人間の集いはわたしの誇り(埃)ですから。
posted by 牧場主 at 00:00| 北京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 他にもまだこんなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月21日

二日酔いどれいざ東京




昨晩の楽しかったお帰りなさいパーティー。


その後、二日酔いまで「お帰りなさいパーティー」開いてくれまして、本日午前中は起きあがるに起きあがれない。だる〜い気分で畳の上をゴロゴロ、ごろごろ。


なんかチベットからおりてきて以降、ずっとこのパターンだよなぁ


考えることはそれだけ。

ようやく平衡感覚を取り戻した正午前、激辛カレーで胃袋を醒ましたあと、もう出発の時間へのカウントダウンスタート。

「日系四川人の社会(現世)復帰を支援する会年次総会in東京」

九州支部代表世話人を自認しているからにはたとえ二日酔いだろうと欠席など許されようはずもなし。しょうがなく荷物をまとめてお出かけ準備を始めたのでした。



移動手段は初めての高速バス。
午後3時にJR博多駅前を出発。

所要15時間、1万500円。安いっ!

バス移動.jpg

◎参考写真:車内は豪華3列シート。飛行機ならCクラス並みのリクライニングも可


だから、背中と腰を十数時間も90度に固定しとかなきゃいけないようなどっかの国のバス移動を想像してはいけません。


アイスクリーム、ヨーグルト、レモン系の飲み物

おやつは通常500円までだけど、とにかくアルコール漬けの胃腸や肝臓、血液そのものまでを冷やして浄化して、ミソギするために「清涼」なものを大量に持ち込んでのバスの旅。


この豪華バス。約30人乗り。出発時点では半分程度の乗車率だったんだけど小倉、広島に停まっては少しずつ乗客をピックアップしていき、福山駅前で車内は満員に。


ただ、時間はすでに午後9時をすぎちゃったりして、


こんなペースでほんと明日6時半、新宿に到着できんの?


なんて思ったりもしたんだけど、3列ベッドは快適そのものだし、「おやつ」たちのおかげで体調も完璧復活。


寝てたらいいだけじゃん。ゆっくり行ってくれ


そんな心境なのでした。


そうそう、本日はとうぜん酒ぬきね。

どんなに飲みたくても週二回の休肝日は守りたいと思っている、その心意気が素晴らしいわたし。あっ、でも、「来るもの(お呼ばれ)は拒まず」だからまったく遠慮する必要はありませんから、ね。どんどん誘ってください。あしからず。
posted by 牧場主 at 00:00| 北京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ちょっと思ったこと。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月20日

火鍋隊Soloっと火鍋城




生まれてこのかた32年。

なぜか一度もお会いしたことない方々約10人ほども参列していただき、にぎにぎしく送別会を開いてもらったのがつい先日のことin北京。


今度は真逆、まったく初顔合わせの人たち4人にお帰りなさい会を開いてもらったin博多、って展開だから人生波乱万丈、まったくもって捨てたもんじゃない。


その名も「火鍋城Night vol.2 牧場主さんお帰りなさい♪」。


いぜんこの日記、しかもほぼ一年前(http://itoyama.seesaa.net/article/11349821.html)に紹介したことある福岡市早良区役所そばの中国大明火鍋城が現場。


博多一

いや九州一

ここまでは火鍋油の赤に誓って太鼓判が押せるほど正宗川菜(超本格名四川料)が楽しめるすばらしくプリティなレストランなんだけど、こちらのお店にて、見ず知らずの方々に


「お帰りなさい」


っていってもらったのでした。


集まったのは、火鍋城の味と雰囲気にまいってしまった「のぼせもん」たちが集まるインターネット上の交流サイト、mixi(ミクシー)のコミュニティ「中国大明火鍋城」のメンバー4人。


もともとチベットにいたときにこのコミュニティの存在を知り、


あのメニューはうまい、このメニューも最高だ。今度あれ食おう、そして次はあれ、デザートはやっぱあれでしめるべし


などと盛り上がるメンバーたちをよそに、精進料理よりも忍耐が必要なチベット料理しか周りになかったわたし。活発な書き込みを読むたび、どれだけのよだれがチベットの乾燥した大地にしみこんでいったことか。


とにかくそんな飢えた狼(おなかと背中がくっついたブタ)のようなわたしをあったかく迎えてくれたのがコミュ管理人のtomiさんをはじめとするすばらしい4人衆。


わたしが逆の立場だったとしたら、


うまいもん食うための口実さえあればOK牧場。新参者をおちょくりながらでも盛り上がろうかい


っていう魂胆みえみえで参加するのが常なんだけど、彼ら彼女らはもっと大人。そんな本意があってかないのか、そのそぶりも見せません。


じつは四川大学留学生火鍋隊隊員として初のソロ活動、隊の名においても恥ずかしい姿は見せられないわけなんだけど、当然ながら向こうさんらはそんな気負いも皆無。


bokujonushi.jpg

◎参考写真:こんなもんまで準備して中国帰りの住所不定無職を迎えたのでした



さらにこんなサプライズも。

都合三度目となるこの火鍋城迷(マニア)たちのイベントを聞きつけた同店の社長、朱大明さんまで中国から駆けつけ登場。

四川出身者にあるまじき丁寧で流暢な標準語でもって自己紹介、さらにお店特製キーホルダー人数分とサービス料理2品まで提供してくれる大盤振る舞い。


何よりも「中国大明火鍋城」、その名前の由来が分かったことが一番の収穫だったりして(笑)。



とにかく、

皆さんとは初顔合わせながらカラうま好きが共通のキーワード。よけいなゴタクがいらないのが、仕事飲み会や異業種交流会(合コン)などと違うところ。

いきなり

tomiさんから「なに食べたいですか?」

と聞かれ、いつものように

「いや、わたしは辛い料理が一品あるだけで…」

と答えると


これでもかっ


ってくらい怒涛の辛い料理をオンパレードしてくれる汲み取り方。さらにさっぱりうまい系だってちゃんとおさえてるような、まさに中国人さえ黙らすくらいつぼを押さえた点菜テクニック。


hinabejou.jpg

◎参考写真2:赤いのから白いのまでバランスよく取り揃えられたテーブル。そそるね



とうぜんのごとく、ビールが進む。

でもここは九州。

一人、また一人とビールモードから焼酎モードに切り替わっていくあたり


「やっと帰ってきたとばいね」


とうれしさも倍増。

タイミング遅れの焼酎ロック参戦はかなり危険な賭けだったものの、なんとかお見苦しいところを披露することもなく、乗り切ることができました。


これだけ飲み食いして一人平均4000円。あの大阪「老四川」が、あの程度の料理と酒で6000円近くかかったことを考えると、すでに大明火鍋城


「あんたもう西日本一」


くらいの称号は与えちゃっていいのかもしんないね。

もしかしたら今後一年間はまったくの川菜なし、当分お別れの四川料理になるかもしれないわけで、ラストにふさわしい楽しくおいしいお食事会となった夜でした。



追伸:詳しい情報についてはぜひmixiのコミュニティ「中国大明火鍋城」をのぞいてみましょう。
posted by 牧場主 at 00:00| 北京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 食い物、飲み物腹一杯 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。