2006年07月03日

これで最後?お寺巡り




これで最後?チベ日記46
ラサ


今回のチベ日記で何回も何回も、まるでリミットを越えて飲み過ぎた翌朝のように口を酸っぱくして言い続けてきた、特命ミッション「チベット仏教最大宗派ゲルク派の六大寺院めぐり」。


とうとう本日、栄光のゴールを迎えることに。


そう、あれは昨年5月13日。
ラサ市の北の外れにあるセラ寺を訪ねたのが初っぱな。


「西藏大学に留学しよう。チベット語を勉強しよう。真面目に」


なんて思ってたころだから、わたしがぐれる前の出来事。

たった一年前のことだというのに、ミレニアム到来の方が最近だと勘違いしそうなほど、心理的にははるか昔のように思えちゃうから不思議。



その後のブランク。

いったい何をしてたのかっていえば、その間のことはもうこの日記および先代日記につぶさに記されてるわけで、はい。成都であやうくネバーランドの住人になりかけておりました(笑)。



そんな甘美で危険な世界におぼれそうになっていたわたしに


これでいいのか、牧場主よ。目覚めるのぢゃ


という現実世界復帰への最後の助け船を出してくれたのが、夢枕に現れたゲルク派の始祖「ツォンカパ」。


というストーリーだったら自己満足の現代版仏教物語。

個人出版で「自分史」でも出せばいいわけだけど、実のところはバックパッカーが自分の行ったことある国数を自慢しあうような単なる白地図の塗り絵合戦…

というわけでもなく、チベット仏教最大宗派の現有勢力、中国政府が認める許容範囲を確認したかった、という生々しい理由が一番だったような気がする。



とにかく今回のチベ旅が始まってからは、


5月22日に甘粛省のラブラン寺。
青海省のタール寺には5月24日。

ラサ郊外にあるガンデン寺はトレッキングと高地順化をかねて6月9日。


そしてカイラスツアーが始まってから、シガツェ地区のタシルンポ寺に6月11日。


そして本日のデプン。

ラサ市の北西部12km。
ミニバスならたったの2元。


ツォンカパの直弟子ジャムヤン・チュジェによる1416年の創建で、ポタラ宮ができる前までは歴代ダライラマが暮らしていたところ。

チベット高原のみならずモンゴルや旧満州エリアなどいわゆる「チベット仏教圏」から多くの学僧を集め、最盛期には一万人以上が学んでいたというかつての超巨大僧院。


でも一般ツーリストを引きつけるような見所があるのか、といわれればやはり???とクエスチョンマーク。


実際にガイドにも

「敷地は広大。地元チベタンと一緒に参拝していると3時間コース。旧ダライラマ居城と大集会道だけでいいかも」

なんてご親切なアドバイスでしょう。


わたしだってこんなの読んじゃうと


「せっかく6分の5は見ちゃったんだから。まあ物事は区切りが大事だし…」


と、モチベーション100%ってわけにはいかず、ちょい渋り気味に入場料を55元。
でも往生際悪く「学割ないの?」と聞いてみれば、何故かラッキー5元引きの50元。


これで少しは精神力を回復できたんだけど、HP赤点滅中なのにホイミ(ケアルでも可)を使うだけじゃしょせん焼け石に水。


オモロいことはオモロかったんだけど、「ありがた〜い」と感じ入るようなことは当然なく、どうしてもマニアックなとこばっかりつついてしまったわけ。


旅行人ガイドP30に載っていた「文革の傷跡」の象徴、偉大導師まおさん。イスラム教徒か近衛兵に荒らされた後みたいにご尊顔だけ削られていたり…

「ちょうすげぇ」「かっけぇ」などという言葉を連発する日本人の若者につかず離れず。今風の日本語を勉強してみたり…

「見るだけで解脱できる(トン・ドル)」といわれている超巨大な弥勒像の前にて、目が充血するまで瞬きせずに眺めまくり、脱皮しそうなくらいに解脱しまくってみたり…



デプンゴンパ.jpg

◎参考写真:さあ、見るだけで解脱してちょうだい(中央)。脱力しちゃだめよ


とにかく、ばか正直に境内にある「This way please」の看板に従ってると3時間はやっぱ3時間。というか3時間半。


さらにもうこうなったらついでだし、やけくそ半分、何かの声に引かれるようにデプン寺そばにあるネチュン寺にも参観。


未来を予言するパンデル・ラモ(吉祥天女)の言葉を人間に伝える、ときにダライ・ラマのインド亡命などチベット仏教界の命運を左右するような決定のきっかけになるのがネチュンの神託官。

彼らいわゆるシャーマンみたいなもんなんだけど、

とにかくそんな1+1=2のような単純世界じゃないところに足を突っ込んでるようなお寺だから、壁画や仏像も他のゴンパに比べて格段に「チベット仏教的(≒おどろおどろしく魅惑的)」でよろし。


仏教の教義など殆ど分からないわたしたちでも見るだけ、拝むだけ、匂うだけで十分に奥深さを楽しめるところでしょう。さらに


入場料ただっ!


ってところも当然ポイント高し。
びっしびしお布施させていただきました。



ようやく「六大寺院巡り」を振り返る余裕も出てきたってところで、


自治区の中と外では締め付けも大きく違う。被害の爪跡も大きく違う

ということがよく分かりました。


例のお方の写真だって結局自治区内の4寺院では確認することができなかったわけだし、ラブランやタールの復旧ぶりは破壊の過去をほぼ隠せるほどにまで達している。

ただ、この点についてはトップが中国政府に協力的だったタシルンポ寺だけは別枠扱いが必要。


とにかく

自分たちの宗派のトップを自由にあがめることができない現実はやはり坊さんたちに心の葛藤を生じさせてるはず。文革の時期に破壊されたお堂や僧坊がそのままの形で残されているのも寺院側に意図的な狙いがあるのかもしれないし。


ただし、こうした最大規模の寺院の役割ってやっぱりチベット仏教の最大の財産であるラマたち、彼らに最高水準の教育をほどこして「最高の知恵」に育てあげることにあるはず。

それが国内の安定統治のため、国際政治上のかけひきによって、という理屈に左右され、その純粋目的に少なからぬ支障が出ている現状はチベット民族にとって明らかな「損失」。


わたしはそう感じました。
ああ、またつかれた(笑)。
posted by 牧場主 at 00:00| 北京 | Comment(0) | TrackBack(0) | またまた旅に出ました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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