2008年08月06日

色んな事がありまして

みなさま:


タイトルの通りでございます。

諸諸雑多な理由によってネット上から姿をくらましていた牧場主が、諸諸雑多な理由によって復活しました。


それも伝説の「チベット☆OK牧場」が産声を上げたseesaaからの再出発です。


こちらでは都合2年以上もブログを放置(熟成)させてたわけだし、相当ゴージャスな姿でもって登場せねばならないのでしょうが、ブランクとは全くもって言い得て妙な言葉。


所有者専用画面への入り方からデザインの変更、記事のアップロードに至るまですべては手探り状態、つまりは完全なブランク(白紙状態)に陥っておりまして、皆さんをうならせる文章など逆立ちをしても出てきません。


だからブログ名はひねりもなしに「日中蔵印☆OK牧場」。考えるのも疲れました(笑)



もしかしたらみなさん気になってるかもしれない「諸諸雑多な理由」については今後少しずつ披露していくつもりですが、とりあえずは2006年07月15日の日記「今回は長目に中国拝拝」にあるように、気がつけば今は北京オリンピック前前夜。


いちおうは「公約」通り北京におります手前、


相変わらずの三十路ぷー太郎、間もなくニート設定年齢すら終了寸前の牧場主が、足下浮きまくりで妙に危なっかしい北京の街から何かをお伝えしようと思います。はい。


井上亭.jpg
◎参考写真:2年の空白はやはり長い。北京には本格博多ラーメンも登場!
posted by 牧場主 at 21:27| 北京 🌁| Comment(1) | TrackBack(0) | 他にもまだこんなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月31日

衝撃の無期限休養宣言




みなさま:


気が付けば我が心の故郷、ヒマラヤを越え、インドの首都・デリーくんだりまで来てしまいました。わたしのちゃらんぽらんな留学生活はまだまだ続くわけですが、とうぶんはあの空蒼く雪白き天上国に戻ることはないはず。


ってなわけで、この7月をもちまして「チベット☆OK牧場」は閉店休業いいたします。


これまでこの日記をのぞいてくれてたみなさん、どういういきさつでご縁ができたのかは分かりませんが、一年余りのおつきあい、どうもありがとうございました。


今後は「新デリー☆OK牧場」(http://itoyama.exblog.jp)に引き継ぐつもりですが、例え個人のぼやき日記でもそれなりのインプット期間は必要。

こちらの生活にも慣れ、ネタも十分にそろえた上で、華麗にバージョンアップ、ランク外からいきなりのトップワン再登場を狙うつもりです。


それまでは不定期ぼちぼち更新で延命措置を続けてるでしょうが、やまない雨はないし待てば海路の日和あり(意味不明)。長〜い目で見守っててくださいな。


〓〓OK????.jpg

                      2006年8月吉日 牧場主
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2006年07月29日

今帰省のおとしどころ





日本では胃袋を満足させる以外にもやらなきゃいけない「おつとめ」が多いわけで、外国生活を日本人として楽しむためにいつの間にか身に付いちゃった「生活の知恵」こそ、帰国時のレンタル屋さん詣で。それも


詣でてもうでて、もう出てって

といわれるくらい。


とにかく目についたCD、DVDはピックアップ。半年間の総合チャートのコーナーなんかがあった日にゃ更に大変。ビックリマンチョコ箱買いするくらいの勢いで借り物カゴにどしどし放り込みますね。

そんなに節操なく音楽聞くような人じゃなかったんだけど…、昔は。



たぶん、それもこれもデジタル全盛時代のおかげ。


だってよ、わが愛すべきPowerBookG4(カイラスコルラ済み)を経由するだけで全てが「わたしのもの」になってしまうわけだから、やはり世の中には感謝すべき。jobsはいい仕事しております。



これまでの帰省に比べてかなり忙しく動き回ったせいでいつもほどの収穫はなかったものの、なんとか手元に残ったものはというと



B'z
MONSTER
BREAK THROUGH

BUMP OF CHICKEN
ユグドラシル

HY
Confidence

KAN
Best Singles FIRST DECADE

THE HIGH-LOWS
FLASH〜BEST〜

ケツメイシ
ケツノポリス4

サンボマスター
僕と君の全てをロックンロールと呼べ

山崎まさよし
ADDRESS

レミオロメン
HORIZON


はい、でました今回も。究極の脈絡のなさ。

女性陣がいないのは単なる偶然。ケツメイシ、レミオロメンなんかは初めまして。思いっきり時流に乗らせていただきました。KANにいたってはなぜ借りちゃったんでしょ。



まだ全部の曲を聞けたわけじゃないけど、いまんとこベストは「青春」byTHE HIGH-LOWS。
やっぱいいねぇ。ただそれだけで素晴らしい。


????????±??.jpg

◎参考写真:ご破算で願いましてはiTunesのライブラリはこんなにお腹いっぱい




あと、映像もので「ダウンタウンのごっつええかんじ1〜7」。


いつものように映画の棚を何往復もしながら面白そうな作品をじっくり選ぶ暇もなく、新作コーナーに大量に置かれていた「ごっつ」を一点借り。


DVD7枚分をおとすのはそれなりに大変だったけど、やっぱインド人の天然のシュールさにまいったとき、最高の気分転換になるのはメイド・イン・ジャパンのお笑いでしょう。


日曜8時、リアルタイムで「ごっつ」を見てたのはいつのまにか、もうかなり昔のできごと。

でも10年経っても色あせない笑いを提供してくれるはず。きっと。合計7時間以上、じっくり楽しませてもらいますわ。
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2006年07月24日

尾張名古屋は城とモツ




※本日の日記、コンピューターの変換作業が思うよう進まず、よりによって不適切なダジャレが散在してしまいました。よって駄アレルギーの方はご遠慮ください。




人よりもちょっぴりわがままな胃袋を持つ不幸なわたし。



まだ帰国して10日もたたないというのにすでに大阪、福岡、東京とわたり歩き、相手の迷惑も考えずに人集めをしては口福のかぎりを尽くしておりまして、こうなりゃ毒わば皿まで。


四大都市圏を制覇しないかぎり、文字通り「腹の虫」がおさまらない


ってことになりまして、最後に目指すべきは名古屋。



そんなおり、飛んで火にいる夏の虫。

先のエベレスト・カイラスツアーで知り合った名古屋在住で氷河の専門家SHUHEIさんからタイミングばっちりな連絡が入り、


「旅の終わりは尾張でしょ(駄1)」



とさっそく東京脱出。
とうぜんのごとく飛び乗ったのは新幹線ではなく普通列車。


普通ですぐに不通(駄2)になるのは途上国。


こちとら安全性、信頼性こそ最近ちと揺らいでるけどまだまだ中印レベルとは段違いのJR東日本&東海。冷房付き車両にゆったり腰掛け、3本乗り継いでも計6時間の「日本の移動はやっぱらくちんね」の小旅行。


最近の飲み会続きによる慢性寝不足状態も手助けして、iPodShuffleから音楽を垂れ流しながら、何度となく意識が遠のいていってはふっと目覚める幸せな時間の繰り返し。



気付いたときにはいつの間にか愛知入りしてたんだけど、それでもまだ午後3時をまわったあたり。勤め人に復帰されたSHUHEIさんの仕事終わりは午後5時以降ってことで、


さあて2時間何をしましょうか



これまでにも青春18時代(普通列車乗り継ぎで九州ー東京を往復していた時代)に何度か通過したことはあった名古屋だけど、実際に街を歩くのははじめて。


だったら名古屋城見学以外にはないでしょう


でもここで問題発生。名古屋駅で地下に潜ってみれば、思った以上に発達した地下鉄路線に驚きながらも、目的地を端的に示す「名古屋城」みたいな分かりやすい駅名はないこと発見。


「名古屋城ってどう行けばいいですか」


と素直な質問ができるくらい素直な性格でもないだけに、ガイド本でも見て探そうかと近くの本屋に入ってみれば、名古屋版だけすべてのガイドや地図に立ち読み防止のためのビニールが施されている惨状。


「こりゃ本物のビニ本以上の嫌らしいさ。せこすぎるぜ、名古屋」

と文化の違いを実感。


「そげんとでケチらんで大股開きでいきましょうや」

不適切な発言は今のうちに尾張(×お詫び、駄3)しときます。



まあ、何はともあれここは日本。どうにかしてたどり着きましたよ名古屋城。

熊本で働いてたときには熊本城とも結構縁のある仕事だったたんで、城に対しては石垣の組み方や天守閣の構造、籠城時に備えた危機管理態勢の有無など、「しろ(×城、駄4)うと」以上の知識はあったつもり。



でも、

天守閣は戦後の再建されたものだと知ってちょっとがっかり。

元のお城は太平洋戦争時の空襲で全焼してしまったらしいんだけど、実はその後建てられた城がどうなてるのかよりも、展示場の一角にあった炎上する城の写真が一番印象的だったりする。


これは見ている人たちにいけない気持ちを起こさせるくらい迫力があって妖艶な写真かもよ。たぶん金閣寺を焼きたくなる人に通じる気持ち。



でもう一つ笑ったのが名古屋城名物「金のしゃちほこ」が3回も盗難の被害にあったことを紹介する明治時代とかの新聞記事。


容疑で捕まった男性の名前が黒塗りになってたり、顔写真の目の部分に黒い線が入れられていたり、そこまで人権に気をつかいますか、と苦笑い。

そりゃえん罪だったんなら当然そうすべきだけど、単に

「罪を憎んで人を憎まず」
「死者にむち打つようなことはしない」

という優しい気持ちなのか。やっぱ名古屋人の考えることは分かりません。


とにかく思った以外のとこが面白くて、思った以上に観光客は多かった名古屋城。帰りしな、幸せそうなカップルさんから写真撮影をたのまれ


「愛知(駄5、×はいチ)ーズ」


と小声で言うことも忘れませんでした。




で、ようやくSHUHEIさんと合流。


わたし的には高地ではどうしても控えめにせざるを得なかったアルコールを気兼ねなく飲みながらとにかくお話さえできりゃそれで十分満足なんだけど、チベットで一緒にいた約20日間、こっちからは基本食い物の話しかしなかったんで、


「久しぶりに行く店だから今はどうかなあ。昔は美味しかったんだけど…」


そうとう気をつかってもらったみたい。
ほんっと申し訳ないです。



で、入ったのは「鶏厨房」という名のニワトリの焼きものメーンのお店。
たぶん名古屋コーチン系のいい肉使ってるはずの店。



「ここのキモの刺身が美味しいんだよ」


「すいません。うち刺身はやってないですね」(店員)


とのっけは

えっ?


の展開だったけど、その正体はすぐに判明。

実際刺身といっても差し障りないくらいレアに焼かれたキモはアンコウやアラのキモに通じるようなとろけるお味。


「そうだ、これだ。これ」


と記憶の糸をつなげることにも成功。


さらにハツやシロ、カワといったほかの部位たちもその新鮮さで劣るところなし。存在感をブイブイ(駄6)と主張してくる。

名古屋.jpg

◎参考写真:カウンター席だから焼いてるとこ丸見え。他人のだってすぐカプリっ


さらに炭火パワー全開だから注文して一分以内に


「はい、おまたせっ」

「どもども(いや、全然待ってないって)」


というやりとりが何回繰り返されたことか。



網焼きは豪快さがない分だけ、宮崎の地鶏炭火焼きにくらべてちょっと劣勢かなって印象なんだけどジューシーさは合格点。


ってかんじで全てが美味しかったのかというと、名古屋名物であるはずの「みそ串カツ」だけはは

……ミソクソ(駄7)ね。


だってわたしみそ文化圏人じゃないし、みそっていっても「コチュジャン」「トウバンジャン」系の辛みそ系しか認めてないわけジャン(駄8)。


というわけで結論。
城はまあ十分楽しんだし、鳥はモツの部分が美味しかったし、


「尾張名古屋は城とモツ」


はい、おそまつさまでした。

ここまでおつきあいしていただいたみなさん、もうこんな駄まみれのことはいたしませんから、どうかご容赦を。



追伸:SHUHEIさん宅での二次会。八海山、さすがです。さらに仕事から帰ってきたばかりの奥さん(某大教授!)に色々とつまみまで作ってもらって申し訳なし。今日中に食べてしまいました。教授に作ってもらっただけにね(駄9)。
posted by 牧場主 at 00:00| 北京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 他にもまだこんなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月22日

下半期は運気向上中?




さあ、夜行バスはほぼ予定通りの15時間コースで午前7時前、サラリーマンたち人口膨張直前の新宿副都心に到着。



ちょうど半年ぶりの東京シリーズ。


前回は何がいちばんすごかったかっていうと、仲間との再会でもアキバでのデジもの買いまくりでもなく、仏の面ををかなぐり捨てて優しさのかけらもなくこてんぱんに書き下ろしてくれた浅草寺の「凶」おみくじだったりする。


その後しばらくして中国に渡ると、直後のデジカメ故障に始まり、パスポートが2日ほどなくなったり、別のデジカメすられたり、インドの山奥で高熱に浮かされたり、期待を裏切らないドラマチックな展開。


それもこれも、実はおみくじの面子を立てるため、さらにはみなさまに笑いを提供するため、あえてその通りの役を演じ続けたわたしの迫真アカデミー賞級演技のなせる技だったりもするんだけど、ね。



とにかく

チベット入りしてから以降は普通の日本人たちの一生分くらいのお寺を訪ねて一角札(約1,5円)をばらまき、仏像を前にしても衆生の衆のようにお手々の節と節を合わせることなく、


「ほほぉ、うーむ。なかなか」


ってな具合。知ったかぶり続けてきた成果が徐々にあらわれ、さらにはカイラス山を巡礼したことでこれまでの罪や汚れを全て浄化できたってことで、運気はだいぶ上昇中みたい。


少なくとも今年初頭、1〜2月の最バッドラック状態からは抜け出せれたような実感があったし、「日系四川人の現世(社会)復帰を支援する会年次総会(以降:ダメ人間の会)」のスタートまではまだだいぶ時間が余っていたということで、観光ついでに東京寺社仏閣探訪シリーズ第2弾。


とげ抜き.jpg.jpg

◎参考写真:巣鴨にあるおじいちゃんおばあちゃんの原宿「とげぬき地蔵尊」


に来てしまったのでした。



もちろん狙いはおみくじの一本釣り。


前回浅草寺は100本全てに番号の書かかれた棒から一本引き、それと同じ番号の棚にあるくじを選ぶタイプ。今回はもっとシンプルに自分の誕生日の棚にあるおみくじを引く方式。


迷うことなく8月28日を選択。


はい、みなさんここテスト出ますよ、覚えてちょうだい。

8月28日ですからね(笑)。



で、おみくじの内容はどうだったのか。カイラスはホント御利益があるのか。まずは読んでみてちょうだい。半年前(矢印左側)と比較しながらがよいでしょう。


願望(希望)
叶いにくいでしょう → 無理せず自然にまかせるべきでしょう

病気
おぼつかないでしょう→ 食養生が大切です。腹八分は金言です

失物(紛失)
出にくいでしょう  → 時間がたつと困難です。早ければ出てきます

待ち人
現れないでしょう  → 都合で来られません。一日も早く当方より尋ねられよ

新築・引越(移転)
悪いでしょう    → 慎重に選べば、幸い良し

旅行
悪いでしょう    → 出先で金を落とすかもしれぬ。分散して持参されよ

結婚・付き合い(結婚・恋愛)
悪いでしょう    →真実の愛の路は茨で囲われています。誰にも遠慮するこ
          となく愛を告白しなさい。幸運があなたに恩恵を与えます



どう?

微妙に持ちなおしてると思わない?

悪いなりに光明みたいなんが見えてきたでしょ?

あと数回カイラスまわれば「吉」にも到達できるかも、でしょ?


決して最凶悪運状態の面影を残しつつも、そっから3段飛びでいいことばっか書いたりしてないのが、リアルでよろし。ちなみにわたしの今の運勢の状態、凶とか吉という一般的表現は使わない「とげぬきstyle」によれば、「穏運」というのだそう。



さらにとげぬき地蔵といえばやっぱお地蔵さんもDon't miss it!(DJ風)。


最近のウイークポイントであり腹八分が金言とみくじに指摘された「おなか」。

お地蔵さんのおなかを優しく丁寧に何度もなでなでしたからには、例え気持ちの問題かもしれんけど、飲み会の前に悪酔いを抑えるためヨーグルトや牛乳で胃に膜を張るより何倍も御利益ありそう。

勢い勇んで本日のメーン行事「ダメ人間の集い」に乗り込むことになったのでした。



で、その集い。

九州支部からのわたしの参加がそんなに嬉しかったのか、総勢10人参加でなかなかの好評ぶりだったんだけど、そこにたどり着くまでがやっぱひと筋縄じゃ行かないところが我々日系四川人のチャームポイント。



そもそも新宿アルタ前集合。
なんでこんなべたすぎる場所…


さらに居酒屋の客引きお兄ちゃんにも同情されるほど、集まりの悪い四川時間が染みついちゃってるから、誰がまかせたか名幹事(火鍋隊元祖東家・大王)からして30分以上遅れて登場。


その後もじわりじわりと増えていく面子。

ところで、一年以上会ってなかった人たちだってけっこういたのに、一度話にエンジンかかっちゃうともう生ぬるい四川の風が吹き始めるから、あら不思議。


まるで成都の寝苦しい晩、紅瓦寺のシャオカオ店(路上串焼き屋)に繰り出して夜明け近くまでだべってたときの雰囲気そのまま。あのころにタイムスリップしてしまったかのよう。



たぶんみんな同じ感想だったんじゃないかな。まったく懐かしい感じがしない。あまりに当たり前すぎるからなのか、5時間近く食っちゃべってても記念写真とか撮ろうとする姿もなし。


シャッターを押す時間も惜しんでおしゃべりを楽しんでたってことなんだけど、単にこんなダメ人間の集いに参加したことの証拠を残したくないという本音があるのかも…


いいんです。

それは日本社会に復帰できてるって証拠なんだから(笑)。


あっ、わたしはとうぜん前者、ダメ人間の集いはわたしの誇り(埃)ですから。
posted by 牧場主 at 00:00| 北京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 他にもまだこんなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月19日

ゆるゆるのインドビザ




「ほんっとこんなんで大丈夫なんかなぁ」


申請料8800円のはずが激安1200円
所要4日のはずが受け取り指定日は翌日
英文残高証明書が必要のはずが当日日付つきATMレシートがあればOK


上記はすべてインド大使館HP上でチェックした学生ビザの取得条件と窓口で実際に行われたこととのミスマッチ。


今回大阪までやってきたのは実はこのインド学生ビザが目的だったりする。


西日本在住者は大阪の領事館で申請のこと


などという九州在住者にはかなり迷惑なルールがインド世界ではまかり通っているらしく、もちろん郵送も可能なんだけど、8月には新学期が始まるわけで、背中をかなりせっつかれてるわたしにはそんな余裕もなし。

だから3連休明けの昨日、博多から朝一の新幹線に飛び乗り、大阪は堺筋本町駅前にあるインド領事館に駆け込んだのでした。



「きょう九州に帰るんですか?」

と窓口の女性。

「いや、一泊するつもりですけど…」

「じゃあ明日の午後4時以降受け取りに来てください」

だって。

なんだか当日でも発行してくれそうな雰囲気、ちょっと惜しいことしたかも、と思いつつ、その後は火鍋食って、千里にあるKATO氏の豪邸に転がり込んで一泊。


翌日、ようやくあがった雨を待っておいとま。

高台からは遠巻きに太陽の塔を眺め、そして阪急電車に乗って京都にGO。


だってビザ受け取りまではまだ5時間。


チベットにひたりすぎてかなり派手好みになっちゃったわたしの思考(嗜好)を改め、もう一度超日本的なワビ・サビの心を取り戻そう


と向かったのは、京都は太秦(うずまさ)。


そう、やっぱ日本の心は時代劇。映画村を観光してついでにコスプレ、俳優さんたちと写真なんかまで撮っちゃったりして…


だったらワビ・サビとは完全逆ベクトル。

いちおう最寄りのバス停だけ一緒ってことで実際たずねたのは映画村のおとなりにある広隆寺。


国宝第一号といわれる「弥勒菩薩半跏思惟像」で有名なお寺。


ほんとジジくさい趣味だといわれるかもしれないけど、わたしゃこの半跏思惟像が好きでねぇ。


チベットで何十体何百体という金ぴか弥勒像を拝むたび、木像のすすけたシンプルイズベストなこの仏さんをなんど思い出したことか…


広隆寺弥勒仏1.jpg

◎参考写真:ほれ、みなはれ。有無を言わさぬ高潔さ。境内の雰囲気も超しぶ〜い


宝物殿の中は大幅に改修されていて、半跏思惟像に近寄れる距離も少し遠くなってたりしたんだけど、それでも国宝を間近で見られて同じ空気を吸えるるこの環境はすばらしいよ。


監視のおっちゃんたちの視線が強すぎて、わたし得意の何気ない撮影(≒盗撮)は無理だったんだけど、およそ30分。日本仏教芸術の極をこれだけじっくり嘗め回すようにながめられたおかげで、もうチベットでしみついたバター臭さはなくなったでしょうよ。たぶん(笑)



もちろんそんな至極の境地に浸ってられる時間は限られてまして、今度はまたハデ好きヒンズーの神々にお呼ばれしている時間が迫ってまいりました。

阪急電車で大阪に舞い戻ってのインド領事館。


で、いただけちゃったのは1年のつもりがおまけつき1年1ヶ月有効の学生ビザ(マルチ)。

ただしあわせて提出してた大学のadmission letter(入学許可証)が返却されないってことで、インド入国時に窓口で係員に難癖つけられる自分を想像しながら、


「許可証の中に必要書類が書かれていたんですけど、それ見ないと…」


と申告すれば、すぐにただでコピーしてくれるフレキシブルさ。
なんとまあ、最後まで融通のきくすばらしい領事館だったというわけ。



さあ、とにかく準備は整った。
まだ航空券は買ってないけどね…


…とにかく

楽しかったよ、大阪・京都。
次はおいしいお好み食わせてちょうだいね。
posted by 牧場主 at 00:00| 北京 | Comment(0) | TrackBack(0) | 他にもまだこんなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月16日

アカデミック衝動買い




日本へ帰ってきてとりもなおさずしたかったこと。


それは本屋。


でもただ行きゃいいってわけでもなくて、



「インドに留学します」

なんて周りに言いふらしておきながら、現在のわたし、当然ヒンディー語できないばかりか、英語もはなくそ程度しか喋れません。インドのことよく知りません。


だからそんなわたしには付け焼き刃専用、おぼれる者がつかむためワラが必要でして、それを知識の泉、本屋で探してみたかったのでした。


とにかく九州じゃかなりでかいお店といえるジュンク堂福岡店に駆け込みまして、で買ったものをレシートで紹介。



語学   1995 円
高校学参 1890 円
人文   3885 円
語学   2940 円
語学   2730 円
雑誌   1029 円

合計  14469 円


いやぁ、高いっ。
計6冊で約1000元。高級火鍋を30人くらいにおごってやれる金額。
日本の本ってなんでこんなに高いのよ。


でもとまらない。

レシートの内訳見てもっても分かる通り、主に購入したのは語学のテキスト。

特に大型書店とかだと困るのは、あの「語学」コーナーあたりの充実ぶり。毎年定期的に三日坊主たちがわんさか押し寄せる永遠語学ブームだから、どっかのピンク街の呼び込み以上に有象無象たちがうじゃうじゃいるわけでしょ。


そんなんから

「本当にすぐに身に付く」


を本当に見つけ出せる可能性なんてたぶん、チベットの川原で砂金掘り始めて仏像一体分の金箔をためるより何倍も難しいはずなのにわたし、一冊でもカゴに入れちゃうともうあとは雪だるま式。

おっ、これいいねぇ
こっちもよろしくない?

ほぼ名前だけで以下のような書籍を選んでしまったのでした。


表現のための実践ロイヤル英文法(旺文社)
英語で意見を論理的に述べる技術とトレーニング(ベレ出版)
こうすれば話せるCDヒンディー語(朝日出版社)
通訳メソッドを応用したシャドウイングで学ぶ中国語難訳語500(スリーエーネットワーク)
[季刊]旅行人2006冬号ディープ・サウス・インディア
世界各国史7南アジア史(山川出版社)

書籍4.jpg

◎参考写真:さあてこれだけの情報量。何十分の一程度脳みそに刻まれるのか


さてここでクイズの時間。

先のレシート上で「高校学参」に分類されてたのはどの本でしょう?


A.「こうすれば話せるCDヒンディー語」でした。


ってのが真実ならば、この国の未来は十数年前に大槻某がシャウトした「日本印度化計画」になっちゃうところ。ほんとほんと。だけど実際は「表現のための実践ロイヤル英文法(旺文社)」が正解。


だってさぁ
帯にさぁ

「本当に伝えたい英語が書ける・話せる英文法書誕生!」

なんて書かれてたら飛びついちゃうよ。
だってこちとらけつかっちん状態で本当に伝えたい英語が書けて話せたいわけだし…

それがまさか高校生用だったとはね。
いやはや最近の高校教育恐るべきですわ。

みんなインドに留学するつもりなのかもしれないね(笑)



どうしてこれだけの本を買っちゃたのか、わたしなりの説明をさせてもらうと、


駅前留学するわけじゃないんで「ブロークンでも通じりゃOK牧場」からは卒業しなきゃいけないし、インドの超エリートたちとは英語で意見を論理的に述べあう必要がある。もちろんヒンディー語だって読み書き、あいさつくらいはできなきゃ…。それで中国語だって忘れるわけにはいかない。当然インドを中心とした南アジアの歴史に通じてることくらいインド留学者の常識。南アジアにも旅行で行きたいし…


どれも正論。

でももうお腹いっぱい。

当然のように帰宅後ページは開かれず。

衝動買いってのは買うことに意義があるわけでして…

第一こんだけの本たち、持っていくだけでも大変でしょ。


あ〜、暗記パンがほしいっ!
posted by 牧場主 at 00:00| 北京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 他にもまだこんなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月11日

健康診断またかの秒殺




成都から北京にやってきた理由。



やっぱ食い物。

そうそう、美味しいものいっぱいあるよね。ばんりのトンカツでしょ、四海楼の水餃子でしょ、日本じゃ今だに解禁してないらしい吉野家の牛丼でしょ(笑)。


やっぱ友だち。

昼間は勉強に明け暮れてた北京時代。ただし、夜にもなれば一気に「白酒友の会」モード。酒の力を借りて、色んな日本人たちと知り合いに。彼らとの再会もまた大切。


そして、

やっぱ健康診断。

北京といえば健康診断だよね。普通受けるよね。っていうか、これを受けなきゃ北京来た意味ないよね。



ということで、北京入り翌日の本日はさっそく健康診断。



場所はもちろん、「北京市国際旅行衛生保険中心」。

場所は地壇公園の北側。地下鉄環状線の輪の北に位置する安定門駅が最寄りで、ここから安定門外街道を北に徒歩約10分。UFOのような巨大歩道橋がかかる巨大交差点を右折してさらに徒歩5分。右側にあります4階建ての新しい建物にたどり着けば、まち歩きは終了(2005年6月30日「健康診断まさかの秒殺」より)。



ちょうど一年前、西藏大学に入学拒否をくらうとはつゆ知らず、「ここで健康診断受けて証明書を発行してもらっとけば、あとは大学から入学許可証さえ届けばすぐに留学ビザの申請ができるね」と、希望に燃え萌えで訪ねた「北京市国際旅行衛生保険中心」。


その近代的でクリーンな設備といい意味でいい加減な検査、学割約半額という「思いやり値段設定」で、ただ単に紙っきれ一枚がほしかっただけのわたしを感動させた、あの「北京市国際旅行衛生保険中心」。


健康診断.jpg

◎参考写真:一年後もそのすばらしさは何も変わっておりませんでした。


とにかく、うっまいのはっやいの、やっすいの♪


と筋肉スグルじゃなくても歌い出したくなるくらい、診断受けてる人は少なくないのに決していらだつような行列にはならない手際の良さ、やっつけ仕事。前回が900秒くらいでフルコース終了だったのが、今回は1200秒(20分)くらい。


でも、韓国人お偉いさんの通訳として同行していた朝鮮族のおっチャン(実は同世代くらいだったりして)としゃべってたんで時間はあっという間、楽しいもんです。


要するにこの検査で重要なのはHIVと梅毒のネガティブ証明ができるかどうかだけなんだし、そんな心当たりなんて「あろうはずがありません」(ここ強調)から、ね。楽勝よ。


あと、前回検査医師に自己申告して疑われた「体重」なんだけど、さらにこの一年間で6キロ減少。とうとう70キロにまでそぎ落としてしまいました。たぶん中国に旅立つ前の2年前からだと、肉じゅばん2枚くらい脱いだ状態になるんじゃないかね。

2年間で大好き水餃子約2400個分のダイエット

それを希望するみなさん、ぜひ牧場主式「四川火鍋ダイエット」に挑戦する価値あるかもよ。


さあ、証明書を受領できるのも間1日はさんだ2日後。


結局一年間どこにも提出することなく自分で持ち続けてしまった昨年の健康診断書、それと同じ運命をたどらないことだけを希望。


大丈夫よ。今度はインドだから。

昔からよく言うでしょ、「インディアンウソつかない」って。
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2006年05月17日

またもやばっくれ宣言




いつのまにか成都滞在も一ヶ月超。


その間、


火鍋(含:串串香)4回
高級飲茶     3回
日本式焼肉    5回

誕生日     2回
どっきり    1回

そのほか日本式ラーメンやホテルバイキング、新疆拌麺などなど。生徒にて食べられるあらゆる美味を食べ尽くした気になりまして、お腹は限りなく満杯に近し。



さらには、「恋愛相談」だの「結婚」だの「男はマメであるべき」だの、「W杯まであと2○日」だの、とにかく下界にはわたしの心をかき乱すことがおおすぎっ。



久しぶりに何の混じりッ気もないチベットの空気が吸いたいなぁ



と思ったこともあって、一部読者にはごぶさた。暫時ばっくれ宣言をさせていただきます。



とりあえず明日の目的地は四姑娘山、2週間後の目的地はチベット自治区のラサ。その間は甘粛、青海両省をさまよう予定。



ブログの更新は滞ると思うんだけど、日記自体は毎日つけてるはずなんで、来るべき時にはチベット世界の横っ面を往復びんたするような激烈かつ思いやりに溢れたドキュメントがアップロードされるはず。



期待しないで、でも忘れないで待っておいて下さいな
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2006年04月22日

中国語学習終了記念日




本日、待ちに待った漢語水平考試(HSK)の本番。


テストは午前9時スタート。


でも戦いはその前から始まってるわけで、


準備よく6時には起床。

準備よく7時半には大学近くに到着。


今年から24時間営業を始めたというマクドナルドに入って、朝マックしながら口試の教科書を読んでおこうかと思ってたんだけど、


マクドナルドは開いておりませんでした。


コーヒーを飲んで頭を完全にさますはずが…
口試お決まりの答え方を丸暗記して有利に本番に臨むはずが…


でかでかと「24時間営業スタート」と書かれたステッカーの向こう側は電気のついていない、薄暗い店内。


腹も減ったし何だかトイレも行きたくなってきた。


腹が減ったのは近くで肉まん買っていやしたし、トイレ行きたいのは川大キャンパスに入ればいくらでもどうにかなる。ただ、


早めに試験会場に入っちゃうと荷物を没収されるとは想定外。おかげで口試対策は何一つできないことになってしまった。



ほら始まった。この言い訳野郎が…


といわれるかもしれないけれど、テスト自体はわたしの中国生活1年半を締めくくるわけだから
そんな簡単に引き下がるわけにもいかない。


雲行きの悪さが漂ういやぁな滑り出しだった


といいたいだけ。


HSK会場.jpg

◎参考写真:雲行きが悪いからこんなにぼけてるわけじゃないHSKの受験会場前



思った以上に受験者の多い室内。40人以上はいたのかな。30人近くは韓国人だったのかな。日本人は知り合い含めて4、5人はいたのかな。先生も多いな。一教室だけなのになんで7、8人もいるのかな。なんで9時5分前なのにテストを始めるのかな。



で、一応は頑張ってみたテスト。

おかげさんで問題集2冊分をこなした聴力、閲読、総合の問題に関してはそれなりの手応え。教科ごと点数によって「級なし、9級、10級、11級」に振り分けられるんだけど、どれも「級なしはないかな」という感触はいただきました。


10分の休憩をはさんで試験はまだつづく。

しかもここからは完全に未知の分野。暗黒大陸を制したリビングストン探検隊のような気分で望むわたし。


まずは「作文」。

「一毛銭、一分銭」という中国の俗話に対する自分の意見を400〜600字で書きなさい。

はい、作文は昔得意でした。北京時代は授業でほめられたこともありました。ほめられないまでも普通の内容にはなったんじゃないでしょうか。


ただ、

「為」と「比如説」が書けませんでした。

こんな信じられないことが起きてしまうのがテスト本番。恥ずかしいを通り越してあきれてしまいます自分でも。まあ、書けなけりゃ違う表現使えるのも作文試験のいいとこなんだけど、ね。



さあ、ここまでは何とかあがき続けてまいりました。首の皮一枚以上。HPもまだ真っ赤じゃなくてピンク色で表示されているくらい。


最後は「口試」。

かつてHSK高等を受験した人から、

「口試では時間が余ってしょうがなかった。何話していいか分からなくて焦った」


という話を聞いたことがあったんだけど、わたしは完全間逆。


「遠くにいる家族との連絡方法は?それについてどう思うか」
「広告を信用しない人が多いという調査結果についてあなたはどう考えるか」


という2問について、それぞれ制限時間3分のうちに答えなきゃいけない。


わたしは無理でした。たぶん日本語にするなら、


「手紙、Eメール、携帯電話など、え〜と、色んな手段を使って、え〜っと、連絡を取っているんだけど、その中で、あの〜、自分が一番気に入ってるのは、え〜、あ〜、、手紙かな」


といった具合に言葉が出てこない。

制限時間の感覚も全くなくなっていたわけで、どんどんとヘッドホンを置いていく周りの受験者たちを尻目に、試験監督の


「ハイ終わりです」


の声を聞いてから、2問目のまとめをまた

「え〜っと、え〜っと、」


という状態。こんなの点数つける以前の問題ですな。まあこんなにまとめて中国語を話したのは生まれて初めての経験だから、結果として当たり前といえば当たり前か。



それにしても憎らしいのはこのHSKの試験制度。

5科目総合である一定の点数に達することだけでなく、一科目でも特別に成績の悪い課目があれば総合的な判断も著しく低くなるというシステム。=口試が全てをダメにした、ということ。


まあどっちにしろ、わたしの生涯で中国語力最高の状態が今なのは間違いないわけで、テストを受けてその状態を点数化するというのは本当の意味で「記念受験」と言えるのではないでしょうか。


とにかく本日の収穫は「HSKが終わった」ということ以外に何もなし。

さあこれで何の迷いもなく旅にしろ遊びにしろ、たがを外せるってわけですな。
posted by 牧場主 at 00:00| 北京 🌁| Comment(1) | TrackBack(0) | 他にもまだこんなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月16日

下界の空気は蜜の味!?





「勝手に祝入藏10周年」も滞りなく終了したということで、もう何の未練もなくチベットを離れ、成都に戻ってきてしました。


まわりもうらやむほどの「できる男」が長期バカンス明けに職場復帰するようなもの。課せられたミッションは多種多様でございます。


四川大学留学生サッカーチームの今シーズンの戦力を確認
HSK(中国語の試験)の問題集購入
新人店長の見極め


もちろん「火鍋隊」の定期総会みたいなもんだって開く必要あり(自分が食いたいだけ)。



そんなわけだから、旅の疲れをとやかく言う暇もなく、懐かしの我が家(塾長宅)に家財道具一式(総重量30数キロ)を投げ置くと、午後の時間からさっそく、四川大学方面に。


見慣れた人工芝グラウンド。

2シーズンくらい前だったら肌の色、髪の色、背格好、とにかく多種多様な本当の意味で「多国籍軍」だったのが、いまではほぼ「日本軍」化している現状にささやかな不安を抱きながらも、


1ヶ月のチベット高地トレーニングを終えたわたしの助けが必要になるかな


と思わせるような場面もなく、前半早い時期に一点先制。更に後半も効果的に追加点をあげ、守っては一昔前の攻撃陣のようなバックスたちが無失点記録を更新。

チーム自体もシーズン3連勝というなかなかの好スタートを切ったのでした。


前期はだいぶ「お疲れめ」に見えた青年キャプテンの目にも輝きが戻ったような、只の思い過ごしのような。


結局わたしといえば、わこうど(=選手)たちから


「ちわ〜っす」
「ちぃっす」

とか言われて

「おぅっ」

と返してるわけだから、単なるサポーターというよりチームにつきまとう嫌われOBか地元の有力者風情。「奴め、また来てんだ」くらいの思われ方だとしても、それをおくびにも出さない選手たちに「成長」の跡を感じました。




さて、成都に下りてきたからには、わたしも臨戦モードを高めなきゃいけない。そうわたしの戦いは22日のHSK。世界中のどこにいたってその日はやってくるわけで、何とか最後まで悪あがきを続けなければいけない。

もうかれこれ9カ月以上、中国語を正式に学習していないわたしにとって、テストで成果をあげるにはラサ合宿時(しつこい?)から続けている「も〜に〜」「も〜に〜」との戦いで実践に備えるしかない。

ラサに下りてのはその「も〜に〜切れ」という理由も大きいわけで、四川大学の体育館地下のはるか奥にあるという伝説の「小小書店」にて、新たな問題集を購入。とにかくあと6日。「も〜に〜」「も〜に〜」ね。



さて、わたしの知らないうち、成都世界に起こっていた2大事件といえば「西武百貨店」のオープンと「漫々来」の店長交代劇。

西武の方は特に感想もないんだけど問題は漫漫来。先学期、同店内の「風景の一部」もしくは「座敷童状態」と言われたほどに居座っていた者として、その力量が果たして「中国西南部最大(超お決まり枕詞)の日本人ゲットー」に相応しいのかどうか、確認するのが勤めというもの。


聞くところによれば、その人物ははるばる日本からスカウトされたという超大物で、それでいて塾長の高校時代の朋友という、「なんだ身内つながりかよ」という親しみを感じる部分もあるという。


そんな成都世界にデビューして1ヶ月の店長(xiaochuan)。

中国語がまだ片言というハンデがありながらも、旅行者や在住者らまずは日本人を中心に客集めに取り組もうと必死な模様。


でも悲しいかな、今はその評価より久しぶりマイパソコンが使える快適無線LAN,およびまともな日本食の方が優先順位たかし。


奇しくもチベット最後の晩餐となったのも日本食もどきらしい「OYAKO DON」。店員が何度もテーブルに来て「YAK DON(ヤク丼)か?」「YAK DON(ヤク丼)か?」と尋ねるくらい怪しい逸品だったんだけど、


それと本日食べた「我的父親母親(親子丼)」を比べてみるだけで、


やっぱり日本食は成都&漫漫来でなくっちゃ


感涙にふけるので精一杯。もう少し働きぶりを見てから「おつぼね様」としての評価を出すことにしましょう。

親子丼ラサ.jpg
親子丼成都.jpg

◎参考写真:どっちがどっちのおやこどん?見た目で十分わかるっしょ。値段は一緒



と、まあ忙しく過ぎ去った成都一日目。

あ、火鍋隊招集かけるの忘れてた。とりあえず帰ってきたんで誰か火鍋誘ってちょうだいな。
posted by 牧場主 at 00:00| 北京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 他にもまだこんなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月09日

青、雪の次ラサの??空




暇なんでいつも空を見上げてます。


これまでにもラサの青空、ラサの雪空の写真をブログでも紹介したんで皆さんもご存知のことか、と。


仕方なくもHSKの問題集を始め、若干軌道に乗りかけていた正午ごろ。


午前中から太陽が降り注ぐなかなかの中庭勉強日和。


いつもより早起きして、大昭寺に詣でて、久しぶりにジョウォ(本尊のシャカムニ像)にお目通りした御利益が早くも出たのかな


と思いながら


ふうっ

と一息ついて、また空を見上げようとしたところ、



うおぉおぅぉ、うおうぅおぉー!!
なんじゃ、こりゃぁああぁー!?



虹丸.jpg

◎参考写真1:うおぉおぅぉ、うおうぅおぉー!!なんじゃ、こりゃぁああぁ!?(再掲)



別に写真に小細工したわけじゃないよ。

右下にあるのがヤクホテルの建物(A楼)で、中庭の植物もあわせて登場。真ん中にあるのは久しぶりに全開で照りつける太陽。

そして、そのまわりを囲むものこそ、


さ〜むうえ〜、お〜ばざ、れいんぼ〜♪


とっても恥ずかしがり屋さんだからなのか、日頃はカマボコの断面状にしか姿を見せてくれない「虹」が、本日は閉店間際のデパ地下1階のように出血大サービス。

それとも単にチベットの土地に着地できなかっただけなのか、太陽を包囲しなきゃいけない何かの理由があったのか、とにかく輪をかけてその存在をアピールしている虹空。



ギラギラにデリデリの太陽の近くだから、そのレインボー(7色)がはっきり見えないのが難点といえなくもない。でもこんな「自然の軌跡」を見といてそんな冷静な観察は不要でしょう。


とにかく360度の虹を見たのは生まれてこの方2回目。


そう、実は前もチベットなのよね。


1996年5月。ラサから西に1000キロほど走っただだっ広い標高5000m近い高原での出来事。

今回よりも太陽に近い直径の小さな虹だったんだけど、あの時の方が太陽の勢いが弱かったおかげで日の光にかき消されず、そのまん丸い姿をこっちも眼をまん丸くして見入ったしまったわけ。


こっ、これも虹だよね


そんな疑問が生じたものの、その後確認することもなし。
まさかまた目にすることになるとは思わなかったからね。


とにかく、勉強などそっちのけ。
正真正銘の逆光だし、カメラは昆明のカルフールで調達した最安品。


下手な鉄砲も数打ちゃ当たる


で、ファインダーも覗かずに(のぞいても全然見えないしね)シャッターだけは押しまくった約30分間。



虹ミックス.jpg

◎参考写真2:まあ、わたしの興奮ぶりだけでも伝わればそれでいいっすよ


わたしのブログ見てらっしゃる皆さん。やっぱこれはチベットじゃなきゃ見れない光景なのよ。青に雪に虹…。他にもたぶんすごいことがたくさん。もっと、もっと。

どう?

やっぱ行かきゃ、でしょう。



somewhere over the rainbow way up high

there's a land and that I heard of once in a lullaby

somewhere over the rainbow skies are blue

and the dreams that you dare to dream really do come true

(※over the rainbowより)
posted by 牧場主 at 11:15| 北京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 他にもまだこんなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月07日

も〜に〜の衝撃inラサ




初っぱなからなに言ってんのか分からない混乱した自分がいますが、最近お気に入りの「あいうえお作文」で置き換えるなら、


H:鼻水止まらんほどに
S:ショック受けました
K:高等レベルの厚い壁


全世界○千万人の中国語学習者が熱い視線を送るHSK(漢語水平考試)の試験日が4月22日ということで、本日でちょうどのこり半月。そろそろ臨戦態勢に入ろうではないか、と「も〜に〜」をやってみたわけなのよ。


「も〜に〜」とはずばり「も〜に〜かおし〜(模擬試験)」の略。


日ごろこのHSKを受ける人たちに、


「まずは準備段階として1度模擬試験を解いて自分のレベルを知らなきゃ、勉強の段取りがたてられないでしょ」


なんて知ったかぶりの自分がいたことを知っています。



でも自分自身に対しては残り半月になるまで「も〜に〜」を先延ばし、先延ばしにしていたのは、ズバリ「試験の現実」を受け入れるのがいやだったからに他ならず。


別に誰から強制されたわけでもなく、自分で受験を決めたのに。しかも申し込み時には、とある姐さんの手まで患わせてしまったにもかかわらず、このていたらく。


実は1月下旬に始まった「節操しらずの旅日記」の旅のときからすでにバックパックの中には参考書2冊とカセットテープ計8本、再生用の小型カセットプレイヤーを忍ばせていたという備えあれば憂いなし状態だったんだけど、ここにきて憂いが爆発。


とにかく「も〜に〜」に挑んでみた本日の昼下がり。


ラサのホテルの中庭でマークシートを塗りつぶす姿はこっけいだよなぁ

と思いながらも背に腹は代えられず。



まずは聴力の試験。一度始まっちゃうと制限時間というものがあるため、絶えず誰かに背中をつつかれているような感覚。全くいたらんことを考える余裕がなくなる。


でも問題のことだけを考えてるってわけでもなし。


へっ、何言ってるんすか。テープの中のあなた達は?


というくらいに問題の会話が分からない。


あっこれ知ってる単語だ


っていう言葉が少なすぎるから、全体の意味を全く把握できないやりとりすらある始末。

もう、これ以上ない幸先良い出発。90%くらいで始まったわたしの「やる気度数」はすでに赤ランプ状態まで下降。


更に「読解」問題へと進むわけだけど、中級までのHSKでは100点に近い点数を連発した得意分野だからと平然と構えてたら、これもまた大変なこと。


時間が全く足りない

なんかすごい速さで長文読ませる問題があって、こんなの最初からギアを4速以上で入らないと、出だしでもう敗北宣言になっちまう。


そして更に追い打ちをかけるべくやって来た「総合」問題。


実は先の10日くらいは総合の参考書をやっていて、ここにはそれなり自信が。問題も7割以上は正解できるようになってたし。


でもこの日の総合は全くの別人。とうぜん問題解いてるわたしも、精も根も使い果たした別の人間。集中力が完全にぷっつんしちゃって、解き進めるに従って正解率も限りなくゼロ方向にまっしぐら。


ここまでで120問。全体の正解率は6割程度。もう何も考えられない頭なんだけど、とにかくひどいことだけはよく分かる。



HSKまで半月.jpg

◎参考写真:平和なヤクホテルの中庭。しかし答案用紙の上に悲劇が…


本番ではここから更に作文、朗読(口試)と続くわけで、本当ならそこまでしなきゃいけないんだけど、もう蛇ににらまれたカエル状態。敵前逃亡上等、完全白旗宣言でございます。


彼を知り己を知れば百戦殆うからず


己の身の程もわきまえず、敵の強大さも知らなければ、そりゃぁ「孫子」もあきれるくらいの惨敗でしょうよ。ほんっと、昨年受けた中級試験までとは全然違うんだね(今さらっ!)。


まあ、これだけ恥をさらしておけば当日惨敗でも言い訳がたつ


いやいや。

これから猛チャージをかけるため、あえて今日というこの日を刻んだというだけ。


思い起こせば昨年7月。たった1週間の追い込みでHSK聴力を5級から7級に持っていった実績があるではないか。


確かあの時の課題は聴力だけ。
今回は聴、読、総の3科目。
しかも作文、口試にはまだ手もつけず。


だから2週間を設けたのだよ。


いったいどんな採点方法なのか、どれくらい正解すれば9級(一番下)が貰えるのか、何も分かったもんじゃないんだけど、とにかくもう中国語を勉強する機会はないだろうし、ちょっくら力を入れてみるつもり。

あっ、明日からね。

あと、天気がよければね。

あと…
posted by 牧場主 at 00:00| 北京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 他にもまだこんなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月21日

ラサでの典型的な一日




チベット入りの飛行機に乗ったのはちょうど先週の火曜日。

早いもんでもう一週間がたっちゃったわけで、いつの間にか生活パターンも固まりつつある毎日。その典型的な一日を、昨年6月の承徳旅行でエントリーした迷作「何てついてないんだ」以来となるドキュメント形式でお伝えします。



凾O8:30
部屋は相変わらずドミトリー6人部屋。現在泊まってるのは5人。わたし以外の4人は西洋人で、そのうちの一人がセットした目覚まし時計で安眠を妨害される。

でも寝ぼけた状態ながら「安田大サーカス」と毛虫取り(駆除?)競争をしていた夢を見ていたことを思い出し、安眠ともいえないな、と納得。

すぐに心地よい2度寝にはいる。

※ここラサは北京のはるか西。北京時間よりも2時間は遅れているとお考え下さい。だから決して2度寝は許されるわけ。


凾O9:00
この9時こそがわたし本来の起床時間。寝起きは最高にいいほうなので、むくっとベッドを起きあがり服を着替えて、リュックを背負い、宿(ヤクホテル)を出る。町もようやく動き出した感じで、まだ店を開けていない朝飯屋だってあるわけだから。



凾O9:10
チベット入りして以来続けていること。それは朝のバルコル散歩。大昭寺のまわりをぐるっと回って朝の空気を吸いつつタダで入れるお寺に出向いて、前の日までにたまった1角札(約1、5円)をお布施する。

でも本日はちょっと様子が違う。目指すは大昭寺そのもの。しかもそのご本尊に出向こうという目論見。なぜならあと1時間ほどで始まるWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)の日本対キューバ戦。

ボスも含めて鷹戦士5人が参戦しているチームが世界の頂きに手を届けんとしてるとき、ホークスファンがチベットで何をすべきか。それはチベット1神聖な寺で優勝祈願するべきでしょうよ。日本あたりで「お百度参り」するより何倍も御利益があるはず。


ドキュバルコル.jpg

◎参考写真1:大聖寺の入り口付近。すでにバルコルを回ってるチベタンも多数



凾O9:50
午前中はタダで入場できる大昭寺。だから中国チームはすでにWBC予選で敗退したというのにチベット勢も大勢参観に押し寄せていたりする。

本堂に入るだけですでに行列なんだけど、さらに本堂内の最も神聖な釈迦牟仁(シャカムニ)像にたどり着くには、それこそ時速200メートルくらいの速度。

日本時間で午前11時プレイボールだったから、中国時間だと同10時。マジで時計が気になりだしたころ、ようやく仏さんの前に到着。ホント気をもませるんだから。

正面、左サイド、右サイド、と5角札を計3枚。ついでにまわりのチベット人みたいにアグラを組んだブッダの左右の膝に自分の額をこすりつけてやりましたわ。これで日本チームの世界一は間違いなしでしょう。



凾P0:20
せっかくタダで大昭寺の奥まで入り込んだんで、2階部分も参観することに。さすがにここまで来るとチベタンたちもだいぶ疲れたみたいで、釈迦牟仁像までの熱心さはなし。

ほとんどの人たちが足早に各部屋を回っていく。実際数十ある小部屋にはそれぞれ十体前後の仏像や聖人像があるんだけど、すべてを知ってる一般人なんていないんだろうね。



ドキュジョカン.jpg

◎参考写真2:大昭寺の2階部分。すでに行列はなくなり、がらんとした雰囲気



凾P0:50
ようやくバルコル参観を終えたんで、一応いつもの日課を果たすべくバルコルも右回りに一周。いつもより1時間以上時間が遅いせいか、太陽の位置もだいぶ高く、営業を始めた露店の数もだいぶ多くなっている感覚。

帰りは近道を通ってヤクホテルへ。途中でヨーグルト売りのおっチャンから瓶一本、続いて焼餅売りの夫婦から具入りと具なしの焼餅を計2個購入。

ちなみにヨーグルトはどっかでだれかが大量に作ったものを、調味料が入ってた瓶やジュースのペットボトルに入れ替えて、販売役のおっチャンおばちゃんが路上に並べているというもの。

「新鮮?」と聞けば「もちろん」と答えが返ってくるけど、「清潔か?」とは怖くて聞いたことなし。でも、まあ今んとこなんの問題もなし。値段的には市販品の2倍以上の安さなのは間違いなし。



凾P1:00
今朝のように大昭寺の中に入らなかったときでも、その分散歩を長くしてしまうのがオチだから、だいたい食事をするのはこの時間帯。これくらいになれば宿の中庭にも日が差し込むようになり、楽しい屋外ブランチ。


ドキュ朝飯.jpg

◎参考写真3:これが典型的な一食目。緑がないのが寂しいところか

ちなみに中央にあるインドのナンみたいな奴と右側の白いごま団子みたいなやつが焼餅。でかい方(1元)には中にネギと挽肉も入っていて、更に表面には唐辛子誰を塗って主食系。小さい方(5角)は砂糖を溶かしてあってどっちかというとデザート系というところ。

ちなみにヨーグルトには若干ハチミツを混ぜております。そしてコーヒーはネスカフェ。愛するゴールドブレンドを捜しきれなかったのが悔しいところだけど、それでもやはりこれを飲まないと落ち着けない。



凾P1:20
お腹もいっぱいになったところで、昨日の日記を仕上げることに。予想以上に翻訳に時間がかかったため、部屋に戻って、【評】以下の部分を書き始める。


凾P1:50
宿には有料インターネットスペースがあってパソコンは全部で9台程度。どれも日本語入力ができたりUSBポートが全面についてたりと、旅行者に使いやすいように設定されているから、一時間5元の利用料も無茶苦茶高いとはいえないところ。

さていつものように日記を2つのブログにアップした後は、お楽しみのWBCコーナー。試合はすでに中盤を迎え、日本が5点のリード。まさに優勝祈願@ジョカンの効果なわけで、まんざらでもないわけですよ。

途中で3点差まで詰め寄られるものの、喚起の瞬間を疑うことなく、自分に科したお約束「ネットは一日1時間」を守るため、

「おばちゃん、お会計!!」



凾P3:00
いまだはっきり言ってなかったけど、わたしチベットに勉強しにきました。それもチベット語じゃない中国語。みんなに変だって言われるんだけど、どうもタイミングが合わなくてこうなっちゃった次第。まあ4月22日のHSKまでの辛抱よ。

だから部屋にこもって勉強をスタート。とにかく中国語の勉強を復活させたここ1週間
で感じたことは、

「知ってても口に出して使えない言葉が多すぎる」

ってこと。今度のテストは筆記だけじゃないようなんで、その辺も力を入れてやりましょう。別にチベット人だってわたしより中国語できる人たちばっかりなんだし、その辺もうまく使わせていただいて、多聴多説只能提高会話能力ですよ。



凾P6;30
昔(10年前)は太陽光で水を温めていたんで昼間の温かいときにしか浴びれなかったこの宿のシャワー。それが今では24時間、バンバンに熱いのが飛び出してくる。とは言いつつ昔のなごりか、わたしのシャワータイムはだいたいこの時間帯。

まず他人が使用中ってことがないし、風呂上がりに濡れた髪を中庭で自然乾燥させるのも心地良い。

そして本日は2日に1度の洗濯もあわせて実施。実は先日、自分のベッドの下から大きめの洗面器を見つけたから洗濯も超簡単に。お湯ためて洗濯物入れて、潜在かけて何回か攪拌する。あとはつけ置き洗いでOKですから。

チベットで何が助かるって、洗濯の乾きの速さ。脱水機なんて当然ないから洗った衣服は手で絞るわけだけど、ちょっとくらい水滴たれるくらいの手抜きしぼりでも、この地の強烈サンシャイン&乾燥空気の手にかかればほんの数時間。いやぁ、ホントありがたいね。



凾P7:00
心も体もさっぱりしてさあ勉強再開。日差しも心地よいから参考書とiPodを持ち出して中庭でLet's study Chinese!!


凾P7:25
ところが乙女心以上に移りやすいのが高地ラサのお天気。あんなに雲一つなかった空が一気にどんよりモード。当然気温は摂氏一桁台だから、もう耐えられん。部屋の中に避難。



凾P8:00
本当に一日1時間以内を守ってきたわたしのネット生活。でも、でも、どうしてもWBCの結果が今日のうちに知りたいじゃない。美味しいお酒が飲みたいじゃない。ということで今日は特別、10分間の「見なかったことにしていただく時間」を設けることに。

さっそくYahooで検索。


日本世界一!

この見出しだけで十分です。えっ、でも10対6。荒れたねぇ

でもチベットで最も神聖な仏像に日本人で唯一、日本チームの優勝を祈願した買いがありました(笑)。この勢いで若タカ軍団よ、悲願の日本一奪還も実現しておくれ。



凾P8:10
こんなすがすがしい気持ちは久しぶり。夕食前の散歩にも弾みがつこうというもの。

ところで、バルコルを中心に旧市街を歩き回る朝の散歩がチベットの雰囲気にひたるためのものだとすれば、夕方のそれは食い物屋やスーパーなど、ガイドブックには載っていないような生活必需情報の収集がメーン。

だからヤクホテルよりも北側やスノーランドホテルより東側などを歩くことが多かったりする。で、本日は何となくそのポタラ宮の方に向かうことにしたのでした。



凾P8:20
散歩の途中で新聞スタンドによって「西藏商報一部ちょうだい」。こんな10ページくらいのやつが一元もするって高いよなあ、何て思いながら歩いていると、トップニュースはなんと「外国人が訪ねるべきチベットの観光名所10カ所」。

おい、昨日のつかまされ取るやん!!

でも後の祭り。引き返して返品するには少し歩きすぎた模様。ちょっぴり悲しくお散歩は続く。



凾P8:25
続いて見えてきたのは、郵便局前の新聞、雑誌スタンド。北京時代に愛読していた「環球時報」が目に入り、世界情勢を知るのもいいかとおばちゃんに

「それいつの新聞?」

「昨日のだけど。輸送料もかかってるから3元だよ。いいかい」

「うん。元々高い新聞だしね。買いますよ」

「じゃあ、これをおまけにあげようかね」


といってくれたのは先ほど買ったつもりだった本日付の「西蔵商報」。なんか得したようなそうでもないようなお散歩はまだつづく。



凾P8:40
ポタラ宮まで来ちゃえば、そこから西に延びるノルブリンカ路まで足を伸ばすのがラサ入りして以来のわたしの日常。

道の両側にはたぶん去年か一昨年くらいに植えたであろう合計50本くらいの桜並木。どれもまだ幹の太さがわたしの腕くらいしかなく、枝振りもかなり貧相だから、「豪華絢爛」にはほど遠いながら、もうすでに6分咲きくらい。

日本人ならやっぱ花見でしょう

場所がら車も多いし、結構小便臭かったりして、シートを広げてどんちゃん騒ぎができないのが悲しいんだけど、とにかくその雰囲気だけでも楽しむのが“おつ”というもの。



ドキュサクラ.jpg

◎参考写真4:これが綺麗に咲いたポタラサクラ。サクラじゃないことはないよね?



凾P9:00
本日の夕食は餃子でござる。チベット人がほぼ主食として食べるような、チベットに来た外国人が興味津々で食べるようなヤク肉を使った「モモ」ではござらぬから、あしからず。

そう、わたしがあしでかせいで見つけた餃子屋さん。その名も「東北餃子城」。やはり餃子は手包みが基本。豚肉が基本。そして東北が基本。

とにかく北京での生活以降、どうしても餃子、しかも水餃子が生活の一部に入り込んでしまったわたし。猪肉白菜は半斤8元(約120円)。確かに高いことは高いけど、西洋人向けレストランに行ったと思えば許される範囲でしょう。

自分で酢や醤油、塩に旨味調味料などを調合して作るつけだれ、スープとして飲むための餃子のゆで汁。どれも餃子専門店の王道でしょう。

なんかだいぶ中国人と好みが似てきちゃってるよなぁ



凾P9:30
宿に帰るついでにお買い物。スーパー「楽百隆」はヤクホテルのほぼ真北にあるんだけど、ちょっと遠回りしないと行けない場所にあるお店。

今日の収穫といえば、明治澳州堅果夾心巧克力(明治マカダミアチョコレート)5元と日清出前一丁日本豚骨拉面(出前一丁とんこつ味)3、7元。

ともに中国で初めてみた日本ブランドの製品。とうぜん美味しければ「アタリ」なんだけど、はたしてどうか。日清の方はカップヌードルもUFOも味を完全現地化させているから、過度な期待は禁物やね。



凾P9:50
宿に戻ってまいりました。さあ、日記を書きましょう。写真を整理しましょう。時間が余ったら本でも読みましょう。あっ、チベット語の勉強も忘れずに。

だいたい23:00くらいに同室の人たちが眠り始めるから暗黙の了解で消灯時間。それまではだいたい部屋で何かをしているのが普通かな。



凾Q1:35
ラサか雪花で迷った挙げ句、ラサビールの栓を開ける。つまみは「上好佳(Oishi)」のポテトチップ。四川留学生人気ナンバーワンのシンプル塩味ながら、高度3600m超のこちらではすでに袋パンパン。アルコールの力で日記を書くペースもあげて生きたいところ。


凾Q2:00
福岡組3人小姐の一人「ハスキー」からトランプのお誘い。彼女ら3人はともに聞いてるこちらが恥ずかしくなるくらいバリバリの九州弁をしゃべる20歳ちょい過ぎたちで、高山病に悩みながらもかなり弾けたラサ滞在を楽しんでおられたもよう。

ロビーに行けば、東京出身の田中さん(男)も。ヤクホテルで一番滞在の長い旅行者で、この2週間、ほとんどどこもいかずに中庭かロビーで本を読んでた方。まだ23才というのに、来月から就職だというのに、なんとも奇特です。

ババ抜き、大富豪、七並べなど、キングなどのゲームを楽しむことひとしきり。

献上品として持っていった「明治澳州堅果夾心巧克力」はかなりの好評で、わたしほとんど食べれませんでした。今の若い娘、ほんと○○を知らんよなぁ。逆に関心、関心。


凾Q4:20
トランプもようやく終了。3人小姐は一足早く部屋に帰って明日の準備。早朝6時半に出発とのことで、

「当然見送りありますよね」

とプレッシャー。わたしを一体誰だとおもっとるんだ。その後ロビーで、明日成都に飛んじゃう田中さんとしばしの会話。彼が抜ければ文字通りわたしがヤクホテル最長滞在者になってしまう。

というか、

他に誰か今日本人いてますか?


凾Q4:40
就寝。お休みなさい。明日もなんかおもろいことありますように…


そんなことで、これがほぼ典型的な「わたし的ラサの過ごし方」かと。かなり細かくなっちゃったけど、嘘はありません。ああ、変なことしない日でよかった(笑)。



※本日の出費

お布施          2、4元
ヨーグルト1瓶      2  元
焼餅2個         1、5元
宿代          20  元
ネット代(1時間)    5  元
ネット代(10分)    1  元
新聞(西藏商報)     1  元
新聞(環球時報)     3  元
餃子(猪肉白菜250g) 8  元
ラサ口卑酒        3、5元
雪花口卑酒        3、5元
脈動(スポーツ飲料)   3、2元
明治澳州堅果夾心巧克力  5  元
出前一丁日本豚骨拉面   3、7元
光友肥腸粉絲       3  元
上好佳天然薯片原味    1、1元


合計          66、9元(≒1000円)

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2006年03月09日

ドミっぽい病室で一夜




原因不明の腹痛の原因はジェリーの怨念。
ネズミのたたりに取り憑かれちゃった我が家主。


振り返れば一昨日の捕物帖。


殺菌剤ふりかけ
しっぽを燃やし


そりゃぁジェリーも普通には成仏できませんわ


くらいの悪行なんだけど、どうやら赤痢は診断医師のフライングだったみたい。幸いにも我々から隔離されることなく入院生活一日目をスタートさせたのでした。




ところがもう寝るだけになった夜10時。
主なき部屋に帰ってたわたしの携帯が鳴って、


「ねぇ。この病院って夜も絶対付き添いがなん必要だって。来てよ」


面白い。
わたしもあの病室で一夜が過ごせるんだね。



夜の間は点滴もされてないから塾長も一人でトイレに行けるから、例え昨夜のように何度腹痛に見舞われたとしても、そのたびに起こされることもないはず。


だったらこんな滅多にできることない経験。逃す手はないでしょう。


ひとりシャワーにて身を清め、気分を高めるためあえて寝袋を持参。もう準備万端。はっきり言っちゃえば修学旅行気分。一時間ぶりに例の病室に帰っていった思いやりある男なのでした。




ついでだし、どんな運命の巡り合わせで次は誰がお世話になるかも分かんないんで、ここ西南民族大学付属病院(俗称)についてちょっと紹介。


見た目単なるボロ建物だけど伝統の四合院建築方式を採用。

小さな入り口をくぐるとまずは中庭。1階は中庭を囲むように外科や内科、あと民族大らしく藏科などの診察室。薬局、受付は一番入り口近くね。そして2階に上がると検査室と入院患者用の病室、事務室などがやはり中庭を囲むようにずらーっと並んでいる。


本当にこいつら仕事してるのか

というような中国人がいつもうろうろしているのは別にここに限らない風景。ただここじゃ一応みなさん白衣を着てるからまあ関係者なんだろうなぁというくらい。



もちろん寝袋かついで喜び勇んで向かったときにはそんな人影はなし。


正面ドアは開いたまま。入り口入ってすぐが宿直室で奥には看護婦らしい女性が2人いたんだけど、わたしが誰かなんてノーチェック。セキュリティー的には非常にオープンな病院だって事がよく分かりました。



本日のお泊まりさんは、

病房5号室19床(番ベッド)に塾長。
さらにお隣、病房4号室16床(番ベッド)に中国人学生一人。


さっそく20番ベッドに寝袋を広げ、


こいつなに考えてんだよ


といいたげな塾長に


「病院に悪いじゃん。俺の分までシーツよごすのって」


と適当なことを言って横になってみる。



改めて見渡してみる病室内。


コンクリート打ちっ放しの殺風景な室内、無造作に並べられたベッド4つ。

何か見覚えある風景じゃない?


寝返りうったときのベッドのきしみ具合。ちょっぴり黴っぽい湿った空気。

何かみょうに落ち着けるような感覚じゃない?


病コ.jpg

◎参考写真:そうだ、これは安宿のドミトリー(相部屋)そのものじゃないか



そんなすてきな夜にまた帰ってきたんだ。


となりで腹痛に苦しんでいるのが塾長じゃなくって「インド初めてです。今日昼飲んだラッシーが原因かなぁ」っていう春休み大学生だっていいんだよ。もちろん、ダラムサラで高熱出してダウンしかけたわたしだって(笑)。



そんな何か浮かれた気分になるのはとなりの病室も同じみたいで、さすがに枕投げは始まらなかったみたいだけど、深夜1時を軽く過ぎるまでばんばん喋り声が聞こえてました。


普通の病人がいたら超めいわくだろーなぁ


とは思ったんだけど、こっちも各自自分のパソコンでDVDを見て、3時過ぎになってようやく就寝。日本から持参の「北の零年」はつまらん、もう一度「ロッカーズ」か「ナビィの恋」を見た方がまだましやったね。


起床は8時前。

窓の外には足早に一時間目の授業に向かう学生たちの姿。先学期までは自分も通っていたその道を、病室から眺めるのもまた乙なものでしたぞ。


塾長の調子もどうやら小康状態に入り、あとは辛抱強く養生して回復に向かうのを待つばかり。


みなさん、民族大学付属病院5号病房ドミトリー。宿代タダ。塾長のいる今だったらまだ泊まれますよ。どう一泊?
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2006年03月08日

大変です。塾長が…06





【成都=信通信】四川省成都市西南民族大学のカリスマ日本語教師、塾長(27)が赤痢の疑いもある強烈な腹痛に襲われ、同大学医院に入院したことが8日、分かった。この十数日間一貫して腹部の不調を訴えていた塾長。先月の雲南旅行の際に赤痢菌を宿したとの見方や、前日同市内で開かれた某女性の誕生日パーティーで囲んだ日本食食べ放題が原因との見方もあり情報は錯綜、しばらくは余談の許さない状況が続きそうだ。


昨晩未明から原因不明の腹痛が始まり、夜が明けるまで平均10分に一度はトイレに通い続けた塾長。ほぼ一睡もせずに駆け込んだ同大学医院ではさっそく採血と検便が行われ、検査結果を見た医者ははやばやと「おまえは細菌性赤痢。入院だね」と診断。こっそり塾長との距離を取ろうとする付き添いの某友人(32)を一顧だにせず、「(四川大学医学部付属の)華西病院に入院することもできるし、ここで治療することも。あなたにはそれを選ぶ権利があります」と続けたのだった。


「最低でも回復には一週間」「いや5日だ」。ちょうど学生の健康診断も行われていた診察室内は、日本人の法定伝染病感染というニュースに沸き立ち、飛び交う情報も様々。それでも塾長と付き添いは粛々と入院手続きを始め、前払い金200元を納めたうえで建物2階の病棟に移動。入院患者専門の医者から改めて診察を受け、「これは急性腸炎だよ」と若干マイルドな診察に胸をなで下したものの、相変わらず続く強烈な腹痛が治まるわけもなし。鎮痛剤、消炎剤を含んだ点滴を午後4時時点までに6本注入されるも、目立った変化は便意が尿意に変わったくらいだった。


すでにこの日午前の授業(2年生)を休講にしてしまった塾長。同日午後からの四川大学留学生足球隊による今季初練習、さらには同日夜の「漫漫来無料日本語教室」もキャンセル。それどころか病状次第では、週末に予定されていた各種交流イベント、来週の香港行きなどすべての予定が取り消される恐れもあり、関係者に多大な迷惑をかけることになりそうだ。


某友人(32)は「彼は昨年10月末にも急性胃腸炎で倒れた前科持ちだからね。お腹弱いのにこの一週間で食べ放題4回でしょ。行き過ぎなんだよね。ほんと赤痢だったらわたしだって感染の可能性が…。もう損害賠償請求しかないね」と思い詰めた様子で語った。



《赤痢》 ヒトおよびサルにみられる伝染病。寒け、発熱、腹痛、下痢などを急激に発症、吐きけ、嘔吐を伴うこともある。患者の便で汚染された手指、食物などを介して経口感染する。原因菌は赤痢菌で世界的には80%あまりが10歳未満の小児。わが国では国外感染が多数を占め、そのほとんどが渡航者である青・壮年層。推定感染国は東南アジア、南アジア、アフリカ、中南米などで、潜伏期は通常3日以内。


塾長赤痢?.jpg

◎参考写真:午前7時。部屋の片隅で「灰」のようになってしまってる塾長


※今回フィクション50%。塾長とここ最近飯食った人よ。健康には若干注意を


ご心配の方は、

こちら(http://spaces.msn.com/members/kotaro-in-chengdu/

までメッセージでも(本人はまだ見れませんが)。



参考(中国内閲覧不可能)
http://itoyama.seesaa.net/article/11349924.html
posted by 牧場主 at 00:00| バンコク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 他にもまだこんなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月07日

ネズミさんを招待得好




トムとジェリー仲良くけんかしなっ♪


タイ風鍋のタイスキの大手チェーン「MKレストラン」が九州限定だった事が最近判明したように、このトムとジェリーのテーマソングももしかして九州陣以外に知らないんじゃないか、そんな疑惑が生じたのは昨晩のこと。


わたしの成都帰着以前からネズミ出没のうわさが立ち始めた塾長宅。すでに目撃情報もあって、その可能性はかなり高し。

成都でくらす日本人のなかにはネズミのために住み家を変えたという女性もいるほど、成都日本人社会にとって身近な存在ジェリー。われわれのとこにも満を持して登場したということは丁重にお迎えせねばなるまい。



すでに3枚の粘鼠板(ゴキブリホイホイのネズミ版)を設置済み。それでも我々の正体に応じてくれないジェリー。この夜近くの雑貨屋で4枚目を買ったんだけど、



トムとジェリー.jpg

◎参考写真:それがなつかしの「トムとジェリー」印だったから、


帰り道、


「ネコにネズミがかみついた。あべこべだ、ねこ叩きっ♪」
「ネズミだって生きものさ。ネ〜コだって生きものさっ♪」


と鼻歌まじり。


「なにその歌。勝手に作ってんじゃないの」

とまさかの塾長のリアクション。

我々北部九州育ちにとっては夕方5時台のアニメ再放送枠、半年に一度は「トムとジェリー」だっただけに、青春の歌ともいえるこの曲の全否定。やっぱ東京んもんはつまらん。




朝起きて一発目。


やっぱ朝はフランスパンとゴールドブレンド
そういや冷蔵庫には三角チーズもあったよな


と台所に入った瞬間、


「かたっ、がさっ」


と何かの動く音。
すぐに分かった。


ネズミのやつ捕まりやがったな。


冷蔵庫の下、

…不在。


洗濯機の下、

…不在。


冷蔵庫のよこ、


…あっ、

見ちゃった。


体長約10センチ。


ネズミの最期.jpg

◎参考写真:標本みたいに体の横半分べっとり張りついた成都のジェリー


しっぽもええ感じに曲線描いておりました。


ただアニメのような愛らしい茶色の毛並みでなく、全てのバイ菌を培養するような全身がどす黒い毛に包まれてたりする。

しかも相当のたうち回った上に現在があるようで、板の上には至る所に抜けちゃった毛が散乱してたりする。




「じゅ、塾チョー」


とす寝室に家主起こしに直行。


「とうとうおれら、やっちまったよ」



「えーっ、まぁじで。どうすんよ」

寝起きは放心状態が15分は続く塾長といえど、この非常事態には一発で目が覚めたみたい。


早速二人で台所。

もうほとんど動かないジェリー。


「うん、いるね」

「いるよ」


「どうしようか。死ぬの待つ?」

「まだ時間かかるでしょう」


「じゃあ、これで」

とトイレ用の殺菌剤をかけて成仏を願う塾長。


(あんたやること非道すぎるよ。やくざだってそんなことしねェよ)



ながら、事態は思わぬ方向へ。


最後の力を振り絞ったジェリーはとうとう粘鼠板を抜け出し、冷蔵庫の下に潜ってしまうという軌跡を成し遂げてしまったからさあ、大変。またあわてふためく大のおとな2人。


ところがジェリーの運もここまで。

すでに体に振り絞る力も残っていない上に、体にはねばねばがこびりついているため、全身を冷蔵庫の下に隠すことできず。悲しいかなしっぽの先数センチは冷蔵庫の外。


「燻し出そうよ」

といって今度は線香を近づける暴挙に出た塾長。


「あっ、やばい」

そのしっぽ数センチを焼かれても動くことすらできず。

(非道いよ。やっぱあんたはやくざだよ)



こう着状態は約30分。


互いの知恵の限りを尽くした戦いを制したのは、一番好きなアニメは「トムとジェリー」だと胸を張って誓えるわたし。


「あんたは見てるだけかよ」


そんな視線をさっきから痛いほど感じてたからには、冷蔵庫持ち上げを塾長に托すと、ほうきの柄とビニール袋で、あらわになったジェリーを押さえ込み。



そしてそのまま、さきほど逃がれたはずの粘鼠板の左半分をジェリーに再び押しつけ、さらには右半分を使ってサンドイッチ状態に挟み込み、ビニール袋三枚使って包み込み、そして部屋の外に


ぽいっ

押さえ込み一本に勝るとも劣らぬ流れるような手際にて戦いはあっけなく終了。

最期まで一言も「チュー」と泣き言いわなかったジェリーにも、ロス五輪決勝で山下泰裕と対戦したエジプトのオラジュワン並みにちょっと感動。


「これでもう大丈夫かな」


と同意を求める塾長に、

「いや、分かんないよ。“ねずみ算式”にとか言うわけだから。何匹いるかなんて」

と脅してみる。


「そっ、その辺にいっぱい卵一杯生んでたりするんかなぁ」


塾長、

ジェリーはほ乳類なんっすけど…


やっぱまだ動揺続いてるみたいね(笑)。
posted by 牧場主 at 00:00| バンコク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 他にもまだこんなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月16日

きょうという凶は今日




欲理新絲乱
閑愁足是非
只困羅網裡
相見幾人悲



たった20文字の五言絶句。
これにもう、わたし絶句(駄)することに。


さらにはこう続くんです。

○ぐわんもう叶ひがたし
○病人おぼつかなし
○うせもの出がたし
○まち人きたらず
○やづくり、ひきこし、わろし
○たびだちあしく
○よめとり、むことり、人をかかへるわろし



浅草の観音さん(浅草寺)でお参りついでに何気なくひいちゃったおみくじ。
100円の投資の甲斐なく「凶八十九第」の文字。

みごと「凶」だったわけですが、未来前途洋々たる大海にこぎ出さんとするわたし。


古文漢文に拒否反応を示したというのもあったんですが、難しそうな文を斜め読みしただけ。大して気にも留めるわけじゃあございませんでした。中国人がこの五言絶句を分かるかどうかを確かめたくて、財布の中に忍ばせたままにしてたんです。



それがこんなかたちで皆さんにご披露することになろうとは…



本日。午後2時50分発中国国際航空機CA916便は珍しく定時に福岡国際空港を出発。上海で乗り換えた後、じゃっかんの遅れながら午後8時前には成都双流国際空港に到着。



塾長ただいま〜
もうちょいお世話になります

おう火鍋隊西家
また会ったね


などとスマートな挨拶もそこそこに、さっそく午後10時過ぎから不健康きわまりなくシャオカオ行き。



どれどれメモリー的写真を撮ろうとしたとき。


おっ新しいね。そのデジカメ


「まあね」


あれ、動かない。

ズームができない。


(わたしの一挙手一動足見守るみんな)


ちょっと引っ張ってみよう。

あっ動いた。


あれ、今度は引っ込まないねえ。


じゃあ押してみるか。


「ぺきっ」


「.....」

「あっ」

「あっ」    

               「阿っ」

 
  「あっ」 
      

「あっ」




「うああぁぁっー」



壊れちゃいました。
壊しちゃいました、というのが正しいのか



★デジカメ・フラッシュ・メモリーカード(1GB)

またまた買っちゃいましたデジカメ。今回はRICOHのCapliaGX8。チャームポイントはやはり乾電池仕様。コンセントから充電できる環境って高度4000m越えるとなかなかあり得ないしね。もちろんうつり具合もわたしは好き。1GBもメモリーあれば相当長い旅でも対応できるはず(from 1/15的日記)



「去年のハードラック、まだ続いてんじゃないの」

とは塾長。



「う〜ん。そういやこんなもん頂きました」

と財布からぶつを取り出すわたし。



「どれどれ…」
「なになに…」

白い一片の紙をのぞき込むみんな。



願望:かないにくいでしょう

病気:おぼつかないでしょう

失物:出にくいでしょう

待ち人:現れないでしょう

新築・引越:悪いでしょう

旅行:悪いでしょう

結婚・つきあい:悪いでしょう



絡んだ糸の乱れを戻そうとすることが困難であるように、心の苦しみをなくそうとするのは苦難でしょう。


独り静かに悩みや悲しみの多くを抱き、物事の善悪さえ見つけにくいことでしょう。


魚が網に絡まれて身動きができぬように、もがき苦しむでしょう。


自分も周囲の人も悲しみ、悩み事が多く耐え難いものでしょう。けれど信心すれば、逃れられることでしょう。



一文一文を声にあげて読んでは、耐えきれずに爆笑される皆さん。



占いってこんなに容赦ないことを書くもんなのね


と一縷のフォローすら付け入る隙を与えない浅草寺の伝統の技に恐れ入るわたし



辛うじて最後に

「凶が出た人も畏(おそれ)ることなく、辛抱強さを持って誠実に過ごすことで、吉に転じます」


と慰めの言葉。
でも続いて、

「凶の出た人は観音様のご加護を願い、境内の指定場所にこの観音籤(くじ)を結んで、ご縁つなぎをしてください」

と成都のわたしをさらに絶望のふちに落とし込むようなせりふ。



ふんだ。


観音様だったらどっかで繋がってるはずでしょ。そのうちチベットNo.1のすっごい観音さんにご縁つなぎをしてもらいますから。ね。



それまでの間、順番待ちしてるかもしれない次の凶事さんたちにお待ちいただけるかだけの問題です。
posted by 牧場主 at 00:00| 佐賀 ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | 他にもまだこんなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月15日

負け戦覚悟ながら托業




托鉢でも託送でもない托業。
托福とはお友だちですね。


隠してもしょうがないので、托業はTOEIC。英語の試験みたいです(ちなみに托福=TOEFL)。



ちょうど帰国時期と重なっていたこともあって12月にインターネットで申し込み。本日、受験してきました。受験地は福岡大学。去年開通したばかりの地下鉄3号線に乗ってきました。



ごめんなさい

もうぎりぎりでした。


もちろんテストが、です。



ちなみにわたしには過去2度受験した思い出(笑)があります。



英語は使わないと忘れる


と言われてるけど、最後に受験してから7年間。わたしの英語能力はどうなってるんだろう、いう興味があっての受験。


もう一つは今年夏には英語がぺらぺらになってないとちょっと困りそうなので、その前に現状を把握するという意味で、がんばり始めるための「スタート地点を定める」という作業でもあります。ですから事前勉強は一切しないでの受験。だから、



ごめんなさい


思えば英語、中国語、チベ語と三足の草鞋をはくなどと大言壮語。こんなこと(→http://itoyama.seesaa.net/article/6702933.html)ほざいてたこともありました。


ほんと、ごめんなさい


できもしないことを中途半端にかっこつけて言うべきじゃないですよね


かつて数値化したわたしの言語能力。途中経過を報告するなら、


日本語  85(ー5)
中国語  55(+5)
英語   60(+20)
チベ語  15(+15)


くらいじゃないかと思ってました。今日のテスト受ける前までは。



昨年9月時点は確かに英語が出てきませんでした。


I(私)をwo(我)と口走っていたくらいですから。


それから比べると英語は20UPしたんです。
でも全盛期は多分80くらいはあったわたし的英語能力。
20しか回復してなかったというほうがいいみたい。


やっぱり、ごめんなさい



と言いつつ、全部マークシートは埋めたんで、


4択の神様に気に入られないかなぁ。そうすりゃ前回上回るかも


と逃避モードに入ってしまいそうです。
今度こそちゃんと事前に勉強します。頑張ります(真意薄)。



ついでに言えば先学期、中国語も伸ませんでした。

当たり前です。中国人とは日本語で交流してるわけですから。ホントわたしは人が良すぎます。


何か刺激(口実)がないとさらに勉強しないと思うんで、5月にHSK(高級)を受けるつもりになってます。もちろんラサにて受験は不可能。このころくらいには「都会が恋しくなるだろう」という目論見があるだけなんですが…。



チベ語はこんなもんでしょう。一年で40までいくのが目標ですが、半年でその半分には到達できませんでした。今後の伸びに期待です。




「への突っ張りはいらんですぜ」


どうですか。
解説のアデランスの中野さん。


「お〜言葉の意味はよく分からんがとにかくすごい自信だ」


ということにしときます。
posted by 牧場主 at 00:00| 佐賀 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 他にもまだこんなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月14日

物欲モードもう弾切れ




まずはこれ見てちょうだい


            予定購入価格    そして実際は 

iPod(20GB)復活費   1万  円      8200円
ポケットPC      1万  円    1万0170円
デジカメ        4万  円    3万6000円
メモリーカード(1GB)1万  円      8000円
フラッシュ       5000円      5980円
ソーラー充電池セット  1万  円    1万0500円
中型リュック      1万5千円      9000円
アーミーナイフ       5千円      4000円

電子辞書        2万7千円    2万8000円
チベ語辞書       3000円      3800円
中国語教材       2000円      2800円

内蔵DVDドライブ   3万  円        不要に
マックメモリ1GB   2万  円    2万0160円


東京往復交通費     1万2千円    3万5800円

合計         19万9千円   18万2410円





今だから明かしますが今回の一時帰国。これは別名、


仕入れの旅


でした。
上京したのも友情を隠れ蓑に実はそのためだったという噂もあり。



間もなく物質文明の世界から離れ、精神文明の土地に引き籠もるわけなんで、この年にして悟りに達してしまわないためにも、現世とのつながりを失わないような万全の準備が必要なんです。


登山家が山に挑む前にさまざまな上京を想定していろいろ装備を整えるのと似たようなもんです。


物欲.jpg

◎参考写真:どうですか。このアイテム群。頼りがいありそうでしょ。ねっ?



さて。


ちょっとずつ個別に紹介。


◆iPod
20GBモデル。充電池が極端に働かなく、さらにはパソコンとの同調もできなくなったんでその
役割を新参のiPodShuffle(1GB)の方に奪われてましたこの旧iPod。今回修理に出したところ、この値段で新品に交換してもらいました。新品といえど旧モデルなんで写真などは見れません。でも20GBの携帯HDDをゲットしたと思えば安いもんでしょう。


◆ポケットPC

ためた日記をまとめて書くことほどおっくうなことはなし。旅先でも毎日日記をしたためられ、デジタル保存できるようにと購入しました。WindowsCE機なので起動は超速。さらに単三乾電池で動くとこがミソ。要するにブログ続けるためよ。殊勝な心がけザマス。


★デジカメ・フラッシュ・メモリーカード(1GB)

またまた買っちゃいましたデジカメ。今回はRICOHのCapliaGX8。チャームポイントはやはり乾電池仕様。コンセントから充電できる環境って高度4000m越えるとなかなかあり得ないしね。もちろんうつり具合もわたしは好き。1GBもメモリーあれば相当長い旅でも対応できるはず。


◆ソーラー充電池セット

今回の仕入れの「目玉」ね。これ。写真でも真ん中に置いちゃいました。これで単三、単四型充電池にどんどん電気をため込み、上記の機器類を無限に使いこなすわけ。今でこそ色んなものが手にはいるようになったチベットですが、やはり平地よりも値段は高め。対して太陽はタダ。しかもわたしの美肌には大敵ですが、極上のソーラーパワーが手に入るわけだから使わぬ手はなしでしょう。



◆中型リュック

民族大学近くの人民商場で購入した60元リュック。日本帰国と時を同じくして律儀に壊れてくれました。やはり信頼に足るものはこれくらいの値段はしちゃいますね。


◆アーミーナイフ

これで3代目。ナイフや栓抜き、はさみなど十数種類の機能があるけど、わたし的に一番使うのは「ようじ」だったりする。



◆電子辞書・チベ語辞書・中国語教材

電子辞書はいわゆるあれです。なくしたやつ。同機に再登場願いました。これでだいぶリュックが軽くなるはず。チベ語辞書は日藏藏日版。いわゆるやる気のあらわれですな。中国語は「シャドウイングで学ぶ中国語文法」というやつ。チベットでは中国語がしゃべれるようになりたいと思ってますから(笑)。


◆内蔵メモリ1GB

とうとう買ってしまった1GBメモリ。やっぱ高いね。でもiPhoto(写真閲覧ソフト)なんかの起動が相当遅くなったと感じてたんで、増設しちゃいました。これで合計1.25GB。10年前はほぼ同額で128MBメモリを買ったこと考えれば感慨深いですな。内蔵DVDドライブの方は結局問題なし。TSUTAYAから借りてきたいろんなDVDを何枚も焼きまくってますが、そのご「ぷしゅん」言うこともなし。もうPBG4を信じ抜くことにしました。



こんな感じです。


東京往復の交通費まで含めると


20万円!!


近くになっちゃいました。


すべては帰国前からほしい、いや絶対買うんだと思ってたもんばかりで、衝動買いは一つもありません。でも合計でこんなになるとは全く「想定外」でした。単に足し算すればいいだけの話なんですが…。まあ男が金のことで色々言ってはいけません。



でも。

いよいよもって弾(ぜに)切れ。


これ以上何を買うこともできません。
もう元の世界に戻るしかなし。また絞めていきますよ。財布のひも。


万札とばしまくったくせに一元2元をケチるというのはやはりアホな話とは思いますが、ね。

posted by 牧場主 at 00:00| 佐賀 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 他にもまだこんなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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