2005年12月31日

カウントダウンin熊本




昨夜はかつての同事(同期)にまみれて年忘れカラオケin福岡。

同期の女性とわたしとは大学・学部まで一緒だった先輩が入籍間近。


そりゃ確かにめでたいことはいいことだ。


でも相変わらずジントニックを半ダース単位でどしどし頼むのはやめようよ。


でもちょっと大人になったよね。

誰も血流さなかったもんね。



でやっぱりというかここから昼夜逆転現象の始まり。


昼に実家に戻って仮眠。


そして今度は南下。熊本に出発。
仕事人(!?)時代に最後の赴任地だったもう一つの故郷です。


車で一般道なら2時間。高速だと120%で1時間。



チベットつながりで7年ほど前に知り合った熊本市在住の女性タンカ(仏画)師が今年開いたエスニック雑貨&料理屋に顔を出します。


アルチ450.jpg

◎参考写真1:店内で見つけた仏画。インド北部ラダックのアルチ産ですな

このユミさんというタンカ書き(→http://www.thanka.net/)。
何とも欲張りな女性(笑)ですから、大晦日のこの日も普通に過ごすにゃもったいない、とお友だちミュージシャンを集めてCountDown Liveを開くということ。



場所は昔仕事でも何度か訊ねたことのある河原町繊維問屋街。


昔はホントに繊維問屋が集まるエリアだったんだけど、時代の流れとともにゴーストタウン化。いまは空洞化させるよりはまししでしょう、ということで廉価で旧店舗が貸し出されるということになり、若い気鋭のアーティストたちが徐々に集まり始めてるというのが最近のムーブメント。


気持ちは若い(笑)ユミさんもここに5月に店を開いたということらしい。


ライブが始まるのは10時過ぎだということで、それまではお手製インドカレーとインドチャイを飲みながらしばしのだべり話。


「カレーは一番辛くしてください」


そういって作ってもらったカレー。ご自慢の作品だしとっても美味しいんだけど、わたしの麻辣モードはやはり日本では受け入れられないもよう。唐辛子の輪切りちらされたカレーはそれだけで周りの関心をひくらしく、


「なんで汗でないんですか」
「分かった。もう舌が麻痺してるんですよね」

若者たちからはそんなありがたいお言葉をいただきました。


ライブのために集まった彼ら若者たち。多分「麻」といえば窪塚洋介系の「○麻(ま)」のことだと思っちゃって、もっと素晴らしい「麻(ma2)」のことを知らない人たち。


「ああ彼らに火鍋を教えた〜い」


と悪の道に誘いたい気も起きちゃいますよ。
これはあっちよりも「いけないこと」ですかね。



あんまり広くない店内だけど総勢14人。


ペマ忘年ライブ.jpg

◎参考写真2:コンサートは2組のアーティストによる朗らかモード


観客も自由に参加するなど、ぶらっと来ちゃったわたしでも容易にとけ込んでいける雰囲気は旅の宿ちっく。どっかアジアのドミトリーでわいわい語り明かしていたと同じ匂いがしました。


会社には「フィリピンに行く」といって6日間の休みをもらい、実はバカンスなどとはほど遠いチベットに来ちゃった2002年の年越しがまさにこんな感じ。


ちょっぴり強行日程のおかげでちょっぴり高山病入った頭でしたが、ラサのヤクホテルで知り合った旅人(日韓)たちと食堂を借り切って年越しそばパーティー。そして年が明ければ書き初めなんかをした思いがよみがえりました。


「ヒゲがカメラ」


意味不明ですが、これがわたしの作品でした。
当時のわたしを象徴していてなかなかの笑いをゲットできたもんです。



ところで今日はそばではなく年越しうどん。自動車のわたしはスパークリングワインにも赤ワインにも手を出しませんでした。まあめでたい。めでたい。



そして実家にとんぼ返り。
ちょっぴり忙しかったけど、初詣渋滞を避けるにはこれしかない悲しさ。
なかなかいい年の来し方だったと思いますよ。
posted by 牧場主 at 08:03| 佐賀 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | いろんな交流してます | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月30日

マジで転職を考える!?




とは銘打ってみたものの、わたしこの一年半、働くことを完全「放棄」しております。


NEETじゃないよ。誰が言ったか


「永遠の留学生」


だから転職のしようがありません。



でもちょっと最近周りが臭いんです。


風呂には入ってます。


「きな臭い」の方でした。


どうやらわたし。

某巨大圧力団体による嫌がらせを受けてるみたいなんです。自分が被害者なのに「らしい」とはのんきなもんですが、なにも実害はないもんで詳しいことは数日後にでもお話しするつもり。


とにかく、

このブログにて牧場主をこのまま続けられるのかどうか、その瀬戸際に立ってるのは間違いないみたい。電子顕微鏡を使って数万倍ほど大げさに言うならですけど。


で、転職先(ブログの向かう先)として思いついたのが、


「川漁師」


なぜならわたしは


「野山に生きる」(by美人秘書)


からです。牧場でなければ山か川しなないチベット。山の方はきつそうじゃん。




川漁師になるにしても下調べが必要ってことで本日、息子の知らぬ間に某漁協の漁業権をゲットしていた父親たちについて、大分県日田市まで川魚捕りに行ったのでした。



川漁師1.jpg

◎参考写真1:九州一の大河筑後川の支流「高瀬川」。水は綺麗。でも冷たい



まあ父親の本職は自動車屋ですから、漁といっても他愛のないもの。胸まで続いたゴム長靴を着込んで川に入り、魚がいそうなポイントを見定めては網を張り巡らせ、魚を追い込むというもの。


基本的に水深は深くても70,80センチ。魚は地元では「ハヤ(ウグイ)」と呼ばれる隊長せいぜい十数センチの種がメーン。なぜ「ハヤ」を捕るのか。単に「酒のつまみに最高」というのは父の弁。わたしじゃありませんからね。


あと同じような場所に住むってことで網にはマブナ、コモツカ、クチボソなどもかかるときはかかるらしい。でもどれが正式名でどれが地方ルールの呼び名なのかは分かりません。



とにかくポイントは、魚のいそうな所を見つけられるかどうか。


いくら網で囲んでしまうといっても、いくら魚のいない場所に仕掛けたところでかかるのは水草や枯れ木、枯れ枝しかありません。


一度目はまさにそんな悲惨な状況でした。


晴天とはいってもやはり真冬の一日。風が吹けばぶるっとくるような寒い思いして、さらに滑って全身びしょぬれにならないよういつもの何倍も注意して川の中を歩いたのに一体何だこりゃ


と思ったもんです。



せっかく四川帰りの息子を連れ出したのにこれじゃばつが悪いと思ったんでしょう。場所替えにはかなり慎重な様子のお父上。


「ここならよか」

と言って選んだのは護岸改良が行われている工事現場。幸い正月モードのために工事自体は行われてませんでしたが、立ち入り禁止テープも張られたかなりのグレーゾーン。


「相当なりふりかまっとらんな」


これでとれなかった場合はこっちが気つかうよ。なんて考えちゃうくらい。



ところが、



川漁師2.jpg

◎参考写真2:網をかけてものの数分でこうなってしまいましたよ。



わたし実はニッカのシングルモルト「竹鶴」(180ml)をポッケに忍ばせ、隙を見つけてはちびり、ちびりとストレートやってました。


大自然との会話を楽しみしながら、一人フライフィッシングを楽しむ外人さんみたいやね


なんて魚の収穫などあまり興味なし。
久々に飲むウイスキーの芳香にご満悦状態だったわけですが、そんな暇もなくなってしまいました。


次から次に網にかかるアホハヤどものせいで、魚たちを網から外す作業に大わらわ。網自体単純な仕組みなんで、油断するとすぐに逃げられてしまう。さらに基本的に網から魚を外すのは水の中での作業になるんで、もう手が冷たいったらありゃしない。凍ってちぎれそうさぁ。


ウイスキーの酒精パワーなど全5分も持ちませんでしたよ。まったく。



川漁師3.jpg

◎参考写真3:結局主催者発表で300匹の大捕物となってしまいました




ところで帰宅後。

ハヤのから揚げをパリパリ食いながら、ぐびぐびビールを飲んでいたときに考えてみたこと。



チベット人は魚をほとんど食べないんだよね。


理由をある人(イエンレン)に聞いたところでは、「魚は小さい」からだそう。


小魚も人間も牛も皆等しくひとつの命を持っている。

人が生きるために命を殺めることはある意味避けられない「業」だけど、ひとつの命を奪うのならば、できるだけ多くの人たちの胃袋を満たす方がいいに決まっている。だからチベット人は小型の川魚はとらず、もっぱら巨大なヤクを食べるのだそう。



チベ人がもしIWC(国際捕鯨委員会)に投票権を持っていたなら、ぜったい鯨肉賛成派になってくれるはずですね。クジラはでかいからね〜。



ですが、チベ人川漁師はあり得ません。


わたし自身はまったくもって敬虔な仏教徒ではないものの、どうやら


「チベット☆OK漁場」


は実現しそうにありません。



やっぱり牧場系で何か考えることにしましょう。

posted by 牧場主 at 08:03| 佐賀 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | まちかど歩けば新発見 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月29日

わたし的十大面白News




成都 霧を抜け地下鉄時代に進み出す


【29日=華西都市報】

成都地下鉄1号線の一期工事の建設が昨日、立ち込める濃霧のなか、13年間の準備期間を経て始まった。省書記、省人大常会主任張学忠の号令のもと、8発の祝砲が鳴り響き、2台の油圧式シャベルが固い地面の掘削をスタート。成都はこれによって「立体交通」の新しい時代に入った。工事開始記念式典には、省委副書記、省長の張中偉、省政協主席秦玉琴らが出席した。


式には3人のほか、省トップの陶武先、王少雄、李春城、李登菊、晏永和、徐世群などが出席。開工式は成都市長葛紅林によって執り行われた。


地下鉄建造は成都市民にとって長年の夢だった。成都市は1992年12月、国家計委に「成都市快速軌道交通第一期工程建議書」を提出。1999年11月には、一期項目建議書上で補充報告が編制され、再び国家計委に報告された。13年間の努力が実を結ぶ形で2005年11月、国家発改委員会が「成都地下鉄1号線一期工事の可能性についての報告」を正式に批准、これによって成都地下鉄は建設されることになった。


成都地下鉄1号線1期工事は全長16キロ、北は紅花堰から南は南部新区まで。紅花堰、成都北駅、人民北路、文武路、騾馬市、天府広場、錦江賓館、小天竺、省体育館、倪家橋、桐梓林、成都南駅、南三環、新益州、孵化園区など15駅を作り、この中で乗り換えできる駅は7駅になる予定。駅間の最大距離は1487メートル、最少は786メートル、平均距離は1011メートル。総工費は70億元(約1000億円)。計画によれば2006年に工事が全面的に始まり、08年には全線の掘削工事が完了。09年3月にレール敷設、電気関係の設置などを始め、2010年から試運転を行う。




【評】

ようやく成都にも地下鉄時代の到来です。

成都の交通渋滞は北京に比べると規模は小さいながら、市民にとっての体感度はやはりなかなかのもの。ですから、多くの人たちはこのニュースを歓迎していることでしょう。

よかった。よかった。


でもね。

相変わらずお偉いさんの名前より、もっと別のもん書けよ、って感じです。例えば、中国内で何番目の地下鉄なのか、運行はいつからなのか、等々。


だから★★☆☆☆。



おいっ。

きょうは早ええな。



それもそのはず。こんなネタは前ふりに過ぎません。


年の瀬ですよね。


じゃあ、あれをするしかないでしょうが。



へっ?

分かんない?



あれですよ。


年末恒例なのは「10大ニュース」ですよ。


ってことで、今回ノミネートされたのはこの66作品(本)でございます。



2005年12月29日/成都に地鉄新時代到来★2
2005年12月22日/冬至とうじぇん羊火鍋★3
2005年12月17日/全く素直なピカソ鑑賞★3
2005年12月15日/デマで若豚早すぎる死★4
2005年12月13日/劉備は静かに眠れない★2

2005年11月28日/ストリップで批判教育★2
2005年11月25日/お手柄でいいんかいな★4
2005年11月20日/豚も忘れちゃ困ります★4
2005年11月18日/責任持てるんだろうか★3
2005年11月15日/難儀な事件のさばき方★2
2005年11月13日/るろけん売られていく★5
2005年11月09日/ほんと光栄なんすか?★4
2005年11月07日/日中のどら息子比較論★3
2005年11月03日/ポタラからの絶景もう★3
2005年11月01日/清貧旅行の手もあるよ★2

2005年10月31日/「むっ」ときましたか★1
2005年10月27日/本当お化けでたの怪?★3
2005年10月25日/そして王座は族の手に★4
2005年10月23日/美食の宴はまだつづく★4
2005年10月21日/お犬様入校なりませぬ★3
2005年10月16日/激辛王座決定戦だとぅ★4
2005年10月14日/国宝にもPKさせんの?★3
2005年10月11日/スモーカー受難の時代★4
2005年10月09日/アヒル食っとけin北京★2
2005年10月04日/誠意って何だろうね?★4

2005年09月29日/勉強好きかお金好きか★3
2005年09月27日/チベット超女選びます★4
2005年09月23日/成都でも面白捕り物帳★2
2005年09月21日/無人区は無人区として★3
2005年09月15日/「文明」にはほど遠く★4
2005年09月10日/武警医院何でもします★3
2005年09月09日/四川長者番付常連って★3
2005年09月07日/魅力どころか何もなし★1
2005年09月03日/東チベットに野人探索★3
2005年09月02日/火鍋界新しい波きたる★5  下期(9ー12月)計34本


2005年08月31日/新しい顔も当然毛さま★3  
2005年08月29日/自治区40周年ですって★4
2005年08月17日/安宿キープ今から急げ★2
2005年08月15日/曖昧リベンジで大団円★1
2005年08月10日/感情と勘定の見極めを★3
2005年08月06日/取材活動は誰のため?★5
2005年08月05日/これぞ西洋的西藏報道★4
2005年08月04日/バイ菌まみれ中国紙幣★4
2005年08月03日/こうなりゃ台湾留学?★2
2005年08月02日/逆恨み女性…恐ろしや★3

2005年07月25日/福岡一家殺害を考える★3
2005年07月20日/生き急ぎというなかれ★4
2005年07月17日/中国人いらっしゃい!?★0
2005年07月09日/道楽こうして極まれり★3
2005年07月07日/七夕リベンジ作戦失敗★1
2005年07月05日/私酔えればそれでよし★2
2005年07月04日/早くも揺らぐ客観評価★3
2005年07月02日/新「吉田YA事件」勃発★4
2005年07月01日/小ネタでもピリ辛上等★3

2005年06月28日/大学入試オメデタ違い★4
2005年06月27日/火鍋は○でも火炉は×★3
2005年06月23日/開通前から難儀やねえ★2
2005年06月21日/茶っぱの国のPRIDE!★2
2005年06月19日/バレないでこそ手抜き★1
2005年06月16日/あわやタイガース観戦★3
2005年06月14日/出ました"★5つ"です★5
2005年06月13日/殺人容疑で"鉄人"逮捕★4
2005年06月10日/捕りもの・盗られもの★3
2005年06月07日/コスプレ婦警単独潜入★2
2005年06月02日/とどけ告白のともしび★4

2005年05月31日/犬にかまれ主にかまれ★3  上期計(5−8月) 31本



はあ。


変なこと思いついちゃったよなあ…。
もう疲れたよ。


集計結果は以下の通りであります。



下期 5つ星2 4つ星11 3つ星13 2つ星7 1つ星2     
上期 5つ星2 4つ星 8 3つ星11 2つ星6 1つ星3 0つ星1



自画自賛する訳じゃありませんが、星の付け方、ここまでバランスとれてるとは思いませんでしたよ。ちゃんと3つ星が一番多くて5つ星と1つ星が少なくなっている。美しい山形を描いてます。


できれば閲覧数なんかも比較できりゃおも白いんでしょうが、そこまではどうすりゃできるんか、わたし分かりません。



では、わたし的TOP10を選ぶことにしましょう。

もうこうなったら星の数は関係ありません。今面白いもんを選びますからね。あとファンファーレやドラム音は各自イメージでお願いします(笑)。




10位:
2005年07月07日/七夕リベンジ作戦失敗★1


9位:
2005年07月02日/新「吉田YA事件」勃発★4


8位:
2005年12月15日/デマで若豚早すぎる死★4


7位:
2005年11月07日/日中のどら息子比較論★3


6位:
2005年06月13日/殺人容疑で"鉄人"逮捕★4


5位:
2005年11月13日/るろけん売られていく★5


4位:
2005年10月16日/激辛王座決定戦だとぅ★4


3位:
2005年08月06日/取材活動は誰のため?★5


2位:
2005年09月02日/火鍋界新しい波きたる★5



トン、トン、トンと来ちゃいましたから優勝ネタだけはもったいぶって。


では、栄えある TOP1 はこれだっ!!


01位 2005年08月29日/自治区40周年ですって★4


あ〜文句なし。

このせいでわたし人生狂わされましたから。ね。
優勝したチベット自治区には、わたしから素晴らしいものが贈られる予定です(笑)。




《番外編》

☆美写真賞 2005年06月14日/出ました"★5つ"です★5

中国東北部、黒竜江省牡丹江地区寧安市の沙蘭鎮小学校を6月10日午後、「200年に一度」とされる集中豪雨で氾濫した濁流が襲い、児童88人を含め92人の死者を出した大災害。濁流にのまれた児童が白い壁に残した真っ黒な「手の跡」についてはその後続報があり、目撃情報によればどうやらその児童、やっぱり亡くなったようです。写真は時に何万字の言葉より的確に痛烈に、残酷に事実を伝えるもの。わたしももっとうまい写真とりたいよなぁ〜。


☆訂正で賞 2005年10月31日/「むっ」ときましたか★1

勉強を続けて分かりました。チベット語(カム語)でお金(銀)のことを「むっ」とは言いません。あえてひらがな書きすれば「んぐっ」でした。でもね。しょうがないやん。当時はほんと「むっ」に聞こえたんっすよ。


☆怒りま賞 2005年09月03日/東チベットに野人探索★3

チベットに野人を捜し出そうという記事。「野人は一体全体存在するのか。専門家たちと我々記者一行はそれぞれ野人谷で何を見たのか。続編もこうご期待」なんていう終わり方をしながら、そのご音沙汰なし。あり得ないでしょう。どうまとめていいのか分かんないんでしょうか?わたしは今でも待ってますから(笑)。



ぷしゅん


ネタ尽きたところで精も根も尽き果てました。


来年もいろんなところ(国&地域)で新聞読んで、独断的面白ニュースを訳して紹介していこうと思います。どうぞおつきあい下さい。
posted by 牧場主 at 23:38| 佐賀 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | これは面白ニュース!? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月28日

自己修復したかPBG4




我が子を入院覚悟で病院に連れて行く親御さんの気持ち。
一足先に体験してきました。


もちろん溺愛の母親役はわたし。そして子役は目の中に入れても痛くない(笑)、それどころかハードコンタクトレンズよりも役に立つわが愛機「PowerBookG4(12inch)」。


MAC事情の極めて貧弱な中国。そのさらに西南の端っこにある成都にあってPBが「ぷしゅん」と逝ってしまったのは1カ月半前。




パソコン自体は何とかだましだまし使い続けてきましたが、やはりDVDドライブは一度も使えず。だってもし「恥ずかしいもの」なんかを見てるときにまた「ぷしゅん」となって病院送りになったとしたら、愛しあった後も離れることができずに救急車で搬送されるしかないカップルみたい。超恥ずかしいじゃない。


あっ、しつれい。
品行方正なわたしにはありえない話でした。
ウケ狙いでも「下ネタ」「駄洒落」はいけません。



そんなわけでPBG4の修理は日本に戻ってきた理由のひとつ。ちょうど今月初め福岡にも「Apple Store(http://www.apple.com/jp/retail/fukuokatenjin)」がオープンしたということで、出かけてきました。流行の最先端地へ。


場所は西鉄福岡駅から徒歩5分。西通り沿い。おしゃれなとこです。



これもすべてiPod人気のおかげでしょう。
店内は100平方メートルくらいでしょうか。
パソコンショップというよりギャラリーみたいな感じ。



店内の雰囲気が違います。
匂いが違います。


この福岡でもかつてはT-ZONEなどの東京系パソコンショップがマック専門店などを開いては、、、閉じてきた(笑)んですが、30代以上ちょっとこぎれい、ちょっと長髪気味、でもメガネしているおっちゃんたちが客層のメーン。


でもここはまるっきり違います。


まず女の子がいます。
髪の毛は茶髪の方が多いくらい。
ボンダイブルーの初代iMacの時には見られなかった現象。


知らん間にほんとiPod人気の裾野は相当広がったみたいやね。

まあ、中国の端っこ蜀の都でもShuffle下げてるお姉ちゃんたちを見かけるようになったくらいですからねえ。



「すいません。修理してもらえますか」


「はい、こちらへどうぞ」(店員)


といわれて連れて行かれたのは店内数十台あるのパソコンの前。
どうやら修理申し込みはネットによる予約制のようで、同社HPの福岡アップルストア上のサイトにてGenius Barを予約しました。


「次からお越しの際は事前にこのようにお申し込み下さい」


だって。
せからしか。



「Genius Bar」という名の通り、店内の一角には、天才そうな店員がいるバーカウンターのようなテーブルがあり、そこで相談を聞いてもらえることに。



「あのう。この子が、ううっ、この子がぁぁああ!!」


と、ここまでせっぱ詰まってたわけではなく、ただ冷静に11月16、17日の日記をおさらい。するとどうでしょう。わたしの目の前のジーニアス


「えっ、中国で修理したんですか」(G)


とまるで改造パソコンか何かを眺める様な表情をよぎらすわけです。


「一応修理会社にもアップルのマークはあったんですが…」

というわたしのフォローもあまり聞こえないみたい。


「とにかく原因分かるにこしたことありませんが、わかんなくてもDVDドライブを交換してもらいたいんです」



「…では試しにCDを入れてみますね」(G)

「はい」




「大丈夫ですね」(G)

「もう一回!」




「やっぱり大丈夫ですね」(G)

「大丈夫だったらどうなんです?」





「DVDドライブの交換はできません。ルールです」(G)

「えっ、でも…。確かに『ぷしゅん』と逝ったんですよ。理由はあるでしょう」




「…。…。では、ドライブ鑑定ソフトで検査してみましょう。30分くらいかかりますが。計帯電はお持ちですか」(G)


「はい。もってません。この辺うろついてますんでどうか夜露四苦!」



この30分間。


お前は一昔前の公務員か。何がルールやこのアホ。客が換えてて言ったら換えるんが客商売やなかとか


と思いながら、


無くなった電子辞書。
買い換え予定のデジカメ。
行方不明中のiPod Shuffleの代替機探し。


なんかをビックとヨドバシで品定め。
おいおいいくらかかるんだ、と改めて全身鳥肌。



で、ふたたびGeniusの面前。


「何の問題ありませんでしたよ」(G)


「はあ」


「ですが、壊れていたスペースキーを交換しておきました」(G)
「サービスですからお代はけっこうです」(G)



いやあ、アップルストアはよいとこです(笑)。



マックってのは昔から機械っぽくないわがままなところが一部マニアに好かれている理由だったりするけど、DVDドライブもたぶんそんな感じで治っちゃったんでしょう。ああ、これからずっとこの子のご機嫌とりしながら付き合っていくことになるんだろうなあ。



posted by 牧場主 at 09:03| 北京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | まちかど歩けば新発見 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月27日

四川の皆さんごめんね



そこが知りたいったい


お前もホントバカと一緒たい


いくときゃぴしゃぁっといくと


どこんとでんよかくさい


どうしてあがんいらいらせにゃんとやろかねぇ


ぬたんごたるやつ


どぎゃんゆうか


ゆうちくれれ


ゆうとるみゃあも


すらごついえ


どぎゃんすうでんなかばってん


なんしぎゃあ、くっとかい


こんくらいならすくいようんあっと



最初の方こそ漢字交じりに書きましたから、日本語を勉強し始めた中国人学生同様、何となく意味も推測できるかもしれません。でもひらがなだけの後半部分になるともう完全お手上げ、という人も多いのではないでしょうか。


はい。これが徹底的な(北部)九州弁でございます。


ちょっと言語学的に分析するなら、博多弁と筑後弁と佐賀弁の「ミックス弁当」みたいなもん。ちょうど我が故郷・鳥栖市がこの3地域の境界上にあることに由来するわけです。



ところで、わたしの実家は自営業。


とっても親孝行なわたしですから、帰国そうそう、留守番ついでに会社の事務所にいたんですが、父や母、その他お客さんから聞こえてくる言葉はこんなんです。


何についての話かは「企業秘密」(笑)なので教えられませんが、興味のある方は考えてみてください。それにしても、汚いね。



私も半年ぶりですから、


右の耳にはとっても新鮮

でも左の耳には懐かしさ



このブログの中ではときに変な方言が登場、みなさんを迷わせてきましたが、やはり「生きた口語」は違います。太刀打ちできません。


聞いても分かるけれど、決して自分からは話せない言葉たちのオンパレード。


こうやって方言は徐々に失われていくんだなあ


そう思っちゃいました。



日頃から四川弁を話している四川の人たちへ。
自分のことは棚に上げ、わたしはあなた達にひどいことをいってきたようです。



汚い言葉の中にこそゆるぎない真実がありした


そうTHE BLUE HEARTSのリンダリンダの世界。
ドブネズミみたいに美しくなりましょう。


さあず。もでえ。せぇ、せぇ。はっ、はっ。


とくに若い人たちへ。どうか汚い四川弁、そのまま使い続けてくださいね。
posted by 牧場主 at 00:00| 北京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | ちょっと思ったこと。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月26日

帰国準備10分1本勝負




目覚まし時計で目が覚めて、なんで起こされたのか、今がいつなのか、果ては自分がどこにいるのか、分からない感覚。


久しぶりに味わいました。

この喉の渇きと頭の乾きを。


要するにプチ二日酔い


そうだ。飲んだんだった。昨晩は。



で、今日は出発の日。
日本に帰ります。



成都発福岡往復の航空券は一ヶ月オープン(帰国日変更可能)で2600元。さらに空港使用料などの雑費が計416元。しめて4万4000円。


安いよね。



多分日本に帰ったらその数倍使うことは分かってるんだけど、やっぱり帰ることにしたんです。



わたしは常に刺激を受けなければならない人間。
生活にはメリハリが必要です。




で、目覚めたのは午前6時ちょい前。


すでに飛行機出発派では2時間5分。
べつに用意周到、準備万端というわけではありません。



眠い眼をこする暇もなく、すぐに荷物整理を始めます。

すでに起飛(出発)までのカウントダウンは始まってますから制限時間は約10分。



こんなとき


軽装でよかったと思います。いつでも夜逃げ可能なように、荷物はバックパック以上のものは持ち合わせておりません。



あっ、塾長も起きてきましたね。

わたし知ってます。朝超弱いことくらい。

一時間目の授業の時、30分くらい早めに寝室から出てきても体の95%は起きれず、椅子にぼお〜っと座っていることくらい。わたし見てましたから。


ですからわざわざすいません。まだあたりは真っ暗な時刻に見送りしてもらって。



半年前の帰国のときもそれなり感慨モードに入ったわたし(参考→http://itoyama.seesaa.net/article/4941845.html)ですが、あの時は一人。今回は色んな人に別れを言ってもらいました。


心許せる人とふれあいながらやっていくことはそりゃ楽しい。今回の半年間でしみじみ感じたこと。でも旅によって見聞を広めてきた自分の出自も忘れたくありませんから、ひとりになったときに何かを見つけ出すこと、楽しめることもやっていきたい。


まだ何の結論もでない
ふらふらしているわたしらしい戯れ言ですかね。



そういいつつ朝早く没辨法ってことで、ヒッチはせず(笑)にリッチにタクシー移動。空港までは20分。飛行機は上海までが正味2時間半だし、上海からは1時間半。


中国で遊び始めて以来、初めて直で福岡に戻ってきたけど、まあ近いね。


故郷は見慣れた成都の空とは対照的に澄み切った青空。

明るいうちから自宅の湯船にじっくり浸かり、旅の疲れをおとすわたし。まあ旅のアカすら出ないような小旅行でしたけども、。



そして帰国初夜


サバの刺身となまこの酢の物。
極めて日本らしい一杯をいただきながら、考えてみました。
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2005年12月25日

クリスマス本番は25日




構想まさに3カ月。塾長宅で念願のクリスマスパーティーが開かれました。


塾長と彼の女朋友とその女的朋友、フレッシュ「yan&yan」カップルにmingxizi大姐。さいごにジエジュンジュさんにわたし。合計8人。とうぜん敬虔なクリスチャンなど一人もおらず、みんな「イベントなら何でも “食いつく”教」です。



思えば、このときにはすでに準備を始めてましたね。
http://itoyama.seesaa.net/article/8344546.html


なんとも用意周到なかれです。この日は塾長Selection「Last Christmas」(Wham)からゲストをお迎えしました。

クリスマスツリーも電飾もサンタ帽子もオブジェ系は全て成都北駅近くの荷花池市場出身。→
http://itoyama.seesaa.net/article/9140573.html



クリスマス.jpg

◎参考写真:何かやばい相談?いやいや、れっきとしたクリスマスの集いです


さらには食い物にも腕によりをかけてみました。
我々イケメンホストですから、何でもします(笑)。


日本ならカーネルおじさんところの鳥をしばくところですがここは中国。南京産「塩煮鴨子(塩ゆでアヒル)」をまるまる一羽。


牛肉もいつもはタタキですが、今日はおめかしして「ローストビーフ」に改名。


ブタさんも黙っちゃいません。塾長18番。スペアリブは大根にんじんたちと醤油&みりんで超和風に煮られ、さらにもうひとつ。mingxiziも豚の角煮を持参して東坡肉の故国に里帰りデビューです。


ポテトサラダ、スパゲティナポリタン、ガーリックトーストも脇を固めます。




飲み物も


ポンッ!


泡白葡萄酒(シャンパン)の栓が飛び出す軽快な音で始まり、赤ワインに日本酒、梅酒、雪花ビール。


これで文句ばいう奴おったらくらす




さらにとっておき。

皆さんもう満腹。じゃあ、そろそろ。塾長的女朋友的女的朋友(面倒でゴメン)は130元のケーキを買ってきてくれました。すごいね。中国人学生。お金持ちね。


ろうそくが画期的。

開く前のレンゲの花のような形。つぼみの中にはめしべのようなろうそくが10本ほど。点火してみれば、花火のように燃え上がりました。


一同ちょっとひいちゃうくらい大きな炎。


「もうちょっと待ってると音楽なり始めるから」

なんて成都通な塾長なんでしょう。


そしてミュージックスタート。


た〜りらりら〜〜り〜ら〜♪ た〜りらりら〜〜り〜ら〜♪♪

訳すると

Happy Birthday to you♪ Happy Birthday to you♪♪


わたし、成都市内で急速展開中の欧風パン屋チェーン「安徳魯森(アンデルセン)」の食べ物はフランスパンが及第点以上なんで基本的信頼してたんですが、クリスマスに誕生日祝って貰って、せっかく明かりを落とした室内。大爆笑に包まれました。


もちろんその後も笑いと感動に包まれました。涙はあったかな。


すでにとっくに25日は終わってしまいましたが、すてきな仲間たちと過ごせた最後の夜。

塾長ありがとうございました。です。

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2005年12月24日

《千里走単騎》を見て




わたしにとって聖誕老人(サンタクロース)は無口な高倉健さんでした。モノクロな健さんに赤色はとっても似合いそうにありませんが…


単騎千里を走る.jpg

◎参考写真1:中国で22日一斉公開された張芸謀監督の最新作「千里走単騎」


邦題は「単騎千里を走る」を見てきました。日本では来年1月28日封切り。だからちょっぴり優越感に浸るわたし。


成都では最高級設備を誇るという映画館「紫荊電院庁」。大人一人70元(約1050円)。学割(半額)きくかと思ったら「25才以下」ですって。


でもね。そんなことすぐ忘れるくらい、




泣きました。

中国人に混じって。


笑いました。

中国人に混じって。



いいっすね。

スクリーンで映画見るのって。



ストーリーの流れとともに館内にひとつの雰囲気が生まれ、クライマックスに向かって変化していく様子もまた、ひしひし伝わってきますよね。


そりゃあ四川ですから。

携帯に電話かかってきてもそのまま話す人なんかはいましたよ。


でもそれは幸いにして「これは日本とは違う映画の見方文化」なんだということで自分の納得させられる程度の可愛いものでした。



ところでこの映画の「地域性」「お国柄」ってのは結構面白くて、わたしの場合最初に海外で映画を見たのはドイツ。


ベルリンで見たシンドラーのリスト。

知り合った旅人に「面白い」とだけ聞いて入ったのですが、内容見てかなり衝撃。さらに館内にあかりが戻り、初めて周りの人たちを見ていると、観客の多くが70歳前後の人たち。当時は「戦後50年未満」ですから、そこにいたじいちゃんばあちゃんたちはみな第三帝国時代に青春を送った人たちな訳です。



インドでは映画が長くて困りました。

でも途中で「小便休憩」があるから大丈夫。インド映画では作品の途中に何度となく踊りのシーンが入るのはもう日本でも有名ですが、さらに驚いたことにインドの劇場では観客も歌います。映画公開前から劇中歌が売り出されているからなんですが、まあわれわれよそもんは「これがインドなんだ」と受け入れるしかありません(笑)。



盗版(コピー)文化花盛りの中国では…

映画館に出向くことなど本当ごぶさた。去年12月に「功夫(邦題:カンフーハッスル)」を深夜零時の封切り一発目に見に行った限り。でもあの時はひどかった。せっかく日本的「笑いの間」を取り入れた周星馳(チャウ・シンチー)の努力は水の泡。中国人の笑いのセンスに辟易したもんです。




で、ちょうど一年ぶりの中国映画体験。
作品の系統は180度違いますが、


あっ、ここやばいかも


みたいな目頭うるうるポイントでは同じように周りから漏れ聞こえてくるはなをすする音。中国人と日本人、やっぱ感情は通じてるんだ、とちょっぴり感動しました。



せっかくの期待作なんでできるだけ内容を理解したい、と最高級超優秀翻訳機ジエジュンジュさんと一緒に見たんですが、日本語シーンだけでなく全ての台詞が字幕付き。中国語を一年でもやってる人ならきっと内容の90%以上は理解できるはず。


あと映画の舞台は雲南省の世界遺産「麗江」とその周辺。

数日前の華西都市報で、同紙に寄稿した張芸謀監督が「雲南の方言は四川語と非常に似ていますから、四川の皆さんには特に映画を楽しんでもらえます」とPRしてたんですが、これは完全四川語です(笑)。昨日に続いてだいぶ分かっちゃいました。


だからこそ中国にいる人たち、特に四川にいる日本人にはぜひ見てほしいです。


金、金、金の世知辛い世の中、とくに現代中国
そんな「ええ話」なんて「切り取った一部」に過ぎんやないか



と思われるかもしれませんが、この映画で張芸謀監督が最も訴えたかったのは「顔と顔とを合わせ、人と人とが交流すること」だそうです。



自分もそれを見つけたいなあという気持ちはわき上がってきました





ところで「顔を合わせた人と人との交流」については番外編。


クリスマスイブ、成都人は多分世界で一番アホな夜を送ります。


春煕路1.jpg

◎参考写真2:宵闇とともに中心街春煕路に集まるアホ成都人ども


で、何をするかといえば、群衆がビニール風船(バット)で殴り合います。

なぜかバットのデザインは星条旗柄。中東系の某テロ組織のように「Down with USA」といいたいのか、欧州系の平和団体のように皮肉を込めてアメリカ一極主義を批判しているのか、は分かりません。


でも確実なのは、ここ数年間に始まった現象で、アホ騒動の主人公は「こいつらたまってそうだなぁ」とすぐ分かるような高校、大学生世代だということ。


春煕路2jpg.jpg

◎参考写真3:もちろん。麻辣な四川めいにゅうたちも豪快に殴り合ってます




今日はいろいろと素晴らしいプレゼントは貰いました。
中国で一番楽しかった夜はこうして更けていきました。

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2005年12月23日

あれは一年前、な一日



川大聯迎会.jpg

◎参考写真:四川大学2005年優秀境外学生表彰曁2006年新年聯迎会が開かれました。もちろん川大で。その名の通り前年度の優秀学生表彰とクリスマスパーティー&迎春会との合わせ技一本。民族大学的わたしは関係ありませんが、やっぱりいつものくせ。のぞきに行ってしまいました。


まずは優秀学生。

同大学で中国語を学ぶ海外教育学院所属の学生だけ表彰するんだと思ってたら、そのほか、医学部系の入る「華西校舎」の留学生を加えてすでに20人。さらには香港、澳門(マカオ)、台湾からの学生もいたため、表彰されたのは計27人。


なぜかネパール人が最多の8人。みな医学部系みたいですね。お国じゃ多分超エリート。もう手を使ってカレーを食べない奴らかもしれません。日本人も韓国とならび次点の4人でした。この辺はもう留学生自体の比率によるところでしょう。あとはタイ、アメリカ、イエメン。


優秀学生なんて先生のおぼえよろしければそれでなれるんよ、なんて決してご縁なき者の皮肉。おめでとうございました。これからも頑張ってください。



ところで、優秀学生代表として挨拶に立ったアメリカ人さん。
一応表彰されたんだから、


あいさつは中国語でしましょうね


と思いました。


ところで四川大学。この5年間に39カ国・地域からのべ3137人の留学生を受け入れているとのこと。ボロもうけですな。



さてさて。楽しみはお次。聯迎会でしょう。


表彰式は今年からですが、聯迎会は毎年恒例。とうぜん昨年も開かれ、そん時はわたしも参加しました。初級班から高級班までの各班が歌や寸劇などを披露、初々しき漢語初級1班のわたしは雲南省でいけないことを満喫している同学たちを尻目に、金髪碧眼や越南、比律賓メイニュウたちを引き連れ、「朋友」を熱唱したもんです。


ところが同じ聯迎会でも今年は様変わり。医学系学生、港澳台学生が加わったことで表演(出しもの)バリエーションは格段に増えました。例えばネパール、インド系学生は民族舞踊。台湾人はカラオケ熱唱&○富士系ダンス、香港人はクリスマス劇とか。


でも見どころはやっぱり知り合いが何をするか。


たびたび登場のmuRa-TECHが四川方言を使った寸劇をするというので、もう数日前から夜も眠れなかったわたし。とうぜんかぶりつきで堪能しました。



四川語劇.jpg

◎参考写真2:日本人2人による食堂での一幕を画描いた四川語劇《吃面》


日ごろ町中では四川弁を聞かないようにしています。どうしても耳に入ってきますが、基本的に素通り。四川料理はとてつもなく好きなんだけど、あの怒られているような四川語が怖くて北京に逃げ出した根性なしですから(笑)。


ところが、

分かるもんやねぇ。


この老師及び学校幹部たちを笑わせるためだけにあるような寸劇。会場に200人以上はいた一般学生そっちのけ。たぶん日本人が話しているから分かったんだろうけど、老師たちの笑うツボが「びたっ」とくるんです。


人のふり見てわがふり直せ


いつの間にか巻き舌使うの怠けてないか
声調は正しくアップダウンさせているか
何より今まで学んだことは忘れてないか


そう言い聞かせるわたしでした。



追記:夜は漫漫来にて最後の試食会。最後?そうです。明日は正式開店。みなさんごゆるりとお楽しみ下さい。

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2005年12月22日

冬至とうじぇん羊火鍋




本日羊肉食べたい人 席の確保お早めに
今日冬至、羊肉湯店大半予約を拒否
価格は暴騰、香菜なども「便乗」


【12月22日=華西都市報】

今日は農暦の冬至、成都では万人による「羊肉湯」をめぐる争奪戦が繰り広げられる。昨日、多くの羊肉湯鍋の店がひしめく市内のある地区では各店、軒先につるした羊から肉をこそぎ取る光景が見られ、市民の「羊肉の宴」によるまたとない商機を逃すまいと、準備はもう万全だった。


◇現場すでにヒートアップ
夜通し作業で羊肉500キロ処理

成都の小関廟にある羊肉一条街では、羊肉湯を出す各店が赤色絹地で「正宗(本格)簡陽羊肉湯鍋」「正し宗土羊火鍋」などの広告を掲げていた。徳栄羊肉湯館の賀支配人によると、毎年冬至の日は羊肉の売り上げが爆発する一日で、押し寄せる客に対応するため、昨日から羊の臓物約450キロの下準備を始めた。羊肉は一日前から鍋で煮込み始め、さらに余った生肉を加えるという。ここ小関廟にある十数店の羊肉館では、どの店もほぼ同じように500キロ近い羊肉を仕入れ、準備を進めていた。


また別の店では、従業員が押し車で軒先に机や椅子を運んでいる最中。同店支配人によれば、毎年冬至の日は客が波のように絶えることなく押し寄せるため、店で日頃使用している40のテーブルではまったく足りず、別の店から椅子や机30セットを借りてくるしかないという。「一年の商売の善し悪しはここ数日にかかっているんだ。こんなチャンスをうまく利用しないなんてあり得ないよ」


彼はまた、冬至の羊肉湯に必要な各材料を準備するため、ここ数日だけで香菜(コリアンダー)を30数キロを仕入れ、臨時従業員も5人雇った。昨日から香菜を洗い始め、下ゆでした羊肉の解体、数百キロの羊肉の仕込みには少なくとも未明の3,4時頃まで。さらに徹夜でスープを煮込むことも必要。ほんとうに人の手はどれだけあっても足りない状況だという。


市内の各市場では昨日、多くの市民が羊肉を買い求める光景も見られた。また一部の羊肉料理のレストランではすでに冬至前から多くの客を集めており、「羊肉の宴」はすでに花開き始めている模様。一般的なレストランでもまた、この機を利用して「羊肉湯」「羊焼き肉」などのメニューで客を引いていた。



□価格暴騰
羊肉高し、関連商品にも影響

凍青樹農貿市場では昨日午前、牛肉や羊肉を売る屋台3,4軒の周りを20人以上の買い物客が囲んで大繁盛。ある女性は「昨日羊肉は一斤(500グラム)で9元5角(約140円)だったのよ。それが今日になって突然11元(約165円)。羊の臓物だって一斤8元(約120円)もするの。冬至の日には更に高くなるって話ね」と困り顔。


冬至が一日一日と近づくにつれ高騰するのは羊肉だけではなく、羊肉湯に必要な香菜、小米辣(小粒のトウガラシ)なども近日値を上げているという。白馬寺農貿市場では、香菜が前日の一斤3元(45円)から倍の6元に。小米辣もまた一斤10元(150円)が15元といった具合。さらに冷青樹農貿市場では香菜は一斤8元という価格までみられた。野菜売り場の店員は「もうすぐ冬至でしょ。ここ数日の香菜の値段は日ごとに違うの。私は毎日15キロを売るけど問題は特に起きてないわ」。



□食欲爆大
羊肉を食べる人

成都の多くの羊肉湯の店では冬至の日はできるだけ多くの客を呼び込むため、当日の客席の予約を断っている。

昨日昼頃、暑ネ末北一街にある羊肉湯館で汗まみれになりながら羊肉をほおばっていた周さんは、毎年冬至になると家族と一緒に羊肉を食べにいっていたが、今年は当日席を確保できないといけないのと一日前に予約を試みたという。ところが多くのレストランが予約を拒否、もしくは予約を受け付けていたところでも3、4日前には予約席がすでに埋まっていたという。彼は苦労の末に小さな羊肉湯の店の席を確保することができた。「冬至にはあと一日あるけれども、もう食べちゃったし、やっぱりくせになりそうだね」


望平街の羊肉レストランにいた陳さんという客は、冬至の日の夜に席を確保するなどとうてい無理な話なので、仕事場の同僚たち十数人は朝の7,8時に一緒に羊肉湯を食べに行く予定だという。



□医者のアドバイス
羊肉食べ合わせに注意 茶と酢は×

羊肉を食べることは全ての人にとって安全なのか?羊肉を食べる際に気をつけなければいけないことは?気温が下がる冬に羊肉を多めにとることは健康にとって一定の効果があるものの、食べ合わせに注意しなければいけないものもまた存在する。ひとつは体を温める効果のある羊肉と、体をさます効果のある食べ物と一緒に取るのが適した酢を一緒に取るべきではない。2つ目に黄だんや脚気を防ぐためにカボチャとの食べ合わせもアウト。最後にお茶を飲むこともあまりよくない。羊肉には豊富なタンパク質が含まれるが、茶葉の中にある鞣酸と結合すると鞣酸蛋白質という成分を作りだし、便秘の原因となる。

このほか、子どもたちは成人ほど消化能力が高くないため、羊肉しゃぶしゃぶのように高温で長時間ゆで柔らかくなった食べ物は、嘔吐などの症状を引き起こす可能性が高い。



火鍋羊肉.jpg

◎参考写真:冬至の晩、成都某場所で羊肉を喰らう風景。中国度はたぶん63%くらい


【評】

郷に入っては郷に従え


われわれもほぼ「身内」とよべる人たちと一緒に羊肉火鍋を食べました。就職難といわれるこのご時世にあって、ほんとあっけなく働き先を決めてしまった(恭喜恭喜)美人秘書を祝うべく、美人秘書の呼びかけです。


「就職祝い」って日本じゃ就職決まった本人が開くんじゃないと思うけど、ここは中国。


「みんなにはお世話になったからね」


という美人秘書の台詞。
泣かせるじゃありませんか。


さらには噂の「yan&yan」カップルも正式お披露目ということで、なかなかにぎやかなお食事会になりました。

そうそう。あと明日帰国する「青木」(by美人秘書)のお別れ会もね。



日本では冬至といえばゆず湯。銭湯ではゆず風呂が無料で開放され無防備なフリ○ンのガキどもが浴槽に飛び込む姿、動物園ではカバの汚いプールに大量の柚子が放り込まれる光景がわたし的にはかなりおなじみ。


所変われば品変わる。中国も北方では餃子を喰らうらしいし。

こういう習慣はいいですね。楽しいこと、めでたいことについては西暦と旧暦を自由自在に使い分けても全然OKでしょう。



記事内容についてですが、お医者さんの指摘の最後の部分がちょっと分かりません。羊肉しゃぶしゃぶってあまり火を通さないと思うし、長時間煮込んで柔らかくなった方が消化には良いと思うんですが、ね。


ちなみに昨晩の宴。みんなつけだれには酢を混ぜ、さらにお茶もばくばく飲んでおりました。みなさん便秘にはどうかご自愛を(笑)。★★★☆☆
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2005年12月21日

小抄児ダメでも老師が




ジェスチャーゲームを始めるんです。



ってなんのこと?
まあゆっくり話しますよ。



とうとうやってきました。藏語初級班のテスト。
9月12日から月水金の週3日。チベット東部で話される康巴方言(カム語)について、会話中心の口語と文字の読み方を教える基礎の2科目をそれぞれ1時間半ずつ勉強してきました。


この3カ月間の成果が試されるわけです。


8人で始まり5人が最終的に残りました。



まずは口語。

授業前半でおさらいした後、「じゃあ始めようか」とレンチン教師。


「ニマ・ドルジェ(レンイエン)、自己紹介してください」



えっ、


固まる一同。

テストって一対一の面試じゃないの?


最も瞬間冷凍されちゃったのはレンイエン。最近は○にかまけて出席率ガタ落ちの彼ですから、心の準備も実際のテスト準備もとにかく「手持ちのタマ」はほとんどなし。苦しいスタートとなりました。


ひとり約3−5分といったところでしょう。


次はわたし。
そしてヤンキー娘のダワ。
あとは韓国おばちゃんとシンガポールおじちゃん。


テスト順が後になればなるほど有利になるかというとそうでもなし。やはり3ヶ月間の努力のほどに完全比例して、各人の会話能力がはっきりと分かりました。


続いて一人ずつ別の質問。
もちろんこれも公開ね。


またしてもレンイエンからで、「故郷を紹介してください」とレンチン教師。


わたしには「成都について紹介して」


中国人がたくさんいます。
でも成都人は怠け者です。
成都人は食うことが一番好きです。
成都の夏は暑いです。
あとモノがたくさんあるけど、金ないので買えまっせん。
でも民族大学近くにはチベット人もいて面白いです。


こんなかんじでお茶を濁しておきました。


他の3人にはそれぞれ、「家族」「チベット」「民族大学」というテーマ。



すげえ
ほほう
勝ったな

というのがわたしのインプレッション。


「みんな100点だよ」


という嬉しい言葉を残し、レンチン老師は去っていきました。でも思いっきり時間おしてたんで、間髪入れずにイシラモ老師の登場。



おととい紹介したように、こっちはちゃんとした筆記試験となっております(笑)。→http://itoyama.seesaa.net/article/10858736.html



口語のテストで何とか特攻隊長役を勤め上げたレンイエン。リラックスしたのか


「僕は最近授業に来ていないので、ノートを見ながらテストを解いていいですか」


と冗談交じりの発言。ところが、日頃温厚な益西拉姆老師。


「言いわけないじゃない。絶対だめよ!!」


とレンチン並みにこん身目力の迫力満点。


へえ。けっこう厳しいんだ。やっぱこの辺って漢族とちがってチベット族の方が真面目なんだね。仏教徒ってのもなんか関係するんかな?



などと思ったりしたのも、ほんのつかの間でした。


テスト問題はやはり予告通り、全てチベット語で質問が書かれ、その内容もまずはチベット語単語の漢訳、中国語単語の藏訳という風に始まっております。


それぞれ10問ずつ。いくら3カ月ちょいの時間とはいえ、教科書に出てきた単語は軽く200以上はあるはず。いくつか空欄が発生するのも無理はないというモノ。


するとわたしの解答用紙をのぞき込むイシラモ老師。


「分からないの?」(イ)

「はあ」

「声に出して読んでみれば」(イ)

「いや。読みは分かるんですが…」


するとどうでしょう。


わたしの前でジェスチャーゲームを始めるんです。


両手の指で空中に縦20センチ、横30センチくらいの枠を書きました。続いてその枠の中心あたりに筆で何かを書いている仕草。


(あっ。「絵」だ)


つづいては何かページを捲りながら何かを読んでいます。


(そうだよ。「ベチャ」は「書」だったね)


後ろの席のレンイエンに聞いたら、彼はジェスチャーでも分からなかったため、もどかしくなった先生。彼から鉛筆を取り上げ、解答用紙に答えを書いてくれたそうです(笑)。


先生の意図は分かりません。でも先生はカンニングよりも素晴らしいモノをわたしたちにくれました。共同作業を通じてまた一つチベット族に近づけたような気になりました。



試験問題丸暗記のおかげで、解答は順調に進んでます。



なかなかわたしも力ついてんじゃん


と上機嫌。すでに解答し終わりました。他の生徒は誰もそんな気配なし。鼻歌も混じろうかというもんです。


まあ一応見直しでもしましょうか。ついでだからチベット語の問題文もちゃんと読んでみましょう。で、おとといの公開試験問題でいうところの設問4にさしかかったとき。


4.下記の1−5の各問に答えよ。
-1.チベット語の基本となる30文字を全て答えなさい。
-2.チベット語の元音を全て答えなさい。
-3.チベット語の後加字を全て答えなさい。
-4.チベット語の前加字を全て答えなさい。
-5.チベット語の上加字を全て答えなさい。



のはずでした。


えっ、ちょっと待って。


この「4-3」と「4-4」

-3.チベット語の前加字を全て答えなさい。
-4.チベット語の後加字を全て答えなさい。

おとといの説明と逆になってませんか。

ちなみにこの3番は計5字、4番は10字答えなければならないんですが、なにせ丸暗記してたもんですから、3番に後加字10字、4番に前加字5字を答えてました。


真逆です。


問題文丸暗記、実際には何も理解していないことが白日の下にさらされるところでした(実際そうなんだけどね)。



イシラモ老師。あなたはこれを狙ってたのですか



優しさだけに身をゆだねていたら手痛いしっぺ返しを喰らうという人生の奥深さ。合格できたかなんてとっても些細なこと。テストを通じて菩薩のようなチベット人の光と闇、表と裏、ついでに天使と悪魔を見たような貴重な時間になりました。


勉強になるね。
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2005年12月20日

小抄児は悪いことです




我々留学生連中がテスト前でてんぱってるならば、とうぜん同じ大学ですから中国人学生たちもテストの洗礼を受けております。


皆さん忘れてるかもしれませんが、民族大学日本語教師の肩書きを持つ塾長もこの2週間ほどは「テスト作成」という先生だけが抱える悩みに追われてました。


そして今日は3年生視聴のテスト。


教室には約30人の学生。そして一番の後ろにはサーチライトのような鋭い眼光で教室全体を見回すわたし。



〜昼めしくって幸せな時間帯〜

「ねえ。昼から時間ない?」(塾)

「なんで?」

「ちょっと試験官やってくんない。あいつらカンニングしそうなんだよ」(塾)


と頭を下げられたのがおよそ2時間前。



とうとうリベンジの機会がやってきたぜ!!



そう思いましたね。

思えば中学生から大学生にかけての約10年。手を替え品を替え、さすがに人までは変えませんでしたが、とにかく芸術の域まで高めたそのテクニックをふんだんに駆使して毎回テストに臨んだにもかかわらず、そもそも元ネタが間違ってたりして毎回大した点数はとれず。そんな苦難の時期(マジ話○○%)を過ごしたわたしにもとうとうリベンジの時がやってきましたよ。

まあカンニング・竹山のキレ芸が世間を騒がすはるか昔のできごとです。



よからぬことをたくらむ奴は、このわたしの光る目が全てを見透かし、法の裁きより厳しい鉄拳制裁を与えてやろうではないか。




あるやんごとなき事情(笑)のため、定刻から数分遅れでテストスタート。


視聴のテストですから日本のドラマを見ながら、解答用紙に書き起こされた登場人物たちの会話のうち、ところどころ空欄になった部分を埋めていきます。

事前にテストで使われる映像は指定され、会話文も全て学生たちに渡されているというから、極端な話、やりとりを聞かなくたって記憶力のいい学生だったら答えられる問題です。


ああ。塾長。
あなたはなぜそんなに優しいお人なのですか?


こんな簡単なテストだったら小抄児(カンニング)なんてありえないし、試験監督なんてまず必要ないでしょうよ。



試験が始まりました。

おっと

阿部寛。あべちゃんです。

ドラマ「ドラゴン桜」です。


ろくでなし高校から天下の東京大学に5人の合格者を出すためにてんやわんや(古語)…、という痛快受験ドラマを、日本以上の学歴偏重社会の被害者(生存者)たちである日本語科3年生がテスト問題として聞いているこの光景。


日中受験戦争のコラボレーションがここT2-114教室にて実現しました。


場面は東大入試の合格発表後、受験した生徒がその結果をあべちゃん扮するドラゴン桜に報告する場面。目標の5人には一歩及ばず合格者は3人。



「残念だと言うとでも思ったか」

かさっ


「おれはあきらめない」

ちらっ


「俺は見込みのない奴には教えない」

(うえい)


「それも正解だ」

そろ〜っ



ネズミがはい回るような音、もしくは音をたてないようにしたときにたっちゃうような音、あとは目線を動かしたときに聞こえるような効果音、そんないろいろが、私の耳ではなく、第六感あたりで一斉にとらえられ始めました。


お〜い!


なんやこの展開は?


あちこちでカンニング発生しよるやん?  


恥じらいはなかとか、恥じらいは?
 


例えるなら、日頃はこそこそしてるゴキブリ連中が集団になって自分の方に向かってきたときのような感覚ですよ。経験したことないんで想像の域はでませんが…



テスト風景.jpg

◎参考写真:この一見静かな教室で、堂々と不正が行われていた!!



さすがに程度のひどい奴については塾長(教室内では先生)に報告しましたが、先生に注意されても悪びれる風はなし。また先生が別の場所に行っちゃえば隣の人から解答用紙を借りる始末。


とうぜん鬼試験官たる臨んだわたしなどは空気以下の存在。



わたしは基本的人権を尊重する人ですが、ひょっとしてもしかしてわたしに無視なんかされたことがある人。それで傷ついちゃった人へ。



誰にも相手にされないのってとっても悲しいよね。


今ここで誤ります。ごめん



さあてテスト結果の発表。皆さん優秀でした。


平均約88点。


そのなかで3年生といえば、われらが日本人留学生の秘蔵っ子三遊亭あほ陳(→http://itoyama.seesaa.net/article/10326112.html)。一番前に座ってたんでわたしの位置から試験中の動向はよく分からなかったんですが、終了後


「自信ありますね」

といってたんでちょっと心配しちゃいました。
所詮お前も「あちらがわの人間」なのか。と。



で試験結果。


75点


何となくほっとしました。本人には悪いけど(笑)
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2005年12月19日

問題の意味分かんない




とうとうチベット語の授業は最終週。


12月に入ってからはおおよ「2.○○」という日本の一昔前の経済成長率くらいに底値横ばいを続けていた平均出席者数。KO寸前、ぐたぐたになりながらもとにかく最後の週がやってきました。



テストは基礎、口語ともに水曜日。
てことで今日はおさらい授業となりました。


まずは口語。
目力康巴(めぢから・かんぱ)のレンチンワンジャ老師です。


この目力教師、先月末から今月初頭にかけての出席率激減が、自らの教科書棒読み高速ぶっ飛ばしモードによるところに気づいて反省したのか、最近は完全生徒よりの授業。かなりゆっくりと丁寧に、実際の状況に応じた会話を教えてくれるようになりました。


この日も、

「チベット人に食事に誘われたときの断り方」
「チベット女性がアメをあげるといってきたときの断り方」


を教えてくれました。
今振り返ってみると、


そんなネガティブなテーマで教えなくっても…


と思ってしまいますが、こっちもだいぶん内容が分かるようになったからなのか、「これだったら楽しいかも」なんて思っちゃう昨今ですね。



レンチンハ真.jpg

◎参考写真:最初で最後。これがチベ語の授業風景だ!レンチンちょい疲れめ



3,4時間目は基礎の授業。

イヒラモ老師も今日は復習です。

基本的に基礎の授業はこの3ヶ月ちょい、ずっと発音の練習だったので、それをおさらうのかと思っていたところ、いきなりの爆弾発言。


「テストの問題文はチベット語ですからね」


ですって。


「分かるわけないじゃん!」
「問題読めなくちゃ合格できないよ」
「Oh,my God!!」


などなど。
かつてないほど盛り上がりを見せる生徒4人しかいない教室。


さすがにイヒラモもその道理に気付いたみたい。その辺の頑固なチベット人ではなく臨機応変な学校教師ですから、


「そうね。問題文を説明しなきゃね」


テストの問題文の訳を解説付きで教えてくれるというなかなかシュールな授業が始まったのでした。



かりかり、かりかり、かり


チベット文字を黒板に書き始めるイヒラモ老師。
所々の単語の意味は拾えるものの、やはり全体の意味は理解不能でござる。



1.下記のチベット語の単語を中語または英語に訳せ。

2.下記の中国語の単語をチベット語に訳せ。

3.下記の5つのチベット語の単語を用いてそれぞれ文を作りなさい。

4.下記の1−5の各問に答えよ。
-1.チベット語の基本となる30文字を全て答えなさい。
-2.チベット語の元音を全て答えなさい。
-3.チベット語の後加字を全て答えなさい。
-4.チベット語の前加字を全て答えなさい。
-5.チベット語の上加字を全て答えなさい。

5.下記の文字を構成している各字の名称を答えなさい。

チベ字最高峰.gif



3番の問題を解説するあたりからある疑問がわき上がり、そして4番にいたるにあたってはやくも自信は確信に変わりました。


こいつほんとにテスト内容全てを教えとるやんけぇ〜〜!


1番や2番の単語問題では、実際に質問する以外の単語を挙げて説明しているとばかり思ってしまい、左の耳から右の耳に聞き流していたんですが、それもまたテスト内容をそのままいっていた可能性高し。


隣の隣のシンガポーリアンなんて初っぱなから目の色かえてノート取ってたんで、多分単語もすべてメモってる可能性高し。でもわたしのプライドが彼に尋ねることを許さない。彼にハンデをあげるようなもんです。


それにわたしは留学を始めた一年半前からテストのための勉強は一切しておりません


たんなる怠け者が詭弁を使ってなに開き直ってるんだといわれるかもしれませんが、学校のテストは授業にちゃんと出席して先生の話を聞いてりゃ答えられるし、授業の内容を生徒が理解できたかどうかを正確に測れるのが理想的なテスト内容だと思うんです。


だから繰り返しますが、今回もテストのための勉強はしないつもりでした。



でもやっぱ今回はします。


このままじゃ合格できんかもしれないというのが事前に分かっちゃいましたから。誰も好んで負け戦に臨むアホはおらんでしょう。


それに3カ月ちょっとの短い間でしたが教えてくれた老師の恩に報いるためにもよい点数を取るのこそ「理想の生徒像」ってもんっすよね。
posted by 牧場主 at 00:00| 北京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | エンジョイ!学生生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月18日

人並みに聖誕礼物なぞ



をお買い求めに行くことにしました。


情報筋(○長)からある可愛らしい女性(○長的女朋友)がわたしにクリスマスプレゼントを準備しているという噂を入手、日本男児として貰いっぱなしじゃいかんだろうと。



チベット行ったら寒いだろうと思って○○を買った


なんて、ちょっとお涙ちょうだいも入ってるじゃありませんか。


相手が男だったらサプライズプレゼントを貰ったとしても、「ありがとう。じゃあ今度おごるから一緒に飲みに行こう」

でいいんです。


でも女の子だとそうはいかない。ついでにせっかくの機会だから日ごろお世話になっている美人秘書あたりにも何かをあげれば普遍性も出ていいんじゃないか(←意味不明)。成都のクリプレ事情を探る意味合いもかねて、という風向きになった次第。


成都のことはこの人に。
こまったときのジエジュンジュさんにHELP。


師走にぎやかな春煕路に出かけてきました。


かくかくしかじか…。

「なに買えばいいもんですかね?」

「それは贈る相手がどんな人かによって違うでしょう」


かくかくしかじか…。

美人秘書は美人秘書と呼ばれていますがそれは単なるわたし的便宜上のことであって、本当に秘書なのかといえばそんなこともないし、美人かどうかについてもわたしがどうこういえる立場にはありませんから…と。

○長(丸腸?)の朋友とはいってもけっこう3年生ですがけっこうお金持ちらしくてけっこうお眼鏡も高いお方。ごまかし系お茶濁し流プレゼントには多分厳しい意見をもってます。「ぱちもんバレバレのミッキー」「大陸風味満点キティーちゃん」なぞを贈った日には逆ギレされるかもしれません…と。



ドラえもん.jpg

◎参考写真:これはわたし自身への礼物。こんなんで笑って貰いたいんだけど…


けっこう長々と説明しました。


「そうですか」

「では香水にしましょう」

「はいっ!?」

「女の子だったら香水。誰でも好きでしょう」

「それだったらわたし、あえて答えなくてもよかったのかな…」


ということで香水買いに行きました。


三十路を越えて初めての香水。まあわたし自身はジャコウのような存在ですから、香水などまったく用なし。ですから香水屋さんに行ったこともないんですよ。

日本でも中国でもそうですが、百貨店1階フロアを占領する化粧品コーナー。あの臭気というか瘴気立ち込めたあのエリアを通るだけで、虫酸が走ってたもんです。「たったビン一杯の匂い水に数千、数万も払いやがって。インドでチャイ何千倍飲めるんだ」と。


それがねえ。自分で言うのもあれだけど人とは変化する生き物。


異次元への扉を開かんと、いざゆかん。ですよ。


でもあたりを見渡せば、伊藤洋華堂、太平洋百貨、王府井百貨といった成都最大の百貨店群がそびえておりますねえ。


ええっ、いったいどこつれていかれんの。
こんなとこ売ってる香水って舶来もん(古っ)でしょ。
予算は2人で100元って言ったの忘れてんのかな。


なんてふるえる子犬のような弱腰モードに入りかけてると、ビルの谷間にある小さなお店の前でストップ。


「ここです」

「はあ」


もうなすがまま。店内に入るわたし。店舗面積は多分冗談抜きで2メートル×2メートル程度。とにかく「狭っまー」。入り口を除く三方の壁に張りついたガラスケースには香水が入っていると思われるちょっと変な形のビンが数百種類と並んでおりました。


店員は女性2人。
客は我々以外に軍服姿の20前後の男1人。


「ここにあるのは様品ばかりです」

「様品って試供品のこと?」(わたし)

「そう。デパート香水売り場とか販売担当者たちが、本来ならお客さんとかにただであげなければいけない様品を、多分お小遣いほしさにこの店に売ってるんですね」

「ってことは一応はホンモノってこと?」(わたし)

「そう。ホンモノに決まっている!」


どこからその自信が来るのかは分かりませんが、陳列品をよくよく見れば、たしかにわたしでも聞いたことあるようなブランドばっかり。


逆に香水のビンなどはホンモノと同じデザインでかなり小振りに作られていたりするから、「これってけっこう可愛いのかも」なんて思っちゃったりもする。


まあどっちにせよ、わたしじゃ分かりません。


10本くらい店員にショウケースを開けさせては匂いを確かめているジエジュンジュさん。そのご相伴にあずかったりもするんですが、「うわっ、強っ」「あっ、くさっ」くらいに論外なやつ以外は「まあ、いいんじゃない」という程度。違いなんて分かんないんで適当に選んでもらいました。


あのチェックのデザインはわたしにもおなじみ。
「BURBERRY(ばーばーりー)」を40元で購入。


はたしていい買い物をしたのか、それともよからぬものをつかまされたのか。それすら分かりません。こんな手応えゼロの買い物は初めて。


ちょっと考えたすえ、やばいもんを二人ともに贈るという危険な橋を渡るのは避けたいということで、リスクのない(向こうからは何も貰わない)美人秘書に香水を。○長の朋友には安パイで無難にかわいい系(と思われる)バッグを購入しました。


やっぱ買い物は自分のためにするのが一番。
他人のことを考えながらって、心身ともにつかれるよね。


posted by 牧場主 at 00:00| 北京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | まちかど歩けば新発見 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月17日

全く素直なピカソ鑑賞




初めましてピカソ …これって子どもの落書き!
銅版画265作品展示 省美術館で開幕 市民からは???


【17日=成都商報】

ピカソの銅版画265作品を集めた展示会が昨日、四川省美術館で開幕した。欧州芸術の雰囲気あふれる館内には多くの観客が訪れた。午後だけで招待客を除いた一般チケット購入者は1000人にものぼる勢いだった。



∬専家釈疑・原作なのになぜ本人の署名がないの?

ピカソの作品には、周春芽、徐仲偶、銭来忠など著名な画家も多大な関心をよせた。館内では、訪れた芸術家からも中国の版画制作の習慣との違いについて疑問が上がった。「なぜ一部作品にはピカソ本人の署名がないんですか?」これに対して中国対外芸術展覧センターの閻東称オーナーは、「版画はある一定の量、ひとつのシリーズものとしてが制作されます。その中の一作目または特別な一作品に対して署名が行われる、まあ日記や小説のようなものです。すべての章や日付に自分の名前を記すことはありませんよね。それに全てが刷り上がった後に署名しますから、まあ簡単な道理です」と説明した。



これと同時に、本紙が募集した「ボランティア解説員」もおそろいのユニフォームを着て、訪れた市民を熱心に応対。ボランティアと観客との間にはこのような面白やりとりが繰り広げられたのでした。


∬怪妙問答・この絵、わたしの子どもだって描けるわ!


観客1:
ここにある絵ってどれもとても簡単よね。わたしの子だって描けちゃうんじゃないの?

〈ボ〉:
ピカソが人物の顔を描くときは、さまざまな思考を経ています。子どもたちが思いのまま単純なタッチで落書きをするのとは違うんです。


観客2:
これも人の顔ですって!なんて変な形なの!(数回のタッチで描かれた人物画を指さし、多くの観客がとまどった様子だった)

〈ボ〉:
この簡単なタッチにはモデルの表情や思いの奥底まで表現されています。一枚だけを見るのではなく、シリーズで鑑賞してもらうものです。


観客3:
この女性は何故2人が重なっているように見えるんだい?

〈ボ〉:
これこそピカソの立体主義画法で、2つの瞬間に見えたものをひとつの平面上で表現しています。


観客4:
どうしてこれらがピカソのホンモノだって分かるの?偽ものじゃないの。

〈ボ〉:
全てホンモノですよ。大部分は個人が収蔵していたものをお借りしてきました。


観客5:
人の目鼻などの位置が全て間違ってるじゃないか。どう見たって普通の人間には見えないぞ。

〈ボ〉:
これもピカソが好んで用いた画法です。あなたがもっとも奇妙に感じた部分こそ、ピカソが強調したかったところなんです。


観客6:
ピカソは女性の大切な部分をこんな細かいとこまではっきりと描くんだい。まるでごろつきのいたずら絵じゃないか。

〈ボ〉:
表現方式のひとつなんですよ。ピカソは女性の特徴を若干抽象的に現しています。


観客7:
まるで石器時代に描かれた壁画みたい。中国の水墨画をまねた疑いもあるわ。

〈ボ〉:
ピカソの作品は多岐にわたりますが、個性も際だっています。あなたが一見して感じるものこそ彼の個性でありタッチなんです。


観客8:
ほんと、ピカソが世界的な巨匠じゃないとすると、おれだったら彼の画なんてとっくに捨てちゃってるよ。

〈ボ〉:
確かにピカソの絵は多くの人にとって「難解」です。でも、彼の絵には全て何らかの意図が込められているのです。まさに人の見方なんて三者三様、千差万別(智者見智、仁者見仁)なんです。




【評】

履歴書にはかならず趣味の欄に「美術鑑賞」と書いてるのに、一顧だにされたことのないわたしです(泣)。



16日に成都で始まった「世紀巨匠畢加索原作中国(成都)特展」。記事本記については、当たり前すぎるし面倒なんで翻訳さぼっちゃいました。


ピカソの絵が分からないことくらいわたしだって分かります。


だから雰囲気を楽しむのが先決。
開幕初日。千人を超える人たちの口から一体何回

「奇怪」
「qi2guai4」
「チーグアイ」

という言葉が漏れたことでしょう。


日本の美術館でも、観客が上記問答のようなやりとりを身内同士でしているのを聞いたことあります。ところが例えボランティアとはいえ解説員相手だと話は別。


聞いてみたいけど聞けない


みたいな。ちょっとは知ったかぶった質問を選んじゃう。


このへんは中国人の良いところ。


まさに直球勝負の連発


MLBか韓国野球といった感じでしょうか。



世界最高峰の芸術(多分)を間近で見られるようになったというのは、それだけこの成都も「文明都市」に近づいたと言うことかもしれません(←本心0%)。

まあ、展覧会なんて驚いて楽しんで、話のたねになればいいんです。別にピカソが分からなくても屁でもないんですし、というマティス派なわたしでした。


今回の展覧会は成都商報も主催者側として関わってるらしくぶ厚い展開。この辺は事業部とのがらみで過大報道がまま見られる日本側新聞社と何ら変わるところはありませんね。じゃっかん観客を見下ろしたような視点は気になりますが、読者にとっても多分こう書いた方が「行ってみようかな」と思うんでしょうし…★★★☆☆

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2005年12月16日

美人秘書よ。お前もか




夕食作っていたら、mingxiziからお誘いの電話。


「いま○ちゃん(美人秘書)となんですけどご飯一緒にどうですか」


すでにタマネギスライスは終了、つぶしニンニクのみじん切りも準備OK。さらに牛ブロックも側面ひとつに香ばしい焼き色が付いたところ。


もう「牛タタキ」のゴールまではムチあとひとタタキといったところ。
せっかくのめいにゅうのお誘いも一度は断ってしまいました。


しかし、


さらに肉の焼き面を変えながら考えてみると、仁&恵夫妻のパーティー映像もまだ彼女に渡してないし、またどうしても美人秘書に会って探りを入れたいこと(ミッション)もあったために急きょ計画変更。


一度断ってるもんですから、もっともらしく


「火鍋なら行くけど…」


となんて電話をかけ直して、無事、二人と合流したのでした。
日本の味「牛タタキ」を手土産にして。


場所は民族大学から一環路を渡って更に南。肖家区の一角にある「袁氏串串香」。まだ古き良き成都の雰囲気を残す飲食屋街となっております。

寒さもいよいよ容赦ないくらいに本格化した昨今ですから、成都人の火鍋モードも全開。満席のためにしばし屋外でおあずけを喰らうことになりました。


ところでわたしの前にいる美女2人。
就職(参照→http://itoyama.seesaa.net/article/10293321.html)面接練習のために密会していたということで、ここでもその続き。


「椅子には浅く腰掛けて」
「背筋はぴんと伸ばしてね」
「はい。足は開かずそろえて」


うん。うん。なかなかよろしいぞ。火鍋屋の待合いいすに座って日本式面接の受け方、座り方を教えるなぞ、袁氏串串香開業以来の珍事に違いない。


ようやくありついた火鍋シート。本日はどちらかというとお呼ばれ組ですから、いろいろと女性陣との会話を楽しませていただきました。プロレスと同様にコミュニケーションには「受け」も大切ですから。


mingxizi改め麗しのビッキー・チャオさんからは心理テストの洗礼。


一番最初に思い浮かぶ四字熟語は?

「八方美人」(美人秘書)

「四方八方」(わたし)

これは世間に対する取り組み方です。


じゃあ次に思い出す四字熟語は?

「優柔不断」(美)

「乾坤一擲」(わたし)

はい。これは恋愛に対する考え方です。


ほう。そうですか。四方八方は「社会の全方向にアンテナを張っている」という意味ですね。乾坤一擲は…ってこの熟語どういう意味だったっけ?あとで辞書調べとこ。

後記:〔さいころを投げて、天がでるか地がでるかをかける意〕運命をかけて大きな勝負をすること(大辞林第2版・三省堂)



さて世間はクリスマスムード一色で、成都でもなかなか赤と白のコントラストを見かけるようになったのですが、何故か悲しき三人衆。この話題にはほぼ素通りで、すでに中国の旧正月「春節」について。


「もう春節準備始まってるんだよね。ぶたを絞めちゃったりして」

「そうね。家でも色んな肉をつるして干してるね」(美)

「香腸とかでしょ。あれつるすと美味しくなんの」

「生の肉とは味が変わるね」

「歯ごたえが良くなるってこと?」(ビッキー)

「そうね」(美)

「どんな肉をつるすの?」

「たくさん。十種類くらいかな」

「何があんのか教えてよ」

「まず豚肉。香腸も生肉固まりも。牛も鳥も」(美)

「よく食うよね。中国人って」


閑話休題。ひとしきりまた鍋に神経を集中。


「ああ、あとji3zi(じいず)もあるね」(美)

「じいず?きいたことないなあ。見た感じどんな?」

「前脚が短くて後ろ脚が長くて。走るのがとても早い」(美)
「あと保護された動物ね」

「うおう。きてるねぇ。よく分からんけど危ない橋渡ってそうじゃない」

「大きさはこのくらい(両手広げてだいたい40センチ)」(美)

「うおう。いたいけ小動物って感じだし」
「ちょっと字に書いてみてよ」


戻ってきたメモ帳を眺めてみると


「鹿子」の文字


「なんだ。シカじゃん」

「シカ(lu4)じゃないよ。よく見て」(美)


目をこすってみてみると、確かに「鹿」の字の下には几の字がありました。ちょっと誇張して書くなら、

「鹿
 几」


こんな字になるのでしょうか。まあ字は分かっても「じいず」が何かは分からず終い。

ただ、

「保護動物ね」
「左脚だけで200元もするね」
「家の周りからもういなくなってしまったね」


というくらい貴重で、それでいて少なくとも彼女の実家がある四川省南充においては庶民が春節を過ごすには欠かせないものらしい。


「で実際には美味しいの。それとも珍しがってるだけ?」


と聞けば、何故か口を右手で隠し、小声で


「おいしいね」

とにやり。


うん。あんたも中国人ということなのですね。


「でもこんないけないことしていたら、来世はきっとじいずになってにんげんにたべられてしまうね」


なんて小難しいこと言ってきたんで


「じゃあ今からあなたの左脚を200元で予約します」


と答えたら反応してくれませんでした。悲しいね。



さて、帰宅後。
さっそく「じいず」とはなんぞや?


きょん でした。



でも 

「きょん」っていわれてもねぇ。


わたしら世代は「きょん2」しか思い浮かびません。
せつないかたおもい。あなたはきづか〜な〜い♪


きょん.jpg

◎参考写真:会議室できょんを食べても、い〜じゃん。見逃してくれよ!


学術的なところではこちらもどうぞ。
http://homepage1.nifty.com/wildlife-chiba/mammal/muntjac.html


生まれた年から妊娠することが可能だという、こう見えてなかなかおませさんなきょん。美人秘書の情報は間違いなく、やはり省級重点保護動物だそうです。


中国は農業大国といわれてますがやはり大陸。手土産に持っていった牛肉タタキなどは所詮ポン酢が出回った後からの浅はかな日本流肉料理。やはり肉食文化においても日本の遙か上を行く中国、そして中国人民(=美人秘書)なのでありました。

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2005年12月15日

デマで若豚早すぎる死



デマは一向におさまらず
見渡す限り無駄死の年越し豚

育ち盛りでも処理解体


【12月15日=成都商報】

昨日午前3時、大邑県王泗鎮の食肉解体処理場の外には、豚の処分に訪れた農民たちですでに長蛇の列。大多数が引き連れているのはまだ6,70キロの「こども豚」に属するものだ。

毎年の習慣によれば、彼ら農民は皆冬至の後になってようやく、春節用にまるまると肥えた豚を解体する。しかし彼らはもう待てないのだ!なぜならそれは…


▼目撃:事前に豚解体する農民で長蛇

半年前、ひとつの情報が大邑に流れ始め、一帯に密かに伝わり始めた。「12月15日を過ぎると政府は解体される年越し豚に対して検疫代を徴収する」というもの。うわさによればまず邛崃で徴収が始まり、一頭当たり80元(約1200円)が必要。さらに大邑では若干お安く、それでも一頭60元(約900円)。そのため農民は期日がくるまでにこれほど多くの年越し豚を殺すことになったのだ。


12月13日は王泗鎮の市が開かれる日でもあり、このうわさはあっという間に鎮内に伝染。鎮内では豚を事前処分するブームが最高潮に達した。


梁元中さんの家で処分に準備した豚はたったの約70キロ、本来はあと一ヶ月ほど育てさらに20キロほど太るのを待ってからさばくつもりだった。ところがえさ代だけで少なくても一日1元はかかることに加え、飼料代を除いても更に60元がかかるとなればまさに「やってられない」という思い。すぐに家に帰ると家族と相談、何の躊躇もなく速やかに豚の処理を決めた。しかしこのとき鎮内にある全ての解体処理場はもう「豚の処理待ち長い列」。15日より前に豚を処理するためには、もう相当早く起きるしかなかった梁元中さん。しかし、情報経路の「閉ざされた」農村に置いて全ての農民が同じような情報を聞き入れちえることから、同様の「対抗策」を取っている農民がどれほどいるかなど、想像もしていなかった。



3時間待ってようやく、廖胡子さんの食肉処理場の門が開かれた。外からは絶え間なく鳴き続ける豚の声が聞こえたものの、彼としても解決策はなし。前の晩も真夜中0時を過ぎてようやく仕事を終えたばかり。例年年越し豚をさばくのは冬至の後、今年のお仕事はこうも早く、こうも集中している。11月下旬に始まり、年越し豚の解体に訪れる農家は後を絶たず、満面に疲れを見せた彼は昨日午後には、記者にこう告げた。「私はすでにもう半月、睡眠時間は5、6時間程度。ご飯さえ食えないような状況ですよ」


昨日午後6時。15時間も待った末にようやく豚を処理することができた梁元中さん。「これでやっと60元を節約できましたよ」と安心した様子だった。



▼調査:徴収のうわさは全くでたらめ

12月15日以降、政府が高額の検疫代を徴収するといううわさに、村人たちはほとんど何の疑問も抱かなかった。更にその事実関係を確かめるような人もまたいなかった。昨日午前、成都で働く王泗鎮出身の農民が「こんなことはありえない。年越し豚をさばくだけで我々から60元を徴収するなんて」という「投稿電話」を本紙にかけてきたのだった。

年末も近づき、また別の人間がこの機に乗じてあぶく銭を稼ごうとするかもしれない。昨日、記者は大邑一帯で調査を始めた。


食肉処理場では、村人たちが各々「徴収」の噂についてまことしやかに語り合っているものの、一人として情報のネタ元に触れるものはなし。さらに政府のどの部門が徴収するのかもはっきりせず。「私らみなが話してるのを聞いただけだから…」ここの情報は隣の新場鎮から来ている、と後にある農民は証言。記者が新場陳に向かうと、その鎮の村民は確かに同様の「うわさ」のために年越し豚の処分に追われている最中だった。しかし彼らもまた情報の出所については明確な情報はなし。「西江鎮ではすでに検疫費の徴収が始まったらしいが…」。記者は又西江鎮に赴いたものの、そこの農民もまた話のネタについてははっきりせず。ただ絶対大多数の人たちは、「情報が信じられるモノでも信じられないモノでも、それはまず豚を処分してから話せばいいことじゃないか」という態度だった。


その後、ある農民は、王泗畜牧検疫防疫徐の門に「収費広告」が張られているからと伝えてきたが、またそれも実際に調べてみるとやはりそんな広告などかったことがはっきりした。


「これは完全なデマ、私たちはそのような報告は受けておらず、そんな高額な検疫代を徴収するはずもないではないか!」検疫所の陳涛所長はそう話した。関係規約によれば、食肉販売のために豚一頭を解体する場合、処分場は必ず検疫所に報告をし、検疫を経た後、検疫所は10元の検疫代を徴収することになっている。しかし農民が自分で育て、春節用に処分する豚についてはこれまで検疫を行うのみで、手数料などを徴収したことはないという。



▼反応:担当者集めデマ防止へ

検疫所の陳涛所長の言葉を借りれば、「昨日3人が我々を訪れそのことについて訊ねた。我々はその時になってようやくデマについて知った」。検疫所はこの問い合わせた3人に対しては事実を説明したもの、更に大勢の農民に伝わっているデマの蔓延をどう防ぐかについては考えもしなかった。農民が長蛇の列を作って豚を解体しようとしている状況を記者が説明するに至って始めて、陳所長は「うわさ」がこれぼど重大な結果を及ぼしていることに気付いたのだった。午後になって同所長は各食肉処理場に赴き「うわさ」を否定して回ったが、鎮政府に対しては、当然この状況は伝わっているいう認識から何の報告もしなかった。


記者が再び、廖胡子さんの処分場に戻り、列をなす農民たちに検疫費徴収はデマであるということを伝えると、彼らは皆一様に呆然とした様子。伍家村の余さんという農民はすぐさま、かれの家はまだ豚を処分していないと話した。それに対し、すでに処分してしまった農民たちは後悔しても仕切れない様子だった。


王泗鎮政府では午後5時、党政辨公室の王正中主任は、誰もに彼らにそんな報告をしなかったためにこのようなデマのことは一切知らなかった、と説明した。王主任は、このことは鎮の責任者に伝えており、村の幹部や役人らをあつめて会議を開き、デマの蔓延防止に取り組んでいると話した。



▼かぎ:役人はデマに「不感症」?

情報不足のために、農村はデマやうわさの発信地となることが多い。「年越し豚処分ブーム」の前にも、王泗では「分戸熱」が起こった。これは、役所を訪れて印象付きで戸籍を分割する農民が桁外れに多いため、鎮静府はこのとき初めて、「桑園飛行場拡張のため周囲の農地が必要となり各戸が5000元の賠償金が払われる」といううわさが民間に広まっていることを知ったという成り行き。鎮政府はすぐさま幹部による対策会議を開いたものの、効果は思ったほどではなく、今に至ってもまだ「分戸熱」はある程度の余熱を残している。


王泗鎮政府の各部門の役人ら約70人は、17の村と2地区の計約5万3千人をそれぞれ管轄している。人力による作業には限界があるため、鎮政府では主に下から上への報告方式によって住民の状況把握を行っている。それは主に村の責任者や村に派遣した鎮政府の役人による報告ということになるのだが、この報告が往々にして遅れたり、隠蔽されたり、無視されたりするという。このため政府の対応は、まま「遅きに失する」ことに。記者が調査したかぎりでは、福田村の黄書琴、伍家村の張静の両幹部は今回のうわさを耳にしていたもののその流布防止対策は問い合わせに訪れた村民に事実を伝えただけで、鎮政府への報告はなかった。



豚解体2.jpg


◎参考写真:「食肉処理場」と訳したけど、これだと「簡易処分場」の方が正しい?

【評】

こんにちわ。
うわさであってもデマであっても食肉系には敏感なわたしです。


何度も登場する年越し豚ですが、原文では「年猪」。美人秘書に聞いてみると年越し用品を一括して「年貨」というらしいので、「年越し豚」と訳してみました。

春節(今年は1月末)前後には日頃の豚食いモードが更にヒートアップする中国人ですから、ソーセージとか干し肉とか、その他色んな豚関連食品を作るため、冬至の頃(12月下旬)から食肉処理などの準備が必要、というのが例年の流れのようです。


ところが今年はその冬至を前に検疫代が徴収されるという噂が勃発。

そこにお役所のいい加減さ、農民たちの過剰な自己防衛本能が分かりやすく相まって「面白事件」に仕上がった、というからくりでしょうか。


普通だったらリード(最初の一段落)に噂は完全デマだったこと、お役所の対応にも責任あることなどにも触れるのが常套手段だと思うんですが、これは完全にお話を語り始めちゃったストーリーテラーモード。

面白けりゃいいと思うんですが、ね。


草木も眠る丑三つ時から食肉処分場前に列をつくる豚ちゃんと飼い主たち。その光景はさぞシュールなものだったのではないでしょうか。

15時間も待つことを考えたら「働いてた方がかせげんじゃないの?」と思いがちですが、そんな先が見える人だったらもともと並んでいないわけで。


豚ちゃんたちの早すぎる死を悼む意味も込めて★★★★☆。

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2005年12月14日

高級チベット料理とは




いかなるものか。

あんなまずい(≒うまくはない)チベ料理に高級も低級もあるわきゃない。


基本的にチベットは自然環境過酷な場所。食べ物は決して豊富ではなし。ツァンパとバター茶、薫製ヤク肉にトゥクパ(麺)とモモ(餃子)くらいしかバリエーションないのも仕方ありません。「食は文化」といいますが、チベットの文化程度は決して低くないわけですしね。ただかなりの「不得意分野」だということ。


ところで平地ではチベ料理に見向きもしないわたしですから、レンイエンがかつて「高級チベット料理ってもんがあるらしいっすよ」とささやいてくるまで何も知りませんでした。あの時の彼。中国南部某観光地で怪しげな男が「○○あるよ。△△も」みたいにいけないものを売り込んでくるような感じでした。


じゃあ、行こうじゃないか。


とはいってもやはり飛び込み台の上には立てずにペンディング、ペンディングだったんですが、ここに来て好機到来。

わたしと同郷で歳もタメ、四川大学に留学している木蓮さんがレンイエンの大学の先輩であることが発覚。しかも「アジア研究なんとか」という20人くらいしかいない所属学科まで同じという偶然もあって、


わたしがお引き合わせしましょう


となったわけ。場所も「高級チベットレストラン」だなんて、アジ研の方にはぴったりじゃないですか。研究してもらいましょう。論文書いてもらいましょう。


場所は民族大学西門から徒歩約10分の武候祠大街234号。蜀王・劉備さんの「お墓」の近くですね(笑)。店名は「阿熱藏餐」。


入り口の扉を開いたときから懐かしいチベットお香(サン)のかおりが立ちこめる店内。気分盛り上がるどころか、ああ、またこの世界に来てしまった、とちょいブルー入っちゃうわたし。


建物は三階建てで1階はレセプション、2階は団体さん専用個室、そして3階が個人、少人数客向けのホール。だから階段をミシミシいわせながら上っていきました。



さっそくを注文を取りに来る服務員。四川省西部のギャロン地区出身だそうです。ギャロンといえば「美人か野人」。
http://itoyama.seesaa.net/article/7481564.html(美人)
http://itoyama.seesaa.net/article/6555363.html(野人)


彼女は美人の方でした。

メニュー表(全て写真付き)とにらめっこしながら必死でチベット語料理名を読もうとするレンイエンに「わたしチベット語分からないの」と冷めたお答え。クールでよろしいです。


基本的に漫漫来老板(オーナー)のお勧めに従って2品注文したんですが、いちおうはオリジナリティーも出さねばならないでしょう。


チベットには興味があるけど、実際に接したことは…


という木蓮さんにぴったりなのはやはりバター茶。
これはやはりいわゆるひとつの冒険です。


素焼きのデカポットで運ばれてきました。やっぱりご丁寧に茶碗は人数分。美人にお酌してもらうのは悪い気しませんが、ついでもらうのがバター茶じゃね。気を利かせていただいて2杯目、3杯目以降もめざとくつぎ足してくれるあたりになれば、もう悪魔にしか見えなくなります。


ではいただきましょう。


か〜んぱ〜い!


となりましたが、その後は


ぷは〜。のどごし最高!


とはなりません。茶碗を静かにテーブルに置く3人。

「……」
「うん」
「…」
「まあこれね」


やっぱどこでのんでもバター茶はバター茶。
バターの味だし、塩の味。お茶ではなくてスープ。



ひととおり会話も弾んだ(多分ね)ところでメーンの登場。


牛肉蓋碗はヤク肉の焼き肉。

厚めの鉄板の底に厚切りにしたポテトをひいて、その上に焼いたヤク肉。さらにインドのチャパティーのような極薄パンで文字通り「蓋(ふた)」をしています。鉄板はかなり熱してあるから、ポテトは表面カリカリ。ヤク肉はトウガラシ、ニンニク、バター、胡椒、花椒をこれでもかというくらいに使って徹底的に炒めてるから臭みはなし。香ばしい。やっぱちょっと硬かったりするけれど…。


「うっ、うまい」(わたし)

「今言っちゃいましたね。聞きましたよ」(レンイエン)


と思わず漏れてしまいました。


あわせてやって来た牛肉餅は、ヤク牛細切れ肉のパイ包み。

こちらは直径20センチ弱で厚さ約5センチ。ちょうど円盤形、ふっくら厚めのパン生地の中にヤク肉と香味野菜系が包まれ、頭頂部はちょっと焦げ目がついて香ばしく焼かれてきました。パン生地がまたわたしお気に入りのシンプルな味。餡の中にチーズなんて入れちゃえば、イタリアンな「フォッカチャ」としてもいけるんじゃないかな。


で、いつの間にかバター茶もかなりぐいぐい。なっちゃいました。けっこう合うんだよね。こうした料理には。



豪奥絛餐.jpg

◎参考写真:これが豪華藏餐の全容だ!牛肉蓋碗は左上。牛肉餅は右下


ところで本日のゲスト木蓮さんですが、


「吐いたあとにこみあげてくるあの味」(バター茶)

「あとあじがちょっと納豆の味」(チャン=啜酒)


などなど味なコメントを残してくれたんで、


飲み物については前向きな評価でない


ことはひしひし伝わってきました。でもビールも頼んだことだし、たぶん楽しんでもらえたことと思います。



それではお会計


牛肉蓋碗      68
牛肉餅       15
酥油(バター)茶  12

雪花口卑酒(ビール) 8
啜酒(チンコー酒) 12

合計    115元(≒1700円)


まあ高級火鍋よりも高級やからやっぱ高級やね。

焼き肉屋行ったみたいに肉を食いました。というか肉しか食ってないという印象。あとかなりあごを使いました。

普通だったらかなり敷居の高いチベット料理。しかも成都観光を目的に訪れた日本人がこの付近にある一般的なチベ食堂に迷いこんで食べたとしたら、十中八九は黙りこんでしまうような味ですから、気軽にチベット料理を体験するにはけっこういけてる場所だと思います。建物、服務員の態度、衣装など雰囲気は満点です。


ただね。
建物を出た3人からは不思議と


「あ〜美味しかった。また来ようね」


という声は聞かれませんでしたが…



最後に。この阿熱藏餐。


「ヤクの生刺し」(時価)

というとっておきメニューもあるみたい。


チベットの象徴「牛毛牛(mao2niu2)」をナマでかぶりつきたいという野性味あふれる方も。興味本意の方も。ご案内しますよ。そのかわりご相伴にあずからせてくださいね。わたしはちょっとでいいっすけど。
posted by 牧場主 at 00:00| 北京 | Comment(0) | TrackBack(0) | 食い物、飲み物腹一杯 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月13日

劉備は静かに眠れない


彭山「劉備の墓」そばから明代の墓


【13日=華西都市報】

「私たちは『劉備の墓』の下で明代の大型古墳を発見しました」。昨日早朝、彭山県文管所の連絡を受けた記者は直ちに彭山県武陽郷蓮花村にある古墳の発掘現場に向かった。


その古墳は当地の人たちの間では「皇墳包」と呼ばれる小高い丘の近くにあり、この「皇墳包」こそ近年話題沸騰(本紙既報)の「伝説上の劉備の墓」があった場所とされる。今月7日に始まった4日間に及ぶ発掘において、古墳の前半分はすでに地表に現れていた。右側の一枚の門はすでに開かれ、そこからは内部の墓碑もはっきりと見ることが可能。墓碑は高さ約2メートル、上部には「蜀府儀賓奉中大夫呉公墓志銘」と刻まれていた。この墓志銘から、この墓に葬られた主人は「呉尚」という人物で、明代の蜀府高官の地位にあり、病気のために明代の宣徳元年(西暦1426年)に37歳で死亡したということが判明。墓碑の正面上部には二匹の龍と細かい波をデザインした彫刻が刻まれていた。


墓碑のそばを回って我々は墓室内部に入った。天井部はアーチ形になっており、最も高い部分で地面から約2.2メートル、横の広さは2.1メートル、墓室の後ろ半分は泥に覆われているため奥行きについては測定不能。高さ50センチ、幅1.34メートルの棺桶台が暮室の中央に置かれていた。彭山県文管所の方明所長は、「この明墓が見つかったのは全くの意外」と説明。「すでに盗掘にあっているため、墓の中からは十数品の副葬品しか見つからなかった、おもに陶製の人形と香炉が中心で、さらに陶器の破片も少量見つかった」と話した。発掘作業はさらに3日間行われ、その後保存のために埋め戻されるという。



【評】

久しぶりのニュースネタになってしまいました。


身近で色んなことが立て続けに起こったからで、新聞読むのをさぼってたわけじゃないんですよ。

自分の身を削って、恥ずかしいところをさらけ出してでも、読んでる人に面白い話題を提供しようというわたしの献身的な行為をほめてやってください。



「劉備の墓」って見出しを見りゃ、成都在住者ならだれだって目を奪われて当然。といいつつ劉備の墓は武候祠だとばかり思っていた三国志素人ですから、それが彭山にあると知っただけで驚きでした。


彭山県は成都市の約30キロ南にあるいわゆる「周辺都市」。


近年になって劉備の墓ではないかというはなしが出始め、いっきに話題のスポットに。でも四川在住の留学生などにとっては、手軽な日帰りデートスポット「黄龍渓」の近く、といったほうが分かりやすいかもしれません。



それにしても。


三国時代の「墓」の下から明代の墓が見つかっちゃやばいでしょう(笑)



と最初思ってしまいました。というのも原文では新たに墓が見つかったのが「《皇墳包》的小山包脚下」とあったもんで…。

一般的には脚下は「下」と訳していいと思うんですが、それじゃあまりにしっくりしないんで辞書で調べてみると「<方>付近に、近くに」とありました。この記事の冷めた論調だったら、やはり方言の「近くに」で訳すほうがいいのでしょう。

それにしても、

地の文でまぎらわしい方言使うなよなあ!


三国志というネタがネタなんで、日本にもマニアさんがいらっしゃるでしょうから、あくまでわたしのブログは情報提供程度。信じられないという方はリンクをお知らせしますので、参照してください。
http://www.wccdaily.com.cn/2005/12/13/14c.html



ちなみに劉備さんの墓については、

2003年03月31日付同紙によれば重慶地区にある奉節にも「劉備の墓伝説」があるらしく、今回のニュースは、奉節派に彭山派をつっこむネタを与えることになるんでしょうね。


《新聞背景》劉備の墓は果たして成都にあるのか、それとも奉節にあるのか。それは学術界においても一大懸案事項として長年論争が続いてきた。陳寿の「三国志」によれば、「劉備は四月に奉節にて死去、5月に梓宮を回って成都に戻り、6月に恵陵に葬られた」とある。しかし専門家の認識では三国志時代の技術条件を考えれば、遺体を炎天下、完全な形で千里も離れた成都まで運ぶのは困難であり、そのため劉備はかなりの確率で奉節に葬られた可能性が高いとの指摘がある。



それにしても、中国版「邪馬台国論争」みたいで面白いですね。今回のニュースではその論争に焦点を当てていないんで、残念ながらさらっとした記事になってしまいました。★★☆☆☆(もし論争に決着ついてるんだったら★★★☆☆)
posted by 牧場主 at 00:00| 北京 | Comment(0) | TrackBack(1) | これは面白ニュース!? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月12日

44日間で現役引退!?




厨楽火鍋「美的(midea)」が息を引き取りました。


塾長が昼間作ったという「すいとんもどき」を温め直していただこうと、スイッチオン。


無反応。無視


輝くべき赤ランプがつきません。
プレートの底が熱くなる気配もなし。


「豪華電火鍋」も電気が伝わらなけりゃただの器。いくら念じてみても、手をかざしてハンドパワーを使ってみても、とうぜんこちらの熱意は伝わりません。



10月30日に購入したばかりでした。
http://itoyama.seesaa.net/article/8809386.html


壊れ鍋.jpg

◎参考写真:購入から44日間でこの(左)運命。すでにスクラップの貫禄十分です



ちょうど麦徳龍で大量に買い込みをしてきた矢先の出来事。

カレーやタタキ、焼き肉などに使える牛肉ブロック、甘辛煮がいける豚のスペアリブなどの常連組に加え、新たな面子としてはパン粉君も仲間に入ったところでした。

いっときますがいまだ他に熱源はないに等しく、また自炊生活はほぼ振り出しまで逆戻りとなります。



とにかく腹のむしが治まらないもんで、ドライバーで分解してみたんですが、構造がシンプルすぎるが故に原因が何かも分からず。

余裕で維修期間(基本一年)内ではありますが、領収書を保管していないということで、無料修理はしてもらえなさそう。さらにぶつを自ら成都市内のどこかにある修理センターに持ち込まなきゃならない。

値段が値段(129元)だったことだし、果たしてそこまでする価値があるのかどうか。


そんなこと考えてたら、しばしの回顧モード。


結局一番焼かれたのは卵とベーコン。

「何もないか。じゃあベーコンエッグ食っとけ」が我々の合い言葉でした。やっぱめしに目玉焼きに醤油でしょう。これは日本食の基本。


次点ではパスタがゆでられました。

愚の元もあったため、又手作りミートソースの塾長、ねっとりカルボナーラのわたし、という具合に役者もそろってました。


3位に入ったのは多分大根。

これは塾長お気に入り。みりんが手に入ってからの赤丸急上昇でしたね。


あとは、

焼き肉2回

カレー2回

最も活躍が望まれていた鍋料理については、けっきょく1回という期待倒れの結果で終わっちゃいました。


そして早すぎる大往生…



別に不満があった訳じゃありません。だからまた同じ(っぽい)奴を買うことになるでしょう。日本人にとって一年で一番重要な年末年始を迎えるのに、やっぱ鍋インフラがないということは考えられませんよ、ね。


「安かろう悪かろう」が当たり前のこのお国。今度こそ「安物買いの銭失い」はしませんから…、と思います。

posted by 牧場主 at 00:00| 北京 | Comment(0) | TrackBack(0) | 他にもまだこんなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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