2006年07月07日

今年はおだやかに、ね




中印シルクロードの復活
四川商人のビジネスチャンス限りなく
亜東の商人7割以上は四川から
長距離輸送、飲食、生鮮品販売などは川商の天下


【7月7日=華西都市報】

世界の人口2大大国を隔ててきた鉄条網が静かに撤去された。44年の時を経て、中国とインド両国は6日午前、チベット自治区亜東県とインドのシッキム地区とにまたがる乃堆拉山口の国境を開放した。


この場所はかつての「シルクロード」南線の主要ルート。中印両国によって数百年にわたって友好的に行われていた国際貿易が復活するとともに、中国とインドはそれぞれ仁青崗辺貿易市場と昌古辺貿易市場を相手国民に開放することになった。かつて両国軍が対峙していた国境には多くの人々が流れ込み、商人たちは握手をしたり記念撮影をしたり互いにチベット仏教のカタを奉じあったりしてこの記念日を祝福。屋台でチベット産の香やツァンパなどを販売していた53才のロサンさんは「長年待ち望んでいた市場がとうとうオープンした」と喜んでいた。


北京時間午前10時、中印両国は乃堆拉山口の両側にて同時に両国旗を掲げた。11時40分、辺境貿易は正式にスタート。インド・シッキム州のチャムリン首席部長の司会で開通式が行われ、式には中国西藏自治区人民政府のシャンバピンツォ主席、中国駐インド大使館の孫玉尓玉大使らも出席。終了後には、中印双方の市民がそれぞれの国境を越えて現地の様子を参観したものの、この日実質的な貿易が行われることはなかった。専門家によれば、乃堆拉山口のオープンおよび7月1日の青藏鉄道の開通は、中国とその隣国であるインドとの現代のシルクロードの開通を意味し、「調和のとれた地区」の建設を促進させるという見方。


西藏亜東地区貿易の開放と青藏鉄道の開通は、インドを中心とした南アジアとのビジネスにおける四川の企業の優位性を際だたせるものでもあった。現在、四川商人は大挙してチベット市場に進出しており、この南アジアとの商機も的確につかむとすれば、他に先駆けて商機を独占することになる。


分析者によれば、乃堆拉山口での開放の初期段階においては、シッキム方面からの貿易額は毎年2億ドル程度とみられる。このほか、青藏鉄道の開通によって、中国内地から乃堆拉山口を通じた南アジアへの商品の流れやその種類は増加を続けるという見方。中印両国の潜在的な貿易規模は決して低いものではなく、中国西南部と南アジアがひとつの貿易圏として一体化するという局面すら想定されるという。青藏鉄道は今後さらにシガツェ、林芝などに延伸する計画で、この亜東もまさにシガツェ地区に位置している。新しくオープンした乃堆拉山口は疑いなく南アジアの陸路大動脈となり、中印貿易を拡大させる。


☆亜東はまるで成都周辺の田舎町

「亜東乃堆拉山口は西部地区で最も海に近い交易地であり、その再開は大量の物資の輸出入や価格の低下を促し、それは四川にとっても十分なメリットになるだろう」。亜東現地の責任者はこう話す。「亜東で商売をやっている人の7割以上は四川から来た人たち。この辺境貿易の再開を彼らは間違いなく千載一遇のチャンスとみている」。乃堆拉山口のオープンは彼の地で商いをしている四川商人たちを特別興奮させ、その利益を得ようと目を光らせている。


亜東は四川商人の天下

現在亜東には四川出身者による店が250件程度開かれ、飲食店やホテル、百貨店、建築請負から長距離バスの運営まで、その内容は多岐にわたる。「亜東に来ればチベット自治区にいるというよりも成都周辺の田舎町に来たような気分になる」と嘆くのは広州からこの地で商売を営む男性。「亜東はもう四川人の天下だよ」と続けた。


「20世紀80年代中ごろ、亜東に最も早く訪れた四川人は全て野菜の売買人だった。その後経済の発展につれてどんな商売でもやるようになり、現在の亜東は内地のどの地方とも大差のないほどに発展した」。亜東最大の百貨店(雑貨屋)の社長で四川出身の文礼徳さんはこのように振り返る。「私たちは何でもやってきました。亜東とシガツェを結ぶバスの経営者もまた基本的に全て四川人です。私も自貢の出身ですし…」。運転手の宋林さんもこう話した。


亜東では運輸関係以外にも、飲食業、野菜の販売などの分野もまた基本的に四川人によって行われているという。


四川と南アジアとのビジネスチャンスを開く

四川商人の存在感はすでに亜東およびラサ地区では重要な地位を占めており、南アジアとの陸路の大動脈が日を追って整備されていくとすれば、四川人もまた南アジアとの多くの商機を最も身近な場所でえることができる。「チベット乃堆拉山口のオープンと青藏鉄道の開通は、四川企業に対してもインドやその他南アジアのマーケットに対して一つの大きなビジネスチャンスを与えたことになる」。四川大学南アジア研究所の文富徳所長は数日前、このように明言した。


「青藏鉄道の開通に加えて今回の乃堆拉山口オープン。西藏、青海、甘粛、寧夏、四川など多くの内陸省にとって、中国と南アジアとの人と物の往来を促すものになる。特に四川は南アジアと地理的にも近く、だからこそ四川企業にとって大きなチャンスを意味している。乃堆拉山口の開放でインド進出の大きなチャンスとなりえるだけでなく、南アジア全域に展開する足がかりでもある」


この二日間、亜東辺貿易市場で取材した結果、インドなどの南アジア国家では四川の絹製品、食品、漢方薬、小型電子商品や日常品などの人気があり、亜東最大の百貨店の文礼徳社長は「ネパールやブータンの商人の多くは私の店にある小型家電などが人気ですね」と説明した。


予測:特殊探検ツアーも商機

亜東乃堆拉山口における辺境貿易の再開は、旅行業界にとっても、特殊な探検ツアーといった企画などでも商機を呼び込みそうだ。今後旅行者が南アジアへの陸路ルートをたどって亜東からインドに入国するようになれば、彼らは青藏鉄道沿線の高原雪山の景観を楽しみ、チベタンアンテロープなどの珍しい高原の生き物を観察。チベット自治区に入った後は高原特有のチベット族の生活習慣やヤルツァンポ川大峡谷の風景などを堪能。最後に亜東からインドへの入り、インドの最も開放された先進的な一面と、シッキム地区の最も伝統的なインド文化を楽しめる。「この完璧ともいえる青藏鉄路ーチベットーインドの旅行黄金ルート、今後少なからぬ成都の市民が先を争って観光に訪れるに違いない。亜東経済の発展に伴い、更に相当程度の資本の投資も必要になるだろうが、旅行業もまた(貿易と同じ)一つのビジネスチャンスになるだろう」。成都のある旅行関係者はこう話した。


中印貿易.jpg

◎参考写真:シッキムから亜東にやってきた人たち。わたしも混じりたいっす



【評】

世間に反日旋風が吹き荒れていた昨年の7月7日。


あろうことか北京市郊外にある廬溝橋の中国人民抗日戦争紀念館、あろうことか廬溝橋事件が発生したズバリ7月7日、リニューアルオープンしたその日に「他流試合」を申し込み、門番の“わかぞう”武装警官どもとちょっとした小競り合いを演じたすえ、無事「門前払い」をくらったという、若かりし一年前。


今じゃカイラス山巡礼も終え、その達観の程度は、高卒を期にきっぱり暴走族を卒業したばかりの19歳の元ヤンなみ。


「牧場主先パイ、マジ落ち着かれましたッス!!」


なんて歯の溶けた後輩連中に言われそうなくらい丸くなったわたし。


だから今年は反日のハの字もあおることなく、未来を前向き、希望的に報じた記事を紹介してみました。


ついでに言うなら、4月11日の日記で紹介したニュースの続報。



これまでさんざん「だらけ者」のレッテルを貼ってた四川人が、こんなチベットの端っこまで精力的にがんばってきたこと、中国中央政府の「チベット本土化プロジェクト」の一端を忠実に実行する「愛国者」だったってこと、この記事を読んで耳が痛くなるくらいに分かりました。みなさんも分かりましたでしょ…


でも

「四川人と国際化」


これはまったく別次元のお話。たとえ、日頃から「外国語のような中国語(=四川弁)」を話してる彼ら彼女らだけど、



中国の論理が通用しない場合はどうするの?



世界中に200くらいある様々な国のなか、たぶん最も中国の論理が通用しない国がお隣のインドであるのはマニアには周知の事実。

だからこそわたしもその「両極端」な2つのお国に興味を持ったわけだけど、予想よりも早くその「文明の衝突」が始まってしまうみたい。


決してチベットではチベ語をしゃべろうとしない四川人たち。ズーズー弁の四川語でインド人とも値段交渉するのでしょうか。それともクイーンズイングリッシュを身につけるのか。


麻辣好きの奴らが何でもかんでもカレー漬けの生活に耐えられるのか、それとも「正宗川菜(本場四川料理)」の看板が乃堆拉山口を越え、世界第三の高峰「カンチェンジュンガ」見守るガントクの町にも登場するのは時間の問題なのか。



楽しみ以外に何もありません。



そんなことやあんなこと、そんな研究機関があるなんて知らなかった四川大学南アジア研究所の文富徳所長とやらにわたしも取材してみたいもんです。



まあ、きょうはめでたいめでたい。
つっこみどころもぎょうさんあれど、それを指摘するのも大人げなし。


自分の記者をわざわざインド国境まで派遣する「華西都市報」には、地方紙の壁を越えて中国ではかなり珍しい、もしかしたら中国初の「ブロック紙」に成り上がろうとする野望すら感じることができました。

「四川人のいるところに華西都市報あり」

ってかんじでね。たぶん今後なんのフォローもないだろうけど、目出度いときはおめでたく報じるのは嫌いじゃなし。★★★★☆
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2006年07月02日

面白くないNewsだけど




これで最後?チベ日記45
ラサ


鮮やか花火がダブルに祝福 夜を眠らせず
わが市昨晩五色の花火で青藏鉄道開通祝う


【7月2日=拉薩晩報】 本紙訊(記者:次仁卓瑪) 7月1日は党の85周年の誕生日、また世間の注目を集める青藏鉄道の生誕の日でもある。その晩、我が市ではあざやかな花火を打ち上げてこの歴史的な記念日を祝ったのだった。


ポタラ宮前広場は、人混みで動くこともできないほどの混雑ぶりでさらに人々は相当に熱狂。午後9時から噴水が音楽にあわせて動きだし、その生き物のように躍動感あふれる様子は色も形も多種多様。市民たちは噴水をじっと眺めたり写真に撮ったり、それぞれの顔は幸せな表情にあふれていた。


21時30分、色とりどりの花火がわが市上空に花を開き始めた。この瞬間、ポタラ宮前に集まった人々からは歓声が上がり、花火と音楽噴水とが織りなす幻想的な光景を永遠の記念にしようと、携帯電話やデジタルカメラをとりだしては我先にとシャッターを切り始めえるのだった。


「今晩は我々多くの市民が待ち望んで久しかった青藏鉄道のおめでたの日、このうれしさをどう表現していいか分かりませんよ」。ポタラ宮前で他の来場者の記念撮影の手伝いをしていた貢布さんはこう話した。「青藏鉄道の開通はチベットと祖国内地との連携をより緊密にすることを意味し、また我が区の社会経済をより発展させることを意味する。今晩、わが市はポタラ宮広場でこのような音楽噴水と打ち上げ花火で歴史的な記念日を祝った。ラサの一市民として、私はこの歴史的な日の到来を本当に嬉しく思うし、同時に心の中では鉄道開通後の拉薩およびチベット自治区全体が共産党の指導のもとで更に美しく、強く発展することを願ってます」


7月1日夜、ラサのありとあらゆる場所ではこのように青藏鉄道開通の祝賀ムードに包まれていた。



【評】

拉薩晩報は中共拉薩市委の発行。
なんでこんなお手前記事(評価:★☆☆☆☆)を紹介したかっていうと、それはズバリ、昨日の日記の訂正のため。


そうです花火


午後9時半に始まったのは今日の記事にもある通り間違いないんだけど、大間違いは



「ゴルムドを今朝出発した青藏鉄道一番列車のラサ到着を知らせる中国共産党の高らかな勝利宣言」


の部分。

ラサ着は本日未明0時31分だったというから、まだ花火の頃は青藏高原のどっか。たぶん那曲よりも北を走っていたはず。


間違いの理由は簡単。

列車本来のスケジュールだったらこの時間帯には到着のはずだったんだけど、この日はゴルムド駅およびラサ駅で出発前の記念式典が長引いちゃって、ね。胡錦涛なんかも来ちゃうもんだから…


それにラサホテル屋上にて、仕事さぼって花火見物に来てたチベ族服務員に

「もう列車が到着したの?」

「うん」

って言うんだもん。



とにかく、

訂正記事なんてめったに出そうとしない中国の新聞各紙(一部紙除く)よりも、なんて低姿勢なわたしなんでしょう。さらにこんなちょうちん記事まであわせて載せてあげちゃうんだから、日本人ってほんっと律義な民族だよね。




で、実際本日のわたし。


鉄道つながりで「決戦の日曜日」だったわけで、朝7時起き。今度は91番バスに乗ってラサ駅に向かいました。


バス停にはすでに相当な混雑が始まっていて、ドアを開いたバスに乗ろうとしたとき、後ろポケットに入れられていた財布をほんの数秒間すられるというハプニングも。

その瞬間、

「動くな。今、財布を取られた。周りにいる人協力してください」


と大声。

一人ずつバスに乗ってもらいながら、一人バスから離れようとした男の腕をつかみ、さらに「泥棒がいるぞ。スリがいるぞ」と叫び続けていたら、係員も近づいてきて、わたしのそばに落ちていた財布を見つけた次第。


それを手渡され、一応中身を確認したる頃には傍らの男はバスから遠く離れていたのでした。皆バスに乗りたくて、ラサ駅に行きたくて集まってきたはずなのにね(笑)。




で、なんとかラサ駅到着。


昨日は先述のように記念式典を終えてからの特別運行態勢だったため、本日が通常運行の正式スタート日。


列車は午前9時から順次ラサを出発するはずで、その時間帯にあわせて翌日以降の切符の発売も始まるという仕組みのよう。



まだ発売開始までは1時間近くあったんだけど、切符売り場にはすでに20人ほどの人だかり。


これが果たして多いの数なのか少ない数なのか。


切符が普通に残ってるんだったらなんてことないんだけど、見えざる力の影響で、発売前のはずの切符の大半がすでに売り切れ状況だったら大変な競争率になるわけ。



前の人に聞いても後ろの人に聞いても、どっかに打工に行くような雰囲気のおっチャンばかりだから、情報の信用性なんて限りなくゼロ。



とにかく待つしかない。あたって砕けろ


そういう思いでじっとしてると、やっぱりここは中国。すきを見ては、または堂々と、横入りしてくる老若男女がそれはそれは多いこと。



ただ、ここで活躍したのが監視役の警備員。かなりしつこく適切に、この悪びれない大人たちを排除してくれまして…

その駆除率はほぼ100%だからまあ驚き。そして感っ動!



ところがどんなところにもさらなる「害虫」「ウイルス」は飛来してくるもんで、そこに現れたのは望遠レンズ付き写真機と小型ビデオカメラを持ったフリージャーナリスト風日本人。


日本でこの青藏鉄道開通がどう報道されてるか知らないけど、中共政府が大手マスコミに対して自由な取材許可を与えてるわけもないんで、たぶんどっかのテレビ局の依頼で取材してる人みたい。

そういやブラウン管でもなんか見たことあるような、ないような。



どうやら最前列に並んでた人にお金を渡して列に入れてもらったみたい。
さらには身ぶり手ぶりでたぶん自分の分の切符まで購入しちゃったみたい。
更にその様子をちゃっかりビデオに収め、またどっか行っちゃった。
その際に赤い菊印のパスポートも見えました。


なかなか日本人も堂々としたもんだ。
訂正だけじゃなく提灯記事までのせた律儀なわたしとは大違い
あれがジャーナリストという人種なのか(笑)


と思いました。



鉄道切符.jpg

◎参考写真:で、何とかゲットできた成都行きのチケット。のどから手が出ましたよ



ところで、この青藏鉄道のチケット。
身分証の提示など何のチェックもなく購入できました。
5日発の硬臥(2等寝台)上段で671元(約1万円)。


それは「チベットを出る」切符だから簡単だったのかもしれない。
今までだってチベットを出る航空券、バスチケットも簡単に変えたわけだから。

いわゆるチベットに入るため、外国人は旅行代理店を通して中国人よりも高い金を支払わねばならない「入域許可証」の問題については、青藏鉄道開通の影響でどう変わったのか、それは後日他の有志の報告を待たねばいけないみたい。


ただ、その変わりに


「旅客健康登記カード」(白紙)
「高原旅行提示」(赤紙)

という2枚の紙をいただきました。


まず赤紙。

高原旅行をする前に身体に異常、不安のある人などは医者の診断を受けること、高原の自然環境を守ることなどを要請。


さらに白紙。

名前、性別、年齢、生年月日、国籍、住所、連絡先(携帯含む)などを記入する蘭があって、その上で、「高原旅行提示」の内容に同意したか、すでに3000m以上の高地旅行に適した健康状態であるか、についてサインを求めるというもの。


そして白紙は乗車前、車両担当服務員にその神を手渡さなきゃいけないらしい。

ただ乗客が外国人だったとしても、名前や住所などをパスポートと照らし合わせて確認するとも思えないし、旅客管理という目的からはちょっと外れると思うんだけど、ね。


もちろん、実際どういうチェックが行われるかなんて、乗ってみないと分からないもの。
その報告はちゃんとするつもりなんで、(一部鉄道およびチベットマニアの)みなさん、どうぞお楽しみに!
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2006年06月08日

雨、雨、降るな降るな




ホント最後?チベ旅21
ラサ


我が区全面的に雨期入り
6月気温高め水不足の恐れ:灌漑、虫害、雷に備えを
7,8月東部地区に大雨の恐れ:洪水・崖崩れに備えを
気象部門指摘

【6月8日=拉薩晩報】 自治区新聞辨公室は7日、共同記者会見を開き、雨期入り後の自治区内の天気の趨勢、農業や交通などへの影響について説明した。


会見を開いた自治区気象台の馬艶鮮副台長によると、今年自治区が雨期入りして以降、雨は頻繁に降っており、雨量も比較的多く、降水エリアも広範に及んでいるという。阿里地区南部で少雨傾向にある以外は降水量は平年並みで、自治区内で最も雨量の多いのは林芝地区、那曲地区東部に集中しており、すでに降水量は1000〜1660ミリに達している。


今年の雨期入りは平年に比べ若干早い傾向にあり、阿里地区をのぞいて殆どの地域で五月中旬から下旬にかけて雨期入りが確認されている。この5月の雨は今年前期の少雨傾向によって生じた土地の乾燥や干害を解決することが期待され、ちょうど実をつけつつある麦および牧草の成長を促し、また空気中に適度な湿度を与えるために森林火災などを防ぐ効果もある。しかし、同時に雨がちの天気が続くことは林芝地区の一部に虫害を発生させ、農作物にはさび病を生じさせる。さらに極端な気温の変化は霜害にもつながるという。那曲地区では川沿いの地域で乱気流が発生、住民の生活や農業、交通にも悪影響を与えることが予想される。


予報によれば6月は気温の上昇が顕著で、降水の量とその頻度は5月ほどではなく、川沿いの一部地区では高温小雨の傾向に。そのため干害や虫害、雹の被害などへの対策が必要。7、8月になると東部地区で大雨が予想されるため、河川の増水、洪水、土石流、崖崩れの恐れがあり、農業、交通、通信分野で被害が生じることもあるという。



【評】

そんなわけでチベットもとうとう雨期入りしたということです。


もちろん6月には「気温の上昇が顕著」ということもあって、本日もとてもよい天気。わたしたちはゲルク派6大寺院の一つ「ガンデン寺」への参拝を敢行した次第。



ガンデン寺.jpg

◎参考写真:なかなかよろしい天気でしょ。絶景、絶景。もちろんインドアも十分堪能


さて、日本でも気象庁が地域ごとに「梅雨入り宣言」というものをするわけだけど、5月中には雨期入りしていたものを今ごろになって発表するというのはいかにも中国チック。


住民のことを考えれば少しでも早く発表するというのが常道のような気がするんだけどね。


わたしだってそれさえ知っていればラサにたどり着くまでの日々、悪天候のためにバスの運行が中止になったり、傘の準備もせずに町歩きをして突然の雨にずぶぬれになったり、そんな被害に対してもう少し心の準備をしたというものでしょう。


いずれにせよ、公に雨期入りが発表されたからにはこれからチベットにいらっしゃる人たちは十分に備えをしてください。それがいいたいだけの本日の記事紹介でした。だから評価は当然すぎる普通印★★★☆☆
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2006年05月31日

クール男の燃える報道




ホント最後?チベ旅13
丁青(ディンチン)


チベット東部で火災
お得意人海戦術で延焼食い止める
昌都地区丁青鎮


【5月31日=信通信】 5月31日午前10時45分ごろ、中国チベット自治区東部にある丁青鎮の丁青県動植物検疫站・同県畜牧技術推広站の敷地内から出火、コンクリート建て平屋約100平方メートルを全焼、約1時間後に鎮火した。同施設には「民政福利招待所(一泊20元)」も併設されているが、平屋および招待所でけが人はなかったもよう。


関係者らの話によると、消火にはタンク車一台が出動。現地は水道設備がなく、タンク内の限りある水量で延焼を防げるのか懸念されたものの、それを補ってあまりある活躍を見せたのが同鎮に駐屯する人民解放軍兵士ら約50人。各自洗濯用のタライを手に燃えさかる建物内に飛び込んだかと思うと、手際よく家財道具などを搬出。その後も建物の屋根や壁、窓などを次々と壊すなど見事な人海戦術を展開、延焼を食い止めたのだった。


四方を4、5000m級の山々に囲まれた山あいの集落を襲った今回の火災。いったい何が起こったのか、と興味深げに集まってきた見物客ら200人ほどで現場は一時騒然とした状態に。招待所の女性服務員は消火作業を見守りながら、「本当に火はうちにまでこないんでしょうね。ほんっと驚いた。迷惑な話よ」と困惑顔。同招待所に泊まっていた日本人男性(32)は「こんな平和な山里でこんな大惨事が起きるなんて。こっこれは、すっ、すっ、スクープですよ」と興奮を抑えきれない様子で口からつばを飛ばしていた。



火事現場.jpg

◎参考写真:タライだろうが人海戦術には必須アイテム。すわっ消火っ!



【評】

とにかく評もくそもあったもんじゃないんだけど、まさか自分の泊まっている宿から手の届くような距離で火事が発生しちゃうなんて、まあ、驚きよ。


しかもここはチベット。
おれいったい何してんのっ、てかんじ。


とにかく地元メディアに先んじて速報性にこだわってみました(笑)。




はい、本日またしてもトラックヒッチに失敗。
だんだん要領もよくなって午前10時半には店じまい(あきらめ)モード。

せめてこのクソ丁青の「思い出作り」でも、とパソコンで地図を作製していたときのことでした。


わたしが3泊目お世話になってる部屋は建物2階、ベッドは中庭に面した窓際にあって、


なんか庭からがちゃがちゃ中国語&チベット語まじりのうるさい声がするなぁ


と思いながら、選択範囲を確定しようとしてたところ、それは昔、眠い眼をこすりながら何度も嗅いだ香ばしいかほりが…。


突差に窓の外を見てみるとすでに白い煙が長屋の一角、窓から漏れだしておりまして、すでに初期消火では全然間に合わない状態。


たとえ中庭をはさんでいるとはいえ、直線距離で約20m、さらにぐるりと建物が繋がっていることを考えると、のんびりしていられるわけもなし。急いでその辺に散乱した荷物をまとめ、バックパックに放り込んだのでした。


そのころ、ちょうど時をあわせるように、まずはタンク車、そして解放軍のトラックが到着。


あとは上記のご活躍の通りでございました(笑)。



ホントなら現場に降りてってよりリアルな写真をいっぱい撮りたかったんだけど、現場には解放軍兵士だけじゃなくって地元公安の方々もうじゃうじゃ。そんなとこに行っちゃったらまさに


飛んで火に入る夏の虫


になっちゃうんで、渋々2階からの撮影、見学に終始していたわけ。


にしても、なんたる偶然。

昨日も同じ場所の写真を撮ってたんで、その風景との比較も楽しんでちょうだいな。



う〜ん、でもなぁ。まさかチベットで火事に遭遇するとは…。1日くらいトラックを捕まえられなくっても十分おつりが来るような「おいしい経験」だったんだろうか。

うん、それは後世の歴史家に判断してもらうことにしよう。



丁青地図.jpg

◎参考資料:せっかく作ったんでこれも見てちょうだい。丁青の位置とわたしのルート
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2006年05月14日

マスチフ犬愛する方へ




喝采する者の姿なし 100万元はお流れ
全国初チベタンマスチフオークション
19頭のうち17頭は売れず


【5月14日=華西都市報】 昨日、各方面の関心を集めて全国初となるチベタンマスチフのオークションが開かれた。会場は多くの人出でにぎわったものの、60数人のオークション参加者たちの動きは鈍く、最終的に19頭のうち17頭は買い手がつかない状況に。価格があまりに高すぎだという声が大半を占めた。


∬熱狂!
記念撮影の嵐 チベタンマスチフは“スター”

午前9時、オークション会場につながる道路には数十メートルわたってベンツやフェラーリなどの高級車が連なり、歩道も行き交う人たちで大変賑やかな状態。彼らはすべて今回のオークションのためにやってきた人たち。会場には生後50日から2年というチベタンマスチフがあわせて19頭集まり、その周りには好奇の目で眺める観客の姿。「ちょっと写真とって!」。オシャレな洋服をまとったある女性は、となりのマスチフ犬にまったく畏れる様子もなくが満面の笑みでそう話していた。「私もお願い」「私も、私も」子どもたちもの多くも集まりだし、犬の周りは黒山の人だかりに。多くの人間に囲まれて犬たちももまったく落ち着いた様子で、飼育員によれば、生後4カ月に満たないチベタンマスチフは一般的に攻撃性を持たないという。


∬冷淡!
19頭のうち売れたのはたった2頭

オークションは11時30分にスタート。会場はオークション参加者といえど座りたくても席が見つからずに立ったままで参加することになるほどの混雑ぶり。はじめに登場したのは開始値がともに2万元(約30万円)から売り出された1号、2号の幼犬。150号と136号の競売人がそれぞれ20800元(31万2000円)と21200元(31万8000円)で順調に競り落とされた。


ところが後が続かず。3万元から始まった3号の幼犬、1万元からの4号は共にお流れに。約30分後、今回のオークションで一番の関心を集める、最も高値の「小金龍」が登場。競売人が高らかに「開始値100万元っ」と宣言すると、会場からは驚きの声が上がり、その高貴なお姿を一目見ようと、観客たちはどっとステージ近くに押し寄せたのだった。

この熱狂ぶりとは対照的にオークション参加者の方は至って冷静で、誰一人競りに応じる姿はなし。4分後、会場の期待を一身に集めたこの犬もまた、観客をがっかりさせる「お流れ」の場面を作るしかなかった。結局、オークション終了時、19頭のうち売れたのは2頭の幼犬だけという結果に終わった。


∬買い手:
値段高すぎて“買う気”になれず

「一匹の犬に100万元だって?ばかばかしい。フェラーリを買った方がましだよ」チベタンマスチフを愛する鄭さんは、マスチフ犬を好きであることに変わりはないが、この価格はまったく受け入れられない、とこぼした。「成都のどこにそんな値段を出せる人がいるんだ?幼犬で5000元くらいがちょうどいいよ」。ある関係者によれば、オークションの参加者には2種類あって、投機目的の人と純粋な愛好家。ただこの2種類の人たちの感想は今回のオークションの値段設定が高すぎるという点で一致。さらにマスチフ犬は莫大な飼育費が必要となるため、購入には慎重にならざるをえないという声も聞かれた。


∬売り方:
お流れ多く、目を覆うような損失

今回、大部分のマスチフ犬に買い手がつかず、主催者側はもはや呆然とした状態。ある関係者は、今回の犬はすべてチベット自治区から運んできたもので、現地での価格とは相当の差があるという。成犬一等を運んで来るにはおよそ4けたの輸送費が必要で、そのほかにも会場の費用、えさ代などの必要経費も。今回のオークション結果は主催者側に多大の損失を与えたようだ。


マスチフ展 360.jpg

◎参考写真:右のお犬さまが100万元でございます。ほしいかい?



【評】


我がブログ(元祖seesaa版)ではなぜがこの2日、チベタンマスチフブームが起きているようで、3月23日の日記「チベタンマスチフと私」(→http://itoyama.exblog.jp/1404504)が飛ぶようにアクセス数をあげております。


14日がページビュー21(訪問者21人)。さらに15日になってからは日本時間午後5時現在でページビュー33(訪問者31人)までカウントされてて、トップページの閲覧数をも上回りそうな勢い。


愛犬家の名かりた中国政府の新たな妨害工作か?


と思わなくもないんだけど、もしまるで宇宙のように広大なネット上の片隅にひっそりたたずむわたしの日記にまでたどり着き、ご熱心に何度も何度も何十度も読み返していただけるような、そんな強烈マスチフ好きがいるんだったら


きょうはその人のためだけに汗をかいてみようじゃないか


そう思って訳してみたのが本日の記事。

決してネタに困ったからじゃないからね。
引き出しは腐るほどあります(←中は空っぽ)。




さて、今の中国、資本主義諸国以上に拝金主義のご時世だから貴重なもの、珍しいものが全て投機対象になるのはしょうがないか、と思うんだけど、愛好家ならばチベタンマスチフを絶対に平地で飼ってほしくないし、飼うべきではないことは分かってほしいもんです。


やっぱチベタンマスチフはチベット高原をオオカミのように走り回ってなんぼ


でしょう。

そのどう猛な攻撃性も都会の生活では厄介者扱いされるだけ。むやみに噛みつかないように口にマスクをされたマスチフ犬なんてだれも見たくはありませぬ。



わたしのブログを見て下さってる熱烈マスチフ愛好者の方、今回はこんな感じですが、満足していただけたでしょうか?

犬ネタでよかったらほかに「るろけん売られていく」(→http://itoyama.seesaa.net/article/9328967.html)なんてのもありますんで、ご一読くだされば中国人の本性が分かっていただけると思いますよ(笑)。



さあて記事としては最後に「主催者側の無念さ」をちゃんと押さえてるあたりで、一応の仕事はこなしてます。うん、合格点。もう少し投機バブルに踊る中国人を皮肉ってくれれば最高評価だったんだけど★★★★☆。
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2006年05月13日

母の日ネタで2紙比較




高齢者施設で5つ星ホテルの料理堪能
お年寄りに愛の贈り物 ブキャナンも大喜び


【5月13日=成都商報】 明日は母の日。成都市内にある五つ星ホテルの総支配人が自ら腕によりをかけて馳走をふるまった。母の日を2日後に控え、成都シェラトンホテルの新支配人蒲克南(ブキャナン?)さんが市内漿洗街轄区にある高齢者福祉施設を訪れ、その愛のプレゼントを贈った。


≫外国人支配人「ボーイ」料理プレゼント

ドイツ人のブキャナン支配人がホテルスタッフと共に漿洗街轄区にある敬老院(高齢者福祉施設)を訪れたのは昨日午前11時頃。そこで生活する34人のうち26人は女性で、平均年齢は83才。ブキャナンさんはほおえみながら中国語で「ニーハオ」とあいさつ。「老人樹(?)」の鉢を一人ひとりに手渡し、入所者の健康と長寿を祝った。

このとき施設の厨房からはすでにおいしそうな香りが…。シェラトンホテルのシェフ3人が高齢者のために豪華料理の準備を始めており、母の日のお祝いメニューは「竹孫蟹黄豆腐」「清蒸桂魚」「龍眼焼白」の3品。さらには牛肉スープもつけられた。

正午、ボーイ役になったブキャナンさんが手際よく入所者たちに配膳。さらに帽子をかぶってエプロンをしめ、ケーキを切り分けていた。84歳の王書華さんは、こんな経験をしたのは初めてだと興奮した様子。ブキャナンシャンは「間もなく母の日。ここの人たちにこんなに楽しんでもらい、自然に自分の母親のことが思い出されます」と話した。



≫新支配人はインド洋大津波を経験

ブキャナンさんが成都シェラトンの総支配人になってすでに3カ月。前任者のハンチントン支配人は深センシェラトンの総支配人に。

ブキャナンさんはかつてタイのアイメイ(艾美)ホテルの総支配人としてインド洋大津波を経験した。津波は同ホテルをさら地にするほどの被害をもたらしたものの、ブキャナンさんの適切な指示が功を奏して従業員は誰一人として被害が出なかった。

今回初めて中国で働くことになったブキャナンさんだが、「就任前に成都についてある調査を行った。その結果は非常に満足できるもので、この街は現代的な高層ビル、飛行場があるだけでなく、人々はとても友好的だということ。そして同僚もとても熱心」と語った。同僚の話によれば、見た目は厳しそうなブキャナンさんは実はバトミントンが好きで、ビールを飲みながらのサッカー観戦もお気に入り。今回のワールドカップでドイツチームが優勝できるかどうか質問してみたところ、笑いながら「何か問題あったっけ?当たり前ですよ」と答えたのだった。



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母の日 ドイツ人の“息子”が厨房から中国の“母”にプレゼント


【5月13日=華西都市報】 西湖牛肉羹、西芹百合炒蝦球、火倉炒小唐菜、そしてお手製のケーキ…。成都市漿洗街轄区にある高齢者福祉施設の80〜90歳のおばあちゃんたち20数人のは昨日、ドイツ人の“息子”から特別な母の日のプレゼントを受け取った。現在成都のある五つ星ホテルのブキャナン総支配人は手作りのケーキをプレゼントしただけでなく、中国の“ママ”たちのため、同行させたホテルのシェフ3人に現場で星級の料理を作ってあげたのだった。


「ママ、おいしいかい。母の日おめでとう」ドイツ人の“息子”、ブキャナンさんがそう優しく尋ねると、92才の徐士英おばあちゃんは目頭をあつくしながら、「本当に美味しいよ、こんな母の日の過ごし方はホントいいねぇ」と感動した様子。99才の付君恵さんはさらに喜びのあまり口がとじる暇もないほど。彼女の娘は遠く福建省で暮らしており、長いこと成都に戻ってはいないという。西洋人の口から「ママ」という声を聞くと、ことのほか驚いていた。


昨日西洋人のブキャナンさんはコック用の帽子と手袋をはめ、さらにエプロンをしめ、なれた手つきで自らケーキを制作。さらに80〜90歳の中国の“ママ”たち20数人に慌ただしく料理を運んだのだった。五つ星ホテルの味を中国の“ママ”たちに楽しんでもらおうと、総支配人の地位にあるドイツ人の“息子”は一週間前から準備をスタート、施設を通じて入所者の意見を訊ねたりキッチンの条件を確認するなどしてメニューを決めた。


中国の“ママ”たちが美味しそうに自分の作った料理を食べる姿を眺め、ついつい遠くドイツに暮らす母親のことを思い出したブキャナンさん。「母の日にはいつも料理とケーキを作ってあげていました。今日ドイツに帰って母親を祝ってやることはできませんが、こんなに多くの中国の“ママ”たちと一緒に彼女たちを祝うことができる。まるで実家に帰ったのと同じ感覚です」と話した。


ブキャナン.jpg

◎参考写真:かなり「かりあげ」なブキャナン。左が成都商報、右が華西都市報ね


【評】

同じ母の日ネタが成都のライバル紙2紙に同時掲載されたので、比較する意味で両方紹介してみました。


新聞記事って、同じ取材現場にいたとしてもそれぞれの記者の感性、ひらめき、聞き方、書き方によって色んな風に加工できてしまうものなんだけど、日本だったらここまでの違いが出てしまうようなネタではない、と思うのはわたしだけでしょうか(笑)。


ちょっとでも新聞に興味を持って読んでる人なら分かると思うんだけど、華西都市報が一般的なイベントありました原稿。気になったのは、なんで20数人をちゃんと数えないのか、くらい。


対して成都商報の方は、ブキャナン総支配人の人柄に焦点を当てて、インド洋大津波出の経験や日ごろの趣味のことまで紹介。さらに前任の支配人の名前まで出しちゃって。


おいおい、そこまで提灯もつか


と感じなくないところもなし。


だってホテル名が出ちゃえば、もろ企業(ホテル)の宣伝になっちゃうわけでしょ。
成都商報の記者はひょっとしてシェラトンに知り合いがいるんじゃないか。それとも今後同ホテルと仲よくおつきあいしたいんじゃないか。


それが、喜来登(シェラトン)ホテルの実名か、単なる「五星級飯店」かの違いになったのかもしれない。


新聞はもちろん実名報道が基本とはいいながら、素直になれない大人なもんですから「売名行為」というキーワードがちらちら。気分的には華西都市報サイドなわけね。



わたし的にはばあちゃんたちに食わせたメニューも気になるところ。

さすがにぎときとな洋食をふるまうこともなく、基本は中華。でもそのメニューは牛肉のスープ以外、「竹孫蟹黄豆腐」「清蒸桂魚」「龍眼焼白」の成都商報に対して、都市報は「西芹百合炒蝦球」「火倉炒小唐菜」。どうして同じ取材をしてこうなってしまうのか…


まあ、評価としては実名報道にちょっといやらしさにじます成都商報に★★☆☆☆。あまりの一般原稿ぶりにこれ以外の評価が見あたらない華西都市報に★★★☆☆。

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2006年05月09日

超一流には遠いな成都




ゴールデンウイーク
成都人気は全国5位

【5月9日=成都商報】 5月の大型連休も終わったが、この黄金週間中、いったいどの都市が市民の人気を最も集めたたのだろうか。どの都市の住民が最も「お出かけ好き」なのだろうか。国内最大のインターネット旅行業者「携程旅行網」は、世界的に著名なNielsen/NetRatingと共同で行った「2006年度五一黄金週旅行調査および人気都市ランキング」の調査結果を発表。住民の旅行熱、人気目的地、および実際の訪問客数のランキングにおいて成都はすべて全国ベスト10入りを果たした。


今回の調査は2006年5月1日からの7日間、上海や北京、広州、天津、重慶、成都など中国内地の40都市を対象に行われた。主に人気都市ランキングと、旅行熱の調査がメーンの対象となった。


調査会社の責任者は今回のゴールデンウイークでは、各都市の人気指数の差は縮まり、超有名観光地に人々が押し寄せるといった現象は減って目的地も分散傾向にあるなど新しい傾向が見られたと分析。各都市の市民のお出かけ熱も更に高まりをみせていると指摘する。



人気目的地(都市):成都5位

●トップ10:北京、上海、杭州、南京、成都、西安、青島、桂林、昆明、広州

調査によれば、観光客から最も歓迎を受けた都市は、旅行資源のほかに関連設備の充実度、交通インフラの充実度などで優位にあるほか、ソフト面における条件もまたその都市が歓迎を受けるかどうかの大きなポイントになっている。北京の名所旧跡、上海の国際的な雰囲気、杭州のもつ風光明媚な美しさ、南京の悠久の歴史…、ベスト10に入った各都市はそれぞれ絶対的なセールスポイントを持っている。

西部の都市ではトップにランキングした成都は、いちど来たら忘れられない美しい風景、現地人の人当たりのよさで多くの観光客引きつけているようだ。



お出かけ熱:成都6位

●トップ10:上海、北京、広州、天津、重慶、成都、広州、青島、武漢、沈陽

上海と北京はその総合的な経済力と人口の多さによって1位2位にランクイン。広州は珠海三角地帯のけん引者として、黄金期間中のお出かけ熱の高さが現れた形。天津は渤海地区や東北アジアのリゾート都市への旅行熱で第4位になった。重慶市は5番目だった。


この数年の旅行市場の急速な発展によって、四川省にある豊富な旅行資源は成都市民にとっても身近となり、市民は家からそう遠く離れずとも絶世の景色を見られるようになった。周辺地域へのおでかけは成都の旅行マーケットの成長を牽引しており、成都市民にとって旅行における2〜4日程度の短期旅行は大きなウエートを占めている。



訪問客数人気:成都5位

●トップ10:上海、北京、杭州、広州、成都、青島、重慶、南京、天津、武漢

旅行成熟度、旅行コスト、住民の収入、社会文化など総合的な評価の高い都市が熱気と活力を備えた都市となっている。反対にどれか一つの分野でも評価が低ければ、全体のランキングに影響するようだ。


「成都が上位にランキングしたことは、『創佳』キャンペーンを進める良い指針になる」。市旅遊局の責任者は、今回のランキングが市民の旅行に対する認識、傾向を端的に現しており、成都がトップテンに名を連ねたことは地元の取り組みに対する肯定的な評価だと受け止めている。

現在、「創建中国最佳旅遊都市(創佳)」キャンペーンに取り組む成都市だが、今後は更に成都市の特色を理解、旅行環境の改善、旅行都市としての質を高める必要があるとの認識で、「ランキングは成都市の旅行関係者にさらなる促進作用を生み出すはずだ」と述べた。

黄金週.jpg

◎参考写真:GW期間中、成都や周辺で見られた風景。みんな楽しんでるよね


【評】

はい。
この記事を読んで、


やっぱり成都は中途半端だよなぁ


と思いましたね。


最も得意とする観光分野でさえ、北京、上海、広州の御三家との距離はまだほど遠し。

杭州、重慶、南京あたりと第2グループを形成、テレビ画面の端っこあたりでたまに見切れたりもしながら、小競り合いを繰り返している感触。


日本で古くは四大工業地帯、最近では四大都市圏などと「自称」して、関東、関西、中部地区に続いて全国レベルになろうと躍起になってる福岡エリアの悲哀と似たものを感じてしまう。



ところでゴールデンウイーク期間中、実際、四川&成都にはどれくらいの人出があったのか。


関連記事によれば、GW中、四川省全体で受け入れた旅行者はのべ1614万人で前年同時期費23,4%増。旅行関係収入は約46,5億元で同31,1%の伸び。

成都市だけに限ってみると、のべ受け入れ旅行者数は約485万人で前年比21%増。関係収入は約16,9億元で同じく約31%の伸びだったのだそう。

今年の特徴はマイカー旅行の増進ですでに省内短距離旅行の6割以上を占めるようになっているとか。



ちなみに日本の場合、GW期間中(4/29〜5/7)に全国の行楽地1112カ所に約6459万人(警察庁まとめ)。最も人出の多かった「博多どんたく」でも220万人だったそうだす。


まあ、旅行中の中国人の羽振りの良さは、間違いなく中国におけるわたしの日常生活よりもブリブリだから、成都訪問者の平均消費約348元、四川省訪問者の平均消費約288元も納得の数字かな。


最後に、何やら小難しい「創建中国最佳旅遊都市(創佳)」なんだけど、中国国内で最もレベルの高い観光都市を目指しましょうというキャンペーンで、このほど成都と杭州の2番手グループの二都市がめでたくモデルケースとして国家旅遊局のお墨付きを受けました、ということらしい。


成都の知名度が高まることには何の反対もしませんが…まあ、がんばってちょうだいな。新聞社には思い出したようなじゃなく、継続的な企画記事やキャンペーンを期待。★★★★☆
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2006年05月06日

青藏鉄道もう満席かい




成都ーラサ
一番列車はすでに満員

【5月6日=成都商報(新華社)】 青藏鉄路公司の馬保成副経理はこのほど、青藏鉄道旅遊規則および国家鉄道部の配置に基づき、ラサに向かう基本的な4ルートが正式に決定したことを明らかにした。


 このラサに向かう4ルートはそれぞれ、ラサー北京、ラサー成都、ラサー西寧、ラサー上海(広州)の各路線。上海(広州)便が1日おきに運行される以外、全て毎日運行される。青藏鉄道の開通すればすぐにでも「列車に乗ってチベット、青海行き」の天空旅行ブームが起こることも予想される。すでに北京からラサに向かう一番列車をはじめとした6列車でチケットの予約は満席だという。


7月1日の青藏鉄道の全線開通後、チベットを訪れる観光客は1日平均3000−4000人増えるとの予測もあり、今年の年間旅行者数は昨年を計40万人上回るとみられている。



【評】


ここまでは、成都商報が新華社の原文二手を加えて掲載した情報。

あまりに短く内容も薄いんで、ネット上で見つけた原文(に近い文?)からの補足を加えると、



「青藏鉄道の開通に伴い、チベット社会および旅行業界の発展を制約してきた交通城の生涯はなくなり『出国よりも難しい西藏行き』という歴史に終止符が打たれる」。チベット自治区旅遊局辨公室の廖任礼主任は話した。


また、青海省旅遊部門の予測によれば、青藏鉄道開通後、同省を経由する旅行客は年間80万人の増加、現在、チベット・青海両省区の旅遊部門では積極的に「青藏旅行ブーム到来」の受け入れ準備を進めている。


このほか、列車に乗ってやってくる旅行者たちが抱く青藏高原へのイメージを満足させるため、同鉄路公司は、高原地域の独特の風景を楽しんでもらうために列車を昼間に運行、客車には酸素吸引設備を2セット準備して車内の気圧調整、酸素不足にも対応する。


さらに別の情報によれば、成都と重慶を結ぶ成渝鉄道の都市間快速列車がこのほど開通したのにあわせて、7月1日以降、「青藏遊」を熱望する重慶市民は菜園土覇駅始発の城際列車(N882次、午後3時7分発車;N886次、同8時発車)でまず成都を訪れ、そのまま“成都ー拉薩”の列車に乗り換えることができる。

以上


ここまで読んでみても、見出しにあるような「成都ー拉薩 一番列車はすでに満員」と明記されていないところが逆説的に面白いと言えなくもないところ。


あくまで

「北京ーラサ路線など6路線ですでに予約は満席に」


という情報どまり。


だいたい、今回のニュースで初めて北京、成都、西寧、上海(広州)からの路線が「正式に確定した」といっているんだし、開通2カ月を切った今もまだ、


噂が先行して正しい情報はかなり遅れ気味。


青藏鉄路網(→http://www.qh.xinhuanet.com/qztlw/index.htm)というホームページもあるんだけど、時刻表やチケット購入方法、駅へのアクセスなど、旅行者の必要な情報はほぼゼロに近いという状況。



まあ「不穏な動きの可能性の要素のかけら」が少しでもある限り、なるべく情報を明らかにしたくないというのが上層部の本音だと思うんで、どうしても開通直後の段階で列車に乗りたいという人はやはり旅行会社を通すしかないのではないでしょうか。


ひょっとすると航空券と同じように


外国人はすべて旅行代理店を通さないと切符を売らない


という「逆ウルトラC」の可能性だった残されてるわけだから…。



せっかく他にも関連地元情報があるのに、5月1日に開通したばかりの成渝鉄道(都市間快速列車)を利用した重慶からの乗り継ぎの部分あたりをばっさり切っちゃってるあたりも、あまり「親切」とは言えない編集の仕方。当然のように★★☆☆☆
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2006年05月03日

Valentineの遅れ物




天から降ってきた“バレンタインのプレゼント”

【5月3日=成都商報】 昨日午前9時ごろ、林渓銅牌の住民、譚国林さんは驚きあまり、むせびかえしてしまいました:小型気球に結びつけられた箱が突然空から彼の家の屋根に落ちてきたため、それが爆弾だと勘違いした彼、急いで家族を避難させたのでした。


昨日、記者が現場に駆けつけたとき、住民たちはちょうど、空から落下してきた未確認飛行物体を遠巻きに眺め、それがなんなのかについては議論百出の最中。この「物体」は2つの部分から構成されており、一つはすでに破れてしまった気球、もう一つが白い箱形の物質。開いてみると中には電池があり、何本もの銅線が入り組んでおり、その一本が箱の上部にある黒色の金属片につながっている仕組み。内部はとても複雑で、電池はかなり触りにくい場所におさまっていた。箱の外側には「GTS型数字式探空儀」などの文字が書かれ、さらに上部には空に放たれた時期とみられる2月14日だという表示も。これはまさにヨーロッパ伝統の「情人節(バレンタインデー)」だった。


最初にこの物体を発見した譚国林さんは、当時ちょうど出かける途中。突然屋根の方から「ドン」という大きな音が聞こえたため調べてみると、空から自分の家の屋上に落ちてきた巨大な気球とそれにつるされた大きな箱を発見した。何か危険な爆弾ではないかと思った譚さん、急いで家族を家から離れるよう指示したという。


しばらくして彼はおそるおそるその物体に近づいてみたところ、その不明物体はまだ「シュー、シュー」という怪しげな音。震える手でその箱を持ち上げ、急いで家から離れた場所まで運び出し、ご近所さんにも決して近づかないように告げた。それから1時間以上が経っても「物体」はまだ爆発せず。譚さんもとうとう好奇心を抑えきれなくなり、その「物体」に再び近づき持ち上げてみることに。じっくり検査してみると、外面に書かれた文字を発見、おそらくはどこかの研究施設が観測目的で飛ばした計器だということも分かった。


午後、譚さんは110番警報、高新公安分局から駆けつけた警官が計器を持ち去っていった。警察の説明では、表面に書かれた文字からこの「物体」は気象観測計器と推測され、関係機関に問い合わせしているところだという。

情報提供者:譚さん  線索費:60元


バレンタイン.jpg

◎参考写真:子どもを使うとはなかなかよろし。構図は上下まっぷたつだけど…


【評】


線索費というのは直訳すれば「手がかり費」なんだけど、要するに情報提供料。


おもろいことありましたら教えてくれまへんか。こっそりわてらにだけ。悪いようにはしまへんよって(なぜかインチキ関西弁)


ということ。どういうこと?


だいたいこれまで紙面上で確認できた限りじゃ200元(約3000円)が最高だったかな。下は30元くらい。


もちろん、あんまり下らないネタだと掲載されないのは当然のこと。例え最低ランクの線索費だったとしても、受話をとった記者にとっては1秒でも早く電話を切りたいような死屍累々の「ありがたい情報」の上に、こうした情報が紙面デビューを果たしたんだということを忘れてはなりません。


もちろん新聞社に対する情報提供には、お金には換えられない「公器、木鐸」としての新聞の社会的役割に期待した「告発」という側面もあるわけで、ホントに政府の不正や政治家の汚職を断罪するような「爆弾」は、当然匿名性が求められるし、お金では計れない価値があるはず。


ただ、そうした情報は「政治的判断」という高い壁の前に黙殺されるばかりか、情報提供者の情報自体も警察側に引き渡され、「不安分子→即拘束」という扱いになってしまう恐れまであるのがこのお国のまだまだ「のっぴきならない」ところ。



まあ、今回の譚さんの場合。「爆弾が落ちてきた」というのに、警察より先に新聞社に通報するあたりはなかなかよくできた「読者さま」でいらっしゃる。


たぶん一晩くらいは語り明かせるくらいの面白ネタを肴に、思わぬ副収入で購入したおいしいお酒を楽しめたんじゃないでしょうか。ホントに誰かがバレンタインの日に誰かに届けるために飛ばしたプレゼントだったら最高評価だったんだけど、まあ★★★☆☆



追伸:ちなみにバレンタインじゃないけど、この日はyashiziさんからすてきなプレゼント。しみったらしい日系四川人5人に日本風焼き肉屋「牛牛福」をご馳走していただきました。まったくその心意気、素晴らしゅうございます。ほんと、ごちそうさんでした。
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2006年05月01日

中国リニア芙蓉で浮揚




国産リニア、成都から浮き立つ

中国人による中低速リニア技術掌握
都市間交通における実用化も現実に


【5月1日=成都商報】 中国人自らの研究・開発による初めての磁石を利用した車両(リニアモーターカー)がついに試験ルート上に浮かび上がったー。西南交通大学は同大青城山中低速リニアモーターカー実験場において昨日、20年間に及ぶ研究の成果としてリニアカーの試運転に成功したことを正式に発表した。200メートルという短い距離とはいえ、中国人自らが初めて中低速リニアの研究技術を掌握したという今回のニュースはまた、近い将来、都市間交通における実用化にも道筋がついたことを意味するという。


風光明媚な青城山の麓にある交通大学青城リニア研究所は、試験ルートおよびそのレールの端に実験センターを備え、同試験場で昨日正午、試験運行が行われた。幅人間2人分ほどの軌道上には人の高さの半分ほどの枕木が敷き詰められており、職員によれば「軌道内は帯電してるため、枕木の中には入らない方がいい」とのこと。


重さ18トン、「交大磁浮CFC-01号」と記されたリニア車両がゆっくりと基地から出てくると、その車両の長さは11、2m、幅早く2、6m、高さ3、3m。不思議なことに列車からはなんの機動音も聞こえず。車両が10mまで近寄ってきても同じ。20平方メートルの車内には約60人の乗車が可能で、列車運行時には8〜10センチ浮き上がるという。


1994年には西南交通大学は中国で初めて常温での低速リニア列車の実験に成功しているが、その時には理想的な条件を備えた実験室内での成功でしかなく、今回のものこそ真の意味で「成功」に値するのだという。



◆20年を経て
中国自ら専門技術掌握

リニアカーの主要研究員で、西南交通大学リニア研究所の開拓者、連級三教授と国家科学技術部の磁浮重大専項の専門家張昆侖教授は昨日、一連のリニアカー研究開発についてこう説明した。この20年、大学ではまさにゼロから研究をスタート。小さな玉を浮かせる段階から小さな車両を浮かせるまで、室内でリニア車の模型を浮揚させてからその技術を実際のリニア車に応用させるまでの苦難の歴史を紹介した。


連級三教授の学生で、国家科学技術部の張昆侖教授は、高速リニアカーと比較して中低速リニアは都市中心部と郊外を結ぶ都市間交通に適してり、「一般の鉄道は騒音が大きく、地下鉄は製造費がかかる。それに対してリニアカーだと建設費は一般鉄道とほぼ同じで地下鉄の3分の一から4分の一におさえられる。それなのに騒音はまったく出ない」という。


1994年、西南交通大学では中国で初めて常温における低速リニアモーターカーの浮揚実験に成功している。昨日の実験成功の意味について張教授は、1994年時の成功は、理想的な条件の整った実験室内での実験であり曲がり道も登り道もなく、本当の意味では成功といえなかったという。しかし今回の青城山中の低速リニア車試験ルートは、地面の起伏に合わせた造りでカーブなども設けてあり、これこそまさに本当の意味で中国人がすでにリニア技術を掌握した成功だという。


中国産リニア.jpg

◎参考写真:これが西南骨宇内学の低速リニアモーターカー

◇リニアカー

リニアカーは電磁吸引力もしくは電動排斥力を利用して動かすハイテク交通機関で、青城山実験場は電磁吸引の方式を利用している。

リニアカーの機動は、摩擦の影響を受けることがないため、速いスピードを実現することが可能。青城山のリニアカーは中低速リニアに属するものの、その速度は時速80〜160キロ。上海では高速リニアカーがすでに利用されており、その時速は450〜500キロにおよぶ。

その根本原理の違いから、リニアカーは「常導型」と「超導型」の2種類があり、正常山のリニアカーは「常導型」。この技術は海外においては早い時期に研究が成功し、実際に各種交通機関で利用されている。上海で使用されているリニアカーも国外の技術を導入したもの。それに対して、多くの市民が知るところになった西南交通大学の王素玉、王家素両教授が研究、成功させた高温超導リニア実験車「世紀号」は「超導型」に属する。「世紀号」もまた世界で初めて実験に成功した高温超導型リニアカーである。



【評】

久しぶりに堅い話でどうぞ。


ロケットで宇宙まで人を飛ばす技術とリニアモーターカーを数センチ浮かせるの技術ではどちらが難しいか、といえば、明らかにロケットのような気がするんだけど、中国では順序が逆。


有人飛行の場合は常に人的被害の可能性があるわけで、失敗したときのリスク(人一人の犠牲があるかどうか)において、中国は日本と比べてたいそう有利な立場にあるというわけでしょうな。


成功したら英雄、失敗しても英雄、それでおしまい


というわけ。

お国の政策とはいえ、基礎技術から先端技術までを着実に獲得し、地産地消の実現に向けて気合いを入れてる中国。まだまだ世界の眠れるゾウ「インド」とは格段の違い。中国リードの状況はとうぶん続きそうですな。



ところで日本ってどっか、リニアカーが走っている所あったっけ?

どうしても宮崎か山梨あたりの実験場のイメージしかないんだよね、しかも子どものころのかなりあやふやな記憶。いったい今どうなってるんだろうか。


狭い日本、そんなに急いでどこに行く


だからね。新幹線ですら「いる」「いらない」の議論が巻き起こってるわけで、「いわんやリニアをや」なんでしょう。



あと、成都にいる人たち(中国人&日本人)から「ジャオダー(交通大)はレベルが高い」と聞いていたんだけど、その理由が分からなかったんだけど、ようやくなんか分かったような気がする。連休中だけにこんな夢のある話が一面。分からなくもないので、普通の評価★★★☆☆。

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2006年04月17日

先生が教えてくれる事




BBQ台占拠 そしてショバ代請求
先生の指導受け学生が「勤工倹学」


【4月17日=華西都市報】 前日午後、塔子山公園はバーベキューを楽しみに来た多くの市民たちでにぎわっていた。しかしその光景とそぐわないことに、成都建設文武学校の学生約30人がその教師の指導を受け、多くのテーブルを占領。さらに「勤工倹学」という名目を主張して「移譲費」を徴収していた。一部のお客はそれに従わず、話し合いの末に教師とのつかみ合いに発展するなど、現場は一時混乱した。


※台占領 BBQできず

前日正午ごろ、張さんたち一行は塔子山公園内にあるバーベキュー場に到着。28元の「かまど使用料」を払ったほか、炭も購入。必要な鍋や食器などを借りた上であるテーブルにて準備してきた食べ物を並べ、火をおこす準備をしてきた。となりには学校の名前入りの服を着た学生約
30人、および教師と思われる7,8人がいたという。

「お前たち、かまども守らずにノコノコと帰ってくるなんて何さまのつもりだ!」

黄色のジャケットを着た教師と視られる男性は学生に向かってこのように怒鳴りつけたのだった。この言葉の後、5,6人の学生は一塊になって張さんたちの場所まで戻ってくると、テーブルの上の食べ物を地面に落とし始め、「あっちに行け。これは俺たちの台なんだよ」とわけもなく騒ぎ始めたのだった。「君たちは別に使ってなかったじゃないか。我々だってお金を払ってるんだよ」。張さんはこのように説明したものの、学生たちは全く聞く耳持たず。このうち2人はしゃがみ込んで熾したばかりの火を消し始め、他の学生も台の上に座り込んで張さんが何を言おうとも動こうとしないのだった。


※別の人「転譲費」払う

「学生じゃ話にならないから先生を捜しましょうよ」。同行の呉さんのアドバイスもあって、
張さんは先生に状況の打開をゆだねることに。ところが張さんが話し始めるよりも早く、「黄色ジャケット」の教師がこう話し始めたのだった。「テーブルを使いたかったら学生に言うべきでしょう。私を捜して何だというのです?」。別の教師は「我々の生徒は物わかりが悪いとでも言うのかい?」と続けたのだった。


ここに来て張さんは、学生たちがテーブルを占領するのは「勤工倹学」のためで、彼らは20元から30元の価格でそれぞれのテーブルを希望者に譲っていることを知ったのだった。連れの女性たちの気分を害さないためにも、張さんは学生と「価格交渉」を行った末、28元で学生からテーブルを「譲って」もらったのだった。


「バーベキュー場は公共の場所だろう。なのにあの教師どもは何の権利があって学生たちに『移譲費』を集めさせているんだ。これじゃ『強奪』と一緒じゃないか」。考えれば考えるほど腹わたが煮えくりかえってくる張さん。とうとう友人たちの制止もふりほどいて、先ほどの教師たちの前に進んでいったのだった。「黄色ジャケット」の方も決して金を返そうとせず、2人の話し合いはいつしかつかみ合いに変わっていた。目の前で事態がどんどん悪化する様子を見ていた呉さんはたまらず携帯電話を取り出し、警察に通報したのだった。


数分後、錦江110の巡視警官が到着、事態は一応収束したのだった。警官の取り調べに対し、教師および学生たちに意見のあった他の利用者たちが一斉に口を開き始めたのだった。学生ら一行は午前9時頃にバーベキュー場に到着、一台のかまども使わないというのに数人ずつがグループになってそれぞれのテーブルを占領。「テーブルを使いたかったら私たちに『移譲費』を払え」「『移譲費』はテーブル使用料と同額」「これは『勤工倹学』のため」などと話し始めたのだった。張さんたちが訪れる前にも、学生たちは約一時間で4台のテーブルを「譲って」いたのだった。


※勤工倹学?それとも強奪?

数十人による非難の応酬にさらされ、学生たちは教師の引率の元、速やかに「バーベキュー場」から退散。張さんたちは「黄色ジャケット」を逃さず、警官の元で「精算」を始めたのだった。


「学生の『勤工倹学』は私たちも応援する。でもこんなやり方はとうてい無理」。李さんも28元を払っ手学生からテーブルを「譲って」もらった一人。「移譲費」が教師に渡されたとき、李さんの心は大変痛んだという。「人の範となるべき先生が自分の生徒を使ってお金を『強奪』させるなんて、何とも恥ずかしいこと」だと話した。現場にいた市民は、教師が学生たちに「勤工倹学」をさせるにしても、正式な教え方をした上で学生たちに勤労とその対価としての収入を手にする仕組みを理解させるべきで、決してこんな公共の場所を使って利益をむさぼるべきではない、という意見で一致していた。


警官の調停によって「黄色ジャケット」は全ての『移譲費』を利用者たちに返還したのだった。




【評】

わたしもかつては学生たちとBBQを楽しんだ塔子山公園バーベキュー場。
http://itoyama.seesaa.net/article/7119718.html



塔子山公園BBQ.jpg

◎参考写真:これが現場。わたしらは「移譲費」いらず。というかおごりだったけど



さて、


「勤工倹学」は私の電子辞書によれば、

1、苦学する、働きながら勉強する
2、学生が一定期間生産労働に参加し、その収入を学校の経費にあてる

とあります。

はたして今回の場合、どちらのケースだったのでしょう。学校の経費といえば、先生のお給料もその重要な一部だから、まさかそこに流れていったりしないものか、どうか。


ここでわたしの好きな机上の計算。


学生約30人が数人ずつで占領できるテーブルは全部で7、8カ所くらい。最高30元の「移譲費」が転がり込んだとしても総額250元程度。


団体さんならばちょっと豪華な晩飯一回分で消えてしまうような微々たるお金のために、こんなやくざまがいのことができるなんて、ここ「成都建設文武学校」ってところは色んな人材がそろっているわけですよ。


だいたい教師一人がクラスの学生を引き連れて『出陣』したという単独行動ならまあ理解できないこともない(ホント?)んだけど、現場には「黄色ジャケット(センスもまるでヤーさん)」のほか7人くらいの教師がいたわけでしょ。


そんな学校に誰が行きたい?どの親が行かせたい?


確かに現在の中国は拝金至上主義に成り下がっている、という批判は在住外国人だけでなく、中国人自体からもよく聞く話。


それでも、金を稼ぎたいという方々はそれなりにある知恵ない知恵を絞って、新しい稼ぎ方を考えようとするあたりに「物事の発展」があり、中国の勢いが生まれているというのに、ショバ代をみかじめるなんて最も古典的な悪党の手法。


法律上もっと厳格な処置ができるのではないか


という見方もあるんだけど、(だってみんな「強奪」って言っているし)、それより、続報としてはこの学校の方にスタンスを移してもらいたいな、と。


この教師陣にしてこの校長あり!


みたいな大物(組長)に出現してもらいたいものです。それにしてもやはり成都。人の欲望の渦巻き具合が『聖都(=ラサ)』とは大違いね。今回はそんなに長くは滞在できないけど、また楽しませてもらいたいんで、期待を込めて★★★★☆
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2006年04月13日

誰が何の為の茶馬古道




ラバ99匹ラサに向かって出発
復活茶馬古道にぎやかに

【4月13日=西藏商報】 雲南省の茶葉生産者が丹精こめて作った「シ真茶大益天下・馬幇西藏行」を積んだキャラバン隊の一行が10日午前、香格里拉県建塘古城を出発、シ真藏大馬幇と名付けられたこのグループは茶葉古道を踏破して20日頃ラサに到着する予定だ。


≪記憶の中の馬幇≫

香格里拉(シャングリラ)は茶葉古道の要衝で、同地に暮らすチベット族たちには現在に至るまで記憶の中にキャラバンの姿が鮮やかに残っている。70才の頓珠さんの父親もかつてキャラバン隊の一員として働き、「当時この集落の多くの家庭がキャラバンに携わっていたねえ。父もキャラバンとチベットに物資を運ぶ商人の手伝いをしていたもの。だいたい3、4人で10頭前後の馬を引いていたかね。彼らは私の家のすぐそばの馬宿で休憩を取ってたし、集落には馬を売る店も少なくなかったもんだよ」と振り返った。年月が過ぎ、子どもの頃の記憶だったキャラバンが再び目の前に。頓珠おばあちゃんは懐かしそうにその光景をながめていた。



10時45分、グループのリーダー、趙宝昌さんによる馬上からの号令一下、頭に赤い布を巻いた馬を先頭にシ真茶を載せたラバ99頭が一列に並んで歩き始めたのだった。


それぞれのラバが背負うのは木製の箱に入った約60キロのシ真茶で、箱の両面には「シ真茶大益天下」「希望工程」などの標語が書かれた小旗もたなびき、その光景は壮観。馬引きたちは鮮やかな民族衣装姿で路傍の人たちに手を振って応えていた。

だんだんと遠くなっていくキャラバンの後ろには、旅の安全を祈る家族たちの姿があった。



≪リーダー:越えられない困難はない≫

出発前、キャラバン隊のメンバーはキャラバンに伝わる歌を披露。「朋友朋友、親如兄弟、シ真茶進藏相聚在一起!(友よ友よ、親しいことは兄弟の如し。さあ一緒にチベットまでシ真茶を運ぼうぜ)」。彼らは高山病の危険もある10カ所ほどの峠を越えるのをはじめ、道中、様々な困難が予想される。


「10カ所の雪山のうち最後にある『米拉雪山Y口』が最も高い標高約5200メートル」。リーダーの趙宝昌さんは「ただ『東達拉雪山』のY口(峠)が最も厳しい。海抜5080メートル。聞くところでは大多数の人たちがその場所で高山病の反応が出るらしい」と続けた。


ほかにも雪崩や落石の危険があるという。趙宝昌さんは全行程の約10%前後の地点で落石の危険があると警戒している。彼は重ねて「一路平安にたどり着くことを信じていますよ。何ごとも乗り越えられない困難はないのですから」と語った。



バター茶.jpg

◎参考写真:はるばる運ばれてきた茶葉はこうして売られることに。左はヤクバター



【評】

あんなまずいバター茶のために…


いやいや、そんな私見はさておいて、


シ真茶ってのは「シ真(雲南)」で栽培された茶っぱのこと。とにかく携帯に便利なようにがっちがちに固めて更に保存も利くように加工されたやつ。まあプーアル茶のお仲間ね。


そんな雲南のお茶をチベットに運んだルートが「茶馬古道」で、この日記でも過去に数度、関連ニュースなどを紹介したはず。
例えばこれ→ http://itoyama.seesaa.net/article/8851392.html


今だに中国的にはブームが続いております。


だからこそ、今回の新聞で紹介されることになったこの記事。


なのに、


いつ(when)どこで(where)誰が(who)何のため(why)どのように(how)何(what)をした



いわゆる「5W1H」とはよく言ったもので、それだけの要素をそろえれば一応、あかの他人が読んでも分かる文章が書けるものなんだけど、その要素が少しずつ減っていくにつれ、読む人の「???」がどんどん増えていくというもの。


で、今回の記事の場合は、キャラバン隊が何人規模のなのか、そしてわざわざラサまで行く理由は何なのか。趙基本的な情報が抜け落ちております。完全腑抜け。


人間さまの数よりもラバの方が大切なんだ。99匹ってちゃんと書いてるだろう

何しに行くって茶をラサまで運ぶんだよ。それが理由じゃいかんのかい?


なんて開き直りが聞きたいもの。


おばあちゃんの記憶は確かに興味深くて、これはわたし的にOK牧場。


ただ

「乗り越えられない困難はない」

という誰かの名言を借りたような台詞より、


「当時の苦労を実感するために計画しました」

とか、もっと商売っ気たっぷりに

「われわれの『シ真茶大益天下』をマスコミ通じて世間にPRするため」

なんて台詞が聞きたかったよ。隊長っ!



キャラバンが現役で動いていた70年近く前だって馬10頭に3、4人がついてたわけでしょ。ならばラバ99匹に対して相当数のキャラバンメンバーがいてもおかしくないでしょう。

ってことは今の時代、峠を越えるときに高山病がどうこうより、一番やばいのはラバや人さまが輸送トラックに轢かれることではないのか。


それくらい色んなものが運ばれてきているシ真藏公路。

ついでにラサまでは何キロなのか。10日に出て20日につけるってことはそんなに遠くないような気がしないでもない。でも、当然それも触れられていない。


いったい原稿をみるデスクは何をしていたのか。こんな原稿がまかり通るのが中国なのか。それともやっぱこれがチベット新聞界のレベルなのか。それともいまだ日本の常識にとらわれてる自分がいけないのか。元ネタとは関係ないところでそんな疑問がふつふつと湧いてくる本日の記事でした。★☆☆☆☆
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2006年04月11日

チベ鉄インドへの野望




青藏鉄道 世界と「線路でつながる」
中国西南部と南アジア結ぶ大街道プラン画策中


【4月11日=西藏商報】 国務院西部開発辨公室の関係者が近日明らかにしたところによれば、「十一五(2006-2010年)」もしくは更に長い時間をかけて西南、西北、東北、および雲南地方から国際的に戦略性のある四本の新しい街道(鉄路)を建設するため、その方策を検討しているところだという。その中で西南部に建設が画策されている南アジアとの鉄路輸送ルートは、青藏鉄道を延伸させた上で亜東(トモ)で国境を越え、インドの鉄道網に接続させようというもので、インド亜大陸と中国を結ぶ一本の重要戦略ルートになる。



構想に挙がったその他3ルートはそれぞれ:雲南省に建設する雲南から東南アジア、南アジアと続く中国ーミャンマーーインドルート:東北地区の東部の「琿春ー東寧」ルートの建造(修築?)および春化から国境まで線路をひいてロシア鉄道との接続:西北部では新彊からロシアへの鉄路架設。



国務院西部開発辨総合規画グループの胡長顧さんは、我が国と世界経済との関係は密接で互いの影響は日々大きくなっており、国際的に戦略性のある陸路(鉄道ルート)を通すことは、国内国外両方のマーケットにおいてその存在を十分に利用して国家経済を安定させるとともに、中国および周辺国家におけるエネルギー、鉱物資源などの分野で拡大する輸送の国際協力問題を解決することにもつながる、まさに「両勝ち」の開放政策となる、と指摘する。



西藏地区は我が国の西南部の際にあたり、インド、ネパール、ブータンなど多くの国と隣接。その国境線は4000キロ以上におよび、高原を走る初めての鉄路ー青藏鉄道は今年7月1日に試験運行を始める。同鉄道の竣工はるか以前から、海外では「ラサが青藏鉄道の終点駅になることはない」との憶測が飛び交い、更に延伸を続けて周辺国家に利益をもたらすとの希望も聞かれていた。ネパールの賈南徳拉(ギャネンドラだったっけ?)国王は昨年以来、国際会議の場において幾度となく、青藏鉄道がネパール国内を通って最終的にはインド、バングラデシュなどと線路で繋がることで、ネパールは2つの大国の間における交通運輸の結び目、乗換駅になることを希望する、との発言を繰り返している。



胡長顧さんによれば、チベット地区と周辺国家とのさらなる安定と経済する発展の必要性を考えると、南アジアへと繋がる鉄道ルートの建設は非常に重要で、青藏鉄道のレールを南に日喀則(シガツェ)まで延ばし、さらに亜東を経由してインドの鉄道と連接させた南アジア大鉄道網を築くことは、中国から南アジア、更にインド洋へと向かう世界の一大大動脈になるとの見方だ。



亜東鉄道.jpg

◎参考写真:亜東から甘托克(ガントク)経由でさらに南へ。楽しみ?

【評】

列車で国境を越える


っていう行為は旅行者として何よりも代えがたい楽しみの一つ。


国境なんて地図上でしか見えない線(現在も鉄条網で緊張感バリバリの場所だってあるんだけど)とはいえ、陸路でそこを越えるっていうのは、最高に旅情を駆り立てるイベントなのは間違いなし。


資本主義圏から共産主義圏にはいるときのドキドキ。スラブな奴らが鉄砲しょってコンパートメントまでパスポートチェックに現れる。10年ちょっと前は確かにありましたね、その緊張感。


パスポートチェックすらしないヨーロッパだって、聞き慣れない新しい言語がしだいに車内で聞かれるようになると、


ああ。うう。
また新しいとこに来ちゃったんだ


となって、車窓からの景色も2割り増しくらいに美しく見えたりする。



なんだけど、

チベットがからむとどうしてもひねくれて考えちゃうのはもう治しようのない慢性病のようなもの(笑)。


まだ雲をつかむような話なんだけど、中印関係の今後を考えると、いつの日か当然そうなるだろう、という内容でもある。


中国は基本的にパキスタン、ミャンマーと仲良しだったわけだけど、それはインドと「仲が悪かったから」という単純な理由。当然優先されるのは、中国が地域大国インドとの関係をどう考えるのか。

パ・ミ両国にとっては今までの「蜜月」関係は過ぎ去り、あくまで中国にとっての「対印カード」としてつかず離れずの関係に収斂していくのではないか、と。いわんやネパール王国をや、でしょう(笑)。バンダ(ストライキ)対策に追われる今のギャ国王にはもう国際関係にまで口出す余裕ないかもしれんけど…。



さて、そこまで大風呂敷を広げなくても、亜東(トモ)から鉄道が通った場合、インド側の国境はシッキム州になりますな。


中国がつい最近までは「独立国」として扱っていたエリアだけど、確かに「周辺国家とのさらなる安定」のおかげ、いつの間にか中国製地図でもインドの一つの州として扱われております。


今回の「南アジア鉄路大動脈」建設における問題は実はインド側にもあるわけで、このシッキム州に鉄道はございませぬ。


最寄りの鉄道は国境からは直線距離で約100キロ、シッキム州と隣接する紅茶の産地、ダージリンまで。ただしトイ・トレインという世界遺産にも指定された蒸気機関車が走ってるだけで、レールの幅の問題とか考えると、カリンポン経由の別ルートでウエストベンガル州の線路につなげるのが現実的。


でも、当然ながらインド政府のスタンスには何も触れられておりません。


はたしてインド側がどういう対応を取るのか。


シッキムやウエストベンガル北部だって、チベットからみればヒマラヤの反対側、4000m級の峠だってあるわけで鉄道建設にはそれなりの技術が必要。


南インドから大量に人を集めての人海戦術


では通用しないよねぇ。中国の技術供与なんてインドが受け入れるんだろうか。色んな興味が湧いてくる一大プロジェクト(妄想)ではありますな。



ちなみに亜東(トモ)では、鉄路開通にだいぶん先駆けて今年6月、国境マーケットがオープンするのだそう。これは絵空事でも誇大妄想でもない現実の話。

「前世紀初頭には中印貿易額の約8割をしめていた」

という在りし日の栄光を取り戻そうと、地元お偉いさんも張り切ってるみたい。そんなところにこっそり見学に行きたいと思ってるわたし。


とにかく亜東には今後の最注目株ということはよく分かった。なんだけど、インドの現状に全く触れていないのはやはりマイナス。取材した記者に「国境越えれば新華社まかせ」という意識があってはいつまでも視野の広い記事は書けないはず。「インド、ネパール、ブータンなど多くの国と隣接。その国境線は4000キロ以上」の地区が担当エリアなんだから、内地の記者よりも高い国際意識が必要でしょうよ。★★★☆☆
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2006年04月09日

チベ版「一村一品」運動




ため池が新しい顔 元気よくはねる魚たち
林周県江熱夏郷 努力実ってラサ市への魚出荷基地建設


【4月9日=拉薩晩報】 林周県江熱夏郷にある総合養殖基地(センター)の池のほとりには6日、多くの村人たちが集まり、車から一箱一箱運び出されてくる稚魚たちは彼らの目の前で勢いよくはね、センター職員によって池の中に放されるのだった。


林周県江熱夏郷は水資源が豊富で村内には多くの池が散在するものの、これまで特に何かに使われていたわけではなかった。江熱夏郷では地域の特性、他にはない資源を有効に使って経済発展につなげる「資源優勢変為経済優勢」の取り組みとして、自分たちの土地では何が特別で市場の需要に応えることができるのかの研究を昨年以来十分に続けてきた。その結果、これまで自然の成長に任せるままだった伝統的な養魚業を改め、総合養殖センターを建設、一体的な魚の養殖を行うことで特色ある「一郷一品」産業に発展させることを決めたのだった。



この計画を実現させるため、郷党委と政府は困難を乗り越えて様々なルートから資金となる50万元を集めてセンターを建設、「巣を築いて鳳凰を引きよせる(築巣引鳳凰)」ための準備を早々に実現させたのだった。

すでに基地の一部分は操業を始めており、完成後の(養魚場)総面積は460畝(約31ヘクタール)に。将来的には水面でアヒルを飼育、水面下での養魚と合わせて複合的な養殖スタイルを実現、また周辺は家畜の肥育場としての利用を進め、釣り堀などのレジャーも体験できる場所にする計画だ。

基地では4月末までに稚魚300万尾を放流、5月時から魚の出荷を始め、今年の総出荷量は30万キロを見込む。

これはラサ市最大の水産出荷基地となり、自治区内魚市場の総生産額の3%を占めることに。同基地では更に生産拡大を進め、2年後には自治区内マーケットでの占有率を10%まで高める。ラサへの魚の出荷基地としての確固たる地位を築くとともに、センターでは科学的な「生態養殖方法」を採り入れることで「半生態的」な緑色食用魚(エコ魚)を生産、その品質は現在のラサ市場にある魚肉の質を上回るという。



林周県江熱夏郷の総合養殖センターが完成したことで、その模範的な行動が周囲の住民にも十分に刺激、改めて自分たちの資源を活用して水産養殖を始める動きに繋がることも予想される。全郷的な新しい経済行動に発展することで、多くの村人が収入を増やして豊かになるための新しい道となるとみられる。



市場の魚i.jpg

◎ラサ市内の某市場。そのうち江熱夏産の「緑色食用魚」も売られることでしょう



【評】


昨年末12月30日の日記「マジで転職を考える!?」にこういうくだりが…。



ところで帰宅後。

ハヤのから揚げをパリパリ食いながら、ぐびぐびビールを飲んでいたときに考えてみたこと。



チベット人は魚をほとんど食べないんだよね。理由をある人(レンイエン)に聞いたところでは、「魚は小さい」からだそう。



小魚も人間も牛も皆等しくひとつの命を持っている。

人が生きるために命を殺めることはある意味避けられない「業」だけど、ひとつの命を奪うのならば、できるだけ多くの人たちの胃袋を満たす方がいいに決まっている。だからチベット人は小型の川魚はとらず、もっぱら巨大なヤクを食べるのだそう。



チベ人がもしIWC(国際捕鯨委員会)に投票権を持っていたなら、ぜったい鯨肉賛成派になってくれるはずですね。クジラはでかいからね〜。




食べないけれど、食べられるための魚は育てる。


いや、実際にはもうラサのチベット人たちは魚を食べてるのかもしれないね。あくまでレンイエンが教えてくれた「チベ人魚くわん論」は伝統的な考えに基づいてるわけだから。



さて記事にある林周県はラサ市の北側。大きなくくりでは大ラサ市に含まれるいわゆる「近郊」。成都市の場合の双流県(飛行場)や広漢市(三星堆遺跡)みたいなもの。


そこで産声を上げた「一村一品運動」なんだけど、


あんたらよくばりすぎっ!

と思わない?


「水面ではアヒルを飼おう」

うん、まあね。ついでだし…


「池の周囲は家畜の肥育場」

えっ、なんで?


「釣り堀でレジャー客も集めたい」

おお、人の欲とは尽きないものよ。


とても真っ当な人の考えとは思えない、できそうなことを全て実現しようという雪崩式の欲張り方程式。複合的な環境破壊に繋がらないことを祈るばかり。アーメン



ネタが枯渇する週末。地元ネタがないからだろうけど、これが一面トップの記事。6日のことなのに。それだったらせめて写真くらい掲載しようよ。現場にいなくても書けるような記事じゃない、これって?

それにお偉いさんの苦労や威勢のいい数字ばかりを並べるより、もっと大事なことがあるでしょう。


いったい何の魚を育てるの?

わたしはニエンユィ(ナマズ)にリエンユィ(ソウギョ)、リイユィ(コイ)、ジイユィ(フナ)もこなしたことあるすでにけっこうな川魚マニア、名前聞いただけでよだれが出てくるのよ。だからそれを書かないってことは、当たり前でこの評価★★☆☆☆
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2006年04月06日

ラサにもいたどら息子




ついに探し出した息子 帰宅しぶる
《子供失踪 父母涙で洗顔》報道


【4月6日=西藏商報】 4月4日になっても読者から本紙専用ホットラインへの電話は続き、楊林さんが現れそうな場所についての情報提供が相次いだ。善意の市民2人は引き続き市内のインターネットバー(ワンバー)めぐりを続けたものの、確たる成果は得られず。タクシー会社のゴン(gong1)社長は、もし5日午後になっても楊林さんが見つからない場合にはタクシーの窓の分かりやすい場所に彼の写真を貼り付け、6日になれば、会社が所有する20台のタクシーすべてを使って、市内全部のワンバーに一斉捜索をかけると提案してきた。



≫ワンバー 別の一幕≪

4日早朝、娘熱路のワンバーにて捜索を続けていた善意の2人が。楊林さんの姿を見かけたわけではないものの、ワンバーの中では徹夜でネットに明け暮れる大勢の未成年たちを確認。2人いわく、こんなワンバーがあるからこそ楊林さんに家出の機会を与えてしまったわけで、また今後も同じようなケースも起こりえるのだ、と。これほど多くの子供たちがこっそりインターネットに明け暮れる姿は本当に心を痛めるもので、こうした現象を生み出した「悪意」のワンバー経営者たちは絶対に責任を負うべきだと感じたという。



≫学校 手がかり求め≪

学校が昼休みの時間、記者は読者2名と北京中学に向かった。同校の教師によれば、学校には王勤という生徒が2人いて、ともに高一年(高校一年に相当)でクラスは別々。ただ、どちらが手がかりとなる生徒かは分からないという。読者2人は再び拉薩中学に車を走らせ、かつて情報を提供してくれた桑という生徒に再度確認。彼の言っていた「王勤」は、北京中学高一14班の男子生徒で、背はそれほど高くないということだった。


手がかりを知る王勤さんを特定できたことで彼の担任雷先生に尋ねたところ、雷先生は「王勤くんは午後3時頃から授業にやってくるはず」と説明。


ようやく探しだした王勤さんに話を聞いてみると、「先週土曜日に北京中路のワンバーで楊林を見かけたけど、ここ数日はもう会ってない。きっと『胖子(ふとっちょorぶた)』っていうあだ名の奴と一緒にいネットしてるはずだよ」と話したのだった。



≫深夜 楊林を発見≪

4日午後9時5分、ある読者から電話で「徳吉路の辺防大厦近くで楊林と名乗る青年を見かけた」という情報提供があった。


同10時22分、電話をくれた読者の案内で楊林さんの両親とともに娘熱路近くにある怪しげな路地に到着。ある間貸しアパートの2階一室でついに楊林さんを見つけたのだった。ドアを開けた後、両親はじいっと楊林さんを見つめ、その間一言もなし。楊林さんの方はちょうど足を洗っていたところで、両親の姿を見るなりやはり何も言葉はなく、扉に立つ人物たちの方にちらりちらりと目をやるのだった。


誰もがハッピーエンドを期待する雰囲気は「ぼく帰らないから。家に帰ったらどうせ僕をぶつに決まっているし」という一言で打ち破られ、両親もこのような状況になってしまった以上、何もできずにいるのだった。


記者は楊林探しを手伝ってくれた善意の読者2人に電話、彼らもすぐに現場に駆けつけ、楊林さんへの説得工作がスタート。ところが楊林さんの方も家には帰らないの一点張り、それどころか「学校には行かない。アルバイトをして金を稼ぐ」と言い始めるのだった。


説得は5日明け方近くまで続いた。とうとう楊林さんも翻意、ただしその晩だけは親切な読者の家に寄せてもらい、6日には学校に行くこと、授業が終われば自宅に戻ることに同意したのだった。楊林さんの父親、楊金玉さんは「子どもが戻ってきてくれるだけでいい。我々夫婦は子どものためならばよろこんで全てのことをします。勉学の道、社会への道のどちらを選ぼうとその選択を尊重する。ただ、我々両親の気持ちを分かってほしい」と話したのだった。



拉薩中学.jpg

◎参考写真:きょうは楊林君も登校したはず(だよね)、の拉薩中学。ポタラの西



【評】


昨年11月7日のエントリー「日中のどら息子比較論」
http://itoyama.seesaa.net/article/9108610.html(中国以外限定)

や、

今年2月4日に書いた、節操なしの旅日記15「どら息子に騙されかけ」
http://itoyama.exblog.jp/684496


とあわせた「どら息子3部作」ということにしときましょう。



スターウオーズ、ロード・オブ・ザリングなど名だたる作品は3部作が基本。ちょっと今回の「どらちゃん」はスケール小さいような気もするけど、まあをこはご容赦を。


たぶんインドにも「どら息子さま」はいるはずなんで、今後「4部作」「5部作」になる可能性大なんだだけどね。




さて、この記事にはとうぜん初報(第1報)、および第2報があって


1:息子がいなくなり涙ながらに新聞社に協力を求めてきた両親(3月下旬)
2:その姿が読者の共感を呼び協力者続々。でも本人見つからず(4月4日)


という内容。



学校がいやでワンバーに浸り、結局家出を選んじゃったどら息子。

よりによって「足を洗っている(笑)」最中に隠れ家を突き止められ、時代劇の悪代官さながらの悪あがき。


「叩かれるから家に帰らない」

その理由に笑いました。


たぶんこれまで平気で息子に手を出してた金玉お父さんも、


「子どものためならばよろこんで全てのことをします」

その譲歩ぶりに再び笑いの渦。
よほど息子がいない現実が身に染みたのかもね。



ところで見出しであえて直訳した「子供失踪 父母涙で洗顔」なんだけど、

原文は「孩子失踪 父母以涙洗面」。

あふれ出す涙で顔を洗えるほどに悲しんでいるという例えなんだけど、タイ留学後に成都で失踪した湖北省武漢出身、初代のどら息子の父親同様に平気で人前で号泣できるのはやはり民族、文化の違いなんだなぁ、とあらてめてしみじみ。



さてある意味、事件の舞台といってもいい「インターネットバー」なんだけど、中国在住者なら当然ご存知。でも日本とかの人だったらちょっと???かもしれないんで、こっちもちょっと説明。


未成年のガキども(+少なからぬ大人連中)は、インターネット上にて国内の中国共産党の動向をチェックしたり、激動の国際情勢に目をやったりしているわけではなし。

単にチャットもしくはパソコンゲーム、もしくは持ち込んだDVD鑑賞に明け暮れているだけのこと。安いところだと一時間2元(約30円)程度。だからいくらでもパソコンの前に座り続けてるわけなんだけど、それによって知識の量が増えるわけでも、井の中の蛙から抜け出せるわけでもない。極めて非生産的。


ん、わたし?

わたくしは一昔前の標準的家庭の「ファミコンは1日一時間まで」同様、ネットは1日一時間と決めておりますので、あしからず。



ちなみに本日の拉薩晩報では奇しくもこのような記事を発見。


見出し的には


「家長陪孤子“健康”上網(保護者同伴で“健康”インターネット)」


ちなみに中国語の「健康」には「健全」の意味もありますので、別に健康器具とかが備わってるワンバーのことではありません。要するに週末など保護者同伴でネットバーを訪れ、インターネットを楽しむ子どもたちの姿が見られるようになった、という内容。


ライバル紙が少年少女のネットがらみネタで紙面をにぎわせてるから、晩報的にも何か同じジャンルのネタで一矢報いようと書いた記事だとしたら、それはそれでライバル心剥き出しで面白いんだけど、ね。


楊さん一家の“落としどころ”もこの辺にあるのかな、と。

しょせんは楊林くん、働くなんてできんでしょう。小遣いもらいの身分がどれだけ素晴らしいかを思い知るだけ。



あっ、ちなみに日本のどら息子は今ドバイに旅行に行ってるみたい。ドバイの「ド」はどら息子の「ど」っ!!だから、ど〜んと★★★★☆
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2006年04月05日

チベ人アクション好き




4・28封切りの《理髪師》
ラサでは暫時公開未定


【4月5日=西藏商報】 ■記者 文桂萍

画家としての陳逸飛はすでに海外でも知られた存在だが、映画監督としての彼の功績はまだあまり知られるところではないだろう。彼の遺作となる「理髪師」は28日、国内一斉公開されるほか、病逝から一周忌となる4月9日には陳逸飛博物館でも特別上映されるという。


実は今回の《理髪師》、陳逸飛唯一の映画作品というわけではなく、かなり早い時期に彼は上海をテーマにした《人約黄昏》という作品を残している。その数少ない論評としては「絵画の手法を使って唯一無二の上海を撮影した精緻で耽美的な作品」というものくらい。年代が古いがためこのような評価になっただけで実際のところそれだけではない、というのが陳逸飛の一貫した主張だった。


この《理髪師》は、その約半分が別の監督によって撮影されたものとはいえ、前半部分を見るだけでもお金を出して映画館に行く価値があるといえ、さらに撮影を引き継いだ監督も、陳逸飛のニュアンスを引き出すことに精力を使ったことを明らかにしていることから、(この作品が見るに値するかどうかは)何をかいわんややであろう。


しかし、(《理髪師》のような)文芸作品の持つ性質上、この映画が拉薩電影城で他の地域と同時期に一斉公開されるのか、非常に懸念されるところでもある。電影城の支配人、拉巴さんによれば、拉薩電影城は京聯系片源(配給会社?)の映画を専門に扱っており、国内映画は基本的に同社のスケジュールに同調する形になるのだが、もちろん例外もあって、文芸映画が興行的によくないこと、(例えば前年の《千里走単騎(邦題:単騎千里を走る)》)、さらには同じ時期に国内外映画が豊富にあること、来場者の好みの問題などを考慮した場合、文芸映画の上映は遅らせざるをえない、ということらしい。しかしこれらは全て可能性の話であって、ひょっとすると我々は内地と同じ時期にこの映画を鑑賞できるのかもしれない。



理髪師2.jpg

◎参考写真1:これが映画のポスター。どう?「文芸」のかほりただよう?


#われわれは本当に文芸映画はいらないのか?

■文/姑娘 最近、ある人物のブロク上にて、「国産映画を救うため、中国では2010年以前に文芸映画は撮る必要がなくなる」というご高察を目にすることがあった。


この人物の考え方を改めて読者に問うとすれば、「文芸映画は果たして本当にあってもなくてもいいような存在なのか」ということだろう。


拉薩電影城の拉巴さんによれば、同映画館で上映した多くの文芸映画は確かに興行的によろしくなく、それは陳可辛監督、金城武や周迅、張学友ら一大スターが競演した《如果・愛》も、そして張芸謀監督、高倉健主演の《千里走単騎》も一様に客の入りは少なく、もちろん内地よりは若干状況はましなようだが、どうあがいても《无極》との差は歴然だという。このことから判断するなら、確かに皆はそのような(文芸)作品を求めていない、と結論づけることができるのかもしれない。


しかし、早まることはない。これらの映画を見たのは文化程度の比較的高い人たちであり、しかも観賞後の反応は一様に好意的なものばかりだという。そういうことなのになぜ、みんな同じ映画鑑賞者なのに、狭い視野で(文芸作品は)いらないと言ってしまうのか、あまりに早計すぎるのではないか。


もちろん、ブログ上の彼の言い分は理論的にこういうことらしい。国内映画界の現状では、数十元、もしくは百元を上回るような金を出して映画館に出向き、しかも数元たらずで購入できるコピー映画を見ない人など極めて少数派である、映画観賞はあくまで「贅沢」な消費行動であり、もし映画に娯楽の要素がなく、観客を楽しませることがなければ、どうして消費者はその行動を好んでするだろうか。 映画界の人材には限度があり、その人材をだれも見ないような文芸作品に費やしてよいものなのか。映画の「マーケット」を守るためにも、映画関係者がせめて2010年までには多くの面白い映画を撮るようになることでようやく、その未来を救う唯一の道となるのだ。

(ああ、この人物はたぶん忘れてしまったんだろう。外国において中国産映画の価値を高めているのはほとんどが文芸作品だということを。文化の根は誰が掘り起こすの?それもまた文芸映画ではないのか)


彼のような言い方をするなら、もしある日国産映画が不注意にも全軍壊滅してしまった場合、文芸映画の監督たちの身はいったいどうなるのか。張芸謀は興行的に大成功だった《英雄》を世に出したとはいえ、《千里走単騎》のような期待はずれの作品も撮影したのだから。


この彼にはひとつの提案が…。張芸謀に抗議の手紙を出してはいかがなものか。「国を代表する映画監督として、国産映画界の今後をどのように導いていくのか。国を代表する監督として、《千里走単騎》の違法コピーをこっそり自宅の暖炉にくべるべきではないか、少なくとも暖くらいは取れるようになるでしょう。国産映画界はこのようにすることでようやく栄える。くれぐれも映画界を壊さないように」といった具合のものを。

おそらく張芸謀からパンチの一つでももらうでしょう、が。


【評】

チベットで文芸映画が受け入れられない

そりゃ、そうだろうな


とよみがえってきた先学期、西南民族大学で受けてたチベット語授業での一幕。


「わたしの好きな俳優はニコラス・ケイジ。アーノルド・シュワルツネガー。そしてシルベスター・スタローン」


と嬉しそうに話す熱血カンパ教師「レンチンワンジャ」。さらには派手に機関銃をぶっ放すアクション付き。

とにかく出てくるのはアクション系の俳優の名前ばかりで、イケメン系ではブラピの「ブ」の字も、トム・クルーズの「ト」の字も全く音沙汰なしでしたな。


で、チベット人のアクション好きは男性だけかと思いきや、もう一人の教師、ママさん先生「イヒ・ラモ」も12月のある日、


「昨日は家族みんなで《无極》を見てきたんだけど、ホント最高だったわ」

と聞きもしないのに満足そうに約10分間、映画の話をしてくれたもんでした。



そんな昔話に浸らせてもらった今回の記事なんだけど、前半が記者の原稿。後半は西藏商報の文化/娯楽欄にコラムを書いている地元映画マニアのようですな。


なぜ分かったのかというと、きょうその映画館(拉薩電影城)に行ってみて、


「友の会会員になって、西藏商報にあなたの記事を載せよう。映画が一本タダに」


みたいな映画館と新聞社の共同企画の張り紙を見つけたから。



やっぱこんな記事みたら気になるじゃないっすか。
どんな映画をやってるんだろうってことが。


行動力を失った旅行者は核燃料廃棄物よりも始末に負えなくなる(笑)というわけで、ちょっくらお出かけ。場所はバルコル前広場をポタラ宮方面に約200メートル進行方向左側(近っ!)。



拉薩電影城1.jpg

◎参考写真2:近くはほぼ毎日通ってるんだけど入るのは初めて。拉薩電影城


1階はスーパー兼お土産専門店の入ったプチ百貨店。階段で2階に上っていくんだけど、その階段の見つけにくいこと。


やっとのことで入り口にたどり着くとすぐ目に入ってくるでっかい電光掲示板。


キングコングやマスク・オブ・ゾロ、ナルニア国○○譚など、まあ新しい部類の映画が最高額の30元。国内映画が20元レベル。その下には10元のものも2作品。合計5つのホールにて計11作品が上映されてました。一応はシネコンっぽいじゃないの。国家三星級影院という位置づけらしいし。


まあ今回の記事を読んだ後なんで、どうしても注意して見ちゃうのが、掲示板に記された「内容題材」という欄。


功夫動作片
美国災難片
最新愛憎編
美国魔幻片
韓国恐怖片


などで、確かに「文芸片」というのはざいませんね(笑)。



ついでに内部施設の見学もかねて、あと勉強に疲れた頭を休めるためにも(!?)、ちょっくら映画観賞に浸ることに。昆明でジェット・リー最新作「霍元甲」を見て以来だから2カ月ちょっとぶりやね。


今回は「冲出虫囲(美国動作片)」という作品。

最低ランクの10元。だから見たというのがほんとのところ。


ところがどっこい、上映される4番スクリーンのすばらしさ。何はなくとも椅子が最高の座り心地。



拉薩電影城2.jpg

◎参考写真3:映画館じゃなく重役室のような…。わたしは3人分の長いすを占用


このまま作品自体にも期待したいとこだったんだけど、さすがに10元だけあって作品は、


…DVDでござんした。


最初に字幕選択の様子までスクリーンに映し出されたから95%間違いない。



「冲出虫囲」の原題は「BUGS」。

一応ハリウッド映画みたい。ニューヨークの地下鉄に古代の昆虫が蘇り次々と人を襲い、というパニック映画の典型のような作品。




それでも観客はわたしを含めて6人。
とうぜんながらアメリカの制作会社にお金を払ってるわけもなし。
たぶん5元くらいで買ったDVDで1回の収入が60元。

たぶんもう一つの10元映画「紅靴(韓国恐怖片)」も同じDVD放映でしょうよ。

いい商売をしているではありませんか。


記者さんも姑娘さんもブログ上の彼を責めるのもいいけど、映画館にも言わなきゃいけないことあるんじゃないの?



映画館の拉巴支配人さま。映画館運営を損得勘定だけで考えないで下さいな。映画は文化を育てる。それは本当じゃないでしょうか。


今度の《理髪師》なんだけど、いまいち知らなかった監督の陳逸飛さん。彼のポタラ宮を描いた作品はなんと昨年11月のオークションで750万元(約1億1千万円)の値をつけたとか。まあバブリー中国人(南京人)が購入したそうですが…。


とにかくそんな画家としては高名な陳さんの遺作となる映画作品。内容なんてぜんぜん分からないんだけど、文芸映画というだけど拒絶反応を示してもらいたくないもんです。


わたしとしては、例の居心地最高4番スクリーンが


世界最高地点にあるミニシアター


みたいになってもらうとこれまた最高なんだけど、ね。


まあこうした問題提起だったらここの新聞も書きやすいだろうから、今後に期待ってことで★★★☆


ただ、チベタンにはやっぱドンパチ、斬った張ったなんだろうなぁ。
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2006年04月04日

日なたぼっこさせてよ




ラサ 鳴り響く春の雷
4月2,3日

今後3日間も区内各地荒れ模様
ラサではかなりの確率で降雪


【4月4日=西藏商報】 4月3日午後2時ごろ、ラサ地区では4月に入って2度目となる降雪を観測、街頭では突然降り始めた雪になす術なくたじろぐサラリーマンたちの姿が多く見られた


*初雷は春の訪れ

この日、自治区気象台首席予報員の普布卓瑪さんは、ラサ地区で午後に初雷を観測したと説明。あわせて各地で少量ながら降水も確認されたという。午後に入ってラサ市周辺に雷と降水があるという天候は前日とほぼ同じで、この日はラサ市で降雪があったとき、気温は摂氏8、6度だった。普布卓瑪さんによれば、「初雷」は一年のうちで初めて鳴る雷のことを指し、春雷が響けば大地も春に向かっていくとされる。春の暖かい空気と冷たい空気が出会うことで、大気が不安定な状況になるために発生する仕組みだという。


雪空.jpg

◎参考写真1:大気が不安な状態になるとこんな空。あの「青」はどこ行ったんだよ!


このほか、多くの農民たちもまた春雷の鳴る時期には関心を払っているという。彼らは「初雷が啓蟄の日になればその一年は天候に恵まれ、豊作になる」。対して啓蟄の日よりも早く春雷があれば、その年は降水量が多く、「春の長雨」の可能性が高く、その反対に春雷が啓蟄より後ならば「干ばつ」に見舞われるのだという。民間の言い伝えに「啓蟄に雷聞けば米は泥の如し(=豊作?)」「啓蟄前の雷あれば2月は雨にしたたる:啓蟄後の雷は春以降に干害」というものがあるが、普布卓瑪さんは「それは言い伝えてであって非科学的です」と話した。


*きょうも好天ではなし

4月4日も西風の影響を受け、那曲、昌都、林芝地区および自治区南部周辺地区では小雪まじり、もしくは一部中程度の降雪の曇り空で、その他地区も曇りで局地的に降雪の可能性も。今後3日間も自治区内の天気は荒れ模様で雪または雨の降る天候になるという。


*その後も再び、雪、雨の周期

普布卓瑪さんは4月上旬、自治区南部および林芝地区では10ミリ以上の降水が予想され、その中でも波密(ポミ)などでは40、3ミリ前後にまで達し、日喀則地区西部、那曲地区西部と阿里地区北部では1ミリも降らないだろう、と説明。


普布卓瑪さんはさらに4月7日以降、再び雪や雨の周期があり、林芝地区、昌都地区と那曲地区では局地的に小雪(雨)に見舞われるだろうとの味方を示した。



雪のラサ.jpg

◎参考写真:こんな感じでブルってます、ラサの町。なんにもしたくないね、もう。


【評】

なんばいいたかとかていうと、らさはばりくそさむかちゅーことったい。もうなんもでけんと(≒何を言いたいのかって説明すると、とにかくラサはむちゃくちゃ寒いってことなんだよね。もう何もできないよ)。


おい、成都。

最高気温25度だ?

はあ?

ふざけるのはよしこさん。


こっちは雪です。最低気温はマイナスです。


ホテル中庭で、温かい陽光を浴びながら本を開くのが気持ちいいから受験勉強(笑)も何とかはかどっていたようなもんなのに、せっかく拙ブログでも青空をほめてあげたのに、ここ数日、太陽はほとんどの時間雲の向こう側。


早々に部屋に退散するべきなのに、あのぽかぽか気分が忘れられずいたずらに長居していると、体の芯の芯からブルブルしてくる感覚。


ときに雲の隙間から顔をのぞかせるんと、それは一瞬だけの天国。お○っこを極限まで我慢した後にトイレに駆け込んだときの感覚。

ふぅ〜〜


でも、小学校高学年の鬼ごっこにだだこねて混ざっちゃった1、2年生のように、あっという間にまた雲の虜になってしまうのでした。



本日も午前中一杯はそんな天候。そして正午から午後1時過ぎにかけては、新聞報道の通り、かなり小雪が舞うしまつ。


どうやら雪雲は過ぎ去ったんだけど、とうぜんながら外のテーブルは濡れてて座るところもなし。それどころか寒すぎて屋外にいることと勉強とが全く繋がらない。



こんなんじゃいけないと、はじめて勉強するためにお金使うことを決定。どういうことかって?四川大系留学生たちの間で局地的に流行っている喫茶店(&マック)で勉強することに。

もちろんこっちにはマックもスタバ系もないんで、ツーリスト向けのキレーホテルの中にあるツーリスト向けのタシ2レストランが現場。


昼飯時間が終えたくらいの午後2時すぎ。

もちろんうまいコーヒーなんて望めないから、チベタンミルクティー(バター茶じゃないよ)で代替。ただ、

一杯1、5元(約20円)の茶でねばるのは忍びない


んで、昔うまかった記憶があるチーズケーキ(6元)とセットで注文。ちなみにミルクティーをポットで頼もうかもとしたんだけど、おねえちゃんに中国の安食堂や宿でよくある魔法瓶を見せられ、

「これだけど、どうする?」


丁寧にお断りしました。

たぶん1リットルくらい入ってて7元(約100円)。丸1日ミルクティーでねばりたい人なら超お勧め。ちなみにわたしはカップ2杯目の後半ですでにこみ上げてきそうな感覚になったんだけど…


そんな感覚になりながらも勉強の方に集中するのはたぶん、小雪の中で教科書を開くのとたいして変わらず。なんとか2時間が過ぎたんで、きょうはこのへんで勘弁してやろう、と池乃めだか並みにおいとますることに。


するとなんてこったい。

薄暗い屋内からは分からなかった温かい太陽の光。東の空をみれば山の周辺をのぞいてほとんど雲はなし。一方、きょうの記事にあるように、チベットでは最近西からの風が続いているんだけど、その西の方に目をやればすでに太陽の間近まであの忌まわしく分厚い雲の姿。


別にねぇ、春の雷がどうとか、啓蟄の前か後か、なんてどうでもいいのよ。だってその言い伝えも低地(漢民族ワールド)の言い伝えでしょ?そりゃチベット人の普布卓瑪さんが「それは言い伝えてであって非科学的です」と100%否定する気持ちもわかります。ちょっとおもろいけど。


お天道様のことばっかりは人間様にはどうにもならないことは承知の上。早く日なたぼっこを取り戻したいだけのピュアなわたしでした。


あっ、でも啓蟄がいつか、くらいは知りたいかな。それは記事で触れるべきじゃないのかな。だから標準ちょい下のこの評価。★★☆☆☆

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2006年04月03日

青藏鉄道見切り発車?




朝ゴルムドでラサ着は夕方

西寧から集中発車 「数珠繋ぎ」でチベット入り
北京、上海、広州、成都発の青藏列車
7月1日から青


【4月3日=西藏商報】 ラサ市旅遊局が3月31日に開いた「農牧民家庭旅館」発展座談会の席上、青藏鉄路旅遊機構の責任者臧富さんは、「今年7月1日以降、全国五大地区、すなわち北京、上海、広州、成都と西寧は、その周辺の省からも絶え間ない旅客の流れを呼び込み、わが自治区の旅行業界は歴史的にも前代未聞の発展の機会が訪れる」と述べた。


■西寧からラサへ列車4便が連続発車

臧富さんによれば、7月1日に開通する北京ーラサ、成都ーラサ、上海ーラサ、広州ーラサ、西寧ーラサ間の列車はそれぞれ、上海と広州便が日替わり運行となるため、毎日4便の列車が西寧駅に集まった後、約15〜20分感覚で連続してラサに向かって出発するという。


鉄道部門はゴルムドーラサ間において旅客が沿線の自然風景など、より多くの観光ポイントを見物できるよう考慮、同区間の運行を朝から夕方にあわせるよう統一したという。


ゴルムドからラサまでには観光ポイントも数多くあり、ネット上ではすでに多くの味方が飛び交っているものの、今のところはどれも憶測に過ぎず。今年5月にゴルムドーラサ間1142キロの試験運行を繰り返すことで速度などの計測を行った後、何カ所の駅に停車するかを確定する計画。各観光ポイント(駅)に15分ずつ停車したとしても、8駅ともなればその時間は1時間を優に超えることになるが、臧富さんは@5月には具体的なことが分かるはず」と話した。


■各列車とも定員は936人

臧富さんによれば、この4列車の基本構成はすでに確定済みで、軟臥(1等寝台)が2輛で一輛の定員は32人の計64人。硬臥(2等寝台)が8輛で、定員が一輛60人の計480人。さらに青海省、西藏自治区の両政府の要求によって4輛の硬座車両も連結。この硬座車両も一般の硬座とは異なり、各車両の定員は98人で計392人(主にゴルムドーラサ間で旅客の観光に便利なよう、現行硬座よりも座席に余裕を持たせた構造に)となり、各列車の定員は合計936人となる。


■毎日4000人近くが列車でチベット入り

青藏鉄路旅遊機構は中国社会科学院に20年規模の計画(コンサルタント?)を依頼しており、中には鉄道の開通後、青藏両地区にもたらす巨大なビジネスチャンスに関するものも含まれていると、臧富さんは明かす。


列車1便が936人を運んでくると4便では合計3744人。つまりはラサには毎日4000人近くが訪れるという計算が成り立つ。


この4便の列車が旅客を運んでくるという状況を専門家はこう分析する。北京、広州、上海、成都などの各鉄道局がその管轄エリア内の需要も掘り起こすため、広州局は湖南(長沙)、湖北(武漢)、江西(柳州)などの客を広州駅に、北京発ラサ行きの列車は北京人だけでなく北京鉄路局によって黒竜江、山西、河北、天津などの省や都市から北京に客を集める。さらに上海鉄路局は南京や无錫から上海に向けての列車に客を乗せ、西北地区においても、甘粛、新彊、陜西(西安)からの客が全て西寧に集まり、同鉄道に乗車するというもの。青藏鉄道の運行計画策定の際には、チベット旅行を希望する全国各地の旅客たちをそれぞれの鉄道局に分散させ受け持たせることを考慮、鉄道部も同じ考えだったため、この方案が決まったという。


ゴルムドからラサまでは12時間以内での到着が求められており、これに基づいて観光地点での停車時間だけでなく、スピードと馬力についても検討される。鉄道部門では高速運行を維持するため、西藏鉄道の上記区間においては3両の機関車を連結、このこともまた国内他の路線の客車とは異なる点となっている。



髄絛鉄道ルート.jpg

◎参考写真:こういう風に通ることになってます。青藏鉄道のルート(by新華社)


【評】

中国人は何か「こと」を始めるとき、すべてを完璧な状態で始めないと気が済まない日本人とは対照的に、例え準備万端でなくとも


問題を洗い出しながら徐々に改善していけばいいじゃないか


的発想で事を進めちゃうとよく言われます。


まさに今回の青藏鉄道も「見切り発車上等」になってしまわないか、わがことのように心を痛めてる次第でありまして…。



だいたい、わたしがラサ入りした後ですよ。上海発のラサ行きも運行されるかも、って話が新聞紙面上に出始めたのが…。


そして残り3ヶ月を切った段階でのこの記事。


ゴルムドを朝に出てラサに夕方到着


だそうで。


まだ明らかにしてもらいたいことは山のようにあって、


キップはいくら?(成都から硬臥約700元との未確認情報があったような…)
いつから買えるのか?


さらにわたしたち(外国人)にとっては切実

外国人の扱いはどうするのか?


という疑問も当然浮上。



普通の人間だったら7月から逆算してもう旅行の計画でも立て始める頃じゃないんか。
時刻表を作成する人たちだって困ってるんじゃないか。

とも思うんだけど、すべては「見切り発車OK」的精神からすれば、漫然と構えてるのが普通なんでしょうね。



ちなみに7月1日に向けて、すでに完全間に合わないものもありまして、それはラサ河にかかる新しい橋。ラサ駅はラサ市を南北に分断するキチュ(ラサ河)の南側、つまりほとんど山しかない方に建設されてるんですが、駅から最短距離で川北側を結ぶ橋は2007年にしか完成しないのだそう。


たぶん「1日4000人弱」の乗客たちは市東部にかかるラサ大橋経由の聖地入りになるんでしょうな。そのまま旧市街のホテルにチェックインしてはポタラ宮の前を通れないので、あの

「あっ、ポタラ。とうとうラサ来ちゃったんだ」

的な感動を味わえないのはちょっと可愛そうかな、と。



ちなみに青海省、西藏自治区両地方政府の要望で連結されることになった硬臥4輛だけど、これがいっちゃん不気味といえば不気味やね。

392人×4便=1568人

これだけの人数(硬臥利用者)が毎日、中国各地からチベットにやってくるってこと。


まあ、10桁以下の端数は外国人節約型旅行者および類型中国人だとしても、そんな奴らを地元政府が求めてるわけはなし。


旅行者ではない硬臥利用者は入植者(と勝手に断定)。


1500人×365日=547500人(年間)
547500人×10年=547万5000人

すでに漢民族の数がチベット族を上回っちゃったと言われている自治区内の人口構成だけど、さらに10年たっちゃうと、区内チベット族人口に匹敵する数字が新たに入植してくることに。



旅行産業振興なんてちょっとした目先の甘い汁。

宗教・民族テーマパークのスタッフとしてチベタンたちに汗を流してもらい、小銭を手にさせることでおとなしくさせる(社会的不満から目をそらさせる)ためにぴったり、という認識があるようなないような。


百年の大計が代好きな中国人にとってこのチベットの地は道路建設やエネルギー(水力発電)開発、鉱物資源採掘といった巨大プロジェクトの宝庫。実際そんなプロジェクトを紹介する国威発揚型の記事が最近、西藏商報、拉薩晩報で相次いで見かけるようになったことだし…。結構読ませる文章なんだけど当然ながら新華社通信ね。


そんなわけでネコの手ならぬ「打工の手」がのどから手が出るほどほしいのが地元政府(といっても大多数は中央からの役人)だからこその硬臥車両待望論。

この青藏鉄道が全国主要都市に張り巡らすことになるチベットへの鉄道ネットが、業務用超高性能強力掃除機すらしのぐような「労働者バキューム列車」になってしまわなければいいんだけどなぁ。★★★☆☆
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2006年03月30日

この道を行けばどう…




なるものか。

危ぶむなかれ、危ぶめば道はなし…!(アントン辞世の句、実はby一休さん)




ということで、「道」にかんするチベネタを2本。



◆青藏鉄道環境保全工事すでに効果/達成目標をすでに実現/国家監督署公告


【3月30日=拉薩晩報】 国家監査署の公告(29日)によると、青藏鉄道の工事期間中において設定していた環境保護目標は基本的に達成され、保護への取り組みはすでにその効果をあらわし始めている、とまとめている。特に野生動物保護のために設けられた専用の通道(ルート)の効果は明らかで、すでに藏羚羊(チベタンアンテロープ)は鉄道開通後の環境の変化にも次第に適応し始めているという。


鉄道の建設が野生動物の行動ルートや日常生活に与える影響を抑えるため、「環境評価報告」では、動物たちの行動パターンにあわせた33カ所の通道を設置することを要求。工事は2005年6月までにすでに完成しており、実際に調査を行った通道4カ所すべて「同報告」の基準を満たしていた。


中国科学院動物研究所による2003年から05年にかけての調査では、藏羚羊は繁殖にからむ移動期間において楚瑪尓河から五道梁の間で観測され、その中でも三江源自然保護区から新たに設置された通道を経て、可可西里自然保護区で繁殖を行っていた。さらに03年には400匹強だった個体数が04、05年には1500匹以上にまで増加。かつては線路付近で数日間ほどとどまっていたものが、滞在時間も一時間以内にまで短縮されたという。公告は「これらはすべて通道設置の効果が現れたもので、藏羚羊は鉄道建設後の環境の変化に次第に適応し始めている」としている。2005年6月までに行われた環境対策工事は基本的に全て「環境評価報告」の要求の2倍以上の効果を挙げている。


「同報告」では永久凍土と線路の盛り土部分の保護のため、盛り土に変わる橋の建設を薦めているが、それらの対策も2006年6月には全て完成の見込みという。


青藏鉄道の工事期間中における環境保護目標は基本的にすべてクリアすることとなり、国家規模の建設工事と環境保護の調和のある取り組みは我が国において未来への貴重な経験となった。



青鉄s絛齋羊.jpg

◎参考写真:試運転の電車の近くで戯れるチベタンアンテロープたち



◆メトも5年以内に道路開通/5年後には区内総延長5万キロに


【3月30日=拉薩晩報】 交通庁によれば2010年までの今後5年間(十一五期間)に総額430億元を投じ、自治区内の道路を総延長5万キロに達成させる計画で、これまで全国で唯一「道路の通っていない県」だった墨脱(メト)県にも通年通行可能な道路が開通、とうとう外の世界と車道でつながっていなかった歴史に別れを告げる。


この第十一期5カ年計画の期間中、自治区では青藏(青海ー西藏)、川藏(四川ー同)、シ真藏(雲南ー同)、新藏(新彊ー同)、中尼(中国ーネパール)など各公路でアスファルト化を薦めるなどさらにグレードの高い道路への整備を行うほか、墨脱公路の開通に加え、主要な経済幹線、国境路線、農村路線の建設にも取り組む。2010年には59の県でアスファルト道が通る見通しで、これによって自治区中部地区と東南部地区を結ぶ経済、旅行の周回ルートが整備され、道の到達率は鎮レベルで99%、村レベルで80%以上に。新たに205カ所の村にバス乗り場(停留所)が創設されるようになる。


今年の我が区における新規の重点道路建設計画は計21事業、継続が9事業となっており、総投資額は45億元、予算は更に50億元にまで増額したい方針だという。



墨脱の道.jpg

◎参考写真2:現在は歩いて訪れるしか方法のないメト県



【評】

道を作りさえすれば、地上第三の極地に暮らすオリンピックマスコット(=藏羚羊)だろうと、インドとの国境に接する墨脱(メト)に暮らす中国内少数民族中の少数民族(=モンパ)だろうと、喜ぶに違いない、というのが作ってあげる側の論理です。


でもね、アントンも言ってました。


その一足が道となり、その一足が道となる。


要するに道は自分で作っていくもんじゃぁないのかい?


なんて詩的に攻めてみたんだけど、都合のいい部分では自分も近代化の分け前を享受する側の人間だったりするんで、なんの説得力もなし。

だって、よ。


野生動物最後の王国、でも真夏の平均気温が一桁代、ちょっと雲が出てくりゃすぐ吹雪に変わるようなところに歩いていけるのかい?

チベット仏教的には「地上天国」の一つと言われながら、隣接する県の最寄りの集落から山道をえっちらおっちら歩いて四日かかるところに、あんた、行く気力はあるのかい?


そう問いつめられれば、もう自己批判するしかなくなりそう(笑)。



チベットには十年前の初訪問以来足を運ぶたびに、町並みの変化やそこに暮らす人の変化、売られている物資の移り変わりなど、さらには外国人が入藏する方法自体の変化まで、とにかく毎回のように


どんどん変わってるなあ、


という印象なんだけど、その変化を振り返ってみた場合、内容の劇的さ加減(ドラスティックさ)でいうなら、


この7月(青藏鉄道開通)をはさんだ2、3年に勝るものは今後も含めてもうないんじゃないか


と思えるくらいのタイミングがまさに今のような気がする。


だから、今回はたまたま「道」というそのものズバリのインフラ整備についてだったんだけど、チベット社会における色んな「変化」を取材した、広い意味での「この手のニュース」はこれからもどんどん目にするはず。


なんだけど、それがどういう意味を持つのか。入藏半月の新参者には分かりません。そのヒントにでもなるような記事、


将来ラサはチベットはこうなります。そしてこのような問題が発生していることも


みたいな記事を読みたいなぁ。新華社原稿でもいいから気合いの入ったチベタンジャーナリストを期待。迷わず行けよ、行けば分かるさっ!★★★☆☆
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2006年03月29日

嫁は徹マン、夫買い物




徹夜後シャワー⇒卒倒


【3月29日=西藏商報】 徹夜でマージャンに没頭、さあシャワーでも浴びて寝ようかとしたはずなのに、まさか病院に運び込まれてるなんてー。魯定南路沿いの某地区に住む覃さん(女性)は、早朝に起こったある「事件」を思い出すだけで、また心がドキドキしてしまうのだった。


3月27日、覃さんは奪底路にある某喫茶店にて友だちたちと夜明けまでマージャンを楽しみ、帰宅後、体に染みついたたばこの匂いが気になったため、まずはシャワーを浴びることに。30分後、食料の買い出しから帰ってきた旦那さんが目したものはシャワー室に倒れこんだ妻の姿。急いで病院に搬送したのだった。


医者からのアドバイス:徹夜明けは体に相当の疲労がたまっています。シャワーの時間が長すぎると、脳に血液が回らなくなる現象が発生し、覃さんのように卒倒してしまうケースも。不幸中の幸いはこのシャワーが電熱器だったことでしょうか。これがもしガスを使った湯沸かし器だったら、一酸化炭素中毒の恐れもありましたから…。



【評】

事件が起こった27日といえば月曜日。
この聖なる地でみなが神々しい朝日を拝み(たぶんこの日は晴れだった)ながら、


「さあ今週一週間も仕事に勉強に頑張ろう!」


と自らを奮い立たせ、やる気を出そうとしてるとき、この嫁ときたら


「ああ、なんてまぶしい太陽だろうね。早いとこひとっ風呂あびて眠りたいよ」

なんてぼやいてたのかも。



さらにこの記事を引き立たせているは、第一発見者の旦那。


月曜日の朝。普通なら働きに出てそうなものを、この人は食事の買い物に行ってたというから面白みがアップ。


「ダメ夫と耐える妻」


という伝統的な夫婦間の図式がこの二人の間では完全に逆転してしまっているんじゃないか。そんな家庭の力関係までかいま見させてくれる展開だから素晴らしい。


名字から判断するに二人はチベット族ではなく、たぶん漢族系。


まあこの覃さんが、豪腕辣腕ぞろいの四川の女性だとすれば


「さもありなん」

と言うことになるんでしょうが…。



ちなみにラサ入り2週間が過ぎてだいぶん慣れてしまったとはいえ、忘れちゃならない、ここは標高3600mを越える高地。

昨日のように昼間から結構なウイスキーを飲んだ揚げ句、かなり熱めのシャワーをきもちよく浴びてしまったわたしなんで、こちらの覃さんのように「気付いたら病院のベッド」にならなかっただけで幸運だったのかも。

お医者さんのアドバイスがこの薄汚れた心にもしみわたりました。



時にはこんなストレート小ネタもいいでしょう。キレで勝負屋ね、キレで。★★★★☆
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