2006年07月28日

長い長〜い佐世保の夜




日本列島東へ西へ、さすらい続ける旅がらす。

ようやく鳥栖の実家まで戻ってきたものの、われらが九州、もう少し西にまで進める余地があるようで、本日はホントに西の端っこ、長崎県は佐世保市に「出張」。


この佐世保という町。

おいちゃんおばちゃんたちはなぜか「させほ」と言います(豆知識)が、この町はかつての会社の同僚、入社はわたしがちょい早かったけど年齢は向こうがちょい上で、まだ今のところ勤め人のレールに乗ってらっしゃるイェシャンという大物のテリトリー。


大物にふさわしく金払いもいさぎよい彼に丸抱えで甘えるため、片道たった2時間程度の距離なのにこっちもリッチに特急利用。潮の香りとアメリカさんの香りが混ざりあったオンリーワンな港町、佐世保の空気を十二分に堪能することになるのでした。




「とにかくうまい魚食わせてくださいよ」


最初っからおごられ前提で突き付けたわたしの要求にイェシャンが応えた店こそ、日本一長いアーケード街の入り口左手にある居酒屋「ささいずみ」。


西海一の魚を食わせる地元じゃかなり名の知れたとこらしく、2階建てでかなりの広さなのに、事前電話して辛うじて1テーブルだけ空きがあったという人気ぶり。


酒は酒屋からの卸価格で、客が瓶ごと買い取りってシステムらしく、飲みきれなかったら当然ビンは持って帰らなくちゃいけないとのこと。とにかく「うちは魚を売ってるんだからそれ以外の儲けは不要」という心意気のすばらしい店らしい。


イカ、カワハギ、アジは刺身で。

刺身じゃ食えない部分もイカは天ぷら、アジは唐揚げに。

さらにイイダコの煮付け。

塩焼きも忘れずブリカマで。

アサリのみそ汁はアルコール漬けの肝臓にしみます。


とにかくこれが「今生の食べ納め」だと思うくらい、あらゆる調理法で新鮮すぎる海の幸をいただきつくした至極の約2時間。これでふたりで8000円ぽっきりなんだからたまらんね。



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◎参考写真:そして、夜の佐世保に繰り出していった我々でかいのふたり



佐世保といえば近年まれに見る勢いで佐世保バーガーブームでしょ


ちゃんと胃袋にハンバーガー用のスペースだけは残し、「ささいずみ」の次に市中引き回しで連れてかれたのがブルースカイというハンバーガー屋さん。


夜中から明け方にかけてのみ営業するというにわか観光客などどこ吹く風、地元っ子や酒飲み連中だけを相手にし続けるある意味硬派な店。

究極的におばちゃんに愛想がないところも通にはたまらないポイントの一つか。
チーズバーガーはまさにとろける味でございました。




つづいては「外人バー」。

生まれて初めて入った外人だらけのお店。

もちろん外人って言っても中国人だらけとか、インド人だらけってのは珍しくも何もないわけで、こちらにいらっしゃるのは佐世保のアメリカ軍基地で働く海兵隊の方々ばかり。


佐世保じゃいわゆるアメリカさんたちが集まる店を「外人バー」っていうらしいのね。


本日は彼らのお仲間一人の帰国が決まったとかで、さよならパーティーの真っ最中。そんなとこに入っちゃったもんだから、うるさいのなんのって。ただし、2年ぶりくらいに飲んだギネスビールのは最高にうまかったね。やっぱ大人の味よ。



続いても外人バー。

フィリピンからやってこられたおばさんに近い世代のお姉ちゃんたちが店内のあちこちで水兵さんたちと仲よくツーショット。それにしてもマリーンの方々、カラオケ下手すぎじゃないっすか。おっきい声だしゃ許されるようなカラオケは中国人と同じですよ。



続いても外人バー。

一軒前から小道はさんだ向かいのお店。だったら移動しなきゃいいんだけど、本日のホストは名実ともに超太っ腹。


「色んなお店を見せてやるから、見ときなさい」


と連れ込んでくれたわけ。


ただしこの店も帰国祝いパーティーの余波で、イェシャンお勧めマスターのいるカウンターには座れず。端っこでウイスキーを「かこっ」とあおって早仕舞い。




流れは続いて今度もカウンターのある店。


ろれつの回っていないところなんか、アル中のふりするのが実に上手(笑)。そんな50、60歳のおばちゃんたちがカウンターの向こうにいらっしゃるような「That's ディープ」な雰囲気。


わたしら以外にお客はちらほら。
日米の割合は半々くらい。


それにしても我々、焼酎をちびりちびり舐めながらなんか座ってたんだけど、一体何の話をしたんでしょう。


…まったく記憶がありません。

たぶん覚えてても字にできる話は何もないのかも(笑)。


とにかくショッピングピンクの服着て髪の毛カール巻いたままのおばちゃんが、体重3桁に迫らんとするイェシャンの巨体をおんぶしようとしていた光景だけがいまもまぶたに焼き付いてるわたし。収穫はそれだけ




で、今何時?


イェシャンさん明日朝から仕事あるんでしょ。いがぐり頭のフレッシュな高校生たちとふれあえるフレッシュな仕事が。



ほんっと、ゴチになりました。勉強になりました。


だから早く眠りましょう。

もうまぶたが重くてたまりません。
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2006年07月27日

福岡でも火鍋隊っタイ




とうとう面子が勢揃ってしまいましたよ、福岡火鍋隊。


よおく考えてみりゃ、

辛さには基本的に縁のない日本食にあって辛さ調節はすべて食い手側の好みにおまかせ、赤唐辛子どもをニラという名の超山盛り緑のキャンパス上に思う存分にまき散せる料理こそ、博多名物の「もつ鍋」。


そう、

バブル時代に一躍全国区になったものの、失われた90年代以降、またもローカル料理の枠にスポっと落ち着いたという博多名物の「もつ鍋」。



そんな辛くて本能的な鍋を好んで食わっしゃる福岡・博多の町なんだから、おなじく地元人たちは「辛くてヘルシー」を盲信している四川火鍋の愛好者団体、火鍋隊が組織されるのも当然の成り行き。むしろ遅すぎたくらい。



記念すべき設立総会はもちろん、一週間前にもお世話になった中国大明火鍋城。


「インドに行く前に一度火鍋城の火鍋が食べたかった」


火鍋の最終局面まで鍋底に埋もれてたウズラの卵最後の1個を奇跡的にすくい出すかのように、某火鍋隊老北家のわがまま独り言を絶妙なタイミングですくい取っていただいたのが火鍋隊モモレンジャー。


さらにその一声につどいし剛の者2人。

発起人の彼女を福岡火鍋隊東家だとすれば、そっからは座席順に時計回り。南家さんは中年の渋みを効かせまくりのご意見番。西家さんにはキカイダーのように一度はギターを背負って颯爽と登場してほしいな、と。


で、こっち側の準備は万全。


向こうもただならぬ雰囲気を察したみたいで、早速運ばれてきました。
赤と白のコントラストが美しい鴛鴦(おしどり)鍋と肉類、野菜類に分けられた3人前の食材たち計6皿。


??????????.jpg

◎参考写真:テーブルがきれいすぎという欠点(笑)以外はかなり本場チック



もちろん有無を言わさず食べ始めます。
生煮えだろうと構いません。


ただし、

義理と人情を大切にする九州男児としましても、やはり元祖火鍋隊なわけですから、そこは是々非々で臨まざるを得ないのであります。


辛いよ、ほんっと辛い。(※からい、つらいどっちで読んでもOK牧場)


最大の相違点。


火の通った具を取り皿に移せばそのまま食べちゃいます


ってとこ。

先の大阪火鍋の集いにて、帰阪中の本土火鍋隊員にぼろカスに言われた香油(つけだれ)の類は一切なし。それはそれで潔いって見方もあるんだけど、


紅鍋から具を取出してそのまま口に入れてもむせかえらない紅鍋っていったい…


って思うのは大脳の奥の奥まで火鍋色に染められちゃった火鍋ジャンキーのセリフ。
店側としては紅鍋の具を直に食べても何とか耐えられる辛さ加減に調節するのが一番の苦心した点もしれないんだし。



そのほか、些細なところで数ポイント。


ウズラの卵、入れてほしかった。

キノコ類。エノキより肉厚な種類の方が…

シラタキ。同じメンなら歯ごたえ重視の粉が手に入らなかったか。

白菜、入ってる。嬉しかった。

貝柱。四川じゃ味わえない味。うまいっす。



で、今後、私的な改善点をあげるとすれば、


注文する段階で「特辣」「中辣」とか言ってればある程度辛さの調節は可能かも。あとは香油まわり。ごま油とニンニクのみじん切り、それに付随する香菜とカキ油。事前に相談、お願いするか、ダメなら持参すればいいじゃない。

あんまり極辛組織のわがまま行動で店自体の味を変えてしまうのも悪いしね。


ただ、美味しいからこそ意見を出す価値がある、という火鍋城LOVEは永遠に不滅です。



さて、このメンバーの元祖火鍋隊よりすごいところ。

更に一品料理の追加注文がいっちゃいます。いっちゃってました。担々麺も最後は紅鍋に入れてくっとったし…


それでいて各人4000円。

しかも次回につながる焼酎キープもちゃんと残してるからそつもない。


もちろん、火鍋隊老北家が天竺から奇蹟の復活を果たすであろう一年後まであの瓶が残ってるとは思っておりません。わたしは設立総会を開いていただいただけでもう大満足。あとはみなさん、ご自由に隊活動を楽しんでくださいな。
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2006年07月26日

住所不定無職者の悲哀




毎晩毎晩、飲み屋を渡り歩き、千鳥足で帰り着いては自分の家、人の家などいとわずに気を失うようにマットに倒れ込んで眠りこけてた、コケテッシュなわたし。

気が付けばいつの間にか、右目のコンタクトレンズが紛失しているではないですか。


かつてはハードレンズ連続2週間装用もいとわなかったくらい、眼科医さんが目の敵にするくらいだから、数日間つけっぱなしなんてへっちゃらへっちゃら。


と思って目の乾きもなんのそので狼藉こいてたんだけど、流石に左目だけじゃこの世の巨悪をお見通しできなくなる恐れもあるわけで、もう4年くらい前に購入した年代物なんだし、両方いっぺんに買い換えましょ


とかつての記憶をたよりに福岡・天神は某フラワーへ。


そうねぇ…

あれは太宰府勤務時代、真っ昼間から平然と担当地区を抜け出して福岡都市高速をドライブ。次長課長はまだいないけど、部長部長職あたりの有象無象が頻繁に出入りする本社近くにあるあのコンタクト屋に2度も足を運んだんだっけ…


というのは今となっては笑い話。



とにかく今回もその店に行ってみると、驚いたことにまだ残っておりましたわたしの個人情報。


すごいねぇ。一度つかんだお客は決して離さない訳ね


と、感心するのもつかの間、どこか丁寧語がおかしげなお姉さん。


「本日は保険証はお持ちでしょうか」


だって。

いきなり痛いとこつくよね、まったく。
こちら海外旅行保険すらこの十年見向きもしなかった男です。


「放浪ものに保険は似合いませんから、ご遠慮しております」

と言っちゃうと多分やばいんで、

「へっ、はっ、あっ。りゅ、留学してたもんで今は保険ないんですけど…」

と素直な自己申告。



それでもなんかちょっと表情変わった(ように見えた)お姉さん。

「それでしたら、全額負担になりますが…」

「はぁ。で、いくらくらいかかるもんですかねぇ」


「少々お待ちください」

といってどこ換え消え去ること約5分間。


「お待たせいたしました。検診だけだと2000円くらいになりますが…」

「じゃあ、お願いします(うっ、140元かよ)」



といってのぞんだ検診の結果は


「左目にアレルギーが出てますねぇ」

とロマンスグレーに片足突っ込んだくらいのお医者さん。
どうやら久しぶりの長時間装用がたたっちゃったみたい。


「まあ大したことないんでコンタクトする分には問題ないです。目薬出しときますね」


「(いくらですか?って聞いたら驚くだろなぁ)お、お願いします」


結局、コンタクトレンズ自体は両目で2万円ほど。


でも検診代はやっぱり2000円超。そして目薬代、アレルギー性結膜炎治療剤「インタール点眼液」という代物が5mlで2070円だって。


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◎参考写真:一体誰がもうけとるんじゃ〜!こっ、こんなんで2000円


レシートには悲しくも「調剤費自費」と印字してあるし、更にちゃんと消費税も103円徴収されてるし…


マツキヨとかで2173円分の目薬くださいっていったら一体どれくらい買えちゃうもんでしょ。



いぜんどっかでmingxizi大姐に聞いたことあるんだけど、海外にいる間まったく国民健康保険代とか払ってなくても、日本に一時帰国した際には一時的にその恩恵(3割負担)にあやかれるという抜き差しならない裏技があるもよう。でもそれをやってはこの日記は書けません。


「けっ、どうせ俺ははみ出しものなのさ」


と強がり言っても現実はシビア。病気になっても病院に行くにいけない不法入国した外国人たちの気持ち、少しは分かれたような気がしました。
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2006年07月23日

汚いのは嫌いじゃない




あ〜ぁ、ここは文明都市TOKYOだったよなぁ
なんでこんなアジアの安宿以下のとこで寝てんだかなぁ



昨晩の「日系四川人のすばらしさを再確認する会(一部改題)」が終わった後、2つの選択肢がございました。

九州世話人代表として上京、宿無し状態のわたし。



mingxizi,yashiziの美人姉妹宅にもお母さま公認で「お呼ばれ」していたのに、そんな泥酔してたわけでもないのに…

四川大学留学生サッカーチーム2代目キャプテンと向かったのは、どう道を間違ったか、幹事役も見事にこなして自身かなりご満悦だった元祖火鍋隊東家こと「大王」宅。



最近一人暮らしを始めたばかり。
7畳のフローリングにロフト付き。


とか聞いてたから、油断したね。たぶん


どんな豪邸に住もうと3日も経てば大王ワールド。


入って早々、足の踏み場がない
とうぜん寝るスペースもない


まずはゴミと洗濯物を端っこに押しやって腰を下ろすスペースを確保。お持ち帰りした串焼きや餃子、寿司を魚にささやかな二次会を開き、


床全体がゴミ箱って結構便利かも


なんてあやうく大王ワールドに引き込まれながらも、だんだんと夜も更けていき(朝も近くなり)、今度はわたしと2代目キャプテンの2人が横になれるくらいまで空きスペースの拡幅工事をしたのが記憶のおわり。


あとは酔いと疲れにまかせて生きるための睡眠をとるだけ。



で、相変わらず目覚めちゃう午前ちょい7時前。起きたときの第一声こそ、冒頭のぼやきだったのでした。

大王宅いせや1.jpg

◎参考写真:まるでゴミ捨て場に遺棄された死体のような2代目キャプテン



その後、下高井戸に出向いて大王お勧めの醤油ラーメンをすする。

ただし、

20ちょいのキャバクラ店長経験済みのキャプテンと30前にして大王たる男、さらに30ちょいの牧場主が話す会話は基本放送禁止まみれ。ここまで30数年間築いてきた人格を疑われるようなものばかりなので、あえて自粛。


みなさんまだ全然酔いがひいてなかったのかな。悪い人たちじゃないのよ




で、

1時には新宿アルタ前にて久しぶりの登場となるわが西南民族大学時代の同学(クラスメート)、インディージョーンズを目指すイエンレンと再会。アルタ前連チャンなんてなかなかすてきでしょ。


この4月から大学4年次に復帰、やることと言えば秋の大学院試験と冬の卒論の準備だけらしく、ちょっぴり余裕も感じられる彼。


今度はお好み焼きをつつきながら、

中国話、チベット話、インド話に花を咲かせるものの、さらに真剣にチベットと付き合おうとする彼に対し、すでに「チベットお腹いっぱい」になっちゃってるわたし。


「そのパワーは若さかなぁ」

としみじみ。

お話は夕方5時過ぎまでで、彼は教授宅での飲み会へ。


つぎに再会するのは日本なのか中国なのか、インドなのか。
10歳も下の彼の成長、今後も楽しみやね。




そして本日第三の刺客はヤッタム。


名前は怪獣っぽいけどれっきとした人間。

ある旅行中、某国にて知り合った女性(日本人)なんだけど、その時のやりとりが出色オモロくって、さらにわたしのほうで彼女の身の上について色んな妄想が爆発。


この感動を忘れてはならない
自分一人のものにしてはならない


と、プライバシーの侵害どこ吹く風。

さらに若干の脚色を含めて日記に書いちゃったもん(バレンタインの某??劇→http://itoyama.exblog.jp/d2006-02-15)だからその後、丁寧な言葉使いながらも文面からは強烈な「怒り」を感じずにはいられないクレームメール(笑)をいただいた間柄。



帰国後、東京に出てきて再就職した彼女とは、その後もメールのやりとりを続けてたんで実は昨日のうちに再会、とげ抜き地蔵にも近くに住んでるという彼女に連れて行ってもらったという成り行きだったりする。


そん時もいろんな話をして、どうやらわたくしの先の無礼に対してもそうお怒りではないらしいことが感じられたこともあり、そうなると酒好きを自称される彼女。


しらふであそこまでオモロいのが酔っぱらってどうなるか、見ずに死ねるか


と、どうにか酒をごいっしょしたかったんだけど、夜には「異業種交流会」の先約が入っていたらしく、ダメ人間の会にお連れすることはできず。



ってなわけで、本日改めて酒の席を設けましょ、ってなことになってたのでした。



場所は紆余曲折を経て吉祥寺。
井の頭公園そばにある串焼き屋「いせ屋」。


学生時代(今もだけど)、この辺をチャリでよくうろうろしていたわりに、なぜか一度ものれんをくぐることなかったお店。

単にうまくて客が多いだけじゃなく、歴史もかなり古いらしくて建物自体かなり年季の入った代物。炭火でいぶされた鶏や豚の脂が木造の柱や壁に十重二十重にもしみこんで、すすけたてかり具合はもう芸術の領域。

ちょうどチベット寺院にあるような、バターまみれの手で何万、何十万回も触られた仏像のてかり具合を思い出すような感覚。

大王宅いせや2.jpg

◎参考写真2:みんな楽しそうでしょ。いいよねこんな汚(きたな)楽しい飲み屋さんって



串は一本80円。
ビールは一杯…ん?いくらなんでしょ。

とにかく焼き鳥と生ビールは日本のお家芸。
さすがは酒好きを自称される彼女もピッチは衰えることなし。


ただ、前回会ったときのように奇想天外、抱腹絶倒なお話が聞けたかというとそういうわけでもなく、さすがに転職をしてまだ3、3ヶ月、さらにまだ27歳と若いわけで慣れない仕事や職場の人間関係に悩みなんかも当然あるわけ。


そんな話を彼女がして、わたしが思ったことやかつて働いたときの経験なんかをかたって、というのが大まかな流れだったもよう。


すでに生ビール数リットルを胃袋や腸につめ込んだ酔っぱらいのたわ言に律儀にうなずいてた彼女。


新しい環境にとまどったり悩んだりするのは当然のこと、苦労と経験を積み重ねりゃ新しい自分を開拓できるって可能性もあるわけで、実際に悩んでる本人を前にしては口が裂けても言えなかったんだけど、若干うらやましいという気持ちもあったりする。



だいたい今現在のわたしって同世代の人たちと比べりゃかなり楽な方面に引き籠もっている状態でして、最近は学生や社会人経験者でも年下の人たちと接することが多かったせいか、これまでの30年足らずの人生を振り返ってその経験をぐだぐだ語るなんていう、ご隠居モードが多すぎだったなぁ、とちと反省。



たかが数年早く生まれてその分早く社会に出て人とちょっと違うこと経験しただけなのに、それ以外に何もない底の浅い知ったかぶりをしてもその薄っぺらさはすぐに露呈するのは自明の理。

それよりも自分も前に進んでいる姿、汗をかいてる姿を見せることの方が何倍も説得力あるんだろうなぁ


よしっ


閉店になっちゃったし、さあ帰りましょうか。


日記終盤になるにつれて論理的でない話になってしまったのは、酒が回るにつれてまとまらなくなっていく当時の考えていることを忠実に再現したからで、決して今もこんなぐたぐたなわけではありません。たぶん、ね。
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2006年07月21日

二日酔いどれいざ東京




昨晩の楽しかったお帰りなさいパーティー。


その後、二日酔いまで「お帰りなさいパーティー」開いてくれまして、本日午前中は起きあがるに起きあがれない。だる〜い気分で畳の上をゴロゴロ、ごろごろ。


なんかチベットからおりてきて以降、ずっとこのパターンだよなぁ


考えることはそれだけ。

ようやく平衡感覚を取り戻した正午前、激辛カレーで胃袋を醒ましたあと、もう出発の時間へのカウントダウンスタート。

「日系四川人の社会(現世)復帰を支援する会年次総会in東京」

九州支部代表世話人を自認しているからにはたとえ二日酔いだろうと欠席など許されようはずもなし。しょうがなく荷物をまとめてお出かけ準備を始めたのでした。



移動手段は初めての高速バス。
午後3時にJR博多駅前を出発。

所要15時間、1万500円。安いっ!

バス移動.jpg

◎参考写真:車内は豪華3列シート。飛行機ならCクラス並みのリクライニングも可


だから、背中と腰を十数時間も90度に固定しとかなきゃいけないようなどっかの国のバス移動を想像してはいけません。


アイスクリーム、ヨーグルト、レモン系の飲み物

おやつは通常500円までだけど、とにかくアルコール漬けの胃腸や肝臓、血液そのものまでを冷やして浄化して、ミソギするために「清涼」なものを大量に持ち込んでのバスの旅。


この豪華バス。約30人乗り。出発時点では半分程度の乗車率だったんだけど小倉、広島に停まっては少しずつ乗客をピックアップしていき、福山駅前で車内は満員に。


ただ、時間はすでに午後9時をすぎちゃったりして、


こんなペースでほんと明日6時半、新宿に到着できんの?


なんて思ったりもしたんだけど、3列ベッドは快適そのものだし、「おやつ」たちのおかげで体調も完璧復活。


寝てたらいいだけじゃん。ゆっくり行ってくれ


そんな心境なのでした。


そうそう、本日はとうぜん酒ぬきね。

どんなに飲みたくても週二回の休肝日は守りたいと思っている、その心意気が素晴らしいわたし。あっ、でも、「来るもの(お呼ばれ)は拒まず」だからまったく遠慮する必要はありませんから、ね。どんどん誘ってください。あしからず。
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2006年07月17日

お湯もう沸いたまだ?




久しぶりに囲む実家での食卓。

お腹の調子は一向に回復する気配なし、トイレ行きへのカウントダウンはいつも3秒前くらいの緊迫状態なのに、とりあえず食ってる間は美味しい幸せな気分。


そんな至福の食事の最後をしめるのはやっぱお茶でしょう。


で、

思わず口にしてしまった見出しの「お湯もう沸いた?まだ?」このせりふ。



家族からはとくになんの反応もなかったんだけど、言っちゃってすぐ、こんな日本語を使ってしまった自分にかなり唖然としちゃったね。



だって


「水已開了没有?」

だよ。


こんな中国語を思いっきり和訳した日本語、中国に関わる前2年前までだったら絶対使うはずないもん。


ああ、外国語勉強するってこんなとこにまで影響でちゃうんっすか…


すでにべらべら喋れるようになってるんだったらそれもまたよかろう。

でもまだ中途半端の範疇でうろうろしてるのに、よりによって母国語に対してまでよからぬイタズラ、暗い影を投げかけようとしているのか中国語よ。



驚いたときや突差のリアクションで、


「あいやっ」
「おいよぉ〜」

なんていうのはもう泣きたくなるくらいに口にこびりついちゃってるし、それを矯正するのはもう絶望的なくらいむずかしそう。


何とも恐ろしきは中国語…


そんなことに一人痛み入りながらも、実際食後に飲もうとしてたお茶だって、緑茶や玄米茶じゃなくって帰国直前、成都の五塊石市場で大量に買い込んだ烏龍茶(福建産鉄観音)だったりする。


がぶ飲み烏龍2.jpg

◎参考写真:こてこてな日本湯飲みで飲む鉄観音。まぐろ、しゃち、しゃけ…


茶器まで現地調達しちゃうと重くて荷物になるから、それにわざわざ日本で中国茶器買うのも高くてばからしいから、日本流にいただいております。


まるで日本酒好きが杯の酒をなめるようにして飲むがごとく、小さな茶杯に少しずつ茶を注いではかおり嗅いだり、ちょっとずつ口に含んだりして楽しむ中国茶人たち。


こんな「がぶ飲みスタイル」をみたら目を血走らせて「アイヤァ」かもなぁ


なんて思いながらもこれが日本めし食べた後にはぴったり。
さっぱり感は日本茶以上だし、美味しいんだから仕方ない。


実は今飲んでる茶葉、


成都某漫画喫茶のオーナーはこの前いくらのお茶を買った

だの、

西南交通大学の日本語教師はいくらの買って日本へのおみやげにした

だの、


世間話のためなら顧客の個人情報保護を何とも思っちゃいない店員との会話を楽しみながら買った500グラム380元(約5500円)、中の上のお茶っぱ。


日本で買ったら十倍はするよ


という言わなけりゃいいようなセリフも言っちゃうような店なんだけど、扱うのは完全に福建省産茶葉専用でほんもの。上記のごとく、結構成都在住の日本人御用達のお店らしく、もうすでに


「チベットと成都を行き来している怪しげな日本人はこの前これ買ったぞ」

なんて話の種にあがってるのかもしんないね。



高級ウーロン茶を少量だけ運び屋してがぶ飲みできるのも、若干中国にご縁のできた日系四川人たちの特権。日本の食文化に中国の食文化を取り入れるのも我々の勤め、たんにコラボレーションを楽しむのだけでも一興。


だから、

中国系新しい日本語だってどんどん使ってあげましょう。使わない?

はい、使わない(断定)
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2006年07月15日

今回は長目に中国拝拝




青島に来ました。
久しぶりの潮の香り。
ようやく眠気から覚めました。


飛行機は午前7時35分発だから、都合3泊した前門の40元宿を出発したのは早朝5時すぎ。

最寄りバス停から乗ったバスは天安門広場にそって北上。右側に国家博物館前に掲げられた巨大な特設掲示板が見えてきた。

1124日。12時間12分○○秒。

そう、北京オリンピック開幕までのカウントダウンボード。これまで特別意識してみたことはなかったけれど、バスが通り過ぎる間も、10秒ほど開幕が近づいた。

今の正直な気持ち、オリンピックは北京に戻ってきたいと思っている。半年前は考えもしなかった。それだけこの間、この町から色んな影響を受けたということだ。移り気なわたしだから、これから気持ちがどう変化するかは分からないけど、好きな場所があって、好きな人たちがいて、面白いことがどんどん起きる。そのことが分かったから、今生の別れという雰囲気はみじんもない。まったく爽快だ。




勘のいい読者か相当なOK牧場マニアなら分かっちゃうはず。


そう、これは去年の日記。
7月11日だから厳密にいうと369日前のできごと。


でも去年との相違点といえば日付以外


目的地       青島 → 福岡
宿出発     午前5時 → 午前7時
飛行機の時間 7時35分 → 9時20分
宿の値段     40元 → 45元

くらい。


あっ、そして


北京さよなら.jpg

◎参考写真:北京オリンピックまでのタイムリミット。時は確実に進んでる


要するに一年たってもほぼ同じことやってるわけで、だからというか、最後に書いてる気持ちだってなんも変わらなかったみたい。目指せ北京オリンピック!



ただ2年前、会社を辞めたときから

「中国では2年間遊ぶ」

と決めてたし周りにも言いふらしてたんだけど、その予定の2年間が終わってみて感じるのは、


予定通だったのはその遊学期間だけ


だったってこと。
あとは全て予想外の連続。



抱腹絶倒(元祖マジボケレディー「三遊亭あほ陳」との交友など)
孤軍奮闘(西洋人ツアー客とチベ人ドライバーとのはざまで通訳)
権謀術数(mingxizi大姐の実妹yashiziを招いての国際ドッキリ)
民族団結(中国内全民族が学ぶ西南民族大学での楽しい留学生活)
臥薪嘗胆(何度も何度もチベット嫌われ、そのたびに嘗めた苦難)
愛国無罪(北京反日デモ。わたしはのんきに山西省旅行中でした)


とにかく、なんでもありありだった中国生活。


でも、ありがたいことに腹が立ったことは正直ゼロ。


電子辞書1回なくして、デジカメ1回すられて、HSK試験1回「級なし」とったけど、それは全部「自己責任」。

中国じゃ拾ったものを届けないとか、こそ泥棒&スリが多すぎとか、問題の作り方がひねくれすぎてるとかいってもあとの祭り、仕方ないっしょ。


これこそ、中国でさらに磨きをかけた

「些細なことに動じないおおらかさ」



小銭集めだけに追いかけまわされてるようなこの国の人たちが時折かいま見せてくれる伝統というか民族DNA。

家族とか友だちとか、ほんとに大切にしなければいけないものに対する熱い態度を見せてくれたり、なぜか列には並ばないくせにバスの中では誰もがお年寄りに席をゆずったり…

中国の人たちから学んだことだって決して少なくなかったね。



中国の「悠久ぶり」ってやつは日本にいたって、「昴」「万里の河」「N○Kシルクロード」のテーマ曲なんかで広く知られてるわけだから、はてしなく広がる砂漠やとうとうと流れる大河なんかは何となくイメージできるわけでしょ。

でも、それが人々にどう根付いているのかを実感するにはやっぱ中国にやってきて、砂漠から吹き込む暴風に痛い思いをし、大河の水を飲んで腹をこわす必要があるんだな、と。



「とにかく生の中国を肌で感じたい。理解したい」


そう思ってた留学前の願いは、振り返ってみりゃ砂漠も大河もひっくるめてこの上ない形で実現できたし、さらに予想以上の鳥肌経験にも恵まれたことで、今現在、色んな人たちによって引っぱられたわたしの後ろ髪はさらにのびるばかり(笑)。


なんだけど

2年は2年。自分の「ひねくれ道」も貫き通したいわけで、ありがたくもまた一回り人間を大きくしてもらった中国だけど、やっぱ予定通り、しばしの拝拝(バイバイ)させていただきました。



だから、今は日本。

また新しい空気を吸うための準備期間。

ほのかに「田舎の香水」のかほり漂う佐賀の空気を吸ってます。
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2006年07月10日

一座来到就不想離開…




正式には

「一座来到就不想離開的城市」。


直訳すれば

「一度来ちゃうともうダメ。離れられなくなっちゃう町」。


西洋人にも分かるよう、

「ネバーランド」


この適訳で住人を自称する人(≒重症者)たちもあり。



つまりのところ、中国西南部に位置する一地方都市の成都(広義に「四川省」でも可)こそ、この「離れられない町」というわけ。

実際のところ、人々をドツボにはまらせる魅力があるようで、こんな恐ろしい「メッセージ」を街中のいたるところで堂々とPRしているという信じられない町。

メッセージ自体は中国語なんだけど、ここはまっちゃうのは中国人だろうが日本人だろうが分け隔てなし。

それはわたしの日記でも十二分に紹介してきたはず。




なぜ来たのかはもう分からない

けども、ゆる〜い瘴気に全身汚染

日系四川人などと名乗りだし

20数年培った勤勉さも完全放棄

火鍋と美女に囲まれる毎日

いつのまにか激動の世界情勢などどこ吹く風


だってここが天国だから…


そんなうめき声にも似た囁きが、川大留学生寮、民族大教員宿舎などから漏れ聞こえて来るというから、そのおぞましさはC級スプラッター映画以上。



「もうこんなところ捨ててやる。二度と来るもんかっ!」


と思って、徹夜明けの朝もやのなか、麻雀悪友たちに見送られながら初めて成都を去ったのが2005年1月中旬のこと。


その後、1回…、2回…、3回…、


ひゃぁ〜 もう4回めっ!


まるで番長更屋敷のお岩さんのように何回も何回も去り際を演出してしまいました。



「だって旅行にいったらまず帰ってくる場所が成都だから」


という理由もあるんだけど、


「成都に帰るために旅行してる」


といえないこともなし。


まるでダイエットをしてはリバウンドを繰り返す、危うい道を突き進む乙女のよう。ようする誰よりも「はまっちゃった」こと、最後の最後になって気付いてしまったわたし


です。

でも、

最後

です。

ほんとです。


そんな成都世界を本当に後にします。


すでにもう北京。
故宮前では毛主席にも当然の三拝九拝。






次は「一年後」にしか帰ってきません(笑)。


だってもう友だちに約束しちゃったんだもん。しょうがないじゃな〜い。


そこに成都がある限り、わたしとこの町との腐れ縁はもう切れないんだろうね。


最後の部屋.jpg

◎参考写真:もう何度も見慣れた風景。黄金の4人。成都麻雀もうするなよっ!



さあ、

「抜け出せない町」にて永遠の時間を刻み続ける素直な住人たちよ。

とりあえず1年間、待ってておくれ。


先んじて地獄を抜け出せたと安心している浅はかな者たちよ。

わたしの後追いで世界各地に出没くれてもOK牧場。そして運命に導かれ、またあの町に戻って行きなさい。


成都に巡り会えたこと、それはもうとっても幸せなことなんだから(笑)
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2006年05月11日

石の上にも祝1周年!




ラサはやっぱり… 変わっていた



すべての人々を引きつけて止まない軽快な文章とその奥に潜む深淵なプロット。この名文句にて、ちょうど黎明期から発展期へ飛躍せんとする日本語ブログ界に颯爽と粋にクールにつや〜にシュワイに登場した「チベット☆OK牧場」。


2006年5月11日、スタートから一ちょうど周年を迎えました。




継続は力なり


ということで、時に1ヶ月近く更新を怠りつつも、何とか1日も欠かさずにネタを提供できた自分にまずはパチパチ。


継続は力なり

ということで、そんな三十路男の戯言に執念深く付き合ってくれている読者のみなさんにパチパチパチ、よっ、もひとつパチパチ。



こちらから宣伝してまで人に読ませるような内容じゃないと思ってるんで、あえて宣伝とかはしてないんだけど、読んで下さってる方はだいぶ増えちゃいました。

いつの間にかアクセス数は元祖seesaaブログ版が訪問者数1日平均200人前後、ページビュー同400人前後。さらに後発のexblog版も訪問者数同40人くらいあるわけで、かとチャンにならって



あんたらほンと、好きねぇ


といってやりたい気分。



お礼といってちゃなんだけど、ちょっぴり普通じゃない名前なのに、オヤジギャグを相手にされない中間管理職のように誰にも尋ねてもらえずさみしい思いをし、逆に聞かれたとしたらとても哲学的な意味があるのかと勘違いされるケースばかりで返答に困ってしまうような、ブログタイトルの由来でも紹介します。


あれは一年ちょい前の中国的ゴールデンウイーク。まだ北京語言大学で真面目に中国を勉強していたんだけど、長期休暇ということで四川省内の東チベット旅行をしてました。


どこまでも続く山道、峠道、標高3000〜4000mを上下左右にくねくね、くねくね。ヤクが草をはむ車窓からの景色を眺めながら



「中国語の勉強にも限界が見えたし、これまで勉強に使ってた時間を利用してブログでも始めようか」


なんて考え始めるともう後はあれよ、あれよ。



何はともあれ、食い物、飲み物は世界の中心。
中国語をどう学び、極めたのか、留学生活も書き留めねば。
こんなに多様な旅行資源に囲まれているんだから旅のことは外せんだろう。
中国新聞もその記事内容、記述内容あわせてアホらしさは日本輸出の必要あり。
中国人たちとの交流だっておもろいことがあるに違いない。



と、熟考のかけらもなく現在のカテゴリーが決定。



さあ、これだけ多岐にわたる内容。一言で表現できるタイトルを決めしょうか


その時やっぱり目に入ってきたのが、草原で草をはむヤクたち。お前らそんなものホントにうまいのか?


うん。

チベットの牧場だからチベット牧場。



が、笑いが足りない。


ならば、こうするしか…
天然の笑いの神様の力を借りよう。


チベットOK牧場



でもまだ、キレがない。
伝説の笑いの伝道師(画太郎)の力を借りよう。


チベット☆OK牧場



いったんこの名前が浮かんじゃうと、不思議なことに


「もうあなた以外は何も考えられないのっ!」


状態。すべての思考がストップしてしまい、そのまま今に至っちゃった次第。



もちろん、その後一年間の牧場生活を支えてくれたのはコメディアン顔負け、美人女優顔負け、中国人顔負けな登場人物の方々。



塾長、mingxizi大姐、ジエジュンジュさん、美人秘書、三遊亭アホ陳、レンイエン&燕ちゃん、塾長的女朋友、火鍋隊(大王)、同(丞相)、同(西家)、炎のカンパ教師レンチンワンジャ、母親&弟(ともに仮称)、石川のどら息子、シャンフイシャオ、yashizi、漫漫来新店長…



とにかくOK牧場は色んな人物が集まり語らい、交差していくキャラのワンダーランド。みなさんあっての楽しい牧場でございます。



ときに

seesaaブログの中国内アクセス禁止(継続中)、西藏大学入学拒否などなど、単なる日記のアップロードの方法から今後の人生設計まで色んな「変更」を迫られる経験をして、


やっぱこの国との相性悪いのかな、嫌われてるのかな


と思うこともあったんだけど、ネタになりさえすれば


いつでも何でもOK牧場!


この精神でいけば大丈夫でしょうよ。

みなさん、今後ともどうぞよろしゅう、もうちょっとくらいおつきあいください。



祝一年.jpg

◎参考写真:別に怒ってるわけじゃないよ。恥ずかしがり屋なので露出はここまでで
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2006年04月20日

重点大学も四川人じゃ




四川大学までHSKの準考証(受験票)を受け取りに。


11時過ぎには民族大方面を出発し


受験票を受け取って受験会場を下見して、久しぶりのウイグル料理屋に行って、


と腹時計のご意向を中心に万全の計画を立てていたものを…。


予定通りの時間で海外教育学院の建物に行ってみれば、まだ授業が終わる前。がらんとした入り口付近にはちんぴら風情の茶髪グラサン兄ちゃんが一人座っているだけ。

「ようっ。キャプテン」


「どうしたんっすか?」


「HSKの受験票を受け取りにね」


怪しい人物が一人から2人に増えたのに警戒したのか、暇そうにしていた警備員が「なにごとか」といった具合に登場。


「すんません。HSKの受験票…」

そこまで言いかけたところで相手さん。


「担当者はもう昼休みに入った。2時半以降にまた来い」


だって。

「えっ、だって12時まではまだ10分くらいありますけど」


「担当者の先生がもう出て行ったんだ。没辨法」


だって。


「どこから来たと思ってんだ。わざわざ『シーナンミンユエル』からやって来たってのに…。昼休み明けの時間も普通の授業開始よりも30分長いじゃないか。もっと働け」


と愚痴を言ったところで警備員に何かできるわけもなし。


「そういやさっき出て行ってましたよ。担当者」

とグラサンキャプテン。


まあ国家重点大学といえど、働いてるのはぐだぐだの四川人だってことを忘れてたわたしが悪いのよ。


サッカーチームの新しいユニフォームを見せてもらったり、授業が終わって建物から出てきた知り合いと若干のお話をしたり、そしていつの間にか建物前には一人取り残された国籍不明の男の姿。



なんかヨソ者になっちゃったよなぁ


と、ちょっぴりさみしげに2時半まで時間の使い方を考え始めるわたしでした。
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2006年04月15日

勝手に祝入藏10周年!




と、にぎにぎしく始めさせてもらいましょうか。


あれっは10年前まえっ♪


大学生活5年目という「まっとうな人の道」からは大きく足を踏み出し(外した?)てしまった1996年4月のこと。初めてラサの土地をふんだのでした。


と、ここまで書いておきながら実はラサに入ったのがいつだったのか、覚えていないところがまた、わたしらしくて良し。


4月6日くらいに長崎から上海行きのフェリーに乗って翌日中国入り。上海滞在3,4日で南京へ。南京一泊。そして次は武漢。初めて揚子江を見てでかい橋を渡っただけの記憶。続いて列車(後にも先にも最後の軟臥!)で2泊ゆられて成都入り。その後どれほどの腐れ縁が生じるかなどそのときは想像だにすることなく、交通飯店のベッドに2晩ほど世話になって飛行機でチベ入り。



さあ、みなさん。

わたしがチベットにたどり着いたのはいつのことでしょうか?


ねっ、たぶん15日くらいにはなるでしょう。
だから本日を「かってに入藏10周年記念日」と決めたのですよ。



当時も宿をとったのはヤクホテル。

もちろん今のような2つ星ホテルに「成り上がる」前。シャワーは昼間の温かいときのみ。みんな寝静まった真夜中に公安がいきなり部屋まで検問にやってくる。でも中庭にはチベット伝統的テントが張ってあったりして。

何より今と違うのは、色んな日本人が集まってきてました。


4月半ばにチベットくんだりにいる人間にまっとうな奴はなし。


世界を股にかけて古着や骨董品、貴石などを集めては小銭、大銭を稼ぐ人。
大学じゃなく、高校を一年間休学して旅に出ちゃった無鉄砲17才青年。
何度も何度も陸路チベット入りを目指し、そのたび四川省と自治区の周辺で公安に捕まりまくっていた自称カメラマン。


そんな人種のるつぼ的な感覚が、「踏み外し初心者」のわたしにはなんとも面白く映ったもの。



もちろんチベット自体も相当な衝撃を与えてくれたのは確か。


たかがお祈りごときで地べたに体を投げ出す「五体投地」で寺のまわりを一周するばかりか、そのまま1000キロ以上先の聖山を目指そうとするちょっと汚なめだけど普通の人たち。

ここまでか、というくらいに金・銀・パール(ほんとは珊瑚、トルコ石など)を使って極彩色に飾りあげた仏さん。


ジョウォ正方形jpg.jpg

◎参考写真1:これがラサで一番(=チベで一番)聖なるシャカムニ像@ジョカンで激写


もちろん。

純粋に仏像や聖人像の前で手を合わせられない、マニ車を回す人の群れにも加われない、ひねくれたわたしですから、もっと現実的なチベットの実情にも興味を持ちましたね。


マニラカン.jpg

◎参考写真2:こうして大勢で回すマニ車。今?当然参加できますよ。大人になったんで


なんで外国人は自由に旅行できないのか。なんで警察がこんなに威張っているのか。根本的にはなんでここが中国なのかって。


学校で習った「世界の歴史」では何一つ理解できない現実が目の前にあふれているわけで、それを自分なりに体感、咀嚼することの面白さを感じるようになったのもこのころからだったような…。


話はなんか堅苦しくなったけど、そんな10年前のチベット(ラサ)ではなく、10年後の今、22歳のわたしがこの土地を初めて訪れたとしたら、いったいどんな印象を受けるだろうか、などと考えてしまうわけ。


まずは日本人自体が少ない。

ここ数日ようやくちらほら見かけるようになったけど、どうも以前ほど旅行者人気はなくなってしまったのか、ちと悲しい。


お金さえ出せば旅がしやすくなったのは確かだし、内地からの中国人が爆発的に増えたおかげで、ポタラ宮や大昭寺などそのもの「ズバリ観光資源」みたいな場所以外、チベット族の都みたいな独自性も薄れてきた。


ただ、チベットを何も知らない20歳ちょい過ぎの若造には十分な刺激を与えられるのも確か。平和な国で培われた常識からみるとやっぱり「???」みたいな状況も街中歩いてりゃけっこうな確率で巡り会うわけだし、ね。


観光気分100%でやってくるだけでも十分楽しめるんだけど、それ以外に海外で何かを見てやろう感じてやろうと意気込んでる、前世紀的な考えの若者がまだ生息してるんだったら、

10年後(=現在)のラサも捨てたもんじゃないよ


と言ってみたいかな。


四天王450.jpg

◎参考写真3:ラサのどこかで見かける四天王像。火鍋隊の東南西北じゃないよ(笑)
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2006年04月14日

ラサでチベ食飽きたら




どうすればいいのか。
まあ飽きるほどチベット料理ばかり食ってる人なんていないでしょうけれど…


中華をくって下さい。洋食でもいいよ。


ここは大都市ラサ。地元食以外の選択肢は腐るほどあります。

でもその中から「うまいもん」を捜すのは一苦労。とくに観光目的でやって来た人だったら、そんな暇あるくらいならあと1つでも2つでも、とどん欲に観光を続けちゃうことでしょう。


それは旅人として真っ当な心得


だからわたしが私的に「とりあえず食えるもの」をリストアップしときましたんで。あっ、本当にお金を出せばかなりうまいもんも食えるらしいんですが、それではみなさんの懐が持たないでしょうから、常識的な範囲での紹介に限定させてもらいます。



◇餃子(250g8元、150g5元)

完全に食が中国人化してしまったわたし。餃子はビールとつまむものじゃなくて「主食」としていただくもの。そんなわたしの欲望を満たしてくれたのが市内中心部に3軒あった「東北餃子」と銘打つお店。「東北餃子城」「東北小吃餃子城」「東北翠花餃子城」とまるで関連会社であるかのような名前の一体感。ついでにわたしが注文する「猪肉白菜」の値段は、カルテルでも結ばれてるかのように全て同じ。

場所は後者2店が北京東路の一つ北の通りになる林廓北路中段に。「東北餃子城」が林廓北路中段と娘熱路南段との交差点の若干北側。3店間の距離は歩いて5分程度なのでどれか一つは見つかるでしょう。

中国語オンリーの世界なんでメニュー見て指さしで注文してちょうだい。



◇韓国料理(ビビンバ15元、冷麺8元)

旅モードを復活させた今年一月以降感じたこと。タイだろうとインドだろうとチベットだろうと、とにかく日本人旅行者よりも圧倒的に多い韓国人旅行者。彼らの進出が何を意味するのか。

どこにいてもそれなりの韓国料理が食べられる

ということが一番重要(それだけ?)。

ここラサでも幾度となく韓国料理に助けられました。ただ注意すべきこと。ラサで発見した韓国料理屋は2店。一つは上述の「東北餃子城」のすぐ近く。あまりツーリストが足を延ばさない、いわゆる地元民向けの韓国料理屋なんだけど、これが味にうるさい韓国人旅行者たちの洗礼を受けてないからか、「なんちゃって度数」がかなり高い。



まずい石焼き.jpg

◎参考写真1:炒め野菜のうえに完全に火の通った目玉焼き。つけ合わせもなし

とこんな石鍋拌飯が出てきます。当然「石焼きビビンバ」にはほど遠く「石あたため野菜飯」みたいな感じ。

それに比べりゃ北京東路、ユースホステルのとなりにある「阿里郎(アリラン)焼火考城」はちゃんとしてます。ちゃんと「石焼きビビンバ」だし、キムチおよび肉たっぷりの牛スープまでつけ合わせ。冷麺も含めてちゃんとしてます。ちなみに日本語メニューもあり。

それなのに両店の値段は同じ。もうこ選択に迷う必要もないね。



◇焼餅(肉入1元、甘いの0.5元)

ラサ入り一週間後(3月21日)の日記でも紹介した焼餅。わたしが歩き回った限りじゃ同じような食べ物を売ってる場所は見つけられず。だから食べたい人はヤクホテルのちょっと東側(約50メートル)の地点から南に入る小道(バルコルへ続く)上で売ってる夫婦から購入してちょうだいな。だいたい北京東路から10〜30m入った地点で売ってるはず。

とにかく焼きたてに当たると超激ウマ保証つき。

後述のバナナケーキが登場するまでは冗談なく毎日の朝食メニューだったわけで、本当にお世話になりましたね。そしてたぶん、まだまだお世話になります。



◇拌面(小8元、大10元)

拌面といえば焼きうどんそっくり。中央アジアではラグメンでも通用するイスラム系料理なんだけど、食に関してのセンスはヤク党のチベット仏教徒よりも羊党のイスラム教徒が一枚も二枚も上手。

チベット仏教の聖都をイメージして来た人だと、ラサ市内にも「これでもか」というくらいイスラム料理の店があってちょっぴりとまどうはず。だいたいどこの店でも大盤鶏、手抓肉などのお決まりメニューの一角として「拌面」もございます。

そんなわたしの目を引いたのが先述「林廓北路中段」で密かに繰り広げられていた拌面戦争。

餃子城よろしくかなり隣接したエリアにイスラム系料理や3軒が林立。ただ真ん中の一店だけは、子どもがみても絶対近づかないくらいにいつも閑古鳥。当然の結末として閉店へ。だけど残った「新彊風味」「新江面」は相変わらず多くの漢族、チベ族を集めております。

味は若干だけど本場の新彊風よりはトマト&羊っ気が押さえられてて、その分唐辛子のアピール度が高いみたい。ここもやはり価格カルテルで料金は同じ、ね。



◇蘭州拉面(小5元、大6元)

蘭州拉面(ラーメン)の何が好きかってやっぱあのメンの歯ごたえでしょう。

標高3650m。お湯なんて100度のだいぶ手前で沸騰するようなハンデを背負いながらも、それを何も苦にすることなくあの「こし」を実現させるんだからその技量たるや感服するばかり。

中国(四川)系の牛肉面などを出す庶民系食堂と比べるのも失礼なくらい。こっち(四川系)は市販の乾麵をただ茹でただけ。いちど「蘭州」を味わうともう口に入れるのもおぞましくなるわけで、そんなの食ってる地元人やツーリストを見かけるともう不憫で不憫で…。


そんなわたしの最高お気に入りの一店は北京東路をどんどん東進、バナクショーホテルを過ぎた場所にある林廓中路との十字路を右折。約100m南下して進行方向左側にある「風華楼蘭州牛肉拉面」。食券制なので最初に「ラーメン(la1mian4)」と言えばOK。大盛りがほしかったらさらに「ダーダ(da1de)」と付け加えましょう。

手打ちなので少々時間はかかるけど、待つかいあるだけのラーメンが登場。


蘭州拉面.jpg

◎参考写真2:これが蘭州拉面。これまでくった中で私ランキング一位の秘蔵っ子

スープの赤さに驚く必要はなし。赤いのは表面だけ。スープは「あっさり系」と言ってもいくらいの味。

最近はテーブルに備え付けの生ニンニクをかじりながら、という何ともワイルドチックな食べ方が主流。だいたい一かけ食べると翌朝胸やけで目が覚めるんだけど、それも前日の美味を思い出すための愛嬌でしょうよ。



◇ヨーグルト(一瓶2元)

ヨーグルトはヨーグルト。朝飯トリオの重要な一角。これも3月21日の日記に登場。その日は10:50過ぎに購入したようですな。最近は日の出が早まってきたのにあわせて買いに行くのもだいたい一時間以上早くなっております。

プレーンではいただかないのが当初からの方針なんだけど、最近はハチミツとのコラボではなく、ちょっと色気づいて「什錦水果罐頭」と混ぜて食べちゃってますね。

何それ?いったいどんなものか想像もつかないよ

何のことはない。ミックスフルーツの瓶詰め。ミカンとかパイナップルとかナタデココとかモモとかのシロップ漬け。どう?なんか結構うまそうでしょう。


◇バナナケーキ(7〜8元)

ここも朝飯つながり。「焼餅」でもちょっくら登場したバナナケーキをご紹介。これを見つけたのは「美味しいパンが食いたいレベル」が爆発寸前まで上昇していた2週間くらい前。場所が例のインチキ中国ウイスキーをおいてるスーパー「四方超市」(北京東路と朶森格路の交差点)だったんで、かなり疑ってかかり、売り場のお姉ちゃんに

「うまいのか」
「黒いけど焦げてないのか」
「本当にうまいのか」

と重ねて確認。だって3日分くらいある量とはいえ、一塊が8元近くするんだからそりゃあ慎重にもなりますよ。

で、翌朝。ドキドキ感で一杯だったわたしを襲ったのは想定外の美味しさ。成都在住の人だったら好又多(スーパー)のバナナケーキ(カップ)を想像してちょうだいな。あれ以上のしっとり感とあれ以上のバナナ風味。



バナナケーキ.jpg

◎参考写真3:これこそ満を持して登場してきた「チベット洋菓子界の女王」でしょう

バナナケーキの出現以来「焼餅」との板挟みでどれだけ苦しんでいることか。バナナケーキ食ってりゃ「焼餅」恋しくなるし、その逆もまた真なり。

浮気なんてとうていできないしそんな状況にすらなるわけない、と思っていたわたしがこの「朝飯三角関係」に悩みまくり。ああ…、あぁ。



◇ランチセット(昼間限定10元〜)

北京東路にいつの間にかできていたユースホステル(YH)。アリランシャオカオとはそのYHをはさんで反対側にあるのが新興著しい中国人バックパッカー(背包族)のたまり場レストラン「驢窟餐庁」。


ここの何がいいかって、とにかく料理が新鮮。バックパッカーあがりみたいな中国人が経営してるこの店。まわりのいんちき四川料理と違って料理人を広東方面からつれてきたらしく味付けがなんか優しいのよ。

青椒肉絲にしたって回鍋肉にしたって。
歯ごたえからして違う。ちょっぴり日本の中華料理を思い出す味。

でも定価だと一品15元以上するものばかりだから、美味しいからってそう気軽にいけるわけでもなし。

そんなことは向こうも織り込み済みなのか貧乏人救済策としてあるのがランチタイム。

かなりアバウトな時間設定みたいだけど、とにかく「昼ご飯時」に行けば、大盛りご飯の上に好みの一品料理をぶっかけた皿プラス紅茶(ストレート)かミルクティーがついて10元から。


ちなみにこの店内では無線インターネットができるという情報もあり(というかじっさい目撃したんだけど)。英語メニューもあるわけだから中国語以外通じないということはないし、中国人パッカーの実態を知りたかったらぜひどうぞ。何せ美味しいから騙されたと思って。でもなんの保証もしないけどね。



◇チーズケーキ(6元)

ラサに来てこのかた(て言うかその前からだけど)、食い物に限定するならばチベットのことをかなりけなしているわたし。

ならなんでいるんだ

という声も聞こえてきそうですが、別にすべてが嫌いなわけじゃない。まあ半分義理も入っているような感じだけど、とにかくチーズケーキならまあいけるんじゃないか。甘いもんがほしくなったら「TASHIのチーズケーキ」と覚えていてちょうだい。

かなり酸味のきいた味だから、主に使ってるのがチーズなのかヨーグルトなのかいまいち分からなかったりするけど、それがまずくはない。

遭わせて、このチーズケーキが食べられる「TASHIレストラン」は在ラサ旅行者向けレストランの最老舗の一つ。だから旅行者の扱いにも慣れていて、いくらだらだら長居してもずっとほっといていてくれる。

そんなありがたい存在なわけだから紹介しないわけにはいかないでしょう。場所はバルコル前広場から北に延びる丹杰林路北京東路とのT字交差点の脇。細い階段から2階に上がってちょうだいな。

最近は閑古鳥が鳴いてるみたいだから行ってあげると重宝されるかも(笑)。



◇ピザ(30元〜)

ラサに数ある洋食屋のうち、たぶん一番「ちゃんとしたもの」を出すのがヤクホテルに隣接するレストラン「DUNYA」。冬季は休業だったから営業を再開したのは4月に入って間もなくしてのこと。

ネパール系っぽいコックをわざわざを呼び寄せてるみたいで、ってことは味のレベルもカトマンズ並み。それ以上ではありません、といえなくもないのが悲しいところ。


とにかく味に自信があるのか価格設定もなかなか強気。一品30元以上の食い物しかメニューに載ってなかったわけだから。

もし、どうしても洋食が食べたくなったら。ここでピザを食べましょう。それが最低限の安全策(意味不明)。具のないマルガリータ系だったら最低価格の30元。

日本の上モノ冷凍ピザくらいの味は保証。間違ってもパスタ系には走らないでね。蘭州拉面の爪の垢でも煎じて飲ませてあげたいくらい、おとといアルデンテくらいの歯ごたえで出てきちゃうから。

さて話はピザに戻って。ちょっと評価低めみたいな書き方だけど、ラサでは珍しいギンギン冷えたラサビールとの相性はやっぱり何ものにも替え難し。



ピザDUNYA.jpg

◎参考写真4:ちょっぴり贅沢してもいいかな、というときの選択肢No1かな




いかがでしたでしょうか。

ラサにおけるわたしの胃袋を慰めてくれたいずれも名店、美味ぞろい。「ベスト10」にしなかったのは他にいくらでもうまいものはありそうだから。


ただこれだけは確実。

やみくもにその辺の店にはいるよりもまともなものが食えます。


これってけっこう大事でしょ?
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2006年03月31日

チベットといえば青色




ラサ入りして半月あまり。

いちばんきれいな青空が見れたのが本日。


昨日が一日中曇り、イコール、体感気温は摂氏一桁代前半。まわりの山々はうっすら雪景色、なだけによけい太陽の光がありがたい。


チベットにいて何がいいって空が青いこと。


真青空jpg.jpg


◎参考写真:ほら、この青色が上にのぼればのぼるほど濃くなっていくんだから…


ぐるり見渡す360度。草原の緑か山肌の茶色以外、世界(視界)の大半を占める空が青だってことは、その青色がチベット世界を象徴する色だと決めつけても言い過ぎじゃないはず。



実際、チベタンたちもこの色が好きみたいで、とにかくどこにいたって美しい青色を眼にできたりするのがチベット。


例えばまず何よりトルコ石。


ネックレス、イヤリング、数珠、指輪にはめ込んだり、女性だったら髪にも編み込んだり、と。だから大昭寺周辺ではいたるところでこの石を売っております。実はわたしもほしいです。


トルコ石と銀の組み合わせといえば日本ではインディアンジュエリーの方がメジャーだろうけど、こちらもどっこい。ファッション的にも十分通用するアクセサリーもあるんじゃないか、と。そっち方面はぜひ詳しい人に見てもらいたいもの。


もちろん仏像に装飾品として一番使われているのもトルコ石のはず。

値段がほかの石(サンゴ、琥珀、ジー)などより安いという若干現実的な一面もありながら、チベット仏像の金色の肌とトルコ石のブルーは最高のマッチング。


それを作り手側も分かっているのでしょうよ。

仏像の眉や目(黒目部分)など、いわゆる仏さんの高貴さ(格)を決定づける部分もほとんどは青色で描かれていたりする。


ただ、チベットを最初に統一したソンツェンガンポ王、チベットに仏教を広めたグル・リンポチェなど聖人系の像は黒目部分が金色で塗られていて、仏像系とは何らかの区別があるもよう。


とにかくこれはほんと最近になって気付いたことなんだけど、チベット仏教寺院を訪れた人、ぜひ見てほしいもんです。



ついでにチベットには「トルコ石の湖」と呼ばれるそれはそれは神秘的で美しい湖もございます。


それはチベット三大聖湖に数えられる「ヤムドク(羊卓雍)湖」。

ラサからは南西に車で2、3時間の距離ながら海抜4500mを越えるなかなかの高地。



わたしがヤムドクを訪れたのは、やはり10年前。

何も知らずに自治区西部にあるカイラス山行きのツアーに参加。まだ高度順応も終えていないぼおっとした状態の中、トラックの荷台にて


なんかどんどん山道を上っているよなあ


と思ってたら夕方前に到着したのが、ヤムドクという湖。
当然「チベット三大〜」というような予備知識があるわけもなく、


美しいというにはあまりに言葉が足りなすぎる初めて目にした不思議な青色の湖面。視界の彼方まで複雑に入り組んだ湖岸。


宗教という人間の想像力が創り出した産物の深遠さに度肝を抜かれたのがラサだったとしたら、チベットにて、初めて自然の生み出した造形美に圧倒されたのがヤムドクという湖だったわけ。


そんなわけなんで、


また行きたいよなあ


と思い続けてたんだけど、時代の変遷とともにヤムドクを通る道はメーンの通商路から外れたために交通量は激減。それに伴いヒッチハイクも難しくなって、とうとう訪れる旅行者たちまで少なくなり、

他の「チベット三大〜」に比べて著しく存在感が失われつつある現実に、私は少なからず危惧いたしておりました。



ところが、本日、やはり石をもうがつ強い思いは運命すら変えてしまうもの。発見してしましたよ。ヤムドク行きのミニバスを。


場所はバルコルの南側、魯固汽車站。



羊湖行きバス.jpg

◎参考写真2:ほら見て「羊湖」。車体までブルーなんて洒落も効いててgood!


どうやら日に数本は出てるみたい。運賃も驚くなかれ15元(程度)のよう。

へへっ、ざまあみろ旅行代理店どもめ。何がランクルチャーターだ。これでゆっくり湖畔でピクニックでもしてやるもんねぇ。



ホテルに帰って。


中庭で中国語の参考書を開いていても、見上げればまたしても雲一つない青空。


「やっぱチベットにいるんだよなぁ」


と実感する瞬間。やっぱりこの「青」はここにしかないよ。

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2006年03月14日

チベットでOK牧場!!




ゆっくり歩いていこう


新しい生活を始めるときにはなんかサブテーマを決めてみたくなるわたし。

めくるめく紆余曲折といろんな脱線を経たけれど、とうとうラサ行きの飛行機に乗っちゃって「チベット☆OK牧場」は本格スタート。



飛行機.jpg

◎参考写真:青空と雪山だけの世界を窓からぼぉーっと眺めながらの沈思黙考


まだまだチベット語はあいさつに毛が生えた程度で、中国語だって完全にはほど遠く、そういったことを引き続き勉強しなきゃいけないのは当然なんだけど、それ以外に何かできないか。

一つのことにのめり込むことが苦手だからこそ、そんな気分転換も必要なわけで、じつは成都に戻ってきたときからいろんなこと考えてたんだけど、妙案は一向に浮かぶ気配なし。


旅行者のためになることとか、大きく言えばチベットのためになることとか、

いろいろ思いめぐらすんだけどね。


とにかく、そこで思ったのが、冒頭に書いた「とにかくゆっくり歩いてみよう」ということ。


これで4回目になるラサ訪問。地元のおじいちゃん、おばあちゃんたちよりものろのろとチベットの地を歩いてたら、これまで見えなかったものが見えるんじゃないだろうか。新しい出会いが生まれるのではないだろうか。


先月、ダラムサラにて原因不明の高熱にみまわれたんで、とりあえず高地になれることを兼ねてのアイデアだったんだけど、とりあえずそれで突き進むことを決意。



空港からラサ市内には新しい道路が開通。昨年5月に通った100キロを超える道のりが、トンネルをくりぬいて距離が約40キロ、所要時間も大幅に短縮してまたまた「便利」に、そして「近く」なったチベット。



たった一年でもいろんなことが変わっちゃうラサ。


7月には試験運行ながらとうとう青海省のゴルムドと線路で繋がり、わたしともゆかりのある北京、成都へも直行列車が運行し始めるわけで、とにかく、ゆっくり歩きながらでも、移り変わるチベットの風景をみてみたいな、と思ってみたんだけど…。



実際どうなるんだろうねぇ(笑)



15日供養.jpg

◎参考写真:きょうはチベット正月から数えて15日供養。下密院ではこんな催しも
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2006年03月06日

超だらけた一日だけど




星期一
社会が動き始める月曜日。


だけどわたしは、出勤していく塾長をお見送りして家でお留守番。
今学期からはどこの学校にも属してないから、朝っぱらから行くべき場所もなし。


だから、まるで主夫。

さすがに8チャンネル(CCTV8ではない)を見ながらせんべいかじったりはしなかったんだけど、中国語の教材めくってみてもなんかやる気起きなかったりする。


そんなときは思い切って何もしない方が何かいいアイデアが生まれてきたりするもので、午前11時には本日の営業終了。



あとは「リフレッシュ」と称して塾長に金魚のフン。
DVD屋めぐりと漫漫来でひたすらぼけぇ〜っと。


それにしても、すごいすごいとは思ってた中国のDVD事情はとんでもない。

すでに年末年始の日本の特別番組「古畑任三郎」「紅白歌合戦」「レコード大賞」あたりが売られてた(中国語字幕つき)どころか、まだ全然終わっていない1ー3月の各局ドラマ「西遊記」「輪舞曲」などまで「前半分」と称する商品が手に入ったりするから、その手際の良さにはもう「侮れない」を通り越して「尊敬」の域。


ただし、「お笑い系」はさすがに皆無で、こればっかりは正月に帰国して撮りだめしていたやつが今後も重宝されることだろう、と快感。


日本の若者の心を奪う「お笑い」が分からない限り、日中相互理解も次の一歩には進めないと思うんだけど、それは誰のせいでもないから仕方なし。

HGを学生に広めて誤解を招くようなことだけはOBですからね。塾長!


さて、漫漫来でも甘いものは持ち込み、おかわり自由コーヒーで7,8時間ねばる悪い客の典型みたいなことやってのけて、


「あきた」

など勝手なことをいって退店。

唯一の収穫といえなくもないのは、引っ越しする前の旧漫漫来があったスペースにいつの間にか開店していた韓国料理屋「膳食坊」。石鍋拌飯(石焼きビビンバ)の15元はまあ普通の値段だけど、味とのバランス及び大学周辺に初めてできたコリアンということで今後も重宝しそう。だからキムチも500グラム(9元)、持ち帰っちゃったよ。



石鍋拌飯jpg.jpg

◎参考写真:韓国飯はデリーのゴールデンカフェ以来。鍋熱微弱が玉にキズ



で、結論。

何もしなかったからこそ、色々考えることもできて「あと一週間だっ」という心づもりもできた。食べなきゃリストもできあがった、


明日からは頑張ろう


とも思えたから、なかなか意義のある週の始まりだったのではないか、と。
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2006年01月08日

アク禁解除いつの日か




相変わらず牧場2カ所を切り盛りしているわたし。


日本用:チベット☆OK牧場      →http://itoyama.seesaa.net
中国用:チベット☆OK牧場(2006)→http://itoyama.exblog.jp


2足の草鞋生活を始めてはや一週間なわけですが、


いやあ。面倒すぎる。


当時はわたしのブログだけ見れないと思ってたんですが、在中国のブロ友たちからのお知らせによれば、どうやらseesaaブログ全体が同国内ではアクセス禁止になってるらしいことが分かってきました。


いやあ。よかった。


中国では昨年、ちょうど北京で半日デモが大々的に行われたちょっと後からexblogがアクセス禁止になったものの、しばらく(1カ月?2カ月?)して復活しましたからね。


seesaaもぜひ復活してくれると超楽観的に打算しています。


ブログ更新2度手間を早く解消したいだけじゃありあせん。
ある意味もっと大きな理由。


名刺がまだ全然配り終わってないんよ!!!


我が名刺。チベ語をちりばめとってもラブリー。各方面にも超級好評で、当然ブログアドレスも載せてます。でも本家アドレスのみで、2006年版はなし。予言者じゃありませんから…


これまでブログは日本語でしか書いてないんで、これまで中国で名刺を配れたのはもとより知り合いだった日本人か日本語はなせる中国人くらい。


さらには、日本に帰国以降は3分の2くらい引きこもりだから、



まだ60枚は残ってます(悲)



このままずっとアク禁が続くとすればやはり今の名刺じゃあまり使えない。自分の名刺を捨てるわけにもいかず、気持ち的には「どんどん配ろうキャンペーン」進行中なんですが、


ああ、あと60枚。


ああ、うらめしい。


exblog版アドレスも書き加えれば、アク禁のことなど忘れてマイペースで配り続けられます。でも手書きはかっこ悪いし、腱鞘炎になるのもイヤ。


自主学習期間となる来学期はチベットで中国語を真面目にやるつもりだし、ちょっとはブログでも中文版に挑戦しようかなって野望持ってるわけだし、それでいてネット接続はネットカフェ経由になるだろうから、あまりパソコンの前で時間のかかることもしたくない。


ので、


やっぱり「近未来的なアク禁解除→本牧場への統合」をふまえた上で、あと60枚配り続けるしかない、というわけ。そういう超楽観的予測にもならざるをえないわけ。 




それにしても留学生じゃやっぱり減らないね。名刺。相手が名刺持ってるケースはもっと少ないため、名刺交換ってのを行ったのはまだ片手で数えられる程度。付き合う人種ってかなり限られてるよなあ、と思ってしまいます。


わたしに会った場合、ぜひ名刺ほしそうな「目」をしてください。
2枚目でも惜しみなく贈呈いたしますよ(笑)。
posted by 牧場主 at 00:00| 佐賀 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ちょっと思ったこと。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月07日

PK戦は終わったけれど


憎くてかわいいパンダ外交 中国 台湾


【1月7日=西日本新聞(http://www.nishinippon.co.jp)

■中国 寄贈カップル決定 親大陸ムード盛り上げ

【北京6日傍示文昭】中国政府は6日、台湾に寄贈するつがいのパンダを決定したと発表した。中国側は台湾に対して早期の受け入れを要請しているが、台湾行政院農業委員会は寄贈を受け入れるかどうか慎重に検討しており、3月下旬までに結論を出す方針。


このパンダは、雄が1歳4カ月で、体重46キロ。雌は1歳5カ月で体重48キロ。最終選考に残っていた雄6頭、雌5頭の中から年齢、身体状況、心理状態、外見、遺伝の5要素を基に選考していた。


国家林業局のスポークスマンは、2頭の選考理由について「外見がかわいく、環境適応能力に優れている上、相性の良いペアを選んだ」と話している。中国政府は台湾住民も参加する形で、このペアの名前を募集し、1月末の春節(旧正月)に合わせて最終決定する。


中国は昨年5月、台湾最大野党・国民党の連戦主席(当時)の訪中を受けてパンダ寄贈を決定。「パンダ外交」で台湾住民の親大陸ムードを盛り上げる狙いだ。



■台湾 「懐柔策」と不快感 市民に人気対応苦慮

【台北6日遠矢浩司】中国の贈呈パンダ決定の発表を受けて、台湾の対中政策を担当する行政院大陸委員会の呉ショウ燮主任委員は六日会見し、「パンダの話題は中国の統一戦略。台湾政府と事前に交渉せず、受け入れを強制するのは台湾を尊重しない行為だ」と不快感を表明した。


また、呉主任委員は、受け入れについては行政院農業委員会が審査すると表明。現行法規との整合性や国際社会の意見などの審査条件を挙げた。パンダが国際条約の保護動物であるため、主権国家間の国際取引扱いになるかどうかが焦点になるとみられる。


陳水扁政権は、パンダ贈呈を台湾の民心取り込みを図る懐柔策として当初は拒否の姿勢を示していた。しかし、台湾社会の関心は高く、その後「条件を審査してから」との姿勢に転じるなど対応に苦慮している。



熊猫カップル3.jpg


◎参考写真:16号パンダ(右)に思いを含んだ目線をおくる19号パンダ



【評】


「国宝にもPKさせんの?」(10月14日)の続報です。
http://itoyama.seesaa.net/article/8182143.html


CCTVのニュース(NHKBS1)によれば、16号と19号が選ばれたそうです。


さて、おさらい。


16号=2004年8月臥龍生まれ、1歳♀。35Kg。口の両側に黒い点があり、一人木製のハシゴの上で横になるのが好き。


19号=2004年9月1日臥龍生まれ、1歳♂。34Kg。太く大きな口が特徴で、あだ名はもちろん「大口」。「フンフン」と鳴くのが好き。



でした。2頭ともだいぶ大きくなりました。


CCTVですから台北市民の反応も歓迎派のコメントだけを放送していました。あと連戦さんのインタビューもあったけど。


内容は推して計るべし。



ところで


「外見がかわいく、環境適応能力に優れている上、相性の良いペアを選んだ」という余裕の中国側。対して台湾・陳水扁政権は当初拒否の姿勢を示したものの、社会の関心の高さから「条件を審査してから」と姿勢を転じており、対応に苦慮しているのはありあり。


考える時間はあったのにウルトラCはなかったんですね。…おもしろくない。



そんな人間様の思惑に絡めとられてしまったパンダたち。


成都商報(http://www.cdsb.com/)によれば、


毎夜抱き合って眠る2匹

16号と19号は昨日午後、正式に新しい家に移った。この家は100平方メートル、山沿いに建ち、最近新しく改修されたもの。臥龍中国大熊猫保護研究中心の張和民主任によれば、今後このカップルは「二人の世界」にて互いの思いを高めていくように、とほかの仲間たちと一緒に暮らすことないという。

この2匹の専門保育員の李果さんによれば、とても興味深いことにこの2匹のパンダは夜になると互いに抱き合って眠っているという。一般的にパンダは睡眠時、このように親密なことを見せることはとても少ないという。


ってなぐあい。

すでに仲良しムードまで作られてしまったのかどうか。



最後に。

臥龍センターに行けばまだ16号19号を見られるかも。


そこで一言。


パンダ見るなら早起き惜しむな



在四川の留学生に語り継がれるパンダがらみの格言。パンダが動き回るのは午前中のみ。午後は「ぐうたら女房」(古っ!)も真っ青なくらい動きません。寝てます。ぜひご参考を。

2006年01月05日

SAYURIは米流亜式拌飯




「ひどいね」  → 劇場を出る熟年カップルの旦那側
(ひどいね)  → 一時帰国中の自称「永遠の留学生」
     


おそらくこの場所を訪れた理由に何一つ共通点はないであろう2人。


でも2時間半以上に及ぶ「大作(長編)」を見終え、席を立ち、ちょっと前を歩くカップル。そしてわたし。もれてくる言葉は一字一句同じ。傍らの嫁に向かうか、独り言かだけの違い。さらにタイミングまでもばっちりかぶってました。




スクリーンには感動が眠っている


そう教えてくれたのは映画でした。


あれは楽しかったクリスマス。健さんにプレゼントを貰いました。
http://itoyama.seesaa.net/article/11019571.html



じゃあ次は「アジアン・ビューティー」にお年玉もらおうじゃないの。


チャン・ツィイーが日本の芸者を演じたことで、作品以外のところでも愛国者、2ちゃんねらーなどを巻き込んで日中に話題をふりまいてくれてるハリウッド映画「SAYURI〜Memories of a Geisha」。


でも。

過度の期待を無情に裏切るのもまた映画



レイトショー(1200円)でほんとよかった。大人(1800円)で見たとおもうとぞお〜っとしますね。いかがなものでしょう。



貧しさのために置屋に売られた少女が過酷な運命に翻弄されながらも真実の愛に向かって激動の時代を生きていく。


話の筋をたどると、


だれが見るかい


と思う内容ですが、やはり期待するとこがあったわけですよ。


チャン・ツィイーが中国人に人気ないことは知っています。でも日本人にとっては「アジアンビューティー」ですし、健さんが中国を舞台に素晴らしい芝居見せてくれたように、彼女も日本においてどう輝いてくれるのか、と。



本当にキャスティングは映画数作撮れるくらいのメーン揃い。


黄土高原が似合う元三つ編みの女の子も

LAST SAMURAIも

「Shall we dance?」と踊っていた人も

グリーンディスティニーで空飛んでいた人も

劇中あごのしゃくれが気になったコン・リー(これだけ実名)も

ハリウッドデビューおめでとう。東京夜曲が好きな「わたし女優よ」も



SAYURI.jpg

◎参考写真:盗撮です。まあ一枚くらいだから(それがもう四川流→×)


なにせエグゼクティブ・プロデューサーまでスピルバーグだそうです。



「水揚げ」
「旦那」
「花町」

などの専門用語が日本語のままなのは理解できますが、どうして

「こんにちは」
「ありがとう」
「どうも」

のあいさつ系まで日本語のままなんでしょう。


日本人以外の観客でも知ってるような日本語を残してる方が「日本っぽさ」をより表現できる、という演出側の狙いでしょうか。邦画で、


「サンキュー」
「ハァイ」
「ユア・ウエルカム」

だけ英語で喋るようなもの。チャン・ツィイーが不自然に会釈してこういう台詞を口にするたびに、ミスタージャイアンツかシェーのイヤミ氏が交互に思い浮かぶわたしでした。



でもそんなことよりも世界観。
誰も想像できないアナザーワールドこそがこの映画の特徴。


いつ「芸者ガールズ」が出てくるか、オーレン石井(Oren Ishii)が出てくるか。しょせんアメリカ人が描く日本。さらに中国人が日本人を演じるわけですから、「当たり前の評価」をしてはいけないんです。



よくいえば


「ごっちゃごちゃ」


日本があってアメリカがあって中国があって、更に他の東南アジアもあって、舞台設定は第二次世界大戦を夾んだ「SHOWA」なんだけど、今のごちゃごちゃしている各国事情を現しているようで好感を持てます。言うならば、米流亜式拌飯(アメリカ流アジアまぜご飯)。



思い出すのは

「スワロウテイル」(岩井俊二監督、1996年)


いつ見たかは忘れたけど、たぶん大学時代(今もだけど…)。
その世界観には「びっしびし」感じるところがありました。


ブレードランナーやスターウオーズがこの世にいない人たちをまじえた「ごちゃ混ぜ感」でわたし(高校時代)を魅了したのは高校時代。


対する「スワロウテイル」は、日本が舞台の架空近未来世界(イェン・タウン≒東京)で「ごちゃまぜ感」を再現したような作品だったんで、ごっちゃまぜ度の「あり得る感」がかなり高いお話に見えました。


その発展形が「SAYURI」と観るのは「スワロウテイル」ファンに失礼でしょうか(笑)。


スタッフもキャストもごちゃ混ぜで、ついでに評価もこれまでの常識が通じないような作品。


「ハリウッド映画がジャパンマネーばかりでなくチャイナマネーも視野に入れて映画を作るようになっただけ。いわゆる興業目的よ」


というのは簡単。


それより。キャスティングだけでなく言語やスタッフもごちゃ混ぜにして、国籍があるようでないようなあいまい作品が生まれてきた背景。ある一国の観客だけにではなく、世界的な観客に向けて作り出されてしまったこと。時代に応じた新たな変化であることは間違いありません。


この年末年始あたりから特に目につくようになった映画界のボーダーレス化


映画の一ジャンルとしてこの「ごっちゃまぜ」系のフィルムが今後も生まれていくことになるのであれば、そのエポックメーキング的な作品、マニアに愛される作品になるのかもしれませんよ。あの「シベリア超特急」のように(笑)。

posted by 牧場主 at 00:00| 佐賀 ☁| Comment(0) | TrackBack(1) | ちょっと思ったこと。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月27日

四川の皆さんごめんね



そこが知りたいったい


お前もホントバカと一緒たい


いくときゃぴしゃぁっといくと


どこんとでんよかくさい


どうしてあがんいらいらせにゃんとやろかねぇ


ぬたんごたるやつ


どぎゃんゆうか


ゆうちくれれ


ゆうとるみゃあも


すらごついえ


どぎゃんすうでんなかばってん


なんしぎゃあ、くっとかい


こんくらいならすくいようんあっと



最初の方こそ漢字交じりに書きましたから、日本語を勉強し始めた中国人学生同様、何となく意味も推測できるかもしれません。でもひらがなだけの後半部分になるともう完全お手上げ、という人も多いのではないでしょうか。


はい。これが徹底的な(北部)九州弁でございます。


ちょっと言語学的に分析するなら、博多弁と筑後弁と佐賀弁の「ミックス弁当」みたいなもん。ちょうど我が故郷・鳥栖市がこの3地域の境界上にあることに由来するわけです。



ところで、わたしの実家は自営業。


とっても親孝行なわたしですから、帰国そうそう、留守番ついでに会社の事務所にいたんですが、父や母、その他お客さんから聞こえてくる言葉はこんなんです。


何についての話かは「企業秘密」(笑)なので教えられませんが、興味のある方は考えてみてください。それにしても、汚いね。



私も半年ぶりですから、


右の耳にはとっても新鮮

でも左の耳には懐かしさ



このブログの中ではときに変な方言が登場、みなさんを迷わせてきましたが、やはり「生きた口語」は違います。太刀打ちできません。


聞いても分かるけれど、決して自分からは話せない言葉たちのオンパレード。


こうやって方言は徐々に失われていくんだなあ


そう思っちゃいました。



日頃から四川弁を話している四川の人たちへ。
自分のことは棚に上げ、わたしはあなた達にひどいことをいってきたようです。



汚い言葉の中にこそゆるぎない真実がありした


そうTHE BLUE HEARTSのリンダリンダの世界。
ドブネズミみたいに美しくなりましょう。


さあず。もでえ。せぇ、せぇ。はっ、はっ。


とくに若い人たちへ。どうか汚い四川弁、そのまま使い続けてくださいね。
posted by 牧場主 at 00:00| 北京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | ちょっと思ったこと。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月26日

帰国準備10分1本勝負




目覚まし時計で目が覚めて、なんで起こされたのか、今がいつなのか、果ては自分がどこにいるのか、分からない感覚。


久しぶりに味わいました。

この喉の渇きと頭の乾きを。


要するにプチ二日酔い


そうだ。飲んだんだった。昨晩は。



で、今日は出発の日。
日本に帰ります。



成都発福岡往復の航空券は一ヶ月オープン(帰国日変更可能)で2600元。さらに空港使用料などの雑費が計416元。しめて4万4000円。


安いよね。



多分日本に帰ったらその数倍使うことは分かってるんだけど、やっぱり帰ることにしたんです。



わたしは常に刺激を受けなければならない人間。
生活にはメリハリが必要です。




で、目覚めたのは午前6時ちょい前。


すでに飛行機出発派では2時間5分。
べつに用意周到、準備万端というわけではありません。



眠い眼をこする暇もなく、すぐに荷物整理を始めます。

すでに起飛(出発)までのカウントダウンは始まってますから制限時間は約10分。



こんなとき


軽装でよかったと思います。いつでも夜逃げ可能なように、荷物はバックパック以上のものは持ち合わせておりません。



あっ、塾長も起きてきましたね。

わたし知ってます。朝超弱いことくらい。

一時間目の授業の時、30分くらい早めに寝室から出てきても体の95%は起きれず、椅子にぼお〜っと座っていることくらい。わたし見てましたから。


ですからわざわざすいません。まだあたりは真っ暗な時刻に見送りしてもらって。



半年前の帰国のときもそれなり感慨モードに入ったわたし(参考→http://itoyama.seesaa.net/article/4941845.html)ですが、あの時は一人。今回は色んな人に別れを言ってもらいました。


心許せる人とふれあいながらやっていくことはそりゃ楽しい。今回の半年間でしみじみ感じたこと。でも旅によって見聞を広めてきた自分の出自も忘れたくありませんから、ひとりになったときに何かを見つけ出すこと、楽しめることもやっていきたい。


まだ何の結論もでない
ふらふらしているわたしらしい戯れ言ですかね。



そういいつつ朝早く没辨法ってことで、ヒッチはせず(笑)にリッチにタクシー移動。空港までは20分。飛行機は上海までが正味2時間半だし、上海からは1時間半。


中国で遊び始めて以来、初めて直で福岡に戻ってきたけど、まあ近いね。


故郷は見慣れた成都の空とは対照的に澄み切った青空。

明るいうちから自宅の湯船にじっくり浸かり、旅の疲れをおとすわたし。まあ旅のアカすら出ないような小旅行でしたけども、。



そして帰国初夜


サバの刺身となまこの酢の物。
極めて日本らしい一杯をいただきながら、考えてみました。
posted by 牧場主 at 00:00| 佐賀 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ちょっと思ったこと。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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