2008年08月08日

前門いまだ幽霊的城市



オリンピック開幕を直前に控え、中国、とくに北京ではすべての面においてオリンピックを中心に物事が進んでいる印象があって、それは全体主義国家中国の面目躍如といったところ。


新しい地下鉄の開通や料金の値下げ、道路の整備といった市民生活にプラスになることだけじゃなく、治安強化を目的にした地下鉄の荷物検査の強化、流入人口の抑制、排除などなど、とにかく「五輪のために」という旗印のもと、上意下達のおふれがじゃんじゃんと流れてくる。


極端な話、北京の街は一時たりとも同じ姿を留めず、日に日にその姿を変えている印象すら感じるわけですよ。



昨日は昨日で、

「五輪の開幕日は北京の会社や役所はお休みっ!」

というニュースが新聞の一面を飾っていました。おいおい、2日前に発表するようなことじゃないんじゃないの(笑)



さあ、そんな北京における本日の「老百姓(一般庶民)注目ニュース」は

「前門大街開街(前門ストリート改装オープン)」

に尽きるでしょう。


前門大街といえば、


前門1930年.jpg
参考写真:天安門広場の南側を南北に延びる清代末から続く伝統ある通り

で、北京ダックの「全聚徳」や焼売の「都一処」などいわゆる老字号(老舗)も軒を連ねる商業街。


下町の名残りを保ちつつ、バックパッカーにも優しい宿もあったりと、わたし的にも頻繁に利用していた地域なんだけど、およそ2年前から地区再開発の名の元、大規模改装が始まりました。


まずは大通りから派生する無数の胡同(フートン=路地)たちが封鎖、当然そこに住んでいた人たち、商売をしていた人たちは立ち退きを命じられ、封鎖寸前の路地の様子はまさにゴーストタウンでしたな。


そして大通り本体も一年前には「保護修繕」作業が始まり、完全な立ち入り禁止区域となり、オリンピック開幕前日となる本日、ようやくその封印が解かれることとなったのでした。


1920,30年代の通りの様子を忠実に再現、さらにApple Storeも入店という情報も以前ネットで見聞きしていたこともあり、前門を愛する「老百姓」の一人として再会を心待ちにしていたわたしも、その姿を拝みに行ってきたわけです。


前門2008.jpg
◎参考写真:おうおう、にぎにぎしいかぎりですな


全聚徳の前にも都一処の前にも、一条龍羊肉館という羊肉レストランにも長蛇の列。残念ながら「食べ初め」はまた今度にするしかないね


と、ウキウキウォッチングを続けたいところだったのに…



薄っぺらい日本人の予想をやっぱり裏切ってくれるのは、中国やインドを好きになってしまった大きな理由の一つでありまして、一キロ近くはあろうかという前門大街において営業をしていたのは14店。


当然アップルストアも見あたらず。


というかこの14店以外、開店が間に合わなかったとかいう以前の話。


前門2008店.jpg
◎参考写真:開いてる店は繁盛。でもその他建物は通りにびっしり並んではいても中は完全ながらんどう


陳列前の商品や開店準備に追われる関係者の姿もなく、つまりは何の店が入るのかさえ全く分からない。



当日の夕刊紙「北京晩報」によれば、「全体の建物の75%の契約はすでに成立済み」(同地区管理委員会責任者談)ってことらしいんだけど、それにしてはお寒いこと甚だしいんじゃありません?


元々この通りには個人経営の商店なども多かっただけに、賃料高騰による不動産の不良債権化も気になってしまうし、なによりも以前の賑わいを本当に取り戻すことができるのか。


人出自体は午前9時の段階で7000人(同紙)あったとしても、やっぱり街の活気ってのは商売が盛んに行われてこそ生まれてくるものでしょう。はたして本日訪れた人たち、何かに満足して帰ることができたのだろうか。


「人はうじょうじょだけど、いまだにゴーストタウン(幽霊的城市)」

それがわたしの感想でした。



あっ、そうそう。前門大街は人出が1万人を超えると入場制限をするみたいなので、もし興味を持った人がいたら、どうぞお気をつけくださいな(笑)

posted by 牧場主 at 13:02| 北京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | まちかど歩けば新発見 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月25日

越南美女とはすれ違い



と、意味ありげなタイトルでしょ?

でもわたしをよくご存知の方ならもう一顧だにしないはず。相変わらずなんにも大したことじゃございません。



昨晩ついに「日本四大都市圏de飲み会in10days」という、チベット仏教の四大宗派本山総参拝にも匹敵するような偉業を成し遂げちゃったわたし。


あとは後進を育てるだけ、もう思い残すことはない


と思ったかどうかは本人のみぞ知るところ。

とりあえずは名古屋から新幹線に飛び乗って、無意識のうちにとんこつラーメンの匂いのする方へと一歩を刻んだのでした。



で、やっぱ新幹線って速いよね。


昼すぎにはホント目の前に純正とんこつ(@住吉亭)があるんだから驚き。


相変わらずこちらさんときたら、超さっぱりスープと仏壇の前に持っていきたくなるくらいの大盛りご飯はともに健在。



ただいくらラーメンで幸せになれたとはいえ、せっかく途中下車したんだし、また快速電車に乗って30分、このまま実家に帰っちゃうのももったいないよなぁ


てな具合にメンを最後のひとすすりした時に頭に浮かんだのが、福岡アジア美術館でちょうどやってた「ベトナム近代絵画展 花と銃—インドシナ・モダンの半世紀」。



そのイベントポスターに掲載されてた展示の目玉といえる作品こそ、越南(ベトナム)美女だったわけ。


せっかくだから彼女に会いに行くか



と腹ごなしに中洲のアジ美までお散歩30分。


もちろんポスター見て気に入っただけだったら、わざわざ高い入場料を払ってまで、要洗濯な下着類を背中にしょってまで、見に行ったりはしません。



そんなんじゃない、わたしと彼女はもっともっと深い縁なんだから…




≫≪≫≪≫≪≫≪≫ と、ここでいきなりセピア色懐古モード ≪≫≪≫≪≫≪≫≪


目が覚めた時、既に2時も近い。おかげであの何とも言えない疲れはおおよそなくなっており、無事外出することとなった。食事をすませ、それから駅の向こう側にある美術博物館を目指す。


近くに軍事博物館というのもあったのだが、時間的に二つとも見て回る余裕はなく、そうなると趣味の観点からも美術館の方になる。


道に迷いながらもたどり着いたそれは、外見は政府の建物と思われても仕方ないくらいに堅い造りだったものの、実際に入り口で金をとられたし、中に入ってみるとやっぱりと言うか美術品が沢山飾られていた。


油絵や水彩などの作品もあることはあるのだが、それらは主に補助的なもののようで、ここでのメインの展示は銅版画やシルクに描かれた作品群。


ベトナム美術界の現状と歴史を知ることができて非常に興味深かったのだが、一方で重要な作品の方は気に入った作品も2・3点しか出会えず(メインに展示されていたものの多くはプロパガンダ的意味合いの大きいものだったので興味の対象とはなりにくかった)、帰りのスーベニアショップにもそれなりの絵葉書は売ってなかった(というか全く絵葉書はなかった!!)こともあり、無駄ではなかったけれど充実した時間を過ごしたとも言いにくいと思う。


まあこれから訪れるであろう町においても、可能なかぎり動物園と美術館巡りは続けていきたいと思う。


(1996年11月23日の日記から) 




面白さのかけらもない文章だという指摘は甘んじてゴミ箱の中に放置しとくとして、このときの気に入った作品2、3点のうちの一点ってのが美術館入り口すぐのところにあった作品。


しかも


ベトナム女性にあるまじき、いやベトナム女性の度(範疇)を超えたレベルで白く透き通った肌が印象的な、たぶん18歳くらいの女の子。


青系統を基調にしたその絵はシャガールのような透明感がありつつ、ほんっとにかすかな微笑みはミステリアスなほど東洋チック。あまりに周りの作品と毛色が違いすぎて最初は


へぇ、こんな絵もあるんだね


くらいの印象だったんだけど、その後、じわりじわりと頭から離れない存在になっちゃって、その旅の後半となる約一カ月後、ミャンマーのどっかで出会った日本人から旅の写真を見せてもらってたとき、偶然その作品と再会。


「ほう、ヲタクも彼女を気に入りましたか」

「とうぜんですよ。ヲタクも撮りました?」

「いえ、拙者は…」


などという会話を交わしたとか、交わしていないとか(ナイナイ)。



とにかくそれ以降、わたしにとっての最高の越南美女は相変わらず美術博物館入り口でわたしを迎えてくれた「彼女」であることには変わりなく、ただその後の人生においてあまりに多くの美女にお会いできたせいか(笑)、老齢化にともなう単なる脳細胞の崩壊が原因なのか、最近は思い出すこともなかったというのも事実。



とにかく、更にもう一汗かいてたどり着いた美術館。


はい、展示は一昨日で終わってました。東京でダメ人間たちに囲まれてたときが千秋楽だったのね。そんくらいちゃんとチェックしとかんか、このアホがっ


せめて絵はがきくらい売ってるかも


…いや売ってません。辛うじて閲覧コーナーで図録を眺めることができただけ。


その図録、解説文と作品をいったり来たりしながらよおく眺めてみると、ベトナムに伝わる伝統的な「漆絵」という画法や女性の描き方(タッチ)自体は間違いなく最高の越南美女と同じなんだけど、ずばばり同一人物、あの時の彼女というわけじゃなかったみたい。


つまりは同じ作者による別の作品って可能性高し。
でも、やっぱベトナム人の度を超えたようなベトナム人。


今回福岡に来ていたのがその彼女じゃなくって「リエン嬢」という妹かお姉さんらしきことを知り、安心したようなそれでもやっぱ残念なような…

姉妹に会えればどうにかして本人に連絡とってくれるかもしれないし…
美人の姉妹はやっぱ美人だし…


アホはアホなりに複雑な気持ちやね。



ベトナム漆絵.jpg

◎参考写真:上列が越南(中央:リエン嬢)で下列が台湾。全部アジ美のHPより


ちなみにそのまま帰るのも敗残兵なので、現在公開中の「日本時代の台湾絵画〜見出された郷土」展というのを見ました。浴衣とヤギの絵がきれいでよかったです。

おわり
posted by 牧場主 at 00:00| 北京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | まちかど歩けば新発見 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月14日

大柵欄ゴーストタウン




本日は実質北京最後の日。



昨日北京入りした塾長、xiaochuanとともに最後の中国を楽しく過ごそうという私的計画だったのに、どこに行っても引く手あまたの彼ら。すでに「深からぬ縁」「後には戻れない関係」になってしまったわたしを尻目に


「Mixiで知り合った女の子に会いに天津に行く」


と午前10時の携帯電話で知らされまして、


「牧場主はもう今日しか2年間の中国生活の思い出に浸る時間はないというのに我々が邪魔しちゃ悪い」

という言葉にはしないけど深く温かい彼らの思いやり、しみじみ感じました(笑)。



で、急きょひとりぼっち。


しょうがなく、宿で知り合った日本人青年とともに近くをお散歩をすることに…



わたしの泊まってるエリアっていわゆる北京の下町「大柵欄(da4zha4lan)」。


故宮の真南にあって前門より南に広がる庶民街で、日本でいうならベタだけど浅草みたい。

中国最大の観光地「天安門広場」を間近に控えるだけに各地からのお上りさんたちも多くがこちらに参集するという観光スポットであり安旅館集まるスポットでもある。


メーン道路沿いには北京ダック屋や漬物屋さん、薬屋、靴屋など清朝期まで遡るような老舗「老子号」、そしてその背後には迷路のように入り組んだ現地の人たちの住まい「胡同」がおびただしく。


わたしも北京留学時代の「文化講座」やクラス飲み会などで何度か訪れるうち、「庶民の北京」を感じてしまったようで、例えメシ食うのが五道口(市北西)であろうと、三里屯(市東部)であろうと、北京に来ればこちらに宿をとんなきゃ落ち着かない。


そんな大柵欄(da4zha4lan)エリアなんだけど、昨年10月以降大変な変化が。

実はひどい再開発に晒されてて、ええ、そりゃぁ相当なもんです。


だいたい北京到着の夜。

なじみの宿「Leo Hostel」にリュックを起き、先発隊KATO氏と落ち合い、


「さあ、メシでも」


「おれ、いいとこ知ってるんっすよ。ウイグル屋でいいっすか」


「いいですねぇ。行きましょう」


で、夜中9時をすぎてもまだまだ賑やかな大柵欄街を楽しみながら、前門から南に延びる前門大街へ。そして通りを横切り、新鮮口街に入ると…


はい、ゴーストタウン。


まるで中国東北の国境地帯で間違って(笑)川を渡ってしまい、北朝鮮に入国してしまったかのよう。

向こう岸のにぎわいがウソなくらい、こちら側は建物あれど光はゼロ。人の気配もゼロ。とうぜん「お気に入りの店」も建物と看板だけは当時のままに


まるで


数時間前に空襲警報が鳴りました。みなさん避難中。まだ解除されてないから注意してねっ


くらいの雰囲気。


「すいません。人がいなくなってます」


そんな当たり前の報告するしかないわたし。



前門大街よりも東側に入ってすぐのこのゴーストタウンエリアは崇文区に入るわけで、厳密にいうなら大柵欄地区ではないわけだけど、そういや新聞の社会面なんかでむかし


「大柵欄は北京でも最貧困エリア」


なんて見出しの調査記事を読んだことを思いだし、


「北京オリンピック始まる前にこの辺全部さら地にして『衛生・安全ニセ伝統庶民エリア』を作るつもりなんだろうね。中国各地に『ミニ麗江』『ミニ大理』が発生してるのと同じ理屈だね」


と互いにどこまで知ってるのか分かんないけど、そんな知ったかぶりの言葉を交わしたもの。


大柵欄.jpg

◎参考写真1:昼間だったら人は一応通ってるけど裏びれた寂しさはいとかなし



で、本日も同じエリアを歩きながら日本人青年にそんな状況判断だけの解説をしてあげる優しいわたし。


「そのうち大柵欄の方もこうなっちゃうんですかねぇ」

「あっちはもうメーン通りは整備されてるし、こっちのように全面廃虚にゃしないでしょ。壊すのは老百姓(市民)の住居だけ。大通り沿いの店はかなり儲けてるところもあるわけだから彼らも長期的な営業停止にゃ黙ってないはずよ」

「なんか一番残されといてほしいとこが壊されるわけっすね。なんかさみしいかも…」


マネキン.jpg

◎参考写真2:誰が作ったか、芸術的オブジェ。遠くを見つめる眼が印象的



そんなこと話しながら、在りし日の人々の生活の断片を心のフィルムに焼き付けようと躍起になってゴーストタウンを歩き続けた北京最終日…


だったら少しはさまにもなったんだけど、そんな「きちゃない」エリアは20分程度。高層商業ビルに吸い込まれ、本日唯一の目的地「吉野家」を満喫したわたしなのでした。
posted by 牧場主 at 00:00| 北京 | Comment(0) | TrackBack(0) | まちかど歩けば新発見 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月21日

とにかく激安韓国料理




を食べたい人はどうしたらいいか。
それも世界に類を見ない価格帯で…


北朝鮮?

いやいや、そちらは当分の間、そしておそらくは一生守備範囲外。


ってことは、やっぱり


成都に来て下さい。

そして市中心部じゃなくて空港のある郊外の双流県にいってちょ〜だい。



「5元(約70円)で冷麺が食べれんだよ」

「石焼きビビンバだって5元」


そんなことを塾長から教えてもらったのは成都復帰した数日後。

今学期(3月スタート)から、これまでの本部キャンパス(@成都中心部)ではなく、双流キャンパスで1年生2年生に週三回、日本語を教えることになった塾長。

学校の送迎バスにゆられ約30分。若い匂いあふれる双流に出向いているわけだけど、授業のある月、火、水だけでなく、中国人と日本人が日本語で語らう「日本語コーナー」にも現場責任者として立ち会いが義務づけられてるみたい。

しかも中国人教師にはお声がかからず、塾長ともう一人の日本人教師にだけ。


毎週木曜日に開かれてる本部キャンパスの日本語コーナーだって、一部の優良日本人(=わたし)以外に殆ど参加者のいないという現状。いわんや双流をや。


塾長の「韓国料理5元」という言葉が例え真実であっても、甘言の色彩を色濃く帯びていることはお察ししますよ。でも断れないところにわたしの優しさがあるというもの。


もう一人、新たな皆勤賞候補になりそうな漫漫来の新進店長xiaochuanもまみえて3人となった一行が双流に乗り込むことになったのでした。



双流キャンパスは3回目。

1度目は兎の頭
2度目は中国少数民族の大演芸会

と、かなりの大物を釣り上げてきただけに期待はふくらもうというもの。


めざす韓国料理店はキャンパス北門を出て更に徒歩3分。

繁華街と呼べるエリアは周囲一キロ四方にここしかないので、どんなに方向感覚のない方でもたどり着けないはずはなし。そんな場所にあったのが「阿里郎韓国料理」というお店。


「阿里郎」という名前が最近までお世話になっていたラサの某レストランを思い出させるけれど、何の偶然でもなし。日本にだってたぶん100軒以上ありそうな名前だし、韓国料理屋さんだったら「焼き肉屋」と名乗るに等しいありふれたネーミングでしょう。でもイメージ的に悪い気はしない。


早速中に入ってみて、塾長を疑ってたわけじゃないんだけどメニューを確認。確かに


冷面も石鍋拌飯も5元。

さらに冷麺に対抗した温面(初耳)も、韓国版のり巻き紫菜包飯も、そして辣白菜(キムチ)炒飯だって、更にキムチシリーズ、辣白菜湯飯までもが5元。


うん、これは安いでしょう。これを数学的な公式に当てはめるなら、

=(田舎+学生街)×四川

でしょうか。場所が田舎であり、そこが学生街になってるって事はともに物価の安い要素がミックスされてるってわけで、それに中国でも物価の安い「四川」というスパイスがまぶされてる。


最初は石焼きビビンバと冷麺という豪勢な注文の仕方を考えてたんだけど、値段が安いだけでそこまではしゃぐのも大人げないとちと反省。結局のところ、各自ビビンバか冷麺を頂くことに。



激安韓国料理jpg.jpg

◎参考写真:運ばれてきた料理たち。ここもキムチ、カクテキは無料です


さあ、食べてみましょうか。新進社長の石鍋拌飯はちょっと「石温めビビンバ」っぽくてちょいハズレ気味。冷麺の方はまあ十分合格点の味だったっす。スープには細かくくだいた氷も浮いていたけど、スープを凍らせた氷だから、これによってスープの味が薄くなることもないし、味つけにもある程度のこだわりがあることを匂わせてくれる。衛生面についてはもう店を信じるしかないところなんだけど、ね。


結論:安いしそこそにこうまい


…食後。

キャンパス内にある人造池のほとり。


「民族の団結で繁栄を勝ち取ろう」

という巨大モニュメントの下に腰をおろし、湖畔にて堂々といちゃつく学生カップルを観察する3人。


「おっ、ひっついた」
「そして男が引きよせた」


「あれ、女の子いっちゃった」

「男は追わないねぇ」

「女の方は何回も振り返ってるよ」
「未練たらたらじゃん」

「あの男の強気な態度。四川の男じゃないね」


「別れ話だったんかな」

「すごい場面を見ましたねぇ」


「あれ、逆方向。女が帰ってきた」


「…我々3人、ガキのカップルに何を振り回されとるんじゃ!」
「はっ、はっ、はぁー(笑)」

夕方がくれていきました。
そう、あしたはHSKのテスト。
posted by 牧場主 at 00:00| 北京 | Comment(0) | TrackBack(0) | まちかど歩けば新発見 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月18日

成都が遠くなっていく




下界の空気は濃すぎるだろうのか


呼吸してるだけでもうお腹いっぱいになってしまう。要するに何もする気が起きませんな。特に勉強は。


漫漫来では、ほぼ総取り替えされたスタッフ(中国人)たちとの交流が全く成り立たず。今まで旧スタッフと築き上げた阿吽の呼吸とは比べもんにならず。わたしの中国語をリアルに100%聞き取ってくれない。そのうち向こうさんも諦めたのか、ジェスチャーゲームを始めちゃう始末。


こんなんでほんとに高級なテストを受けていいんだろうか。


と思う昨今。とにかく、そしてなんとなく「居心地」の違う漫漫来にいるのも


「心理有点児不踏実(なんかちょっと落ち着かない)」


ってことで町に飛び出してみました。
わたしですから、ともに狙いは食い物関係。
おなじみ成都一の繁華街「春煕路」近くにあるマックとそして、今月成都旬出を果たしました西武成都。



ジャンクフードの申し子はやはり定期的に「アメリカ」を採り入れないと中指たてて汚い言葉をはいてしまいそうだし、ましてや、外国において新しい日本の店がオープンしたと知れば、その店の進出によってどれくらいの「日本食」が再現できるようになるのか、というのを把握しておくのは常識でしょうよ。


マックはここ数ヶ月の変化として、

24時間営業化およびセットのポテトと飲み物が大中小から選べる実質値下げ

などなど、歓迎すべき点もあり、


「あとは無線LAN設置と民族大近くへの出店だけ。それは次来るとき(7月?)までの課題にしとこうか」


とかってに高評価。


で次に向かった西武成都。
西武成都1.jpg
◎参考写真1:てくてく歩いてたら見えてきた西武成都。でもイメージとはちょっと違う


ネットで調べた記事によれば


「西武成都オープン。成都に『ブランド消費戦争』勃発。高所得者ターゲット」


みたいな見出しで報道。更に詳しく読めば、


世界的なブランド「ルイヴィトン」「クリスチャンディオール」「ロエヴェ」など世界のA級ブランド60店が5階建て総売り場面積13000平方メートルに出店。迎え撃つ「美美力誠」「仁和春天」などの既存A旧百貨店も臨戦態勢はばっちり。三国志ゆかりの地にちなんだ「三国戦争」が始まった


というなかなか面白い内容。


でもそれは客観的な評価であってわたしの関心を引きつける部分は全くなし。A級ブランドは食べられませんので…


で、回転ドアを避けてその都なりの開けっ放しのドアから中に入ってみれば、


「うん?まだ改装中?」


60ブランドはかなり威勢のいい数字だったみたいで、見たところスペースの半分には店が入っておりません。


西武成都5.jpg

◎参考写真2:とりあえず視てもらうのが一番。そして客も限りなくゼロに近し


いたるところがブランド名および「即将開幕」と書かれた板で仕切られており、圧迫感もあって、まるで巨大迷路の中を探検している感じ。


確かに商品を置いているところは、普通の人ならたいがい知ってるような、漢字ではなく「アルファベットを使ったブランド名」ばっかり。


でもそれはある意味、わたしにとって日本でも指折りに居心地の悪い場所「デパート1階の化粧品および宝飾品売り場」みたいなエリアであって、それがエスカレーターをどんどん上っていっても続いているだけ。


日系デパートということで期待していた「日本のかほり」というものは一切感じられず。デパートの中の唯一の癒し系ポイント「デパ地下」もなし。よく調べりゃ「西武成都」は香港資本だということで全く日本のことは考慮されてないみたい。


⇒とうぜん期待していた日本食コーナーもなし



もうすっかり興味はすっかりなくなりました成都の「A級ブランド戦争」。塾長情報によれば、今後伊勢丹も成都に店を出すのだとか。



福岡にも7年ほど前に「スーパーブランドシティ」などという何のひねりもない、中央の時流に乗り遅れた「バブル最後の落とし子」みたいな建物が誕生して、今だに腫れ物扱いされてるわけで、成都でもそれと同じ香りを感じなくもないような。


でもここで買い物できる羽振りのいい消費者(中国人)が成都にもたくさんいるという事実は間違いないところ。


「勢いのある地方都市」という点では福岡も成都も共通点があるわけで、それがこの町に引かれる理由なのかな、と思ったりもしてしまう。


ていうか、そうしたアイデアが思い浮かぶくらいしか収穫のなかった今回の西武成都参観。よほどのことがない限り再訪することはないでしょう。

しょせんユニクロ止まり(悲)のわたしですから…。
いやいや、ユニクロ万歳!
posted by 牧場主 at 00:00| 北京 | Comment(0) | TrackBack(0) | まちかど歩けば新発見 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月12日

中国語通じない満足感




大昭寺(ジョカン)から始まる毎朝のお散歩コース。

大小あわせて5カ所のお堂、寺院をめぐってるんだけど、その最後を締めくくるのが、ムル・ニンパ寺。


チベット仏教四大宗派のうち最も古い「ニンマ派」に属するお寺なんだけど、昨日、今日と大変なことになってます。


どういうことかって言うと、日ごろ朝の参拝時には人影まばら、ほぼ常連さんばかりという状態なんだけど、


なぜかしら急激に人の数が増えました。

というか、足の踏み場もないくらい。


とにかくチベット人のおじちゃん、おばちゃんたちであふれかえっております。何をするでもなく、持参したマニ車をとにかくぐるぐる回し続けております。




ムルニンパ2.jpg

◎参考写真1:まるでどっかの避難所生活。本堂にはいるだけで一苦労な混雑ぶり



少なくともジョカンをはじめ、ほかの寺ではこうした状況にはあらず。おそらくはニンマ派独自の記念日か、この寺独自の記念日なのかな、と思って


顔見知りになったお坊さんにその理由を聞こうとしたんだけど、


1人目。

「なんでこの2日こんなに人多いんっすか?」

「…オム・マニ・ペ・メ・フン(お経)」


2人目。

「なんでこの2日こんなに人多いんっすか?」

「…オム・マニ・ペ・メ・フン」「オム・マニ・ペ・メ・フン」


どうやら中国語があまりできないみたい。


ともに40歳前後のお坊さん。


チベット寺院では伝統的に一桁代の年齢からお寺に入って修行を始めることが普通だったんだけど、現在ではある一定期間初等教育(含中国語教育)を受けてからでないと、修行生活を始められないらしい。


わたしが尋ねた中国語の話せないお坊さん2人はおそらく前者だったのではないか、と。


そういえば、先日参拝した小昭寺にも中国語の話せないお坊さんが。


単に中国語を話すのが嫌だから分からないふりをした、という可能性もなくはないんだけど、やはり中国語が話せない、と考える方が妥当みたい。


ラサに入って以来、中国化されたチベットばかり目についてたんだけど、彼らお坊さんたちのようにいまだ中国語を話せない(≒中国にそまっていない)チベット人もいるんだ、ということを確認できただけで、なんとなくすがすがしい気分になったわたしでした。



ムルニンパ3.jpg

◎参考写真2:おばちゃんたちの中にだって「中国語??」もいるんだろうなぁ
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2006年04月10日

ついにラサ導遊Debut!




3月11日の日記「留学生新歓コンパ潜入」の一幕。
http://itoyama.exblog.jp/1216993



「ぼく、わたし、チベット行きたいんです。その時はよろしくお願いします」


あいさつの時にちらっと触れた“チベットネタ”というエサにひかれ、そういって寄ってくる若者、若くない者でわたしの周りは結構な混雑。


後輩たちの面倒見なくて何が先輩でしょう
OK牧場は24時間営業。いつでも懐に飛び込んでおいで


かっこいい姿しちゃったけど、こう言っといて誰も音沙汰なしだったら悲し〜よなぁ。みんなほんと来てよね。



…と書いてからすでに1ヶ月。


ほんとに音沙汰ないのかよ


なんて思ってた昨晩、蘭州拉面をすすっていると久しぶりに携帯のバイブ音。


「あのう、覚えてらっしゃいますか、陳麻婆豆腐で…」


電話の主は、確かにあの時チベット話をしたうちの一人イエピンさん。

どうやら中国人のツアーに参加してラサ入りしたらしく、翌日1日だけは団体行動を外れるつもりで、わたしに「お時間ありませんか」ということ。


すでにラサ入りして2日が過ぎ、超メーンのポタラ宮および大昭寺(ジョカン)は観光済みらしく、わたしもどこに連れて行っていいものか、電話ではいまいちつかめず。


だから本日9時に大昭寺前で待ち合わせ。
朝飯でも食いながらヒアリング調査を行うことにしたのでした。



チベットを訪れる観光客って国内外からに限らず、ラサに漠然としたイメージしか持ってない人が大半だと思うんだけど、それだったらポタラ宮および大昭寺で十分。

あと時間があれば日帰りなり一泊の行程で周囲の大自然に触れてもらうと、お手軽かつ総合的にチベットを感じることができるんじゃないかと思う。


だから、

チベット仏教にそこまで興味のない人にラサのどこを見てもらうか


ってのは改めて考えてみると、結構難しいテーマなんだよなあ。


イエピンさんと朝飯を食べながら、また聞き取りしながら、そんなことを考えてしまうわたし。


更にもう一つ。

一般的な中国人向けのツアーだと、極めて宗教色を薄めた観光内容になっていることも判明。ゆるゆるに組まれた日程表の隙間(行間)には、まるでニンマ派の埋蔵経典のようにいくつものお土産点訪問が隠されている、ということ。



結局わたし的ツアー、本日のスケジュールは


1、大昭寺(ジョカン)をチベ人に混ざってチベ人的に参拝(≠観光)。
2、ジョカンと切っても切れない小昭寺で元祖シャカムニ像を見学。
3、中国人ツアーでは口にしないらしい、こってこてのチベ食堪能。
4、中国人ツアーではあまり行かないらしいダライラマ夏の宮殿へ。
5、真面目な仏像連発にちょっと飽きたら薬王山でシュールな世界。


となった次第。


まず1番。

観光客は午後にジョカンを訪れることが多く、色んないわれのある仏像が収められた各お堂までは入れず、ただ外側から眺めるだけ。だからチベタンと一緒に隊列くんで牛歩戦術。お布施やお祈りも現地流でやってもらいましょう。


続いて2番。

小昭寺にはネパールの王妃が持ち込んだシャカムニ像が祀られてるんだけど、元々は大昭寺にあった仏像らしく、何故それが今は入れ替わっているのか。若干皮肉を込めた歴史の紹介になれば、中国人ツアーではあり得ない展開かな、と。


クリーンアップに入って3番。

観光客の十中八九が眉をひそめるチベット料理。わたしもほぼ同意見。味にうるさい中国人ツアーだとそもそも日程に「チベ食堪能」のコーナーがないらしく、やはりチベットに対していい思い出だけで下界に降りてもらいのは忍びないでしょう。最低限、バター茶、ヤク肉の餃子(モモ)に挑んでもらうのもまた修行。


4番手は世界遺産。

ダライラマの宮殿はポタラ宮だけにあらず。夏の離宮とされる「ノルブリンカ」もまたポタラや大昭寺との合わせ技一本で世界文化遺産に登録されてる堂々の観光名所。ただし、これも中国人ツアーの泣き所。14世がこの場所からインドに向けて亡命したからか、とにかくこの宮殿には目も向けずに入場口にほど近いお土産店の方が選ばれちまったという悲劇を聞いたら、もう何が何でも案内するしかない?


頼りになるベテランの味、5番。

流石につかれも見えるツアー一行。少し真面目路線で行きすぎました。屋外で気持ちもすかっと晴れやかになってもらいましょう。ポタラ宮の南西にある薬王山はおびただしい数のマニ石(お経の刻まれた石)とシュールな磨崖仏で一年前、わたしの心をスマッシュヒットしたパワープレイス。間違いなくイエピンさんの疲れた心と体にも潤いを与えてくれずはず。



ここだけの話、2番と4番はわたしも行ったことがない場所だから、単に自分の希望を優先させたといえなくもないんだけど、ガイド(導遊)の勤めは「いかにお客様に満足していただけるか」に尽きるはず。


一通り観光を終え、冷たいビールで1日の疲れをいやしているその時、


「きょうどこが一番よかったですか」


「やっぱ小昭寺(2番)ですかね」


と言ってもらったじゃない。



小昭寺2.jpg

◎参考写真1:そんな小昭寺。お昼時にちょうど始まった勤行もまたナイス



「ノルブリンカ(夏の宮殿)はちょっと…、でしたね」

というせりふは聞こえませんね。


イエピンさん。入場料出してもらってありがとうござんした。夜飯までご馳走になって…。
下界のみんな。どうです。こんな素晴らしいツアー。今なら先着順。こぞって連絡を…。



あ〜、ほぼ1週間ぶりの日本語だったな。



小昭寺1.jpg


◎参考写真2:小昭寺ではマニ車の中にあるお経がはみ出してました。この元気もん!

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2006年04月02日

遅ればせで初ゲサル詣




わたしが西南民族大学留学時代、熱血カンパ教師のレンチンワンジャにつけてもらった名前は「ゲサル・ドルジェ」。



ドルジェは漢字にすれば「金剛」ってことで、ときに菩薩だったりときに護法尊だったり、はてはバルコルでも売ってる仏具のことだったり、とにかく仏教関係の名前。だから毎日のお寺参拝のおりには、


もう、お腹いっぱい!!


ってくらいに色んなドルジェにお会いします。


そして今回のメーンイベンターであるゲサル
ゲサル文字jpg.jpg

の方は世界最長の英雄叙事詩ともいわれる「ケサル王物語」の主人公、「リン・ケサル」とほぼ同じ名前。ほぼ同じってのは、「ケ」に濁点がつくかつかないか。


というのも、日本語のガイドやチベ本には全て「ケ」表記なんで、わたしの認識も「ケサル王」。でも、現地人からの呼ばれ方及び漢字表記によればまちがいなく「ゲ」の発音。


ちなみに漢字表記について。

成都にいた頃は民族大近くのチベット街にて「格桑」という看板をよく眼にしたんだけど、こっちに来てからは心持ち「格薩尓」の方が多い気がする。


どうせ無理に当てはめた名前なんだから勝ち負けつける必要もないんだけど、中国語の正式な発音だと「格桑(ge1sang1)」「格薩尓(ge1sa4er3)」になるわけで、どうやら格薩尓に軍配が上がりそう。


そんなゲサルさんなんだけど、ラサ入りしてこの方、お会いしたという記憶がない。ドルジェさんのように見た目強烈じゃないから、単に気付いていないと言うだけの可能性もあるんだけど…。


とにかく、


ゲサル・ドルジェ


どっちが名字でどっちが名前か、前提としてそんな区別がチベットにあるのか、全てはめんどくさかったんで確認しなかったんだけど、とにかくドルジェよりも前に名乗る「ゲサル」にも早いとこ仁義を切っておかなければ…


と、本日のイベントは「ケサル・ラカン」への初参拝に決定。



場所はヤクホテルの前をとにかく西進。ポタラ宮を過ぎてもまだ西進。

おいおい。もうここ、中国人街に入っちゃったんじゃないの?

くらいのタイミングで進行方向左手。こんな怪しい英語と中国語で示された怪しい看板を発見するはず。「ケサル王の寺はこの丘を上ってね」という意味だと思うんだけど…



門をくぐれば、パマ・リという山というか丘の上へと続いていく荒れ果てた通路。


一分も歩けば丘の上に到着。

「ケサル・ラカン」はお堂が2つあるだけの小さなお寺。あえてメーンを外して本道裏にある黄色いお堂に入ったんだけど、誰一人おりません。


仏像などが5体ほどあって、中心に御座ましますは文殊菩薩。


これって「○○人ノート・チベット」の26ページにある文殊菩薩じゃん


で、おしまい。


時計回りに本堂の方に向かうと、お堂前には美しく咲き誇るモモの花。


やっぱそうだよ。この前ポタラ宮前で写真に撮った花もサクラじゃなくてモモだよなぁ。ああ恥ずかしい


なんて思いながらおばちゃんたちのしゃべり声が漏れ聞こえてくる本堂へ。


じつはここケサル・ラカン。いっちょまえに入場料がいるらしいんだけど、寺の参拝に限ってはとにかく絶対入場料を払いたくないというのがわたしの信条。


なんで、基本的すぐにばれること承知の上。両手をあわせ「むご、むご、むご…」とお経らしきものをぼやきながらあくまで地元民を装った参拝スタイル。


中にいたのはおばちゃん2人と坊さん一人。とにかくしゃべくりに没頭しているからか、まだ入場料のことは何も言われない。


正面にはあまり見たことないタイプ、だからゲサル王だろう、という像がデーン、と。



うまいこと物陰を発見。

ちょっと遠いよなぁ。

カメラを取り出し、フラッシュ禁止の操作、そして素早くシャッターボタン。



ゲサル廟jpg.jpg

◎参考写真:そんな動作でびしっとしたのが撮れるわけもなし。これで勘弁を



あとは普通のお寺参拝と同じ。室内にある仏像の前、仏壇の前に来るたびに一角札をおさめては、あわせた両手を頭の上、のど元、心臓の上に持っていくだけ。あっ、そして「むご、むご、むご…」。


おっ、このヒゲの長い御仁はもしかして?

武聖・関羽雲長様ではございませんか?


実はこの「ケサル・ラカン」。さっきの某ガイド本には「関帝廟」などと併記されてたりもしたんで、


そりゃ冗談でしょう


くらいに思ってたんだけど、実際にこうやって小さいながらもヒゲの御仁の絵を眼にするにいたっては、またしても


中国(文化)の浸透力あなどるべからず


と再確認。


思い起こせば、昨秋、北京は雍和宮にてチベット名拝命後初めてドルジェ(大威徳金剛像)にお会いしたとき(≒初ドルジェ詣)も、傍らには武聖のお姿。


ちなみにわたしも20代の一時期、若者にあるまじき長髭を蓄えていた時期がございました。そんなわけで重ねてご縁があるようで…。


にしても結構血わき肉躍ることを期待していた「ケサル・ラカン」。
ものの15分で終了ですな。


ゲサル王生誕の地とされるカム奥地、デルゲやセルシュあたりではゲサル王を祭り上げた町興しに躍起だというのに、こちらは「ネタが豊富」だからか、いかんせんゲサルフィーバーにはほど遠い雰囲気。


もちろん、

ケサル王の伝説はチベット人の心に深く根付いている。だから改めて「にぎやかし」をする必要はないんだ。にわかゲサルには分からんだろうが、な


という言い分が本筋でしょう。

でも、それじゃやはり観光客モードのわたしにはちょっとつまらない。やっぱケサル王の魂が眠るという「巴松措(パソンツォ)」に行ってみるしかないね、、こりゃ。
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2006年03月26日

ラサ北バスターミナル




なんとも直接的でひねりのないタイトル(見出し)になってしまったものの、実際ここ数日、わたしの心の中をゆさぶり続けていたのはあの「太陽島」ではなく、このバスターミナル。中国語では「拉薩北郊客運站」ね。


きっかけはいつもの西藏商報。

数日前、紙面の端っこに何気なく「拉薩北郊客運站」および「拉薩東郊客運站」の時刻表を掲載してたんで、初めてその存在を知った次第。手持ちのガイドブックには北ターミナルは掲載されておらず、ということはたぶん新しくできたんだろうなぁ、と。


またしてもラサの町にメスを入れやがったなぁ
でも新しいもんならやっぱ見たいでしょ


という気持ち。で、もうひとつわたしの心を揺さぶったものば、時刻表に記されたバスの行き先ね。昌都、香格里拉、阿里などなど、もう見てるだけでマニアなら垂ぜんの的。爆発寸前、激しいおあずけ状態に入ってしまったとさ(笑)。



時刻表の欄にはあわせてターミナルの住所と電話番号も掲載してたんで、本日は週末、お出かけの日。行ってきましたよ。


まずは民航チケット売り場の前の道「娘熱路」をとにかく北上。扎基路との交差点(三叉路)までたどり着いたら右折。その扎基路沿いにあるんだけど、交差点からは徒歩約10分、進行方向右側。道路の向かいは大きな運動場(競馬場)だから扎基路までくれば迷うことなし。


拉薩北郊客運站.jpg

◎参考写真1:これが拉薩北郊客運站。まあどこにでもあるターミナル的建物


今回はわたしの無駄な興奮より情報提供が主な目的なんで、まずは西藏商報に掲載されてた分をそのまま掲載。



目的地         車型   値段    発車時刻

那曲(ナクチュ)   豪華大型  65   毎朝午前9時前
           普通大型  53   毎朝午前9時前
日喀則(シガツェ)  中級中型  50   毎朝午前9時前
仁布(リンプン)   中級中型  35   毎日午後3時半
山南(ロカ)     中級中型  30   毎朝午前9時前
米林(メンリン)   中級中型 100   毎日午前11時
           京龍小型 100   毎日午前11時
江達(ジョムダ)   中級中型 350   隔日午前10時半
芒康(マルカム)   中級中型 340   隔日午前10時半
香格里拉(中甸)   臥  鋪 500   隔日午前10時
           中級中型 500   隔日午前10時
格尓木(ゴルムド)  臥  鋪 190   毎日午後0時半〜同3時半
           普通大型 160   毎日午後0時半〜同3時半
卞熱郷              15   毎朝午前9時半
阿里(アリ)淡季   臥鋪 600/560/520  3日おき午後5時  
      旺季   臥鋪 750/700/650  3日おき午後5時
薩迦(シャキャ)        往復180   毎日午前11時


すべてバスターミナルの掲示板での情報と照らし合わせてもまあ、間違いはないみたい。で、ほかに現場で確認できた行き先及び値段は、


目的地          車型     値段

八一(パーイー)    普通大型    70 
            中級中型    80
昌都(チャムド)    普通大型   280
亜東(トモ)      普通大型   120
巴松措(パソンツォ)  マイクロ    80
納木措(ナムツォ)   マイクロ    60

成都(ネバーランド)  臥  鋪   500
西寧(シーニン)    臥  鋪   340
蘭州(ランジョウ)   臥  鋪   380
重慶(チョンチン)   臥  鋪   550
南充(ナンチョン)   臥  鋪   560
西安(シーアン)    臥  鋪   480


残念ながら発車時刻についての情報はなし。南充(四川省)なんて誰が行くの、と思いながらもよくもまあこれだけそろえたものだと感心。西安とラサがバスでつながったというのも何だか不思議な気分でしょう。



さらに香格里拉行きの寝台バスについては、個人的な事情もあって更に詳しく。ラサから途中の通過都市までの値段と距離を含めてどうぞ(あ〜、どんどんマニアック)。


ラサ⇒八一(80元、410K)⇒林芝(90元、430K)⇒波密(160元、644K)⇒八宿(210元、861K)⇒邦達(240元、955K)⇒左貢(280元、1062K)⇒芒康(340元、1220K)⇒塩井(380元、1331K)⇒徳欽(430元、1442K)⇒香格里拉(500元、1700K)



北郊客運站内部.jpg

◎参考写真2:まったくもって綺麗なターミナル。そのうち汚れるんだぜ、きっと



ところでチベット自治区はラサ以外一部地域を除いて基本的に外国人非開放地区だったりするわけで、


「我々にもチケットは買えるのか?」


という疑問は当然浮かんできましょう。で、わたし的には


「市内にある他のターミナルよりも大丈夫なんじゃないの」


という感想やね。

実際、香格里拉行き(27日午前10時発)の寝台バスについてはキップ購入をシュミレーション。途中の芒康(マルカム)までのチケットをコンピューターで座席確認してもらい、発券までしてもらう寸前のところで、


「あっ、お金が足りない。ちょっと取ってくるからとりあえずキャンセルして」


と言って逃げ帰ってきたんで…。

もちろん、中国語でやりとりしたものの、はたして相手方のおばちゃんを本当に中国人としてだませたかどうかは微妙なところ。でも「買える」という感触だけはかなり確信を持ったのでした。


このバスターミナルからは既述のとおり、薩迦、巴松措などラサからちょい遠めで独りではなかなか行きにくい場所なんかにも便が出てたりしてそれだけでも使い勝手がありそう。


もちろん最終的に狙うは自治区西の端に位置する「阿里」行き。夏前のシーズンに向けて万全の準備(何を?)のうえ、ここから旅立つことになるでしょう。さあイメージトレーニングでも始めようかね。


北郊客運站路線図.jpg

◎参考写真3:阿里はこの地図のほぼ一番左あたり。まってろよカイラスっ!

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2006年03月24日

ラサでチベに飽きたら




太陽島にいけばOK牧場。


太陽島?

別名「中和国際城」



キチュ(ラサ河)にできた中洲の一つ。記憶に新しいところでこの前の日曜日、わたしがさまよったのは仙足島でした。


この2つの島がキチュ中洲の二大巨頭であらせられ、仙足が住宅地をメーンに開発されてるとしたら、太陽は主に商業地として発展させたいみたい。それも完全に「中国」として。


場所はポタラ宮のほぼ真南で、大きさはジョカン、バルコルを中心にした正真正銘旧市街エリアよりも若干大きい程度。


そこにレストラン、高級ホテル、飲み屋、お茶屋、ショッピングマーケット、遊園地などなど、大陸チックなものがすべて勢揃い。



たとえば、中和国際城小商品市場。

成都だったら荷花池市場、北京だったら紅橋市場があるように、


「品質は二の次。とにかく安く、そして出来ればブランドもんで」


という中国の典型的市民の需要を満たすことを第一義とするようなマーケット。

もちろん北京や成都ほどホンモノチックなものが売ってるわけじゃないけど、偽ファミコンのカセットや超女などアイドルのブロマイド、文房具のまとめ売りetc。



太陽島1.jpg

◎参考写真1:ねっ、中国滞在者ならこんなところで買いもんしたことあるっしょ



そしてたとえばナイトライフ。


中国の中級以上の町だったら、


「こんな巨大な建て物作っといてどれだけの客を入れるつもりなんだ」


みたいなカラオケとかバーを見たことないっすか?
お姉ちゃんたちがけだるそうに入り口でだべっているやつ。
そのくせバドワイザーとかで無茶苦茶ぼってくる店。



太陽島2.jpg

◎参考写真2:ねっ。背景の山とかはちょっと違和感だけど夜になりゃきっと…



さらには、遊園地。


子どもたちはゴーカートやメリーゴーランドに歓声を上げ、大人たちは渋くビリヤードに興じる。そんな家族全員が幸せになれるような施設も。


太陽島3.jpg

◎参考写真3:あれっ、飛行機に乗ってるのもしかしておばちゃん?



もちろん最後は食べ物屋。

島のあちらこちらに食いもんを出す店は散らばってるんだけど、圧巻は金珠一路というほぼレストラン街。実はこれこそ市場とか遊園地とは比べもんになんないくらいにすごくって、冗談抜きにバルコル一周分くらいはありそうな長さ。


ちなみにバターの香りのする店(チベタン食堂)は、私の見た限り一軒もありません。イスラム食堂でさえも島内の他のブロックにはあるものの金珠一路にはほとんどなし。


すべては中華料理屋で占められてる


と言ってもいいくらいでしょう。


太陽島4.jpg

◎参考写真4:だからこの景観。火鍋、火鍋、茶楼、粥、火鍋、ひらべ(笑)


ちなみに島の端っこは、北京有数の「貧困地区」と指摘されて話題を呼んだ大柵欄地区のような長屋地区。およびそその住民らが営む中古ショップ、廃品回収屋が軒を連ねる一角もあるんだけど、それは「西藏商報」などの新聞各紙によると、

文明都市らしくない、国際城にふさわしくない

とのことで環境美化、区画整理の対象になってるとのこと。そのうちなくなるんだろうね。被害者は別にチベット人に限らないってこと。



とはいいつつ、このまま漢民族のゲットーとして発展を続け、なんかあったときはここに避難しさえすれば長期戦だって持ちこたえられるんじゃないか


と思うくらいにチベットを感じなかった「太陽島」。ちなみに川を挟んだ向かい側は自治区共産党委員会および自治区政府。


中央政府から派遣された高級役人たちが単に身近で遊べるところがほしかったから作っただけじゃないか


そう思えるくらいに中国チックな「太陽島」。



はるばるラサまでやって来てチベットに飽きた方。中国本土が恋しくなった方。ぜひ足を運んでみてはいかがでしょう。まあ、いないよね。
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2006年03月19日

キチュ河原で独り遊び




今日も世間一般でいうところの休日、だからわたしはお出かけお出かけ。何かと一部世間を騒がしている青藏鉄道の駅舎でも見に行こうか、と正午すぎにヤクホテルを出発。


こっちで購入した「西藏自治区地図冊(成都地図出版社刊)」によれば、ラサ駅の建設予定地は市の南部を流れる「キチュ(拉薩江)」の川向かいでちょうどポタラ宮の真南くらい。

直線距離でみるなら昨日てくてく歩いていった拉魯湿地自然保護区より若干近そうなくらい。


このキチュ以南エリア。ラサ市内といえどもう町というよりも郊外、いや山9割その他1割の完全田舎。そんな場所に駅舎があれば一目瞭然。かる〜くたどり着けるのではないか。



そんなあま〜い目論見とともに気軽に出発したのが、ああ、まずかった。


時期的にまだ水量の少ないキチュだけど、雪解けとともにその川幅もそうとう広がるみたいで、本流のまわりには全長一キロ、幅数百メートルくらいありそうな中洲が数個も形成されてたりする。

そこには新興住宅地や新しいホテルなどが建設されていて、市内から橋を渡って簡単に歩いていけるんだけど、その中洲を一周、更に渇いた川を渡って次の中洲をまた一周。どんなにあがいたところで、肝心かなめ、川南に行こうとするわたしを遮るのはキチュ本流。


さすがに本流だけあってこの時期でも流れは速く水深も軽く胸くらいまでは浸かりそうな水の色。


もう少し温かくなったらピクニックのチベタンもいて少しはにぎやかになるんだろうけど、まだ日中の最高気温は10度程度でしかも今日は曇り。洗濯している坊さん2人以外にほとんど人の気配なし。


野生のネズミが走り回ってる姿や、水鳥が垂直に川面につっこんで小魚を加えて飛んでいく姿なんかを見ながら、


野生ネズミ.jpg

◎参考写真1:これは野生のジェリー(鼠)。家のジェリーも愛してあげてね


すでに出発から2時間近くが経過。


最初にもう少しちゃんと地図を確認してりゃ、あの大橋(はるか先にかすんで見える)まで、ところどころ小便臭いながらも一応アスファルト舗装の道路を歩いて行けたんだけどなぁ。昼飯代わりのおやつ「ピーチ味のグミ」もほとんど食い尽くしちゃったじゃないか


とにかく、そんな愚痴をこぼしながらもどうしようもないから橋までまたてくてく。ようやく辿り着いたのに、いかつい顔の解放軍兄ちゃんに


「向こうを歩け!」


と注意されながら、全長500メートルはあるような「クル・サムパ(ラサ大橋)」を渡り終え、念願の川南へ。そこは三叉路。右に行けばそのうち「ラサ駅」にたどり着けるはずなんだけど、視界には山肌とさっきまでさまよった河原以外に何も見えず。


で、正面には経文が印刷された五色の旗「タルチョ」が、それこそおびただしいほどはためく、何だか意味ありげな山。

急な斜面をジグザクに登っていくチベタンの姿もちらほら見えるわけで、わたしの本能が急きょ路線変更を指示。


ここに行っちゃえよ


だって(笑)。


確かに未だどこにあるか見当もつかない駅を目指すより、間近にゴールが見えてる方がやる気も出ようかというもんだけど、この高地にあって、首を45度くらいに見上げなきゃいけないような上りは決して楽な選択じゃないでしょう。


でも決めちゃったからには前に進むしかない。


わたしの歩みも高地登山モードにギアチェンジ。

深く息を吐くことに重点を置いた呼吸。誰にも負けないくらいにゆっくりと一歩ずつ、一歩ずつ。なるべく上は見ない。それは残りどれくらいあるかにいちいち絶望したくないから。下も見ない。どれだけ上ってきたかの楽しみは最後に取っておきたいから。


ところでこのお散歩中、ずっとiPod(20GB)をランダム再生で聞いてたんだけど、ここに来て流れてきた曲が


ど〜ぶね〜ずみ〜みたいな♪


そう。あろうことかTHE BLUE HEARTSの「リンダ・リンダ」。



おいおい、やめておくれ


ごめんよヒロト、すまないマーシー。
こんなところで縦ノリは危険すぎるよ。息が切れて気絶しそうだよ


生まれてはじめてリンダリンダに心奮い立たせられず、逆にブルーな心になってしまったのでした。



そんなこんなで一歩一歩をかみしめながら進んでいけば、だいたい上り始めてから20分。標高150mくらい上がったところで目的地っぽいところに到着。さすがに見晴らしは最高。ラサの町並みが一望。そして


キチュ河原.jpg

◎参考写真:わたしがさまよい続けたキチュの河原。何とも無駄なことしたもんだ



山頂まではまだ道半ばくらいなんだけど、香が焚かれ、先入りしていたチベタンの家族連れが楽しそうに経文などが印刷された正方形の「ルンタ」やツァンパを勢いよく空にばらまき、それが気流に乗って空高く舞い上がったりしている。


あと、どこからやってきたか羊たちも数匹。ツァンパで作ったお供え物を失敬しようと虎視眈々に人間さまの様子をうかがってたりもする。


一歩足を滑らせちゃうと急転直下、百数十メートルだったりするけど、なんか居心地いいところで、寒くなればたき火(本当は神聖な香炉)にあたりながら、1時間近く山肌をうろうろうろうろしてしまいましたな。


ブンパ・リ.jpg

◎参考写真3:山の上で唯一見つけた仏像。タルチョはご覧の通り超無数に



宿に戻ってガイド本を読めば、この山の名前は「ブンパ・リ(ブンパ山)」。クンドゥン(ポタラ宮の主)の誕生日にお祝いする山らしく、なるほど中国語のガイドには何も書いてないわけだ。


さて、何度もいうけど本日は日曜日。
昼間からビールを浴びてもいい訳で、


ほどよい疲れ×かなりの空腹×富士山並みの高度=瓶一本で酔いは最高潮


それはちょうど、ダラムサラでオールドモンクを飲んだとき以来の心地よさに包まれたのでした。あの時は翌日原因不明の高熱だったんだけど…


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2006年03月18日

これでラサ≠アウエー




ラサ入りして初めての週末なんだけど、こちとら単なるぷーたろー。


平日だからしなきゃいけないことも、休日だからしなくていいことも何もありゃしない。そのうち曜日の感覚も日付の感覚もなくなるんじゃないか。


それじゃいかん


というわけで、平日を人さま並みに頑張ってみるためにも、週末は若干自分に優しくしてやることにしたのです。世間体など気にせずに自由自在に振る舞いなさいというわけ。


例えば、

土日を利用した小旅行に行くのもいいではないか

日本人旅行者たちと夜遅くまで飲み明かしてもいいではないか

五体投地でバルコルを回ってみたってOK牧場よ



で、本日は昼間とっても眠かったんで初週末を利用してお昼寝タイム


となっちゃうとここで日記もThe End。


これじゃ本日のタイトルにもたどり着いてないわけで、いまだ把握できていないラサの町並み、少しは理解度を高めましょう、頭の中の白地図に色々かき込みましょう、とお散歩スタート。


ポタラ宮前を通り過ぎ、お気に入りのサクラの開花具合を確認して(間もなく登場予定!)、さらに歩みを西に西に。ヤクホテル前から続く北京路もここまでくればもう完全に新しく開けた漢民族エリア。


喉渇いたんで入ったスーパーで日本酒「松竹梅」(四合瓶)を見つけて小ラッキー。もちろん買ったのはスプライトだけなんだけど、なんかあったときに「使えるな」候補がひとつ増えて、脳内白地図に赤丸チェック入りました。


ところが、


「松竹梅くらいで赤丸なら、いったいどんな巨大花丸を書き込めばいいんだ」


くらいの出来事が発生しようとは…。スプライトのプルリングをまだ捨てれずに片方の指にはめていたそのとき、進行方向むかって左側にぃっ



ラサの玉林.jpg

◎参考写真:さあわたしの変わりに喜んでおくれ。チベットにもありました“我が家”


玉林串串香についてはもう語らずとも皆に伝わるはず。


激辛四川料理の代表格「火鍋」を愛するあまり、本国復帰が基本的困難な日本人が組織するチームが火鍋隊。そのホームグラウンド(主戦場)こそ、成都に総店(本店)を置く「玉林串串香チェーン」だったりするわけで、わたしも隊の末席を汚す一人。


ここラサにも「玉林」を見つけたってことは、チベットももはやアウエーではなし、ってこと。


約1週間前に成都で「玉林」を済ませておいたおかげか、問答無用で店内に吸い寄せられるほどに危機的状況にはなかったようで、一応は“普通人”を装って素通りしておいたものの、もう完全にロックオン。


何も知らない無垢な旅行者たちを巧みな話術で囲い込み、高山病も真っ青、真っ赤な血の池地獄を体験させるという使い捨て御免の「にわか火鍋隊物量作戦」という新たなプロジェクトも生まれそうな勢いやね。


とにかく、食に限ってはかなり貧弱なチベット。火鍋ライフが確約されたことは何より大きな成果でしょうよ。



とにかくそんな妄想ばかりをふくらませながら、足取り若干軽めになってあてもなく西進を続けるわたし。

そして気がおもむくままに北に方向を変えると、いつの間にか漢民族エリアすら抜けて、本当になにもないエリアに。


「拉魯湿地自然保護区」


というらしいんだけど、湿原自体には柵が張られて入れないし、観光客の目に届かないような渋い寺院くらいあればまだいいものを、まわりには共産党の区行政学院、区党校とかしかなくてかなりブルー。「お開きモード」が急激に高まっていくばかり。


シ原ポタラ.jpg

◎参考写真2:せっかく来たんで、ポタラの恥ずかしい後ろ姿だけはばっちりね。


この角度から見ればラサも単なる田舎。なんかすごい遠くまで来たような感じでしょう。はい、実際疲れたんで、今日はもうさよならね。



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2006年01月19日

せこいのはわたしです




「ダブル導遊(D・D)」本日のミッション。



れでぃには

しょっぴんぐにて

よろこびを
          (読み人知らず)



ということで

どんな観光地に連れてくよりもおそらくは効果的。
買って買って買い倒れてもらうことにしました。



はじめは青羊宮近くの骨とう市場。


古札、絵画、ろうけつ染め、仏像、玉、服、絹製品、昔の漫画、毛沢東語録…


とにかく買いそうな人がいそうな雰囲気がちょっとでもしそうなモノだったら、ダメもとでならべちゃえ


みたいなものまで売ってるから、とにかく西洋で言うところの「のみの市」チック。


でもわたし的に触手の動くものはなし。


でも日本からのめいにゅう2人組にとっては、色々とくすぐるところがあったみたいで、



自分で石を選べる翡翠のブレスレット
翡翠の小石を使った携帯ストラップ

手織りっぽい小物入れ(巾着?)

怪しげな虎の置物


などを続々とゲット。



ちなみにこの日の成都

体感気温4度、風吹きすさけば1度。


よくもこんなに寒いのに買い物する気になるねぇ〜


あぁ、ホカロンですか。
準備のいいことで。


すごいねぇ〜

すごいねぇ〜



多分今が一日のうちで一番温かいはずの時間帯なんだろうなぁ


と思いつつも無駄な願望。
つま先を凍らせながらのバス移動。


成都北駅を過ぎ、線路の下をくぐり、一気に途上国っぽい風景の広がる成都北部エリアへ。


物欲第2ラウンドの舞台となるのは


「大西南茶葉専業批発市場」


成都にある大きな施設が大概そうであるように、ここも多分「中国西南部一」のお茶マーケットなのではないでしょうか。


でも、例えばかつて授業で参観したここ→
http://itoyama.seesaa.net/article/4059868.html

のように、中国各地(含台湾)からありとあらゆるお茶が集まってきます



と言うわけではないみたいなんですが(苦笑)…。


でも町中よりは品揃えは格段に違い、たぶん値段も安いはず。


もちろんそんな些細な比較なぞ日本から乗り込んで来た買い物女王たちにはまったくの無関係なようで、


試飲して感動→購入、

試飲せず衝動→購入

試飲して購入、更に追加購入


の繰り返し。
結局のところ、


緑茶
ジャスミン茶
烏龍茶
プーアル茶
花茶



この市場に売っている主立ったジャンルのお茶はすべてフォローしたんじゃないでしょうか。ほんとうにどん欲です。



ちなみにわたしたちと同時並行的に、もう一つの日本人グループもこの茶葉市場を徘徊しており、同じくどん欲に茶っぱおよび茶器を購入していった模様。


みなさん

わたしは本当に頭が下がります。わたしなんて、わたしなんて、出される試飲のお茶をただただこつこつと飲み干すのみ。

いっぽうで、アポロチョコ(円すい)型に固めた、おそらくは一個数角(≒5円)程度のプーアル茶を2個もらったときなどは、それだけで気分よくなってしまいました。まあせこいもんです。




それにしても「買い物」というニンジンをご提供したおかげで、来賓のお二人にここまで満足していただけるもんなんですね。本日はまんざらでもない感じでいられた「DD」なのでした。
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2006年01月18日

いまさらのパンダ基地



塾長の高校時代の同学(同級生)が幼なじみと成都にやってきました。


辣煙旅情美女2人旅


といったところでしょうか。
ネバーランドという名の「底なし沼」にまたしても無防備な子羊たちが誘い込まれたわけです。


これは日系四川人として丁重に遇せねばなりません。とにかく


「おもてなしの心」


なのです。

塾長とわたしの「ダブル導遊(DD)」の出動。


ショッピングをはじめに柔らかめのジャンルは塾長
日中問題の未来までも見据えた堅めのテーマはわたし


この「DD」。
まさに完璧な組み合わせです。



いきなり四川の洗礼を喰らわしてやろうと、「成都大熊猫繁育研究基地(略称:パンダ基地)」にお連れしました。このパンダの繁殖センター。成都市内にあって合計十数頭ものパンダを屋外で気軽に見ることができるという格好のお手軽観光ポイント。わたし的には3回目。塾長にいたっては8回目だそうです。


もう庭ですな


そりゃもう何の心配もありません。
日本からの2人。
可愛そうだけど120%満足させてあげましょう。


と思ってたんですが、


塾長。


ただのデートではありませんか。
あなたのは。


そりゃ女朋友(同行者)は大切ですよ。

ですが、日本を離れてまだ24時間経っていない人たちにその中国式全開のいちゃつきモードはいけません。


二人は鳩が豆鉄砲で目がテン
完全放置プレイを喰らっておりますよ。




レッサー.jpg

◎参考写真1:そりゃあくびも出るわな。小熊猫(レッサー)君





パンダ.jpg

◎参考写真2:いやいや大熊猫の方はなかなか興味津々みたいで



要するに、

日系四川人の生態(なれの果て)もつぶさに見てもらった


ということですかね(笑)。



さてせっかく導遊(ガイド)気分なので観光情報謎を追加で。


このパンダ基地に行くには1番バスの乗り継ぎが便利。


武候祠前からは町の中心部(塩市口)を経由して石羊場(昭覚寺)バスターミナルに向かう市内1番バス。ターミナルでは郊外行きの1番バスに乗り換えてください。市内向けがが多数発着する乗り場から南にちょっと歩いたところが市外ボロミニバス乗り場。でもちゃんと敷地内です。長距離バスの停車場のような所でしょうか。停車して客待ちしてるとは限りませんからとりあえず


「熊猫基地、熊猫基地」
「ションマオ・ジーディー、ションマオ・ジーディー」


と連呼しながら正しい場所に近づいて待ってみてください。


とにかく武候祠から合計2元(30円)でいけます。


何のためらいもなくタクシーを乗れる方。
パンダ基地までは片道30〜40元(500円前後)でしょうか。
3,4人の連れだったらこっちの方がお得なような気がします。



入場料は30元。
学割はききません(怒)。



お土産は基地前のロータリー付近に何件か店(私営)が出ています。


はっきり言ってぼってきます。
全長20センチ程度のパンダ人形、パンダ型のスリッパだったら20元までは下がります。
それ以上まけさせかったら、


「栞(しをり)をつけろ」


と言ってみてください。
一つ一元のセット(4枚入り)を結構簡単につけてくれます。


あと、最後に。

やっぱりパンダ基地には朝行きましょう。
12時過ぎだとオヤジ連中(3歳以上?)を中心にだらけモード。
稼働率はかろうじて4割程度でした。



基地内は結構広くまた起伏もあるので、歩きやすい靴と飲み物も装備すればあなたの思ひ出、ベターがベストに変わることでしょう。



参考サイト:

成都大熊猫繁育研究基地(中国語)
http://www.giantpanda.org/pandabase.htm
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2006年01月09日

有明の珍味をいただく




むつごろ、めくわじゃ、はぜぐち、あげまき、わらすぼ、こうけ、くつぞこ、うみたけ、わけんしんのす、たいらぎ…



またしても始まる呪文のような言葉。
でも今回はこれ(→http://itoyama.seesaa.net/article/11108613.html)のように方言じゃありません。



いや、待てよ。

方言か?

でもこっちが本場のもんだってあるんだから、方言というのも誤解があるんじゃないか?



Ans.宝の泥海「有明海」に息づく珍味さんたち




有明海といえば佐賀、福岡、長崎、熊本4県に囲まれ、干満の差が世界でも類を見ない6メートル、底土は「がた」と呼ばれる粒子の細かい泥(ドロ)。この2つの特殊な環境が有明海にこの世のものとは思えないような、少なくとも深海にしか住んではいけないような生き物たちを育んでおります。


でもこれが、


知・る・ひ・と・ぞ・し・る・美・味


なんでございます。


見た目が「うぇ〜っ」でも、ほっぺのおちる食べ物は何も中国やその他「怪しい国」だけの専売特許ではありませえん。そしてこの海の産物こそ、環有明海的住人のわたしにとっては「ソウルフード」。→http://itoyama.seesaa.net/article/11349823.html

とくに酒飲みにとっては(笑)



そんなわけで、宝物の一大集積地、福岡県柳川市にお出かけです。


川下り、旧城下町として有名な柳川ですがマニアには「珍味の里」なわけで、魚屋の品揃えも超マニアック。垂涎の味がそろってます。



もちろん、わたし一人でこんなシブすぎることをしてるはずはなく、


はぜぐち
はぜぐち

はぜぐち



と行きの自動車、ハンドル握りながら何度も口にする父親。そのたびに相づちをうつ母親。この2人のベテランに金魚のフンをしているだけなのが実情。



さて、魚屋にて。

有明海珍味1.jpg

◎参考写真1:この平和な光景のなかに「悪魔の落とし子」たちが潜んでいます



おります。をります。
ぱっと見ただけで、


むつごろ、めかじゃ、あげまき、くつぞこ、うみたけ、わけんしんのす、たいらぎ


貝類、魚類、??類な奴ら。


でじつは父親ご推薦の「はぜぐち」。

わたしは知りませんでした。


ハゼかと思えば、でかさが違う。
体長30センチを超えているのもざら。

冬に旬を迎えるというこの魚。
とうぜんどの店にもおいてありました。


でかいのから4匹を購入。


さらにフナも25センチ級2匹購入。

この辺りでは田んぼの周りにクリーク(ほり)も多くて、古くからそこに育ったフナをたべます。これはお刺身用。日本酒にチョ〜合うとは父の弁(半嘘)。


別にゲテモン専門店ではないんで、もちろん普通の魚もあり。丸々太った新鮮いわしも4匹ほど。


しめて3300円。

高いのか安いのか。

元換算だけはしないでね。



さて帰宅。
我慢して日が暮れるのを待ちます。


有明海珍味2.jpg

◎参考写真2:さばかれる直前のはぜぐちさま。このあと頭と骨だけに…



ちょっぴり小麦粉をマブして、新しい油でからっと揚げる。
フライをいただきました。調味料は塩だけ。ね。


見た目ごっついはぜぐちですが、身は淡泊な白身。


それでころか一口ほおばってびっくり。かりっとした表面とは対照的。身はほくほくのほろほろ。色んなフライを食べてきましたが、ここまで身が口の中でとろける感じは初体験でした。

歯ごたえを楽しみたければ骨のフライをどうぞ。身の部分と全く違って、はからっと揚がって香ばしさ満点。



食わず嫌いに一文の得なし


かつて何度も身をもって体験したことで、わたし的にはもう当たり前の「生きる方針」なんですが、これまでの


見た目気色悪いのが実は普通にうまい



のとは次元が違います。
このはぜぐちの場合は、


見た目うまそうなものよりも何倍も超絶うまい


でしたね。

ただあまりに予想以上のうまさだったので、酒の方が準備不足。とりあえずビールと一緒だったんですが、何とあわせていただくのが最高か、それを考えたくなるくらいの極上品でした。


もう一度心の準備をして出会いにいきたい


と思える、いまんとこ帰国中最大収穫となったはぜぐちさまでした。




追伸:冒頭に登場した有明の生き物たち。興味のある人はこちらをのぞいてみては。
   →http://www.tca-laruche.co.jp/yoake/yoake_sch01.htm


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2006年01月06日

センスないのどっち?



九州国立博物館。
知名度は一体どれくらいなんでしょう。

特に九州以外の人には。


昨年10月に日本4番目となる国立博物館として福岡県太宰府市にオープンしたばかり。わたし的には前の仕事でけっこうな関わりがあったし、「アジア史の視点から九州、日本をみる」というコンセプトにも工作人時代はあまり大っぴらにできなかったんですがシンパでした。今回一時帰国を決めた際、「行きたい場所リスト」ではかなりトップにランクされてたわけです。


なら、もっと早く行けよ


なんですが、いかんせん九州国博は太宰府天満宮のお隣りさん。



これがどういう事かって?

正月三が日で約200万人の参拝客にまみれなきゃといけないってことですよ。


しかもちょうど元日から開館記念特別展第二弾「中国 美の十字路」が始まったというタイミング。


博物館に入るどころか手前数百メートルで動けなくなる恐れだってあるわけ。


「何もあげん混んだとき行かんでちゃ、ねぇ」


平時なら車で30分。
地(じも)ピーらしい余裕ある態度です。



で本日。お昼ご飯を食べてからの余裕の出発。


で入館まで要した時間。


…2時間以上。


雪にやられました。初詣渋滞ならぬ「交通規制渋滞」。

塩に対するナメクジのように雪に対して弱すぎる九州。たかだか積雪数センチでも高速道路は通行止め、片側通行になる一般道路もあったり。わが鳥栖から太宰府までの道は九州交通網の大動脈なわけで、いくらマイコンピューター内の抜け道情報ナビを動員したところで、結果として初詣渋滞と同じ結果になってしまいました。


とくに最後の約2キロ。

九州国博は山を切り開いて作ったんで、積雪は数センチよりももうちょっと手強い状況。ハンドル握りながら「おいおい。ローギア運転なんて『想定外』よ」と思ったもんです。




で、辿り着いた先の「中国 美の十字路(China,Crossroads of Culture)」。
一般1300円、高大学生1000円なので堂々学割入場です。



今回の企画展では、当代一(駄)の世界帝国「唐」ができあがるまでの後漢(25―220年)から唐(618―907年)の間、中原の民と沙漠の民、草原の民、山岳の民たちとの交流を示す仏像やレリーフ、金銀器、ガラス製品など文化財210件(含国宝級133件)を展示。


現代の中国にも通じる「あの国のかたち」が固まるまでのぐらぐらした時代。シルクロード、ステップロード、茶馬古道等々を通じて中華民族と周辺民族が混じり合った当時に思いをはせるには格好のテーマでしょう。わたしのツボにも「ドキュン」。



実際に大同やカシュガル、トルファンなどの博物館でお目にかかったことのある作品との再会がありました。



基本的に大満足なんですが、ちょっぴり難くせるならば、コンセプトで示した「東西、南北文化の交流」をもう少し展示の現場でも説明してもらった方が分かりやすいのではないでしょうか。


せっかく打ち出した「交流の流れ」ですが、現場では単品、単品の説明に止まっているようでした。たとえば他地域で発掘された文化財との類似性を写真で示すとか、展示品にゆかりのある文献なんかを示すとか。

専門家は眉をしかめるかもしれませんが「世の中金」(笑)ですから、当時はいくらくらいで作られ、右から左北から南に移動していく間にいくらくらいで取引され、それが今はいくらくらいで(鑑定団的に)購入できるのか。


とにかく人が生活していたという香り(息吹)が伝わってくるようにしてもらったらわたし的には面白いと思いました。




かんぜん期待はずれだったもの。


絵はがき。


インド式の仏像やガンダーラっぽい彫刻、さらに「向こう」の地中海沿岸モザイク画みたいな織物なども少なからぬ展示されてたわけですが、絵葉書屋(スーベニアショップ)に売ってないのよ。


200数十点の作品から絵はがきとして売り出す10枚程度を選び出すのは難しい作業、もしかしては版権関係の手続きで簡単、難しいもあるのかもしれません。


でもね。

絵はがき収集を履歴書の趣味の欄に書き続けている(一度も面接などでいじってもらったことはなし)わたしですから展示を見てる段階からお気に入りをチェック入れてるわけですよ。

それが参観終了後のお店で、絵はがきとして売ってたときのうれしさといったら、もう例えようがないもの…。

今回の勝率は一割くらいでしょうか。


棺榔.jpg

◎参考写真1:辛うじて今回購入したもの。ペルセポリス@Iranを思い出しました



ちょっと強気に言ってもいいですか。


センスねえよ


次の企画展も楽しみにしとりますから、ぜひ一枚一枚(150円!)に托したいわたしの思いに答えてくださいね。九州国博さん。



追伸:

九州にて。
飲んだ後のシメは屋台でとんこつラーメン。
九州国博参観後のシメは太宰府天満宮へどうぞ。


太宰府天満宮.jpg


◎参考写真2:わたしも一応お参り。漢詩は得意な学問の神様にチベ語使って
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2006年01月03日

さあ旅人モードやねぇ




正月も3日目になれば、食ったもちの数も2桁台。紋付きはかまも「とぉ〜しぃのはぁ〜じめ〜の♪」ももうお腹いっぱい。足りないのはお染めブラザーズによる「おめでと〜ございま〜す」くらい(悲)。


いらないものは腐る前にそぎ落としましょうと、わたし的に本来の居場所であるはず「文化のかほり」するところに出かけることにしました。



まさに、

おせちもいいけどカレーもね


です(←桁ハズレ)。



向かったのは福岡アジア美術館。
http://faam.city.fukuoka.jp/home.html


ところで。

わたし佐賀県民ですが、県境越えるからってたいしたことはありません。
福岡市までは電車で30分。完全テリトリー。普段着のお出かけです。




現在開催中は


「よみがえる中国歴代王朝展」(一般1200円、学割800円)


うわっ。

あの顔です。


ぴんま〜よん

兵馬俑


私の一番嫌いな始皇帝の忘れ形見。
http://itoyama.seesaa.net/article/3997405.html

こりゃあよくない。
見たくもない。



別の展示場ではこんな催し。



「アジアの旅に出かけよう!」(一般200円、学割150円)


問答無用でこっちに入りました。



アジアの芸術家たちが「旅」をテーマに写真やオブジェ、実際のパフォーマンスで表現した作品を展示してありました。


能書きはかくかくしかじか、こういう事(アジ美HPから)。



アジアを観光する

アジアは、マルコ・ポーロ以来、多くの西洋人が憧れた地であり、今もなお、多くの人々が明るい日差しや広い空と海を求めて、またアジアらしい珍しい風物や名勝の地を訪ねて、あちらこちらの観光地を旅行します。旅先では、その土地にちなんだお土産を買ったり、近年では免税店で高級ブランド品を買うことも、海外旅行の楽しみのひとつとなりました。観光からの収入が一国の経済を支える程に重要視されるようになった近年、逆に、こうした消費の象徴としての観光を批判的に作品に表現するマニット・スリワニチプーンなどの作家も現れるようになりました。


アジアの作家、世界の名所をめぐる

欧米人がアジア各国を旅行する一方で、近年まで、多くのアジアの人々にとって、欧米に留学や移民することはあっても、世界的に有名な名所旧蹟をめぐる旅に出かけることは一般的ではありませんでした。そこで、観光地として一方的に見られてきた側のアジアの作家たちのなかには、逆に自ら欧米の典型的な観光地を訪ねて記念写真を撮って作品とし、アジアから欧米を見返す視点を生み出そうとするツェン・クォンチなどの作家もでてきました。また、ワン・ジュンジエの「万里の長城」や「上海」など、旅行者の期待どおりの観光地の情景が、実は仮想的な現実であることを示すなどして、現実をアイロニカルに表現しようと試みる新世代の作家も登場しました。


自分を探す人生の旅

アジアの作家たちは、地理上のアジアを旅するだけではなく、植民地支配からの独立後、アジア人としてのアイデンティティを模索して旅してきました。それは、作家の生まれた国における民族的なアイデンティティであったり、アジアに生きる女性としての生き方であったりしますが、作家たちは実際に身体を移動させて旅をすることに、自分自身の人生を重ね合わせて作品を作り続けてきました。

私たちもまた、ここではないどこかのアジアを旅することで、アジアに生きる私たちのあり方を見つけることができるかもしれません。アジアの旅に出かけよう!



アジ美作品.jpg

◎参考写真:アジア美HP《アジアの旅に出かけよう!》展覧会詳細情報から



アジアには今、


若者たちがあふれているらしいです。


韓国人バックパッカーはすでに日本人を上回る勢い。タイやマレーシアなど新興諸国の「ぼんぼんorエリート出身その後ドロップアウト系」たちもうろうろし始めてるらしいし。中国でも書店には「アジアを歩こう」なんていういたいけな若者をあおるたび本がとにかく増殖中です。


こうした現象は旅人たちにどんな変化を及ぼしているのか。それは旅をする上での「環境破壊」にはなっていないのか。


わたしも若者の範疇にいるんです(断定)が、中国以外のアジアにはもう5年くらい出かけてません。頻繁に出かけてた頃からは8年以上たってしまいました。


そんな現状を見てみようと思いませんか?

思うでしょう。思うでしょう。


何でもほしがり屋さんなので、現代の変化を確かめるだけじゃなく、自分の過去をたどってみて、未来の足がかりも捕まえときたい。



どっちかっていうと気鋭のアーティストたちの作品群は触媒。
もちろん純度は相当高いからその効果は抜群。


展示スペースに身を浸していた1時間くらい、脳みその中でアジアの地図を拡大縮小させながら、観光地リストの分厚いページをめくりながら、旅の計画への思いを高めるわたしでした。

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2005年12月30日

マジで転職を考える!?




とは銘打ってみたものの、わたしこの一年半、働くことを完全「放棄」しております。


NEETじゃないよ。誰が言ったか


「永遠の留学生」


だから転職のしようがありません。



でもちょっと最近周りが臭いんです。


風呂には入ってます。


「きな臭い」の方でした。


どうやらわたし。

某巨大圧力団体による嫌がらせを受けてるみたいなんです。自分が被害者なのに「らしい」とはのんきなもんですが、なにも実害はないもんで詳しいことは数日後にでもお話しするつもり。


とにかく、

このブログにて牧場主をこのまま続けられるのかどうか、その瀬戸際に立ってるのは間違いないみたい。電子顕微鏡を使って数万倍ほど大げさに言うならですけど。


で、転職先(ブログの向かう先)として思いついたのが、


「川漁師」


なぜならわたしは


「野山に生きる」(by美人秘書)


からです。牧場でなければ山か川しなないチベット。山の方はきつそうじゃん。




川漁師になるにしても下調べが必要ってことで本日、息子の知らぬ間に某漁協の漁業権をゲットしていた父親たちについて、大分県日田市まで川魚捕りに行ったのでした。



川漁師1.jpg

◎参考写真1:九州一の大河筑後川の支流「高瀬川」。水は綺麗。でも冷たい



まあ父親の本職は自動車屋ですから、漁といっても他愛のないもの。胸まで続いたゴム長靴を着込んで川に入り、魚がいそうなポイントを見定めては網を張り巡らせ、魚を追い込むというもの。


基本的に水深は深くても70,80センチ。魚は地元では「ハヤ(ウグイ)」と呼ばれる隊長せいぜい十数センチの種がメーン。なぜ「ハヤ」を捕るのか。単に「酒のつまみに最高」というのは父の弁。わたしじゃありませんからね。


あと同じような場所に住むってことで網にはマブナ、コモツカ、クチボソなどもかかるときはかかるらしい。でもどれが正式名でどれが地方ルールの呼び名なのかは分かりません。



とにかくポイントは、魚のいそうな所を見つけられるかどうか。


いくら網で囲んでしまうといっても、いくら魚のいない場所に仕掛けたところでかかるのは水草や枯れ木、枯れ枝しかありません。


一度目はまさにそんな悲惨な状況でした。


晴天とはいってもやはり真冬の一日。風が吹けばぶるっとくるような寒い思いして、さらに滑って全身びしょぬれにならないよういつもの何倍も注意して川の中を歩いたのに一体何だこりゃ


と思ったもんです。



せっかく四川帰りの息子を連れ出したのにこれじゃばつが悪いと思ったんでしょう。場所替えにはかなり慎重な様子のお父上。


「ここならよか」

と言って選んだのは護岸改良が行われている工事現場。幸い正月モードのために工事自体は行われてませんでしたが、立ち入り禁止テープも張られたかなりのグレーゾーン。


「相当なりふりかまっとらんな」


これでとれなかった場合はこっちが気つかうよ。なんて考えちゃうくらい。



ところが、



川漁師2.jpg

◎参考写真2:網をかけてものの数分でこうなってしまいましたよ。



わたし実はニッカのシングルモルト「竹鶴」(180ml)をポッケに忍ばせ、隙を見つけてはちびり、ちびりとストレートやってました。


大自然との会話を楽しみしながら、一人フライフィッシングを楽しむ外人さんみたいやね


なんて魚の収穫などあまり興味なし。
久々に飲むウイスキーの芳香にご満悦状態だったわけですが、そんな暇もなくなってしまいました。


次から次に網にかかるアホハヤどものせいで、魚たちを網から外す作業に大わらわ。網自体単純な仕組みなんで、油断するとすぐに逃げられてしまう。さらに基本的に網から魚を外すのは水の中での作業になるんで、もう手が冷たいったらありゃしない。凍ってちぎれそうさぁ。


ウイスキーの酒精パワーなど全5分も持ちませんでしたよ。まったく。



川漁師3.jpg

◎参考写真3:結局主催者発表で300匹の大捕物となってしまいました




ところで帰宅後。

ハヤのから揚げをパリパリ食いながら、ぐびぐびビールを飲んでいたときに考えてみたこと。



チベット人は魚をほとんど食べないんだよね。


理由をある人(イエンレン)に聞いたところでは、「魚は小さい」からだそう。


小魚も人間も牛も皆等しくひとつの命を持っている。

人が生きるために命を殺めることはある意味避けられない「業」だけど、ひとつの命を奪うのならば、できるだけ多くの人たちの胃袋を満たす方がいいに決まっている。だからチベット人は小型の川魚はとらず、もっぱら巨大なヤクを食べるのだそう。



チベ人がもしIWC(国際捕鯨委員会)に投票権を持っていたなら、ぜったい鯨肉賛成派になってくれるはずですね。クジラはでかいからね〜。



ですが、チベ人川漁師はあり得ません。


わたし自身はまったくもって敬虔な仏教徒ではないものの、どうやら


「チベット☆OK漁場」


は実現しそうにありません。



やっぱり牧場系で何か考えることにしましょう。

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2005年12月28日

自己修復したかPBG4




我が子を入院覚悟で病院に連れて行く親御さんの気持ち。
一足先に体験してきました。


もちろん溺愛の母親役はわたし。そして子役は目の中に入れても痛くない(笑)、それどころかハードコンタクトレンズよりも役に立つわが愛機「PowerBookG4(12inch)」。


MAC事情の極めて貧弱な中国。そのさらに西南の端っこにある成都にあってPBが「ぷしゅん」と逝ってしまったのは1カ月半前。




パソコン自体は何とかだましだまし使い続けてきましたが、やはりDVDドライブは一度も使えず。だってもし「恥ずかしいもの」なんかを見てるときにまた「ぷしゅん」となって病院送りになったとしたら、愛しあった後も離れることができずに救急車で搬送されるしかないカップルみたい。超恥ずかしいじゃない。


あっ、しつれい。
品行方正なわたしにはありえない話でした。
ウケ狙いでも「下ネタ」「駄洒落」はいけません。



そんなわけでPBG4の修理は日本に戻ってきた理由のひとつ。ちょうど今月初め福岡にも「Apple Store(http://www.apple.com/jp/retail/fukuokatenjin)」がオープンしたということで、出かけてきました。流行の最先端地へ。


場所は西鉄福岡駅から徒歩5分。西通り沿い。おしゃれなとこです。



これもすべてiPod人気のおかげでしょう。
店内は100平方メートルくらいでしょうか。
パソコンショップというよりギャラリーみたいな感じ。



店内の雰囲気が違います。
匂いが違います。


この福岡でもかつてはT-ZONEなどの東京系パソコンショップがマック専門店などを開いては、、、閉じてきた(笑)んですが、30代以上ちょっとこぎれい、ちょっと長髪気味、でもメガネしているおっちゃんたちが客層のメーン。


でもここはまるっきり違います。


まず女の子がいます。
髪の毛は茶髪の方が多いくらい。
ボンダイブルーの初代iMacの時には見られなかった現象。


知らん間にほんとiPod人気の裾野は相当広がったみたいやね。

まあ、中国の端っこ蜀の都でもShuffle下げてるお姉ちゃんたちを見かけるようになったくらいですからねえ。



「すいません。修理してもらえますか」


「はい、こちらへどうぞ」(店員)


といわれて連れて行かれたのは店内数十台あるのパソコンの前。
どうやら修理申し込みはネットによる予約制のようで、同社HPの福岡アップルストア上のサイトにてGenius Barを予約しました。


「次からお越しの際は事前にこのようにお申し込み下さい」


だって。
せからしか。



「Genius Bar」という名の通り、店内の一角には、天才そうな店員がいるバーカウンターのようなテーブルがあり、そこで相談を聞いてもらえることに。



「あのう。この子が、ううっ、この子がぁぁああ!!」


と、ここまでせっぱ詰まってたわけではなく、ただ冷静に11月16、17日の日記をおさらい。するとどうでしょう。わたしの目の前のジーニアス


「えっ、中国で修理したんですか」(G)


とまるで改造パソコンか何かを眺める様な表情をよぎらすわけです。


「一応修理会社にもアップルのマークはあったんですが…」

というわたしのフォローもあまり聞こえないみたい。


「とにかく原因分かるにこしたことありませんが、わかんなくてもDVDドライブを交換してもらいたいんです」



「…では試しにCDを入れてみますね」(G)

「はい」




「大丈夫ですね」(G)

「もう一回!」




「やっぱり大丈夫ですね」(G)

「大丈夫だったらどうなんです?」





「DVDドライブの交換はできません。ルールです」(G)

「えっ、でも…。確かに『ぷしゅん』と逝ったんですよ。理由はあるでしょう」




「…。…。では、ドライブ鑑定ソフトで検査してみましょう。30分くらいかかりますが。計帯電はお持ちですか」(G)


「はい。もってません。この辺うろついてますんでどうか夜露四苦!」



この30分間。


お前は一昔前の公務員か。何がルールやこのアホ。客が換えてて言ったら換えるんが客商売やなかとか


と思いながら、


無くなった電子辞書。
買い換え予定のデジカメ。
行方不明中のiPod Shuffleの代替機探し。


なんかをビックとヨドバシで品定め。
おいおいいくらかかるんだ、と改めて全身鳥肌。



で、ふたたびGeniusの面前。


「何の問題ありませんでしたよ」(G)


「はあ」


「ですが、壊れていたスペースキーを交換しておきました」(G)
「サービスですからお代はけっこうです」(G)



いやあ、アップルストアはよいとこです(笑)。



マックってのは昔から機械っぽくないわがままなところが一部マニアに好かれている理由だったりするけど、DVDドライブもたぶんそんな感じで治っちゃったんでしょう。ああ、これからずっとこの子のご機嫌とりしながら付き合っていくことになるんだろうなあ。



posted by 牧場主 at 09:03| 北京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | まちかど歩けば新発見 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月24日

《千里走単騎》を見て




わたしにとって聖誕老人(サンタクロース)は無口な高倉健さんでした。モノクロな健さんに赤色はとっても似合いそうにありませんが…


単騎千里を走る.jpg

◎参考写真1:中国で22日一斉公開された張芸謀監督の最新作「千里走単騎」


邦題は「単騎千里を走る」を見てきました。日本では来年1月28日封切り。だからちょっぴり優越感に浸るわたし。


成都では最高級設備を誇るという映画館「紫荊電院庁」。大人一人70元(約1050円)。学割(半額)きくかと思ったら「25才以下」ですって。


でもね。そんなことすぐ忘れるくらい、




泣きました。

中国人に混じって。


笑いました。

中国人に混じって。



いいっすね。

スクリーンで映画見るのって。



ストーリーの流れとともに館内にひとつの雰囲気が生まれ、クライマックスに向かって変化していく様子もまた、ひしひし伝わってきますよね。


そりゃあ四川ですから。

携帯に電話かかってきてもそのまま話す人なんかはいましたよ。


でもそれは幸いにして「これは日本とは違う映画の見方文化」なんだということで自分の納得させられる程度の可愛いものでした。



ところでこの映画の「地域性」「お国柄」ってのは結構面白くて、わたしの場合最初に海外で映画を見たのはドイツ。


ベルリンで見たシンドラーのリスト。

知り合った旅人に「面白い」とだけ聞いて入ったのですが、内容見てかなり衝撃。さらに館内にあかりが戻り、初めて周りの人たちを見ていると、観客の多くが70歳前後の人たち。当時は「戦後50年未満」ですから、そこにいたじいちゃんばあちゃんたちはみな第三帝国時代に青春を送った人たちな訳です。



インドでは映画が長くて困りました。

でも途中で「小便休憩」があるから大丈夫。インド映画では作品の途中に何度となく踊りのシーンが入るのはもう日本でも有名ですが、さらに驚いたことにインドの劇場では観客も歌います。映画公開前から劇中歌が売り出されているからなんですが、まあわれわれよそもんは「これがインドなんだ」と受け入れるしかありません(笑)。



盗版(コピー)文化花盛りの中国では…

映画館に出向くことなど本当ごぶさた。去年12月に「功夫(邦題:カンフーハッスル)」を深夜零時の封切り一発目に見に行った限り。でもあの時はひどかった。せっかく日本的「笑いの間」を取り入れた周星馳(チャウ・シンチー)の努力は水の泡。中国人の笑いのセンスに辟易したもんです。




で、ちょうど一年ぶりの中国映画体験。
作品の系統は180度違いますが、


あっ、ここやばいかも


みたいな目頭うるうるポイントでは同じように周りから漏れ聞こえてくるはなをすする音。中国人と日本人、やっぱ感情は通じてるんだ、とちょっぴり感動しました。



せっかくの期待作なんでできるだけ内容を理解したい、と最高級超優秀翻訳機ジエジュンジュさんと一緒に見たんですが、日本語シーンだけでなく全ての台詞が字幕付き。中国語を一年でもやってる人ならきっと内容の90%以上は理解できるはず。


あと映画の舞台は雲南省の世界遺産「麗江」とその周辺。

数日前の華西都市報で、同紙に寄稿した張芸謀監督が「雲南の方言は四川語と非常に似ていますから、四川の皆さんには特に映画を楽しんでもらえます」とPRしてたんですが、これは完全四川語です(笑)。昨日に続いてだいぶ分かっちゃいました。


だからこそ中国にいる人たち、特に四川にいる日本人にはぜひ見てほしいです。


金、金、金の世知辛い世の中、とくに現代中国
そんな「ええ話」なんて「切り取った一部」に過ぎんやないか



と思われるかもしれませんが、この映画で張芸謀監督が最も訴えたかったのは「顔と顔とを合わせ、人と人とが交流すること」だそうです。



自分もそれを見つけたいなあという気持ちはわき上がってきました





ところで「顔を合わせた人と人との交流」については番外編。


クリスマスイブ、成都人は多分世界で一番アホな夜を送ります。


春煕路1.jpg

◎参考写真2:宵闇とともに中心街春煕路に集まるアホ成都人ども


で、何をするかといえば、群衆がビニール風船(バット)で殴り合います。

なぜかバットのデザインは星条旗柄。中東系の某テロ組織のように「Down with USA」といいたいのか、欧州系の平和団体のように皮肉を込めてアメリカ一極主義を批判しているのか、は分かりません。


でも確実なのは、ここ数年間に始まった現象で、アホ騒動の主人公は「こいつらたまってそうだなぁ」とすぐ分かるような高校、大学生世代だということ。


春煕路2jpg.jpg

◎参考写真3:もちろん。麻辣な四川めいにゅうたちも豪快に殴り合ってます




今日はいろいろと素晴らしいプレゼントは貰いました。
中国で一番楽しかった夜はこうして更けていきました。

posted by 牧場主 at 00:00| 北京 | Comment(2) | TrackBack(0) | まちかど歩けば新発見 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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