2006年04月30日

麻辣四川8天漫漫遊8




本日の業務は半ドンどころか「早朝お見送りのみ」という、夏休みに新聞配達か牛乳配達のバイトをしている中学生並みの早じまい日程。


まずは6時半に塾長宅出発。


ホテル前でタクシーをつかまえ、何故か交渉性だったんで若干色つけた50元でOKすると、「これはしめた!」と思った運転手。通行料10元が必要な高速道路を通らずにマニアックな一般道を突き進む。

おかげで、空港北側にある少年鑑別所脇のオフロードまで通っていただき、人を寄せ付けないくすんだ雰囲気の長い長い壁をしげしげと観察。


川を渡れば先学期、同学のレンイエンと民族大学双流校舎を捜すためにさまよった集落につながっていて、こんな場所に「カンカン」があったとは何とも驚き。その時にはこんな場所、二度と来ることないだろうと思ってたんだけど、ね。


旅をしていると世界の思わぬ辺境で共通の友だちを持つ人物と知り合ったりするように、道も思わぬところで繋がるものだ


と哲学的に物思い。
ただし、後ろのお二方にとっては


「空港に向かってるはずがいったいどこに連れて行かれるんだ」


と思ってたに違いないんだけど(笑)。
それでいて所用時間は高速使ったのとさほど変わらぬ25分程度。


7時すぎには成都双流国際空港到着。

7時半を待たずにチェックインカウンターの彼方に消えていく2人を最終確認。



あっけないといえばあっけないが、それがガイドの務めというもの。


今回のツアーについてごたくを並べるなら、日本での日常生活を飛び出してきた2人に、この1年のわたし的な日常生活「麻辣四川漫漫遊」の一端を披露したということになるのかもしれない。


もちろん自分の価値観を押しつけるわけじゃないし、やってることに共感を得たいとも思わない。もともと、そういったたぐいをすべて無視してやってきた超自分勝手な人間なもので…。

ただ、まったく違った環境に身を置いて、異質な生活をかいま見ることは、日本での生活を続ける上でも新しいアイデアが生まれてくる「いい刺激」になることは知ってても損はないかな、ということくらいでしょうか。


漫漫遊1.jpg

◎参考写真:写真はへたでも旅の思い出の一つ。まあほんと、色んな所に行きました



さあて、終わった。


仕事だろうと勉強だろうと「いんちきガイド」だろうと、新しいことを始めるには結構な根気とそれなりの努力が必要だけど、楽な方になびくのにはほんと、なんの苦労もいらないことか。



9時の塾長宅到着。

9時半からの2度寝。

12時の東北餃子。

13時の漫漫来スタート。

18時のサッカー観戦。

20時の老鴨湯で会食。


まさに教師か母親にダメ出しを喰らう前の夏休みの計画表並み、規則正しくも堕落した生活にあっさり復帰しちゃったわたしなのでした。
posted by 牧場主 at 00:00| 北京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | いろんな交流してます | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月29日

麻辣四川8天漫漫遊7




さあて、麻辣四川8天漫漫遊も実質きょうが最終日。


普通だったら徐々に疲れが出てくるところなんだろうけど、徐々にエネルギッシュになられていくクライアントさまたち。


逆にわたしの方は…、精力を全て吸い尽くされていくような、ひからびていく感覚

困ったもんだ。


午前中は成都市北部方面に再出撃。


まずは動物園。

数年前に出版された某地球の歩き方に掲載された「パンダが十数頭」というとんでもない情報を見つけてしまった、にわかパンダマニアの母親(仮称)たっての希望。


「そげんおるわけなかろ〜もん(そんなにいるわけないじゃん)」


というガイドの言葉を120%馬耳東風。すでにまた、パンダの毛の生え方や肩のライン、口元の凹凸などに思いをはせているのでした。


成都市動物園は昭覚寺バスターミナルのすぐ北側。武候祠からだったら公共バス(1番)の終点で下車すりゃあるいてもいける便利さ。バスだったら約1時間。でもわれわれはタクシーだから8時半過ぎには到着。



実は昨晩食べた久しぶりの火鍋に腹をおかしくしてしまったわたし。

とにかく入園したころがちょうどピークだったりして、パンダよりも東北虎よりもチンパンジーよりも、とにかくトイレを捜して園内を早足散策。

火鍋隊メンバーに知られたらこれほど恥ずかしいことはないわけだけど、火鍋レベルの低下は結構なショックだったりするよね。庶民的な牛脂火鍋じゃなく、健康的な植物油火鍋にしたのが逆にいけなかったのだろうか。



さて、結論から申せば、成都動物園のパンダは2頭。
しかもかなりでかくてかなりのご老体。さらに眼が怖い。


屋内スペースも屋外スペースもガラスで仕切られているから、生パンダが見たければやはり熊猫繁殖研究基地(パンダ基地)に行くのがベスト。


でも、中国にいる野生動物の豊かさを実感するには動物園に行くのも悪くない選択。


シロクマとライオンと類人猿系以外は全て網羅


と言っちゃっていいくらいの豊かさ。


成都動物園.jpg

◎参考写真1:これはぜんぶ中国産の動物たち。のんびりしたものですな


もちろん、ここは動物園だから、


動物が可愛そう、動物本来の姿じゃない


なんて意見はあるんだろうけど、実際に動物園で動物を眼にしたときの感動が、わたしをアフリカのサバンナやボルネオの密林に連れて行くきっかけになったんだから、やはり動物園の存在は大切でしょう。


もちろん、まだまだ動物の過ごしやすい環境にあるとは言えないのも確か。でも、12年前に雲南省の昆明にある動物園で見た、


オオカミのオリの隣がハゲワシのオリ。しかも4畳半くらいの広さ


みたいな理不尽さはなくなってたんで、徐々に飼育条件も改善されているのではないか、とほのかな期待をしてしまうわたしでした。




成都市北部にあって、もう一つお茶の卸売市場「五塊石茶葉批発市場」。
以前にもこの日記にて紹介したことが→http://itoyama.exblog.jp/495934


その時も感じたんだけど、お茶は中国お土産に最適。四川の緑茶から、雲南のプーアル茶、福建、安徴の鉄観音、さらに台湾産の凍頂烏龍まで、食いもん好きの四川人ののどを潤し続ける市場。


クライアントさまたちの場合、四川にも雲南にも見向きもせず、沿岸部の烏龍茶一辺倒だったんだけど、何杯も何杯も試飲を重ねるうちに、「あれも、これも」「それもいいわねぇ」の連続。


50gの小袋にして10数袋分は軽く購入されたのでした。


更に前回も観光客を連れ回した杜甫草堂の北東にある送仙橋古玩市場(骨とうマーケット)では、水墨画画廊めぐり。


回廊状に張り巡らされた建物2階には水墨画を中心にした画廊、アトリエ、絵画教室なんかが密集していて、好きな人なら平気で数時間。実際に絵を描いている人たちの筆捌きを見たり、会話ができたりするのが魅力なんだけど、

「これは日本画の画法を使っている」

「中国の画は派手すぎて好きじゃない」

こんなことまで訳させられると、向こうの気持ちを害さないか、こっちはヒヤヒヤものですよ。



もちろん送仙橋は絵画マニア以外にも魅力的な場所で、陶器マニア、古銭マニア、民芸品マニアにもたまらない。新製品からアンティークまで数多くの海千山千を取りそろえているという成都で一番いかがわしい場所だから、お金持ちからそうでない人まで色んな楽しみ方ができてしまう。

当然物欲も刺激された母親さんは、まず翡翠でできた古めのペンダントをご購入。もちろん値引き交渉はわたしの仕事。観音菩薩の彫られた40元の代物。


続いては、昨年夏に新彊ウイグル自治区のパキスタン国境付近にあるカラクリ湖畔で、タジク族から購入した数珠状のブレスレットに変わる新しいのがほしくなったようで、更に同じような、それでいて値段は天と地ほど違うような水晶の数珠ブレスレットを品定め。


「うちは批発(おろし)だから」

といってなかなか値段を下げようとしない、店のゴッドマーザーに対して鳥栖のゴッドマーザーも相譲らず。

600元(約9000円)を境にした10元単位の攻防が長いこと続いたわけだけど、どうにか、お互い納得したのでした。



さあて、持参のバッグの容量を考えるとそろそろお土産購入も限界。


ホテルのある西南民族大学周辺エリアまで戻ってくると、武候祠となりにある錦里で四川名物「シルク」のハンカチ&ストールを、ついでにとなりのスーパーで四川の高級酒「五浪液」(52度、250mlで200元)などを購入して、はいしゅーりょー。


そして最後の晩餐。

四川料理の神髄を堪能してもらう


と思わせておきながら、成都で一番(味&値段)の広東料理を出すと噂の「銀杏(GINGYO)」にて午後8時半から始まるヤムチャずくし。


塾長、その女朋友、新店長、に愛の新旧火鍋隊まで含めた総勢8人での円卓。


ヤムチャ.jpg

◎参考写真2:肉食獣も草食獣も雑食も、みんなみんなヤムチャがお好き


プーアル茶はやっぱりうまい。甘ったるい広東料理には最高のマッチング。


魚団子のとろとろお粥、ぷりぷりのエビシューマイ、肉まん、スペアリブの甘辛煮


ビールが最低12元するのが難点だけど、この味付けだったらそんなにビールをほしくならないのもまたすばらしい。


「ひとり60元くらいはするらしい」


という成都通の某漫漫来オーナーから脅かされていただけに、財布の中身と相談しながらのちょっぴり悲しく涙の塩味も聞いた会食だったんだけど、実際のところは8人で314元という、我々レベルの高級外食とほぼ同じような値段でOK。

とうぜん、クライアントさまに大判ぶるって頂きました。


わたし的には、成都における過去の生活が暴露されないか、そっちの方でヒヤヒヤものだったんだけど、無事に「大人の会話」に終始していただき、参加者の皆さんには患者感謝でありますな。
posted by 牧場主 at 00:00| 北京 | Comment(0) | TrackBack(0) | いろんな交流してます | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月28日

麻辣四川8天漫漫遊6



とりあえず午前中は静養。
ホームグラウンド「漫漫来」にご案内して、わたしの日常をかいま見てもらう。


そして、午後からは「老四川、老成都」を感じてもらおうと、望江公園と、四川大学博物館、四川の表演を見てもらうことに。


まずは四川大学東門に近い望江公園。唐代の女流詩人・薛涛を記念した博物館などがある「観光客エリア」と「憩いの公園エリア」の二部構成。


また、竹を愛した薛涛にちなんで成都でも有名な竹林があって、150種類を越える各種バンブーが鑑賞できることでも有名。

そして日がな一日茶飲みながら麻雀、トランプに明け暮れる中国人、いや典型的な「ゆるゆる成都人」の生態を観察できる。


望江公園1.jpg

◎参考写真1:一番有名な望江楼(崇麗閣)と、竹林の奥でたたずむ老成都人たち



はっきり言って観光客エリアの方は、竹マニアか中国唐代女流詩人マニア以外に入る必要なし。入場料も20元くらいするし。

正門から壁沿いに少し歩いたところにある人民スペース楊入り口から入ってもらえれば、一気にだらりゆるりとしたぬる〜い雰囲気を感じられるはず。


「この人たち平日のこんな時間から何やってんだろう」


という、10年くらい前までなら中国のいたるところで見られた光景、感じられた思いに触れることができる民俗学的にも大変貴重なエリアでございますよ。


もちろん、あんまりゆっくりしていたら、日本人といえど「ネバーランド症候群」に冒されてしまい、某塾長や某mingxizi大姐を筆頭にした


「成都、一座来了就不離開的城市(成都、いちど来ちゃうと離れらんない)」


になっちゃうんで長居は無用。


続いては川大留学清涼東隣にいつの間にかオープンしていた博物館の見学。


そばを通るたびに、


「いつになっても開かないよなぁ〜」


なんて思ってたガラスの扉は入り口にあらず。


四川大博物館.jpg

◎参考写真2:正面入り口は望江路沿いから入るということを本日ようやく発見。



ところが、中に入ってみると、

水墨画や陶芸などの美術品、チベット族を始めとする彝族、土井画族などを紹介した民俗学の分野ではなかなかの展示規模。


中国語が分かれば最高、英語が分かればそれなりに四川の民族、風俗、美術の髄(ずい)を堪能できると、それぞれのにわか専門家(わたし&自称母親)が太鼓判を押してしまいました、とさ。



ただし、歴史系はちょっと期待はずれ。

四川大学といえば、全国的にも考古学が有名なだけに「三星堆遺跡」の出土品あたり、現地の博物館からこっそり持ってきたやつなんかを期待してたんだけど、お宝どころか、展示自体何もなし。


それでも、写真撮影ができないのが玉にきず(もちろん展示品の絵はがき販売などもなし)なんだけど、入場料10元(学割5元)はまあ、妥当なところでしょう。


そういえば成都市内にある四川省博物館にも成都市博物館にも行ったことがないわたし。


生活者の視点というのは確かに現地を理解するために大切なんだけど、旅行者のフットワークの軽さを忘れて腰が重くなっちゃうと、基本的な「おさえ」を見逃してしまうわけで反省、反省。残された時間で絶対行ってやりますよ。



ところで、夕刻からはちょっとした野暮用が入ったために、クライアントさまたちには初めてのガイドと離れて行動してもらうことに。


表演.jpg

◎参考写真3:青羊宮となりにある「蜀風雅韻」で四川の伝統芸能を堪能


決してお安くない一人220元のチケット。でも最前列での観劇はまさに感激だったらしく、有名な変面のほかに影絵、掛け合いなどなど様々な出し物があって、どれも技術の高さが感じられるものだったとか。


「四川ってなんか他の中国とは違うみたい。かなり個性があるよね」


ってのは感じたということでした。




で、野暮用って何?


今までわたしを避け続けてきた火鍋隊南家(丞相)がとうとう成都に出現。火鍋隊背番号「粉」とのラブ火鍋に付き合ってしまったのでした。わたしにとっても1カ月半ぶりだけど、丞相にとってはまさに10カ月以上のブランクを置いた現地火鍋。


どう対処するのか、火鍋に失礼がないのか、興味深く見ていると、あろうことか


昔、背番号「卵」を背負っていた丞相にその卵をよそってあげる「粉」の姿。


スピードワゴン的に「アマーイ! あまーい!」といいたいとこだけど

愛の新旧火鍋隊.jpg

◎参考写真4:やっぱ火鍋だけに「アツーイ!あつーい!」でした。
posted by 牧場主 at 00:00| 北京 | Comment(0) | TrackBack(0) | いろんな交流してます | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月27日

麻辣四川8天漫漫遊5




九寨溝が太陽だとしたら、黄龍は月。


エリア内に名勝地が散在する九寨溝が昼間、世界の美しいものを均等に照らし出す太陽だとしたら真っ暗な夜空に自らの美しさだけを主張するような存在が黄龍。


標高3000m超もなんのその。

とにかく最高地点にある最も美しい「五彩池」に向かって4キロもの道のりをひたすら歩いて上っていく修行のようなもの。


まさに一点豪華主義のわたしに相応しい


九寨溝入り口からは黄龍までは約120キロ。途中には標高約3900Mの峠越えもあるなかなかそれ自体が「お疲れさまです」の旅程なんだけど、それだけにお疲れしてもらっては今日中に成都に帰れまへん。


ということでお安いけど時間のかかる公共バスでの移動はキャンセル。

九寨溝入り口から黄龍、そして夕方発の飛行機に乗るための空港への足までをひとまとめに確保するため、豪勢にタクシーをチャーターいたしました。


ほぼ1日借り切って400元(約6000円)。


道のりは約170km、約2000Mのアップダウンも体験できるわけで、3人集まれば高い金額じゃないと思うんだけど。


ウマと併走.jpg

◎参考写真1:お馬さんと併走できるのもチャーターならではのアトラクション



も・ち・ろ・ん


それだけじゃないのが小悪魔ガイドのたる所以。


ガメ・ゴンパに行きたんだよ、わたしは。


チベット仏教以前からチベットに根付いていた、そして今もしぶとく生き抜いている中央アジア原産の宗教「ボン教」。

見た目はチベット仏教とそう変わらないのに、シンボルマークは仏教徒は逆の「卍」で、お寺なんかの参拝もチベット仏教の時計回りに対して左回りだったりする。


ガメ・ゴンパは14世紀に建てられたというボン教のお寺としては四川省内でも指折りの古刹、名刹。飛行場のある川主寺から北に約20キロ。


見た目チベット族だけど成都出身の出稼ぎ漢族ドライバーに


「ちょっとガーミースー(ガメ・ゴンパ)によってね」


なんてお願いして、ちょうどホテルを出てから約2時間。お2人にはちょっとトイレ休憩をしてもらうすきにお寺の参拝。


ガメゴンパ.jpg

◎参考写真2:改装中でお堂には入れなかったガメ・ゴンパ。ただ左回っただけ




黄龍の入り口には午前11時半ごろ到着。

タクシー運ちゃんとは午後3時の待ち合わせにして、早速チケット売り場に。


九寨溝と違って自分で歩いて観光するしかないんで、必要なのは入場券のみ。それでもその入場料は200元(約3000円)。学割でも150元。九寨溝とあわせるとすでに500元を超えちゃうわけで、


「ほんっといい商売してまんなぁ」と嫌みの一つも言いたいところ。


それにチケット売り場のおばちゃん。


「今の時期は水が少なくなっていて頂上の『五彩池』以外には水がありません」だって。


それでいてシーズンと同額の入場料を取るなんてあんたら人間じゃねえよ、まったく。


枯れ黄龍.jpg

◎参考写真3:これが枯れた黄龍の悲しい姿。「枯れ泉に山のにぎわい」はなし


だいたい4時間あれば頂上まで行って帰ってこれるという黄龍観光で、我々に与えられた時間は約3時間半。


「まあ、水がないおかげで途中見る部分が減ってるからまあ大丈夫だろう」


というガイドの目算を裏切ってくれたのは、母親に襲いかかったちょい深刻な動機、息切れ。


100メートルおきくらいに「きつい」、さらには「休憩」、そして「休もう」。


最低高度が3000mはあるという黄龍エリア。わたしとしては短距離走のつもりで高地反応が出る前にさっと来てさっとこの地域を出てしまおう、高山病を騙しきってしまおう、のつもりだったんだけど、やっぱり「ご老体」を騙しきれなかったみたい。


約1カ月半、ラサに滞在してたわたしと半世紀を超える自分史における最高到達点を歩いているや母親とでは条件が違うのは仕方ないところ。

時計とにらめっこしながら、目的地までの距離と時間を逆算しながら、そして心の中でギリギリした思いもしながらも、それを表面に出すことはさすがにNG。

かのmingxizi大姐も黄龍では高山病に悩まされ、顔面蒼白になったという話を思い出しながら、


「とにかく頂上は綺麗だから。後半は道のりも楽になるし…」


自分のキャラに合わないのを知りつつも励ましモード。さすがに「九寨溝・黄龍1泊2日の旅」を企画したこと自体、ちょっぴり反省もしてしまったのでした。



それでも、さすが1940年代、熊本の農家出身の底力。だんだんと休憩の回数も間隔も減っていき、ゆっくりとそれでいて確実に前進するようになり、2時間弱というほぼ理想的な時間で唯一の目的地「五彩池」に到着。


「頂上にも水がなかったらさすがにキレるだろうなあ」


という不安もあったんだけど、さすがにそこまで日ごろの行いが悪い人物は我がツアーに参加してなかったみたい。


前回10月に見たときよりも若干水が少なくて雪が多かったけれど、やはり一点豪華主義にふさわしく、それだけで九寨溝に対抗できる「天国」が広がっておりましたよ。


五彩池2.jpg

◎参考写真4:うるさい中国人たちも黙ってしまうこの光景。一瞬だけだけど…



さあ、見るもん見たらさっさと帰りましょう。

おおよそ行きの半分の時間で入り口まで到着。流石に最後は膝にきたみたいだけど、タクシーに乗っちゃえばもう寝てもらおうが、歌を歌ってもらおうが結構。…当然ずっと寝てたみたい。


成都行きの飛行機は17時10分発。午後6時前には、かなり汚れてるけど確かに濃密な空気を実感する参加者一同。


これでなんとか「九寨溝・黄龍1泊2日の旅」がフィニッシュ。

無理を承知の強行日程、「いやはや、ほんとお疲れさまでした」の慰労会は味千拉面にてとんこつラーメンと焼き餃子をご賞味いただきました。


そして自分へのご褒美はぎんぎんのキリンビールで。う〜ん、最高。
posted by 牧場主 at 00:00| 北京 | Comment(0) | TrackBack(0) | いろんな交流してます | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月26日

麻辣四川8天漫漫遊4




九寨溝観光への挑戦状を突きつけてみようじゃないか


無知で蒙昧で中国を誤解しまくってるお上りさん日本人観光客(自称わたしの母&弟)に、スローフードならぬスロートラベルを提唱し続けている今回の漫漫遊。

でも、物事には緩急のアクセントも必要だってことで、こんどは「1泊2日九寨溝・黄龍の旅」を敢行することに。


朝に成都を飛び立ち、昼前には現地ホテルにチェックイン。昼飯後に九寨溝観光をスタート。翌日は黄龍に移動してそのまま3000m級の山登り(川上り?)。そして夕刻の飛行機で成都リターンズ。



もちろんブルジョアに往復飛行機使うつもりっすよ。往復1560元(約23000円)。


さあまた出ました。


3割、4割引は当たり前、時と場合によっちゃ同区間の硬臥(2等寝台)よりもたたき売りが横行してる中国国内航空チケット。


そんななかで中国民航強気の0割引路線。

ラサ路線、敦煌路線に続いてお世話になるのは3路線目になります。いやあ、わたしってホント民航の上客やね。




それにしてもなぜ、旅行のスピードをカメからウサギに豹変させなきゃいけないのか。



それはあの時の忌まわしき…


そう、前回の九寨溝・黄龍の旅は「大王」と呼ばれるお方と参加した中国人観光客まみれの一般ツアー。バスの旅計3泊4日。このときの思い出といえば「おみやげ屋観光づくし」。


冬虫夏草など岩薬などをさばくチベット生薬、ヤク干し肉、チンコー酒などのチベット食品類、チベットに関係あるなしに関わらない宝飾品、そしてチベットとは全く関係ない羌族のお茶などなど土産物店に縛り付けられたような旅行後半。


外からじゃ何売ってんだか分からないような平屋の建物に大量に横付けされた観光バス群。我先にと友人知人家族あてに「九寨溝行ってきました土産」を買いまくるツアー参加者たち。


中日の文化の違いを改めて感じるとともに、


「これだったら九寨溝観光なんて正味半分の日程で十分だよ」



そう思ったことをいざ実践してみようという、またしても超個人的な理由にクライアントさまを巻き込んでしまうわけですな。適当な理由をつけて。


あと、なるべく食い物の旨い成都で夜飯が食べれるような安配にしたい


という、さらにクライアントさまのお腹のことまで考えた至れり尽くせりな「1泊2日九寨溝・黄龍の旅」ではありませんか。




と、まずは空港にて午前9時半発の九寨・黄龍空港行きの飛行機待ち。


チェックインカウンターはメーンターミナル脇にある省内・重慶行き乗り場。もしこれからこの乗り場を使う可能性のある人、ターミナル内のレストランで軽食しないように。軽はずみな気持ちでは、ね。


母親&弟が頼んだ紅茶&トーストはその値段だけは超重量級。
なのに、内容は軽食を軽く下回るストロー級もしくはミニマム級。


うっすーいガラスコップに見たことない中国ブランドのティーバッグが一つ入った「お紅茶」が38元。食パン三枚を過ルーク温めたもの3枚に、がちがちのマーガリンが付いた「おトースト」が20元。


もちろんこの計58元(870円)は一人前の値段。

名古屋あたりだったらモーニング2人分くらいの超豪華ブレックファースト。なのにお二人は黙ったまま。そりゃあ、紅茶に砂糖もミルクも付かないし、頼まないとジャムもやってこない。



そんなことじゃないのよ。

中国じゃ高い商品を頼むことに意義がある、自己満足がある。ガラス窓一つ隔てた搭乗待合いエリアの老百姓(一般ピーポー)たちとの身分の違いを実感できる。それこそがぼったくり喫茶店の存在理由。


ツアー参加客のお二人、そんな優越感に浸っていただけたでしょうか?




さてと。

史上最大級に長い前置きの後は、たった35分のフライトで九寨・黄龍空港に到着。ちょうどこの空港は九寨溝と黄龍の中間、ちょいドラゴンよりの町「川主寺」の高台を切り開き、ズバリ観光目的のためにだけに最近オープンした空港。


高台って行っても標高約3500mの超高台。


そこからは空港バスが走っていて4人集まれば随時出発。九寨溝までが約1時間40分で一人44元。黄龍までは約1時間で同22元。

空港では出口付近にある代理店ブースにて3つ星級以上のホテルの予約もできて、だいたい2人で250元くらいから。私らは4つ星ホテル340元のダブルにベッドを一つ追加して1、5倍の510元(7600円)。

まあ、九寨溝には最近ユースホステルもできたから飛び込みだろうと割安な滞在も十分可能になった模様。




さあ、午後1時を過ぎました。
九寨溝観光を始めましょうか。



分かっていたことだけど、入場料やっぱ高すぎ。


入場料220元+エリア内のバス乗車券90元(学割は入場料だけ50元引き)


国内外の観光客関係なく一人310元(約4600円)も「ぼったくる」観光地なんて世界のどこに行っても聞いたことなし。その意味じゃ「世界最高の世界遺産」と言っちゃっていいんじゃないの。

もちろん、その価値があるかといわれたら


「まったくゼロ」


とは絶対言いません。


ヒマラヤに始まる世界の屋根の東の東のはし、岷山山脈にある2つの谷間を流れる清流が美しい景観を作り出した九寨溝。川の流れに沿って池やらせせらぎやら大瀑布やら世界中で絶対ここにしかない観光ポイントがY字型に散らばってる。例えば、


九寨溝1.jpg

◎参考写真1:もっとも九寨溝的といわれる「五彩池」。標高は3000mくらい


九寨溝2.jpg

◎参考写真2:「なぜか?」と言われてもよく分からないくらいにターコイズブルー



その道のりは入り口から最深部までは約33キロ、全長50キロくらいあるから歩き倒すわけにもいかず。普通はエリア内を一定間隔で走っているバスを乗り継ぎながら自由停車で自由参観するわけ。



ただ、綺麗に舗装されたバス道以外にも遊歩道が縦横無尽に張り巡らされている観光エリア内で全ての観光客の動きを把握するのはかなり骨の折れる仕事なわけで、ゲートが閉まるのは夕方6時のはずなのに、公園職員たちは午後3時を過ぎたくらいからとにかく観光客を入場ゲート近づけようと我々にプレッシャーをかけてくる。


「これが最終バスだ」

とか

「これから先は封山(立ち入り禁止)になった」

とか

「ここであなた達が見終わるのを待っている」

など。


更に時間(それでも4時くらい)がおしてくると、遊歩道を歩いていても自分たちの後ろにはこれ以上奥へは行かせまいとする職員の姿。



九寨溝3.jpg

◎参考写真3:こんな美しい景色を独り占め、と思いきや背後には職員がマンツーマン…



それでもやっぱり観光客が少ないというのは何ごとにもかえ難し。午前中だったら世界遺産級にあふれかえっているはず人民たちなのに、少なくとも午後1時ごろ、入り口付近にいたのは我々3人だけ。その後も全てのエリアを通じてかなりまばら。


公園職員の方も、かつての日本代表並みのゾーンプレスでラインを「Y字型」の合流地点まで上げたならば、後はだいぶんプレッシャーをゆるめてくれるから、残りの地点をゆっくり見て回ることもできるようになる。


結論:半日で九寨溝の全てを見るには若干急ぎ足の必要あり。中国語は分からないふりをするのがベスト。チケットは2日間有効だから、ゆっくりできる人なら初日は午後から入るのもいいかも。


九寨溝5.jpg

◎参考写真4:合流地点付近の珍珠灘瀑布。この辺はもうマークなしのフリー状態
posted by 牧場主 at 00:00| 北京 | Comment(0) | TrackBack(0) | いろんな交流してます | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月25日

麻辣四川8天漫漫遊3




さあ、今日から気分一新。すがすがしい気持ちで四川の名所を訪ねましょう。


向かう葉成都市の南約150キロにある楽山市。


楽山といえばコンバトラーV(身長57m)を上回る世界最大の大仏。
そして楽山大仏といえばmingxizi大姐。


「本当に楽が大仏が好きなのね」
「お前本当に大仏好きだよなあ」


だれからも挨拶代わりくらいにそういわれるくらいの大姐に、昨晩も、おもいきった焼き肉をほおばりながら楽山詣でを事前報告。


「大仏後頭部のトイレは世界一素晴らしい」


そんなマニアに相応しい助言もちょうだいしましたので、ガイドとしての楽しみも増そうかというもの。


朝8時半の待ち合わせ。
ホテルすぐとなりの新南門汽車站では9時半発のバスチケットを購入。

出発前は中国人の方式にならってターミナルそばの食堂で朝食。もちろんクライアントに優しいガイドを務めますからお二人には雑醤面という優しさ。


わたし楽山2回目。


前回、成都からの楽山港という場所に着いたんだけど、今回は全く違うバスターミナルで降ろされちゃった。

ただ、「楽山行き」と書かれた市内バスが我々の到着を待ちかまえていたわけで、目的地までは一人1元ずつ。しかもバスの中には解説のお姉ちゃん付き。楽山の歴史や大仏の特徴などを聞いてもないのに語り始めちゃった。ラッキー、ラッキー。


で、そのまま素晴らしいことばかりが起こるわけもなく、公共バス(13路)なのに途中どこの停留所にもとまらず、そしてわたしらが降りるはずだった楽山大仏正面入り口(北門)にもとまらずに、全然記憶のないところで降ろされちゃった。



それが今回の「巡り合わせ」というもの。


入場口でチケットを買おうとしたら、「一人あたり105元」も払えとおっしゃる。
楽山大仏の70元に加えて、聞いたこともない東方佛都が30元といううちわけ。


周りにはタクシーも止まってるからここから北門に戻るのは簡単。財布の中身もほぼわたしが握っているようなもんなので収支報告を誤魔化すのもまた簡単。でもガイドとしてのプライドが引き返すことを許さない。


これまで各々四川通を自認する成都在住留学生たちの話題にも上ることもなかった「東方佛都」とはいかなるところか。


親切な解説板などどこにもなく、そのいわれも何もまったくもって分からない訳なんだけど、これはまごうことなき「仏像テーマパーク」。

わたしとしては「仏像の楽園」と命名させていただきましょう。



楽山周辺の山は比較的彫刻をしやすい地層だから、1200年以上前から石仏がたくさん彫られてきたわけで、楽山大仏のちょうど裏斜面にあたる東方物都近辺にも元々仏さんが掘られていた可能性は高い。

元々の地形を利用しないと絶対に彫れないような斜面に刻まれた運行石窟にありそうな石仏、手彫りの洞窟に次々現れる菩薩像たち、そして極めつけの千住観音像…。

こちらは言うなれば「マジ物たち」。


でもそんな正統グループまでもひっくるめて「お笑い」にしてしまおうとたくらむ、どう見ても「最近彫られました」みたいな楽山デビュー間もない侵略者たち。

どれも中国以外のどこかで見たような顔つきだったりする。それは仏さんの顔だったり日本にいそうな人物の顔だったり…。


楽園三傑.jpg

◎参考写真1:真面目と不真面目の二人三脚。わたしの一番好きなパターン


約2時間。


ふつうしぶる観光客を強引にでも先に連れて行こうとするのがガイドの務めなんだろうけど、わたしいつも一番後ろ。常にクライアントさまを待たせてしまってたのでした。


鎌倉奈良大仏.jpg

◎参考写真2:これはたぶん日本代表。奈良か鎌倉だと思うんだけど…どう?


いやぁ、この「東方佛都」。とにかくやっぱり「仏像の楽園」。


この感動をまだ誰とも分かち合えないのがさみしいところだけど、多分今後も増殖を続けるはずの仏像たち。皆さんのお越しを今か今かと待ち続けているはず、でしょう?



さてさて。

もちろん、本来の世界遺産も忘れておりませんよ。


東方佛都からひと山越えて約30分。

男塾3号生筆頭、大豪院邪鬼の初登場時を寸分違わぬサイズで再現したくらいのでかさ。やはりものの違いを見せつけます。


楽山大仏.jpg

◎参考写真3:もちろん御大はどで〜んと最後の登場。相変わらず遠慮なくBIG


もちろん参仏後には、今日も完全にバテていただいたクライアントをその辺に待たせて、大姐ご推薦のトイレにも行ってきました。申し訳ないけど、


「へっ?これって『普通の綺麗なトイレ』だよね」


で名残惜しさ0%。

これについては後ほど、


「結構うろうろしてたから仏像の真後ろじゃなかったみたい。もっと上?」

と解説を頂きました。

そうそう。方向感覚に人並みならない所があることを忘れていたわたしの錯誤なのですよね。たぶんそこには、


ホットウォシュレット、豪華シャンデリア、一便器に一執事、金の便器、銀の便器


くらいのもんだったらまんべんなく取りそろえられた「トイレの楽園」があることでしょう。


「楽山にはね。楽園があるんだよ」


そういわれたらどんな楽園だってかんたんに信じちゃうくらい平井堅的に充実した1日になりました、のガイド2日目だったかな。



満たさ〜れた時間のな〜かで、僕ら〜は何ができ〜るだろ〜う♪
posted by 牧場主 at 00:00| 北京 | Comment(0) | TrackBack(0) | いろんな交流してます | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月24日

麻辣四川8天漫漫遊2




きょうも皆さんに満足していただくことをモットーに四川を楽しんで貰おうと思っております。



そう、満足してあきらめてもらおう



麻辣四川8天漫漫遊と名付けたからにはルートに雲南省が含まれていていいはずなし。読者からの苦情もとうぜん考えられるってこと。



「国家主席レベルでも不可能」なご希望駆け足ルートを絞りこませて「漫遊」させるか



とりあえず昨夜からの悩みの種。

理論武装は必要だけど、理論の押しつけでは逆に相手の神経を逆なでてよろしくない反応がかえってくるのは目に見えていること。



やる気満々のご本人さんたちに


「あれっ、中国の旅って疲れなくない?ひょっとして九州旅行とは違うの?」


という気持ちを起こさせることが大切。そのときを見計らって「正味6日で成都楽山九寨溝麗江大理旅行は無理理論」を披露し始めれば、100を語らずとも効果はてきめんのはず。



まずは向こうさんのペースで好きにやらせてみましょう。


というわけで、まずはパンダ。何はともあれパンダ。○○を質に入れても四川ジャパンだ(←変換の妙)。



成都熊猫繁殖基地(略:パンダ基地)は成都市北部にあるんで、成都のでかさを知ってもらうには格好の場所。ホテルからは朝のラッシュに引っかかったこともあってタクシーで約40分。41元(約600円)。ところが、


「ほんとうに中国のタクシーは安いわねぇ」


だって。


基地観光を一時間で済ませたとしてもホテルに戻るのはもう正午近くになるでしょ。午後は楽山に大仏拝みに行くはずだったでしょ。時間やばいんじゃないの?



そんなことは更にお構いなしに基地に踏み入り、パンダに会うたび大人げなくはしゃぐ、でもある意味おばさんらしくはしゃぐ母親(仮称)。



よくも飽きないものだ


と思っていたら、こいつらモノクロ野郎をご趣味の「水墨画」で描きたいという野望があるらしく、スケッチブックを取り出してスケッチまで始めちゃったよ。周りには何ごとかと集まり始める中国人参観者たち。


実のところは本日楽山にだっていきたくないわたし。


…もう少し。

あと1時間もすれば、時が熟するはず。うっしっし(古)



園内は幼年パンダ、亜成年年パンダ、成年パンダなどに分かれて飼育場が設けられており、総勢20頭近いパンダが「繁殖」されている。参観者はそれら飼育場の周りをまるでチベット寺院を訪ねるときのようにぐるぐる回りながらのパンダ参拝。



真っ当なパンダだったらそんなうざい観光客のそばには近寄りたくもないはずなんだけど、恨むべきは飼育員たち。



「パンダが全然いないじゃないか。金(一人30元)返せ」



と言われたくないからか。エサの笹を全て観光客用の通路近くに置いてるわけ。だからどこに行っても仕方さそうに笹をバキバキしばき食い倒してるパンダたち。



招き熊猫.jpg

◎参考写真1:これが「招き熊猫」と名付けた一頭。やはりしばき倒してる


一般の観光客だったら両手で数えるくらいになったら


「パンダ?…見たよ。…それで?」


になっちゃうんだけど、彼女は違っておりました。


数パターンの全身像を書き終わったかと思えば、次は


「目元が」

「口元が」


とパーツマニアに変身。最後に高倉健並みに渋い後ろ姿を書き終わったところでようやくご満足されたようで、待ってましたの一言。


「なんか疲れたね。今日は成都だけでもいいかしら」


だって。


すでにお昼時。半分ガッツポーズなんだけど、まだデストラーデ級の喜びにはいたらず。もう少し中国の風にあたって(やられて)からでも「〜理論」のご披露はなんてね。




お昼ご飯は陳麻婆豆腐。



可愛そうだけどここで撃沈してもらいます。


狙った獲物は100%見逃さない四川料理界のパトリオット「麻婆豆腐」




う〜ん。相変わらず赤いひたひたの油。
そして中央部に集中してる黒い粉たち。
本当にいとおしいねえ。



あれえっ、真ん中の黒い奴らを全部自分の碗に取り分けちゃったよ。母親さん。誰もそこまでしろって言ってないのに…。



うん、そうでしょうよ。
痺れてるね。端から見ててもよく分かる。言葉が出なくなるんだよね。
おっ頑張ってるね。意地ですか。まあ何とか小碗一杯は食べきったようで。



完全に気持ちが萎えました、ね。


「今日は成都だけでいいかもね。明日楽山にしようかしら。麗江はいいわ」


はい。しゅ〜〜りょ〜〜。
理論は必要ありませんでしたね。




あとは余力。

美術館行って水墨画のお手本買ったり、百花潭公園で盆栽や蘭を見たり、青羊宮で道士の髪型見たり。ついでに夜は塾長、新店長、mingxiziら「長3ズ」との会食会@牛牛福。


わたし、心も晴れやかに「思い切った霜降り」を食べさせていただきました。


錦江夜景.jpg

◎参考写真2:クライアントをホテルに送り届け、一人眺める成都の夜景。う〜ん不錯
posted by 牧場主 at 00:00| 北京 | Comment(0) | TrackBack(0) | いろんな交流してます | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月23日

麻辣四川8天漫漫遊1




佐賀県の片田舎に暮らし、わたしのあんなことやこんなことなど恥ずかしい秘密を逐一チェック済み、さらには何とこのわたしと血まで繋がっている人物が2人、成都にやってきました。

わたしがHSKという牢獄から釈放(脱獄?)してフリーになったのを見透かしたかのような絶妙のタイミング。


一般四川人にあんなことやこんなことを言いふらされたらたまらないので、監視の意味を込めて母親、弟(ともに仮称)の滞在中の面倒を見てあげることにしました。


もちろん今年1月に見てきたばかりの2人の顔など懐かしいはずもなし。

福沢諭吉に見えるのは当然のこと。これ幸い、とうまいもの食いまくってやろう旅行を「わたし色」に染めてやろう、という野望が沸々とわき上がっております。


福岡空港を午後3時前に出発した中国国際航空(CA)機は上海浦東空港を経由して、定刻でも現地時間の午後7時5分に成都着。それがCAにも「あんなことやこんなこと」が多分あったんでしょうよ。約1時間の到着の遅れ。


これが地方空港発中国行きの悲しいところ。いくら直行便就航を誇ってみたところで向こうの国の都合優先だから初日夜着、最終日早朝発というスケジュールとなって正味の日程は総旅行日から2日をさっ引かなくちゃいけない。

とは言っても、

九州の人間にとって四川が近くなったことは事実だし、東京行きよりも安い航空券が手に入ったりするわけだし、替え難い恩恵も受けてるわけだけどね。


とにかく、予定を大幅に遅れやがったおかげで、


「初日は疲れたでしょう。刺激的な四川料理をいきなり食べさせるのは非常識な人間のすること。甘く優しい広東料理の飲茶で旅の疲れをいやしていただきます」


と思いやりのある声をかけつつ、成都で一番美味しいと評判「「銀杏(GINKYO)」で飲茶をばくつくはずだったわたしの胃袋はすでにアドレナリンの放出のしすぎでKO寸前。



「いっちょんうもなか機内食ば2回も食べさせられたけん今日は何もいらん」


「えっ?」


という一言で、食事の予定は急遽キャンセル。
わたくし、お客様至上主義ですから…(泣)

ちなみに意味不明な先の発言は女性の方の発言です。



まあ、ラサでガイドデビューの時もそうしたように、とにかく対面したクライアントと希望する観光先などの要望を聞いて今後の日程を固めることに。


エビ焼売やスペアリブの甘辛煮をパクつきプーアル茶をがぶがぶ、広東人たちのように口から色んなものをこぼしながら元気よく話し合い


ではなく、交通飯店の超標準的ツインルームにて暗く静かにお話し合い。


でも、ね。クライアントの要求はなかなか刺激的でしたよ。


「パンダと大仏ば見て、次が九寨溝と黄龍。雲南の大理と麗江にも行きたか。あっ『4つの妹の山』っていう場所も○○さん(我不認識)が『綺麗か』ちゆっとった…。行かるんね?」


どんなに辛い火鍋食いに行ってもこんなにふるえた記憶はない。


あなたは根本的な間違いをしていらっしゃる。
中国旅行に対して「九州旅行」くらいのイメージしか持っていない。


いくら今日一日慣れない飛行機の中で長時間じっとしてたからってそこまで欲を出す必要はないでしょう。


「せめて雲南と四姑娘山のカップリングだけはやめてくれませんか」
「あともう一度ガイド本をよく読んで。所要時間とかも書いてるから…」


これはこちらも緊急対策会議の開催が必要だ。作戦を練らなければ大変なことになってしまう。


クライアントの無理な要求をいかにかわすか


敏腕ガイドが更に超級ガイドに脱皮するための新たな試練と思って頭をひねるしかないね、これは。あっ、ホントにガイドになって牧場しめるわけじゃないから気にしないでね(誰がっ!)。
posted by 牧場主 at 00:00| 北京 | Comment(0) | TrackBack(0) | いろんな交流してます | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月22日

中国語学習終了記念日




本日、待ちに待った漢語水平考試(HSK)の本番。


テストは午前9時スタート。


でも戦いはその前から始まってるわけで、


準備よく6時には起床。

準備よく7時半には大学近くに到着。


今年から24時間営業を始めたというマクドナルドに入って、朝マックしながら口試の教科書を読んでおこうかと思ってたんだけど、


マクドナルドは開いておりませんでした。


コーヒーを飲んで頭を完全にさますはずが…
口試お決まりの答え方を丸暗記して有利に本番に臨むはずが…


でかでかと「24時間営業スタート」と書かれたステッカーの向こう側は電気のついていない、薄暗い店内。


腹も減ったし何だかトイレも行きたくなってきた。


腹が減ったのは近くで肉まん買っていやしたし、トイレ行きたいのは川大キャンパスに入ればいくらでもどうにかなる。ただ、


早めに試験会場に入っちゃうと荷物を没収されるとは想定外。おかげで口試対策は何一つできないことになってしまった。



ほら始まった。この言い訳野郎が…


といわれるかもしれないけれど、テスト自体はわたしの中国生活1年半を締めくくるわけだから
そんな簡単に引き下がるわけにもいかない。


雲行きの悪さが漂ういやぁな滑り出しだった


といいたいだけ。


HSK会場.jpg

◎参考写真:雲行きが悪いからこんなにぼけてるわけじゃないHSKの受験会場前



思った以上に受験者の多い室内。40人以上はいたのかな。30人近くは韓国人だったのかな。日本人は知り合い含めて4、5人はいたのかな。先生も多いな。一教室だけなのになんで7、8人もいるのかな。なんで9時5分前なのにテストを始めるのかな。



で、一応は頑張ってみたテスト。

おかげさんで問題集2冊分をこなした聴力、閲読、総合の問題に関してはそれなりの手応え。教科ごと点数によって「級なし、9級、10級、11級」に振り分けられるんだけど、どれも「級なしはないかな」という感触はいただきました。


10分の休憩をはさんで試験はまだつづく。

しかもここからは完全に未知の分野。暗黒大陸を制したリビングストン探検隊のような気分で望むわたし。


まずは「作文」。

「一毛銭、一分銭」という中国の俗話に対する自分の意見を400〜600字で書きなさい。

はい、作文は昔得意でした。北京時代は授業でほめられたこともありました。ほめられないまでも普通の内容にはなったんじゃないでしょうか。


ただ、

「為」と「比如説」が書けませんでした。

こんな信じられないことが起きてしまうのがテスト本番。恥ずかしいを通り越してあきれてしまいます自分でも。まあ、書けなけりゃ違う表現使えるのも作文試験のいいとこなんだけど、ね。



さあ、ここまでは何とかあがき続けてまいりました。首の皮一枚以上。HPもまだ真っ赤じゃなくてピンク色で表示されているくらい。


最後は「口試」。

かつてHSK高等を受験した人から、

「口試では時間が余ってしょうがなかった。何話していいか分からなくて焦った」


という話を聞いたことがあったんだけど、わたしは完全間逆。


「遠くにいる家族との連絡方法は?それについてどう思うか」
「広告を信用しない人が多いという調査結果についてあなたはどう考えるか」


という2問について、それぞれ制限時間3分のうちに答えなきゃいけない。


わたしは無理でした。たぶん日本語にするなら、


「手紙、Eメール、携帯電話など、え〜と、色んな手段を使って、え〜っと、連絡を取っているんだけど、その中で、あの〜、自分が一番気に入ってるのは、え〜、あ〜、、手紙かな」


といった具合に言葉が出てこない。

制限時間の感覚も全くなくなっていたわけで、どんどんとヘッドホンを置いていく周りの受験者たちを尻目に、試験監督の


「ハイ終わりです」


の声を聞いてから、2問目のまとめをまた

「え〜っと、え〜っと、」


という状態。こんなの点数つける以前の問題ですな。まあこんなにまとめて中国語を話したのは生まれて初めての経験だから、結果として当たり前といえば当たり前か。



それにしても憎らしいのはこのHSKの試験制度。

5科目総合である一定の点数に達することだけでなく、一科目でも特別に成績の悪い課目があれば総合的な判断も著しく低くなるというシステム。=口試が全てをダメにした、ということ。


まあどっちにしろ、わたしの生涯で中国語力最高の状態が今なのは間違いないわけで、テストを受けてその状態を点数化するというのは本当の意味で「記念受験」と言えるのではないでしょうか。


とにかく本日の収穫は「HSKが終わった」ということ以外に何もなし。

さあこれで何の迷いもなく旅にしろ遊びにしろ、たがを外せるってわけですな。
posted by 牧場主 at 00:00| 北京 🌁| Comment(1) | TrackBack(0) | 他にもまだこんなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月21日

とにかく激安韓国料理




を食べたい人はどうしたらいいか。
それも世界に類を見ない価格帯で…


北朝鮮?

いやいや、そちらは当分の間、そしておそらくは一生守備範囲外。


ってことは、やっぱり


成都に来て下さい。

そして市中心部じゃなくて空港のある郊外の双流県にいってちょ〜だい。



「5元(約70円)で冷麺が食べれんだよ」

「石焼きビビンバだって5元」


そんなことを塾長から教えてもらったのは成都復帰した数日後。

今学期(3月スタート)から、これまでの本部キャンパス(@成都中心部)ではなく、双流キャンパスで1年生2年生に週三回、日本語を教えることになった塾長。

学校の送迎バスにゆられ約30分。若い匂いあふれる双流に出向いているわけだけど、授業のある月、火、水だけでなく、中国人と日本人が日本語で語らう「日本語コーナー」にも現場責任者として立ち会いが義務づけられてるみたい。

しかも中国人教師にはお声がかからず、塾長ともう一人の日本人教師にだけ。


毎週木曜日に開かれてる本部キャンパスの日本語コーナーだって、一部の優良日本人(=わたし)以外に殆ど参加者のいないという現状。いわんや双流をや。


塾長の「韓国料理5元」という言葉が例え真実であっても、甘言の色彩を色濃く帯びていることはお察ししますよ。でも断れないところにわたしの優しさがあるというもの。


もう一人、新たな皆勤賞候補になりそうな漫漫来の新進店長xiaochuanもまみえて3人となった一行が双流に乗り込むことになったのでした。



双流キャンパスは3回目。

1度目は兎の頭
2度目は中国少数民族の大演芸会

と、かなりの大物を釣り上げてきただけに期待はふくらもうというもの。


めざす韓国料理店はキャンパス北門を出て更に徒歩3分。

繁華街と呼べるエリアは周囲一キロ四方にここしかないので、どんなに方向感覚のない方でもたどり着けないはずはなし。そんな場所にあったのが「阿里郎韓国料理」というお店。


「阿里郎」という名前が最近までお世話になっていたラサの某レストランを思い出させるけれど、何の偶然でもなし。日本にだってたぶん100軒以上ありそうな名前だし、韓国料理屋さんだったら「焼き肉屋」と名乗るに等しいありふれたネーミングでしょう。でもイメージ的に悪い気はしない。


早速中に入ってみて、塾長を疑ってたわけじゃないんだけどメニューを確認。確かに


冷面も石鍋拌飯も5元。

さらに冷麺に対抗した温面(初耳)も、韓国版のり巻き紫菜包飯も、そして辣白菜(キムチ)炒飯だって、更にキムチシリーズ、辣白菜湯飯までもが5元。


うん、これは安いでしょう。これを数学的な公式に当てはめるなら、

=(田舎+学生街)×四川

でしょうか。場所が田舎であり、そこが学生街になってるって事はともに物価の安い要素がミックスされてるってわけで、それに中国でも物価の安い「四川」というスパイスがまぶされてる。


最初は石焼きビビンバと冷麺という豪勢な注文の仕方を考えてたんだけど、値段が安いだけでそこまではしゃぐのも大人げないとちと反省。結局のところ、各自ビビンバか冷麺を頂くことに。



激安韓国料理jpg.jpg

◎参考写真:運ばれてきた料理たち。ここもキムチ、カクテキは無料です


さあ、食べてみましょうか。新進社長の石鍋拌飯はちょっと「石温めビビンバ」っぽくてちょいハズレ気味。冷麺の方はまあ十分合格点の味だったっす。スープには細かくくだいた氷も浮いていたけど、スープを凍らせた氷だから、これによってスープの味が薄くなることもないし、味つけにもある程度のこだわりがあることを匂わせてくれる。衛生面についてはもう店を信じるしかないところなんだけど、ね。


結論:安いしそこそにこうまい


…食後。

キャンパス内にある人造池のほとり。


「民族の団結で繁栄を勝ち取ろう」

という巨大モニュメントの下に腰をおろし、湖畔にて堂々といちゃつく学生カップルを観察する3人。


「おっ、ひっついた」
「そして男が引きよせた」


「あれ、女の子いっちゃった」

「男は追わないねぇ」

「女の方は何回も振り返ってるよ」
「未練たらたらじゃん」

「あの男の強気な態度。四川の男じゃないね」


「別れ話だったんかな」

「すごい場面を見ましたねぇ」


「あれ、逆方向。女が帰ってきた」


「…我々3人、ガキのカップルに何を振り回されとるんじゃ!」
「はっ、はっ、はぁー(笑)」

夕方がくれていきました。
そう、あしたはHSKのテスト。
posted by 牧場主 at 00:00| 北京 | Comment(0) | TrackBack(0) | まちかど歩けば新発見 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月20日

重点大学も四川人じゃ




四川大学までHSKの準考証(受験票)を受け取りに。


11時過ぎには民族大方面を出発し


受験票を受け取って受験会場を下見して、久しぶりのウイグル料理屋に行って、


と腹時計のご意向を中心に万全の計画を立てていたものを…。


予定通りの時間で海外教育学院の建物に行ってみれば、まだ授業が終わる前。がらんとした入り口付近にはちんぴら風情の茶髪グラサン兄ちゃんが一人座っているだけ。

「ようっ。キャプテン」


「どうしたんっすか?」


「HSKの受験票を受け取りにね」


怪しい人物が一人から2人に増えたのに警戒したのか、暇そうにしていた警備員が「なにごとか」といった具合に登場。


「すんません。HSKの受験票…」

そこまで言いかけたところで相手さん。


「担当者はもう昼休みに入った。2時半以降にまた来い」


だって。

「えっ、だって12時まではまだ10分くらいありますけど」


「担当者の先生がもう出て行ったんだ。没辨法」


だって。


「どこから来たと思ってんだ。わざわざ『シーナンミンユエル』からやって来たってのに…。昼休み明けの時間も普通の授業開始よりも30分長いじゃないか。もっと働け」


と愚痴を言ったところで警備員に何かできるわけもなし。


「そういやさっき出て行ってましたよ。担当者」

とグラサンキャプテン。


まあ国家重点大学といえど、働いてるのはぐだぐだの四川人だってことを忘れてたわたしが悪いのよ。


サッカーチームの新しいユニフォームを見せてもらったり、授業が終わって建物から出てきた知り合いと若干のお話をしたり、そしていつの間にか建物前には一人取り残された国籍不明の男の姿。



なんかヨソ者になっちゃったよなぁ


と、ちょっぴりさみしげに2時半まで時間の使い方を考え始めるわたしでした。
posted by 牧場主 at 00:00| 北京 | Comment(0) | TrackBack(0) | ちょっと思ったこと。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月19日

転職相談応じるはずが




ある若き中国人女性が人生の岐路で悩んでいる。


「仕事で困っている」
「働けば働くほど嫌いになってしまう」
「(仕事を)変えることを考えている」


そんなメールをもらったのが数日前。


「いったいどうしたの?仕事の時間が空いたら成都で会いましょう」


と返信してたんだけど、携帯が鳴ったのが夕方。久しぶりに声を聞いたからかもしれないけど、元気なさそうにも聞こえる。しかも「食欲がないから話は喫茶店で」だって。


あんなに食い物(辛いもの)好きな人が食欲もないなんてよほどのことか


と出かけてみたんだけど、まあよく考えてみたら、そんな切迫した話をチベットから下りてきたばかりのしかも日本人に相談するはずもなし。


会ってみればいつもと変わらぬ元気そうなお姿。飯を食わないのも「最近太ったから」とすごく普通な理由でございました。


さらには、彼女にとってすでに結論が出ているお話のようで。
ただ、それを聞いてあげること自体が重要なのは日本も中国も同じなんだろうか。


まずはひとしきり会社の現状の説明から。


「今の仕事はパソコンに向かっているだけ。出張はあるんだけど、そこも会議、会議ばかり」

「それでも功績を挙げてるのはわたしたち毎年更新の短期契約社員ばかりなのに、待遇のいい長期契約(≒終身雇用)社員の手柄にしかならない」

「わたしの上司は他のセクションと競合してでも部下の待遇アップを後押ししてくれるようなやる気がない。これじゃいつまでたっても同じ職場で同じ仕事をするしかない」


これははっきり言ってグチですな。

日本で働いたとき、こんなグチを話すような女性のいない職場だったもんで、これもまた貴重な経験。グチおよび会社の悪口を切り口にした「キャリアOL日中比較論」ができないのがちと残念なところ。


そろそろいいかな、と話を前進させることに。


「じゃあ、今度はどんなところで働きたいの?」


「女性に関係する職場。例えば化粧品とか衣料関係とか雑誌とか…」


北京にいたころには実際、このお国ではかなり有名なファッション誌を出してる某有名雑誌社で採用寸前までいった方だけにまあ「高望み」とはいえない真っ当なところかな。

実際すでに数社にアプローチを始めたそうなんだけど、それこそ先日の「西武成都」に入店してそうな外企(外資系)の名前が(笑)…。



「でも入社試験がある会社はちょっと難しいかな」

「えっ。勉強は得意でしょ。なんで?」

「だった私は文科(日本語科出身)だから、経済とか数学の問題が出ても」


それを勉強するのが受験生だろう、と思っちゃっうんだけど、こちら(彼女だけ?)の風習ではSバンクだろうがS生堂だろうが、入社試験でそうした問題が出されたときは、


「わたし数学は分かりません。専門ではありませんから」


と宣言。その部分は白紙のままで堂々と試験場を去ってしまったみたい。それでいて次の面接にはちゃっかり進めちゃったわけだから、そんなお方に何の助言がありましょうか。


さらには


「たとえ社員の募集をしていなくても、興味のある会社が見つかったら会社側から連絡があるまで履歴書を送り続ける」

だって。


そんな食いついたら離れないスッポンのようなお方に「あきらめるな」とか「ねばりで」とか、安っぽい言葉かけられない。


まるでこっちが就職の心得を聞かされてるような感覚。もしここがオシャレなジャズの生演奏流れる喫茶店ではなく、畳敷きの茶室だったら

足を組み直して「正座」で聞かせてもらうところ。


「お見それいたしました」と、ね。


とにかく、何も反論というか忠告はできませんでした。まあ、本人も何度も職を変えるのがいいことばかりじゃないということは感じているみたいで、


「とにかく最高の一社が見つかるまでじっくり捜しますよ」


だって。


わたしが中国にいる間に就職祝いを開くのは難しいかもしれないけど、間違いなく能力の高い人なので、「やりがいのある職場」ではたらく充実感を感じてほしいかな、と思いました。

まあ、わたしは高地に戻ったとき、チベットの仏さんたちの前で願でも懸けることにしましょうかね

追伸:中国語の試験が間近に迫った現状ですが、会話は全て日本語でした(笑)。
posted by 牧場主 at 00:00| 北京 | Comment(0) | TrackBack(0) | いろんな交流してます | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月18日

成都が遠くなっていく




下界の空気は濃すぎるだろうのか


呼吸してるだけでもうお腹いっぱいになってしまう。要するに何もする気が起きませんな。特に勉強は。


漫漫来では、ほぼ総取り替えされたスタッフ(中国人)たちとの交流が全く成り立たず。今まで旧スタッフと築き上げた阿吽の呼吸とは比べもんにならず。わたしの中国語をリアルに100%聞き取ってくれない。そのうち向こうさんも諦めたのか、ジェスチャーゲームを始めちゃう始末。


こんなんでほんとに高級なテストを受けていいんだろうか。


と思う昨今。とにかく、そしてなんとなく「居心地」の違う漫漫来にいるのも


「心理有点児不踏実(なんかちょっと落ち着かない)」


ってことで町に飛び出してみました。
わたしですから、ともに狙いは食い物関係。
おなじみ成都一の繁華街「春煕路」近くにあるマックとそして、今月成都旬出を果たしました西武成都。



ジャンクフードの申し子はやはり定期的に「アメリカ」を採り入れないと中指たてて汚い言葉をはいてしまいそうだし、ましてや、外国において新しい日本の店がオープンしたと知れば、その店の進出によってどれくらいの「日本食」が再現できるようになるのか、というのを把握しておくのは常識でしょうよ。


マックはここ数ヶ月の変化として、

24時間営業化およびセットのポテトと飲み物が大中小から選べる実質値下げ

などなど、歓迎すべき点もあり、


「あとは無線LAN設置と民族大近くへの出店だけ。それは次来るとき(7月?)までの課題にしとこうか」


とかってに高評価。


で次に向かった西武成都。
西武成都1.jpg
◎参考写真1:てくてく歩いてたら見えてきた西武成都。でもイメージとはちょっと違う


ネットで調べた記事によれば


「西武成都オープン。成都に『ブランド消費戦争』勃発。高所得者ターゲット」


みたいな見出しで報道。更に詳しく読めば、


世界的なブランド「ルイヴィトン」「クリスチャンディオール」「ロエヴェ」など世界のA級ブランド60店が5階建て総売り場面積13000平方メートルに出店。迎え撃つ「美美力誠」「仁和春天」などの既存A旧百貨店も臨戦態勢はばっちり。三国志ゆかりの地にちなんだ「三国戦争」が始まった


というなかなか面白い内容。


でもそれは客観的な評価であってわたしの関心を引きつける部分は全くなし。A級ブランドは食べられませんので…


で、回転ドアを避けてその都なりの開けっ放しのドアから中に入ってみれば、


「うん?まだ改装中?」


60ブランドはかなり威勢のいい数字だったみたいで、見たところスペースの半分には店が入っておりません。


西武成都5.jpg

◎参考写真2:とりあえず視てもらうのが一番。そして客も限りなくゼロに近し


いたるところがブランド名および「即将開幕」と書かれた板で仕切られており、圧迫感もあって、まるで巨大迷路の中を探検している感じ。


確かに商品を置いているところは、普通の人ならたいがい知ってるような、漢字ではなく「アルファベットを使ったブランド名」ばっかり。


でもそれはある意味、わたしにとって日本でも指折りに居心地の悪い場所「デパート1階の化粧品および宝飾品売り場」みたいなエリアであって、それがエスカレーターをどんどん上っていっても続いているだけ。


日系デパートということで期待していた「日本のかほり」というものは一切感じられず。デパートの中の唯一の癒し系ポイント「デパ地下」もなし。よく調べりゃ「西武成都」は香港資本だということで全く日本のことは考慮されてないみたい。


⇒とうぜん期待していた日本食コーナーもなし



もうすっかり興味はすっかりなくなりました成都の「A級ブランド戦争」。塾長情報によれば、今後伊勢丹も成都に店を出すのだとか。



福岡にも7年ほど前に「スーパーブランドシティ」などという何のひねりもない、中央の時流に乗り遅れた「バブル最後の落とし子」みたいな建物が誕生して、今だに腫れ物扱いされてるわけで、成都でもそれと同じ香りを感じなくもないような。


でもここで買い物できる羽振りのいい消費者(中国人)が成都にもたくさんいるという事実は間違いないところ。


「勢いのある地方都市」という点では福岡も成都も共通点があるわけで、それがこの町に引かれる理由なのかな、と思ったりもしてしまう。


ていうか、そうしたアイデアが思い浮かぶくらいしか収穫のなかった今回の西武成都参観。よほどのことがない限り再訪することはないでしょう。

しょせんユニクロ止まり(悲)のわたしですから…。
いやいや、ユニクロ万歳!
posted by 牧場主 at 00:00| 北京 | Comment(0) | TrackBack(0) | まちかど歩けば新発見 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月17日

先生が教えてくれる事




BBQ台占拠 そしてショバ代請求
先生の指導受け学生が「勤工倹学」


【4月17日=華西都市報】 前日午後、塔子山公園はバーベキューを楽しみに来た多くの市民たちでにぎわっていた。しかしその光景とそぐわないことに、成都建設文武学校の学生約30人がその教師の指導を受け、多くのテーブルを占領。さらに「勤工倹学」という名目を主張して「移譲費」を徴収していた。一部のお客はそれに従わず、話し合いの末に教師とのつかみ合いに発展するなど、現場は一時混乱した。


※台占領 BBQできず

前日正午ごろ、張さんたち一行は塔子山公園内にあるバーベキュー場に到着。28元の「かまど使用料」を払ったほか、炭も購入。必要な鍋や食器などを借りた上であるテーブルにて準備してきた食べ物を並べ、火をおこす準備をしてきた。となりには学校の名前入りの服を着た学生約
30人、および教師と思われる7,8人がいたという。

「お前たち、かまども守らずにノコノコと帰ってくるなんて何さまのつもりだ!」

黄色のジャケットを着た教師と視られる男性は学生に向かってこのように怒鳴りつけたのだった。この言葉の後、5,6人の学生は一塊になって張さんたちの場所まで戻ってくると、テーブルの上の食べ物を地面に落とし始め、「あっちに行け。これは俺たちの台なんだよ」とわけもなく騒ぎ始めたのだった。「君たちは別に使ってなかったじゃないか。我々だってお金を払ってるんだよ」。張さんはこのように説明したものの、学生たちは全く聞く耳持たず。このうち2人はしゃがみ込んで熾したばかりの火を消し始め、他の学生も台の上に座り込んで張さんが何を言おうとも動こうとしないのだった。


※別の人「転譲費」払う

「学生じゃ話にならないから先生を捜しましょうよ」。同行の呉さんのアドバイスもあって、
張さんは先生に状況の打開をゆだねることに。ところが張さんが話し始めるよりも早く、「黄色ジャケット」の教師がこう話し始めたのだった。「テーブルを使いたかったら学生に言うべきでしょう。私を捜して何だというのです?」。別の教師は「我々の生徒は物わかりが悪いとでも言うのかい?」と続けたのだった。


ここに来て張さんは、学生たちがテーブルを占領するのは「勤工倹学」のためで、彼らは20元から30元の価格でそれぞれのテーブルを希望者に譲っていることを知ったのだった。連れの女性たちの気分を害さないためにも、張さんは学生と「価格交渉」を行った末、28元で学生からテーブルを「譲って」もらったのだった。


「バーベキュー場は公共の場所だろう。なのにあの教師どもは何の権利があって学生たちに『移譲費』を集めさせているんだ。これじゃ『強奪』と一緒じゃないか」。考えれば考えるほど腹わたが煮えくりかえってくる張さん。とうとう友人たちの制止もふりほどいて、先ほどの教師たちの前に進んでいったのだった。「黄色ジャケット」の方も決して金を返そうとせず、2人の話し合いはいつしかつかみ合いに変わっていた。目の前で事態がどんどん悪化する様子を見ていた呉さんはたまらず携帯電話を取り出し、警察に通報したのだった。


数分後、錦江110の巡視警官が到着、事態は一応収束したのだった。警官の取り調べに対し、教師および学生たちに意見のあった他の利用者たちが一斉に口を開き始めたのだった。学生ら一行は午前9時頃にバーベキュー場に到着、一台のかまども使わないというのに数人ずつがグループになってそれぞれのテーブルを占領。「テーブルを使いたかったら私たちに『移譲費』を払え」「『移譲費』はテーブル使用料と同額」「これは『勤工倹学』のため」などと話し始めたのだった。張さんたちが訪れる前にも、学生たちは約一時間で4台のテーブルを「譲って」いたのだった。


※勤工倹学?それとも強奪?

数十人による非難の応酬にさらされ、学生たちは教師の引率の元、速やかに「バーベキュー場」から退散。張さんたちは「黄色ジャケット」を逃さず、警官の元で「精算」を始めたのだった。


「学生の『勤工倹学』は私たちも応援する。でもこんなやり方はとうてい無理」。李さんも28元を払っ手学生からテーブルを「譲って」もらった一人。「移譲費」が教師に渡されたとき、李さんの心は大変痛んだという。「人の範となるべき先生が自分の生徒を使ってお金を『強奪』させるなんて、何とも恥ずかしいこと」だと話した。現場にいた市民は、教師が学生たちに「勤工倹学」をさせるにしても、正式な教え方をした上で学生たちに勤労とその対価としての収入を手にする仕組みを理解させるべきで、決してこんな公共の場所を使って利益をむさぼるべきではない、という意見で一致していた。


警官の調停によって「黄色ジャケット」は全ての『移譲費』を利用者たちに返還したのだった。




【評】

わたしもかつては学生たちとBBQを楽しんだ塔子山公園バーベキュー場。
http://itoyama.seesaa.net/article/7119718.html



塔子山公園BBQ.jpg

◎参考写真:これが現場。わたしらは「移譲費」いらず。というかおごりだったけど



さて、


「勤工倹学」は私の電子辞書によれば、

1、苦学する、働きながら勉強する
2、学生が一定期間生産労働に参加し、その収入を学校の経費にあてる

とあります。

はたして今回の場合、どちらのケースだったのでしょう。学校の経費といえば、先生のお給料もその重要な一部だから、まさかそこに流れていったりしないものか、どうか。


ここでわたしの好きな机上の計算。


学生約30人が数人ずつで占領できるテーブルは全部で7、8カ所くらい。最高30元の「移譲費」が転がり込んだとしても総額250元程度。


団体さんならばちょっと豪華な晩飯一回分で消えてしまうような微々たるお金のために、こんなやくざまがいのことができるなんて、ここ「成都建設文武学校」ってところは色んな人材がそろっているわけですよ。


だいたい教師一人がクラスの学生を引き連れて『出陣』したという単独行動ならまあ理解できないこともない(ホント?)んだけど、現場には「黄色ジャケット(センスもまるでヤーさん)」のほか7人くらいの教師がいたわけでしょ。


そんな学校に誰が行きたい?どの親が行かせたい?


確かに現在の中国は拝金至上主義に成り下がっている、という批判は在住外国人だけでなく、中国人自体からもよく聞く話。


それでも、金を稼ぎたいという方々はそれなりにある知恵ない知恵を絞って、新しい稼ぎ方を考えようとするあたりに「物事の発展」があり、中国の勢いが生まれているというのに、ショバ代をみかじめるなんて最も古典的な悪党の手法。


法律上もっと厳格な処置ができるのではないか


という見方もあるんだけど、(だってみんな「強奪」って言っているし)、それより、続報としてはこの学校の方にスタンスを移してもらいたいな、と。


この教師陣にしてこの校長あり!


みたいな大物(組長)に出現してもらいたいものです。それにしてもやはり成都。人の欲望の渦巻き具合が『聖都(=ラサ)』とは大違いね。今回はそんなに長くは滞在できないけど、また楽しませてもらいたいんで、期待を込めて★★★★☆
posted by 牧場主 at 00:00| 北京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | これは面白ニュース!? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月16日

下界の空気は蜜の味!?





「勝手に祝入藏10周年」も滞りなく終了したということで、もう何の未練もなくチベットを離れ、成都に戻ってきてしました。


まわりもうらやむほどの「できる男」が長期バカンス明けに職場復帰するようなもの。課せられたミッションは多種多様でございます。


四川大学留学生サッカーチームの今シーズンの戦力を確認
HSK(中国語の試験)の問題集購入
新人店長の見極め


もちろん「火鍋隊」の定期総会みたいなもんだって開く必要あり(自分が食いたいだけ)。



そんなわけだから、旅の疲れをとやかく言う暇もなく、懐かしの我が家(塾長宅)に家財道具一式(総重量30数キロ)を投げ置くと、午後の時間からさっそく、四川大学方面に。


見慣れた人工芝グラウンド。

2シーズンくらい前だったら肌の色、髪の色、背格好、とにかく多種多様な本当の意味で「多国籍軍」だったのが、いまではほぼ「日本軍」化している現状にささやかな不安を抱きながらも、


1ヶ月のチベット高地トレーニングを終えたわたしの助けが必要になるかな


と思わせるような場面もなく、前半早い時期に一点先制。更に後半も効果的に追加点をあげ、守っては一昔前の攻撃陣のようなバックスたちが無失点記録を更新。

チーム自体もシーズン3連勝というなかなかの好スタートを切ったのでした。


前期はだいぶ「お疲れめ」に見えた青年キャプテンの目にも輝きが戻ったような、只の思い過ごしのような。


結局わたしといえば、わこうど(=選手)たちから


「ちわ〜っす」
「ちぃっす」

とか言われて

「おぅっ」

と返してるわけだから、単なるサポーターというよりチームにつきまとう嫌われOBか地元の有力者風情。「奴め、また来てんだ」くらいの思われ方だとしても、それをおくびにも出さない選手たちに「成長」の跡を感じました。




さて、成都に下りてきたからには、わたしも臨戦モードを高めなきゃいけない。そうわたしの戦いは22日のHSK。世界中のどこにいたってその日はやってくるわけで、何とか最後まで悪あがきを続けなければいけない。

もうかれこれ9カ月以上、中国語を正式に学習していないわたしにとって、テストで成果をあげるにはラサ合宿時(しつこい?)から続けている「も〜に〜」「も〜に〜」との戦いで実践に備えるしかない。

ラサに下りてのはその「も〜に〜切れ」という理由も大きいわけで、四川大学の体育館地下のはるか奥にあるという伝説の「小小書店」にて、新たな問題集を購入。とにかくあと6日。「も〜に〜」「も〜に〜」ね。



さて、わたしの知らないうち、成都世界に起こっていた2大事件といえば「西武百貨店」のオープンと「漫々来」の店長交代劇。

西武の方は特に感想もないんだけど問題は漫漫来。先学期、同店内の「風景の一部」もしくは「座敷童状態」と言われたほどに居座っていた者として、その力量が果たして「中国西南部最大(超お決まり枕詞)の日本人ゲットー」に相応しいのかどうか、確認するのが勤めというもの。


聞くところによれば、その人物ははるばる日本からスカウトされたという超大物で、それでいて塾長の高校時代の朋友という、「なんだ身内つながりかよ」という親しみを感じる部分もあるという。


そんな成都世界にデビューして1ヶ月の店長(xiaochuan)。

中国語がまだ片言というハンデがありながらも、旅行者や在住者らまずは日本人を中心に客集めに取り組もうと必死な模様。


でも悲しいかな、今はその評価より久しぶりマイパソコンが使える快適無線LAN,およびまともな日本食の方が優先順位たかし。


奇しくもチベット最後の晩餐となったのも日本食もどきらしい「OYAKO DON」。店員が何度もテーブルに来て「YAK DON(ヤク丼)か?」「YAK DON(ヤク丼)か?」と尋ねるくらい怪しい逸品だったんだけど、


それと本日食べた「我的父親母親(親子丼)」を比べてみるだけで、


やっぱり日本食は成都&漫漫来でなくっちゃ


感涙にふけるので精一杯。もう少し働きぶりを見てから「おつぼね様」としての評価を出すことにしましょう。

親子丼ラサ.jpg
親子丼成都.jpg

◎参考写真:どっちがどっちのおやこどん?見た目で十分わかるっしょ。値段は一緒



と、まあ忙しく過ぎ去った成都一日目。

あ、火鍋隊招集かけるの忘れてた。とりあえず帰ってきたんで誰か火鍋誘ってちょうだいな。
posted by 牧場主 at 00:00| 北京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 他にもまだこんなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月15日

勝手に祝入藏10周年!




と、にぎにぎしく始めさせてもらいましょうか。


あれっは10年前まえっ♪


大学生活5年目という「まっとうな人の道」からは大きく足を踏み出し(外した?)てしまった1996年4月のこと。初めてラサの土地をふんだのでした。


と、ここまで書いておきながら実はラサに入ったのがいつだったのか、覚えていないところがまた、わたしらしくて良し。


4月6日くらいに長崎から上海行きのフェリーに乗って翌日中国入り。上海滞在3,4日で南京へ。南京一泊。そして次は武漢。初めて揚子江を見てでかい橋を渡っただけの記憶。続いて列車(後にも先にも最後の軟臥!)で2泊ゆられて成都入り。その後どれほどの腐れ縁が生じるかなどそのときは想像だにすることなく、交通飯店のベッドに2晩ほど世話になって飛行機でチベ入り。



さあ、みなさん。

わたしがチベットにたどり着いたのはいつのことでしょうか?


ねっ、たぶん15日くらいにはなるでしょう。
だから本日を「かってに入藏10周年記念日」と決めたのですよ。



当時も宿をとったのはヤクホテル。

もちろん今のような2つ星ホテルに「成り上がる」前。シャワーは昼間の温かいときのみ。みんな寝静まった真夜中に公安がいきなり部屋まで検問にやってくる。でも中庭にはチベット伝統的テントが張ってあったりして。

何より今と違うのは、色んな日本人が集まってきてました。


4月半ばにチベットくんだりにいる人間にまっとうな奴はなし。


世界を股にかけて古着や骨董品、貴石などを集めては小銭、大銭を稼ぐ人。
大学じゃなく、高校を一年間休学して旅に出ちゃった無鉄砲17才青年。
何度も何度も陸路チベット入りを目指し、そのたび四川省と自治区の周辺で公安に捕まりまくっていた自称カメラマン。


そんな人種のるつぼ的な感覚が、「踏み外し初心者」のわたしにはなんとも面白く映ったもの。



もちろんチベット自体も相当な衝撃を与えてくれたのは確か。


たかがお祈りごときで地べたに体を投げ出す「五体投地」で寺のまわりを一周するばかりか、そのまま1000キロ以上先の聖山を目指そうとするちょっと汚なめだけど普通の人たち。

ここまでか、というくらいに金・銀・パール(ほんとは珊瑚、トルコ石など)を使って極彩色に飾りあげた仏さん。


ジョウォ正方形jpg.jpg

◎参考写真1:これがラサで一番(=チベで一番)聖なるシャカムニ像@ジョカンで激写


もちろん。

純粋に仏像や聖人像の前で手を合わせられない、マニ車を回す人の群れにも加われない、ひねくれたわたしですから、もっと現実的なチベットの実情にも興味を持ちましたね。


マニラカン.jpg

◎参考写真2:こうして大勢で回すマニ車。今?当然参加できますよ。大人になったんで


なんで外国人は自由に旅行できないのか。なんで警察がこんなに威張っているのか。根本的にはなんでここが中国なのかって。


学校で習った「世界の歴史」では何一つ理解できない現実が目の前にあふれているわけで、それを自分なりに体感、咀嚼することの面白さを感じるようになったのもこのころからだったような…。


話はなんか堅苦しくなったけど、そんな10年前のチベット(ラサ)ではなく、10年後の今、22歳のわたしがこの土地を初めて訪れたとしたら、いったいどんな印象を受けるだろうか、などと考えてしまうわけ。


まずは日本人自体が少ない。

ここ数日ようやくちらほら見かけるようになったけど、どうも以前ほど旅行者人気はなくなってしまったのか、ちと悲しい。


お金さえ出せば旅がしやすくなったのは確かだし、内地からの中国人が爆発的に増えたおかげで、ポタラ宮や大昭寺などそのもの「ズバリ観光資源」みたいな場所以外、チベット族の都みたいな独自性も薄れてきた。


ただ、チベットを何も知らない20歳ちょい過ぎの若造には十分な刺激を与えられるのも確か。平和な国で培われた常識からみるとやっぱり「???」みたいな状況も街中歩いてりゃけっこうな確率で巡り会うわけだし、ね。


観光気分100%でやってくるだけでも十分楽しめるんだけど、それ以外に海外で何かを見てやろう感じてやろうと意気込んでる、前世紀的な考えの若者がまだ生息してるんだったら、

10年後(=現在)のラサも捨てたもんじゃないよ


と言ってみたいかな。


四天王450.jpg

◎参考写真3:ラサのどこかで見かける四天王像。火鍋隊の東南西北じゃないよ(笑)
posted by 牧場主 at 00:00| 北京 | Comment(0) | TrackBack(0) | ちょっと思ったこと。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月14日

ラサでチベ食飽きたら




どうすればいいのか。
まあ飽きるほどチベット料理ばかり食ってる人なんていないでしょうけれど…


中華をくって下さい。洋食でもいいよ。


ここは大都市ラサ。地元食以外の選択肢は腐るほどあります。

でもその中から「うまいもん」を捜すのは一苦労。とくに観光目的でやって来た人だったら、そんな暇あるくらいならあと1つでも2つでも、とどん欲に観光を続けちゃうことでしょう。


それは旅人として真っ当な心得


だからわたしが私的に「とりあえず食えるもの」をリストアップしときましたんで。あっ、本当にお金を出せばかなりうまいもんも食えるらしいんですが、それではみなさんの懐が持たないでしょうから、常識的な範囲での紹介に限定させてもらいます。



◇餃子(250g8元、150g5元)

完全に食が中国人化してしまったわたし。餃子はビールとつまむものじゃなくて「主食」としていただくもの。そんなわたしの欲望を満たしてくれたのが市内中心部に3軒あった「東北餃子」と銘打つお店。「東北餃子城」「東北小吃餃子城」「東北翠花餃子城」とまるで関連会社であるかのような名前の一体感。ついでにわたしが注文する「猪肉白菜」の値段は、カルテルでも結ばれてるかのように全て同じ。

場所は後者2店が北京東路の一つ北の通りになる林廓北路中段に。「東北餃子城」が林廓北路中段と娘熱路南段との交差点の若干北側。3店間の距離は歩いて5分程度なのでどれか一つは見つかるでしょう。

中国語オンリーの世界なんでメニュー見て指さしで注文してちょうだい。



◇韓国料理(ビビンバ15元、冷麺8元)

旅モードを復活させた今年一月以降感じたこと。タイだろうとインドだろうとチベットだろうと、とにかく日本人旅行者よりも圧倒的に多い韓国人旅行者。彼らの進出が何を意味するのか。

どこにいてもそれなりの韓国料理が食べられる

ということが一番重要(それだけ?)。

ここラサでも幾度となく韓国料理に助けられました。ただ注意すべきこと。ラサで発見した韓国料理屋は2店。一つは上述の「東北餃子城」のすぐ近く。あまりツーリストが足を延ばさない、いわゆる地元民向けの韓国料理屋なんだけど、これが味にうるさい韓国人旅行者たちの洗礼を受けてないからか、「なんちゃって度数」がかなり高い。



まずい石焼き.jpg

◎参考写真1:炒め野菜のうえに完全に火の通った目玉焼き。つけ合わせもなし

とこんな石鍋拌飯が出てきます。当然「石焼きビビンバ」にはほど遠く「石あたため野菜飯」みたいな感じ。

それに比べりゃ北京東路、ユースホステルのとなりにある「阿里郎(アリラン)焼火考城」はちゃんとしてます。ちゃんと「石焼きビビンバ」だし、キムチおよび肉たっぷりの牛スープまでつけ合わせ。冷麺も含めてちゃんとしてます。ちなみに日本語メニューもあり。

それなのに両店の値段は同じ。もうこ選択に迷う必要もないね。



◇焼餅(肉入1元、甘いの0.5元)

ラサ入り一週間後(3月21日)の日記でも紹介した焼餅。わたしが歩き回った限りじゃ同じような食べ物を売ってる場所は見つけられず。だから食べたい人はヤクホテルのちょっと東側(約50メートル)の地点から南に入る小道(バルコルへ続く)上で売ってる夫婦から購入してちょうだいな。だいたい北京東路から10〜30m入った地点で売ってるはず。

とにかく焼きたてに当たると超激ウマ保証つき。

後述のバナナケーキが登場するまでは冗談なく毎日の朝食メニューだったわけで、本当にお世話になりましたね。そしてたぶん、まだまだお世話になります。



◇拌面(小8元、大10元)

拌面といえば焼きうどんそっくり。中央アジアではラグメンでも通用するイスラム系料理なんだけど、食に関してのセンスはヤク党のチベット仏教徒よりも羊党のイスラム教徒が一枚も二枚も上手。

チベット仏教の聖都をイメージして来た人だと、ラサ市内にも「これでもか」というくらいイスラム料理の店があってちょっぴりとまどうはず。だいたいどこの店でも大盤鶏、手抓肉などのお決まりメニューの一角として「拌面」もございます。

そんなわたしの目を引いたのが先述「林廓北路中段」で密かに繰り広げられていた拌面戦争。

餃子城よろしくかなり隣接したエリアにイスラム系料理や3軒が林立。ただ真ん中の一店だけは、子どもがみても絶対近づかないくらいにいつも閑古鳥。当然の結末として閉店へ。だけど残った「新彊風味」「新江面」は相変わらず多くの漢族、チベ族を集めております。

味は若干だけど本場の新彊風よりはトマト&羊っ気が押さえられてて、その分唐辛子のアピール度が高いみたい。ここもやはり価格カルテルで料金は同じ、ね。



◇蘭州拉面(小5元、大6元)

蘭州拉面(ラーメン)の何が好きかってやっぱあのメンの歯ごたえでしょう。

標高3650m。お湯なんて100度のだいぶ手前で沸騰するようなハンデを背負いながらも、それを何も苦にすることなくあの「こし」を実現させるんだからその技量たるや感服するばかり。

中国(四川)系の牛肉面などを出す庶民系食堂と比べるのも失礼なくらい。こっち(四川系)は市販の乾麵をただ茹でただけ。いちど「蘭州」を味わうともう口に入れるのもおぞましくなるわけで、そんなの食ってる地元人やツーリストを見かけるともう不憫で不憫で…。


そんなわたしの最高お気に入りの一店は北京東路をどんどん東進、バナクショーホテルを過ぎた場所にある林廓中路との十字路を右折。約100m南下して進行方向左側にある「風華楼蘭州牛肉拉面」。食券制なので最初に「ラーメン(la1mian4)」と言えばOK。大盛りがほしかったらさらに「ダーダ(da1de)」と付け加えましょう。

手打ちなので少々時間はかかるけど、待つかいあるだけのラーメンが登場。


蘭州拉面.jpg

◎参考写真2:これが蘭州拉面。これまでくった中で私ランキング一位の秘蔵っ子

スープの赤さに驚く必要はなし。赤いのは表面だけ。スープは「あっさり系」と言ってもいくらいの味。

最近はテーブルに備え付けの生ニンニクをかじりながら、という何ともワイルドチックな食べ方が主流。だいたい一かけ食べると翌朝胸やけで目が覚めるんだけど、それも前日の美味を思い出すための愛嬌でしょうよ。



◇ヨーグルト(一瓶2元)

ヨーグルトはヨーグルト。朝飯トリオの重要な一角。これも3月21日の日記に登場。その日は10:50過ぎに購入したようですな。最近は日の出が早まってきたのにあわせて買いに行くのもだいたい一時間以上早くなっております。

プレーンではいただかないのが当初からの方針なんだけど、最近はハチミツとのコラボではなく、ちょっと色気づいて「什錦水果罐頭」と混ぜて食べちゃってますね。

何それ?いったいどんなものか想像もつかないよ

何のことはない。ミックスフルーツの瓶詰め。ミカンとかパイナップルとかナタデココとかモモとかのシロップ漬け。どう?なんか結構うまそうでしょう。


◇バナナケーキ(7〜8元)

ここも朝飯つながり。「焼餅」でもちょっくら登場したバナナケーキをご紹介。これを見つけたのは「美味しいパンが食いたいレベル」が爆発寸前まで上昇していた2週間くらい前。場所が例のインチキ中国ウイスキーをおいてるスーパー「四方超市」(北京東路と朶森格路の交差点)だったんで、かなり疑ってかかり、売り場のお姉ちゃんに

「うまいのか」
「黒いけど焦げてないのか」
「本当にうまいのか」

と重ねて確認。だって3日分くらいある量とはいえ、一塊が8元近くするんだからそりゃあ慎重にもなりますよ。

で、翌朝。ドキドキ感で一杯だったわたしを襲ったのは想定外の美味しさ。成都在住の人だったら好又多(スーパー)のバナナケーキ(カップ)を想像してちょうだいな。あれ以上のしっとり感とあれ以上のバナナ風味。



バナナケーキ.jpg

◎参考写真3:これこそ満を持して登場してきた「チベット洋菓子界の女王」でしょう

バナナケーキの出現以来「焼餅」との板挟みでどれだけ苦しんでいることか。バナナケーキ食ってりゃ「焼餅」恋しくなるし、その逆もまた真なり。

浮気なんてとうていできないしそんな状況にすらなるわけない、と思っていたわたしがこの「朝飯三角関係」に悩みまくり。ああ…、あぁ。



◇ランチセット(昼間限定10元〜)

北京東路にいつの間にかできていたユースホステル(YH)。アリランシャオカオとはそのYHをはさんで反対側にあるのが新興著しい中国人バックパッカー(背包族)のたまり場レストラン「驢窟餐庁」。


ここの何がいいかって、とにかく料理が新鮮。バックパッカーあがりみたいな中国人が経営してるこの店。まわりのいんちき四川料理と違って料理人を広東方面からつれてきたらしく味付けがなんか優しいのよ。

青椒肉絲にしたって回鍋肉にしたって。
歯ごたえからして違う。ちょっぴり日本の中華料理を思い出す味。

でも定価だと一品15元以上するものばかりだから、美味しいからってそう気軽にいけるわけでもなし。

そんなことは向こうも織り込み済みなのか貧乏人救済策としてあるのがランチタイム。

かなりアバウトな時間設定みたいだけど、とにかく「昼ご飯時」に行けば、大盛りご飯の上に好みの一品料理をぶっかけた皿プラス紅茶(ストレート)かミルクティーがついて10元から。


ちなみにこの店内では無線インターネットができるという情報もあり(というかじっさい目撃したんだけど)。英語メニューもあるわけだから中国語以外通じないということはないし、中国人パッカーの実態を知りたかったらぜひどうぞ。何せ美味しいから騙されたと思って。でもなんの保証もしないけどね。



◇チーズケーキ(6元)

ラサに来てこのかた(て言うかその前からだけど)、食い物に限定するならばチベットのことをかなりけなしているわたし。

ならなんでいるんだ

という声も聞こえてきそうですが、別にすべてが嫌いなわけじゃない。まあ半分義理も入っているような感じだけど、とにかくチーズケーキならまあいけるんじゃないか。甘いもんがほしくなったら「TASHIのチーズケーキ」と覚えていてちょうだい。

かなり酸味のきいた味だから、主に使ってるのがチーズなのかヨーグルトなのかいまいち分からなかったりするけど、それがまずくはない。

遭わせて、このチーズケーキが食べられる「TASHIレストラン」は在ラサ旅行者向けレストランの最老舗の一つ。だから旅行者の扱いにも慣れていて、いくらだらだら長居してもずっとほっといていてくれる。

そんなありがたい存在なわけだから紹介しないわけにはいかないでしょう。場所はバルコル前広場から北に延びる丹杰林路北京東路とのT字交差点の脇。細い階段から2階に上がってちょうだいな。

最近は閑古鳥が鳴いてるみたいだから行ってあげると重宝されるかも(笑)。



◇ピザ(30元〜)

ラサに数ある洋食屋のうち、たぶん一番「ちゃんとしたもの」を出すのがヤクホテルに隣接するレストラン「DUNYA」。冬季は休業だったから営業を再開したのは4月に入って間もなくしてのこと。

ネパール系っぽいコックをわざわざを呼び寄せてるみたいで、ってことは味のレベルもカトマンズ並み。それ以上ではありません、といえなくもないのが悲しいところ。


とにかく味に自信があるのか価格設定もなかなか強気。一品30元以上の食い物しかメニューに載ってなかったわけだから。

もし、どうしても洋食が食べたくなったら。ここでピザを食べましょう。それが最低限の安全策(意味不明)。具のないマルガリータ系だったら最低価格の30元。

日本の上モノ冷凍ピザくらいの味は保証。間違ってもパスタ系には走らないでね。蘭州拉面の爪の垢でも煎じて飲ませてあげたいくらい、おとといアルデンテくらいの歯ごたえで出てきちゃうから。

さて話はピザに戻って。ちょっと評価低めみたいな書き方だけど、ラサでは珍しいギンギン冷えたラサビールとの相性はやっぱり何ものにも替え難し。



ピザDUNYA.jpg

◎参考写真4:ちょっぴり贅沢してもいいかな、というときの選択肢No1かな




いかがでしたでしょうか。

ラサにおけるわたしの胃袋を慰めてくれたいずれも名店、美味ぞろい。「ベスト10」にしなかったのは他にいくらでもうまいものはありそうだから。


ただこれだけは確実。

やみくもにその辺の店にはいるよりもまともなものが食えます。


これってけっこう大事でしょ?
posted by 牧場主 at 00:00| 北京 | Comment(0) | TrackBack(0) | ちょっと思ったこと。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月13日

誰が何の為の茶馬古道




ラバ99匹ラサに向かって出発
復活茶馬古道にぎやかに

【4月13日=西藏商報】 雲南省の茶葉生産者が丹精こめて作った「シ真茶大益天下・馬幇西藏行」を積んだキャラバン隊の一行が10日午前、香格里拉県建塘古城を出発、シ真藏大馬幇と名付けられたこのグループは茶葉古道を踏破して20日頃ラサに到着する予定だ。


≪記憶の中の馬幇≫

香格里拉(シャングリラ)は茶葉古道の要衝で、同地に暮らすチベット族たちには現在に至るまで記憶の中にキャラバンの姿が鮮やかに残っている。70才の頓珠さんの父親もかつてキャラバン隊の一員として働き、「当時この集落の多くの家庭がキャラバンに携わっていたねえ。父もキャラバンとチベットに物資を運ぶ商人の手伝いをしていたもの。だいたい3、4人で10頭前後の馬を引いていたかね。彼らは私の家のすぐそばの馬宿で休憩を取ってたし、集落には馬を売る店も少なくなかったもんだよ」と振り返った。年月が過ぎ、子どもの頃の記憶だったキャラバンが再び目の前に。頓珠おばあちゃんは懐かしそうにその光景をながめていた。



10時45分、グループのリーダー、趙宝昌さんによる馬上からの号令一下、頭に赤い布を巻いた馬を先頭にシ真茶を載せたラバ99頭が一列に並んで歩き始めたのだった。


それぞれのラバが背負うのは木製の箱に入った約60キロのシ真茶で、箱の両面には「シ真茶大益天下」「希望工程」などの標語が書かれた小旗もたなびき、その光景は壮観。馬引きたちは鮮やかな民族衣装姿で路傍の人たちに手を振って応えていた。

だんだんと遠くなっていくキャラバンの後ろには、旅の安全を祈る家族たちの姿があった。



≪リーダー:越えられない困難はない≫

出発前、キャラバン隊のメンバーはキャラバンに伝わる歌を披露。「朋友朋友、親如兄弟、シ真茶進藏相聚在一起!(友よ友よ、親しいことは兄弟の如し。さあ一緒にチベットまでシ真茶を運ぼうぜ)」。彼らは高山病の危険もある10カ所ほどの峠を越えるのをはじめ、道中、様々な困難が予想される。


「10カ所の雪山のうち最後にある『米拉雪山Y口』が最も高い標高約5200メートル」。リーダーの趙宝昌さんは「ただ『東達拉雪山』のY口(峠)が最も厳しい。海抜5080メートル。聞くところでは大多数の人たちがその場所で高山病の反応が出るらしい」と続けた。


ほかにも雪崩や落石の危険があるという。趙宝昌さんは全行程の約10%前後の地点で落石の危険があると警戒している。彼は重ねて「一路平安にたどり着くことを信じていますよ。何ごとも乗り越えられない困難はないのですから」と語った。



バター茶.jpg

◎参考写真:はるばる運ばれてきた茶葉はこうして売られることに。左はヤクバター



【評】

あんなまずいバター茶のために…


いやいや、そんな私見はさておいて、


シ真茶ってのは「シ真(雲南)」で栽培された茶っぱのこと。とにかく携帯に便利なようにがっちがちに固めて更に保存も利くように加工されたやつ。まあプーアル茶のお仲間ね。


そんな雲南のお茶をチベットに運んだルートが「茶馬古道」で、この日記でも過去に数度、関連ニュースなどを紹介したはず。
例えばこれ→ http://itoyama.seesaa.net/article/8851392.html


今だに中国的にはブームが続いております。


だからこそ、今回の新聞で紹介されることになったこの記事。


なのに、


いつ(when)どこで(where)誰が(who)何のため(why)どのように(how)何(what)をした



いわゆる「5W1H」とはよく言ったもので、それだけの要素をそろえれば一応、あかの他人が読んでも分かる文章が書けるものなんだけど、その要素が少しずつ減っていくにつれ、読む人の「???」がどんどん増えていくというもの。


で、今回の記事の場合は、キャラバン隊が何人規模のなのか、そしてわざわざラサまで行く理由は何なのか。趙基本的な情報が抜け落ちております。完全腑抜け。


人間さまの数よりもラバの方が大切なんだ。99匹ってちゃんと書いてるだろう

何しに行くって茶をラサまで運ぶんだよ。それが理由じゃいかんのかい?


なんて開き直りが聞きたいもの。


おばあちゃんの記憶は確かに興味深くて、これはわたし的にOK牧場。


ただ

「乗り越えられない困難はない」

という誰かの名言を借りたような台詞より、


「当時の苦労を実感するために計画しました」

とか、もっと商売っ気たっぷりに

「われわれの『シ真茶大益天下』をマスコミ通じて世間にPRするため」

なんて台詞が聞きたかったよ。隊長っ!



キャラバンが現役で動いていた70年近く前だって馬10頭に3、4人がついてたわけでしょ。ならばラバ99匹に対して相当数のキャラバンメンバーがいてもおかしくないでしょう。

ってことは今の時代、峠を越えるときに高山病がどうこうより、一番やばいのはラバや人さまが輸送トラックに轢かれることではないのか。


それくらい色んなものが運ばれてきているシ真藏公路。

ついでにラサまでは何キロなのか。10日に出て20日につけるってことはそんなに遠くないような気がしないでもない。でも、当然それも触れられていない。


いったい原稿をみるデスクは何をしていたのか。こんな原稿がまかり通るのが中国なのか。それともやっぱこれがチベット新聞界のレベルなのか。それともいまだ日本の常識にとらわれてる自分がいけないのか。元ネタとは関係ないところでそんな疑問がふつふつと湧いてくる本日の記事でした。★☆☆☆☆
posted by 牧場主 at 00:00| 北京 | Comment(0) | TrackBack(0) | これは面白ニュース!? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月12日

中国語通じない満足感




大昭寺(ジョカン)から始まる毎朝のお散歩コース。

大小あわせて5カ所のお堂、寺院をめぐってるんだけど、その最後を締めくくるのが、ムル・ニンパ寺。


チベット仏教四大宗派のうち最も古い「ニンマ派」に属するお寺なんだけど、昨日、今日と大変なことになってます。


どういうことかって言うと、日ごろ朝の参拝時には人影まばら、ほぼ常連さんばかりという状態なんだけど、


なぜかしら急激に人の数が増えました。

というか、足の踏み場もないくらい。


とにかくチベット人のおじちゃん、おばちゃんたちであふれかえっております。何をするでもなく、持参したマニ車をとにかくぐるぐる回し続けております。




ムルニンパ2.jpg

◎参考写真1:まるでどっかの避難所生活。本堂にはいるだけで一苦労な混雑ぶり



少なくともジョカンをはじめ、ほかの寺ではこうした状況にはあらず。おそらくはニンマ派独自の記念日か、この寺独自の記念日なのかな、と思って


顔見知りになったお坊さんにその理由を聞こうとしたんだけど、


1人目。

「なんでこの2日こんなに人多いんっすか?」

「…オム・マニ・ペ・メ・フン(お経)」


2人目。

「なんでこの2日こんなに人多いんっすか?」

「…オム・マニ・ペ・メ・フン」「オム・マニ・ペ・メ・フン」


どうやら中国語があまりできないみたい。


ともに40歳前後のお坊さん。


チベット寺院では伝統的に一桁代の年齢からお寺に入って修行を始めることが普通だったんだけど、現在ではある一定期間初等教育(含中国語教育)を受けてからでないと、修行生活を始められないらしい。


わたしが尋ねた中国語の話せないお坊さん2人はおそらく前者だったのではないか、と。


そういえば、先日参拝した小昭寺にも中国語の話せないお坊さんが。


単に中国語を話すのが嫌だから分からないふりをした、という可能性もなくはないんだけど、やはり中国語が話せない、と考える方が妥当みたい。


ラサに入って以来、中国化されたチベットばかり目についてたんだけど、彼らお坊さんたちのようにいまだ中国語を話せない(≒中国にそまっていない)チベット人もいるんだ、ということを確認できただけで、なんとなくすがすがしい気分になったわたしでした。



ムルニンパ3.jpg

◎参考写真2:おばちゃんたちの中にだって「中国語??」もいるんだろうなぁ
posted by 牧場主 at 00:00| 北京 | Comment(0) | TrackBack(0) | まちかど歩けば新発見 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月11日

チベ鉄インドへの野望




青藏鉄道 世界と「線路でつながる」
中国西南部と南アジア結ぶ大街道プラン画策中


【4月11日=西藏商報】 国務院西部開発辨公室の関係者が近日明らかにしたところによれば、「十一五(2006-2010年)」もしくは更に長い時間をかけて西南、西北、東北、および雲南地方から国際的に戦略性のある四本の新しい街道(鉄路)を建設するため、その方策を検討しているところだという。その中で西南部に建設が画策されている南アジアとの鉄路輸送ルートは、青藏鉄道を延伸させた上で亜東(トモ)で国境を越え、インドの鉄道網に接続させようというもので、インド亜大陸と中国を結ぶ一本の重要戦略ルートになる。



構想に挙がったその他3ルートはそれぞれ:雲南省に建設する雲南から東南アジア、南アジアと続く中国ーミャンマーーインドルート:東北地区の東部の「琿春ー東寧」ルートの建造(修築?)および春化から国境まで線路をひいてロシア鉄道との接続:西北部では新彊からロシアへの鉄路架設。



国務院西部開発辨総合規画グループの胡長顧さんは、我が国と世界経済との関係は密接で互いの影響は日々大きくなっており、国際的に戦略性のある陸路(鉄道ルート)を通すことは、国内国外両方のマーケットにおいてその存在を十分に利用して国家経済を安定させるとともに、中国および周辺国家におけるエネルギー、鉱物資源などの分野で拡大する輸送の国際協力問題を解決することにもつながる、まさに「両勝ち」の開放政策となる、と指摘する。



西藏地区は我が国の西南部の際にあたり、インド、ネパール、ブータンなど多くの国と隣接。その国境線は4000キロ以上におよび、高原を走る初めての鉄路ー青藏鉄道は今年7月1日に試験運行を始める。同鉄道の竣工はるか以前から、海外では「ラサが青藏鉄道の終点駅になることはない」との憶測が飛び交い、更に延伸を続けて周辺国家に利益をもたらすとの希望も聞かれていた。ネパールの賈南徳拉(ギャネンドラだったっけ?)国王は昨年以来、国際会議の場において幾度となく、青藏鉄道がネパール国内を通って最終的にはインド、バングラデシュなどと線路で繋がることで、ネパールは2つの大国の間における交通運輸の結び目、乗換駅になることを希望する、との発言を繰り返している。



胡長顧さんによれば、チベット地区と周辺国家とのさらなる安定と経済する発展の必要性を考えると、南アジアへと繋がる鉄道ルートの建設は非常に重要で、青藏鉄道のレールを南に日喀則(シガツェ)まで延ばし、さらに亜東を経由してインドの鉄道と連接させた南アジア大鉄道網を築くことは、中国から南アジア、更にインド洋へと向かう世界の一大大動脈になるとの見方だ。



亜東鉄道.jpg

◎参考写真:亜東から甘托克(ガントク)経由でさらに南へ。楽しみ?

【評】

列車で国境を越える


っていう行為は旅行者として何よりも代えがたい楽しみの一つ。


国境なんて地図上でしか見えない線(現在も鉄条網で緊張感バリバリの場所だってあるんだけど)とはいえ、陸路でそこを越えるっていうのは、最高に旅情を駆り立てるイベントなのは間違いなし。


資本主義圏から共産主義圏にはいるときのドキドキ。スラブな奴らが鉄砲しょってコンパートメントまでパスポートチェックに現れる。10年ちょっと前は確かにありましたね、その緊張感。


パスポートチェックすらしないヨーロッパだって、聞き慣れない新しい言語がしだいに車内で聞かれるようになると、


ああ。うう。
また新しいとこに来ちゃったんだ


となって、車窓からの景色も2割り増しくらいに美しく見えたりする。



なんだけど、

チベットがからむとどうしてもひねくれて考えちゃうのはもう治しようのない慢性病のようなもの(笑)。


まだ雲をつかむような話なんだけど、中印関係の今後を考えると、いつの日か当然そうなるだろう、という内容でもある。


中国は基本的にパキスタン、ミャンマーと仲良しだったわけだけど、それはインドと「仲が悪かったから」という単純な理由。当然優先されるのは、中国が地域大国インドとの関係をどう考えるのか。

パ・ミ両国にとっては今までの「蜜月」関係は過ぎ去り、あくまで中国にとっての「対印カード」としてつかず離れずの関係に収斂していくのではないか、と。いわんやネパール王国をや、でしょう(笑)。バンダ(ストライキ)対策に追われる今のギャ国王にはもう国際関係にまで口出す余裕ないかもしれんけど…。



さて、そこまで大風呂敷を広げなくても、亜東(トモ)から鉄道が通った場合、インド側の国境はシッキム州になりますな。


中国がつい最近までは「独立国」として扱っていたエリアだけど、確かに「周辺国家とのさらなる安定」のおかげ、いつの間にか中国製地図でもインドの一つの州として扱われております。


今回の「南アジア鉄路大動脈」建設における問題は実はインド側にもあるわけで、このシッキム州に鉄道はございませぬ。


最寄りの鉄道は国境からは直線距離で約100キロ、シッキム州と隣接する紅茶の産地、ダージリンまで。ただしトイ・トレインという世界遺産にも指定された蒸気機関車が走ってるだけで、レールの幅の問題とか考えると、カリンポン経由の別ルートでウエストベンガル州の線路につなげるのが現実的。


でも、当然ながらインド政府のスタンスには何も触れられておりません。


はたしてインド側がどういう対応を取るのか。


シッキムやウエストベンガル北部だって、チベットからみればヒマラヤの反対側、4000m級の峠だってあるわけで鉄道建設にはそれなりの技術が必要。


南インドから大量に人を集めての人海戦術


では通用しないよねぇ。中国の技術供与なんてインドが受け入れるんだろうか。色んな興味が湧いてくる一大プロジェクト(妄想)ではありますな。



ちなみに亜東(トモ)では、鉄路開通にだいぶん先駆けて今年6月、国境マーケットがオープンするのだそう。これは絵空事でも誇大妄想でもない現実の話。

「前世紀初頭には中印貿易額の約8割をしめていた」

という在りし日の栄光を取り戻そうと、地元お偉いさんも張り切ってるみたい。そんなところにこっそり見学に行きたいと思ってるわたし。


とにかく亜東には今後の最注目株ということはよく分かった。なんだけど、インドの現状に全く触れていないのはやはりマイナス。取材した記者に「国境越えれば新華社まかせ」という意識があってはいつまでも視野の広い記事は書けないはず。「インド、ネパール、ブータンなど多くの国と隣接。その国境線は4000キロ以上」の地区が担当エリアなんだから、内地の記者よりも高い国際意識が必要でしょうよ。★★★☆☆
posted by 牧場主 at 00:00| 北京 | Comment(0) | TrackBack(0) | これは面白ニュース!? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。