2006年07月31日

衝撃の無期限休養宣言




みなさま:


気が付けば我が心の故郷、ヒマラヤを越え、インドの首都・デリーくんだりまで来てしまいました。わたしのちゃらんぽらんな留学生活はまだまだ続くわけですが、とうぶんはあの空蒼く雪白き天上国に戻ることはないはず。


ってなわけで、この7月をもちまして「チベット☆OK牧場」は閉店休業いいたします。


これまでこの日記をのぞいてくれてたみなさん、どういういきさつでご縁ができたのかは分かりませんが、一年余りのおつきあい、どうもありがとうございました。


今後は「新デリー☆OK牧場」(http://itoyama.exblog.jp)に引き継ぐつもりですが、例え個人のぼやき日記でもそれなりのインプット期間は必要。

こちらの生活にも慣れ、ネタも十分にそろえた上で、華麗にバージョンアップ、ランク外からいきなりのトップワン再登場を狙うつもりです。


それまでは不定期ぼちぼち更新で延命措置を続けてるでしょうが、やまない雨はないし待てば海路の日和あり(意味不明)。長〜い目で見守っててくださいな。


〓〓OK????.jpg

                      2006年8月吉日 牧場主
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2006年07月30日

豚の足でヒールに乾杯




もう明日には日本おさらばしなきゃいけないこのタイミングがおとずれるまで、あやうく忘れかけていた大切なもの。それは豚足。


そうね、そげんね。
最後の最後まで食いもんね。
他に考えることはなかとかね。


ってな具合で豚足文化圏(そんなもんあるとすれば、だけど)に生まれなかったかわいそうな人たちがいっせいに眉をひそめてそうだけど、


わたしも熊本で仕事をするまでは、この豚足、酒席の第一回選択希望選手どころかドラフト外入団候補にも入ってなかったわけ。


だけど、

熊本で地元のお得意さん(笑)や同業者たちと夜の交流を深めるにつれ、豚足を筆頭にした馬刺しや地鶏の炭火焼きまでひっくるめた南九州の味ってやつの奥深さにも惹かれていったわけ。


もちろんそれらはすべて地元本格焼酎とのコンボ・メニュー。それも結構なバリュー価格。
ああ素晴らしきは地域伝統の味。あとは病みつきになるのも時間の問題だったとさ(笑)。



で、わたし的には豚足こそがキング・オブ・ベスト。


表面はニンニク風味にかりっと焼き上げ、内部はじっくり火を通した独特のねっとりはちきれそうなゼラチン質。

これを酢じょうゆ系のさっぱりしたタレ&ユズ胡椒につけていただくわけなんだけど、香ばしさと濃厚さのバランスが絶妙だし、最後まで存在感を主張続けるねっとり成分にはそれこそ焼酎の出番。ロックか水割りの冷たい液体で口の中をすすぐと、これまた最高に爽快。



さらに単にうまいだけじゃなく、某地方テレビ局の女性アナウンサーさんが


「豚足食べた翌日のテレビ映りは全然違うとよ」


と驚きの美肌効果を語っておられたくらい、コラーゲンぷりぷりのすばらしき豚足。
見た目だけで「食わず嫌い」してる人たちよ、ほんっと


食い改めよ!

といいたいね。



で、最後の一夜は、これまた熊本つながりでほんとに繋がっちゃった同期のティエンチエン夫妻と「豚足づくし」の宴。


連れて行ってもらったのは福岡市中央区今泉、古民家の外壁をショッキングピンクで塗り直した「新・美肌促進食堂 燈・巴家枇(ひみやび)」(www.himiyabi.com)という名の変わったお店。



女性客をかなり意識した店らしく、単に雑誌で紹介されるような「隠れ家的なお店」っぽい内装だけじゃなく、トイレには石けんやティッシュ、綿棒などのほか、まるでここはシティホテルですか?ってくらいアメニティー充実。替えのストッキング(無料)まで備え付けられてました。


で、実際繁盛してるのよ。じっさい。

「美肌」を全面に打ち出してるだけに女性の占有率も3分の2くらい。


そんでもってみなさん、美の追究のために何をかぶりついてるのかというと


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◎参考写真:豚足の塩焼き、豚足の煮付け。ふむふむ、まあ定番やね


で、

豚足サラダ

豚足のカルボナーラ

豚足の○○

豚足の○○


それって必要かい?


と思えるほど、強引な組み合わせもあったりするけど、とにかくわれわれもこの流れにはあえて乗っからなきゃいけないわけで、注文メニューのうち豚足がからまなかったのは刺身の盛り合わせくらい。

これは、ね。さすがに無理でしょう(笑)



まあ色々バリエーションはありつつもやっぱ重要なのはベーシックな「焼き」のお味。

ズバリ、中の上。かなりいい線。


熊本で地元の豚足通に連れてってもらったとっておきの店に比べると一翻落ちるのは仕方ないとして、福岡でこの味が食べれるんだったら上等でしょう。

バリバリ熊本娘、ティエンチエン妻も納得されてましたことだし。



ところで豚の足骨にかぶりつき酒をあおりながらも、ちゃぁんと最近の同期連中の動向や社内事情の取材も忘れません。


会社をおいとましてから早2年。

四川→北京→四川→チベットとかなり密度の濃い七百数十日間をすごせたって自負はあったんだけど、時間はやはりわたしの周りだけを回ってるわけじゃあないよね。みんなの前で平等です。


あっちで繋がり、こっちじゃ離れ、向こうで生まれて、あさってに飛ばされ…

みなさんそれぞれに色んなご経験、イベントを悲喜こもごも繰り広げられてるようで、まあいろいろあるわな。人生劇場の主人公たちはそれぞれに活躍しております、嬉しいかぎり。



さすがにもうお腹も脳みそも満腹、これ以上は詰め込んでも消化不良になるのがオチ。

どうやらお時間が参りましたようで…
本当にみなさんごちそうさまでした。
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2006年07月29日

今帰省のおとしどころ





日本では胃袋を満足させる以外にもやらなきゃいけない「おつとめ」が多いわけで、外国生活を日本人として楽しむためにいつの間にか身に付いちゃった「生活の知恵」こそ、帰国時のレンタル屋さん詣で。それも


詣でてもうでて、もう出てって

といわれるくらい。


とにかく目についたCD、DVDはピックアップ。半年間の総合チャートのコーナーなんかがあった日にゃ更に大変。ビックリマンチョコ箱買いするくらいの勢いで借り物カゴにどしどし放り込みますね。

そんなに節操なく音楽聞くような人じゃなかったんだけど…、昔は。



たぶん、それもこれもデジタル全盛時代のおかげ。


だってよ、わが愛すべきPowerBookG4(カイラスコルラ済み)を経由するだけで全てが「わたしのもの」になってしまうわけだから、やはり世の中には感謝すべき。jobsはいい仕事しております。



これまでの帰省に比べてかなり忙しく動き回ったせいでいつもほどの収穫はなかったものの、なんとか手元に残ったものはというと



B'z
MONSTER
BREAK THROUGH

BUMP OF CHICKEN
ユグドラシル

HY
Confidence

KAN
Best Singles FIRST DECADE

THE HIGH-LOWS
FLASH〜BEST〜

ケツメイシ
ケツノポリス4

サンボマスター
僕と君の全てをロックンロールと呼べ

山崎まさよし
ADDRESS

レミオロメン
HORIZON


はい、でました今回も。究極の脈絡のなさ。

女性陣がいないのは単なる偶然。ケツメイシ、レミオロメンなんかは初めまして。思いっきり時流に乗らせていただきました。KANにいたってはなぜ借りちゃったんでしょ。



まだ全部の曲を聞けたわけじゃないけど、いまんとこベストは「青春」byTHE HIGH-LOWS。
やっぱいいねぇ。ただそれだけで素晴らしい。


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◎参考写真:ご破算で願いましてはiTunesのライブラリはこんなにお腹いっぱい




あと、映像もので「ダウンタウンのごっつええかんじ1〜7」。


いつものように映画の棚を何往復もしながら面白そうな作品をじっくり選ぶ暇もなく、新作コーナーに大量に置かれていた「ごっつ」を一点借り。


DVD7枚分をおとすのはそれなりに大変だったけど、やっぱインド人の天然のシュールさにまいったとき、最高の気分転換になるのはメイド・イン・ジャパンのお笑いでしょう。


日曜8時、リアルタイムで「ごっつ」を見てたのはいつのまにか、もうかなり昔のできごと。

でも10年経っても色あせない笑いを提供してくれるはず。きっと。合計7時間以上、じっくり楽しませてもらいますわ。
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2006年07月28日

長い長〜い佐世保の夜




日本列島東へ西へ、さすらい続ける旅がらす。

ようやく鳥栖の実家まで戻ってきたものの、われらが九州、もう少し西にまで進める余地があるようで、本日はホントに西の端っこ、長崎県は佐世保市に「出張」。


この佐世保という町。

おいちゃんおばちゃんたちはなぜか「させほ」と言います(豆知識)が、この町はかつての会社の同僚、入社はわたしがちょい早かったけど年齢は向こうがちょい上で、まだ今のところ勤め人のレールに乗ってらっしゃるイェシャンという大物のテリトリー。


大物にふさわしく金払いもいさぎよい彼に丸抱えで甘えるため、片道たった2時間程度の距離なのにこっちもリッチに特急利用。潮の香りとアメリカさんの香りが混ざりあったオンリーワンな港町、佐世保の空気を十二分に堪能することになるのでした。




「とにかくうまい魚食わせてくださいよ」


最初っからおごられ前提で突き付けたわたしの要求にイェシャンが応えた店こそ、日本一長いアーケード街の入り口左手にある居酒屋「ささいずみ」。


西海一の魚を食わせる地元じゃかなり名の知れたとこらしく、2階建てでかなりの広さなのに、事前電話して辛うじて1テーブルだけ空きがあったという人気ぶり。


酒は酒屋からの卸価格で、客が瓶ごと買い取りってシステムらしく、飲みきれなかったら当然ビンは持って帰らなくちゃいけないとのこと。とにかく「うちは魚を売ってるんだからそれ以外の儲けは不要」という心意気のすばらしい店らしい。


イカ、カワハギ、アジは刺身で。

刺身じゃ食えない部分もイカは天ぷら、アジは唐揚げに。

さらにイイダコの煮付け。

塩焼きも忘れずブリカマで。

アサリのみそ汁はアルコール漬けの肝臓にしみます。


とにかくこれが「今生の食べ納め」だと思うくらい、あらゆる調理法で新鮮すぎる海の幸をいただきつくした至極の約2時間。これでふたりで8000円ぽっきりなんだからたまらんね。



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◎参考写真:そして、夜の佐世保に繰り出していった我々でかいのふたり



佐世保といえば近年まれに見る勢いで佐世保バーガーブームでしょ


ちゃんと胃袋にハンバーガー用のスペースだけは残し、「ささいずみ」の次に市中引き回しで連れてかれたのがブルースカイというハンバーガー屋さん。


夜中から明け方にかけてのみ営業するというにわか観光客などどこ吹く風、地元っ子や酒飲み連中だけを相手にし続けるある意味硬派な店。

究極的におばちゃんに愛想がないところも通にはたまらないポイントの一つか。
チーズバーガーはまさにとろける味でございました。




つづいては「外人バー」。

生まれて初めて入った外人だらけのお店。

もちろん外人って言っても中国人だらけとか、インド人だらけってのは珍しくも何もないわけで、こちらにいらっしゃるのは佐世保のアメリカ軍基地で働く海兵隊の方々ばかり。


佐世保じゃいわゆるアメリカさんたちが集まる店を「外人バー」っていうらしいのね。


本日は彼らのお仲間一人の帰国が決まったとかで、さよならパーティーの真っ最中。そんなとこに入っちゃったもんだから、うるさいのなんのって。ただし、2年ぶりくらいに飲んだギネスビールのは最高にうまかったね。やっぱ大人の味よ。



続いても外人バー。

フィリピンからやってこられたおばさんに近い世代のお姉ちゃんたちが店内のあちこちで水兵さんたちと仲よくツーショット。それにしてもマリーンの方々、カラオケ下手すぎじゃないっすか。おっきい声だしゃ許されるようなカラオケは中国人と同じですよ。



続いても外人バー。

一軒前から小道はさんだ向かいのお店。だったら移動しなきゃいいんだけど、本日のホストは名実ともに超太っ腹。


「色んなお店を見せてやるから、見ときなさい」


と連れ込んでくれたわけ。


ただしこの店も帰国祝いパーティーの余波で、イェシャンお勧めマスターのいるカウンターには座れず。端っこでウイスキーを「かこっ」とあおって早仕舞い。




流れは続いて今度もカウンターのある店。


ろれつの回っていないところなんか、アル中のふりするのが実に上手(笑)。そんな50、60歳のおばちゃんたちがカウンターの向こうにいらっしゃるような「That's ディープ」な雰囲気。


わたしら以外にお客はちらほら。
日米の割合は半々くらい。


それにしても我々、焼酎をちびりちびり舐めながらなんか座ってたんだけど、一体何の話をしたんでしょう。


…まったく記憶がありません。

たぶん覚えてても字にできる話は何もないのかも(笑)。


とにかくショッピングピンクの服着て髪の毛カール巻いたままのおばちゃんが、体重3桁に迫らんとするイェシャンの巨体をおんぶしようとしていた光景だけがいまもまぶたに焼き付いてるわたし。収穫はそれだけ




で、今何時?


イェシャンさん明日朝から仕事あるんでしょ。いがぐり頭のフレッシュな高校生たちとふれあえるフレッシュな仕事が。



ほんっと、ゴチになりました。勉強になりました。


だから早く眠りましょう。

もうまぶたが重くてたまりません。
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2006年07月27日

福岡でも火鍋隊っタイ




とうとう面子が勢揃ってしまいましたよ、福岡火鍋隊。


よおく考えてみりゃ、

辛さには基本的に縁のない日本食にあって辛さ調節はすべて食い手側の好みにおまかせ、赤唐辛子どもをニラという名の超山盛り緑のキャンパス上に思う存分にまき散せる料理こそ、博多名物の「もつ鍋」。


そう、

バブル時代に一躍全国区になったものの、失われた90年代以降、またもローカル料理の枠にスポっと落ち着いたという博多名物の「もつ鍋」。



そんな辛くて本能的な鍋を好んで食わっしゃる福岡・博多の町なんだから、おなじく地元人たちは「辛くてヘルシー」を盲信している四川火鍋の愛好者団体、火鍋隊が組織されるのも当然の成り行き。むしろ遅すぎたくらい。



記念すべき設立総会はもちろん、一週間前にもお世話になった中国大明火鍋城。


「インドに行く前に一度火鍋城の火鍋が食べたかった」


火鍋の最終局面まで鍋底に埋もれてたウズラの卵最後の1個を奇跡的にすくい出すかのように、某火鍋隊老北家のわがまま独り言を絶妙なタイミングですくい取っていただいたのが火鍋隊モモレンジャー。


さらにその一声につどいし剛の者2人。

発起人の彼女を福岡火鍋隊東家だとすれば、そっからは座席順に時計回り。南家さんは中年の渋みを効かせまくりのご意見番。西家さんにはキカイダーのように一度はギターを背負って颯爽と登場してほしいな、と。


で、こっち側の準備は万全。


向こうもただならぬ雰囲気を察したみたいで、早速運ばれてきました。
赤と白のコントラストが美しい鴛鴦(おしどり)鍋と肉類、野菜類に分けられた3人前の食材たち計6皿。


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◎参考写真:テーブルがきれいすぎという欠点(笑)以外はかなり本場チック



もちろん有無を言わさず食べ始めます。
生煮えだろうと構いません。


ただし、

義理と人情を大切にする九州男児としましても、やはり元祖火鍋隊なわけですから、そこは是々非々で臨まざるを得ないのであります。


辛いよ、ほんっと辛い。(※からい、つらいどっちで読んでもOK牧場)


最大の相違点。


火の通った具を取り皿に移せばそのまま食べちゃいます


ってとこ。

先の大阪火鍋の集いにて、帰阪中の本土火鍋隊員にぼろカスに言われた香油(つけだれ)の類は一切なし。それはそれで潔いって見方もあるんだけど、


紅鍋から具を取出してそのまま口に入れてもむせかえらない紅鍋っていったい…


って思うのは大脳の奥の奥まで火鍋色に染められちゃった火鍋ジャンキーのセリフ。
店側としては紅鍋の具を直に食べても何とか耐えられる辛さ加減に調節するのが一番の苦心した点もしれないんだし。



そのほか、些細なところで数ポイント。


ウズラの卵、入れてほしかった。

キノコ類。エノキより肉厚な種類の方が…

シラタキ。同じメンなら歯ごたえ重視の粉が手に入らなかったか。

白菜、入ってる。嬉しかった。

貝柱。四川じゃ味わえない味。うまいっす。



で、今後、私的な改善点をあげるとすれば、


注文する段階で「特辣」「中辣」とか言ってればある程度辛さの調節は可能かも。あとは香油まわり。ごま油とニンニクのみじん切り、それに付随する香菜とカキ油。事前に相談、お願いするか、ダメなら持参すればいいじゃない。

あんまり極辛組織のわがまま行動で店自体の味を変えてしまうのも悪いしね。


ただ、美味しいからこそ意見を出す価値がある、という火鍋城LOVEは永遠に不滅です。



さて、このメンバーの元祖火鍋隊よりすごいところ。

更に一品料理の追加注文がいっちゃいます。いっちゃってました。担々麺も最後は紅鍋に入れてくっとったし…


それでいて各人4000円。

しかも次回につながる焼酎キープもちゃんと残してるからそつもない。


もちろん、火鍋隊老北家が天竺から奇蹟の復活を果たすであろう一年後まであの瓶が残ってるとは思っておりません。わたしは設立総会を開いていただいただけでもう大満足。あとはみなさん、ご自由に隊活動を楽しんでくださいな。
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2006年07月26日

住所不定無職者の悲哀




毎晩毎晩、飲み屋を渡り歩き、千鳥足で帰り着いては自分の家、人の家などいとわずに気を失うようにマットに倒れ込んで眠りこけてた、コケテッシュなわたし。

気が付けばいつの間にか、右目のコンタクトレンズが紛失しているではないですか。


かつてはハードレンズ連続2週間装用もいとわなかったくらい、眼科医さんが目の敵にするくらいだから、数日間つけっぱなしなんてへっちゃらへっちゃら。


と思って目の乾きもなんのそので狼藉こいてたんだけど、流石に左目だけじゃこの世の巨悪をお見通しできなくなる恐れもあるわけで、もう4年くらい前に購入した年代物なんだし、両方いっぺんに買い換えましょ


とかつての記憶をたよりに福岡・天神は某フラワーへ。


そうねぇ…

あれは太宰府勤務時代、真っ昼間から平然と担当地区を抜け出して福岡都市高速をドライブ。次長課長はまだいないけど、部長部長職あたりの有象無象が頻繁に出入りする本社近くにあるあのコンタクト屋に2度も足を運んだんだっけ…


というのは今となっては笑い話。



とにかく今回もその店に行ってみると、驚いたことにまだ残っておりましたわたしの個人情報。


すごいねぇ。一度つかんだお客は決して離さない訳ね


と、感心するのもつかの間、どこか丁寧語がおかしげなお姉さん。


「本日は保険証はお持ちでしょうか」


だって。

いきなり痛いとこつくよね、まったく。
こちら海外旅行保険すらこの十年見向きもしなかった男です。


「放浪ものに保険は似合いませんから、ご遠慮しております」

と言っちゃうと多分やばいんで、

「へっ、はっ、あっ。りゅ、留学してたもんで今は保険ないんですけど…」

と素直な自己申告。



それでもなんかちょっと表情変わった(ように見えた)お姉さん。

「それでしたら、全額負担になりますが…」

「はぁ。で、いくらくらいかかるもんですかねぇ」


「少々お待ちください」

といってどこ換え消え去ること約5分間。


「お待たせいたしました。検診だけだと2000円くらいになりますが…」

「じゃあ、お願いします(うっ、140元かよ)」



といってのぞんだ検診の結果は


「左目にアレルギーが出てますねぇ」

とロマンスグレーに片足突っ込んだくらいのお医者さん。
どうやら久しぶりの長時間装用がたたっちゃったみたい。


「まあ大したことないんでコンタクトする分には問題ないです。目薬出しときますね」


「(いくらですか?って聞いたら驚くだろなぁ)お、お願いします」


結局、コンタクトレンズ自体は両目で2万円ほど。


でも検診代はやっぱり2000円超。そして目薬代、アレルギー性結膜炎治療剤「インタール点眼液」という代物が5mlで2070円だって。


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◎参考写真:一体誰がもうけとるんじゃ〜!こっ、こんなんで2000円


レシートには悲しくも「調剤費自費」と印字してあるし、更にちゃんと消費税も103円徴収されてるし…


マツキヨとかで2173円分の目薬くださいっていったら一体どれくらい買えちゃうもんでしょ。



いぜんどっかでmingxizi大姐に聞いたことあるんだけど、海外にいる間まったく国民健康保険代とか払ってなくても、日本に一時帰国した際には一時的にその恩恵(3割負担)にあやかれるという抜き差しならない裏技があるもよう。でもそれをやってはこの日記は書けません。


「けっ、どうせ俺ははみ出しものなのさ」


と強がり言っても現実はシビア。病気になっても病院に行くにいけない不法入国した外国人たちの気持ち、少しは分かれたような気がしました。
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2006年07月25日

越南美女とはすれ違い



と、意味ありげなタイトルでしょ?

でもわたしをよくご存知の方ならもう一顧だにしないはず。相変わらずなんにも大したことじゃございません。



昨晩ついに「日本四大都市圏de飲み会in10days」という、チベット仏教の四大宗派本山総参拝にも匹敵するような偉業を成し遂げちゃったわたし。


あとは後進を育てるだけ、もう思い残すことはない


と思ったかどうかは本人のみぞ知るところ。

とりあえずは名古屋から新幹線に飛び乗って、無意識のうちにとんこつラーメンの匂いのする方へと一歩を刻んだのでした。



で、やっぱ新幹線って速いよね。


昼すぎにはホント目の前に純正とんこつ(@住吉亭)があるんだから驚き。


相変わらずこちらさんときたら、超さっぱりスープと仏壇の前に持っていきたくなるくらいの大盛りご飯はともに健在。



ただいくらラーメンで幸せになれたとはいえ、せっかく途中下車したんだし、また快速電車に乗って30分、このまま実家に帰っちゃうのももったいないよなぁ


てな具合にメンを最後のひとすすりした時に頭に浮かんだのが、福岡アジア美術館でちょうどやってた「ベトナム近代絵画展 花と銃—インドシナ・モダンの半世紀」。



そのイベントポスターに掲載されてた展示の目玉といえる作品こそ、越南(ベトナム)美女だったわけ。


せっかくだから彼女に会いに行くか



と腹ごなしに中洲のアジ美までお散歩30分。


もちろんポスター見て気に入っただけだったら、わざわざ高い入場料を払ってまで、要洗濯な下着類を背中にしょってまで、見に行ったりはしません。



そんなんじゃない、わたしと彼女はもっともっと深い縁なんだから…




≫≪≫≪≫≪≫≪≫ と、ここでいきなりセピア色懐古モード ≪≫≪≫≪≫≪≫≪


目が覚めた時、既に2時も近い。おかげであの何とも言えない疲れはおおよそなくなっており、無事外出することとなった。食事をすませ、それから駅の向こう側にある美術博物館を目指す。


近くに軍事博物館というのもあったのだが、時間的に二つとも見て回る余裕はなく、そうなると趣味の観点からも美術館の方になる。


道に迷いながらもたどり着いたそれは、外見は政府の建物と思われても仕方ないくらいに堅い造りだったものの、実際に入り口で金をとられたし、中に入ってみるとやっぱりと言うか美術品が沢山飾られていた。


油絵や水彩などの作品もあることはあるのだが、それらは主に補助的なもののようで、ここでのメインの展示は銅版画やシルクに描かれた作品群。


ベトナム美術界の現状と歴史を知ることができて非常に興味深かったのだが、一方で重要な作品の方は気に入った作品も2・3点しか出会えず(メインに展示されていたものの多くはプロパガンダ的意味合いの大きいものだったので興味の対象とはなりにくかった)、帰りのスーベニアショップにもそれなりの絵葉書は売ってなかった(というか全く絵葉書はなかった!!)こともあり、無駄ではなかったけれど充実した時間を過ごしたとも言いにくいと思う。


まあこれから訪れるであろう町においても、可能なかぎり動物園と美術館巡りは続けていきたいと思う。


(1996年11月23日の日記から) 




面白さのかけらもない文章だという指摘は甘んじてゴミ箱の中に放置しとくとして、このときの気に入った作品2、3点のうちの一点ってのが美術館入り口すぐのところにあった作品。


しかも


ベトナム女性にあるまじき、いやベトナム女性の度(範疇)を超えたレベルで白く透き通った肌が印象的な、たぶん18歳くらいの女の子。


青系統を基調にしたその絵はシャガールのような透明感がありつつ、ほんっとにかすかな微笑みはミステリアスなほど東洋チック。あまりに周りの作品と毛色が違いすぎて最初は


へぇ、こんな絵もあるんだね


くらいの印象だったんだけど、その後、じわりじわりと頭から離れない存在になっちゃって、その旅の後半となる約一カ月後、ミャンマーのどっかで出会った日本人から旅の写真を見せてもらってたとき、偶然その作品と再会。


「ほう、ヲタクも彼女を気に入りましたか」

「とうぜんですよ。ヲタクも撮りました?」

「いえ、拙者は…」


などという会話を交わしたとか、交わしていないとか(ナイナイ)。



とにかくそれ以降、わたしにとっての最高の越南美女は相変わらず美術博物館入り口でわたしを迎えてくれた「彼女」であることには変わりなく、ただその後の人生においてあまりに多くの美女にお会いできたせいか(笑)、老齢化にともなう単なる脳細胞の崩壊が原因なのか、最近は思い出すこともなかったというのも事実。



とにかく、更にもう一汗かいてたどり着いた美術館。


はい、展示は一昨日で終わってました。東京でダメ人間たちに囲まれてたときが千秋楽だったのね。そんくらいちゃんとチェックしとかんか、このアホがっ


せめて絵はがきくらい売ってるかも


…いや売ってません。辛うじて閲覧コーナーで図録を眺めることができただけ。


その図録、解説文と作品をいったり来たりしながらよおく眺めてみると、ベトナムに伝わる伝統的な「漆絵」という画法や女性の描き方(タッチ)自体は間違いなく最高の越南美女と同じなんだけど、ずばばり同一人物、あの時の彼女というわけじゃなかったみたい。


つまりは同じ作者による別の作品って可能性高し。
でも、やっぱベトナム人の度を超えたようなベトナム人。


今回福岡に来ていたのがその彼女じゃなくって「リエン嬢」という妹かお姉さんらしきことを知り、安心したようなそれでもやっぱ残念なような…

姉妹に会えればどうにかして本人に連絡とってくれるかもしれないし…
美人の姉妹はやっぱ美人だし…


アホはアホなりに複雑な気持ちやね。



ベトナム漆絵.jpg

◎参考写真:上列が越南(中央:リエン嬢)で下列が台湾。全部アジ美のHPより


ちなみにそのまま帰るのも敗残兵なので、現在公開中の「日本時代の台湾絵画〜見出された郷土」展というのを見ました。浴衣とヤギの絵がきれいでよかったです。

おわり
posted by 牧場主 at 00:00| 北京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | まちかど歩けば新発見 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月24日

尾張名古屋は城とモツ




※本日の日記、コンピューターの変換作業が思うよう進まず、よりによって不適切なダジャレが散在してしまいました。よって駄アレルギーの方はご遠慮ください。




人よりもちょっぴりわがままな胃袋を持つ不幸なわたし。



まだ帰国して10日もたたないというのにすでに大阪、福岡、東京とわたり歩き、相手の迷惑も考えずに人集めをしては口福のかぎりを尽くしておりまして、こうなりゃ毒わば皿まで。


四大都市圏を制覇しないかぎり、文字通り「腹の虫」がおさまらない


ってことになりまして、最後に目指すべきは名古屋。



そんなおり、飛んで火にいる夏の虫。

先のエベレスト・カイラスツアーで知り合った名古屋在住で氷河の専門家SHUHEIさんからタイミングばっちりな連絡が入り、


「旅の終わりは尾張でしょ(駄1)」



とさっそく東京脱出。
とうぜんのごとく飛び乗ったのは新幹線ではなく普通列車。


普通ですぐに不通(駄2)になるのは途上国。


こちとら安全性、信頼性こそ最近ちと揺らいでるけどまだまだ中印レベルとは段違いのJR東日本&東海。冷房付き車両にゆったり腰掛け、3本乗り継いでも計6時間の「日本の移動はやっぱらくちんね」の小旅行。


最近の飲み会続きによる慢性寝不足状態も手助けして、iPodShuffleから音楽を垂れ流しながら、何度となく意識が遠のいていってはふっと目覚める幸せな時間の繰り返し。



気付いたときにはいつの間にか愛知入りしてたんだけど、それでもまだ午後3時をまわったあたり。勤め人に復帰されたSHUHEIさんの仕事終わりは午後5時以降ってことで、


さあて2時間何をしましょうか



これまでにも青春18時代(普通列車乗り継ぎで九州ー東京を往復していた時代)に何度か通過したことはあった名古屋だけど、実際に街を歩くのははじめて。


だったら名古屋城見学以外にはないでしょう


でもここで問題発生。名古屋駅で地下に潜ってみれば、思った以上に発達した地下鉄路線に驚きながらも、目的地を端的に示す「名古屋城」みたいな分かりやすい駅名はないこと発見。


「名古屋城ってどう行けばいいですか」


と素直な質問ができるくらい素直な性格でもないだけに、ガイド本でも見て探そうかと近くの本屋に入ってみれば、名古屋版だけすべてのガイドや地図に立ち読み防止のためのビニールが施されている惨状。


「こりゃ本物のビニ本以上の嫌らしいさ。せこすぎるぜ、名古屋」

と文化の違いを実感。


「そげんとでケチらんで大股開きでいきましょうや」

不適切な発言は今のうちに尾張(×お詫び、駄3)しときます。



まあ、何はともあれここは日本。どうにかしてたどり着きましたよ名古屋城。

熊本で働いてたときには熊本城とも結構縁のある仕事だったたんで、城に対しては石垣の組み方や天守閣の構造、籠城時に備えた危機管理態勢の有無など、「しろ(×城、駄4)うと」以上の知識はあったつもり。



でも、

天守閣は戦後の再建されたものだと知ってちょっとがっかり。

元のお城は太平洋戦争時の空襲で全焼してしまったらしいんだけど、実はその後建てられた城がどうなてるのかよりも、展示場の一角にあった炎上する城の写真が一番印象的だったりする。


これは見ている人たちにいけない気持ちを起こさせるくらい迫力があって妖艶な写真かもよ。たぶん金閣寺を焼きたくなる人に通じる気持ち。



でもう一つ笑ったのが名古屋城名物「金のしゃちほこ」が3回も盗難の被害にあったことを紹介する明治時代とかの新聞記事。


容疑で捕まった男性の名前が黒塗りになってたり、顔写真の目の部分に黒い線が入れられていたり、そこまで人権に気をつかいますか、と苦笑い。

そりゃえん罪だったんなら当然そうすべきだけど、単に

「罪を憎んで人を憎まず」
「死者にむち打つようなことはしない」

という優しい気持ちなのか。やっぱ名古屋人の考えることは分かりません。


とにかく思った以外のとこが面白くて、思った以上に観光客は多かった名古屋城。帰りしな、幸せそうなカップルさんから写真撮影をたのまれ


「愛知(駄5、×はいチ)ーズ」


と小声で言うことも忘れませんでした。




で、ようやくSHUHEIさんと合流。


わたし的には高地ではどうしても控えめにせざるを得なかったアルコールを気兼ねなく飲みながらとにかくお話さえできりゃそれで十分満足なんだけど、チベットで一緒にいた約20日間、こっちからは基本食い物の話しかしなかったんで、


「久しぶりに行く店だから今はどうかなあ。昔は美味しかったんだけど…」


そうとう気をつかってもらったみたい。
ほんっと申し訳ないです。



で、入ったのは「鶏厨房」という名のニワトリの焼きものメーンのお店。
たぶん名古屋コーチン系のいい肉使ってるはずの店。



「ここのキモの刺身が美味しいんだよ」


「すいません。うち刺身はやってないですね」(店員)


とのっけは

えっ?


の展開だったけど、その正体はすぐに判明。

実際刺身といっても差し障りないくらいレアに焼かれたキモはアンコウやアラのキモに通じるようなとろけるお味。


「そうだ、これだ。これ」


と記憶の糸をつなげることにも成功。


さらにハツやシロ、カワといったほかの部位たちもその新鮮さで劣るところなし。存在感をブイブイ(駄6)と主張してくる。

名古屋.jpg

◎参考写真:カウンター席だから焼いてるとこ丸見え。他人のだってすぐカプリっ


さらに炭火パワー全開だから注文して一分以内に


「はい、おまたせっ」

「どもども(いや、全然待ってないって)」


というやりとりが何回繰り返されたことか。



網焼きは豪快さがない分だけ、宮崎の地鶏炭火焼きにくらべてちょっと劣勢かなって印象なんだけどジューシーさは合格点。


ってかんじで全てが美味しかったのかというと、名古屋名物であるはずの「みそ串カツ」だけはは

……ミソクソ(駄7)ね。


だってわたしみそ文化圏人じゃないし、みそっていっても「コチュジャン」「トウバンジャン」系の辛みそ系しか認めてないわけジャン(駄8)。


というわけで結論。
城はまあ十分楽しんだし、鳥はモツの部分が美味しかったし、


「尾張名古屋は城とモツ」


はい、おそまつさまでした。

ここまでおつきあいしていただいたみなさん、もうこんな駄まみれのことはいたしませんから、どうかご容赦を。



追伸:SHUHEIさん宅での二次会。八海山、さすがです。さらに仕事から帰ってきたばかりの奥さん(某大教授!)に色々とつまみまで作ってもらって申し訳なし。今日中に食べてしまいました。教授に作ってもらっただけにね(駄9)。
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2006年07月23日

汚いのは嫌いじゃない




あ〜ぁ、ここは文明都市TOKYOだったよなぁ
なんでこんなアジアの安宿以下のとこで寝てんだかなぁ



昨晩の「日系四川人のすばらしさを再確認する会(一部改題)」が終わった後、2つの選択肢がございました。

九州世話人代表として上京、宿無し状態のわたし。



mingxizi,yashiziの美人姉妹宅にもお母さま公認で「お呼ばれ」していたのに、そんな泥酔してたわけでもないのに…

四川大学留学生サッカーチーム2代目キャプテンと向かったのは、どう道を間違ったか、幹事役も見事にこなして自身かなりご満悦だった元祖火鍋隊東家こと「大王」宅。



最近一人暮らしを始めたばかり。
7畳のフローリングにロフト付き。


とか聞いてたから、油断したね。たぶん


どんな豪邸に住もうと3日も経てば大王ワールド。


入って早々、足の踏み場がない
とうぜん寝るスペースもない


まずはゴミと洗濯物を端っこに押しやって腰を下ろすスペースを確保。お持ち帰りした串焼きや餃子、寿司を魚にささやかな二次会を開き、


床全体がゴミ箱って結構便利かも


なんてあやうく大王ワールドに引き込まれながらも、だんだんと夜も更けていき(朝も近くなり)、今度はわたしと2代目キャプテンの2人が横になれるくらいまで空きスペースの拡幅工事をしたのが記憶のおわり。


あとは酔いと疲れにまかせて生きるための睡眠をとるだけ。



で、相変わらず目覚めちゃう午前ちょい7時前。起きたときの第一声こそ、冒頭のぼやきだったのでした。

大王宅いせや1.jpg

◎参考写真:まるでゴミ捨て場に遺棄された死体のような2代目キャプテン



その後、下高井戸に出向いて大王お勧めの醤油ラーメンをすする。

ただし、

20ちょいのキャバクラ店長経験済みのキャプテンと30前にして大王たる男、さらに30ちょいの牧場主が話す会話は基本放送禁止まみれ。ここまで30数年間築いてきた人格を疑われるようなものばかりなので、あえて自粛。


みなさんまだ全然酔いがひいてなかったのかな。悪い人たちじゃないのよ




で、

1時には新宿アルタ前にて久しぶりの登場となるわが西南民族大学時代の同学(クラスメート)、インディージョーンズを目指すイエンレンと再会。アルタ前連チャンなんてなかなかすてきでしょ。


この4月から大学4年次に復帰、やることと言えば秋の大学院試験と冬の卒論の準備だけらしく、ちょっぴり余裕も感じられる彼。


今度はお好み焼きをつつきながら、

中国話、チベット話、インド話に花を咲かせるものの、さらに真剣にチベットと付き合おうとする彼に対し、すでに「チベットお腹いっぱい」になっちゃってるわたし。


「そのパワーは若さかなぁ」

としみじみ。

お話は夕方5時過ぎまでで、彼は教授宅での飲み会へ。


つぎに再会するのは日本なのか中国なのか、インドなのか。
10歳も下の彼の成長、今後も楽しみやね。




そして本日第三の刺客はヤッタム。


名前は怪獣っぽいけどれっきとした人間。

ある旅行中、某国にて知り合った女性(日本人)なんだけど、その時のやりとりが出色オモロくって、さらにわたしのほうで彼女の身の上について色んな妄想が爆発。


この感動を忘れてはならない
自分一人のものにしてはならない


と、プライバシーの侵害どこ吹く風。

さらに若干の脚色を含めて日記に書いちゃったもん(バレンタインの某??劇→http://itoyama.exblog.jp/d2006-02-15)だからその後、丁寧な言葉使いながらも文面からは強烈な「怒り」を感じずにはいられないクレームメール(笑)をいただいた間柄。



帰国後、東京に出てきて再就職した彼女とは、その後もメールのやりとりを続けてたんで実は昨日のうちに再会、とげ抜き地蔵にも近くに住んでるという彼女に連れて行ってもらったという成り行きだったりする。


そん時もいろんな話をして、どうやらわたくしの先の無礼に対してもそうお怒りではないらしいことが感じられたこともあり、そうなると酒好きを自称される彼女。


しらふであそこまでオモロいのが酔っぱらってどうなるか、見ずに死ねるか


と、どうにか酒をごいっしょしたかったんだけど、夜には「異業種交流会」の先約が入っていたらしく、ダメ人間の会にお連れすることはできず。



ってなわけで、本日改めて酒の席を設けましょ、ってなことになってたのでした。



場所は紆余曲折を経て吉祥寺。
井の頭公園そばにある串焼き屋「いせ屋」。


学生時代(今もだけど)、この辺をチャリでよくうろうろしていたわりに、なぜか一度ものれんをくぐることなかったお店。

単にうまくて客が多いだけじゃなく、歴史もかなり古いらしくて建物自体かなり年季の入った代物。炭火でいぶされた鶏や豚の脂が木造の柱や壁に十重二十重にもしみこんで、すすけたてかり具合はもう芸術の領域。

ちょうどチベット寺院にあるような、バターまみれの手で何万、何十万回も触られた仏像のてかり具合を思い出すような感覚。

大王宅いせや2.jpg

◎参考写真2:みんな楽しそうでしょ。いいよねこんな汚(きたな)楽しい飲み屋さんって



串は一本80円。
ビールは一杯…ん?いくらなんでしょ。

とにかく焼き鳥と生ビールは日本のお家芸。
さすがは酒好きを自称される彼女もピッチは衰えることなし。


ただ、前回会ったときのように奇想天外、抱腹絶倒なお話が聞けたかというとそういうわけでもなく、さすがに転職をしてまだ3、3ヶ月、さらにまだ27歳と若いわけで慣れない仕事や職場の人間関係に悩みなんかも当然あるわけ。


そんな話を彼女がして、わたしが思ったことやかつて働いたときの経験なんかをかたって、というのが大まかな流れだったもよう。


すでに生ビール数リットルを胃袋や腸につめ込んだ酔っぱらいのたわ言に律儀にうなずいてた彼女。


新しい環境にとまどったり悩んだりするのは当然のこと、苦労と経験を積み重ねりゃ新しい自分を開拓できるって可能性もあるわけで、実際に悩んでる本人を前にしては口が裂けても言えなかったんだけど、若干うらやましいという気持ちもあったりする。



だいたい今現在のわたしって同世代の人たちと比べりゃかなり楽な方面に引き籠もっている状態でして、最近は学生や社会人経験者でも年下の人たちと接することが多かったせいか、これまでの30年足らずの人生を振り返ってその経験をぐだぐだ語るなんていう、ご隠居モードが多すぎだったなぁ、とちと反省。



たかが数年早く生まれてその分早く社会に出て人とちょっと違うこと経験しただけなのに、それ以外に何もない底の浅い知ったかぶりをしてもその薄っぺらさはすぐに露呈するのは自明の理。

それよりも自分も前に進んでいる姿、汗をかいてる姿を見せることの方が何倍も説得力あるんだろうなぁ


よしっ


閉店になっちゃったし、さあ帰りましょうか。


日記終盤になるにつれて論理的でない話になってしまったのは、酒が回るにつれてまとまらなくなっていく当時の考えていることを忠実に再現したからで、決して今もこんなぐたぐたなわけではありません。たぶん、ね。
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2006年07月22日

下半期は運気向上中?




さあ、夜行バスはほぼ予定通りの15時間コースで午前7時前、サラリーマンたち人口膨張直前の新宿副都心に到着。



ちょうど半年ぶりの東京シリーズ。


前回は何がいちばんすごかったかっていうと、仲間との再会でもアキバでのデジもの買いまくりでもなく、仏の面ををかなぐり捨てて優しさのかけらもなくこてんぱんに書き下ろしてくれた浅草寺の「凶」おみくじだったりする。


その後しばらくして中国に渡ると、直後のデジカメ故障に始まり、パスポートが2日ほどなくなったり、別のデジカメすられたり、インドの山奥で高熱に浮かされたり、期待を裏切らないドラマチックな展開。


それもこれも、実はおみくじの面子を立てるため、さらにはみなさまに笑いを提供するため、あえてその通りの役を演じ続けたわたしの迫真アカデミー賞級演技のなせる技だったりもするんだけど、ね。



とにかく

チベット入りしてから以降は普通の日本人たちの一生分くらいのお寺を訪ねて一角札(約1,5円)をばらまき、仏像を前にしても衆生の衆のようにお手々の節と節を合わせることなく、


「ほほぉ、うーむ。なかなか」


ってな具合。知ったかぶり続けてきた成果が徐々にあらわれ、さらにはカイラス山を巡礼したことでこれまでの罪や汚れを全て浄化できたってことで、運気はだいぶ上昇中みたい。


少なくとも今年初頭、1〜2月の最バッドラック状態からは抜け出せれたような実感があったし、「日系四川人の現世(社会)復帰を支援する会年次総会(以降:ダメ人間の会)」のスタートまではまだだいぶ時間が余っていたということで、観光ついでに東京寺社仏閣探訪シリーズ第2弾。


とげ抜き.jpg.jpg

◎参考写真:巣鴨にあるおじいちゃんおばあちゃんの原宿「とげぬき地蔵尊」


に来てしまったのでした。



もちろん狙いはおみくじの一本釣り。


前回浅草寺は100本全てに番号の書かかれた棒から一本引き、それと同じ番号の棚にあるくじを選ぶタイプ。今回はもっとシンプルに自分の誕生日の棚にあるおみくじを引く方式。


迷うことなく8月28日を選択。


はい、みなさんここテスト出ますよ、覚えてちょうだい。

8月28日ですからね(笑)。



で、おみくじの内容はどうだったのか。カイラスはホント御利益があるのか。まずは読んでみてちょうだい。半年前(矢印左側)と比較しながらがよいでしょう。


願望(希望)
叶いにくいでしょう → 無理せず自然にまかせるべきでしょう

病気
おぼつかないでしょう→ 食養生が大切です。腹八分は金言です

失物(紛失)
出にくいでしょう  → 時間がたつと困難です。早ければ出てきます

待ち人
現れないでしょう  → 都合で来られません。一日も早く当方より尋ねられよ

新築・引越(移転)
悪いでしょう    → 慎重に選べば、幸い良し

旅行
悪いでしょう    → 出先で金を落とすかもしれぬ。分散して持参されよ

結婚・付き合い(結婚・恋愛)
悪いでしょう    →真実の愛の路は茨で囲われています。誰にも遠慮するこ
          となく愛を告白しなさい。幸運があなたに恩恵を与えます



どう?

微妙に持ちなおしてると思わない?

悪いなりに光明みたいなんが見えてきたでしょ?

あと数回カイラスまわれば「吉」にも到達できるかも、でしょ?


決して最凶悪運状態の面影を残しつつも、そっから3段飛びでいいことばっか書いたりしてないのが、リアルでよろし。ちなみにわたしの今の運勢の状態、凶とか吉という一般的表現は使わない「とげぬきstyle」によれば、「穏運」というのだそう。



さらにとげぬき地蔵といえばやっぱお地蔵さんもDon't miss it!(DJ風)。


最近のウイークポイントであり腹八分が金言とみくじに指摘された「おなか」。

お地蔵さんのおなかを優しく丁寧に何度もなでなでしたからには、例え気持ちの問題かもしれんけど、飲み会の前に悪酔いを抑えるためヨーグルトや牛乳で胃に膜を張るより何倍も御利益ありそう。

勢い勇んで本日のメーン行事「ダメ人間の集い」に乗り込むことになったのでした。



で、その集い。

九州支部からのわたしの参加がそんなに嬉しかったのか、総勢10人参加でなかなかの好評ぶりだったんだけど、そこにたどり着くまでがやっぱひと筋縄じゃ行かないところが我々日系四川人のチャームポイント。



そもそも新宿アルタ前集合。
なんでこんなべたすぎる場所…


さらに居酒屋の客引きお兄ちゃんにも同情されるほど、集まりの悪い四川時間が染みついちゃってるから、誰がまかせたか名幹事(火鍋隊元祖東家・大王)からして30分以上遅れて登場。


その後もじわりじわりと増えていく面子。

ところで、一年以上会ってなかった人たちだってけっこういたのに、一度話にエンジンかかっちゃうともう生ぬるい四川の風が吹き始めるから、あら不思議。


まるで成都の寝苦しい晩、紅瓦寺のシャオカオ店(路上串焼き屋)に繰り出して夜明け近くまでだべってたときの雰囲気そのまま。あのころにタイムスリップしてしまったかのよう。



たぶんみんな同じ感想だったんじゃないかな。まったく懐かしい感じがしない。あまりに当たり前すぎるからなのか、5時間近く食っちゃべってても記念写真とか撮ろうとする姿もなし。


シャッターを押す時間も惜しんでおしゃべりを楽しんでたってことなんだけど、単にこんなダメ人間の集いに参加したことの証拠を残したくないという本音があるのかも…


いいんです。

それは日本社会に復帰できてるって証拠なんだから(笑)。


あっ、わたしはとうぜん前者、ダメ人間の集いはわたしの誇り(埃)ですから。
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2006年07月21日

二日酔いどれいざ東京




昨晩の楽しかったお帰りなさいパーティー。


その後、二日酔いまで「お帰りなさいパーティー」開いてくれまして、本日午前中は起きあがるに起きあがれない。だる〜い気分で畳の上をゴロゴロ、ごろごろ。


なんかチベットからおりてきて以降、ずっとこのパターンだよなぁ


考えることはそれだけ。

ようやく平衡感覚を取り戻した正午前、激辛カレーで胃袋を醒ましたあと、もう出発の時間へのカウントダウンスタート。

「日系四川人の社会(現世)復帰を支援する会年次総会in東京」

九州支部代表世話人を自認しているからにはたとえ二日酔いだろうと欠席など許されようはずもなし。しょうがなく荷物をまとめてお出かけ準備を始めたのでした。



移動手段は初めての高速バス。
午後3時にJR博多駅前を出発。

所要15時間、1万500円。安いっ!

バス移動.jpg

◎参考写真:車内は豪華3列シート。飛行機ならCクラス並みのリクライニングも可


だから、背中と腰を十数時間も90度に固定しとかなきゃいけないようなどっかの国のバス移動を想像してはいけません。


アイスクリーム、ヨーグルト、レモン系の飲み物

おやつは通常500円までだけど、とにかくアルコール漬けの胃腸や肝臓、血液そのものまでを冷やして浄化して、ミソギするために「清涼」なものを大量に持ち込んでのバスの旅。


この豪華バス。約30人乗り。出発時点では半分程度の乗車率だったんだけど小倉、広島に停まっては少しずつ乗客をピックアップしていき、福山駅前で車内は満員に。


ただ、時間はすでに午後9時をすぎちゃったりして、


こんなペースでほんと明日6時半、新宿に到着できんの?


なんて思ったりもしたんだけど、3列ベッドは快適そのものだし、「おやつ」たちのおかげで体調も完璧復活。


寝てたらいいだけじゃん。ゆっくり行ってくれ


そんな心境なのでした。


そうそう、本日はとうぜん酒ぬきね。

どんなに飲みたくても週二回の休肝日は守りたいと思っている、その心意気が素晴らしいわたし。あっ、でも、「来るもの(お呼ばれ)は拒まず」だからまったく遠慮する必要はありませんから、ね。どんどん誘ってください。あしからず。
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2006年07月20日

火鍋隊Soloっと火鍋城




生まれてこのかた32年。

なぜか一度もお会いしたことない方々約10人ほども参列していただき、にぎにぎしく送別会を開いてもらったのがつい先日のことin北京。


今度は真逆、まったく初顔合わせの人たち4人にお帰りなさい会を開いてもらったin博多、って展開だから人生波乱万丈、まったくもって捨てたもんじゃない。


その名も「火鍋城Night vol.2 牧場主さんお帰りなさい♪」。


いぜんこの日記、しかもほぼ一年前(http://itoyama.seesaa.net/article/11349821.html)に紹介したことある福岡市早良区役所そばの中国大明火鍋城が現場。


博多一

いや九州一

ここまでは火鍋油の赤に誓って太鼓判が押せるほど正宗川菜(超本格名四川料)が楽しめるすばらしくプリティなレストランなんだけど、こちらのお店にて、見ず知らずの方々に


「お帰りなさい」


っていってもらったのでした。


集まったのは、火鍋城の味と雰囲気にまいってしまった「のぼせもん」たちが集まるインターネット上の交流サイト、mixi(ミクシー)のコミュニティ「中国大明火鍋城」のメンバー4人。


もともとチベットにいたときにこのコミュニティの存在を知り、


あのメニューはうまい、このメニューも最高だ。今度あれ食おう、そして次はあれ、デザートはやっぱあれでしめるべし


などと盛り上がるメンバーたちをよそに、精進料理よりも忍耐が必要なチベット料理しか周りになかったわたし。活発な書き込みを読むたび、どれだけのよだれがチベットの乾燥した大地にしみこんでいったことか。


とにかくそんな飢えた狼(おなかと背中がくっついたブタ)のようなわたしをあったかく迎えてくれたのがコミュ管理人のtomiさんをはじめとするすばらしい4人衆。


わたしが逆の立場だったとしたら、


うまいもん食うための口実さえあればOK牧場。新参者をおちょくりながらでも盛り上がろうかい


っていう魂胆みえみえで参加するのが常なんだけど、彼ら彼女らはもっと大人。そんな本意があってかないのか、そのそぶりも見せません。


じつは四川大学留学生火鍋隊隊員として初のソロ活動、隊の名においても恥ずかしい姿は見せられないわけなんだけど、当然ながら向こうさんらはそんな気負いも皆無。


bokujonushi.jpg

◎参考写真:こんなもんまで準備して中国帰りの住所不定無職を迎えたのでした



さらにこんなサプライズも。

都合三度目となるこの火鍋城迷(マニア)たちのイベントを聞きつけた同店の社長、朱大明さんまで中国から駆けつけ登場。

四川出身者にあるまじき丁寧で流暢な標準語でもって自己紹介、さらにお店特製キーホルダー人数分とサービス料理2品まで提供してくれる大盤振る舞い。


何よりも「中国大明火鍋城」、その名前の由来が分かったことが一番の収穫だったりして(笑)。



とにかく、

皆さんとは初顔合わせながらカラうま好きが共通のキーワード。よけいなゴタクがいらないのが、仕事飲み会や異業種交流会(合コン)などと違うところ。

いきなり

tomiさんから「なに食べたいですか?」

と聞かれ、いつものように

「いや、わたしは辛い料理が一品あるだけで…」

と答えると


これでもかっ


ってくらい怒涛の辛い料理をオンパレードしてくれる汲み取り方。さらにさっぱりうまい系だってちゃんとおさえてるような、まさに中国人さえ黙らすくらいつぼを押さえた点菜テクニック。


hinabejou.jpg

◎参考写真2:赤いのから白いのまでバランスよく取り揃えられたテーブル。そそるね



とうぜんのごとく、ビールが進む。

でもここは九州。

一人、また一人とビールモードから焼酎モードに切り替わっていくあたり


「やっと帰ってきたとばいね」


とうれしさも倍増。

タイミング遅れの焼酎ロック参戦はかなり危険な賭けだったものの、なんとかお見苦しいところを披露することもなく、乗り切ることができました。


これだけ飲み食いして一人平均4000円。あの大阪「老四川」が、あの程度の料理と酒で6000円近くかかったことを考えると、すでに大明火鍋城


「あんたもう西日本一」


くらいの称号は与えちゃっていいのかもしんないね。

もしかしたら今後一年間はまったくの川菜なし、当分お別れの四川料理になるかもしれないわけで、ラストにふさわしい楽しくおいしいお食事会となった夜でした。



追伸:詳しい情報についてはぜひmixiのコミュニティ「中国大明火鍋城」をのぞいてみましょう。
posted by 牧場主 at 00:00| 北京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 食い物、飲み物腹一杯 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月19日

ゆるゆるのインドビザ




「ほんっとこんなんで大丈夫なんかなぁ」


申請料8800円のはずが激安1200円
所要4日のはずが受け取り指定日は翌日
英文残高証明書が必要のはずが当日日付つきATMレシートがあればOK


上記はすべてインド大使館HP上でチェックした学生ビザの取得条件と窓口で実際に行われたこととのミスマッチ。


今回大阪までやってきたのは実はこのインド学生ビザが目的だったりする。


西日本在住者は大阪の領事館で申請のこと


などという九州在住者にはかなり迷惑なルールがインド世界ではまかり通っているらしく、もちろん郵送も可能なんだけど、8月には新学期が始まるわけで、背中をかなりせっつかれてるわたしにはそんな余裕もなし。

だから3連休明けの昨日、博多から朝一の新幹線に飛び乗り、大阪は堺筋本町駅前にあるインド領事館に駆け込んだのでした。



「きょう九州に帰るんですか?」

と窓口の女性。

「いや、一泊するつもりですけど…」

「じゃあ明日の午後4時以降受け取りに来てください」

だって。

なんだか当日でも発行してくれそうな雰囲気、ちょっと惜しいことしたかも、と思いつつ、その後は火鍋食って、千里にあるKATO氏の豪邸に転がり込んで一泊。


翌日、ようやくあがった雨を待っておいとま。

高台からは遠巻きに太陽の塔を眺め、そして阪急電車に乗って京都にGO。


だってビザ受け取りまではまだ5時間。


チベットにひたりすぎてかなり派手好みになっちゃったわたしの思考(嗜好)を改め、もう一度超日本的なワビ・サビの心を取り戻そう


と向かったのは、京都は太秦(うずまさ)。


そう、やっぱ日本の心は時代劇。映画村を観光してついでにコスプレ、俳優さんたちと写真なんかまで撮っちゃったりして…


だったらワビ・サビとは完全逆ベクトル。

いちおう最寄りのバス停だけ一緒ってことで実際たずねたのは映画村のおとなりにある広隆寺。


国宝第一号といわれる「弥勒菩薩半跏思惟像」で有名なお寺。


ほんとジジくさい趣味だといわれるかもしれないけど、わたしゃこの半跏思惟像が好きでねぇ。


チベットで何十体何百体という金ぴか弥勒像を拝むたび、木像のすすけたシンプルイズベストなこの仏さんをなんど思い出したことか…


広隆寺弥勒仏1.jpg

◎参考写真:ほれ、みなはれ。有無を言わさぬ高潔さ。境内の雰囲気も超しぶ〜い


宝物殿の中は大幅に改修されていて、半跏思惟像に近寄れる距離も少し遠くなってたりしたんだけど、それでも国宝を間近で見られて同じ空気を吸えるるこの環境はすばらしいよ。


監視のおっちゃんたちの視線が強すぎて、わたし得意の何気ない撮影(≒盗撮)は無理だったんだけど、およそ30分。日本仏教芸術の極をこれだけじっくり嘗め回すようにながめられたおかげで、もうチベットでしみついたバター臭さはなくなったでしょうよ。たぶん(笑)



もちろんそんな至極の境地に浸ってられる時間は限られてまして、今度はまたハデ好きヒンズーの神々にお呼ばれしている時間が迫ってまいりました。

阪急電車で大阪に舞い戻ってのインド領事館。


で、いただけちゃったのは1年のつもりがおまけつき1年1ヶ月有効の学生ビザ(マルチ)。

ただしあわせて提出してた大学のadmission letter(入学許可証)が返却されないってことで、インド入国時に窓口で係員に難癖つけられる自分を想像しながら、


「許可証の中に必要書類が書かれていたんですけど、それ見ないと…」


と申告すれば、すぐにただでコピーしてくれるフレキシブルさ。
なんとまあ、最後まで融通のきくすばらしい領事館だったというわけ。



さあ、とにかく準備は整った。
まだ航空券は買ってないけどね…


…とにかく

楽しかったよ、大阪・京都。
次はおいしいお好み食わせてちょうだいね。
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2006年07月18日

出張火鍋隊大阪夏の陣




「いま図書館で借りて北方謙三版三国志を読んでてさぁ」

「やっぱ英雄たちはハードボイルドにウイスキーストレート、チェイサーなしっすか」

「それはない、ない」


「このつけダレ強烈に薄いよねぇ。冷たいし」

「こっちのニンニク油を混ぜるとましになりますよ。っていうかこの油につけて食いたいくらい」


「そう、思い出した『泣いて馬超を斬る』っ!」

「ちがいますそれ。『馬謖』ですから」

「うーん、これが馬超だったら孔明も斬れてなかっただろうねぇ」



そんなマニアックな会話が交わされる大阪ミナミの繁華街。そのはしっこにある「老四川」という名の四川料理屋さん。


何が起こってるのかといいますと、ズバリ火鍋隊大阪夏の陣。


わたしが大阪にお上りするということで、急きょ地元KATO氏(GK)にプロデュースして集めてもらった帰阪中の火鍋隊メンバー。


よりによって元祖火鍋隊西家が「テスト期間中」のため

「今週は、今週だけ、今週の木曜日まではマジ無理っす」

と泣きを入れてきたことを除けば、鍋を囲むにはほぼベストの4人が「くいだおれ」前に集合。



さあ食べましょう、食べましょう。
たぶんメンバー全員にとっての日本初火鍋、いったい何を食わせてくれるんでしょう。

いちおう一品料理も各種取り揃えましたる同店。でもわれわれには火鍋以外に何の選択肢もなく、その火鍋選択肢でいうとこの食べ放題3コース。

羊肉、豆腐、しいたけ、白菜、もやし、腐竹、ゆりの花、中華麺 1880円
牛肉、豚肉、ホルモンをプラスするなら2480円
さらに海鮮、デザートまで加わっちゃうと驚きの3480円


そして極めつけは

香料(ヤクシー)一人前250円



ほう。ヤクシーときたか。


コノミセゲンチジンヤテル。ニホンゴマダチョトワカラナイネ


的なにおいをかもし出そうと、あえていんちき日本語を使っとるな。

どうして素直に

香菜(パクチー)一人前250円

って書かないかなぁ。


とちょっとつぼに入っちゃったわたし。

でもほんとに現地っぽい味だったら大歓迎すべきことなんでかなり期待度もアップしたんだけど、有無を言わさず運ばれてきたのは赤いスープと白いスープが入った鴛鴦鍋。


しかも赤いスープの赤は表面だけ。ラー油の膜が張っている感じだから、沸騰しちゃうと、その薄っぺらさがばればれ。すぐに茶色めのスープが姿を現しちゃってかなり興ざめ。


やっぱ紅鍋は根っから赤くないとだめだよね。

不健康なくらい。目を細めたくなるくらい。湯気が顔に当たるだけで痛くなるくらい。


見た目にたがわず味自体もさっぱり系な赤鍋でありまして、火鍋愚弄隊どもが「悪魔の実」といって恐れる花椒のパンチも皆無。

たまらず唐辛子油を大量に追加してもらったものの、火鍋(紅鍋)本来の重量感、こってり感を補えるには程遠し。


で、さっきの会話にも出てきたとおりのさっぱり系のつけダレ。

わたしはどうでもいいんだけど、カキ油(オイスターソース)も置いてないという不手際ぶりには残り面子からブーイングの三段攻撃。


と、まあ、文句はこれくらいにしておきましょう。


大阪火鍋1.jpg

◎参考写真:雰囲気ばっちり。味さっぱり。でも楽しかったらすべてよし


どんな食事であろうと、火鍋隊は火鍋隊。鍋を囲んで酒飲んで、話をしていりゃ盛りあがる。


2480円コース。肉食べつくしました。
生ビールも一人平均ジョッキ5杯。飲みました。
いつの間にか4時間近くたっちゃいました。


食い道楽の都にふさわしく一人6000円の大盤振る舞い。
わざわざわたしのために集まってくれた皆さん、どうもありがとうございました。


とりあえず日本帰国中も火鍋、四川料理への思いは絶ちがたし、ということで今後も見苦しく悪あがかせていただきますから、お楽しみに。
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2006年07月17日

お湯もう沸いたまだ?




久しぶりに囲む実家での食卓。

お腹の調子は一向に回復する気配なし、トイレ行きへのカウントダウンはいつも3秒前くらいの緊迫状態なのに、とりあえず食ってる間は美味しい幸せな気分。


そんな至福の食事の最後をしめるのはやっぱお茶でしょう。


で、

思わず口にしてしまった見出しの「お湯もう沸いた?まだ?」このせりふ。



家族からはとくになんの反応もなかったんだけど、言っちゃってすぐ、こんな日本語を使ってしまった自分にかなり唖然としちゃったね。



だって


「水已開了没有?」

だよ。


こんな中国語を思いっきり和訳した日本語、中国に関わる前2年前までだったら絶対使うはずないもん。


ああ、外国語勉強するってこんなとこにまで影響でちゃうんっすか…


すでにべらべら喋れるようになってるんだったらそれもまたよかろう。

でもまだ中途半端の範疇でうろうろしてるのに、よりによって母国語に対してまでよからぬイタズラ、暗い影を投げかけようとしているのか中国語よ。



驚いたときや突差のリアクションで、


「あいやっ」
「おいよぉ〜」

なんていうのはもう泣きたくなるくらいに口にこびりついちゃってるし、それを矯正するのはもう絶望的なくらいむずかしそう。


何とも恐ろしきは中国語…


そんなことに一人痛み入りながらも、実際食後に飲もうとしてたお茶だって、緑茶や玄米茶じゃなくって帰国直前、成都の五塊石市場で大量に買い込んだ烏龍茶(福建産鉄観音)だったりする。


がぶ飲み烏龍2.jpg

◎参考写真:こてこてな日本湯飲みで飲む鉄観音。まぐろ、しゃち、しゃけ…


茶器まで現地調達しちゃうと重くて荷物になるから、それにわざわざ日本で中国茶器買うのも高くてばからしいから、日本流にいただいております。


まるで日本酒好きが杯の酒をなめるようにして飲むがごとく、小さな茶杯に少しずつ茶を注いではかおり嗅いだり、ちょっとずつ口に含んだりして楽しむ中国茶人たち。


こんな「がぶ飲みスタイル」をみたら目を血走らせて「アイヤァ」かもなぁ


なんて思いながらもこれが日本めし食べた後にはぴったり。
さっぱり感は日本茶以上だし、美味しいんだから仕方ない。


実は今飲んでる茶葉、


成都某漫画喫茶のオーナーはこの前いくらのお茶を買った

だの、

西南交通大学の日本語教師はいくらの買って日本へのおみやげにした

だの、


世間話のためなら顧客の個人情報保護を何とも思っちゃいない店員との会話を楽しみながら買った500グラム380元(約5500円)、中の上のお茶っぱ。


日本で買ったら十倍はするよ


という言わなけりゃいいようなセリフも言っちゃうような店なんだけど、扱うのは完全に福建省産茶葉専用でほんもの。上記のごとく、結構成都在住の日本人御用達のお店らしく、もうすでに


「チベットと成都を行き来している怪しげな日本人はこの前これ買ったぞ」

なんて話の種にあがってるのかもしんないね。



高級ウーロン茶を少量だけ運び屋してがぶ飲みできるのも、若干中国にご縁のできた日系四川人たちの特権。日本の食文化に中国の食文化を取り入れるのも我々の勤め、たんにコラボレーションを楽しむのだけでも一興。


だから、

中国系新しい日本語だってどんどん使ってあげましょう。使わない?

はい、使わない(断定)
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2006年07月16日

アカデミック衝動買い




日本へ帰ってきてとりもなおさずしたかったこと。


それは本屋。


でもただ行きゃいいってわけでもなくて、



「インドに留学します」

なんて周りに言いふらしておきながら、現在のわたし、当然ヒンディー語できないばかりか、英語もはなくそ程度しか喋れません。インドのことよく知りません。


だからそんなわたしには付け焼き刃専用、おぼれる者がつかむためワラが必要でして、それを知識の泉、本屋で探してみたかったのでした。


とにかく九州じゃかなりでかいお店といえるジュンク堂福岡店に駆け込みまして、で買ったものをレシートで紹介。



語学   1995 円
高校学参 1890 円
人文   3885 円
語学   2940 円
語学   2730 円
雑誌   1029 円

合計  14469 円


いやぁ、高いっ。
計6冊で約1000元。高級火鍋を30人くらいにおごってやれる金額。
日本の本ってなんでこんなに高いのよ。


でもとまらない。

レシートの内訳見てもっても分かる通り、主に購入したのは語学のテキスト。

特に大型書店とかだと困るのは、あの「語学」コーナーあたりの充実ぶり。毎年定期的に三日坊主たちがわんさか押し寄せる永遠語学ブームだから、どっかのピンク街の呼び込み以上に有象無象たちがうじゃうじゃいるわけでしょ。


そんなんから

「本当にすぐに身に付く」


を本当に見つけ出せる可能性なんてたぶん、チベットの川原で砂金掘り始めて仏像一体分の金箔をためるより何倍も難しいはずなのにわたし、一冊でもカゴに入れちゃうともうあとは雪だるま式。

おっ、これいいねぇ
こっちもよろしくない?

ほぼ名前だけで以下のような書籍を選んでしまったのでした。


表現のための実践ロイヤル英文法(旺文社)
英語で意見を論理的に述べる技術とトレーニング(ベレ出版)
こうすれば話せるCDヒンディー語(朝日出版社)
通訳メソッドを応用したシャドウイングで学ぶ中国語難訳語500(スリーエーネットワーク)
[季刊]旅行人2006冬号ディープ・サウス・インディア
世界各国史7南アジア史(山川出版社)

書籍4.jpg

◎参考写真:さあてこれだけの情報量。何十分の一程度脳みそに刻まれるのか


さてここでクイズの時間。

先のレシート上で「高校学参」に分類されてたのはどの本でしょう?


A.「こうすれば話せるCDヒンディー語」でした。


ってのが真実ならば、この国の未来は十数年前に大槻某がシャウトした「日本印度化計画」になっちゃうところ。ほんとほんと。だけど実際は「表現のための実践ロイヤル英文法(旺文社)」が正解。


だってさぁ
帯にさぁ

「本当に伝えたい英語が書ける・話せる英文法書誕生!」

なんて書かれてたら飛びついちゃうよ。
だってこちとらけつかっちん状態で本当に伝えたい英語が書けて話せたいわけだし…

それがまさか高校生用だったとはね。
いやはや最近の高校教育恐るべきですわ。

みんなインドに留学するつもりなのかもしれないね(笑)



どうしてこれだけの本を買っちゃたのか、わたしなりの説明をさせてもらうと、


駅前留学するわけじゃないんで「ブロークンでも通じりゃOK牧場」からは卒業しなきゃいけないし、インドの超エリートたちとは英語で意見を論理的に述べあう必要がある。もちろんヒンディー語だって読み書き、あいさつくらいはできなきゃ…。それで中国語だって忘れるわけにはいかない。当然インドを中心とした南アジアの歴史に通じてることくらいインド留学者の常識。南アジアにも旅行で行きたいし…


どれも正論。

でももうお腹いっぱい。

当然のように帰宅後ページは開かれず。

衝動買いってのは買うことに意義があるわけでして…

第一こんだけの本たち、持っていくだけでも大変でしょ。


あ〜、暗記パンがほしいっ!
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2006年07月15日

今回は長目に中国拝拝




青島に来ました。
久しぶりの潮の香り。
ようやく眠気から覚めました。


飛行機は午前7時35分発だから、都合3泊した前門の40元宿を出発したのは早朝5時すぎ。

最寄りバス停から乗ったバスは天安門広場にそって北上。右側に国家博物館前に掲げられた巨大な特設掲示板が見えてきた。

1124日。12時間12分○○秒。

そう、北京オリンピック開幕までのカウントダウンボード。これまで特別意識してみたことはなかったけれど、バスが通り過ぎる間も、10秒ほど開幕が近づいた。

今の正直な気持ち、オリンピックは北京に戻ってきたいと思っている。半年前は考えもしなかった。それだけこの間、この町から色んな影響を受けたということだ。移り気なわたしだから、これから気持ちがどう変化するかは分からないけど、好きな場所があって、好きな人たちがいて、面白いことがどんどん起きる。そのことが分かったから、今生の別れという雰囲気はみじんもない。まったく爽快だ。




勘のいい読者か相当なOK牧場マニアなら分かっちゃうはず。


そう、これは去年の日記。
7月11日だから厳密にいうと369日前のできごと。


でも去年との相違点といえば日付以外


目的地       青島 → 福岡
宿出発     午前5時 → 午前7時
飛行機の時間 7時35分 → 9時20分
宿の値段     40元 → 45元

くらい。


あっ、そして


北京さよなら.jpg

◎参考写真:北京オリンピックまでのタイムリミット。時は確実に進んでる


要するに一年たってもほぼ同じことやってるわけで、だからというか、最後に書いてる気持ちだってなんも変わらなかったみたい。目指せ北京オリンピック!



ただ2年前、会社を辞めたときから

「中国では2年間遊ぶ」

と決めてたし周りにも言いふらしてたんだけど、その予定の2年間が終わってみて感じるのは、


予定通だったのはその遊学期間だけ


だったってこと。
あとは全て予想外の連続。



抱腹絶倒(元祖マジボケレディー「三遊亭あほ陳」との交友など)
孤軍奮闘(西洋人ツアー客とチベ人ドライバーとのはざまで通訳)
権謀術数(mingxizi大姐の実妹yashiziを招いての国際ドッキリ)
民族団結(中国内全民族が学ぶ西南民族大学での楽しい留学生活)
臥薪嘗胆(何度も何度もチベット嫌われ、そのたびに嘗めた苦難)
愛国無罪(北京反日デモ。わたしはのんきに山西省旅行中でした)


とにかく、なんでもありありだった中国生活。


でも、ありがたいことに腹が立ったことは正直ゼロ。


電子辞書1回なくして、デジカメ1回すられて、HSK試験1回「級なし」とったけど、それは全部「自己責任」。

中国じゃ拾ったものを届けないとか、こそ泥棒&スリが多すぎとか、問題の作り方がひねくれすぎてるとかいってもあとの祭り、仕方ないっしょ。


これこそ、中国でさらに磨きをかけた

「些細なことに動じないおおらかさ」



小銭集めだけに追いかけまわされてるようなこの国の人たちが時折かいま見せてくれる伝統というか民族DNA。

家族とか友だちとか、ほんとに大切にしなければいけないものに対する熱い態度を見せてくれたり、なぜか列には並ばないくせにバスの中では誰もがお年寄りに席をゆずったり…

中国の人たちから学んだことだって決して少なくなかったね。



中国の「悠久ぶり」ってやつは日本にいたって、「昴」「万里の河」「N○Kシルクロード」のテーマ曲なんかで広く知られてるわけだから、はてしなく広がる砂漠やとうとうと流れる大河なんかは何となくイメージできるわけでしょ。

でも、それが人々にどう根付いているのかを実感するにはやっぱ中国にやってきて、砂漠から吹き込む暴風に痛い思いをし、大河の水を飲んで腹をこわす必要があるんだな、と。



「とにかく生の中国を肌で感じたい。理解したい」


そう思ってた留学前の願いは、振り返ってみりゃ砂漠も大河もひっくるめてこの上ない形で実現できたし、さらに予想以上の鳥肌経験にも恵まれたことで、今現在、色んな人たちによって引っぱられたわたしの後ろ髪はさらにのびるばかり(笑)。


なんだけど

2年は2年。自分の「ひねくれ道」も貫き通したいわけで、ありがたくもまた一回り人間を大きくしてもらった中国だけど、やっぱ予定通り、しばしの拝拝(バイバイ)させていただきました。



だから、今は日本。

また新しい空気を吸うための準備期間。

ほのかに「田舎の香水」のかほり漂う佐賀の空気を吸ってます。
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2006年07月14日

大柵欄ゴーストタウン




本日は実質北京最後の日。



昨日北京入りした塾長、xiaochuanとともに最後の中国を楽しく過ごそうという私的計画だったのに、どこに行っても引く手あまたの彼ら。すでに「深からぬ縁」「後には戻れない関係」になってしまったわたしを尻目に


「Mixiで知り合った女の子に会いに天津に行く」


と午前10時の携帯電話で知らされまして、


「牧場主はもう今日しか2年間の中国生活の思い出に浸る時間はないというのに我々が邪魔しちゃ悪い」

という言葉にはしないけど深く温かい彼らの思いやり、しみじみ感じました(笑)。



で、急きょひとりぼっち。


しょうがなく、宿で知り合った日本人青年とともに近くをお散歩をすることに…



わたしの泊まってるエリアっていわゆる北京の下町「大柵欄(da4zha4lan)」。


故宮の真南にあって前門より南に広がる庶民街で、日本でいうならベタだけど浅草みたい。

中国最大の観光地「天安門広場」を間近に控えるだけに各地からのお上りさんたちも多くがこちらに参集するという観光スポットであり安旅館集まるスポットでもある。


メーン道路沿いには北京ダック屋や漬物屋さん、薬屋、靴屋など清朝期まで遡るような老舗「老子号」、そしてその背後には迷路のように入り組んだ現地の人たちの住まい「胡同」がおびただしく。


わたしも北京留学時代の「文化講座」やクラス飲み会などで何度か訪れるうち、「庶民の北京」を感じてしまったようで、例えメシ食うのが五道口(市北西)であろうと、三里屯(市東部)であろうと、北京に来ればこちらに宿をとんなきゃ落ち着かない。


そんな大柵欄(da4zha4lan)エリアなんだけど、昨年10月以降大変な変化が。

実はひどい再開発に晒されてて、ええ、そりゃぁ相当なもんです。


だいたい北京到着の夜。

なじみの宿「Leo Hostel」にリュックを起き、先発隊KATO氏と落ち合い、


「さあ、メシでも」


「おれ、いいとこ知ってるんっすよ。ウイグル屋でいいっすか」


「いいですねぇ。行きましょう」


で、夜中9時をすぎてもまだまだ賑やかな大柵欄街を楽しみながら、前門から南に延びる前門大街へ。そして通りを横切り、新鮮口街に入ると…


はい、ゴーストタウン。


まるで中国東北の国境地帯で間違って(笑)川を渡ってしまい、北朝鮮に入国してしまったかのよう。

向こう岸のにぎわいがウソなくらい、こちら側は建物あれど光はゼロ。人の気配もゼロ。とうぜん「お気に入りの店」も建物と看板だけは当時のままに


まるで


数時間前に空襲警報が鳴りました。みなさん避難中。まだ解除されてないから注意してねっ


くらいの雰囲気。


「すいません。人がいなくなってます」


そんな当たり前の報告するしかないわたし。



前門大街よりも東側に入ってすぐのこのゴーストタウンエリアは崇文区に入るわけで、厳密にいうなら大柵欄地区ではないわけだけど、そういや新聞の社会面なんかでむかし


「大柵欄は北京でも最貧困エリア」


なんて見出しの調査記事を読んだことを思いだし、


「北京オリンピック始まる前にこの辺全部さら地にして『衛生・安全ニセ伝統庶民エリア』を作るつもりなんだろうね。中国各地に『ミニ麗江』『ミニ大理』が発生してるのと同じ理屈だね」


と互いにどこまで知ってるのか分かんないけど、そんな知ったかぶりの言葉を交わしたもの。


大柵欄.jpg

◎参考写真1:昼間だったら人は一応通ってるけど裏びれた寂しさはいとかなし



で、本日も同じエリアを歩きながら日本人青年にそんな状況判断だけの解説をしてあげる優しいわたし。


「そのうち大柵欄の方もこうなっちゃうんですかねぇ」

「あっちはもうメーン通りは整備されてるし、こっちのように全面廃虚にゃしないでしょ。壊すのは老百姓(市民)の住居だけ。大通り沿いの店はかなり儲けてるところもあるわけだから彼らも長期的な営業停止にゃ黙ってないはずよ」

「なんか一番残されといてほしいとこが壊されるわけっすね。なんかさみしいかも…」


マネキン.jpg

◎参考写真2:誰が作ったか、芸術的オブジェ。遠くを見つめる眼が印象的



そんなこと話しながら、在りし日の人々の生活の断片を心のフィルムに焼き付けようと躍起になってゴーストタウンを歩き続けた北京最終日…


だったら少しはさまにもなったんだけど、そんな「きちゃない」エリアは20分程度。高層商業ビルに吸い込まれ、本日唯一の目的地「吉野家」を満喫したわたしなのでした。
posted by 牧場主 at 00:00| 北京 | Comment(0) | TrackBack(0) | まちかど歩けば新発見 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月13日

目指せっ名刺百枚完配




今だに体調はぎゅるぎゅる。


でもこんなわたしですが、「送別会を開いてもらえる」って聞けば喜んでいっちゃうよ。


成都にて数日前、ノーガードにてニコニコ火鍋接待させていただいた政客「イーガオ」さんが北京に戻ってきて、こんどはわたしにおきて通りの接待返し。


「食べたいものあれば何でもいってちょうだい」



もともとわたしのように浮気っけを出すこともなく、4年近くこの町で生活してる北京の隅の隅まで知り尽くした彼。


中国人の食に対するつきない欲望を満たすため、あの手この手を使って全国各地から集められた食材を、さらに周某兄弟も足元でひれ伏すような超一級料理師たちが手巧の限りを尽くして完成させたような「豪」に「勢」がつく中華の真髄だって食べさせてくれるかもしれない。


普通だったら涙が止まらないくらいに嬉しい申し出なんだけど、この弱った体に刺激を与えるともう「戻って来れない」ような不安がよぎるのも事実。

それになぜかシンプルなものが無性に恋しく思えてしまい、あえて指定させていただいたのはあと数日もがまんすりゃたべれるような日本式の焼鳥。



それでも場所選びに抜かりないのは、さすが宴会王の面目躍如。

「瑞兆」という名の焼き鳥屋さんは、わたしの語言大学留学生時代にはまったく縁のなかった北京市東部にあって、右隣りが「来来軒」という王道中の王道の屋号を掲げるラーメン屋で、そのさらに右には「鳥亭」というまたまた焼鳥屋という完全日本ストリート。


さすが首都北京、こんな世界もあったんだ

と今さらながらに驚くわたし。


じゃあその隣りも日本食系?

かというとそうじゃなく、ある人曰く「よろこばせ組」がいらっしゃるという将軍系「冷麺屋さん」なんだだそうで…


「そっちがよかったかな」


なんて気はさらさら起きませんでしたよ(笑)。



でもさ、


本日の送別会であんなに名刺を配れるとは思ってなかったね。


そう、昨年9月末、西南民族大学留学生だった時代に作った名刺100枚。

カラフルだし、チベ語使ってるから珍しいし、渡した人には評判いいんだけど、いかんせん成都日本人少ないから、渡す人全然いなかったんだよね。

だから、中国撤退を目の前にまだ大量に在庫を残した状態。


こんなん残してもしょうがないし閉店間際の大放出が必要かなぁ
こうなりゃ奥の手、街歩いてる見知らぬ人たちに無差別投下しちゃおかなぁ



そんなことまで思い始めてた昨今だったんだけど、本日まさかの大量配布に成功。ほんと思わぬ展開ですよ。


だってさ、ふつうだったら送別会で名刺配るシチュエーションってないよね。

っていうか、

そもそもなんで送別会にこんな初対面の人多いのさっ?



実はこの日「瑞兆」の座敷席に集まったのは日中あわせて15人ほど。


「北京でもこんなに人望があるのさ。わたしは」

と胸を張りたい気持ちを抑えて、ぶっちゃけちゃうとわたしが面識あるのってこのうちの4人。


そう、4人だけ。


いつの間にかイメージ一転、役作りのためならまるでロバートデニーロ。トレードマークのスキンヘッドからイメチェン中のプーサン先生。

いつのまにか王麗さんになってしまってた博多美女が2人目。

いつの間にかわたしの意識も薄れそうになってた会の終盤、またしても現れてくださったトンカツ屋の大将。

そして政客「イーガオ」さん。


じゃあ、残りは誰なの。
単なる相席の人たちってオチじゃないよ。

この2年間、日中交流に偉大な足跡を残した牧場主さんが中国を去るんだからその偉大な功績を華やかにたたえましょう

と「イーガオ」さんらの声かけで集まってくれた日中の精鋭さんたち。


プーサン先生つながりでいらっしゃった貫禄十分バリバリの現役俳優さんや綿陽(四川)出身の超綺麗な女優の卵さん。大臣クラスの保証人さんや日本語HP「人民網」の主筆さん、日本語雑誌の美人女性編集者など「多士済々」の一言では済まされぬほどの人物ぞろい。


日本人だって初顔合わせは語学留学生から舞踏家さんや家庭主夫さんなどさまざま。


テーブル各所では映画論から日中交流の未来、四川火鍋の楽しみ方までハイレベルな論議が交わされ、かなりの盛況ぶり。


北京飲み会.jpg

◎参考写真:もちろん料理も美味しくてみなさん大満足のご様子だったね


「あっ、やばい」


「また会いたいって思う人一気に増えちゃった」


「これだけのメンツと一期一会オンリーなんてもったいなさすぎる」


「これでぜったい北京に帰ってこなきゃいけなくなっちゃったよ」


そんな思いがけない結論にいたったわたし。

要するに何かの終わりだと思っていた本日は単なる節目でしかなく、しかも面白そうな何かの始まりだったというからくり。これはもう、困ったくらいに集まってくれたみなさんに感謝するしかないですな。

はい、ごちそうさんでした。
posted by 牧場主 at 00:00| 北京 | Comment(0) | TrackBack(0) | いろんな交流してます | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月12日

貧食と飽食のはざまで




う〜ん。

だめだ。


経験したことがある人は同情してちょうだい。

あくびしようにも口から違うもんが出ちゃいそうな緊張状態。
おならするのにも下から違うものが出ちゃいそうな緊張状態。



もう死にそう。

いや、死にたい。


そう、わたしは死に体。



前門近く、大柵欄の一角にあるLEO HOSTELのドミトリー15人部屋。

すでに時計は正午近く。多くの西洋人宿泊客たちは本日の観光に出かけていったというのに、わたしといえば寝返り打つのがやっと。まだまだこの油断できない状態から抜け出せる気配なし。


すべては昨日、健康診断後に行われた狼藉たちの因果応報。


あ〜ぁ、昼にロースカツ定食、どんぶり三杯半食ったのがいけなかったかなぁ。

でもやっぱしろいごはんはうまいよ。感動でしょう。中国産東北米ってきいてたけど、ほんとバカにならんよ中国の米も。チベットじゃ一度だって白米に手を出そうなんて気にならなかったし。何より白飯自体2カ月以上ぶりってのも最後さらに半杯おかわりさせたくらいのバリューはあったね。



それとも夜の「焼き肉」かなぁ。

だってあんなうまい肉食ったの久しぶりだったし、リミッターはずれちゃうのもわたしのせいじゃないよ。

あれだけ色んな肉をくっといて、野菜にまったく手を出さなかったのは不覚だったなあ、何か肉食の魔物にでも取り憑かれてタンかなぁ。


さらに4人でビール20本だもんなぁ。

相手はトンカツ屋の大将の名を借りた「北京のうわばみ」だったしなぁ。久しぶりの再会だったし、それにマイ日記よく読んでもらってるお得意さんだったとしてもあのペースに付き合う必要なかったんかなぁ。

それにあそこまでのギンギンビールなんて民族大日本語科4年生の連中(祝!卒業)につぶされて以来一年ぶりだったし…



そんなこと思い出すたびにまた


上はうぷっ



下はビーゴロゴロ



美味しいものがないがゆえに食事は生きていくための必要最低限、一日一食も珍しくなかったチベット時代に極限まで縮小してしまった胃袋、同時期、ほぼベジタリアンと化していたために大がかりな消化活動をする必要もなく怠け者になってしまった大腸小腸。


そいつらにカツを入れてやるつもりもなかったんだけど、とにかく二日酔いと食べ過ぎのダブル攻撃に胃袋から下はかなりびっくりしてしまったようで完全ストライキに突入。


トイレに行く回数も、トイレで排出する「ぶつ」も完全にインドモード全開だもんなあ。インドに行くのはまだちょっと先なのに、さ。


今までいくら二日酔ってても、こんな腑抜け状態が昼の12時を過ぎることはなかったはずなのに、どうしたことか。まだまだ復活には時間がかかりそうな気配。


「牧場主さん、もう我々は若くないんですよっ」


そんなKATO氏の発言認めるのも悔しいしなぁ。



そうだ。
こいつがいけないんだ。


こらっ、

わたしの前のベッドの西洋人男っ!


全裸で寝るな。
早く観光に行けっ!


外人のけつ.jpg

◎参考写真:こんなん見せられ続けたら、またトイレの回数が増えるだろうがっ!
posted by 牧場主 at 00:00| 北京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 食い物、飲み物腹一杯 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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