2006年07月02日

面白くないNewsだけど




これで最後?チベ日記45
ラサ


鮮やか花火がダブルに祝福 夜を眠らせず
わが市昨晩五色の花火で青藏鉄道開通祝う


【7月2日=拉薩晩報】 本紙訊(記者:次仁卓瑪) 7月1日は党の85周年の誕生日、また世間の注目を集める青藏鉄道の生誕の日でもある。その晩、我が市ではあざやかな花火を打ち上げてこの歴史的な記念日を祝ったのだった。


ポタラ宮前広場は、人混みで動くこともできないほどの混雑ぶりでさらに人々は相当に熱狂。午後9時から噴水が音楽にあわせて動きだし、その生き物のように躍動感あふれる様子は色も形も多種多様。市民たちは噴水をじっと眺めたり写真に撮ったり、それぞれの顔は幸せな表情にあふれていた。


21時30分、色とりどりの花火がわが市上空に花を開き始めた。この瞬間、ポタラ宮前に集まった人々からは歓声が上がり、花火と音楽噴水とが織りなす幻想的な光景を永遠の記念にしようと、携帯電話やデジタルカメラをとりだしては我先にとシャッターを切り始めえるのだった。


「今晩は我々多くの市民が待ち望んで久しかった青藏鉄道のおめでたの日、このうれしさをどう表現していいか分かりませんよ」。ポタラ宮前で他の来場者の記念撮影の手伝いをしていた貢布さんはこう話した。「青藏鉄道の開通はチベットと祖国内地との連携をより緊密にすることを意味し、また我が区の社会経済をより発展させることを意味する。今晩、わが市はポタラ宮広場でこのような音楽噴水と打ち上げ花火で歴史的な記念日を祝った。ラサの一市民として、私はこの歴史的な日の到来を本当に嬉しく思うし、同時に心の中では鉄道開通後の拉薩およびチベット自治区全体が共産党の指導のもとで更に美しく、強く発展することを願ってます」


7月1日夜、ラサのありとあらゆる場所ではこのように青藏鉄道開通の祝賀ムードに包まれていた。



【評】

拉薩晩報は中共拉薩市委の発行。
なんでこんなお手前記事(評価:★☆☆☆☆)を紹介したかっていうと、それはズバリ、昨日の日記の訂正のため。


そうです花火


午後9時半に始まったのは今日の記事にもある通り間違いないんだけど、大間違いは



「ゴルムドを今朝出発した青藏鉄道一番列車のラサ到着を知らせる中国共産党の高らかな勝利宣言」


の部分。

ラサ着は本日未明0時31分だったというから、まだ花火の頃は青藏高原のどっか。たぶん那曲よりも北を走っていたはず。


間違いの理由は簡単。

列車本来のスケジュールだったらこの時間帯には到着のはずだったんだけど、この日はゴルムド駅およびラサ駅で出発前の記念式典が長引いちゃって、ね。胡錦涛なんかも来ちゃうもんだから…


それにラサホテル屋上にて、仕事さぼって花火見物に来てたチベ族服務員に

「もう列車が到着したの?」

「うん」

って言うんだもん。



とにかく、

訂正記事なんてめったに出そうとしない中国の新聞各紙(一部紙除く)よりも、なんて低姿勢なわたしなんでしょう。さらにこんなちょうちん記事まであわせて載せてあげちゃうんだから、日本人ってほんっと律義な民族だよね。




で、実際本日のわたし。


鉄道つながりで「決戦の日曜日」だったわけで、朝7時起き。今度は91番バスに乗ってラサ駅に向かいました。


バス停にはすでに相当な混雑が始まっていて、ドアを開いたバスに乗ろうとしたとき、後ろポケットに入れられていた財布をほんの数秒間すられるというハプニングも。

その瞬間、

「動くな。今、財布を取られた。周りにいる人協力してください」


と大声。

一人ずつバスに乗ってもらいながら、一人バスから離れようとした男の腕をつかみ、さらに「泥棒がいるぞ。スリがいるぞ」と叫び続けていたら、係員も近づいてきて、わたしのそばに落ちていた財布を見つけた次第。


それを手渡され、一応中身を確認したる頃には傍らの男はバスから遠く離れていたのでした。皆バスに乗りたくて、ラサ駅に行きたくて集まってきたはずなのにね(笑)。




で、なんとかラサ駅到着。


昨日は先述のように記念式典を終えてからの特別運行態勢だったため、本日が通常運行の正式スタート日。


列車は午前9時から順次ラサを出発するはずで、その時間帯にあわせて翌日以降の切符の発売も始まるという仕組みのよう。



まだ発売開始までは1時間近くあったんだけど、切符売り場にはすでに20人ほどの人だかり。


これが果たして多いの数なのか少ない数なのか。


切符が普通に残ってるんだったらなんてことないんだけど、見えざる力の影響で、発売前のはずの切符の大半がすでに売り切れ状況だったら大変な競争率になるわけ。



前の人に聞いても後ろの人に聞いても、どっかに打工に行くような雰囲気のおっチャンばかりだから、情報の信用性なんて限りなくゼロ。



とにかく待つしかない。あたって砕けろ


そういう思いでじっとしてると、やっぱりここは中国。すきを見ては、または堂々と、横入りしてくる老若男女がそれはそれは多いこと。



ただ、ここで活躍したのが監視役の警備員。かなりしつこく適切に、この悪びれない大人たちを排除してくれまして…

その駆除率はほぼ100%だからまあ驚き。そして感っ動!



ところがどんなところにもさらなる「害虫」「ウイルス」は飛来してくるもんで、そこに現れたのは望遠レンズ付き写真機と小型ビデオカメラを持ったフリージャーナリスト風日本人。


日本でこの青藏鉄道開通がどう報道されてるか知らないけど、中共政府が大手マスコミに対して自由な取材許可を与えてるわけもないんで、たぶんどっかのテレビ局の依頼で取材してる人みたい。

そういやブラウン管でもなんか見たことあるような、ないような。



どうやら最前列に並んでた人にお金を渡して列に入れてもらったみたい。
さらには身ぶり手ぶりでたぶん自分の分の切符まで購入しちゃったみたい。
更にその様子をちゃっかりビデオに収め、またどっか行っちゃった。
その際に赤い菊印のパスポートも見えました。


なかなか日本人も堂々としたもんだ。
訂正だけじゃなく提灯記事までのせた律儀なわたしとは大違い
あれがジャーナリストという人種なのか(笑)


と思いました。



鉄道切符.jpg

◎参考写真:で、何とかゲットできた成都行きのチケット。のどから手が出ましたよ



ところで、この青藏鉄道のチケット。
身分証の提示など何のチェックもなく購入できました。
5日発の硬臥(2等寝台)上段で671元(約1万円)。


それは「チベットを出る」切符だから簡単だったのかもしれない。
今までだってチベットを出る航空券、バスチケットも簡単に変えたわけだから。

いわゆるチベットに入るため、外国人は旅行代理店を通して中国人よりも高い金を支払わねばならない「入域許可証」の問題については、青藏鉄道開通の影響でどう変わったのか、それは後日他の有志の報告を待たねばいけないみたい。


ただ、その変わりに


「旅客健康登記カード」(白紙)
「高原旅行提示」(赤紙)

という2枚の紙をいただきました。


まず赤紙。

高原旅行をする前に身体に異常、不安のある人などは医者の診断を受けること、高原の自然環境を守ることなどを要請。


さらに白紙。

名前、性別、年齢、生年月日、国籍、住所、連絡先(携帯含む)などを記入する蘭があって、その上で、「高原旅行提示」の内容に同意したか、すでに3000m以上の高地旅行に適した健康状態であるか、についてサインを求めるというもの。


そして白紙は乗車前、車両担当服務員にその神を手渡さなきゃいけないらしい。

ただ乗客が外国人だったとしても、名前や住所などをパスポートと照らし合わせて確認するとも思えないし、旅客管理という目的からはちょっと外れると思うんだけど、ね。


もちろん、実際どういうチェックが行われるかなんて、乗ってみないと分からないもの。
その報告はちゃんとするつもりなんで、(一部鉄道およびチベットマニアの)みなさん、どうぞお楽しみに!
posted by 牧場主 at 00:00| 北京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | これは面白ニュース!? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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