2006年01月31日

ラオス古都は宿で満喫




#節操しらずのたび日記11
MUANG XAY−LUANG PHRABANG


本日はラオスの古都「ルアンプラバン(LUANG PHRABANG)」への移動。


旧ランサン王国の首都で、世界遺産に指定された寺ばっかりの町。


ラオスにしては大きい町だし、ここまでがmkUとの共同ルートということで、今朝も8時前には宿を出て、バスターミナルに歩き出す2人。


バスターミナルは町の南外れ、宿のおねえちゃんが中国語ぺらぺらだったおかげで迷うことなく到着。そういや昨晩の値段交渉も中国語だったし、まだ若干彼の大国を引きずっているわたし。早く乳離れしたいんだけど、やっぱり便利ね。中国語も。


ガソリンスタンドをもうちょいでかくしたようなバスターミナルに行けば、窓口には分かりやすくアルファベットの行き先表示と料金表。


ルアンプラバンまでは35000KIP(3、5$)。


チケットは座席指定されてるようだけど、実際の車内には先客。


切符を見せ、

「ここおれん席でしょう(英語)」


意味は通じるけど、動こうとしないラオ人カップル。
再び繰り返すけれど、逆に周りから


「空いてる席に座ればいいじゃん」

の声&雰囲気多数。


われわれ少数派はやむなく残ってた再後部座席に落ち着くより他なし。
ああ、跳ねそうだな。一応席番だけは守る中国が偉大に思えるよ。



かつては乗合バス(東進)&スピードボート(南西進)でたどり着いた、MUANG XAYからLUANG PHRABANGのルート。


今回は直で南下するということで、どういうルートをたどるのか、といえば、前半80キロは主に山岳ルート。標高700〜1200メートルを行ったり来りの上ったり下ったり。


10キロおきくらいで人里っぽいエリアも出現。

鮮やかな民族服で畑にお出かけの少数民族母娘。
道路中央にて、どっちに逃げるかいつも決断の遅い家畜たち
お手製ボウガンを抱えながら森から抜けてきた青年。成果なし
道行く車にウサギを2羽高々と掲げ売りつけてくるおばあちゃん。

まだ1歳に満たない弟(妹?)をおぶった4歳くらいの女の子。
フルチンでかけまわる小僧連中。



路傍のラオ人.jpg

◎参考写真:みんなみんな路傍の風景として通りすぎていきました。

これは変わってないねえ。
10年前も今も。


ルートも標高300メートル台になって、後半約100キロは平原モード。ここまでのおくれを取り戻すかのように約30人を詰め込んだミニバスも高速モード。


窓から差し込む太陽も完全熱帯モードに突入したみたいで、乗客もちょっとお疲れめ。一路古都を目指す韓国製現代号。


都合5時間半でルアンプラバンに。北方面からのバスはすべて北バスターミナルに到着するみたいで、ここからはトゥクトゥク(バイクタクシー?)でちょい町はずれにあるCOLD RIVER GUEST HOUSEにチェックイン。


「日本人旅行者には一番熱いとこっすよ」とはmkU。


わたし的にも宿代2$でバナナと水がただならなにも言う事はなし。


荷物を屋根裏のドミトリースペースに置けば、後はひたすらひたすらレセプション前にあるだべりスペース。


その名の通りにだべりながら、訪れる旅行者に声かけては、泥沼にひきこんでいく悪いお兄さんたちになってしまってるのでした。もちろんビア・ラオひっかけながらね。


「若者よ。せまいLPB。そんなに急いでどこに行く」



MUANG XAY−LUANG PHRABANGバス代 35000KIP
北バスターミナルー宿TUKTUK代 10000KIP
COLD RIVER GUEST HOUSE 20000KIP
posted by 牧場主 at 00:00| 佐賀 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | またまた旅に出ました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月30日

さよなら中国、そして



#節操しらずのたび日記10
景供ー孟力月昔ー磨ハンーBOTENーMUANG XAY


中国お世話になりました。
もう思い残すことはありません。


空襲警報発令中並みの春節も体験させてもらったし、暖かい(温かい)ところを求めて、さらに南に旅立ちます。


旅の相棒もできたし…。


そう。念願の日本人旅行者との同伴旅行。
わたしが勝手に加藤mkUとなづけた彼。


今までに面識ある人の中じゃ、北欧で会った加藤さんに似てたんで、mkUになってもらった次第。27歳男。旅人の間じゃそう簡単に名前を聞かないのも一種の礼儀なのよ。


貧乏至上主義をモットーに3ヶ月前に旅を始め、目的地は南米アルゼンチンはブエノスアイレスという、なかなか90年代の香りを漂わせる存在なんで、なんかツボにはまることしてくれないか、と一緒に行動することに。



そんな彼と交わした取り決め。


今日は行けるとこまで行きましょう


だから早起き7時半出発の予定が、宿のスタッフ(爆睡中)が現れずに宿代払えず、ちょっと幸先悪い感じ。


だからじゃっかんおそめにバスターミナル。


早速加藤mkU。
下調べは十分に、

「28元と32元のバスがあるんで安いほうでお願いします」

と通訳のわたしに。
通訳は働きますよ。


「高いほうだとすぐ出発、安いほうだと1時間待つみたいだけど…」


「ぼくはどっちでもいいですけど…」

とすがるようなまなざし。「じゃ、待とうか」と言ってほしさげ。
そんな貧乏至上主義の彼の期待を裏切ることなく、


「じゃあ、早いほうで行こっか」

「…はい」


これで二人の力関係は成立してしまいました。



まあ早いバスは高いだけに出発が早いだけでなく、スピードも速くて快適。


「メイメイカフェの情報ノート(旅行者がたびの情報を書き残したありがたいノート)によれば5時間です」


という加藤mkUのフォロー情報をあっさり裏切り、迅速の4時間強。かつてはゾウも出没した(本当!!)ほどジャングルの中の一本道だったんだけど、今はゾウの出没しないジャングルの中の一本道をうねうねうねうね。


8時20分発の孟力月昔(Meng3la1)行きは12時半にはもう目的地到着。


さあて次は本当の国境の町「磨ハン」への移動。
バスが到着した孟力月昔北ターミナルから市内バスで同南ターミナルに移動して、目指す乗り物をゲット。


「実は安いバスもあるみたいですねぇ」


ここでも加藤mkUの声は当然聞こえないふり。

すぐに出発するというバス(14元)で、いわゆる中国とのお別れカウントダウンも本格的に始まろうかというもの。


ところで、

いわゆるこの磨ハンは中国の最最南端(陸地ではね)なんだけど、ここに来て人々の中国語が少し聞き取りやすくなってるから不思議。一番ひどかったのは、雲南北部だった気がする。


移動はまだもって順調そのもの。
だから面白いこともなく、国境到着。


ここのテーマは当然中国を抜けることなんだけど、もうひとつ大事なのはラオス通貨「キップ(KIP)」を手に入れること。


別に中国銀行が変えてくれるわけではなし。
弱小国家の弱小通貨には興味なし、の模様。


だから旅行者を見かければヤミ両替屋が寄ってくる便利なシステム。
出入国管理所の目の前であろうと実に堂々としている開放的システム。


向こうはおばちゃん二人組み。


「ねえ。一元いくらで変えてくれるの」


「1元125KIPだね」

「そんなんありえないでしょう。135だよ」

「元を売る時だってそんな高い値はつかないよ。じゃあ130だね」


と無難なとこで落ち着くわけだけど、そこで安心できないのがヤミ両替たる所以。電卓を操り538元を渡してみると、返ってくるのは「70万KIP」。しかもすべて2000KIP札だから計「350枚」の札束登場。当然財布には入りきれず、かなり嫌気がするんだけど、いちいち信用できないのは当然のことで、数えてみるとやっぱり67万KIPしかないことが判明。


「70万でOKって言ったよね

「でもそれじゃ商売あがったりだし…」

「一度OK出したらその通りにしなさい」


と、これがヤミ両替の楽しさ。ラオスのぼろ札だから偽札がないのが唯一の救い。そして約6000KIP(約70円)をごまかされてたmkUは出国後に気づいてもうあとの祭り。


そんな約10分あまりのやり取りをはたから眺めている国境警備兵たちでした。


さてと。

中国ーラオスの国境は約2キロの及ぶ緩衝地帯。別に中の悪い両国ってわけじゃないんだけど、とりあえず乗り物に乗らずてくてく歩くしかない貧乏至上主義的二人。


「この角曲がったとこに民家があってさ。一体どっちの国だって話だよね」


と昔話を強引に聞かせれば、

「どうにかして密入国できませんかね」

と好奇心あふれるmkU。まあ、いつの時代になっても歩いて国境を超えるってことは駆り立てる何かがあってわくわくしてくるもの。


かろうじてほったて小屋ひとつだったラオスの入国管理所が一応コンクリの建物になっていたことで、なぜかこっちが胸をなでおろす一幕もありながら、昆明で取得したビザのおかげで、何の問題もなく10年ぶりのラオ入り。


ここはラオ側国境の町?、いや村「BOTEN」。時計が一時間さかのぼったことでまだ午後2時半。さらにこの近辺では比較的でかいMUANG XAYをめざすわけだけど、


とりあえずここでまたタイムスリップ。



出国審査、税関は何の問題なく通過でき(少し不安だった出国カードもその場で手渡される形式だった)、10時過ぎには噂の1.5キロの無国籍地帯に入っていた。途中で民家を写真に撮ったりしながら約20分でラオス側のイミグレに到着した。


新しい建物が見えたので初めはそちらに向かったのであるが、まだ建築中で道を挟んだ小さな小屋がイミグレだった。手続きは簡単に終了し、他の人は両替もしていたようなので自分も頼んだら拒否されてしまった。


仕方なく歩き出し商店と食堂が数件あるだけのBOTENという街に入った。すると一台あったトラックバスから声がかかり、運良くそれがムアンサイ行きであった。客集めに少々時間がかかったが11時半に出発した。


(中国時間)到着したのは4時半だった。


(中国時間)この二つの文章で移動のことを終わらせてしまうのは自分自身納得できないであろうから、もう少し詳しく述べさせてもらう。


ス自体はトヨタのタイなどでも見かけるトラックバス(MIGHTY X)だった。荷台の両サイドに長いすが置かれ、8人程度が乗れるようになっていた。僕は左の一番前に座った。走り出すと一応雨よけがあるものの砂塵がすさまじかった。何せアスファルト舗装されていたはずの道路が半分以上はげ落ちて大小様々な穴ぼこになっていたのであるから。これではせっかくのMIGHTYもその”力”を発揮することはできない。終始時速20キロほどのスピードでMUAN XAYまで走った。


本当にこれが噂に聞いていたラオスの悪路だった。なぜアスファルト舗装なんてしたのだろう。土の道のままだった方がどれだけスムーズに走れたことだろう。もう何十回尻の位置を変えたのか全く分からなくなった頃にバスはMUAN XAYに着いた。(町の少し手前で料金徴収があったが、運転手はやはり誤魔化してきた)市場以外に何もない町だったがとりあえずゲストハウスを見つけ床を確保できた。(宿の主は3500KIPの宿代を何故か20元でOKしてくれた)

汽車票(モンラーーモーハン) 8  肉まん2個 1.2
乗り合いバス(ボーテンームアンサイ) 40  宿代 20     計  69.2 元

夜飯(焼き肉、モチ米) 1300  コーラ・菓子パン 900 計  2200 KIP



はい。ここで現代化。

ご覧のとおり、かなり大変な移動だったんだけど、時の流れは確実にラオスを変化させておりました。


まず国境で待っていたのはトヨタ製のミニバン。内部はゆったりした11人のりで足も伸ばせる優れもの。

道路も穴ぼこだらけから、基本的にまっ平らのアスファルト舗装。当然サスペンションもすばらしいわけだから、青きわたしを悩ませたバンピングなどは微塵も存在せず。


もう余裕の3時間強。
要するにお昼寝してたね。


かなりバカでかくなってたMUANG XAYにつけば、順調すぎた本日の移動をふりかえって、ささやかながらお祝いモード。


ラオス名物は1にカオニャオ(もち米)、2にフランスパン。3、4がなくて5にビア・ラオ(Beerlao)。


ってことでラオスビールで乾杯。



「うぅ、うぉー!うっますぎる!!」

とはわたしの心の声。でもmkUが


「そんなにおいしいですか?」

と聞き返してきたから実際に声にもれてたみたい。


でもほんとうまいのよ。日本のビールでたとえるならまちがいなくKIRINのラガー。苦味とこくが効きまくり。アルコールも5%で高め。泡はなかなか消えないクリーミーさ。



ビア・ラオ最高.jpg

◎参考写真:これが激ウマ「ビア・ラオ」だ。ああ喉がうずくぜ

たしかに大瓶一本8000KIP(約90円)は中国の2倍。安さだけが取りえの薄っぺら中国ビールとはグレードの違う味でしょう。こ・れ・は


こりゃあ、はまるよ。やばいよ


早くも肝臓に黄信号が出始めたわたしでした。


景供ー孟力月昔 32元
孟力月昔ー磨ハン 14元
両替(538元→70万KIP)
BOTENーMUANG XAY 30000KIP
宿代 20000KIP
posted by 牧場主 at 16:22| 佐賀 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | またまた旅に出ました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月29日

漢族ゲットーで爆春節




#節操しらずのたび日記9
東風ー景供



昨晩は、台湾に贈られる2頭のパンダの名前が「団団」「円円」と発表されたあたりから、くしくも春節への一夜をとることになったタイ族エリア中の漢族ゲットー「東風」にもなにやらよからぬ不穏な「風」が…。


「ぱぁん」

と大きいのが一発だったり、

「ぱっ、ぱぱぱぱっ」

と連発だったり。


そして事態はやはりよからぬ方向に向かっていたようで、はっきりしたのはカウントダウン約30分前。


わたしが部屋をとったのは、ホテル2階の町のメーン道路に面した側。


もちろん窓は閉めてたわけなんだけど、


爆竹音がどんどん重なり合うことで、機銃掃射か絨たん爆撃かのようにすさまじい音量となり、もう室内にあるテレビのボリュームをいくらあげてもなにも聞こえない状態に。


おいおい。こんな状態が一時間以上続いてなぜみんな正気でいられる。
それとも。やっぱり中国人はもともとあれだったのか?


わたしはビールを飲みながだったら、三半規管をアルコールでごまかすことができたんだけど、さすがに外に出ようという気は微塵も起きず。


こんな危険にあふれた道路をバイクに乗った二人組み(必ず二人組み)が、幾台も幾台も楽しそうに行き交っているのを見たらもうあきれるだけ。


奴ら戦場でも真っ先にやられるタイプやな。
死体は残さずに早めに成仏しておくれ。



そして。

太陽がなかなか顔を出さない朝方。

もちろん快適な目覚めのはずもなく、ひたすらこの爆発的にヤバそうな何かを秘めたこの町を出るためだけのチェックアウト。


あたりは真っ白な朝霧に包まれていたんだけど、その白いベールには確実に爆竹の煙の成分、あの鼻につく硫黄臭さをも濃密に含んでいることは通常の人間なら一嗅瞭然。


それにおびただしいほどの「弾じけカス」が道路上を埋めてつくしてるわけだし、ね。


この路上を覆いつくした赤い紙や赤い筒たち。


しぜんと何かが思い浮かんでくる。



爆竹火鍋.jpg

◎参考写真:そう。わたしの大好きな火鍋の地獄油の光景。見えない?



中央広場前にて、なかなかこない景供行きバス。


待つこと2時間。

時とともにまた、マシンガンの薬きょうか、自爆テロたちのダイナマイトかのように、長さ数メートルに及ぶ爆竹を体に巻きつけるようにして「野獣」たちが眠りからさめ、町をうろつき始めてしまう。


ああ、また、なのね。

こんどはわたしも不可効力の屋外。iPodの力を借りてはみるけれど、やっぱり無理なもんは無理。


イヤフォンから流れ出す音楽よりも、わが全身を振動板として使って響き込んでくる爆竹音のパワーのほうが圧倒的。


「ぱぱぱっぱ、ぱっ、どっどっ、ぱぱどっぱ」


30メートルくらいはなれていても時々、カスがわたしの傍らまで飛んでくる破壊力。


中国で春節を迎えるということ。
それはとにかくからだ全体で何かを感じるというこなんすね。


夜。景供。

またしても爆竹パーティ。
でもそれはかわいいもの。

何だったんだろうね。
あの東風の町。


東風ー景供バス代 15元
DAI STYLE GUEST HOUSE 20元
posted by 牧場主 at 00:00| 佐賀 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | エンジョイ!学生生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月28日

仏に無礼はやめとこう



#節操しらずのたび日記8
ー景供


昨日は本当に腹が一杯になった。朝の11時から全く動いていないというのに、ちゃんと時間通りに路傍の食堂に立ち寄る。仲間がいるのなら食事も楽しいし、おかずのバリエーションも増えるのであるが、何せ一人きりの移動である。おかずを2品も注文できるほどに豪華な気分になれないし、かといって一品頼むとしたらどうしても肉類にしたいので昼飯、夜飯ともに豚肉の炒め物とご飯というメニューになってしまった。どうも食傷気味である。


昨夜眠りについた頃バスはすでに「元江」という街を通過していた。これは昆明ー景供間の距離のおよそ5分の2にあたるところである。この調子ならば朝9時の到着もまんざらあり得ない話ではなかった。


朝、目がさめるとバスはどこかの山の中を走っていた。全くそこがどこだか分からない。しかしながらひとつ言えることは上りであれ下りであれ、バスのスピードは非常に遅かった。そしてたびたび停車してエンジンの様子を見るようになり、とうとう思茅という町で修理工場に入った。(この時点ですでに9時をとうに過ぎた昼前であったし、残りの距離を地図で見ても楽観的な予想など立てることができない状態になっていた)約1時間で修理を終え(自動車修理工場は偉大だ!!)、再び走り出したものの、普通なら今までの遅れを取り戻そうと先を急ぐはずであるのに、バスは1時間もしないうちに食事停車してしまった。


僕は未だに食傷気味だったためにサトウキビ一本だけをかじってその出発を待った。再び走り始めたバスは予定より遅れること約8時間、夕方の17時に景供の町に到着した。山道を下っているときに茶色い流れの瀾滄江(メコン川)が見えたときには本当に涙が出そうなほどに嬉しかった。


景供に着くと早速版納館に向かったのであるが、残念なことに部屋は全て埋まっていた。仕方なく曼聴路のMEI MEI(美々) CAFEで紹介してもらったゲストハウスに泊まることになった。久しぶりの水シャワーを浴び(決してそれほどに西双版納が暖かかったわけではない!!)、洗濯も済ませ、夜飯は工人文化宮の中の屋台で川エビのフライと飯をいただいた。エビチャーハンが食べたかったのであるが、どうしても意思が通じなかった。夕食を終ええると日記でも書こうかと再びMEI MEI CAFEに立ち寄った。


すでに多くの客がいたが(欧米人に現地人、将棋などをしていた)、別のテーブルが空いていたのでそこに座った。するとある男がメニューをとりに来たので彼にWHITE COFFEEをたのんだ。しかし大変なことになってしまった。ウエイターだと思っていた男は日本語を少し話せるホモのウエイターだったのだ。そうも知らずに自分は泊まっているゲストハウスのことや明日景供を出ることなどをべらべらと喋ってしまった。すると彼は今晩一緒にいようと僕を口説きにかかった。(始めて口説かれたのが女でなくて男でショック!!)絶え間ない攻勢をかわし、カフェを出たものの彼は宿の前までつい てきた。寝入ると何かされそうなのでこわくて日記を2日分も書いた。



サトウキビ 1  宿代 10  ミルクコーヒー 5  
パインジュース 3  夜飯(エビのフライ、飯) 17    計 36元





と、これは前回。

まだ幸いにして節操(みさを?)を知ってたころの日記。
今にも増しての駄文で失礼いたしました。


このときの出来事は「トラウマ」になることもなく、単なる笑い話として情報公開条例によって開示されるにいたったわけだけど、


そんなメイメイカフェ。


勢力拡大も甚だしいらしく、


うぬぅ。
おとなしく日陰の存在でいればいいものを。
そのウラの顔、暴かれる日がきたのではないか。


と殴りこみ。


こちとらあのときのぼくちゃんではなし。
酸いも甘いもかみしめた、それでいてやんちゃさもわすれない大人。


オカマちゃんだろうがHGだろうがなんぼのもんじゃい!


くらい意気込んだんだけど、道に迷っちゃってね(恥)。


だって景供のまちの変わり方もすごいんよ。
景供が変わっていたようにカフェも昔の面影一かけらもなし。あやしいなよったタイ族男もおらず(実際どんなやつかなんてぜんぜん覚えてないし)。


旅の情報ノートも充実した、とっても素敵なカフェ


でした。


といいつつもどこかでちょっと疑ってて、やはり夜にもう一度行かなきゃなどと性懲りなかってりして…



午後から郊外に観光。

「曼仏龍」という超上座部仏教らしい仏塔を拝みに。


気持ちいいくらいに僧侶も参拝客もいないひまそうな境内。
ついでにミャンマースタイルの気持ちよく脱力系な涅槃像もあったんで、迷わずおニューのデジカメを取り出すわたし。


誰も見てないし、劇写させてもらいますよ


「ちりんちりーん」


風ひとつないけだるい昼下がり。
急にどこからか風鈴の音。


「えっ。だれ?」

後ろを振り向き、周りをきょろきょろ。


「…誰もいないよね。それじゃお釈迦さん。ポーズを決めてくださいね」


動けない仏さんにそれは無理な話。


「チリンチリーン」


もう一度どこからか風鈴の音。



ここでやめてりゃよかったんよ。

でもそれはできない相談。「撮るな」と言われなけりゃ撮らないけれど、、言われなけりゃOKもらったも同然でしょう。



涅槃像.jpg

◎参考写真:ちゃっかりご尊顔をなめるように撮影。拝んどけ!



そして約420段の階段を降りると、


バスがなくなってました。



本日は春節前の大晦日。
中国では「除夕(chu2xi1)」。
休みも同然。


それも踏まえてちゃんと行きのバスの運転手に帰りのバスの最終時刻を聞いていたのに、「末班車は7時だ」の1時間半前には、約80キロはなれた景供に買える手段がなくなってたわけ。


この怠け者どもが〜
はたらけぇ〜


完全あとの祭り。
敗北者はわたし


タイ族地域のなかに突如沸きあがったような漢族中心の超人口的な町「東風」にて、ひとり年越し番組をみるかなしい男32歳。



まあ、運が悪いのはみそかの今日までだからね…。



DAI STYLE GUEST HOUSE 20元
景供ー大孟力龍バス代 15元
曼飛龍筍塔 5元
三葉賓館 40元
posted by 牧場主 at 00:00| 佐賀 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | またまた旅に出ました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

仏に無礼はやめとこう



#節操しらずのたび日記8
ー景供


昨日は本当に腹が一杯になった。朝の11時から全く動いていないというのに、ちゃんと時間通りに路傍の食堂に立ち寄る。仲間がいるのなら食事も楽しいし、おかずのバリエーションも増えるのであるが、何せ一人きりの移動である。おかずを2品も注文できるほどに豪華な気分になれないし、かといって一品頼むとしたらどうしても肉類にしたいので昼飯、夜飯ともに豚肉の炒め物とご飯というメニューになってしまった。どうも食傷気味である。


昨夜眠りについた頃バスはすでに「元江」という街を通過していた。これは昆明ー景供間の距離のおよそ5分の2にあたるところである。この調子ならば朝9時の到着もまんざらあり得ない話ではなかった。


朝、目がさめるとバスはどこかの山の中を走っていた。全くそこがどこだか分からない。しかしながらひとつ言えることは上りであれ下りであれ、バスのスピードは非常に遅かった。そしてたびたび停車してエンジンの様子を見るようになり、とうとう思茅という町で修理工場に入った。(この時点ですでに9時をとうに過ぎた昼前であったし、残りの距離を地図で見ても楽観的な予想など立てることができない状態になっていた)約1時間で修理を終え(自動車修理工場は偉大だ!!)、再び走り出したものの、普通なら今までの遅れを取り戻そうと先を急ぐはずであるのに、バスは1時間もしないうちに食事停車してしまった。


僕は未だに食傷気味だったためにサトウキビ一本だけをかじってその出発を待った。再び走り始めたバスは予定より遅れること約8時間、夕方の17時に景供の町に到着した。山道を下っているときに茶色い流れの瀾滄江(メコン川)が見えたときには本当に涙が出そうなほどに嬉しかった。


景供に着くと早速版納館に向かったのであるが、残念なことに部屋は全て埋まっていた。仕方なく曼聴路のMEI MEI(美々) CAFEで紹介してもらったゲストハウスに泊まることになった。久しぶりの水シャワーを浴び(決してそれほどに西双版納が暖かかったわけではない!!)、洗濯も済ませ、夜飯は工人文化宮の中の屋台で川エビのフライと飯をいただいた。エビチャーハンが食べたかったのであるが、どうしても意思が通じなかった。夕食を終ええると日記でも書こうかと再びMEI MEI CAFEに立ち寄った。


すでに多くの客がいたが(欧米人に現地人、将棋などをしていた)、別のテーブルが空いていたのでそこに座った。するとある男がメニューをとりに来たので彼にWHITE COFFEEをたのんだ。しかし大変なことになってしまった。ウエイターだと思っていた男は日本語を少し話せるホモのウエイターだったのだ。そうも知らずに自分は泊まっているゲストハウスのことや明日景供を出ることなどをべらべらと喋ってしまった。すると彼は今晩一緒にいようと僕を口説きにかかった。(始めて口説かれたのが女でなくて男でショック!!)絶え間ない攻勢をかわし、カフェを出たものの彼は宿の前までつい てきた。寝入ると何かされそうなのでこわくて日記を2日分も書いた。



サトウキビ 1  宿代 10  ミルクコーヒー 5  
パインジュース 3  夜飯(エビのフライ、飯) 17    計 36元





と、これは前回。

まだ幸いにして節操(みさを?)を知ってたころの日記。
今にも増しての駄文で失礼いたしました。


このときの出来事は「トラウマ」になることもなく、単なる笑い話として情報公開条例によって開示されるにいたったわけだけど、


そんなメイメイカフェ。


勢力拡大も甚だしいらしく、


うぬぅ。
おとなしく日陰の存在でいればいいものを。
そのウラの顔、暴かれる日がきたのではないか。


と殴りこみ。


こちとらあのときのぼくちゃんではなし。
酸いも甘いもかみしめた、それでいてやんちゃさもわすれない大人。


オカマちゃんだろうがHGだろうがなんぼのもんじゃい!


くらい意気込んだんだけど、道に迷っちゃってね(恥)。


だって景供のまちの変わり方もすごいんよ。
景供が変わっていたようにカフェも昔の面影一かけらもなし。あやしいなよったタイ族男もおらず(実際どんなやつかなんてぜんぜん覚えてないし)。


旅の情報ノートも充実した、とっても素敵なカフェ


でした。


といいつつもどこかでちょっと疑ってて、やはり夜にもう一度行かなきゃなどと性懲りなかってりして…



午後から郊外に観光。

「曼仏龍」という超上座部仏教らしい仏塔を拝みに。


気持ちいいくらいに僧侶も参拝客もいないひまそうな境内。
ついでにミャンマースタイルの気持ちよく脱力系な涅槃像もあったんで、迷わずおニューのデジカメを取り出すわたし。


誰も見てないし、劇写させてもらいますよ


「ちりんちりーん」


風ひとつないけだるい昼下がり。
急にどこからか風鈴の音。


「えっ。だれ?」

後ろを振り向き、周りをきょろきょろ。


「…誰もいないよね。それじゃお釈迦さん。ポーズを決めてくださいね」


動けない仏さんにそれは無理な話。


「チリンチリーン」


もう一度どこからか風鈴の音。



ここでやめてりゃよかったんよ。

でもそれはできない相談。「撮るな」と言われなけりゃ撮らないけれど、、言われなけりゃOKもらったも同然でしょう。



涅槃像.jpg

◎参考写真:ちゃっかりご尊顔をなめるように撮影。拝んどけ!



そして約420段の階段を降りると、


バスがなくなってました。



本日は春節前の大晦日。
中国では「除夕(chu2xi1)」。
休みも同然。


それも踏まえてちゃんと行きのバスの運転手に帰りのバスの最終時刻を聞いていたのに、「末班車は7時だ」の1時間半前には、約80キロはなれた景供に買える手段がなくなってたわけ。


この怠け者どもが〜
はたらけぇ〜


完全あとの祭り。
敗北者はわたし


タイ族地域のなかに突如沸きあがったような漢族中心の超人口的な町「東風」にて、ひとり年越し番組をみるかなしい男32歳。



まあ、運が悪いのはみそかの今日までだからね…。



DAI STYLE GUEST HOUSE 20元
景供ー大孟力龍バス代 15元
曼飛龍筍塔 5元
三葉賓館 40元
posted by 牧場主 at 00:00| 佐賀 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | またまた旅に出ました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月27日

昆明いいとこ悪いとこ




#節操しらずの旅日記7
昆明ー



昨日は昆明のバス事情について書いてみたけど、都合4日目にもなるといろいろ「昆明らしさ」が見えてくるみたい。


「らしさ」イコール「他とは違う」


わけで、少なくともわたしが知ってる中国との違いについて少なからず「驚き」とか「笑い」があった部分をちょっとまとめてみようか、と。


☆貧しい人たち

かなり頑張っている様子。どういう意味かって。物乞いにとっても積極的。雲南は今も昔も東南アジア周遊の一環として訪れる旅行者が多いわけで、彼らと積極的に交流を持とうとしてる。西洋人たちも結構あげちゃうからね。


また中国人同士の垣根も低いか、と。

ある意味、街中の住所不定無職者よりも貧しい(物質的にね)生活をしている地域が雲南には珍しくないわけで、だから彼らに対する地元民たちの心の壁も、すでに「違う身分、階層」としてすみわけができてしまってる(ような)北京や成都などとはちょっとちがうみたい。

ウォル・マート(これも成都にはない!)に買い物に行った時も、KFCが屋外に設けていた子供用の大型遊具で、お買い物に来た裕福家庭の小皇帝(ぼんぼん)たちとペットボトル拾いのついでに来たしょんべんの香りのするガキたちが仲良く遊んでおりました。


ほほえましい?


☆新聞スタンド

昆明市民は新聞が嫌いなのか。北京や成都ではいたるところにあった新聞売りがこの町には少なすぎ!


しかも売ってあったとしても、町での社会的必要性、意義を見せつけるかのように、広大なスベースを使って美しく並べられた雑誌群の端っこにて、かろうじて生きていることだけを主張するかのような弱弱しい存在。


わたしが今回買ったのは雲南新息報と春城晩報の2紙で、他に地元紙は2、3紙くらいはあるみたい。


春城晩報などは100年もの歴史を有するらしいんだけど、やっぱり新聞は読む人があっての存在。


もしかして少数民族の割合の高さとそれに伴う普通語(漢字)の普及率(もちろん低いはず)なんかが、チラッと垣間見たこの「新聞不人気」の背景なのかな

と思ってしまう。


そりゃやっぱテレビは簡単よ。耳で分かるし、電波だからどんな山の奥にも飛んでいけるしね(悲)。



☆カフェ

わたしは雲南大学近辺でしか飲んでないけど、このあたりは特に雰囲気よさそうな店多し。


その中からなにげに入った「サルバドール・カフェ」

あのとろけた時計を思い出すけれど、それとは関係ないみたい。でも逆に日本人とは関係あるみたいで、店内には日本の単行本、文庫本、ガイド本など多数。もちろん漫画も。

とくに単行本の硬派っぷりは「佐野真一」あたりが充実しているあたりからも想像してもらいたいもの。

美式コーヒー(10元)を運んできた小姐に、


「なんでこんなに日本の本があんの?」

「だってここの老板、日本人とアメリカ人だし…」


と英語で帰ってきました。
よく教育が行き届いているみたいで…


「うん。昆明にも漫漫来があったか」


と考えるけど、こっちはどう見ても漫画よりコーヒーが主流。
いろんなことを老板に聞いてみたかったものの、残念ながらの不在。
いずれにせよ、無線LANもひいてあるみたいだし、雲大に留学してたら毎日ここに来てたんだろうなぁ。うん。間違いない。


さらに入ったもう一軒は「Yunjoy Coffee(雲嘉コーヒー)」。ドトールのような感じのこの店はずばり安さ。

美式(アメリカン)がなんと3元。紙コップで出されるあたりはさすがにコスト削減のために仕方なかったか。それでもちゃんとしたドリップだし、何時間でもいられる雰囲気もすばらしい。


ほかにモカとかカプチーノとかエスプレッソも同じ値段(だったはず)。


さすが雲南コーヒーの本場
コーヒー文化が育つ土壌があるよね。


ちなみにこの2店があるのは、ともに雲南大学正門前から坂道を西に上る文林街を約5分歩いて、さらに右側に入る小道「文化巷」沿い。


この小道はわたし的にかなりのおすすめで、はやりまくってるおしゃれな韓国料理屋(石焼ビビンバ12元etc)、日本食料理屋「和民(わたみ、あの?)」のほか、新華書店に比べればかなり文化の香りする「漫林書苑(Mandarine Bookshop)」も。


特にこの本屋は特筆で、わたしは「蔵語方言概論」(他にもチベもの多数)と世界分国地図(インドシナ版)を購入。助かったね。


大学近くの学生街といえば、北京語言大近くの五道口、四川大近くの紅瓦寺が思いつくけれど、この文林街&文化巷も負けず劣らず独自性があって「すてき」なもんです。



☆めいにゅう

やはり触れずにおけない「めいにゅう(美女)情報」。


財力の力も借りて、化粧の技術や着てる服のブランドやセンスなどで勝負できる北京女性。中国全土に美女の里として轟名を響かせ、見た目なら(性格は辛いけど)、もって生まれたの素質で勝負できる四川女性。


だから両都市を歩いていると、


はっ


と足を止めてしまったこと、大半の男子漢なら経験あるはず。


雲南は違う意味で足を止めることが多々あります。


「えっ」
「すごいね」
「ありえない」


わたしのブログ。女性読者が多いらしいのがひそかな自慢なんで、これ以上そっぽ向かれるようなことは自主規制。まあ「美」については主観が大きく左右するわけだしね。


じゃあ、客観的なところで。

ぶーちゃんをけっこう見かけました。中国ではまず見たことなかった太った女性。「わたし太ってるからダイエット」とのたまう女の子は中国全土に出没中だけど、昆明で見た彼女らは本当に痩肥が必要な種族。


ミクロネシアやポリネシアにも通じる南のおおらかさの一端が垣間見られる民俗学的な発見、ということにしときましょう。


その代わり、といってはなんですが、
日もくれちゃえばまだまだ摂氏一ケタ代前半まで冷え込む昆明の町。


ミニスカ&生足


でガンパッテる女性を発見しました。あの塾長に見せられないのが本当に残念。ちなみに一人じゃなく男と。


この男も塾長と同じ趣味してんじゃん。
なかなかツワモノかも


なんて思いながら、早歩きで後ろから追いつこうとするわたし。


なに会話してんだろう


ヘッドフォンをはずすわたし。


「In my Countリy people all eat cuリy」(創作せりふ)


懐かしいこのまき舌英語。

男性はインド人でした。
そりゃあツワモノでしょうよ。

女性は美しい人でした。


だから、雲南の塾長はインド人でした(笑)。



【番外】

☆ドロボウ

どこにでもいます。わたし、バスに乗ってたらデジカメなくなっちゃってた。あまりの見事さにもう唖然。またしても浅草寺のおみくじ(凶)が脳裏に…


春節前、最後の買いこみ人であふれる家楽福(カルフール)でKodakの400万画素を購入。1499元の出費だけど、こんなときは「魔法のカード」の出番。



皆さん。もう慰めはいらんよ。
チベ大入学拒否から始まった一連のバッドラックはすべで中国農暦におけるできごと。この流れが続くのは年末までで、つまりはあと一日。


2日後の新年(春節)には明るい未来が待ってるわけよ


ふん。
痛くもかゆくもないわい(泣)!


デジカメ(KodakC330) 1499元
映画(霍元甲) 25元
posted by 牧場主 at 00:00| 佐賀 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | またまた旅に出ました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月26日

バス乗ってこその昆明




#節操しらずの旅日記6
昆明



市民の半数以上公共バスに満足
昆明市国資委が街頭調査


【1月26日=春城晩報】

昆明公共バスグループの職員は昨日、昆明市国資委が作成した「公用類企業社会公衆満意度調査」3000枚を街頭にて配布。この当日のうちに回収の必要があるアンケートを通じて、市民の公共バスに対する認可度を調べた。


今回の調査は公共バスグループが共同で実施したもの。昨日午前菊花村5路バスの停留所で行われた調査では市民に姓名、住所、電話番号、職業を尋ねた上で、サービスの内容、車内の清潔度、使い勝手について「非常に満足」「満足できる」「不満」の3項目から選んでもらい、公共バスサービスに対する個人的な意見や提言を書くことができる欄も設けた。


午前9時ごろには300人超が調査に協力、記者がランダムに取り出した11枚の調査結果によれば、「服務員のサービス」に対する項目では、「非常に満足」が6人、「満足」が5人だった。「車内の清潔度」では5人が「非常に満足」で6人が「満足」。「利便性」も6人が「非常に満足」、5人が「満足」だった。調査のスタート時点においては、昆明の公共バスサービスに対して市民は比較的満足していることが分かった。市国資委によれば、市民の公共バスサービスに対する考え方について、より真実に即した形で把握するのが目的で、同時に改善の方策についても考えたいという。調査結果はまもなく取りまとめられる。


昨日、第二子会社は菊花村のバス停の乗り場と案内板前、さらに東駅始発乗り場の計三ヵ所にてそれぞれ調査その他5つの子会社もそれぞれ異なる場所で調査を行った。


【評】

実際、乗り心地いいっすよぉ〜。
昆明のバスって。


みなさんもお越しの際はぜひお使いください。


「えっ、おまえらしくない」
「体でもこわしたのか?食あたりか?」
「とにかく文句のひとつも言え」

ですか?


じゃあ、昆明のバス使って感心したこと。


ラッシュ時とかだけでなく24時間の専用レーン。
しかも一番渋滞しにくい道路中央側レーンを専有。
だからバス停も道路の中央近くにあったりする。



昆明バス事情.jpg

◎参考写真:右がバス停にとまるバス。どう方向に走行中の車


さらに利用者の多いバス停だと電光掲示板で目的のバスが今どこの停留所あたりにいるかも教えてくれる。


これまで中国で頻繁にバスを使った経験は成都と北京でしかないけど、両都市でのバスを使うメリットはただただ、


安い!


から。
でも昆明ではこれに「速い」がもれなく付いてくる。
これに美味いがあればもう天下の吉野家と一緒やね。



もちろん記事自体には言いたいことが。

たった11枚を抜き取っただけでなぜ「半数以上が満足」なのか根拠なし。全員が「非常に満足」か「満足」だったと自分で書いてるくせにね。


それにこの調査だって…。住所、氏名、電話番号を書かされた市民がどこまで厳しいことを言えるのか、ハテナマークが浮かんできます。


いずれにせよこの昆明。ほかの都市よりも公共バスサービスについては先進的な取り組みをしているようなので、なぜそうなのか。少し触れてもらいたかったっす。これは正直な感想。★★★☆☆



宿代(茶花賓館) 30元
ラオスビザ(Express) 360元
昆明ー景供バス代 209元
posted by 牧場主 at 00:00| 佐賀 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | これは面白ニュース!? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月25日

思い出の味より今の味




#節操しらずの旅日記5
ー大理ー昆明



「到着するのは明け方の2時か3時だよ」


維西のバスターミナルで切符売りの姐さんに言われたせりふ。


どうってこたぁない、なんとかなるやろもん


と強気ぶってみたけど、やはり不安はつきまとう。どこかでバスが故障して明け方くらいになってようやく下関(xia4guan1)に着いたりしないかな、なんて思ってたりする。


そんな不安をよそに豪華寝台バスは快調そのもの。予定を30分も繰り上げて午前1時半にはバスターミナルに到着してくれるから、さあ、困った。


奮発してどっか近くの汚い宿(きれいな宿の選択肢はなし)に入るしかないのか。それとも幸い一番後ろの端っこの席だから、朝まで物影に隠れてようか。


など、こっそり悩んでみるものの、周りの乗客、一人として下車する気配なし。


ひょっとして車内で夜を過ごしちゃっていいわけ?


そうです。
いいんです。


宿代浮きました。
こんな小さな出来事に一喜一憂することこそ旅の醍醐味でしょう。



ところで、本当は昆明まで直接戻りたいところをわざわざ大理に寄り道したのには当然わけがあってのこと。


昔の思い出をたどりたいのよ。
昔の味をもう一度舌の上で転がしたいのよ。


はじめて中国(雲南)に来た10年前。


わたしは日本の調味料がないところでいかに本物っぽいトンカツやハンバーグを作り上げるかという「大理系日本食」という新しいジャンルの食べ物に出会いました。さらにイングリッシュでもインディアンでもない「チベタンミルクティー」という飲み物とも遭遇。また「バナナパンケーキ」が単なる子供のおやつではなく、作りようによっては芸術的にうまくなることも身をもって知らされました。


そんなモノたちが手ぐすねひいてわたしのご来場をお待ちしているというのに、しらんぷりなどできんでしょう。


そろそろ夜があけてきたんで、バスターミナルを出て8番公共バス。

初大理時には真っ暗で勝手知らぬうら若き青年旅行者からミニバス運転手が10元ぼったくろうとした(結局5元払った)ルートを今回は1元。


大理の町。
やっぱり変わってました。


麗江みたい。
武候祠のとなりにできた錦門みたい。


要するに民族風情をうりにした観光地みたくなってたわけ。



大理古城.jpg

◎参考写真:これは10年前の復興路。そう。静かなたたずまい



さてせっかく意気込んでやってきたグルメツアーなんだけど、


もう完全企画倒れ


朝飯をチベタンミルクティーとバナパン。ちょいと観光しいの小腹すかせえの、で昼はトンカツ定食、が予定ルート。


まずチベタンミルクティーを味あわせてくれたチベタンカフェ。


…見つからず。


結構はやってた店だったのにつぶれたのか、移転したのか。
はたまたわたしが気づかなかったというのか。


代わって入ったCafe de Jackという店。バナパンくそまず。小麦粉を水でといただけの生地は焼いたあともぬるぬる。香ばしさがない。バナナも芸術的な薄切りだから、入れているのかいないのかをこちらが試されているかのよう。


続いては日本食を求め、門をたたいた某大理系日本食屋。
太白楼か菊屋しかないわけだけど、そのどっちかね(笑)。


前回の大理訪問は、まだそれほどメジャーじゃなかったインドシナ半島旅行の最中 ってこともあり、当然長いこと日本食にはありついておらず。


こんな中国最果ての地でこんなおいしい「日本食」が食べられていいんだろうか。しかも一食10元(当時約170円?)じゃないか。


と感動があふれ出したしたもの。


ところが、
期待を込めてたのんだトンカツ定食。

単に日本食に飢えてないからダメなのか。
単に作り手側の味のレベルが落ちたのか。
それとも、わたしが食にうるさくなったのか。


もう完食するのに頑張らなきゃいけないくらいだから、その味は分かろうというもの。


トンカツソースはトンカツソースではなく、トマトケチャップに毛のはえた味付け。それなのにすべてのカツおよび付け合わせの野菜にまでべっとりだから辛くて仕方ない。カツ自体も昔はパン粉をつかってたはずなのに、この歯ごたえ。片栗粉系のごまかし。


前回のトンカツが伝説のトンカツ屋「豚珍館@西新宿」ということもあるから、今回のトンカツ、あまりに分が悪すぎたみたい。


大理にいらっしゃった皆さん。


日本食はトンカツ以外にしましょうね。



久しぶりに朝、昼と規則正しく食事した割には満腹感しかありつけず。

夜、昆明にたどり着き、今度は満腹感以上の幸福感を求め、前回とは別の過橋米線の老字号へ。


地元ガイドにものってる「江氏兄弟橋香園」


着いたのが閉店(9時)間近だったので、米線は売り切れ。

仕方なく小麦麺の過橋面条(値段同額6元)にしたんだけど、やはり前回の建新園と同じ。


でかい+うまい=ハッピー!!


惜しむらくは、こちらの6元セットにはウズラの生卵が含まれておらず。ウズラは10元以上のセットからのよう。


もうひとつは小麦面。時間とともにのびるのが早いため、最初の感動のままに食べつづけるのは難しいみたい。


やはり過橋には米線なんだなあ、とつくづく感じたもの。


あと、思い出の味よりも今うまいもんを食ったほうが確実だな、ともね。



大理ー昆明  105元
posted by 牧場主 at 00:00| 佐賀 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | またまた旅に出ました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月24日

今度はリスをたずねて




#節操しらずの旅日記4
徳欽ー維西ー


さあて下界に帰りましょう。串焼き以外にもおいしいものが待っている世界に戻りましょう。

で、たどる道は二つ。


来た道を戻るか、
ちょっと遠回りをするか。


こういう山あいの地方では「ちょっと」という言葉がとてつもなく大きな意味を持って、結果一日二日のずれが生じることさえあるわけだけど、それでも徳欽の南西にある中甸や麗江には向かわず、ほぼ真南にある維西(wei2xi1)行きのバスチケットを購入。


理由は二つ。

ランツァンジァン(メコン川)上流を見ることができる。
維西はリス族自治県の県都。多分リスがいっぱいいるはず。


だったのですが、眠い目をこすりながらのバスターミナル7時集合。最初の驚きは、昨日十分堪能させてくれたとばかり思っていた梅里雪山だったからもうたまんない。


昨日の展望台とは谷をはさんだ向かいの道を南下したわけだけど、徳欽の町を出ていくつめかのカーブを曲がり終えたとき、まだ夜もあけきらない暗い空に月や星の光をすべて吸収するかのように青白く輝く峰峰が現れたときには、マジで泣けました。


わたしの視線はもう完全進行方向右側にくぎ付けだったんだけど、やがて13峰すべてが見える地点に。惜しむらくは左側の座席だったんで、写真などはとれなかったんだけど、この景色は記憶に焼き付けておくだけで十分。


その思い出が将来いくら美化されようと、今このときの感動に勝るもんじゃ決してないはずだから、ね。



目的地の維西までは約220キロ。

前半は冗談抜きで深さ4、500mはありそうな切り立った峡谷のエリア。その山肌に気合を入れて張り付いてる民家やお寺が散在しており、間違いなくまだチベタンのテリトリーだということが実感できる。


やがて燕門という町まで来ると、標高は2000m以下に。青く美しきメコン川と道路とが並走すること数時間ほど続く。



SANY0059.JPG

◎参考写真:泥川の印象が強いメコンだけど上流はこんなに美しい



ここで気になったのは豚。牛の放牧に付き合って道路を歩いているわけだけど、生まれて間もない子ブタのぶーチャンたちはまったく統制がとれず、何度もバスの運転手が急ブレーキをかけて難を逃れるシーンを堪能させていただきました。


結局始発から終点まで乗ったのはわたし一人。あとは大きめの集落があるたびに人の乗り降りが繰り返され、正味6時間で維西の町に到着。


今回の南下ルートを選んだ理由のひとつ、リス族らしさについては、外見上なにもはっきりしない普通の田舎都市。


着てるものも普通だし、ヤマイモを売る人たちが異常に多い(多分路上に計50人以上)こと以外は特徴みつからず。


う〜ん。残念。


と思いきや、聞こえてきました。


「のっとってぴゃっとってぴゃっ」

「ぬてのにまでたっ」
「あれかよろぴっとっれた」

で、もう一度

「のっとってぴゃっとってぴゃっ」


多分リス語だよね。
リスなのにぜんぜんかわいくない感じが気に入っス!


もう満足。
都会に戻りましょう(笑)。



維西ー下関(大理)バス代 107元
posted by 牧場主 at 00:00| 佐賀 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | またまた旅に出ました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月23日

あんた最高に美しいぜ



#節操しらずの旅日記3
徳欽ー梅里雪山ー徳欽


起床は7時。

昨夜は冗談抜きで10回ほど目がさめた。
相部屋の中国人が8時には床に入るもんだから、8時半にはもう消灯。ただでさえ前日も寝台バスで寝まくってたわけだし、とにかく睡眠はすでに十分すぎるほど。


で、熟睡できなかったもうひとつの理由。

ベッドから這い出し、頭を振ってみる。
やっぱりと思っていたけどガンガンする。


久しぶりの高山病。

動かないときは何も感じなかったってことだから、症状は初級者レベル。


でも本日は梅里雪山(カワカルポ)巡礼の日。


日の出とともにゆっくり聖山を拝みたいと思うのが洋の東西を問わず人情ってもんだろうから、ゆっくりゆっくり深呼吸をしながら一歩一歩、乗合タクシーが発着するという町はずれの三叉路まで移動をはじめることに。


日の出にあわせて出発したわけだから当然あたりは真っ暗。でも逆三日月が思いのほか明るく道路を照らし、また夜空を照らしている。


そう。見たくないものまではっきりと。
思いっきり曇りじゃないですか本日は。


これじゃ山肌に雲がかかっていても仕方ない。

浅草寺で引いたおみくじのことが頭をよぎるが、まあしょうがない。とにかく行きましょうや。


乗合タクシーは乗合だから安いわけで、真っ暗な三叉路で約30分待った後に現れた車に乗り込むのはわたし一人。仕方なく10元の出費。



それにしても

なぜ誰もいない。せっかく徳欽まで来といて、梅里雪山の日の出見ないの?


なんて思いながら徳欽の町からチベット自治区方面に約10キロ。聖山がもっともよく見えるという展望台に到着。


うわぁ、わんさかいるじゃぁないですか。
どこからわいてきなさったんでぇ〜


と思うくらいのざっと40人。
みなさん賢く展望台近くに宿をとるか、グループで車チャーターしてやってきてたみたい。


で、やっぱりというか、13もの峰峰すべてにきれいに雲がかかっておりました。かろうじて一番高い峰の山頂部分が顔をのぞかせたりすると、いっせいに記念写真撮影が始まる始末。



もちろんあきらめて帰るわけにはいかないわけで、待つこと30分。徐々に雲が動き出し、主峰の全貌が明らかに。


さらに30分。

40人の観客はいなくなったけど、主峰の左右2、3峰もよく見えるようになって、これは13峰デビューも間近かと思わせておきながら、どうやらここでうち止め。雲がとまってしまいました。



梅里雪山.jpg

◎参考写真:梅里雪山。つたない写真だけどつたない文章よりはまし



旅行中、無理は禁物。


一日Tイベントくらいがちょうどいいわけで、徳欽の町に戻ると後はのんびりモード。ちびちびとした水量のシャワー(温水!)を浴び終え、心も体もリフレッシュしていると、久しぶりに携帯の着信音。


かけてきたのはなんと四川の山の中にいるはずのレンイエン。


「もしもし。今デルゲ(徳格)の山の中にある村で、チベタンの家に居候しながら卒論の調査をしてます。今日は久しぶりに電話のある集落まで一時間かけて歩いて出てきました。そうそう、あまりにひまなんでヤクの放牧ができるようになりました。あとげっぷが完全にヤク肉のにおいにそまっちゃってます」


となかなか興味深いお話。


「で、こっちにはいついらっしゃるんですか?」

「えっ。そういうことも言ったかなぁ?僕今徳欽なのよ。これからデルゲとは逆、南下のおつもり。かげながら応援させてもらうよ。死なないようにって」



ここまでで携帯の電話代がなくなってしまいました。

いつしか変えよう変えようと思っていて結局買ったときのままにしている神州行の携帯。

中国各地から通話できるメリットがあるんだけど、常に北京から話しているようになるから通話代はバカ高。今回のカードなんて1月19日に買ったばかりだったのに…。さらにはこの徳欽の町には神州行のプリペイドカードは売ってなかったりするからダブルショック。


それにしても公共電話が一台しかない山間の集落で、ものめずらしそうに眺めるチベット人約10に囲まれながら、久しぶりの日本語をうれしそうにしゃべるレンイエンの姿。おかしくも思い浮かびます。


またこんな面白い話が思いがけず聞ける可能性があるかもしれないんだから、あと一回くらいは買ってもいいかな、というところでしょうか。



徳欽ー梅里雪山展望台 10元
梅里雪山展望台ー徳欽  5元
徳欽ー維西バス    76元
posted by 牧場主 at 00:00| 佐賀 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | またまた旅に出ました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月22日

今日も移動。北へ北へ




#節操しらずの旅日記2
ー中甸ー徳欽

久しぶりの中国寝台バス(臥輔車)。


人より若干大きめのわたしだから、横幅50センチくらいのスペースはかなりぎりぎり。しかも左右どちらかに寄りかかれる窓のない真ん中の列。さらには上段だから「落ちる」可能性だってゼロじゃなし。そりゃあもう大変っす。

寝台バスに乗るんだから当たり前といやあ当たり前のことなんだけど、こうした「旅の知恵」を少しずつ忘れてるわけだよね。


さあて中甸(シャングリラ)には午前8時半に到着だから13時間。


標高約3300mだから相当な寒さを予定してたんだけど、こちらは「想定外」。なんか昨日の昆明のほうが寒かったと思えるほど。


ところで、ここシャングリラこと中甸。

1年3ヶ月前に初めて来まして、そのとき十分堪能させていただきました。町に物があふれているのはあまり気に食わないんだけど、近くのお寺や旧市街なんかはチベット情緒にあふれててなかなかのお気に入り。


後ろ髪を引かれなくはないんだけど、ここはきっぱりすぐに北上。バスターミナルで聞けばわたし的第一目的地である徳欽へのバスは9時30分出発だということ。渡りに船でチケットを購入。


心ばかりの朝食&おやつを買い出してすぐさま次のバスに乗車するのでした。


目指す徳欽は雲南省最北の県で、北はチベット自治区と隣接。そんな場所だから山があります(笑)。


雲南省の最高峰「梅里雪山(カワカルポ6740m)」


チベット仏教徒的には聖地なんだけど、わたし的には6000m級の山々が13峰も連なったその絶景を見てみたいというのが願望。


旅立ちにあたって、低地の俗世界ですさんだ心をまずは洗い清めよう

というところでしょうか。


中甸から徳欽までは187km。
この距離を走るのに一体何時間かかるでしょう?


その回答によって、答える人の「移動遍歴」が分かるというもの。


正解は7時間。
平均時速は約27キロ。


首都圏の渋滞道路を走るようなものでしょうか。
もちろん混んでるわけないし、信号などもほとんどなし。


すべては最高時速が多分50キロくらいしか出ないおんぼろバスと、アップダウンおよび左右のくねくねがすさまじい山道が原因。今回の旅程では、最高地点は標高4292mで、もっとも低い地点との差は2000m以上。

ちなみにチケットを売リ場のおばちゃんは「5、6時間かねぇ」と言ってましたから、比較的良心的でした。



路上のチベ人.jpg

◎参考写真:車窓からの風景には特に見るものなし(笑)。


またしても乗り物に弱いチベット人を見たくらい。


一人、また一人と窓をあけては豪快に「ごぼっ」「うげぇ」と言ってました。

ほんと馬には強いはずなのにねぇ


ところでバスには日本人旅行者も二人乗ってました。


どうやらカップルみたい。仲良さそうに座っているのに「カチン」ときてしまったんでしょうか、けっきょく言葉は交わしませんでした。


まあ今回に限らず、最近のわたしの傾向としてどうも日本人旅行者としゃべろうとしませんね。


だいたい最近の若者は…

なんてオヤジ臭く思ってるわけでもないんでしょうが、比較的メジャーな旅ルートをとる今回は多くの日本人とすれ違うはず。さてわたし的スタンスをどうするか、早急に決めなければならんようやね。


そんなたいそうなことなのか?という話ですけれど…


中甸ー徳欽バス    50元
宿(徳新蔵新楼ドミ) 20元

posted by 牧場主 at 00:00| 佐賀 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | またまた旅に出ました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月21日

うまい米線やはり地元



#節操しらずの旅日記1
成都ー昆明ー


うん。やはり眠い。


空港行きバスは6時半始発のはずなのに、やってきたのは7時近く。
もうチェックインゲートがしまるぎりぎりに到着して、あわただしく搭乗手続きと身体検査。こんな予定不調和的なできごとも、


「とうとう始まったねぇ」

という雰囲気で、悪い気はしないもの。



飛行機はたったの一時間。2回目の昆明。初めては1995年12月。
ちょうど10年前やね。


あの時と違うことといったら、わたし的にはちょっとばかり年をくってそれなりに中国語が分かるようになったこと。一方の雲南的には多分相当開発が進んでいるんじゃないか、と。


ゆっくりその辺を比べんのも楽しいんだろうけど、旅の目的はまず北上なわけで、空港から路線バスに乗って昆明駅近くで下車。そばの長距離バスターミナルへ。中甸行き午後7時半発を無事購入して何とか一息。足さえ確保できればやはり落ち着くというもの。


バックパックを寄存処にあずけて町歩きに出発。


って、昆明。
なんでこんなに寒いわけ。


機内アナウンスで午前10時が摂氏3度。
そろそろお昼時だけど、一向に暖かくなる気配はなし。


一年中春のように穏やかな気候だから授かったというこの町の別称「春城」というのははったりやね。


とにかく昔の思い出をたどろうと町を南北に貫く北京路を歩き始めたものの、やはり10年という年月は相当なもの。かつて通った小籠包がおいしかった食堂も、性病のどぎつい患部写真を堂々とはっていた薬局も、景供行きバスチケットを買ったボックスサイズのミニミニ旅行代理店も、ことごとく姿を消しておりました。


もっとましなもん覚えとけよ


という突っ込みはやめてください。


さてお昼どき。
ご飯はやはり雲南の名物料理でしょう。
てなわけで過橋米線のお店に吸い込まれるわたし。


この過橋米線。

熱々のスープの入った椀(土鍋系)のほか、肉や野菜、鶉の卵などの具、それに米で作った麺(米線)を盛った皿がそれぞれ別々にテーブルまで運ばれ、客の前ですべての具をスープに入れていただくというもの。鳥ガラベースのスープの表面には鳥油で膜を張り汁が冷えるのを防ぐという工夫もあって、とにかく熱々がおいしい麺料理。


成都でも塾長お気に入り、ということもあり、ちょくちょくいただいてたんだけど、やはり本場。格が違いすぎました。


たまたま入った店がよかったのか。
入り口でもらったティッシュによれば



米線老字号.jpg

◎参考写真:「建新園」という名の老字号(老舗レストラン)で1906年創業。



それはまあ向こうさんの都合なんで、わたしとしてはとにかく

でかい!

大盛りもいいとこ。お椀がわたしの頭くらいの大きさ。


うまい!

これまでのスープは若干とりの臭さが感じられたんですが、ここのは本当にさっぱり。あの辛いもん好きのわたしがテーブルにある辣椒油に手をつけなかったのだからこれはすごいことでしょう。



さらに散歩を続けてると、見慣れた買い物袋を下げた人たちが徐々に増えてきたので、あるかなぁ〜と思っているとやっぱりカルフール(家楽福)につきました。


で、何ですか。
ここの日本食(日本進口)コーナーの充実ぶりは。


ポン酢(大瓶)にトンカツソース&ウスターソース。白糖、みりん。シーチキン。しょうゆ。シチューのもとにカレーのもと。


いったい誰が買うんだ。こんなに


と思うくらいの品揃え。


おいおいフランス資本に負けとるやないか
ヨーカ堂さんもっとがんばってね。


でした。



さてまだまだ時間があるので散歩続行。

雲南大学と雲南民族大学に道場やぶり。


われらが四川大学以上に「ゆるい」という評判の雲大なので、いったいどんな(いかがわしい)ところなのかと期待していったんだけど、キャンパス内に教会っぽい建物があったりなんか、まるでミッション系大学みたいな雰囲気。敷地もそれほどでかくなく、川大が学食住が一体化した「大学城下町」みたいなのりだとすると、雲大は本当に大学キャンパス。


さらに道路向かいの雲南民族大学。

ぱっと見からまず、西南民族大学ほど族っぽさはなく、普通の建物。もちろん今は春節前で学生がほとんどいないという背景もあるはず。せっかく東南アジア系の学生を期待していたわたしには残念な結果。まあ今後南下すればいやでも目に入るんだけど…。



そろそろバスの出発まで一時間。


なんか旅行中とはいえ、視点は完全に中国在住者だよなぁ


そう思いながら昆明を後にするわたしでした。



成都市内ー空港バス 計6元
空港ー市中心バス   1元
昆明ー中甸バス  196元
posted by 牧場主 at 11:58| 佐賀 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | またまた旅に出ました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月20日

節操しらずの旅日記0



成都


明日から旅に出ます。

中国雲南省からラオス経由でタイまで抜けるルート、およびインドに飛んでニューデリー、そしてチベット自治区のラサでロサール(チベット暦の正月、今年は2月28日)を迎えるという、それぞれには何の脈絡もない、まさしく「節操しらずの旅」になりそう。


こんな感じだから、出発前日にしてまだどこに行くか未決。本当は成都発麗江行きの航空券が500元(約7500円)くらいだったんで、「これでいいじゃん」くらいにのんびり考えてたんだけど、5日くらい前に価格が冒頭。一気に700元になってしまい、高嶺の花に。


雲南省での目的はまず北に行って次に南に行く(→節操なし)ことなんで、北方面への経路としては電車、バス、飛行機と何でもござれ。

バス:成都から理塘、郷城経由で雲南省中甸へ
電車:成都から攀枝花へ。そこからバスで麗江、中甸へ


なんですが、40日に満たない時間を有効に使うためにも、ここはブルジョワに飛行機を使うことに。距離的にはかなりの無駄となるけど、とりあえず同省の省都昆明に飛びしょうか、と。


昆明への航空券は税込み420元(約6300円)。

でも安いから朝の8時10分発。今日は塾長の同学たちとの最後の夜だし、まだ荷造りなんて何もしていない。またとんでもない時間に起きなきゃいけないことになりそうだなぁ。


まあ、こんな感じで旅立ちます。

へんぴなところが好きなんで、そうやすやすとブログ更新できないかもしれないけど隙をみつけては近況を報告するつもり。

今後ともよろしく、です。


成都ー昆明航空券  420元

※日記の終わりの出納簿には交通費、宿代、ビザ代など一般的に有益な情報を選んでのせるつもり。だから一日何本ビールを飲んだかなんてことは決して教えません(笑)。


posted by 牧場主 at 00:00| 佐賀 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | またまた旅に出ました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月19日

せこいのはわたしです




「ダブル導遊(D・D)」本日のミッション。



れでぃには

しょっぴんぐにて

よろこびを
          (読み人知らず)



ということで

どんな観光地に連れてくよりもおそらくは効果的。
買って買って買い倒れてもらうことにしました。



はじめは青羊宮近くの骨とう市場。


古札、絵画、ろうけつ染め、仏像、玉、服、絹製品、昔の漫画、毛沢東語録…


とにかく買いそうな人がいそうな雰囲気がちょっとでもしそうなモノだったら、ダメもとでならべちゃえ


みたいなものまで売ってるから、とにかく西洋で言うところの「のみの市」チック。


でもわたし的に触手の動くものはなし。


でも日本からのめいにゅう2人組にとっては、色々とくすぐるところがあったみたいで、



自分で石を選べる翡翠のブレスレット
翡翠の小石を使った携帯ストラップ

手織りっぽい小物入れ(巾着?)

怪しげな虎の置物


などを続々とゲット。



ちなみにこの日の成都

体感気温4度、風吹きすさけば1度。


よくもこんなに寒いのに買い物する気になるねぇ〜


あぁ、ホカロンですか。
準備のいいことで。


すごいねぇ〜

すごいねぇ〜



多分今が一日のうちで一番温かいはずの時間帯なんだろうなぁ


と思いつつも無駄な願望。
つま先を凍らせながらのバス移動。


成都北駅を過ぎ、線路の下をくぐり、一気に途上国っぽい風景の広がる成都北部エリアへ。


物欲第2ラウンドの舞台となるのは


「大西南茶葉専業批発市場」


成都にある大きな施設が大概そうであるように、ここも多分「中国西南部一」のお茶マーケットなのではないでしょうか。


でも、例えばかつて授業で参観したここ→
http://itoyama.seesaa.net/article/4059868.html

のように、中国各地(含台湾)からありとあらゆるお茶が集まってきます



と言うわけではないみたいなんですが(苦笑)…。


でも町中よりは品揃えは格段に違い、たぶん値段も安いはず。


もちろんそんな些細な比較なぞ日本から乗り込んで来た買い物女王たちにはまったくの無関係なようで、


試飲して感動→購入、

試飲せず衝動→購入

試飲して購入、更に追加購入


の繰り返し。
結局のところ、


緑茶
ジャスミン茶
烏龍茶
プーアル茶
花茶



この市場に売っている主立ったジャンルのお茶はすべてフォローしたんじゃないでしょうか。ほんとうにどん欲です。



ちなみにわたしたちと同時並行的に、もう一つの日本人グループもこの茶葉市場を徘徊しており、同じくどん欲に茶っぱおよび茶器を購入していった模様。


みなさん

わたしは本当に頭が下がります。わたしなんて、わたしなんて、出される試飲のお茶をただただこつこつと飲み干すのみ。

いっぽうで、アポロチョコ(円すい)型に固めた、おそらくは一個数角(≒5円)程度のプーアル茶を2個もらったときなどは、それだけで気分よくなってしまいました。まあせこいもんです。




それにしても「買い物」というニンジンをご提供したおかげで、来賓のお二人にここまで満足していただけるもんなんですね。本日はまんざらでもない感じでいられた「DD」なのでした。
posted by 牧場主 at 00:00| 佐賀 ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | まちかど歩けば新発見 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月18日

いまさらのパンダ基地



塾長の高校時代の同学(同級生)が幼なじみと成都にやってきました。


辣煙旅情美女2人旅


といったところでしょうか。
ネバーランドという名の「底なし沼」にまたしても無防備な子羊たちが誘い込まれたわけです。


これは日系四川人として丁重に遇せねばなりません。とにかく


「おもてなしの心」


なのです。

塾長とわたしの「ダブル導遊(DD)」の出動。


ショッピングをはじめに柔らかめのジャンルは塾長
日中問題の未来までも見据えた堅めのテーマはわたし


この「DD」。
まさに完璧な組み合わせです。



いきなり四川の洗礼を喰らわしてやろうと、「成都大熊猫繁育研究基地(略称:パンダ基地)」にお連れしました。このパンダの繁殖センター。成都市内にあって合計十数頭ものパンダを屋外で気軽に見ることができるという格好のお手軽観光ポイント。わたし的には3回目。塾長にいたっては8回目だそうです。


もう庭ですな


そりゃもう何の心配もありません。
日本からの2人。
可愛そうだけど120%満足させてあげましょう。


と思ってたんですが、


塾長。


ただのデートではありませんか。
あなたのは。


そりゃ女朋友(同行者)は大切ですよ。

ですが、日本を離れてまだ24時間経っていない人たちにその中国式全開のいちゃつきモードはいけません。


二人は鳩が豆鉄砲で目がテン
完全放置プレイを喰らっておりますよ。




レッサー.jpg

◎参考写真1:そりゃあくびも出るわな。小熊猫(レッサー)君





パンダ.jpg

◎参考写真2:いやいや大熊猫の方はなかなか興味津々みたいで



要するに、

日系四川人の生態(なれの果て)もつぶさに見てもらった


ということですかね(笑)。



さてせっかく導遊(ガイド)気分なので観光情報謎を追加で。


このパンダ基地に行くには1番バスの乗り継ぎが便利。


武候祠前からは町の中心部(塩市口)を経由して石羊場(昭覚寺)バスターミナルに向かう市内1番バス。ターミナルでは郊外行きの1番バスに乗り換えてください。市内向けがが多数発着する乗り場から南にちょっと歩いたところが市外ボロミニバス乗り場。でもちゃんと敷地内です。長距離バスの停車場のような所でしょうか。停車して客待ちしてるとは限りませんからとりあえず


「熊猫基地、熊猫基地」
「ションマオ・ジーディー、ションマオ・ジーディー」


と連呼しながら正しい場所に近づいて待ってみてください。


とにかく武候祠から合計2元(30円)でいけます。


何のためらいもなくタクシーを乗れる方。
パンダ基地までは片道30〜40元(500円前後)でしょうか。
3,4人の連れだったらこっちの方がお得なような気がします。



入場料は30元。
学割はききません(怒)。



お土産は基地前のロータリー付近に何件か店(私営)が出ています。


はっきり言ってぼってきます。
全長20センチ程度のパンダ人形、パンダ型のスリッパだったら20元までは下がります。
それ以上まけさせかったら、


「栞(しをり)をつけろ」


と言ってみてください。
一つ一元のセット(4枚入り)を結構簡単につけてくれます。


あと、最後に。

やっぱりパンダ基地には朝行きましょう。
12時過ぎだとオヤジ連中(3歳以上?)を中心にだらけモード。
稼働率はかろうじて4割程度でした。



基地内は結構広くまた起伏もあるので、歩きやすい靴と飲み物も装備すればあなたの思ひ出、ベターがベストに変わることでしょう。



参考サイト:

成都大熊猫繁育研究基地(中国語)
http://www.giantpanda.org/pandabase.htm
posted by 牧場主 at 00:00| 佐賀 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | まちかど歩けば新発見 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月17日

美女に食次は何の都?


成都は「原始林の都」


【1月17日=華西都市報】

4カ所の自然保護区の面積をあわせれば、成都の総面積に占める「原始森林(原生林)」の割合は10分の1にも及ぶ。これは省都級の都市では全中国において最大規模だ。


翡翠色に美しく重なりあった山野、深く幽玄な森林、底の見えないような深い峡谷、無邪気さが可愛らしいパンダ…これらはすべて神話の絵巻物に出てくるような光景だが、どれも成都の真実の光景、この都市に世界でも数少ない「原生林の都」としての役割を与えている。

成都市林業局から知り得たところによれば、にぎやかで娯楽にあふれ、ファッション的な成都市の裏の一面としては、実はこのように自然にあふれた原始と野生の成都が「隠され」ているのだった。市内にある4カ所の自然保護区をあわせると、成都の原始林のは総面積の約10分の1。成都は原始森林および国家級自然保護区の面積が最大、野生動植物の種類が最も多く生息する省都なのだ。


☆A
エコ成都、自然保護区をつなげる

成都市内を流れる河川は多く、気候は温暖で湿潤、地形や植生は複雑多岐、このため野生動植物の資源は非常に豊富で、成都市は先頃相次いで、崇州藏子河、大邑黒水河の両省級自然保護区、および都江堰龍渓ー虹口と彭州白水河の両国家級自然保護区を制定した。4つの自然保護区の総面積は1101.11平方キロメートル、全市総面積の8.88%にも及ぶ。

成都自然保護区の最高海抜は5364m(大村黒水河保護区苗基嶺)、高低差は4434m。独特の地理的環境と気候の垂直分布は完全な自然体系を形成している。常緑樹林から高度をあげるにつれて荒涼とした石の山肌へと変わり、そこには7種類の植生が垂直に存在している。白亜紀や第三紀からの植物も多くを残しており、域内の植物組成は複雑。その起源も古く、中には漢方薬の材料や観賞用の花きとして使われるものも多く存在する。


☆B
エコ成都 希少動物多く生息

成都の4大自然保護区はションライとミンシャン山系という2つのパンダ生息地帯を結ぶ重要な回廊地帯に位置するため、両山系のパンダの群れを交流、繁殖させるために非常に重要な役割を担っている。

4つの自然保護区内にはパンダ、キンシコウ、ターキン、緑尾虹雉など国家一級重点保護動物11種、レッサー・パンダやアカゲザル、ツキノワグマ、水鹿、紅腹ジュケイなど同2級重点保護動物47種類、マエガミジカなど省重点保護動物、さらには銀杏、蓮香の木、紅豆杉など20数種類の1,2,3級保護植物を持つ。この成都自然保護区の際だった原始性、多様性、希少性、代表性は、自然環境を総合的に考察する恰好の基地としている。


☆C
もの凄く野生な成都、四季の変化多種多様

昨年、本紙記者は、成都林業局野保処の職員の引率のもと、4つの保護区に入り、大自然のすさまじさを実感。保護区内にはいると、そこは一枚の美しい絵巻物の世界。さらさらと流れる渓流、高くけわしい峰峰、深淵さの想像もつかない峡谷、壮大に虹を浮かばせる滝、深くて幽玄な原生林、無邪気で可愛らしいパンダ、群れをなすターキン、それぞれがきらびやかで美しい自然の光景をつくりだしていた。

季節の変化に従い、また時間が経つに釣れて違う表情を見せる自然。春、山野の花は色とりどり奔放に咲きそろい、夏には広々と果てしない樹海やしぶきの飛び散る瀑布。秋になれば紅葉が山肌を美しく染めあげ、冬は空高く山は白銀の世界。加えてこの地方の神秘的な伝説や古刹の鐘の音や読経の声…自然の風光と一体化して、ほかには存在しない観光名所を形成した。


◎無作為調査
成都人原始林を知らず


「あなたは成都に原生林があることを知ってますか?」
「成都にはどんな希少野生動物がいるかご存知?」


年齢や職業、文化程度の異なるの異なる100人に対してこのような調査を1週間にわたって行った。昨日まとまった調査結果によれば、回答者たちは全員、自分たちが生活するこの成都は、いわゆる娯楽が多く、美女と美食の町であることは認識。しかし成都人の9割が、自分たちが「原始森林の都」に生活しているという意識はなかった。さらにはどんな希少動物がいるのかを述べられる人は更に少なかった。


成都のあるテレビ局で働く女性の鄭さん(大卒)は、成都にどんな原生林があるのかこれまでまったく知らなかったと説明。さらに「成都に生息する野生動物」について、成都生まれ成都育ちの李さんの回答は「パンダはいるさ。成都動物園にね」というものだった。


調査に応じた100人の中で、80%が「成都には原生林はない」と回答。10%が「知らない」。残りの10%のみが明確に成都の原生林の大まかな位置や方角を指摘することができた。

野生のパンダやレッサー・パンダ、キンシコウやジャコウジカなどの希少動物をあげることができたのはほんの13人だけだった。


◎関係資料
成都の自然保護区(計4カ所)


崇州藏子河省級自然保護区
面積101.414平方km。ションライ山系龍門山山脈中程の東の縁、崇州市の西北部。北側は臥龍保護区に隣接している。

都江堰龍渓ー虹口国家級自然保護区
面積300.15平方km。成都西北部のミンシャン山系、成都からは80km。

白水河両国家級自然保護区
面積301.5平方km。成都平原の北部彭州市内に位置する。パンダなどの希少動植物を保護する自然保護区としては成都からは最も近い場所にある。

黒水河省級自然保護区
面積398.05平方km。四川盆地の西の端にある大邑県。北は臥龍、北西は鞍子河自然保護区と接している。



成都原始林.jpg

◎参考写真:どれだけ知ってる動物がいます?わたし「通」だから○種類(秘)


原文はこちら→
http://www.wccdaily.com.cn/2006/01/17/20060117412594170683.htm


【評】

一面トップの記事です。


あの文化程度の高い成都人でも10%しか知らなかったわけだから、四川によほど詳しくないとこの「原始森林」が成都のどこにあるのか分からないのではないでしょうか。


かなりざっくり説明しちゃえば、「成都の西側一帯を縦方向に分布している」と思って貰えれば結構。


原始林を越え、山の頂を越えれば、チベット語の世界。


中国とチベットとの○境には、それほどに人の手が入れない隔絶した緩衝帯があったという証拠ですね


なんて言っちゃうと、ますますわたしが「悪い子」に勘違われちゃうかも知れませんね。



ところで記事中には、都江堰市、崇州市、彭州市などの地名が出てくるほか、「成都から80km」なんて表現もあって、混乱される方もいるかも知れません。


成都市の場合、人口300万人程度の純然たる「成都市(中心部)」と、その周辺にある市や県(だいたい10自治体くらい?)を含めた「大成都市」という概念があり、今回紹介された「原始森林」があるのはどれも大成都市のエリア内です。大成都市だと人口は1000万人くらいにまで膨れあがります。


なんでそんな紛らわしいことをするのか、まともに考えたことはありませんでした。調べりゃすむはなしですが、凶はかなり疲れたのでまた今度でご勘弁を。



それはそうと


確かに「成都に原始林」は新しい視点だと思います。たぶん華西都市報、昨今のエコブームの風に乗って、キャンペーンを張って行んでしょうね。時期が時期だけに一年間。これで攻めるのでしょうか。


わたしの望むことはただ一つ。


野人のようにだけはならないでくださいね!
http://itoyama.seesaa.net/article/6555363.html
http://itoyama.seesaa.net/article/11155273.html


自分が百分の13に入る「成都通」だということが分かったんで、ちょっと嬉しくなってこれくらい★★★★☆。
posted by 牧場主 at 00:00| 佐賀 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | これは面白ニュース!? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月16日

きょうという凶は今日




欲理新絲乱
閑愁足是非
只困羅網裡
相見幾人悲



たった20文字の五言絶句。
これにもう、わたし絶句(駄)することに。


さらにはこう続くんです。

○ぐわんもう叶ひがたし
○病人おぼつかなし
○うせもの出がたし
○まち人きたらず
○やづくり、ひきこし、わろし
○たびだちあしく
○よめとり、むことり、人をかかへるわろし



浅草の観音さん(浅草寺)でお参りついでに何気なくひいちゃったおみくじ。
100円の投資の甲斐なく「凶八十九第」の文字。

みごと「凶」だったわけですが、未来前途洋々たる大海にこぎ出さんとするわたし。


古文漢文に拒否反応を示したというのもあったんですが、難しそうな文を斜め読みしただけ。大して気にも留めるわけじゃあございませんでした。中国人がこの五言絶句を分かるかどうかを確かめたくて、財布の中に忍ばせたままにしてたんです。



それがこんなかたちで皆さんにご披露することになろうとは…



本日。午後2時50分発中国国際航空機CA916便は珍しく定時に福岡国際空港を出発。上海で乗り換えた後、じゃっかんの遅れながら午後8時前には成都双流国際空港に到着。



塾長ただいま〜
もうちょいお世話になります

おう火鍋隊西家
また会ったね


などとスマートな挨拶もそこそこに、さっそく午後10時過ぎから不健康きわまりなくシャオカオ行き。



どれどれメモリー的写真を撮ろうとしたとき。


おっ新しいね。そのデジカメ


「まあね」


あれ、動かない。

ズームができない。


(わたしの一挙手一動足見守るみんな)


ちょっと引っ張ってみよう。

あっ動いた。


あれ、今度は引っ込まないねえ。


じゃあ押してみるか。


「ぺきっ」


「.....」

「あっ」

「あっ」    

               「阿っ」

 
  「あっ」 
      

「あっ」




「うああぁぁっー」



壊れちゃいました。
壊しちゃいました、というのが正しいのか



★デジカメ・フラッシュ・メモリーカード(1GB)

またまた買っちゃいましたデジカメ。今回はRICOHのCapliaGX8。チャームポイントはやはり乾電池仕様。コンセントから充電できる環境って高度4000m越えるとなかなかあり得ないしね。もちろんうつり具合もわたしは好き。1GBもメモリーあれば相当長い旅でも対応できるはず(from 1/15的日記)



「去年のハードラック、まだ続いてんじゃないの」

とは塾長。



「う〜ん。そういやこんなもん頂きました」

と財布からぶつを取り出すわたし。



「どれどれ…」
「なになに…」

白い一片の紙をのぞき込むみんな。



願望:かないにくいでしょう

病気:おぼつかないでしょう

失物:出にくいでしょう

待ち人:現れないでしょう

新築・引越:悪いでしょう

旅行:悪いでしょう

結婚・つきあい:悪いでしょう



絡んだ糸の乱れを戻そうとすることが困難であるように、心の苦しみをなくそうとするのは苦難でしょう。


独り静かに悩みや悲しみの多くを抱き、物事の善悪さえ見つけにくいことでしょう。


魚が網に絡まれて身動きができぬように、もがき苦しむでしょう。


自分も周囲の人も悲しみ、悩み事が多く耐え難いものでしょう。けれど信心すれば、逃れられることでしょう。



一文一文を声にあげて読んでは、耐えきれずに爆笑される皆さん。



占いってこんなに容赦ないことを書くもんなのね


と一縷のフォローすら付け入る隙を与えない浅草寺の伝統の技に恐れ入るわたし



辛うじて最後に

「凶が出た人も畏(おそれ)ることなく、辛抱強さを持って誠実に過ごすことで、吉に転じます」


と慰めの言葉。
でも続いて、

「凶の出た人は観音様のご加護を願い、境内の指定場所にこの観音籤(くじ)を結んで、ご縁つなぎをしてください」

と成都のわたしをさらに絶望のふちに落とし込むようなせりふ。



ふんだ。


観音様だったらどっかで繋がってるはずでしょ。そのうちチベットNo.1のすっごい観音さんにご縁つなぎをしてもらいますから。ね。



それまでの間、順番待ちしてるかもしれない次の凶事さんたちにお待ちいただけるかだけの問題です。
posted by 牧場主 at 00:00| 佐賀 ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | 他にもまだこんなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月15日

負け戦覚悟ながら托業




托鉢でも託送でもない托業。
托福とはお友だちですね。


隠してもしょうがないので、托業はTOEIC。英語の試験みたいです(ちなみに托福=TOEFL)。



ちょうど帰国時期と重なっていたこともあって12月にインターネットで申し込み。本日、受験してきました。受験地は福岡大学。去年開通したばかりの地下鉄3号線に乗ってきました。



ごめんなさい

もうぎりぎりでした。


もちろんテストが、です。



ちなみにわたしには過去2度受験した思い出(笑)があります。



英語は使わないと忘れる


と言われてるけど、最後に受験してから7年間。わたしの英語能力はどうなってるんだろう、いう興味があっての受験。


もう一つは今年夏には英語がぺらぺらになってないとちょっと困りそうなので、その前に現状を把握するという意味で、がんばり始めるための「スタート地点を定める」という作業でもあります。ですから事前勉強は一切しないでの受験。だから、



ごめんなさい


思えば英語、中国語、チベ語と三足の草鞋をはくなどと大言壮語。こんなこと(→http://itoyama.seesaa.net/article/6702933.html)ほざいてたこともありました。


ほんと、ごめんなさい


できもしないことを中途半端にかっこつけて言うべきじゃないですよね


かつて数値化したわたしの言語能力。途中経過を報告するなら、


日本語  85(ー5)
中国語  55(+5)
英語   60(+20)
チベ語  15(+15)


くらいじゃないかと思ってました。今日のテスト受ける前までは。



昨年9月時点は確かに英語が出てきませんでした。


I(私)をwo(我)と口走っていたくらいですから。


それから比べると英語は20UPしたんです。
でも全盛期は多分80くらいはあったわたし的英語能力。
20しか回復してなかったというほうがいいみたい。


やっぱり、ごめんなさい



と言いつつ、全部マークシートは埋めたんで、


4択の神様に気に入られないかなぁ。そうすりゃ前回上回るかも


と逃避モードに入ってしまいそうです。
今度こそちゃんと事前に勉強します。頑張ります(真意薄)。



ついでに言えば先学期、中国語も伸ませんでした。

当たり前です。中国人とは日本語で交流してるわけですから。ホントわたしは人が良すぎます。


何か刺激(口実)がないとさらに勉強しないと思うんで、5月にHSK(高級)を受けるつもりになってます。もちろんラサにて受験は不可能。このころくらいには「都会が恋しくなるだろう」という目論見があるだけなんですが…。



チベ語はこんなもんでしょう。一年で40までいくのが目標ですが、半年でその半分には到達できませんでした。今後の伸びに期待です。




「への突っ張りはいらんですぜ」


どうですか。
解説のアデランスの中野さん。


「お〜言葉の意味はよく分からんがとにかくすごい自信だ」


ということにしときます。
posted by 牧場主 at 00:00| 佐賀 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 他にもまだこんなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月14日

物欲モードもう弾切れ




まずはこれ見てちょうだい


            予定購入価格    そして実際は 

iPod(20GB)復活費   1万  円      8200円
ポケットPC      1万  円    1万0170円
デジカメ        4万  円    3万6000円
メモリーカード(1GB)1万  円      8000円
フラッシュ       5000円      5980円
ソーラー充電池セット  1万  円    1万0500円
中型リュック      1万5千円      9000円
アーミーナイフ       5千円      4000円

電子辞書        2万7千円    2万8000円
チベ語辞書       3000円      3800円
中国語教材       2000円      2800円

内蔵DVDドライブ   3万  円        不要に
マックメモリ1GB   2万  円    2万0160円


東京往復交通費     1万2千円    3万5800円

合計         19万9千円   18万2410円





今だから明かしますが今回の一時帰国。これは別名、


仕入れの旅


でした。
上京したのも友情を隠れ蓑に実はそのためだったという噂もあり。



間もなく物質文明の世界から離れ、精神文明の土地に引き籠もるわけなんで、この年にして悟りに達してしまわないためにも、現世とのつながりを失わないような万全の準備が必要なんです。


登山家が山に挑む前にさまざまな上京を想定していろいろ装備を整えるのと似たようなもんです。


物欲.jpg

◎参考写真:どうですか。このアイテム群。頼りがいありそうでしょ。ねっ?



さて。


ちょっとずつ個別に紹介。


◆iPod
20GBモデル。充電池が極端に働かなく、さらにはパソコンとの同調もできなくなったんでその
役割を新参のiPodShuffle(1GB)の方に奪われてましたこの旧iPod。今回修理に出したところ、この値段で新品に交換してもらいました。新品といえど旧モデルなんで写真などは見れません。でも20GBの携帯HDDをゲットしたと思えば安いもんでしょう。


◆ポケットPC

ためた日記をまとめて書くことほどおっくうなことはなし。旅先でも毎日日記をしたためられ、デジタル保存できるようにと購入しました。WindowsCE機なので起動は超速。さらに単三乾電池で動くとこがミソ。要するにブログ続けるためよ。殊勝な心がけザマス。


★デジカメ・フラッシュ・メモリーカード(1GB)

またまた買っちゃいましたデジカメ。今回はRICOHのCapliaGX8。チャームポイントはやはり乾電池仕様。コンセントから充電できる環境って高度4000m越えるとなかなかあり得ないしね。もちろんうつり具合もわたしは好き。1GBもメモリーあれば相当長い旅でも対応できるはず。


◆ソーラー充電池セット

今回の仕入れの「目玉」ね。これ。写真でも真ん中に置いちゃいました。これで単三、単四型充電池にどんどん電気をため込み、上記の機器類を無限に使いこなすわけ。今でこそ色んなものが手にはいるようになったチベットですが、やはり平地よりも値段は高め。対して太陽はタダ。しかもわたしの美肌には大敵ですが、極上のソーラーパワーが手に入るわけだから使わぬ手はなしでしょう。



◆中型リュック

民族大学近くの人民商場で購入した60元リュック。日本帰国と時を同じくして律儀に壊れてくれました。やはり信頼に足るものはこれくらいの値段はしちゃいますね。


◆アーミーナイフ

これで3代目。ナイフや栓抜き、はさみなど十数種類の機能があるけど、わたし的に一番使うのは「ようじ」だったりする。



◆電子辞書・チベ語辞書・中国語教材

電子辞書はいわゆるあれです。なくしたやつ。同機に再登場願いました。これでだいぶリュックが軽くなるはず。チベ語辞書は日藏藏日版。いわゆるやる気のあらわれですな。中国語は「シャドウイングで学ぶ中国語文法」というやつ。チベットでは中国語がしゃべれるようになりたいと思ってますから(笑)。


◆内蔵メモリ1GB

とうとう買ってしまった1GBメモリ。やっぱ高いね。でもiPhoto(写真閲覧ソフト)なんかの起動が相当遅くなったと感じてたんで、増設しちゃいました。これで合計1.25GB。10年前はほぼ同額で128MBメモリを買ったこと考えれば感慨深いですな。内蔵DVDドライブの方は結局問題なし。TSUTAYAから借りてきたいろんなDVDを何枚も焼きまくってますが、そのご「ぷしゅん」言うこともなし。もうPBG4を信じ抜くことにしました。



こんな感じです。


東京往復の交通費まで含めると


20万円!!


近くになっちゃいました。


すべては帰国前からほしい、いや絶対買うんだと思ってたもんばかりで、衝動買いは一つもありません。でも合計でこんなになるとは全く「想定外」でした。単に足し算すればいいだけの話なんですが…。まあ男が金のことで色々言ってはいけません。



でも。

いよいよもって弾(ぜに)切れ。


これ以上何を買うこともできません。
もう元の世界に戻るしかなし。また絞めていきますよ。財布のひも。


万札とばしまくったくせに一元2元をケチるというのはやはりアホな話とは思いますが、ね。

posted by 牧場主 at 00:00| 佐賀 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 他にもまだこんなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月13日

7年ぶり上京物語・下



東京における事務的な手続きは昨日までに無事終了。


今日はゆっくり楽しませてもらいましょう。お昼ご飯、夜ご飯を友だちといただけばよいだけ。優雅な一日です。




で、まずはランチ。会うのは20歳のころの最初の海外旅行、ベルリンのユースホステルで相部屋になった友人。


同い年。
実家は隣町。
趣味も同じ(旅行、サッカー)


ということで意気投合。


その後、旅の空の下で知り合った人たちがぞくぞく現世に戻っていくなか、わたしと彼、ともに大卒の年になっても、20代後半を迎えても、三十路に踏み込んじゃっても、互いに旅を続けてました。


でもそれからは海外じゃ会わず終い。


だいたい3年に1回くらい日本で面をあわせて近況報告するペース。


そんな彼が「ヒルズ族」になってるというネタを仕入れて会いに行ったわけ。


六本木
森タワー

そして新興の人材派遣会社


全てはわたしと縁なき世界。


そこに身を浸した彼
まさかスーツで登場するとは思わず。



でもランチで食ったのはカレー。


またカレーか


なんて思っちゃいけません。
すでに現在は旅モード。

インドに行けば3食カレーなんての当たり前なんだから…。



前回は多分4年ほど前。その時わたし勤め人、彼旅人なので今とは立場真逆。でもつまるところわれわれの社会の中での立ち位置、スタンスは変わらず。とりあえずはそれの確認をする2人。


時間があれば、つもる話、さらには新しい何かを生み出せるような話もしたかったんだけど、何せヒルズ族。時間に追われております。


「もう内臓も腰もガタガタよ」なんてじゃっかん愚痴も聞かれたけれど、そんなニヒルな感じも往事のまま。好きなとこまで好きにやってほしいかな、と。



さて次会うとき。


互いの立場はどげんなっとるっちゃろか、ね。




どうも東京の公共交通機関、値段の高さが気に入らん。


あとテロ警戒か何かは知らんけど、かつては町中のあっちこっちにあったはずのゴミ箱が極端になくなっているのも気に入らん。



停留所ごとに必ずゴミ箱を置いてる成都とは対照的。

市民の公共心を育てることに躍起の成都が「ゴミはゴミ箱へ」というレベルだとしたら、東京は「ゴミ箱減らして出すゴミへらそう」というレベルのキャンペーンだと言いたいんでしょうか。


でも自販機の横とか、駅の売店のとことか。あるべきもん(ゴミ箱)があるべき所にないってのは無機質な空間がただ広がっただけのようで、いい気持ちはしません。


つねにポケットの中にジュースの缶やビニール袋などを入れたまま。それはコンビニ見つけるまで、でした。




山手線内をうろうろ歩いてたら日が暮れてしまいました。


日が暮れたらもう日系四川人の集い。


この集いは帰国してはや半年。どうやら勤め人をやれているらしい火鍋隊の東家「大王」の呼びかけ。


帰国した日系四川人どもの聖地になっているらしい「池袋」に集合。


そう。
渋谷でも新宿でもましてや銀座でもない池袋。


丞相も東京にいることだし、また四川あたりをさまよってるらしい西家をのぞいた「75%復活」も期待されたんだけど、丞相の方はそうそうに白旗宣言。


仕事とあれば仕方ありません。


またしても半結成にとどまってしまいました。



でもね。その他のメンバーもなかなか豪華。


玄界灘を渡り、そのあふれる愛のパワーによって大王に正午出勤午後1時退社というすごい勤務をさせている釜山のスミ姫。


さらに前日帰国したばかりのmingxizi&meishaの大姐コンビ。四川でなくてもその美貌は○○○でした。


最後の一人がこのたび1年間の留学の幕を閉じたばかりのティエンゴン。

そういや最後まで例の件(→http://itoyama.seesaa.net/article/4650621.html)ことをつっこむこと忘れちゃいました。今度あえばきつくお灸を据えてやりますよ。


日系四川の会改.jpg

◎参考写真1:日系四川の会ですからどうしたって素顔はさらけ出せません



ちょっぴり火鍋かなと思ったんだけど、大王セレクトはyakitori。



わたしは3日後には四川。だから大丈夫。
逆に食いそびれてた日本メニューなんで大歓迎。



焼き鳥を、串焼き、焼きトンをトントンとハシゴしました。


有無を言わさず塩でいただくみんな。


日本人はつくづく塩が好きだと四川の知り合い(中国人)にまた思われてしまうかも知れませんが、このシンプルさが何ともいい。



特に2軒目。

立ち飲み屋をちょっとだけ広くして椅子を要したような雰囲気。
煙がたちこめてて良い感じ。


「つぶしたて」

「つぶしたて」



店内のあちこちにはこの張り紙。

とにかくその日の午前中にばらされたぶーちゃんたちがその日の夜には香ばしく余すとこなく焼かれるわけだ。


焼きトン.jpg

◎参考写真2:すべて一串90円という価格設定も場末チックでよろし


我らが日系四川人のめいにゅう3人以外に女性がいないという男臭さもすごい。


アクセントは絶対中国人チックなんだけど、絶対そのそぶりを見せない服務員の女性もなかなかいい味。


さっそく中国帰りのティエンゴンをけしかけ中国語を使わせてみる。


「小姐」
「給我××」


ざわついた店内、最初の呼びかけには思わず反応してしまったものの、その後は冷静な反応。


「キクですね」
「5本ですね」

決して愛想よく中国ネタで盛り上がったりすることなし。
我々の負けでしょう(笑)。



とにかく東京でこんなに焼酎(芋水割り)が合う料理、店もあるんですね。



話は尽きませんが、何せ終電気にしなきゃいけないのが東京の悲しさ。タクシー初乗り6元じゃないしね。



思えば次の学期こそ四川にがいないつもりですから、わたしも現役引退間近。こちらの「集い」の方に片足をつっこんでいくことになるんでしょう。


とりあえずは日系四川人ラサ支部(当分一人)の世話人代表として、今後は勢力拡大に努めていく所存であります。よ。


posted by 牧場主 at 00:00| 佐賀 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | またまた旅に出ました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。