2006年07月01日

古きを温め新きを知る




これで最後?チベ日記44
ラサー山南ーラサ


本日はチベットの源流を訪ねてみましょう的ショートトリップ。

チベット民族のルーツでありチベット仏教のルーツをめぐる旅。


ラサの南には山南地区というエリアが広がり、チベットの地域区分によれば「ロカ」。


ロカには、チベット初代国王「ニェティ・ツェンポ」の宮殿とされるユムブ・ラガンや、チベット最初の僧院でチベット密教の象徴的存在「グル・リンポチェ」のホームグラウンドとも言える「サムイエ・ゴンパ」などなど、この仏教王国がラサに都を移して「くに」としてまとまるまでのチベット黎明期のそうそうたる観光スポットが散在しており、なかなか通好みな場所。

日本でいうと京都よりも奈良、飛鳥にひかれる人だったら気に入るんじゃないかって思うんだけど、どうでしょう?


ところでこの山南地区は文字通り「山の南」にあって、さらにヤルツァンポ河もあるから、直線距離で近い割にかなり回り道をしなけりゃ行けなかったりする。

昔は日帰りなんてとうていムリ。更に外国人非開放地区(申請すれば状況次第で可)だったりしたもんだから、こんな面白そうなとこなのにチベット5回目になるまでわたしも足を運んだことなかったりする。


それが今じゃあ、結党85周年を迎えた(街中この旗ばっかでもう覚えちゃったよ)中国共産党のおかげ、地区の中心地、ラサから約180キロ離れたツェタンまでは完全アスファルト舗装。


さらにツェタンの先ではヤルツァンポ河に橋までかけちゃったりして、1日に数本しかない船を待って川を渡るしかなかったサムイエ・ゴンパにも、ちょっと回り道のツェタン経由ならラサからバス一本(片道40元)で行けるようになっちゃったのでした。



そんなサムイエ・ゴンパ行きのミニバスは午前6時半にラサ・ジョカン前広場を出発。ちょうど土曜日ということもあって車内は家族連れ風の巡礼者たちで満員御礼。午前10時過ぎにサムイエ・ゴンパ到着。


さすがにチベット最初の僧院。

その規模は壮大で、仏教の宇宙観をそのまま現したという建築様式は中央に大本殿、四方に白黒、緑、赤の巨大仏塔と4つのお堂を配した造り。さらに周囲を楕円形の壁に囲まれ、その中をぐるぐる回ってるだけで、なんかあり型〜待機持ちになれるから、ああ不思議。


というか、

ホントに最初の僧院か?


というくらいに完成度の高さだから何時間でもぐるぐるしていたい気持ちになれる。



さらにこの寺を特徴づけてるのはやはり「グル・リンポチェ」。


寺建立の際、仏教の普及を恐れて寺の建設を邪魔した土着の神々を退治するため、インドから招聘され、実際に密教パワーでことごとく神々を服従させていったという、実在の人物ながら神々をも超越してしまったまさに超人。

境内にはチベットにあるどんなお寺よりも三叉の髑髏棒をもって大きく目を見開いた彼の像や壁画があふれてて、ちゃんと伝説が根付いているところもなんか奈良・飛鳥時代チックでわたしを満足させるポイントだったりする。



サムイエ・ゴンパ.jpg

◎参考写真:サムイエ・ゴンパはそのまま立体曼荼羅。さらに境内とにかく「グル」まみれ



入場料は40元(約560円)。
十分に元を取れるだけの充実した内容でしょう。ここは


ゴンパ内でチケットを販売しているラサ行きバスは午後2時発。

ロカにあるチベット最古の寺院の一つタントゥク・ゴンパ、先述のユムブ・ラガン、そして飛行場に近いサキャ派の古刹「ラメ・ゴンパ」を経由してラサに戻るという、単なるラサ行きというより、どちらかというと「1日ロカ巡りツアー」の一行といった赴き。



ただし、タントゥク・ゴンパ。
入場料70元。チベ人はタダ。外人なめんな。


ユムブ・ラガン。

チベット初代王の宮殿だろうと、1982年の再建じゃあ60元払って中に入る気にもなれず。っていうか、高い丘を上って周りから宮殿の写真を撮るだけで十分に満足できるんじゃない。ここは


ラメ・ゴンパ。

なぜここに寄るのか分からない。ほかにもっと有名なお寺はあるのにね。サキャ派なのにゴンパの色はあの「グレーと赤」じゃないから他の宗派と区別つかず。


っていうか、ひもじくて死にそうなんですけど…

だってこんなに色んなところ寄るなんて知らなかったから、サムイエ・ゴンパでパワーの90%使いはたちゃってたんです、わたし。

そういや朝からスニッカーズ半分以外何もくってないし…



ラサに到着したのはサムイエを出て6時間以上たった午後8時半過ぎ。

ショートトリップというにはかなり長すぎる14時間の充実した「チベット源流を訪ねる旅」がようやく終わりを告げたのでした。



で、よ〜やく本日一発目の食事をいただき、さあひとっ風呂あびましょかという午後9時半すぎ。


「どーん、どん、どん、どん、ど〜ん」


静かに暮れゆくラサの空を轟かす不穏な音。
とうとうチベット民族の反乱が始まりました。


ではなくて、ある意味「終演」を意味する悲しい叫び。

ゴルムドを今朝出発した青藏鉄道一番列車のラサ到着を知らせる中国共産党の高らかな勝利宣言。


そういえば8時ごろ、ラサ近郊でチベ鉄線路の鉄橋をくぐったとき、バスの車窓から線路上で神経質そうに辺りを警戒する解放軍兵士らしき制服若造を確認したわたし。

たぶんラサ近郊では数百メートルおきに監視を配置しての大願成就。やっぱりまだそれなりに「突発事」を警戒しなきゃいけない状況、ではあるみたいね。



賑やかな花火の音が約10分。
さらに休憩をおいて約10分。

そういや日本で最後に花火を見たのはいつだったっけなぁ


思い出した。熊本で働いてたころ、なんかの出張で県南部に行って、その帰りに八代の花火大会を毎カローラの運転席から見たのが最後だよなぁ


あれは綺麗だった。さすが日本の花火師


それにくらべちゃうと…


遊園地のアトラクションよりもちゃちな感じだけど、ホテルの従業員の女の子たち(もちろんチベット族)も仕事ほっぼりだして屋上に上ってきて嬉しそうに見物してるし…



この前のカイラスツアーでしみじみ感じたこと。

韓国、オーストラリア、スコットランド、そしてチベット人という旅の仲間たちの中では我々日本人が間違いなく一番、先のことを色々考えて悩んだり準備したりする性格みたいなんだけど、


それと同じように悲観的な気持ちでこの花火を見てるのって実はわたしだけだったりするのかも


綺麗なもんは綺麗だからめでましょう
できたもんは仕方ないから活用しましょう


かなり利益にめざとく現実的なチベット人だからそう考えてるんだろうか。


ただ今日見てきたチベットの「ルーツ」たちとのギャップはやはり相当なもの。

変わりゆくチベットと変わらないチベット。そこには「温故知新」(論語)では理解しきれないほどの断続があるような気がして、鮮やかな光も煙も消え去り、静けさを取り戻したラサの夜空をしばらく眺めていたわたしでした。
posted by 牧場主 at 00:00| 北京 | Comment(0) | TrackBack(0) | またまた旅に出ました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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