2006年04月01日

マジ送っちゃったの2




日本を離れていても元日本人サラリーマンとして、その心意気(魂)だけは忘れてはならず。

そう、本日は4月1日。


エイプリルフールだよね


などと、軟弱ピーポーのような戯れ言に付き合うつもりは毛頭なし。中国人にとっての春節、プロ野球選手にとってのシーズン開幕以上に神聖であらせられるところの「新年度さま」のスタートでしかあり得ないはず。


何かわたしも新しいことをしなければ、もう二度とあの爆裂日本社会には復帰できないかも


そんな強迫観念に駆られたわけでもないんだけど、せっかくの区切りなんで、入学願書を送付することに。


熱烈なる読者諸氏なら覚えてるはず。先の「節操なしの旅日記」にて、インド到達初日(2月8日)にわたしが何をしたのかを。


ハイ、正解。

ニューデリー南部にある「Jawaharlal Nehru University(JNU)」に殴り込み、金の力で入学申込書をゲットしておりました。


それの申し込み締め切り(4月15日)が近づいてきたんで、せっかくの新年度スタートのイベントとして活用させていただこうという目論見なわけ。


おいおい、そんなのとうの昔に出してたんじゃないのかい?



それがそんな簡単にいかないお家の事情がありましてね。



かつて「マジ送っちゃったのよ」という名の日記があったはず。まあ、今回の題名はそれをまるのままパクったんだけど、とにかくチベットに夢と希望を抱いてたそれはそれは青い時代のお話。


中国以外の人はこちらからどうぞ。
http://itoyama.seesaa.net/article/3847790.html


そしてそ顛末は周知の事実。いわゆる一つの笑い話。
知らない人はこちらをどうぞ。やっぱり中国以外の人限定。
http://itoyama.seesaa.net/article/6376812.html


という苦い経験(解説しよう。この男、西藏大学には留学受け入れを断られた「前科持ち」である)があるから、因縁のチベットにて執拗なくらいバルコル参拝を続け、神頼みならぬ仏頼みによって万全には万全を期そうという、まったくもって非科学的な取り組みを続けていたのよ。


そして機は熟した!


大切にバックパックの奥にしまい込んだままにしていた入学申込書(しつこいけど約3500円!)を久しぶりに取り出し、必要事項を記入。ものの5分で終了。ああ、あっけない。


請書.jpg

◎参考写真:これがわたしの切り札。ていうか、ある意味人生のかかった申込書



しつこいけど願書の締め切りは4月15日。

ポタラ宮の東隣にあるラサの中央郵便局にて。途中で眼にした新華社通信のランクルがチベット人の車におかま掘られた事故現場を思い出し、半笑いになりながら


「EMSでインドまで」

「中身は何?」


「単なる入学願書です。(エイプリルフールだけどクンドゥン様への上申書ですって言ったらどんな反応するんだろうなぁ)」


「260、9元ね」


「えっ。もう一回いってもらっていいっすか」

「だから260元9角(約4000円)。送るの送らないの」


相手は結構綺麗なんだけどかなり気の短そうな30歳前後の女性。そして、あまりに予想外の高額にマジで固まっちゃったわたし。まわりのチベタンたちはその様子を面白そうに眺めてるのだけは雰囲気で感じられ、


「そ、そりゃぁ、払いますけど…。何日で着くんっすか」

「5日から1週間ね。ハイおつり」



最近は別にケチってるわけじゃないんだけど、1日50元そこそこの生活が続いていただけに、EMS代を20〜30元にしか想定できなくなっていた金銭感覚にとっての260元はかなりのカウンターパンチ。



入学願書入手に続き、今夏からの新しい生活に向けた第2歩目を踏み出したという充実感

たとえるなら新大陸発見に向けた大航海において出発前夜の晩餐を終えたときくらいの気持ちの高ぶりでもいいはずなのに、財布から赤いマオ様が一気に3人も消えていったという前代未聞の衝撃をくらい、まるで難破した船のようにふらふら腰砕けになって郵便局を後にしたわたしでした。ああ、情けない。


追伸:JNUさん。よろしくね。わたしもう、他に行くとこないのっ(笑)


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2006年01月29日

漢族ゲットーで爆春節




#節操しらずのたび日記9
東風ー景供



昨晩は、台湾に贈られる2頭のパンダの名前が「団団」「円円」と発表されたあたりから、くしくも春節への一夜をとることになったタイ族エリア中の漢族ゲットー「東風」にもなにやらよからぬ不穏な「風」が…。


「ぱぁん」

と大きいのが一発だったり、

「ぱっ、ぱぱぱぱっ」

と連発だったり。


そして事態はやはりよからぬ方向に向かっていたようで、はっきりしたのはカウントダウン約30分前。


わたしが部屋をとったのは、ホテル2階の町のメーン道路に面した側。


もちろん窓は閉めてたわけなんだけど、


爆竹音がどんどん重なり合うことで、機銃掃射か絨たん爆撃かのようにすさまじい音量となり、もう室内にあるテレビのボリュームをいくらあげてもなにも聞こえない状態に。


おいおい。こんな状態が一時間以上続いてなぜみんな正気でいられる。
それとも。やっぱり中国人はもともとあれだったのか?


わたしはビールを飲みながだったら、三半規管をアルコールでごまかすことができたんだけど、さすがに外に出ようという気は微塵も起きず。


こんな危険にあふれた道路をバイクに乗った二人組み(必ず二人組み)が、幾台も幾台も楽しそうに行き交っているのを見たらもうあきれるだけ。


奴ら戦場でも真っ先にやられるタイプやな。
死体は残さずに早めに成仏しておくれ。



そして。

太陽がなかなか顔を出さない朝方。

もちろん快適な目覚めのはずもなく、ひたすらこの爆発的にヤバそうな何かを秘めたこの町を出るためだけのチェックアウト。


あたりは真っ白な朝霧に包まれていたんだけど、その白いベールには確実に爆竹の煙の成分、あの鼻につく硫黄臭さをも濃密に含んでいることは通常の人間なら一嗅瞭然。


それにおびただしいほどの「弾じけカス」が道路上を埋めてつくしてるわけだし、ね。


この路上を覆いつくした赤い紙や赤い筒たち。


しぜんと何かが思い浮かんでくる。



爆竹火鍋.jpg

◎参考写真:そう。わたしの大好きな火鍋の地獄油の光景。見えない?



中央広場前にて、なかなかこない景供行きバス。


待つこと2時間。

時とともにまた、マシンガンの薬きょうか、自爆テロたちのダイナマイトかのように、長さ数メートルに及ぶ爆竹を体に巻きつけるようにして「野獣」たちが眠りからさめ、町をうろつき始めてしまう。


ああ、また、なのね。

こんどはわたしも不可効力の屋外。iPodの力を借りてはみるけれど、やっぱり無理なもんは無理。


イヤフォンから流れ出す音楽よりも、わが全身を振動板として使って響き込んでくる爆竹音のパワーのほうが圧倒的。


「ぱぱぱっぱ、ぱっ、どっどっ、ぱぱどっぱ」


30メートルくらいはなれていても時々、カスがわたしの傍らまで飛んでくる破壊力。


中国で春節を迎えるということ。
それはとにかくからだ全体で何かを感じるというこなんすね。


夜。景供。

またしても爆竹パーティ。
でもそれはかわいいもの。

何だったんだろうね。
あの東風の町。


東風ー景供バス代 15元
DAI STYLE GUEST HOUSE 20元
posted by 牧場主 at 00:00| 佐賀 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | エンジョイ!学生生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月21日

小抄児ダメでも老師が




ジェスチャーゲームを始めるんです。



ってなんのこと?
まあゆっくり話しますよ。



とうとうやってきました。藏語初級班のテスト。
9月12日から月水金の週3日。チベット東部で話される康巴方言(カム語)について、会話中心の口語と文字の読み方を教える基礎の2科目をそれぞれ1時間半ずつ勉強してきました。


この3カ月間の成果が試されるわけです。


8人で始まり5人が最終的に残りました。



まずは口語。

授業前半でおさらいした後、「じゃあ始めようか」とレンチン教師。


「ニマ・ドルジェ(レンイエン)、自己紹介してください」



えっ、


固まる一同。

テストって一対一の面試じゃないの?


最も瞬間冷凍されちゃったのはレンイエン。最近は○にかまけて出席率ガタ落ちの彼ですから、心の準備も実際のテスト準備もとにかく「手持ちのタマ」はほとんどなし。苦しいスタートとなりました。


ひとり約3−5分といったところでしょう。


次はわたし。
そしてヤンキー娘のダワ。
あとは韓国おばちゃんとシンガポールおじちゃん。


テスト順が後になればなるほど有利になるかというとそうでもなし。やはり3ヶ月間の努力のほどに完全比例して、各人の会話能力がはっきりと分かりました。


続いて一人ずつ別の質問。
もちろんこれも公開ね。


またしてもレンイエンからで、「故郷を紹介してください」とレンチン教師。


わたしには「成都について紹介して」


中国人がたくさんいます。
でも成都人は怠け者です。
成都人は食うことが一番好きです。
成都の夏は暑いです。
あとモノがたくさんあるけど、金ないので買えまっせん。
でも民族大学近くにはチベット人もいて面白いです。


こんなかんじでお茶を濁しておきました。


他の3人にはそれぞれ、「家族」「チベット」「民族大学」というテーマ。



すげえ
ほほう
勝ったな

というのがわたしのインプレッション。


「みんな100点だよ」


という嬉しい言葉を残し、レンチン老師は去っていきました。でも思いっきり時間おしてたんで、間髪入れずにイシラモ老師の登場。



おととい紹介したように、こっちはちゃんとした筆記試験となっております(笑)。→http://itoyama.seesaa.net/article/10858736.html



口語のテストで何とか特攻隊長役を勤め上げたレンイエン。リラックスしたのか


「僕は最近授業に来ていないので、ノートを見ながらテストを解いていいですか」


と冗談交じりの発言。ところが、日頃温厚な益西拉姆老師。


「言いわけないじゃない。絶対だめよ!!」


とレンチン並みにこん身目力の迫力満点。


へえ。けっこう厳しいんだ。やっぱこの辺って漢族とちがってチベット族の方が真面目なんだね。仏教徒ってのもなんか関係するんかな?



などと思ったりしたのも、ほんのつかの間でした。


テスト問題はやはり予告通り、全てチベット語で質問が書かれ、その内容もまずはチベット語単語の漢訳、中国語単語の藏訳という風に始まっております。


それぞれ10問ずつ。いくら3カ月ちょいの時間とはいえ、教科書に出てきた単語は軽く200以上はあるはず。いくつか空欄が発生するのも無理はないというモノ。


するとわたしの解答用紙をのぞき込むイシラモ老師。


「分からないの?」(イ)

「はあ」

「声に出して読んでみれば」(イ)

「いや。読みは分かるんですが…」


するとどうでしょう。


わたしの前でジェスチャーゲームを始めるんです。


両手の指で空中に縦20センチ、横30センチくらいの枠を書きました。続いてその枠の中心あたりに筆で何かを書いている仕草。


(あっ。「絵」だ)


つづいては何かページを捲りながら何かを読んでいます。


(そうだよ。「ベチャ」は「書」だったね)


後ろの席のレンイエンに聞いたら、彼はジェスチャーでも分からなかったため、もどかしくなった先生。彼から鉛筆を取り上げ、解答用紙に答えを書いてくれたそうです(笑)。


先生の意図は分かりません。でも先生はカンニングよりも素晴らしいモノをわたしたちにくれました。共同作業を通じてまた一つチベット族に近づけたような気になりました。



試験問題丸暗記のおかげで、解答は順調に進んでます。



なかなかわたしも力ついてんじゃん


と上機嫌。すでに解答し終わりました。他の生徒は誰もそんな気配なし。鼻歌も混じろうかというもんです。


まあ一応見直しでもしましょうか。ついでだからチベット語の問題文もちゃんと読んでみましょう。で、おとといの公開試験問題でいうところの設問4にさしかかったとき。


4.下記の1−5の各問に答えよ。
-1.チベット語の基本となる30文字を全て答えなさい。
-2.チベット語の元音を全て答えなさい。
-3.チベット語の後加字を全て答えなさい。
-4.チベット語の前加字を全て答えなさい。
-5.チベット語の上加字を全て答えなさい。



のはずでした。


えっ、ちょっと待って。


この「4-3」と「4-4」

-3.チベット語の前加字を全て答えなさい。
-4.チベット語の後加字を全て答えなさい。

おとといの説明と逆になってませんか。

ちなみにこの3番は計5字、4番は10字答えなければならないんですが、なにせ丸暗記してたもんですから、3番に後加字10字、4番に前加字5字を答えてました。


真逆です。


問題文丸暗記、実際には何も理解していないことが白日の下にさらされるところでした(実際そうなんだけどね)。



イシラモ老師。あなたはこれを狙ってたのですか



優しさだけに身をゆだねていたら手痛いしっぺ返しを喰らうという人生の奥深さ。合格できたかなんてとっても些細なこと。テストを通じて菩薩のようなチベット人の光と闇、表と裏、ついでに天使と悪魔を見たような貴重な時間になりました。


勉強になるね。
posted by 牧場主 at 00:00| 佐賀 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | エンジョイ!学生生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月19日

問題の意味分かんない




とうとうチベット語の授業は最終週。


12月に入ってからはおおよ「2.○○」という日本の一昔前の経済成長率くらいに底値横ばいを続けていた平均出席者数。KO寸前、ぐたぐたになりながらもとにかく最後の週がやってきました。



テストは基礎、口語ともに水曜日。
てことで今日はおさらい授業となりました。


まずは口語。
目力康巴(めぢから・かんぱ)のレンチンワンジャ老師です。


この目力教師、先月末から今月初頭にかけての出席率激減が、自らの教科書棒読み高速ぶっ飛ばしモードによるところに気づいて反省したのか、最近は完全生徒よりの授業。かなりゆっくりと丁寧に、実際の状況に応じた会話を教えてくれるようになりました。


この日も、

「チベット人に食事に誘われたときの断り方」
「チベット女性がアメをあげるといってきたときの断り方」


を教えてくれました。
今振り返ってみると、


そんなネガティブなテーマで教えなくっても…


と思ってしまいますが、こっちもだいぶん内容が分かるようになったからなのか、「これだったら楽しいかも」なんて思っちゃう昨今ですね。



レンチンハ真.jpg

◎参考写真:最初で最後。これがチベ語の授業風景だ!レンチンちょい疲れめ



3,4時間目は基礎の授業。

イヒラモ老師も今日は復習です。

基本的に基礎の授業はこの3ヶ月ちょい、ずっと発音の練習だったので、それをおさらうのかと思っていたところ、いきなりの爆弾発言。


「テストの問題文はチベット語ですからね」


ですって。


「分かるわけないじゃん!」
「問題読めなくちゃ合格できないよ」
「Oh,my God!!」


などなど。
かつてないほど盛り上がりを見せる生徒4人しかいない教室。


さすがにイヒラモもその道理に気付いたみたい。その辺の頑固なチベット人ではなく臨機応変な学校教師ですから、


「そうね。問題文を説明しなきゃね」


テストの問題文の訳を解説付きで教えてくれるというなかなかシュールな授業が始まったのでした。



かりかり、かりかり、かり


チベット文字を黒板に書き始めるイヒラモ老師。
所々の単語の意味は拾えるものの、やはり全体の意味は理解不能でござる。



1.下記のチベット語の単語を中語または英語に訳せ。

2.下記の中国語の単語をチベット語に訳せ。

3.下記の5つのチベット語の単語を用いてそれぞれ文を作りなさい。

4.下記の1−5の各問に答えよ。
-1.チベット語の基本となる30文字を全て答えなさい。
-2.チベット語の元音を全て答えなさい。
-3.チベット語の後加字を全て答えなさい。
-4.チベット語の前加字を全て答えなさい。
-5.チベット語の上加字を全て答えなさい。

5.下記の文字を構成している各字の名称を答えなさい。

チベ字最高峰.gif



3番の問題を解説するあたりからある疑問がわき上がり、そして4番にいたるにあたってはやくも自信は確信に変わりました。


こいつほんとにテスト内容全てを教えとるやんけぇ〜〜!


1番や2番の単語問題では、実際に質問する以外の単語を挙げて説明しているとばかり思ってしまい、左の耳から右の耳に聞き流していたんですが、それもまたテスト内容をそのままいっていた可能性高し。


隣の隣のシンガポーリアンなんて初っぱなから目の色かえてノート取ってたんで、多分単語もすべてメモってる可能性高し。でもわたしのプライドが彼に尋ねることを許さない。彼にハンデをあげるようなもんです。


それにわたしは留学を始めた一年半前からテストのための勉強は一切しておりません


たんなる怠け者が詭弁を使ってなに開き直ってるんだといわれるかもしれませんが、学校のテストは授業にちゃんと出席して先生の話を聞いてりゃ答えられるし、授業の内容を生徒が理解できたかどうかを正確に測れるのが理想的なテスト内容だと思うんです。


だから繰り返しますが、今回もテストのための勉強はしないつもりでした。



でもやっぱ今回はします。


このままじゃ合格できんかもしれないというのが事前に分かっちゃいましたから。誰も好んで負け戦に臨むアホはおらんでしょう。


それに3カ月ちょっとの短い間でしたが教えてくれた老師の恩に報いるためにもよい点数を取るのこそ「理想の生徒像」ってもんっすよね。
posted by 牧場主 at 00:00| 北京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | エンジョイ!学生生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月07日

藏語クラス崩壊の危機




突然ですが、根気と体力もひとつの才能ですね。


ともに根気=お金に対する執念苦しさ、体力=人より多い脂肪のおかげ、と置き換えることは可能かもしれませんが…。


カムパ(東チベット人)によるカムゲ(東チベット語)のクラスで、寒波(かんぱ)のよる寒気(さむけ)を理由にしていいのかは分かりませんが、本格的な冬を迎え、とにかくチベット語の授業が崩壊しました。しました?まあほぼ断言でもOK


いったいどうしたこったい?


こうしたこってすわ


ちょっときどって8時10分ごろに「遅れて登場」するのが最近の日課。
でも廊下歩いてたときから異変には気付いてましたよ。
ドアが開きっぱなしだったんで。


おかしいな。やっぱりね。

教室入ってももぬけの殻。


思わず時計を確かめ、その後、休講になったのかな、そして最後に、曜日間違えたのかな、としばしの熟考。


「やっぱりおれは間違ってない」


本来なら血気みなぎる青年カンパ「レンチン老師」が熱く語ってるはずなんですが、

彼の場合は「実績」がありますからね。
http://itoyama.seesaa.net/article/8737667.html


でも同学(クラスメイト)が一人もいないのはどういうことか。


これまで最少でも4人は来てましたよ。
それが授業時間始まってもう15分近いのに誰もいないなんて…


すでに塾長も授業に出かけており、かぎはなく、家に帰ることもできましぇっん。


仕方なく寒々とした教室に一人、ぽつんと待機。

…1分

……3分

………5分


ダワが来ました。わたしよりさらにもったいぶらせて登場するのが日課らしいアメリカ人。もったいぶらせ好きなくせクリスマス帰国のため、テストを2週間も繰り上げた素晴らしいアメリカ人。


「見ての通りです」

「ワァオ」


それだけの会話のあと、また流れる5分間の静かなとき。


「タラリラリラランラ、タラリラリララランラ、」


静寂を突き破ったダワの携帯着信音はラテン。


「ウエイ(もしもし)」

「Hi....Oh,you've got up now!」

「...No problem! We are only two」

「Yes.Yes....See ya!」


この簡単な英語。
こりゃ英語大好きレンチンやな、と思ってたら、やっぱレンチン。
彼女の説明によれば、今からやってくるとのこと。


もうすでに中休みに入ろうとしておりますから、今から来てもほぼ授業にならないのは確実。でも面白そうな展開になってきたのも確実。


どんな様子で登場するのか。
そればかりを楽しみに待ってたら、


おきて破りの毛糸帽子で現れました。

ぽんきっきあたりのお兄さんがかぶっているような毛糸の帽子。しかもパステルカラーのストライプが入り、頭頂部には丸いボンボン付き。


「お〜ぅ、あぁいむ、そうり〜」と分かりやすい英語。


てっきりまた飲み過ぎで起きれなかったのかと思いきや、

いつもの「目力(めぢから)」はまったくなし。

どうも風邪のウイルスにやられたそうで、

「きのうは点滴だよ。3時間」

と力なく絞り出す声。

それでも


「こ・にえん・ら・じゃ・み・れ。むど・ら・ろ・もん・ぼ・んどゅ・に・べ・ぱ・れ・じん・れ(彼は以前中国人でした。長い間、ダルツェンド(康定)で暮らしたため、彼はチベット人になりました)」


なんて例文があると、


「不可能(ありえない)」


とばっさり切るあたり、カムパとしての「ほこり」までは失っていない模様。


でもいかんせん、終始咳き込みながら教科書を読む姿。


「もう帰って寝てくださいよ。」

「大丈夫だよ。この後にも授業があるし」


てなやりとりを何回か繰り返したところでタイムアップ。

我々の方まで疲れてしまいました。
これ以上学生も増えそうにないし、かなりブルー入ったし。
もう2時間目の総合の授業は「なんかもういいよね」ってながれ。


イヒラモ老師に電話。


「今日は休講にしてもらいたいんですが…」

「どうしたの?」

「学生2人しか来ていないし…」

「そう。次までによく教科書読んでおくように。とくにあなたは」

だって。


はい。これで終戦。

9月半ば。

やる気みなぎる7人の志士にて始まったチベ語授業。
こんなかんじで初めて崩壊したのでした。

だって。


はい。これで終戦。

9月半ば。

やる気みなぎる7人の志士にて始まったチベ語授業。
こんなかんじで「崩壊」したのでした。

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2005年11月30日

夢で言えたら05in藏語




あ〜困ったな。明日の口語の授業、発表だよ。


テーマ「先週末に何をしたか」


あの熱血レンチン教師、一人あたま5分は話せって言ってたよなあ。
あ〜とか、う〜とか言って間を持たせても、そんなんでお茶を濁せるような時間じゃないしなあ。なんば喋ろうか。



明日の授業準備(備課)をする塾長を尻目に、

リビングの片隅にあるわたし的ホームスペースにて横になり、そんなヨシナシゴトを頭めぐらせてたら、子どもの時からの悪いくせ。3分も経たずに×_× ×.× ×_×


いつの間にか、

例の超寒々とした教室。
授業は始まってしまいました。




11月26日(土)   天気:晴れ

表題:中国ピーマンなぜ辛い


結論から言うと、答えは分からず。

あ〜悔し

食事当番ということで、日式焼き肉をプロデュースすることになった今晩。

ぶた肉(スペアリブ)はもみだれにからめて香ばしく、薄目に切った牛肉はそのまま焼いて、おろしポン酢でいただきました。



なんて立て板に水で話したいのは山々。
日記にゃ、こんな面白いこと書いてんだぜぇ。

でもチベ語歴2カ月半にそんな説明すらまず不可能。


あ〜何言おうか、何なら言えるのか。


もがいてます、もがいてます。直前まで。
でもとうとうやってきました。自分の番…


ところが。

いざレンチン教師および同学たちの視線を浴びるとあら不思議。



ざんこ・んじぇんば・ぎ・ざっ・ぺんば・

んがっ・すーちゅあん・ふぉ・じょ・ちぇんぼ・ら

ろん・こ・のん・で・に・うぉん・じ・いん


(うおう。調子いいじゃん、おれ)


でに・んが・ぎ・しゃぽ・にゃむだ・はおようどう・ら

じょの・ら・そん・ぜ・いん


(けっこうしゃべれてない?やっぱ本番強いぜよ)


んが・ぎ・のん・ら・さ・ま・ぞ・ぞん・ぜ・いん

しゃ・ぽ・ぎ・んが・ら・せ・に・は・つぉん・や・ぽ・れ

んぎぃ・そむ・な・は・つぉん・し・ぽ・れ



ぷちっ


ここでフィルムは切れてしまいました。



はっ

うおっ、おっ。
ここは、へ、や、だよね。


日付け、は?

一応は30日(水)。でも午前4時。


時計が逆回転したわけはないから、


墜ちてました。


ネバーランドに片足つっこんだ男が、不覚にも今度はドリームランド(夢の世界)に住み着こうとしておりました。


それにしてもこれが間違いなく初めて。


夢の中でチベット語をしゃべってしまいましたよ


来ました
来てます
来るとき
来るなら


夢で外国語しゃべったら一人前とよく言いません?

とうとうその瞬間がやって来てしまったわけ。


最近全くチベ語ネタ無くなってたし、あいつ挫折したんじゃないか


なんて心配してくださっていた皆様へ。

へへ〜ん。ざんねんでした。
わたしはこんなに大きくなってしまったのです。



もちろん。

夢のお告げ通り、本番の授業でも一字一句そのままに使わせてもらったことは言うに及びません。



《付録》

先週の土曜日、私はバスに乗って視線大学に行きました。そのあと、友人と好又多に買い物に行きました。私が夕食を作りました。友人は私に「とてもおいしかった」と言いました。うれしかったです。

posted by 牧場主 at 17:22| 北京 | Comment(0) | TrackBack(0) | エンジョイ!学生生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月29日

族の宴最高潮@美食祭




「おい、こっちにも」「おすなよ、おすな」
「全員の分あるから大丈夫」


四川省成都市の西南民族大学で29日、美食まつりが開かれました。食(蜀)の都にふさわしく、また中国56民族全てが集い学ぶ民族の殿堂に相応しく、極めてハイレベルな美食の宴が繰り広げられる、と思って出かけてみました。学生食堂前広場。

…やっぱりタダじゃ終わりませんでした。
だからブログにも書いちゃうわけですが…


このイベント。

正式には「西南民族大学第二届民族美食節」。


第2回ってことですね。


会場はかなりにぎやかに飾り立ててありました。


例の中国らしい赤地の横断幕懸垂幕に黄色の文字で、


川菜 名菜 天下菜 菜彙

美食 美味 美民大

麻辣鮮香 百食百味

名厨 高厨 天下厨 厨聚民大


などなど。極めつけは


熱烈慶祝我校首次実現五十六個民族大団円


ですか。

このスローガンの嵐。

これだけ能書きにまみれていても、中国語を習い続けていると、時に「あっこれ、うまいよ」「使えるかも」なんて思ったりするから不思議。

たぶん会話の中に成語(≒四字熟語)を織り交ぜることに快感を覚えるようになる時期とタイミング的に何か関係があるような、ないような。



開会予定時間は午前11時半。
すでに会場の周りは円形の人だかり。


円の中心からは四方八方に動物性油の焦げる香ばしいかおりが広がり、観衆の鼻孔を直で刺激しとりました、とです。



民大美食節3.jpg

◎参考写真:しっぽがかなりセクシーな何かの丸焼き。しっぽり焼き上がり


族といえばこの人。

彝(イ)族会のホープ、グーウエイムーチュィさんが登場。
http://itoyama.seesaa.net/article/7996282.html


「あれなんの丸焼きッスかねえ」

「羊です」

「はい、そうですか。ありがとうございます」


今回は彼、キレで勝負。出番短めで終了。


ところで私がこのイベントを知ったのはほんの前日。
学校中いたるところにボスターが張られ、


1000人分の焼羊肉、ピラフ、バター茶無料


と大々的に宣伝してたんできちゃった学生も多かったはず。


ところがやはりここは中国ね。


まつりはたった15分遅れで開幕したのですが、領導たちのお言葉、司会者連中の能書き、さらに来賓席限定試食が続くばかりで、一向に、われわれの前に張られた美食の数々と観客とを隔てるテープが除かれることはありません。


「おあずけ」をくらったままの中国観衆約300人(と日本2人)


とうとう目の前約5メートルの「羊」がむしられ始めました。


やっぱまずは正面ステージのお偉いさんたちへ。

でも、今度は民族衣装をまとったお姉ちゃんたち(≒学生たち)が皿を持って観客の前にもやってきまいりました。


うおぉー(冒頭のシーンへ)


民大美食節1.jpg

◎参考写真2:一気に伸びてくる手、手、手。ちょっとびびり入ってる民族小姐


一番乗り。羊肉に手が届いたのは学生ではなし。いわんや我々少数日本人でもなし。ねずみ色の制服を着た学校保衛の若者。超嬉しそう。笑顔がすてき。


ですが、これを機に群衆が一気にテープを乗り越えてしまいました。


もうかんぜん無法地帯の治外法権。


押し寄せる群衆。
まるで切符売り場か、バス乗り場。
決して最高学府のあるべき光景にはあるまじき。


羊がむしむし、むしり取られます。
もうほぼ骨だけになっちゃいました。



大きめの盆に美しく山形に盛られたピラフ(抓飯)は、かつて手づかみで食べていたからその名が付いたという由来通り、片手一杯に握らとれ、持ち去られていきます。

各々がおにぎり2個ずつは握れるくらいの分量を、ですぜ。



わたしはこの混乱に乗じて、ステージの方にまで進んでいきました。
マイデジカメがポータブルの撮影機に見えなくもないんで、中央電視台、四川電視台の方々に混じって歩き回ってしまいました。



テープの手前にいたときからずっと気になってた場所に直行。



民大美食節2.jpg

◎参考写真3:街角に普通にいそうな雰囲気を醸し出す彼が気になってました


かとチャン並みのちょびヒゲについ目がいってしまいますが、司会者に説明したところによれば、


「カタッカタ」


みたいな名前のウイグル族ハンバーグを作るのだそう。

聞いてないよ〜。聞いたことないよ〜。

食いたいよね。食いたい。でも、まだ相当時間がかかりそう。



このウイグル青年を含めた8つのテーブルに各民族の学生がいて、それぞれ自慢のお国料理を腕によりをかけ、そしてコンテスト(PK)、という流れです。



でもそれはまだ1時間先の話らしく、腹の虫はぜんぜん待ってはくれません。ましてや一時間後にも食える保証はどこにもなし。


我々はレンイエンとともに退散いたしました。



でもね。

いったん体にともされた民族の炎はそう簡単には消せない、わけ。


成都一、民族の香りぷんぷん漂う武候祠横街×洗面橋横街の十字路近く。

となりはバター茶屋。向かいは民族衣装屋。
そんな蘭州拉面屋さんで、ばりばり回族料理を食っちゃいました。

ほんま羊の臭い全開、
とにかく口の中に羊エキスあふれるくっさーいやつ。

さらにはお勘定で一元よけい取られちゃいました。


それもまた、民族チックなオチでよろしーかと。



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2005年10月28日

遅刻教師の言い訳とは




ホンモノがやってきました。


金曜日。


午前8時からのチベット語基礎が終わり、チベット語口語が始まるまでの20分間の休み時間。いつものように馬鹿話を繰り広げる日本人連中。


「ごめん。おれ英語に目覚めるから」

「なに考えてるんすか。中国ですよ、ここ」


そこに割り込んできた第三者の日本語。


「日本人の方ですか」

(えっ)

「はい。そうですが…」

「あっ。やっと日本人に会えました」


女性。20代だけど四捨五入すれば多分30歳にはなりそうなほど。


「ここチベット語のクラスですよ。チベ語やるんですか」

「はい。ラサ語は分かるんですが…」


そうでなくても新鮮話に乏しいこのクラス。



とにかく、アフリカ・サバンナの真っ直中をひた走る列車に一人だけ乗り合わせた黄色人種のように、


「新同学登場か」
「韓国勢力(3人)に並ぶ第一勢力誕生か」

そんな期待に取り憑かれたわれわれ日本人2人の質問攻めにあう彼女。


○○大学(その世界in日本では超有名)でチベット学を専攻してました。ラサに留学してました。民族大に来る前は北京の藏学研究機関に在籍してました等々。


聞けば聞くだけ、彼女のモノホン度は高まるばかり。

われわれ興味本位野郎のニセモノ度も際だつばかり。


先週成都にやってきたばかりという彼女。
本業はこちらの大学の藏学院(チベット族が学ぶ)での研究ということ。


「カム語は初めで聞き慣れなくて…」


ということから、本日はちょっと体験授業ということも分かりました。


そういうことな喜んで授業を聞いてもらおうか


なんですが、気がつけばとっくに授業が始まってもよろしい頃。


なのに、やってこない人がいました。
口語の教師、目力(めぢから)の蔵族レンチンワンジャ。
→(http://itoyama.seesaa.net/article/8575436.html


熱心さにかけては、「さすがチベ人」というくらいわたしもレンイエンも評価が高かった彼なのに、20数分過ぎようがなんの音沙汰もなし。


「やっぱ30分たって先生来なかったら休講になるんかな」


なんて冗談も本気になりそうなころ、じわ〜っと開かれる教室のドア。
そこから、ぬ〜っと現れるちょっと伏し目がちなチベット人。
顔を若干赤らめ、教室内を見渡す男。ばつの悪そうな表情。


そう。レンチンワンジャ。

今日は目力0。


申し訳なさそうに教卓まで歩みを進めると、


「ごめんなさい。寝坊しました」


(えっ。先生が寝坊っすか)


「昨日ガンゼ(先生の故郷。成都からバス2日)から友だちが来てね。2時まで飲んでました」


(えっ、2時から今まで寝てたの?)


「そいつのいびきがうるさくて。実は1、2時間目の藏語高級口語は完全に寝過ごしちゃったんだよね」



そう。ここはネバーランド成都。

この底なし沼ならぬ「ぬるま湯沼」に一歩でも足を踏み入れたなら、東方のうさぎ小屋国家からやってきた元働き蜂たちであろうが、西方の気高きスノーランドの住人たちであろうが、だれもが「ピーターパン症候群」に毒されてしまいます。



そういうことで一応授業が始められたんですが、20分もすれば中休みの時間。

授業を最後まで聞くことなく、モノホンは去っていきました。

「なかなか分かりやすい授業じゃないでしょうか」
(何よこんな授業。つきあってられないわ)

背中がそう語っておりました。


もう二度と会うことはないでしょう。


ニセモノ連中は残念なようなちょっとほっとしたような。
posted by 牧場主 at 22:19| 佐賀 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | エンジョイ!学生生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月24日

んがっつぉ〜・らぬっ





の〜ら〜・ぞんぞん・のんわ・じぱ・ら・いぇ〜〜〜♪

でん・どぅ・ぞんじぇ・ぞんな・のんわ・じばら〜〜♪

でん・どぅ・らぬっ・ぞんじぇ・ぞんな・のんわ・じばら・イエ〜〜〜ィ♪

よん・しん・げちゃ・ま・んどぅろ・のんわ・じばら〜〜〜♪


のわ・じば・じっそー!

のわ・じば・にっそー!

のわ・じば・そーん!そーん!



Yoh,Yoh,ブラザーのってるかい?


わたしは全くのってけません。

でもフルコーラスいっちゃいました。
いや、いかされちゃいました。

レンチンワンジャ老師の目力(めぢから)によって。


字にすれば怪しげな呪文ですが、実はこれ、先週金曜に習ったチベット歌。


意味はよく分かりません。
その日のレンチン老師の説明、聞いてませんでした。
電子辞書ショックがまだ大きくて(笑)。


とにかく「幸せが来るように」と願う歌らしい。



週明け一発目の本日。


「今日は一人ずつ歌わせてやるぞ」


と勢いやってきたレンチン老師ですが、だれも自ら手を挙げず。


生徒一人ひとりの目をじっと見つめる老師の個人攻撃が始まりました。


「さくら(独唱)」を上回るE難度の「のわ・じぱ(独唱)」。


まずはレンイエンが被爆。切り込み隊長となりましたが、わたしはやつが心中歌いたがっていたのを知っている。だから問題なし。


さらに紅一点ならぬ白一点。イエロー・モンキー集う教室に送り込まれた西洋からの刺客、ヤンキー娘が続きました。娘もレンチンぞっこん病なのでいわば当然の成り行き。


つづいて先週から現れたアムド語を話す謎の中国娘。歌えて当然でしょう。それよりあなたは誰なのか、そちらを先に教えてください。



ここまではまあスムーズにいきました。


さて、ここから6人、普通の人間どもが残されたわけです。

好きで手を挙げる者などなく、目力にはさらに力(りき)が入ります。


一斉に下を向く一同。やはりこの辺の反応はみなアジア人。韓国もマレーシアもシンガポールも日本も共通しています。


あっこっちに近づいてきた。

わたしの前で停まりやがった。

ぜったいこいつ、わたしをレンイエンと同類だと思ってやがる。盛り上げ役はレンイエンだけで結構。「かませ犬」にしようというのですか?


「ゲサル。どうだい?」


名指しですか。
去ろうとしませんか。

私の悲しい目があなたの充血した眼には映りませんか?


で轟沈。教室内に4度目の


「んがっつぉ〜・らぬっ♪」


が響き渡ったのでした。


ちなみにこの曲。最初の4句は完全に民歌(民謡)調メロディーなんですが、後の3句は完全なラップ調。


ねぇ先生。

生徒に歌わせるまではまあいいんだけど、生徒よりノリノリ、振り付きで「じっそー、にっそー」なんてやっちゃうのはどうなんでしょう。下界に降りてきてもチベット人はチベット人なんだから。もう。


あと。わたしで終わりってどういうこと?

わたしの美声に満足したんだと受け取っておきましょう。



まあチベット人なら、カム、ラサ、アムドどの方言にも関係なく、誰でも絶対例外なしに知ってるらしいこの歌。

何か困ったら「最後の切り札」として使わせてもらいましょう。本当に幸せが来ればいいんだけど。



ところでチベット語の授業。いまだ脱落者が出ません。



クラスが始まった頃は、平均年齢の高さの方に驚いたものですが、もうかれこれ1カ月半。このモチベーションの高さは何でしょう。休んだ人間がいないというのは全くの驚きです。


12月下旬に本学期が終了してしまうため、そろそろ授業は折り返し地点にさしかかろうとしております。先頭集団との差が開きかけ始めたようで、若干かかり気味になりそうですが、無敗の三冠馬よろしく中盤からじっくり展開を見せてもらいましょう。


何言ってんだ、この後方グループが!!


という指摘も聞こえてきそうですね…。
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2005年09月26日

やっぱり反省の月曜日




楽しい週末の後は必ず訪れる月曜日。


授業3週目です。


いきなりはつらいね。
チベット文字が目に染みる。


遊びと仕事(授業)をきっちり線引きできる男なので、週末に本を開くわけにはいかない。


でも何の準備もなしでのこのこ月曜の授業に登場した日には、基礎と口語の計4時間弱もの長きにわたって針のむしろの上にいるようなもの。



だから月曜日、朝早く起きて先週分、少なくとも金曜日分の授業内容をおさらいするようにしてるんですが、秋分も過ぎて夜明けの時間が徐々に遅くなっているのとは対照的に、目覚ましの設定時間はだんだんと早くなってます。


単に教わった量が増えているからだけならいいんですが、自分の理解と授業の進度とのギャップが徐々に開いている、イコール自分だけ取り残され始めてるんだったら一大事。


先週のうち教科書も手に入ったんで、学校のせいだから怠けるという言い訳ももう通用しない。怠けたのは単に私が怠け者だから、ということになります。


でもね。

2週間近く待たせた挙げ句にできあがった教科書ってのが、単なる元本をコピー機で複写して手作り製本したブツってのはやっぱり学生のやる気をそぐ狙いがあるとしか思えない。印刷し直しじゃないんですよ。その証拠に昔使ってた人の書き込みが随所に残っています。これがA5版110ページで15元。計4冊あるから合計すると、、ああ恐ろしい。


またしてもグチ先行となりました。
そうそう、今日の授業のことを。


基礎の授業はまだ基本30字の5段活用が続いています。

「チャ」と「ツァ」、「ジャ」と「ザ」など、「シャ」「サ」でも有気音と無気音があったり、あやふやになるところもありますが、母国語に近い語があるかどうかの違いで、韓国人やアメリカ人たちにとってが日本人よりもっと発音が難しそう。

理屈じゃ分かっていても、耳が聞き取れないのか、口が回らないのか何度も言い直しをくらってます。わたし的にはじゃっかんリラックスできるひとときですね。



その分口語の時間は、手痛い反撃を食らいます。

男性教師「レンチンワンジャ」は甘孜出身の生粋カムパらしく、一度エンジンがかかっちゃうと、20〜30の新出単語を黒板に書き殴ります。容赦なく。とうぜん教科書には載ってない奴ばかり。


まず文字を追うだけでも一苦労。こちらは象形文字にしか見えない字を一つ一つ写し取る作業をしなきゃいけないのに、それを一気に20とか30ですよ。


文字を書いたら次はカタカナで読みを併記。さらにはその言葉の意味も残しとかなきゃ、後で見たとき「なんじゃこりゃ〜〜」となるのは目に見えてる。まるで短距離走のペースで長距離を走らされてるみたいな楽しい時間。ぐうの音も出ませんね。



これまでわたしが勉強してきた外国語って、どれも「メジャー」な外国語だったわけですよ。


英語、ドイツ語、中国語。本屋に行けばどれも参考書が棚数個分くらい売られていて、「毎日10分で」とか「たった一週間」とか「寝ながら」とか、とにかくできるだけ楽してその言葉を身につけられる方法が色々開発し尽くされてます。


それがマイナーな言語を始める場合だとこんなに手がかかってしまうのか。少数民族の言葉を学ぶからこそ得られる実感ですから、それも含めて勉強として付き合っていかなきゃいけないのでしょう。


あまりたくさんの時間をかけられるわけじゃないけど、せっかく始めたんだから少しずつでも確実に身につけていきたいもの。何千年もかけて徐々にできあがったチベットの氷河のように、です。うん、例えが美しい。


もちろん温暖化(老化)のために溶け出す(忘れる)量の方が多いという突っ込みも聞こえてきそうですが(笑)。

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2005年09月22日

わたしもぐりするぞう




チベット語であろうと中国語であろうと、北京語言大学にある短期強化班など一部の例外を除けば、語学留学生の授業があるのは午前中が中心。わたしも午後に授業があるのは水曜日の一日だけ。



それなら空いた午後の時間、「学生」として何をすべきなのか?



何を迷っておる。

勉強以外何がある。

どん欲に学び生きよ。



そんな怪しい声を聞いたわけではありませんが、あふれ出す知的好奇心の泉に自らおぼれそうなわたしはもうちょっとだけ授業に参加してみることにしました。



でも授業あるのって午前中だけだって言ったじゃない?


Ans.あくまで「語学の授業は」というところがみそ。


外国人を対象に4年コースの本科生カリキュラム設けている大学では、本科生および中国語以外にこの国の様々な分野に興味のある語学留学生向けに様々な選択授業を開いてます。それをわたしも聴講させてもらおうということで、本日はちょっと某大学までお出かけしてきたわけです。


もちろん何のあてもなく行ったたわけではなく、事前に某大学の語学留学生である「ティエンゴン」(参照http://itoyama.seesaa.net/article/4650621.html)」から選択授業の時間割をゲット、本日は「中国文化2」があると知った上での狼藉です。


ちなみに同大はほかにも、報刊閲読/四川方言/当代中国経済/漢字概論などなど計13クラスも取りそろえておりますよ。


とにかく選り取り見取りなんですが、ちょとだけ気になることも。


出席とかとるのかな。
学生証とか必要なのかな。
あまりに少人数だとバレちゃうよな。



はい。

一般的にわたしの行為は「もぐり」と呼ばれます。



でも、おおらかな四川人がそんなことを気にするはずないのです。

学ぼうとする学生をむげに退出させたり、金を請求したり、果ては公安に突き出したりするようなことは万が一にもないはずなのです。



すでに勝手知ったる某大学。


授業時間も近づき、新しくなった留学生校舎の階段を上るわたし。でも直前になってちょっぴり不安値上昇、若干足取りも重くなりかけていたそのとき、


「なぁ〜にやってんすか。こんなとこで」


と背後から聞き慣れた声。


今年から本科の3年に編入なされた「ランタイハン」じゃございませんか。


そうかあなたは本科生。「中国文化2」は必修授業な訳ですね。



旅は道連れと申します。実はかくかくしかじか、こういう事。
どうぞ私をお供に連れてってくだされ。きび団子もいりませんから。


「まぁじっすか。じゃあ来てみてくださいよ」



知り合いが一人でもいればもう勝ったも同然。


開講2週目にして受講生9人というかなりこぢんまりしたクラスではありますが、みな「中国文化」を極めんとする志高き学究の徒ばかり(のはず)。みんなで楽しく、文化の薫り高く講義を受けましょう。


講義は40代のおばちゃん先生が中国文化にまつわる話を3コマ(約2時間半)ぶっ通しで語り続けるという、興味のない人には地獄の責め苦のような内容なのですが、わたしにとっては元々嫌いじゃない分野だし、ヒアリングの勉強にもなって尚よろし。


教科書がないというのもありがたい。投資額0ですみますしね。



今日のテーマは「道教対中国民俗和民俗心理的影響」でした。


その内容をすべて紹介すると、上記のように漢字ばかりの世界になってしまい、皆さんも疲れてしまうでしょうから渋々割愛させていただきます。


どうせナンも分からんやったっちゃろう


といわれそうなんでちょっとだけムキになって説明すれば


中国三大宗教の一つとされる「道教」なんですが、その信仰としての道徳観念が広く民衆にまで影響を与えているだけではなく、「長寿不老」を究極の目標に教義のブラッシュアップを進めてきたために、とうぜん「不老不死」こそかなわなかったものの、その副産物として医学面を中心に広く科学の分野で中国社会の発展に大きく貢献を果たしてきたのです(パチパチと拍手)。



で、ちなみに成都は道教発祥の地でもあります。


郊外には世界遺産にも登録された「青城山」、市内には老子や唐代の皇帝なども訪れた「青羊宮」があって、生命力の象徴として十二支の特徴を体の随所に備えた超人気「青羊像」だけでなく、長髪を頭の上でミカン状に束ね、青色の道衣をまとったちょっぴりお茶目な道士たちの姿も拝むことができます。


ちなみに青羊宮の隣が、マーボー豆腐発症の店であるところの「陳麻婆豆腐本店」でございます。お帰りの際にはぜひお立ち寄りを(→最近火事で焼失したそうです)。



結局、わたしなりに楽しく過ごせた2時間半。面白い映画(斬った張ったじゃない奴ね)を見終った後のちょっと心地よい疲労感に似た気分です。



あと余談ですが、映画といえば今日のクラスには周星馳主演の「功夫(邦名;カンフーハッスル)」で、井戸の水で体を洗ったりして気持ち悪い存在感を発揮していた若者役の俳優(こんな説明で分かる?)そっくりの生徒がいました。


歳は映画状の役回りよりは5つくらい上で、体格は2回りほど豊かなんですが、顔立ちがうり二つなだけでなく、その独特な臭いまで本家そのもの。


一番前の椅子に姿勢をぴんと正して座り、講義中は微動だにせず。机の上にはノートや筆記具もなく、とにかく先生の話を聞いているのかすらよく分かりません。ていうか絶対留学生の雰囲気もありません。まるっきし中国人の雰囲気なんですから。


彼の存在だけでも「来週も来たい」と思わせてくれる選択授業だったし、これだったら他の曜日ものぞいてみようという気になります。



そうそう。もぐりはもぐりなんですが、事の善し悪しについては気が向いたときに考えることにしましょう。喪黒福造(笑うせえるすまん)に目をつけられたのんきなサラリーマンたちのように、ブラックな結末に終わらないことを祈りつつ。

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2005年09月19日

ケサル・ドルジェ誕生



遊びは遊び、勉強は勉強でけじめをつけるのが模範的な学生。


楽しかった週末2日間が終わり、授業再開。第2週目です。



「カーン」と一発


決戦第2ラウンドの鐘が心地よく響くかと思えば、さにあらず。

例えるなら、


「ぐわ〜ん」とにぶい銅鑼の音ですね。


最初の一週間はチベット語の基本文字計30個をどうにか覚えた段階。皆さんもおぼろげながらなら「へんなかたち」ってことは想像できるでしょうチベット文字。そのうち日本語で言うところの「あの段」を習い終えたわけです。


今週からは30文字それぞれを「i u e o」で活用させるための訓練が始まりました。要するに身につけなきゃいけない発音が30から150まで一気に120増えるという、ねずみ算かマルチ商法の手法のようでしょう。まったく。


基本文字(あ段)の上か下に「iの段かeの段か」などを表す記号が付くだけなので、元字からそんなに変わらないのが救いといえなくもないのですが、やはりぱっと見ですかさずその音が口に出るようになるには、理屈ではなくて慣れが必要。つくづく感じてます。


さらにこれで文字の練習が終わりにならないのがチベット語の「かわいらしい」ところ。


発音の基本となる文字の上下右左さらにそのもう一つ右にも文字が組み合わされる場合もあり、最大7つの文字で一つの発音を表すなんて「緊急事態」も発生するらしい。当然ながら発音練習の終わりがいつなのか、なんて分かりません。


見上げても頂どころか最初の休憩所さえ見えない山に寝間着にサンダル姿で登っているようなものでしょうか。


文字や文法を学ぶ「基礎」以外に、会話能力を鍛える「口語」の授業もあるのですが、いくら簡単な会話を教えてもらっても、鼻から息を通したり喉の奥から言葉を発したり、ってな具合にカタカナで書き記すにはどうやっても限界がある言葉ばかり。


やはり文字の習得は必要不可欠。


もう少し危機感を感じるべきなのかもしれませんが、何よりやる気が起きないのは、まだもって教科書が手に入らないから。そうだ、それが一番大きい理由ということにしましょう。わたしは被害者です(笑)。


あーあ、本さえあれば予習もできてチベット文字も早々にクリア、授業にも心理的な余裕を持って参加できるのになぁ。



さてさて、グチは終わり。


これを読むだけではかなり難しいことをやっているように見えるかもしれませんが、2週目に入っても総勢9人(まで増えた)の同級生連中にまだ脱落者はいません。これは中国語クラスだったらあり得ないこと。真面目な人たちに囲まれて、幸せですね。


もう一人の日本人「レンイエン」と「最初の脱落者は俺たちか」と震え上がっております。



あと今日は先生に名前を付けてもらいました。


ケサル・ドルジェ


になりました。


今のところ愛着も何もない名前なので、


「ケサルと呼んでくれ」


なんていうことはないと思いますが、今後話の流れで「ケサル」が出てきたときは、このわたしだと思ってください。読み飛ばされるとちょっと悲しいので(笑)。
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2005年09月13日

中国語も高級に1発目




チベット語ショックから一夜明け



とりあえず平常心を取り戻したんで、中国語モードに転換です。


授業のない火曜日、木曜日は中国語を学びます。外国人向けの中国語クラスに出席するわけです。


チベ語受講者は空いた時間、無料で受けられるとの情報もあったんですが、実はただではなし。追加料金は定価(US$600)の5割引きということで、合計900ドルになるとのこと。とうぜんまだ払ってはいませんけれど(笑)。



「球けがれなく道けわし」の言葉を残したのは、中西球道くん(水島新司)のお父さんですが、「中国語けがれなく道けわし」たるを胸に秘め、さらなる高みへと突き進まんとするわたし。



ところで、四川大や北京語言大のようにしょっぱなにクラス分け試験なんていう「しっかりしたもの」はありません。だいたいの目安として中国語を0から始めた場合、初級一年、中級一年、高級一年という具合にレベルアップしていくと言われてます。ここにも初級上から高級下まで、計8段階のクラスがあるんですが、どこで学ぶかはやる気次第の自己申告制。



ってなことですから、一年間の中国語学習の成果をふまえて本日乗り込んだのは、上から二つめの「高級上」クラス。


単に火木および月水金午後に空いている時間で、最もたくさんの授業をとれそうなのがこの「高級上」だったという裏事情が最優先。それでもちょうど一年前、今のチベット語のように初級一班からスタートをきった事を思い返せば、なかなかな所まで辿り着いたもんです。



ところでそのわたしが受けることになる「高級上」は「読写」「説話」「聴力」の三科目があって、ちょっと聞き慣れない「読写」はようするに「総合」の授業。

月から金までに計9コマ。他大学の語学コースより3コマほど少ないのが「やはり民族大」というところなんですが、わたしにとっては空いた時間で5コマがとれるというありがたい時間割になっとります。これなら$300くらいの価値は十分あるんじゃないでしょうか。



とにかく始まりました。一発目は「聴力」。どれくらいの学生がいるんだろうか、レベルはどれくらいなんだろうか。色々考えながら教室のドアを開けるわけですよ。室内にはまばらに座る数人の学生らしき姿。でもどれも黒髪の中国人チック。

我が学舎を「空き教室」と勘違いして、勉強したふりをして居眠りに来る中国人学生がよくいるんですが、まさにそんな感じ。


でもその中の一人の女性がいきなりわたしの名前を言ってくるわけです。


鈴木京香を10才ほど若くした感じ。よく見りゃ「学生」というのはちょっと無理がある雰囲気ではありますが、とにかく色白でストレートヘアーで清楚な感じの四川美人が、いきなりわたしの名前(中国語読み)を言ってきました。


要するに先生だったんですね。これまでわたしに中国語を教えてくれた先生の大半は女性だったのですが、「それら」(失礼千万)とは比べるのがおこがましいくらいに飛び抜けてますね。それはちょっと遅れてやってきた日本人同学「レンイエン」も全くの同意見。


で、お顔が美しくあられる方が、言葉になると「ズーズー四川弁」だったらそれこそあられもない話になっちゃうんですが、これまた「お美しい」と表現するのがぴったりの発音。


急いで時間割表を見返しちゃいました。
え〜っと、「聴力」の授業は週何回あるんだ?


あいよぉ〜、たった2回じゃないですか。
で、その内の一回はチベ語の授業があってわたしは出席できず。


学生は結局6人ほど。西洋人が多いのはちょっと新鮮でした。なにぶん語言大の授業では髪の黒い人以外は一人もいなかったわけですから。


先生には本日の新聞と中国の民話集、四川を紹介した本を読んでもらいました。この美人先生の本業は中国人学生に中国文化を教えているということで、歴史的事実や文化背景説明もかなり本格的。実際に面白い授業でしたね。


こりゃ本気になって、月曜一限の「チベ語基礎」をさぼっちゃおうかな、なんて考えてしまいそうです。



で、そんな幸せな気持ちで終わらせてくれないのが民族大学。


続く「説語」。


四川人の四川人による四川人のための普通語「川普」を訓練するところでした。


40代のおばちゃん先生。そんな美人先生が何人もいるなんて事はあり得ないから、それは構いません。教師歴が長い方が教え方もまあうまい可能性が高いわけですから。


でもこの先生。
完全なる「川普」の使い手なんです。
「h」の発音を頭から完全に削除してしまってます。


例えば、

「シェンマ(何?)」が「センマ」
「シャン(山)」が「サン」
「ジョン(鐘)」が「ゾン」

ですね。


オイオイ、普通語を教えようという気なんてさらさらないんですか?



でもものは考えよう。

四川省にしたってチベットにしたって、学校から一歩離れたとしたら、こちらが普通語で話しかけたとしても向こうさんから帰ってくるのはよくてこの「川普」なんです。さいあく「四川語」だったり、「チベット語」なんてことも多々あるわけで…。


よし、おばちゃん。
せっかく乗りかかった船。
あなた色に染まってあげようじゃないの。

もちろん、自分がしゃべるようになる訳じゃないよ。あなたの川普を完全に理解できるようになって見せます、と言う「好学生宣言」ですから勘違いはしないように。



高級な中国語クラスの一発目。

肝心の授業レベルはちょい簡単目だったんですが、チベ語で神経すり減らした後でまた難しい中国語に挑むのも自分がかわいそうなので、とりあえずこちらに腰を据えようかなということです。
posted by 牧場主 at 18:13| 佐賀 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | エンジョイ!学生生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月12日

チベット語授業1発目




こんなんが一生続いたらさぞや楽しかろうなぁ


そんなこと半ば本気で考えそうになるほど「たぶん史上最長の夏休み」。


ある意味活動的に、でもよくよく振り返ればかなりだらけて過ごしてしまった日々は、やっぱり終わってしまいました。


いくつかの理由かあって何の現実味も感じられず、今もってそんな気はないんですが、西南民族大学の外国人向けチベット語クラスが本日、この日を以て始まってしまいました。




ラサ語が学べると聞いていたのですが、結局開講されたのは主に東チベットの方言「カム語」のクラスのみ。わたしもそこに押し込まれることになったのでした。



もちろん学校側から「ラサ語ができなくなった」などの報告はなし。
留学手続きの第一段階であるはずのJW202表も作成してません。
学生証などは当然なし。


それならばこちらも、ということでわたしも授業料も納めてません。


でも、ぐうたらさにかけてはやはり大学側が一枚も2枚も上手。
そっちがそう来るなら、と今日から使う教科書がどこにも売ってなかったりする。



参りました。
ごねても始まりません。
でも授業は始まってしまったんです。
結局損をするのは自分、動き回るのは自分。



そんないい加減な学校の授業なので、当然いい加減具合120%くらいのだらけた授業になるのかな、と思っていたらそれは真逆だったりするから気持ちの切り替えがもう大変。


文字も知らず、単語も知らずという「基礎力全く0」の言葉を学び始めるのはこれが初めての経験。


もう何もかにもが新鮮でした。


と言えば聞こえがいよね。でも実際には、


「しりとりだったらいきなり負けじゃん」というような「ん」から始まる言葉やカタカナ化もできないような音声が飛び交い、黒板上には「ミミズの動きの方がまだ規則的だぞ」ってつっこみたくなるような文字たちのオンパレード。


思い起こせば一年前。

漢字オンリーの世界にいきなり投げ込まれ、もがき苦しんでいた西洋人留学生たちの気持ちが今になって分かりましたよ。


知らない言葉の世界に足を踏み入れるのは、恐怖です。緊張です。普段の授業の数倍は神経を使います。


主に文法などを学ぶ「基礎」は巴塘出身の女性教師「イヒラモ」が担任。

30の基礎文字のうち24文字の書き方と読み方を教えたところで紀念すべき第一回授業はタイムアップとなりましたが、とにかく発音にうるさいお方でした。何度も何度も言い直しさせられ、自分では同じにしか言っていないはずなのにいきなり「OK」をくれたりするお方でもありました。


2時間目は「会話」。甘孜出身の「レンチンワンジャ」は見た目から長髪無精ひげの「もろカンパ」です。でもさすがにヒョウ柄の衣装などを着ているはずもなく、大学講師として最低限の知性の香りは漂わせておりました。

もしチベットエリアで道に迷ったり宿を探したりする場合、こんな感じのカンパがいたらちょっと助けてもらおうかなと思わせる人のよさそうな感じ。


でも教えることは熱血ハード。先の授業で既に頭は破裂寸前だというのに、これでもか、と教えてくれます。


あなたはどこの出身ですか。
あなたの名前は何ですか。
ご飯は食べましたか
おいくつですか。
仕事はなんですか。


それぞれの質問への答え方も含め、計10個のチベット語をご教授いただいたのでした。あとこれはお約束。数字の1から10まで。4と10の違いは何度聞いても最後まで分かりません。



ところで「カム語初級」のクラスメートは総勢7人。日本2人、韓国2人、米国、シンガポール、マレーシアが一人ずつ。男女は5:2。


男たちの勇猛さでは他のチベット地域を圧倒するカムの大地に現れた「7人の侍」もしくは「荒野の7人」みたいなものですね。強いて例えるなら(笑)。


何故かみんな中国語も分かります。しかも0から初めて中国に1年間留学したくらいのレベル。しかも校内では販売してないはずの教科書を独自ルートで入手済みだったりもする。詳しい身辺調査はこれから徐々に進めるわけですが、油断できない可能性が高そうな雰囲気がプンプンします。臭います。


西南民族大留学生の「伝統」として、授業開始直後から多くのドロップアウト組を産出するらしいのですが、この面子でそんな雰囲気を醸し出しているのは、あろう事かわたしかもう一人の日本人「レンイエン」くらい。


これではいかん


そう思いつつも、書き取りの宿題を出されただけでもうブルーなわたし。

振り返れば月、水、金という授業日程に最初は「手抜き」「毎日授業を開け」などと大層なことを言ってました。あのときは気が動転してたんです。週三回、十分すぎます。反省です。多くを望まずにこつこつ、と。まずはあのミミズたちが文字に見えるようになるその時まで。
posted by 牧場主 at 00:00| 佐賀 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | エンジョイ!学生生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月04日

どう穿く3足目の草鞋



チベット語を学びながら中国語も勉強を続ける



ここ西南民族大学でのわたしの掲げた目標。これはもうすぐ授業も始まって、たぶん時間をうまく調整しながら両方の授業に参加するはずだから、まあ公然の事実。


この二つの言語、2足のわらじを履くのは見た目(かなり)悪かろうと片足ずつにはいて、何とか前にも進んでいけるんだけど、これが3足になった時には残り一足は手に持って歩くしかないんだろうか。それとも頭に帽子のように巻き付けていくしかないのだろうか。


そんな考えを巡らせながら、ちょいともう一つの緊急ミッションを立ち上げることにしました。



中国語を勉強するようになってガタンと落ちた英語の特に会話能力を何とか全盛期に戻したい。さらに欲張って人にちょっと自慢できるくらいにはなりたい


そんなわがままな思い。だれも相手にしてくれそうにないので、自分で極秘ミッションにするしかないんです。



こんなこと中国語を始める前には想像すらしてなかったんですが、


わたしの脳みそはどうやら、日本語を話す部分と、一つだけの外国語を話せる部分しか開発されてないみたい。


どういう事かというと、外国語会話をつかさどる脳神経の全体量が小さいため、中国語の占有率が高まると、英語能力たちが自分から遠慮して、会話の砲弾(放談)飛び交う最前線からどこか退役軍人の集会所あたりに退いてしまうんです。


英語で何かしゃべろうと思っても、英語の単語が出てこないばかりか、無意識のうちに中国語が混入してしまう。まるでかなりやばいウイルスのように。


「リンゴが好きです」なら「I like apple」が「我 like apple」
「すぐに来い!」だったら「Come at once!」が「馬上 come!」

ってな具合。


頭の中で単語を組み立てず、無意識のうちに外国語が口に出るのは非常に良いことなんだけれど、そこで中国語と英語の完全な切り替え、棲み分けができない。



英語と日本語を流ちょうにしゃべる友人(中国人)を見ていると、語学能力の有無ってこんな所に現れるのだろうか、なんて思ったりもするんだけど、とにかく人の脳みそなんて使わず終いで燃料切れ(ご臨終)になるわけだから、少しでも開発してあげないともったいない。



そんなわけで始めます。


その名も


「三足の草鞋プロジェクト(Project of 3 Straw Sandals/P3SS)」



べたです(陳謝)。



わたしの言語能力を数値化した場合、


◎1年前(留学前)

日本語 100
英語   75
中国語   5
チベ語   0


◎現在(中国1年)

日本語  90
中国語  50
英語   40
チベ語   0


それを一年後には、

日本語  90
英語   80
中国語  75
チベ語  40


これくらいやってやろうじゃありませんか!
いや、やらんといかんのじゃ!



「わたしの学校生徒で一番有名な学校だったから、授業はほとんど英語だったの」とのうのうと宣うお金持ちおじょうさんと漫画喫茶でだべっているとき、日本人のわたしと中国語で話しているのに、特にわたしが中国語で分からない単語があったわけでもないのに、時々口にされる妙に流ちょうな英語を聞きながら感じました。こんな小娘に…。という思いです。



超主観的に数値をはじいただけで、なんもならん

せめて英検1級とか、TOEFEL600点とか具体的な数値目標ださんかい



うっ(痛)。数字もあることにはあるんですが、何せ「極秘」なミッションですから。具体的には…。まあそれくらいのレベルは必要かな、というところ。



英語、チベット語、中国語が混ざり合ってさらに脳みそが混乱。日本語すらまともに話せなくなった


今回に限っては、そういう自虐オチは避けたいものです(笑)。
posted by 牧場主 at 17:27| 北京 | Comment(0) | TrackBack(0) | エンジョイ!学生生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月29日

大足メジャー化計画



好評(?)につき、実況中継第2弾。

「文化」について発表会@選択講座・中国文化
サブタイトル「急行!湾岸署員。今回現場は会議室」


皆さん、こんにちは。(こんにちわ)

突然ですが、ここで質問。

「DAZU」を知ってますか?(えっ、と周囲を見回す同学たち)


「da?zu2」です。

「da4zu?」です。(目でくれよんしんちゃん先生に助けを求めるわたし)

(「お前の発音おいら分からねぇよ」てな具合で黒板を指さすしんちゃん)


「大(カリカリカリ)足(カリ…中略…リカリ)」


「Oh,大足(da4zu2)」(納得顔のしんちゃん)


そう大足。四川省と重慶市の境界付近にある街。
重慶からはバスで2時間。石窟寺院で有名なところです。


石窟寺院といえば「龍門」。皆さん覚えてますね。

(「Dui,Longmen shiku!」とアメリカ同学)


先の修学旅行、いや失礼、語言実践活動で訪れた中でも留学生人気アンケートで、「抱(いだ)かれたい観光地」ナンバーワンの地位を兵馬俑と争ったと噂の「龍門石窟」。あの様な石窟が大足にもあります。


先学期は四川大学で中国語を勉強していたわたし。

ですから知り合った四川人によく、

「大足に行ったことがある?えっ、ない?あの『中国4大石窟』の一つで、世界遺産にも指定されているんだぞ」

とたびたび諭されるんで、実際に足を運んでみました。


すると、これがなんとまあ。
感動もんでした。


ですから、龍門石窟参観のときにも、わたしは大足との共通点、相違点を丹念に比較しながら、大変「高級」な文化的な学習をしていたのです。


ところがです。

四川では、中国人から嫌になるほど聞かされ、耳にたこだった「四大石窟」ですが、旅行中、ガイドの口からも地元の人たちからも、この言葉、一度も聞きませんでした。

そう、「三大石窟」こそ普通語(標準語)で、「四大石窟」はただの四川方言だったことをようやくこのときわたしは初めて知らされたのです。(さすがわたしの信じるしんちゃん。ひとり大うけ)


四大石窟を制覇したわたし的には大足も「三大」に負けず劣らずというか、ある面では完全に勝っていると思ってますから、がっかり度はいかほどのものだったでしょう。


では大足の何が「三大」に勝っているのでしょう?


それは「モロ中国的なところ」。


大足が坊さんたちによって掘られ始めたのは、唐末期だとされてます。それから宋の時代まで。西暦でいうと800年代末から1200年代半ばでしょうか。

他の三大に比べてじゃっかんの時差があり、すなわち前座の後に満を持して登場したため、仏教以外、儒教や道教、その他民間信仰の要素もふんだんに取り入れています。インド由来の仏教が完全に中国バージョンの「新興宗教」に変わり果てた、と言ってもよろしいでしょう。

生活習慣病一歩手前なほどふっくら、デフォルメの効き過ぎた仏さんの隣には、口げんかにいそしむ夫婦像や殴り合いをする子供たち、閻魔大王や地獄絵図も登場、とにかく信仰という信仰のオンパレードです。


これでも一応世界遺産として認められていること自体、審査員の博識、ユーモアセンスに敬意を表します。


そんなわけですから、もうすぐ終業式を迎えます。
文化を学んだ皆さんですから、中国思想の集大成、大足に行きましょう。


ただひとつ気をつけてほしいこと。
旅の中継地、重慶は中国三大かまどの一つです。

こっちはほんとの「三大」です。


北京で30度後半の熱さを経験したからといって、おごりは禁物。あちらさんは「熱い」ではありません。とにかく「蒸し暑苦しい」のでその心の準備だけはお忘れなく。


とはいっても、大足でしか見られない物が大足にはあります。

一度行けば、虜になることは間違いありません。
後はもう知り合いにどんどん大足を紹介していきましょう。
ネズミ算式に知名度をアップさせましょう。

そうこれこそ、私が密かに進める「『四大石窟』普通語化計画」。
実現の日は近いぞ皆の衆。夜露死苦!


(ふぅ、また独りかっ飛ばしてしまったと反省しながら席に戻るわたし)

posted by 牧場主 at 06:46| 北京 | Comment(0) | TrackBack(0) | エンジョイ!学生生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月24日

拳と剣のお話最終章?




いきなりですが、「武術家」として人生の岐路に立たされてしまいました。


そのわけは追々お話するとして、太極に迫ろうと毎週、太極拳、太極剣の授業に出席していることはみなさんご存じの通り。

それこそ中国語の授業よりも熱心なもんだから、一部の老師からはやっかみの声が出ているとか出ていないとか。


そんな武術の授業ですが、7月上旬の終業式を待たずに本日で授業は終了。ただ終了するだけでは芸がない、というわけで「修了式兼お披露目会」が開かれたのでした。。


その名も「武術課結業儀式」。


儀式……。

血を見るのか?

いくら何でもそこまでは…ないでしょう。


いやいや、厳かでよろしいじゃあありませんか。


こういう中国の仰々しいところ、嫌いじゃありません。


ところが、困ったことに開始時刻は午後2時半。


ぜんぜんわれら短期強化班、授業中じゃん。

何をおっしゃいますか。
授業と太極どっちが大事かなんて比べるまでもありません。
前言撤回。困ったことなんて何もありゃしない。


午前中、しかも授業中、堂々と老師に向かって挙手&発言。


「太極を極める物語は最終章を迎えています。授業なんて出ている隙はみじんもありません(一部誇張)」


なんて言っちゃったものだから、老師ちょっとふくれ面。
でも午後からの語言実践活動「お遊戯会の練習」不参加の免罪符をスマートにゲット。これはこれで面白い見せ物になりそうですから、また折を見て。


そんなわけで、午後2時半。

英雄物語の舞台となる運動場に参上。


おります。おります。
棒術やヌンチャク、散打の連中も含め約50人。

おっ。みんなカンフー服。


ってことはわたしも…?

おっ、老師こんにちは。
あっ、これを着ろと。
青ですか。ラッキーカラー、望むところです。


すべすべの生地は当然シルクではなく、てれてれのナイロン素材。

10個くらいボタンがあるから、着終わるまでは面倒だけど、一度着ちゃうと、自分でもなかなか様になってる気になります。


…ゴクン。
この得も言われぬ感情こそがコスプレにはまる人たちの理由なのか。


いやいやわたしは身も心も武術家。
当然まとうべき衣装をまとったまでのこと。

今日こそは「無我」の気持ちでいこうではありませんか。


そう、思い起こせばかれこれ2週間前。
へんしゅうちょう(→編集長)を廬溝橋に接待したあの日。
6日の日記に「さあて、どうなることやら」、と思わせぶった「早起き表演会」
夕方からもBe-Bloggerの設立総会があったし、何か忙しくなる予感がして、結果…どうにもなりませんでした。単なるさぼりです。


そう、だからこそ今日こそは、なんです。


太極拳は10人。
太極剣は5人。

それぞれわたしとともにこの4ヶ月汗を流した面々。
さあ、いいとこ見せてあげましょう。


儀式は始まりました。
でも式次第を聞かされ、唖然。

拳が1番、剣は2番。

これでは3時のおやつ(文明堂)前に、出番はすべて終わってしまう。
まさか、わたしたちって「前座」?

よし、皆の者。
この屈辱、怒りに変えてみせようぞ。


で、演舞スタート。まずは太極拳。
気の抜けた超スローモーな曲が流れるなか、5倍速くらいにすれば、「ドラゴン怒りの鉄拳」よろしく、仮想敵をばったばったと倒していくわたし。皆の者と若干動きが違うという指摘もありましたが、そこは主人公の特権でしょう。曲の終了とともにぴたりと動作を終えるあたりは、調整主義者の面目躍如でした。


で、はやくも結業儀式究極にして至高の見せ場がやって参りました。
6本の剣(読音「つるぎ」)が乱れ舞います。太極剣。
演じますは、「わたしと5人のみなのもの」でございます。
さあ、とくとご覧あれ。


(わたし的には瞬く間に終了)


見てた?
見てなかった?
見てなかったって言ってちょーだい。おねがいします。

だって剣をもつの久しぶりなんだもーん?
太極拳のスピードが遅すぎるから、どうしても引きずられちゃって…。

結果、音楽が終わる間に演舞をまとめきれず、その後も10秒ほど剣を振り回していた「みなものとわたし」


Fu、Hu、フ、ふ、不完全燃焼すぎーる!

こんなんで終わっていいのか?
かといって、この場でもう一度やり直すのも格好悪さの上塗りをするだけ。


この次またお披露目会があるのなら、そのときにリベンジを、という気にもなるのだが、わたしの北京は今学期で終了。入学許可証が届かない(しつこくアピール)けれど、行く気は満々のチベット大学に「太極」を学ぶ場があるとは思えない。さあ、どうしよう。

もしかすると、ラサのどこかには教えてくれるところがあるかもしれない。いや、あれだけ漢族が増えたんだ。町の西側には絶対あるに違いない。


日本で暮らしてきた30年間、凝り固まった脳みそとからだ。中国にきてからというもの、何とか柔らかく柔らかく、と気をつけてきたのだが、若干だれすぎとの見方もある「おつむ」の方はともかく、体の方はまだまだ理想とするところの20%位までしかほぐれていない。何よりこのまま「太極」と疎遠になるのはもったいなさすぎる。


あまたの「武術家」はこうした窮地を何度も乗り越えてきたのだろう。
冒頭にもふれた「岐路」を迎え、結論までにはしばし時間がかかりそうなわたしでした。
posted by 牧場主 at 00:30| 北京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | エンジョイ!学生生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月22日

こんな結婚あんな結婚




今週もやって参りました文化の薫り高き水曜日。
選択授業の中国文化講座、今週のテーマは「婚俗(婚姻習俗)」


ここ数日、北京は日中40度にも迫らんとする「激烈サマーデイズ」が続いているため、さすがの青島巡査、室井管理官、そしてわたしも今週は「現場なし」と判断。エアコンの効いた会議室(教室)でおとなしく証拠ビデオ(市販VCD)を検証する運びとなりました。(意味不明?→5月30日参照)


まず証拠品一発目は「紅高梁(紅いコーリャン)」(1987年・中国)。
張芸謀(チャン・イーモー)監督の出世作と一般にはいわれてますが、見る側をドキドキさせる「赤」の使い方、動的なカメラワークもさることながら、何より略奪愛などの内容を含むことから、「北京市青少年健全育成保護条例(仮)」違反の疑いがもたれている作品であります。


冒頭シーン。

花轎(フアジャオ≠花椒)を中心とした花嫁行列が果てしないコーリャン畑を進みます。


花嫁は鞏俐(コン・リー)。
駕籠をかつぐ男の一人は姜文(チャン・ウェン)。


鞏俐は若く美しいです。そして姜文は怖いくらいに野性的。


月曜日、婚姻についての座学が行われたとき、わたしのイメージに浮かんだ漢族の嫁入りシーンこそこの冒頭の一幕でして、けっこういい線いってたわけです。


この作品を見たのは2年ほど前。夏。
熊本の超高級住宅地に忘れ去られたように残る6畳一間のアパートで真っ昼間、クーラーもつけず、画面上の姜文と似たり寄ったりの格好でラム酒か泡盛を飲みながら、汗だらだらに鑑賞していたようです。そんなあやふやな状態のあやふや記憶。


そういえば、この後ちょっとエッチなシーンになだれ込まなかったっけ?


そう思った途端、何げにリモコンの停止ボタンを押すくれよんしんちゃん先生。


おいおいしんちゃん。
そんなP○Aみたいなことしなくてもいいじゃない。
しんちゃんだって「子どもに見せたくない番組」の上位常連組じゃあありませんか。ここはひとつ「同類哀れみの令」でいきましょうぜ。



2本目の証拠VTRは、これまた難儀な一本。
「中国」17民族の結婚にまつわる風俗・習慣を紹介したVCD。


違法ビデオ店から押収した数百数千本のHビデオすべてに目を通し、「冷静」に違法シーンを探し出す生活安全課の刑事さんよろしく、これだけ笑える珍場面の中から「民族分裂主義者」の疑いのある人物を探し出すのは、われわれ湾岸署五道口派出所の特命捜査員にとっても一苦労。


▼婚礼の席にて、相手を思いきりつねればつねるほど、その愛情は深さを増すとされる「海南ミャオ族」(海南島)。

▽結婚が決まった娘さんのために「泣き家」を作り、嫁入りまでの半年、一年であろうとも関係者が集まって終始泣きながら別れを惜しむというトウチャ族(湖南、湖北etc)。

△関係者に守られながら新郎宅に向かう新婦。迎えに現れた新郎はなぜか新郎関係者にボコボコにされながらも、どうにかして新婦の耳に手が触れるまで頑張るイ族(四川、雲南etc)。

▲14、5才になった娘さんには親から小屋が与えられ、彼女に興味を持った男がいれば「入ってもいいかい♪」から始まり、「座ってもいいわよ♪」「一緒になってくれ♪」「ごめんなさい♪」など、互いに愛の一部始終を歌ってすませる東洋版「サウンド・オブ・ミュージック」な海南リ族(海南島)。


30分ほどの内容ですが、腹がよじれてよじれて死にそうでした。


おいおいどうした。
われらがチベット族さんよお。
紹介はされましたがインパクトはまるでなし。


サポーターとしてちょっと複雑な気持ちではありますが「やっぱ中国は広いなぁ」と感慨ひとしお。ただ、今回の証拠VTRはどうやら1990年前後のものと見受けられ、この十数年の中国の変化を考えれば「時効」を迎えている(=現在では途絶えてしまった)ものも残念ながら少なくなさそう。彼らにはぜひ漢族観光客目当ての金儲けなどには走らず、これら珍習こそが真の「文化遺産」であるとの誇りをもって後世に伝えてもらいたいものです。
posted by 牧場主 at 20:23| 北京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | エンジョイ!学生生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月17日

反省だけなら○ルでも



このブログでは旅行の隠れみのとして一躍名を馳せてしまった「言語実践活動」ですが、実のところは毎週金曜午後に行われる授業(2時間)が基になっておりまして…。


で、本日も金曜日。
今週はわれわれC2班と近くのC1班による弁論試合が開かれました。


題目は、「ネット上の恋愛は真実の愛情か」。


数日前から両クラスには弁論を進める上で賛否どちらを主張すべきか示されており、我々はこのテーマを一貫して擁護する「正方」。対する悪の巣窟、魑魅魍魎の温床C1班(言葉のあやです、ごめんなさい)はこれでもか、とネット恋愛をけなし、さげすみ、おとしめる「対方」。

中国語の「弁論」は「ディベート」と訳すべきなのが分かってもらえたでしょうか。


天下分け目の関ヶ原か、赤壁かというくらい、にぎにぎしく、目の色を変えて開かれるものかと思えば、相手方の参加者は定員15人中7人。こちとら同19人中16人。


戦う前から勝利は決まったようなものですから、あえて伝家の宝刀(=わたし)は必要ないな、と思いまして、中国語で言うところの「黒馬」(ダークホース)でいくことにきめました 。


誰です。

「またさぼりやがって」なんていっているのは?


数の上では絶対的な劣勢にもかかわらず果敢に挑んできたC1班の面々だというのに、ダイヤモンドのように完璧で美しい理論を展開するわたしを間近に見たらどうなります?

絶望のふちに追いやらないため、あえて忍んだのです。


まあ、ゆっくりとみなの意見を聞かせてもらおうじゃあないの(余裕)。


討論の式次第は、両チーム各人が1分ずつ考えを述べる個人発表、相手方への質問も含めた自由討論。そして最後に各チームの代表がそれまでの意見をまとめ、チームの立場を改めて発表(総結)する、という流れ。


さあ始まりました。まずは毀誉褒貶でジャブの応酬、それから右往左往、七転八倒、時に五里霧中、時に一触即発、暗中模索もあれば艱難辛苦。月下老人はいませんでしたが、以心伝心でわがC1班の心は一つ。

盛り上がった女性陣が間髪入れずに発言して我々の士気を盛り上げ、男性陣はスパイスのきいた指摘で相手をうならせる。なんともよろしいチームワーク。世は満足ぢぁ。


おーまかにいっちゃうと、

いくら男女がネット上で知り合ってもいずれ面と向かって会う必要があるのだから、本当の愛情は実際に出会ったときから始まるはずだ、と主張するC1班。


C2の理論は一貫して、すでにネット上でのやりとりで双方が愛情を感じているのなら、その時点で愛情は成立している。愛情とはその先に社会的な何らかの結果(結婚、交際)などが必ずしも伴うものではない。


どうです?
なかなか双方の意見をよく把握してるでしょう。


実は、、、、討論中に発言をしなかったというとことん罰ゲーム的な理由から、チームの総括を担当することになっちゃったんです。

わたしが。


なもんで、急遽、頭の中に残っていたキーワードをかき集めただけのこと。


ほんとバカをみました。
指名を食らったときには頭の中が半分くらい白くなっちゃいました。
当然総括で何を言ったのか、筋は通っていたのか、ほとんど覚えてません。


最終的に勝ち負けをつけるわけではないこともあり、終了後、同学們の私を見る目が変わってなかったことがせめてもの救いでしょうか。


仕事は早めに終わらすに越したことはない。社会人時代、幾度となく「痛い目」を見てきたというのに…。ちょっと反省のわたしでした。



この珍しくもピュアな「反省」がこの後、ろくでもないことを引き起こすことになろうとは…(続く)

posted by 牧場主 at 23:56| 北京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | エンジョイ!学生生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月06日

拳と剣の優雅な舞いを




ブドウは巨峰、種なし、干しぶどうと何でもござれ。
でもこれが武道になると、夏の日の剣道の防具や柔道着を連想してしまい、すぐに酸っぱい気持ちになりません?


そんなわたしですが、中国で語学以外に勉強していること。それは「武術」。


「あちょー、あちょー、ふぉぅあっ」。

黄色のつなぎが世界一似合う彼のあれではありません。


四川大学留学時代にまず「太極拳」を修め、北京転校後も引き続き「拳」に磨きをかけつつ、新たに「太極剣」の世界にも足を踏み入れ、研鑽の日々。


賢明な人なら、このブログの揺らぎなく泰然とした論理展開、社会に対する切れ味鋭い視点から、崇高な武術の香りを感じていたはず。

これはすべて太極拳、太極剣によって磨きがかけられたと言っても過言ではないのです。



ところが、ですよ。

同学們と放課後何してるかって話になって、「太極を極めんと頑張ってます!」てなことを打ち明けたりすると、大抵が「じじばばの健康体操」程度の反応しかない。


この「じじばば」たちが実はすごいって事を分からせるのがまた一苦労。


立ったままで片足を腰のあたりまで上げることがどれだけ難しいか。
全体重を片足に乗せたままで屈伸のような動きをするとき、ぷるぷる震えるふくらはぎの負担がどれほどのものか。

腰から下の筋という筋を伸ばしたり曲げたりする動作が、悲しいかな「ゆっくりと」繰り返されるわけだから、勢いを使った「ごまかし」が通用しないんです。


ここまで大層な運動になってしまうのはすべて己の不摂生が原因ですけどね。
前屈で指先が地面に着かないのは当然のこと、開脚も60度くらいが関の山だったわたし。とにかく体が硬いのよ。


ただ「継続は力なり」っていう言葉はあながち嘘じゃありません。
前屈では中指の第二関節くらいまで床に着くようになったし、開脚もようやく1直角を超える今日この頃。


若干でも体の変化も実感できるようになったこともあり、旅行による授業の逃課(さぼり)は何の抵抗もないのだけれど、週2回計4時間の武術の時間を逃すのはかなり心を痛めてしまう。


だいたい四川でも北京でも状況は同じで、開講当時は興味本位の数十人が登録したりするけれど、太極拳(二十四式)、太極剣(三十二式)とも型の半分も学習したところで、生徒数は一桁に。しかも大半がアジア人だったりする。


そんなメンツが固まって数回目の授業となった本日、老師(おばちゃん)から思わぬ提案。


「11日早朝、学校のグラウンドで武術の表演(実演)会があります。みんなでおそろいの衣装を着て参加しましょう」


とんでもない。あっらそんな器じゃありません。
なぁ、みんなもそうだよなぁ。
えっ何その光る目。何でそんなにやる気なの?
東洋人は控えめが美徳だったんじゃないの?


悪者にもなりきれない私が選んだ結論は、
当然一同の端っこに名を連ねることに。

さあて、どうなることやら。


posted by 牧場主 at 22:05| 北京 | Comment(0) | TrackBack(0) | エンジョイ!学生生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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