2005年11月30日

夢で言えたら05in藏語




あ〜困ったな。明日の口語の授業、発表だよ。


テーマ「先週末に何をしたか」


あの熱血レンチン教師、一人あたま5分は話せって言ってたよなあ。
あ〜とか、う〜とか言って間を持たせても、そんなんでお茶を濁せるような時間じゃないしなあ。なんば喋ろうか。



明日の授業準備(備課)をする塾長を尻目に、

リビングの片隅にあるわたし的ホームスペースにて横になり、そんなヨシナシゴトを頭めぐらせてたら、子どもの時からの悪いくせ。3分も経たずに×_× ×.× ×_×


いつの間にか、

例の超寒々とした教室。
授業は始まってしまいました。




11月26日(土)   天気:晴れ

表題:中国ピーマンなぜ辛い


結論から言うと、答えは分からず。

あ〜悔し

食事当番ということで、日式焼き肉をプロデュースすることになった今晩。

ぶた肉(スペアリブ)はもみだれにからめて香ばしく、薄目に切った牛肉はそのまま焼いて、おろしポン酢でいただきました。



なんて立て板に水で話したいのは山々。
日記にゃ、こんな面白いこと書いてんだぜぇ。

でもチベ語歴2カ月半にそんな説明すらまず不可能。


あ〜何言おうか、何なら言えるのか。


もがいてます、もがいてます。直前まで。
でもとうとうやってきました。自分の番…


ところが。

いざレンチン教師および同学たちの視線を浴びるとあら不思議。



ざんこ・んじぇんば・ぎ・ざっ・ぺんば・

んがっ・すーちゅあん・ふぉ・じょ・ちぇんぼ・ら

ろん・こ・のん・で・に・うぉん・じ・いん


(うおう。調子いいじゃん、おれ)


でに・んが・ぎ・しゃぽ・にゃむだ・はおようどう・ら

じょの・ら・そん・ぜ・いん


(けっこうしゃべれてない?やっぱ本番強いぜよ)


んが・ぎ・のん・ら・さ・ま・ぞ・ぞん・ぜ・いん

しゃ・ぽ・ぎ・んが・ら・せ・に・は・つぉん・や・ぽ・れ

んぎぃ・そむ・な・は・つぉん・し・ぽ・れ



ぷちっ


ここでフィルムは切れてしまいました。



はっ

うおっ、おっ。
ここは、へ、や、だよね。


日付け、は?

一応は30日(水)。でも午前4時。


時計が逆回転したわけはないから、


墜ちてました。


ネバーランドに片足つっこんだ男が、不覚にも今度はドリームランド(夢の世界)に住み着こうとしておりました。


それにしてもこれが間違いなく初めて。


夢の中でチベット語をしゃべってしまいましたよ


来ました
来てます
来るとき
来るなら


夢で外国語しゃべったら一人前とよく言いません?

とうとうその瞬間がやって来てしまったわけ。


最近全くチベ語ネタ無くなってたし、あいつ挫折したんじゃないか


なんて心配してくださっていた皆様へ。

へへ〜ん。ざんねんでした。
わたしはこんなに大きくなってしまったのです。



もちろん。

夢のお告げ通り、本番の授業でも一字一句そのままに使わせてもらったことは言うに及びません。



《付録》

先週の土曜日、私はバスに乗って視線大学に行きました。そのあと、友人と好又多に買い物に行きました。私が夕食を作りました。友人は私に「とてもおいしかった」と言いました。うれしかったです。

posted by 牧場主 at 17:22| 北京 | Comment(0) | TrackBack(0) | エンジョイ!学生生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月29日

族の宴最高潮@美食祭




「おい、こっちにも」「おすなよ、おすな」
「全員の分あるから大丈夫」


四川省成都市の西南民族大学で29日、美食まつりが開かれました。食(蜀)の都にふさわしく、また中国56民族全てが集い学ぶ民族の殿堂に相応しく、極めてハイレベルな美食の宴が繰り広げられる、と思って出かけてみました。学生食堂前広場。

…やっぱりタダじゃ終わりませんでした。
だからブログにも書いちゃうわけですが…


このイベント。

正式には「西南民族大学第二届民族美食節」。


第2回ってことですね。


会場はかなりにぎやかに飾り立ててありました。


例の中国らしい赤地の横断幕懸垂幕に黄色の文字で、


川菜 名菜 天下菜 菜彙

美食 美味 美民大

麻辣鮮香 百食百味

名厨 高厨 天下厨 厨聚民大


などなど。極めつけは


熱烈慶祝我校首次実現五十六個民族大団円


ですか。

このスローガンの嵐。

これだけ能書きにまみれていても、中国語を習い続けていると、時に「あっこれ、うまいよ」「使えるかも」なんて思ったりするから不思議。

たぶん会話の中に成語(≒四字熟語)を織り交ぜることに快感を覚えるようになる時期とタイミング的に何か関係があるような、ないような。



開会予定時間は午前11時半。
すでに会場の周りは円形の人だかり。


円の中心からは四方八方に動物性油の焦げる香ばしいかおりが広がり、観衆の鼻孔を直で刺激しとりました、とです。



民大美食節3.jpg

◎参考写真:しっぽがかなりセクシーな何かの丸焼き。しっぽり焼き上がり


族といえばこの人。

彝(イ)族会のホープ、グーウエイムーチュィさんが登場。
http://itoyama.seesaa.net/article/7996282.html


「あれなんの丸焼きッスかねえ」

「羊です」

「はい、そうですか。ありがとうございます」


今回は彼、キレで勝負。出番短めで終了。


ところで私がこのイベントを知ったのはほんの前日。
学校中いたるところにボスターが張られ、


1000人分の焼羊肉、ピラフ、バター茶無料


と大々的に宣伝してたんできちゃった学生も多かったはず。


ところがやはりここは中国ね。


まつりはたった15分遅れで開幕したのですが、領導たちのお言葉、司会者連中の能書き、さらに来賓席限定試食が続くばかりで、一向に、われわれの前に張られた美食の数々と観客とを隔てるテープが除かれることはありません。


「おあずけ」をくらったままの中国観衆約300人(と日本2人)


とうとう目の前約5メートルの「羊」がむしられ始めました。


やっぱまずは正面ステージのお偉いさんたちへ。

でも、今度は民族衣装をまとったお姉ちゃんたち(≒学生たち)が皿を持って観客の前にもやってきまいりました。


うおぉー(冒頭のシーンへ)


民大美食節1.jpg

◎参考写真2:一気に伸びてくる手、手、手。ちょっとびびり入ってる民族小姐


一番乗り。羊肉に手が届いたのは学生ではなし。いわんや我々少数日本人でもなし。ねずみ色の制服を着た学校保衛の若者。超嬉しそう。笑顔がすてき。


ですが、これを機に群衆が一気にテープを乗り越えてしまいました。


もうかんぜん無法地帯の治外法権。


押し寄せる群衆。
まるで切符売り場か、バス乗り場。
決して最高学府のあるべき光景にはあるまじき。


羊がむしむし、むしり取られます。
もうほぼ骨だけになっちゃいました。



大きめの盆に美しく山形に盛られたピラフ(抓飯)は、かつて手づかみで食べていたからその名が付いたという由来通り、片手一杯に握らとれ、持ち去られていきます。

各々がおにぎり2個ずつは握れるくらいの分量を、ですぜ。



わたしはこの混乱に乗じて、ステージの方にまで進んでいきました。
マイデジカメがポータブルの撮影機に見えなくもないんで、中央電視台、四川電視台の方々に混じって歩き回ってしまいました。



テープの手前にいたときからずっと気になってた場所に直行。



民大美食節2.jpg

◎参考写真3:街角に普通にいそうな雰囲気を醸し出す彼が気になってました


かとチャン並みのちょびヒゲについ目がいってしまいますが、司会者に説明したところによれば、


「カタッカタ」


みたいな名前のウイグル族ハンバーグを作るのだそう。

聞いてないよ〜。聞いたことないよ〜。

食いたいよね。食いたい。でも、まだ相当時間がかかりそう。



このウイグル青年を含めた8つのテーブルに各民族の学生がいて、それぞれ自慢のお国料理を腕によりをかけ、そしてコンテスト(PK)、という流れです。



でもそれはまだ1時間先の話らしく、腹の虫はぜんぜん待ってはくれません。ましてや一時間後にも食える保証はどこにもなし。


我々はレンイエンとともに退散いたしました。



でもね。

いったん体にともされた民族の炎はそう簡単には消せない、わけ。


成都一、民族の香りぷんぷん漂う武候祠横街×洗面橋横街の十字路近く。

となりはバター茶屋。向かいは民族衣装屋。
そんな蘭州拉面屋さんで、ばりばり回族料理を食っちゃいました。

ほんま羊の臭い全開、
とにかく口の中に羊エキスあふれるくっさーいやつ。

さらにはお勘定で一元よけい取られちゃいました。


それもまた、民族チックなオチでよろしーかと。



posted by 牧場主 at 00:00| 北京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | エンジョイ!学生生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月28日

ストリップで批判教育




群衆通報:茶館で人が服脱いで踊ってる


【11月28日=華西都市報】

金牛警察は文化査察部門警官百人近くを動員して25日夜、沙河源友聯村4組にあるストリップ劇場(色情表演場所)を捜査、現場で「服を脱いで踊る」演技をしていた13人を逮捕、現場にいた百数名の観客に対しては「批判教育」を行ったことを昨日午前、報道機関に発表した。


「私らの村の茶館裏には隠れた小ホールがあって、この中ではある団体が服を脱いで踊る演技(≒ストリップ)をしとります。もうすでに数日間。お願いです、調べてみて下せえ」。25日夜、金牛警察はこうした情報を元に、通報の場所に警官を派遣。数人ずつが連れだって友聯村4組の茶館裏にある粗末な「小ホール」を訪れ、中で演技を見ている事実を確認した。室内は薄暗いライトがともり、くもり湿った空気に包まれている。観衆は大部分が青年。午後10時半ごろ、演技がスタート。一人ひとり濃い化粧をした、露わな服装の女性が強烈なライトに照らされ、大音量の音楽にあわせて、じらすような動きを行った。ステージ下からは口笛や歓声が鳴りやまず。10時40分、警察が速やかに茶間の正面の入り口から「小ホール」に入り、現場を確保。法律に基づいてわいせつな演技をした疑いのある13人をパトカーに乗せ、派出所にて調査を行った。観客百数名もまた批判教育を受けた。




【評】

場末のストリップ劇場。

日本ならば「ひなびた温泉街」を思い出しそうですが、ここでは成都市郊外の農村が「舞台」。


それにしてもこの食いつきは、素晴らしい。


単なる警察発表を面白く面白く仕立てようとする書き手の熱意が伝わってきます。びっしびっし。


室内を薄暗く照らすライト
くもり湿った空気

じらすような動き

鳴りやまぬ口笛、歓声


まるで物語(三文エロ小説!?)を読んでるかのような情景描写。そうです読者、少なくとも世の中の半分の読者はそんなことが知りたいんです(笑)。


決して過去の類似事案の発生件数とか、適用法律の詳しい条文なんかは必要なし。できるだけ現場の情景描写によって各々の想像力をふくらませたいだけでしょう。


できれば入場料はいくらだったとか、知りたいのはわたしです。誤解されないように言っておきますが、他意はありませんから。



ところで中国は「法治国家」。

ストリップは違法行為なわけで、主催者側および踊り子姐さんたちがしょっぴかれたのは当然なんですが、面白かったのはお楽しみから一転、警察に「批判教育」(怒られちゃった)を受けた若者ら100人超。


ここでいう「批判教育」ってとっても中国チック。


:pi1ping2【批判】        中日辞典(小学館)より

1,批判(する)、批評(する)

2,相手の欠点や誤りを指摘して意見をする。しかる。
  失跡。批判、小言

『注意』物事や人の行動・意見・観点などの良い点と悪い点、長所と短所、善と悪を指摘し、何が正しいか何が正しくないかについて自分の意見を述べること。日本語の「批評」とはニュアンスが異なり、非難する意味合いが強い


とありますんで1960,70年代の香りもほのかに感じるところ。


「お灸を据える」んじゃなくて「批判教育を受ける」。


どっちにしても法的制裁、罰金的な香りはしませんが、やっぱ後者の方が反省の度合いは高いと思うのはたぶん部外者の思いこみでしょうね。具体的に「批判教育」で何を言われるかも知りたいところ。これも中国人には周知のことなんでしょうか。



「今日ははじけようぜ」と、わざわざ村くんだりまでやって来て10分程度しか「楽しめず」、批判教育まで受けてしまった若者たちよ。記者は今回かなり頑張ったと思うんですが、成都の将来を担う君たちのため、あえて厳しく★★☆☆☆(意味不明)。

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2005年11月27日

ようやくカルボナーラ



までたどり着きました。わが自炊への路。


ふう〜長かったぜ。


ようやくこれで成都で食べれないもん(今んとこホントよこれ)が食べられるようになりました。


この道のりを振り返れば、


ステップ1 鍋底ホットプレート購入

ステップ2 生クリーム&粉チーズGet

ステップ3 黒胡椒&ベーコン購入


ここまでは比較的スムーズでありました。
とっかかり自体は非常に遅れましたが、ね。


材料はもう万全。


ですが、ここで塾長宅の致命的なウイークポイント。火の元が一つしかございません。インフラ未整備のため、パスタ作りの大原則である麺をゆでる作業とソース調理の同時進行ができないのであります。


ここにおいて1カ月ほど滞っておりました。


もちろん、伊東家が証明するまでもなく必要こそがアイデアの母。マンネリ化に終止符を打とうともがき続ける我が欲望によって見いだされたものこそ、塾長宅唯一の暖房器具であらせられるところの電暖気(電気温熱器)でした。


この文明の利器を保温器がわりに使うことで、万全とはいかないまでも、パスタ作りの同時並行的な流れに近いだけの動きをしようではないか、という試みが本日、しめやかに行われたわけです。


それはこんな感じ。


下準備;

ベーコンをちょっと太めの千切り
タマネギは薄めにスライス
卵は当然黄身だけ使用。生クリームと混ぜ合わせ、粉チーズも適量


調理開始:

まずはわれらが深鍋ホットプレートに大量の水を注ぎ、沸騰させます。当然塩は多めに投入ですね。


ホットプレートを鍋底ごと取り外し、電熱器の上で保温。


備え付けの小鍋をむき出しになったホットプレートの熱源上に置き、多めのオリーブ油でベーコンを炒めます。いくらお湯の温度低下が気になると言っても、カルボナーラですから「弱火でカリカリに」は譲れないところ。さらにタマネギも加えます。


今度は小鍋を電熱器上へ、鍋底を改めてホットプレートの方に。再沸騰を待ってパスタ(乾めん)を投入、アルデンテにゆでます。


購入したてのざるでパスタを取り出しまし、熱いうちにベーコン&タマネギの小鍋に。素早くかき混ぜ、カルボナーラらしく少し大げさなくらいに黒胡椒をふりかけます。


さらに小鍋に黄身、生クリーム、粉チーズのソースを加え優しく混ぜ合わせましょう。味見をして塩気、水分が足りなければパスタのゆで汁を適量。



カルボナーラ.jpg

◎参考写真:これが第1回カルボナーラ。後ろは今回大活躍の電暖気(電熱器)


元々シンプルな料理ですからね。
手際さえよければまずいはずはなし。
料理評論家岸朝子的に「おいしゅうございました」


何か気になることがあるとしたら、黄身さんくらいでしょうか。

とうぜんこの卵、近くの市場で購入した完全中国仕様。親鳥の生身の体を経てぽっとん産み落とされたままの殻にはあらゆる雑菌が付着、消毒処理など行われたはずもなし。


カルボナーラって黄身の旨味・こくを半生で楽しむのがセールスポイントなんですが、上記の理由から、逆にここ中国では大いなるデンジャラスポイントに。


鳥インフルも気になるご時世でありますが、わたし的には少しも心配しておりません。健康ならあらゆるウイルスに負けない、と楽観的に信じ込んでますから。 


まるで何かやばい橋を渡ってるみたいになってしまいましたが、安全な食い物を作ればいいだけの話。電熱器の新しい利用法を見いだしたおかげで、パスタに関しては一気に色んなものが食えることになりそうです。


食いたい人はいつでもお声かけを。

労力は惜しまないつもりです。
結果についてはもちろん「自己責任」でお願いしますが…。

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2005年11月26日

中国ピーマンなぜ辛い




結論から言うと、答えは分からず。


あ〜悔し


食事当番ということで、日式焼き肉をプロデュースすることになった今晩。


ぶた肉(スペアリブ)はもみだれにからめて香ばしく、薄目に切った牛肉はそのまま焼いて、おろしポン酢でいただきました。


ああ日本のホームドラマかCMを見てるみたい。
休日の夜の家族団らん。笑い声の絶えない焼き肉タイム。


作り手としてもなかなか幸せな一時なんですが、

気が付いてみれば、

鉄板の上のピーマンが全く減る気配なし。
肉以外にも、中国的紫色ピーマンやニンニクスライスはどんどん人間どもに喰らわれていってるというのに。ピーマンだけはだれもを手をつけてくれてない。


そういや先日の「森林シャオカオ」でも同じ光景。


まさか、と思って一口。

やはり、と思って納得。

おお当た〜り〜!


何を隠そう、ここ中国では、ピーマンが辛いんです。


日本では主に子どもの嫌われものNo.1なピーマンなんですが、中国では「青椒(ピーマン)」は大人からも嫌われます。塾長も塾長的朋友もティンカーベルもみんな嫌いなんです。



逆に中国青椒が全て辛かったらここまで嫌われれることがないんだと思います。

中国ピーマンの抱える根本的問題。それは、


ロシアンルーレット的に辛い


ことでしょうか(笑)。


ところで、わたし的に初めて辛いピーマンにあたったのは実は中国ではなく、トルコはイスタンブール。


ピデ(ピザ)屋さんで、つけ合わせにちょっと細長目の生ピーマンを数本くれました。


「これってシシトウみたいだよね」


誰かは忘れちゃいましたが、多分同じ宿にいた日本人にそう話しながらカプリ。


「うへぇっ、これ何で辛いの!?」

まだピーマン以上に辛さに対して青かったわたしの率直な感想。それが辛ピーマン初体験でした。


ちなみにその時、店員だったひげ面トルコ兄いは「太陽の当たり方で違うんだよ」と説明してくれた記憶があります。



でも中国で辛ピーマンにあたる確率は「日の当たり具合」で筋が通るほど低い確率ではなし。では中国ピーマン、いったい何故辛いのか。



ここ(http://www.takushoku-hc.ac.jp/soma/soindex/piiman.htm)にて、トウガラシとピーマンについてはだいぶん詳しくなることができました。


要するに元はトウガラシ。

それが含まれる辛味成分(カプサイシン)の量によって辛トウガラシと甘トウガラシに分類されるのだそう。


ピーマンは1774年にアメリカで品種改良によって代表的品種であるベルノーズが誕生。その後も改良が進み、甘トウガラシには現在、甘味種大果系に分類されるピーマンのほかにししとうやパプリカもあるわけです。


ところで中国ピーマンの場合。

外見的特徴でいうなら、日本の一般的ピーマンより細長さが際だちます。どっちかというとでかい青トウガラシを連想させます。


ピーマン.jpg

◎参考写真;実録!これが辛いピーマン(中国青椒)だ。ぽけててすまんね


味でいえば、辛さは際だてど、苦さはかなり抑え気味。

日本の子どもたちがピーマン嫌いの理由はこの「苦さ」にあると思うから、もしかしたらお母さん、子どもさんを中国に連れてくればピーマン嫌いは治るかもしれませんよ。


とにかく中国ピーマンはかなりカプサイシンの量が豊富、かなり辛トウガラシとの境界線に近い品種であるのは間違いなさそう。


これは日本で「ピーマンです」って出されたら、よほどできたお客さまでない限り、発狂して店をののしり倒すでしょう。


それくらい「違う食べ物」な中国青椒。


もちろん、モノホンのトウガラシ(辣椒)ほど辛さ、痛さが後を引くことはなし。四川以外でもこんなに辛かったかについては残念ながらあまりはっきりした記憶はなし。もちろん四川人的には嫌いになる理由はありません。


もし中国(特に四川なら間違いなし)に来て、ピーマンを使った代表的な料理「青椒肉絲」を注文、「あれっ、なんか辛くない」と思ったら、まちがいなく青椒の仕業だと思ってください。

また中国ピーマンを丸ごと醤油系の味で炒めた「虎皮青椒」というもっとストレートな料理もあります。それにも挑戦していただければ、かなりの確率で辛ピーマンを体感していただけると思います。


どうでしょうか(笑)。

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2005年11月25日

お手柄でいいんかいな




市民の機転で売春婦「釣り」上げる

青羊警察事情聴取の後「特殊服務」の女性連行
立件に向け調査開始


【11月25日=成都商報】

セールスはもうこれで何度目か。またしても堂々と赤裸々に「処女を」売り込もうとする匿名の電話。朱さんの怒りはとうとう頂点に達してしまった。成都の警察に大規模な売春摘発捜査を行わせる価値があるのか。ことの真相を確かめるため、彼は昨日、誘いに応じて相手方の女性と対面した。正府街のとある三つ星級ホテルに現れた妙齢の女性は、朱さんの通報で駆けつけた青羊警察によって派出所に連行された。警察によれば、この年若き女性の背後にはおそらく高度に組織化された売春グループが潜んでいる可能性が高いという。現在、警察は立件に向けて正式な調査を始めた。



♪度重なる「セールス」電話に激怒

昨日午後、成都市民の朱さんが自らの会社で会議を開いていると、突然携帯電話がなった。それは身に覚えのない電話番号で、受話器の向こうからは中年らしき女性の声。普通語を操り、「『特殊』務はいらないか、1回あたり5000元、価格は交渉に応じる」と熱心に働きかけるのだった。すぐ電話を切った朱さんだが、はからずも電話は又なり、同じ人物が同じ内容を繰り返すのだった。


「もう何回もその話は聞いたよ!」相当腹をたてた朱さん。彼によれば、一ヶ月前にもある人物から同じような内容の携帯メールが送られてきたという。同じ目に遭わないよう、朱さんは相手方が一体どのような手口を行うのか、確かめてやろうと思い立ったのだった。


午後4時ごろ、今度は朱さんの方から電話をかけた。電話を受けた女性は喜んで「では相手を見つけましょう」と返答。またしても朱さんに「処女を紹介できますよ」と話した。朱さんは5000元の価格を2000元に値切ったところ、相手も同意。またネット上で朱さんの電話番号を知った、と説明したという。最後に午後5時半、正府街のホテル三階で待ち合わせることで約束した。



♪出会った女性は「母を救うため」

午後4時半、約束の時間までは1時間。赤色のコートに紺のジーンズ姿の長髪女性がゆっくりとホテル三階にある喫茶店に入り、朱さんの目の前に座った。江西省出身と名乗るこの女性、母親が直腸癌を患っており、多額の治療費が必要なため、母を救うため我が身を売ることを決意した、という。突然現れた記者を前に、彼女はどこか不安そうな表情を見せた。


彼女曰く、江西から成都に来て一ヶ月もたたず、故郷の知り合いと一緒に高新地区の薬剤工場で働いていた。その知り合いが彼女に、「もし母の手助けしたいならある人物が手を貸してくれる」と話を持ちかけた。働いていた工場の名前一ヶ月の給料などを尋ねると、「知らない」と答えるのだった。



♪告白 金がなくおろかな決定

記者が彼女の母親と連絡が取りたいと話すと、この女性は一変して自分は湖南省から来た、またすぐ、実家は湖北省で今年17歳だと訂正。再三にわたる質問に対し、とうとう母親は病気でも何でもなく、自分で使うお金ほしさに売春しようと思った、と答えた。彼女はかたくなに今回が初めてだと主張し、2000元をもらえればすぐ家に帰るつもりだという。朱さんに女性を斡旋した人物について、この女性は最後まで誰であるか明らかにしなかった。



♪警察 女性を連行、立件へ

朱さんはすぐさま警察に通報、青羊警察が女性を連行したあと、朱さんの電話が再びなった。相手は朱さんに斡旋した女性。目当ての人物に会えたかどうかを尋ね、また女性にも電話に出るように求めた。朱さんは女性がトイレに行っているから、という拒否したものの、その後も女性は何度となく朱さんの携帯を鳴らした。


警察側の見立てによれば、連行した女性の背後には高度に組織化された売春グループが存在している可能性が高いという。現在、正式な立件に向けて調査を始めている。



【評】

このおっちゃん。

いつ成都商報に連絡したのでしょう。


自分で午後4時過ぎに売春グループに電話をしたあと、不安になったか、第三者にもいてほしかったかで、マスコミに電話をしたのなら分かります。


でも、なにか自分の怒りを治める方法が知りたくてまず新聞社に相談したところ、そこの記者が実際に会ってみることを「そそのかした」のであれば、問題だと思いますがね。もちろん「会ってみませんか」なんて直接的な表現はしなかったでしょうが…。


警察の「おとり捜査」については前にも1回触れたことがあります(→http://itoyama.seesaa.net/article/4195180.html)し、なかなか面白いと思ったもんですが、一般市民を危険の最前線にさらす可能性がある取材は控えるのが日本では「常識」であるような気がします。とくに一番慎重であるはずの新聞社であれば…。


まあ、あくまで朱さんが自ら新聞社に駆け込んだとしときましょう。

売春婦、その斡旋グループの摘発は日本でも行われています。果たして日本の新聞社にこのような「相談」があった場合、相手にするでしょうか。


ひょっとすると、地元警察署生活安全課への直通電話くらいは教えてくれるかもしれませんね。



ところで、この自称「処女」の女性については、早い段階で本人の声を取り、写真を押さえ、警察も取材に応じたおかけで何とか記事化できました。


でも、この時点で記事を出してしまえば、高度に組織化されたグループが証拠隠滅を計ることなど、かなり明確です。


一人の女性を「誤った道」から救ったことになるかもしれませんが、巨悪はまちがいなく生き延びてしまうでしょう。この朱さんだって身の危険にさらされます。


記事にできるものはすぐにでも原稿に打て


というのは日本も中国も共通ですが、その後実際に紙面に載せるかというのは、もう報道機関としてのスタンスにかかわってきます。中国マスコミはこういう哲学だということです。



それにしても

処女5000元(約7万5千円)が値切って2000元(約3万円)に。



う〜ん

ねえ


「う〜ん」にも「ねぇ」にも大した意味はありませんよ。
どこにも馬鹿なオヤジ連中がいるということを言いたいだけです。きっぱり


モザイクで目は隠されてますが、女性の写真が見たい方はこちらへどうぞ。
http://www.cdsb.com/cdsb/GB/2005/11/25/352762.html


みなさんもブログやHPに携帯番号は載せないようにしましょう。あっ、どうせ相手にされないか(笑)★★★★☆
posted by 牧場主 at 00:00| 佐賀 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | これは面白ニュース!? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月24日

火鍋で日和っちゃった




きょうは「わらしべ長者」的な気分です。


PB復帰のおかげで全くいらなくなった例のWin用無線LANカード。
ネット難民のレンイエンに譲ったところ、


どうしても恩返しをさせて下さい


と、たっての願い。
仕方ないから火鍋屋に行くことにしました(笑)。


お礼には火鍋を(→http://itoyama.seesaa.net/article/9675168.html)、それに関連したお礼にもまた火鍋。まだこの成都には義理と人情が残っています。火鍋を中心に。


そういや中2日だな


よかろう。

周りの人間から「寒い」「凍える」なんていう悲鳴が聞こえてきた昨今。成都もいよいよ火鍋シーズン全開。


これくらいの登板間隔など、エースとしては当然でしょう。


前回けっこういい目を見たもんで、今回も民族大学近くで新規開拓に励みます。


武候祠横街と一環路のT字交差点付近にある火鍋店「味道・江湖」。
http://www.weidaojianghu.com/index.htm(中文のみ)


当然おごられるわけなんで、注文方式の高級火鍋店に来ちゃいました。
店はやっぱり黒と赤を基調にしたオシャレ火鍋系。


せっかく注文表を帯走(持ち帰り)してきたんでご覧下さい。(1元≒15円)


鮮鵞腸    8元/皿
牛肉     8元/皿
うずらの卵  6元/皿

生菜(チシャ) 2元/皿
黄豆芽(もやし)2元/皿
木耳(キクラゲ)2元/皿
夢ト(大根)  2元/皿
芋児(里芋)  2元/皿

筒子骨湯鍋底(スープ)15元

雪花特純       6元/瓶×2本

つけたれ(ごま油)  2元/皿×2人分
香菜(コリアンダー) 2元/皿


味道・江湖.jpg

◎参考写真:よく見てね。ちょっと写真のアングルをひねってみたんで


まあだいたいこんなもん。
どうもビールだけは納得いかん。

愛しき雪花ビールが5元から。歩いて300メートルのシャオカオチャーハン屋では店出し2.5元だというのに。楽してもうけようとする魂胆はちょい許せませんね。



ところで、

味は極めてよろしゅうございました。

が、後悔の苦い味によって全てはご破算になってしまったんです。それもこれも、初めてつけだれをおかわりしてしもうたわたしの責任。


あれは、つけだれ温度が鍋の温度と差不多まで上昇する火鍋後半戦。


たれの底には唐辛子や花椒のカスの層ができて、辛さもスープとほぼ一緒。「まったくたれの意味ないじゃん」。でも、卓を囲む火鍋迷(まにあ)たちは口数減らしながらも、黙々と食べ続けるステージ。


三半規管の調子もおかしくなれ、徐々に四肢の感覚もなくなり…


完食が登頂だとすれば、そうね、ちょうど胸突き八丁。こんなある意味至福の瞬間において、あろうことか我が火鍋人生において初めて、何をとち狂ったのか


「すんません。たれ新しいのと交換してください!」


運ばれてきたのは当然ながら、まっさらなごま油だれ。あらためてニンニクと香草のみじん切りを入れて、塩でかき混ぜたんですが。


体内の火鍋ボルテージは急激クールダウン。食べ始めだったら気にすることもなかったのに、ごま油のアブらっぽさだけが口の中にいやらしく残ってしまいますた。


完全なる失敗。

略して「完敗」。


積極的に火鍋の新しい食べ方を見つけようとしたから、という「失敗は成功の母」的なプラス思考ができないくらいの屈辱感。

はじめて「火鍋レベルダウン」を実感。


だから、教訓:

火鍋においてたれは換えるべからず
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2005年11月23日

うまかパンほしかとよ


きょうは水曜日。
四川大留学生サッカーチームにとっては練習日。


よって、

SichuanUniv.Foreign.Football.Club(四川大学留学生足球隊)もの第3弾


ではありません。


すでにとっくに日没。
練習終了を確認するかのように川大グランドに現れるわたし。



塾長&塾長的朋友&ティンカーベルがいました。

もちろんほかの隊員(メンバー)もいましたが、本日の主旨からはずれるため、いなかったことで処理。



ですから、塾長&塾長的朋友&ティンカーベルがいました。

というか待ち合わせ。



向かうは川大南門近くの焼火考(シャオカオ)店「森林シャオカオ」。


森林シャオカオは、れいの電子辞書をなくしたお店ですね。
http://itoyama.seesaa.net/article/8456832.html


シャオカオ食うためだけにわざわざ人民南路越えて東進してきたわけなんで、もちろん辛いの辛くないの含めたらふく食って飲んだんですが、本日の主旨から外れるため、食べなかったことで処理(笑)。



最近この辺にこしてきた、にわかじもピーのティンカーベル。

「ソフィテルのケーキ扱ってる店できたんですよ」
「右に曲がった左側に」


多分フランス資本の五つ星ホテル「SOFITEL(索菲特)」@交通飯店川向かい


でもわたしたちにとっては、「生ガキ」「エビ」「寿司」が食える150元(≒2000円)バイキングのあるブルジョワ世界の代名詞「そふぃてる」として有名になってしまった場所です。


はらわた煮えかえらんとすることには、わたしをのけ者に3人はすべて「そふぃてる」経験者。


甘くとろけるような「デザートは別腹」の思い出が脳裏によみがえってきたらしく、


「なら行くべ。行くべ」となったのでした。



だいぶ中間をはしょって

その店を外からのぞくと、中には

muRa-TECHがいました。


彼については


いつか

どこかで

か・な・ら・ず

ふれないといけない


と思ってます。

本日はチャームポイントの前髪が、川越あたりのスナックにいるチーママくらいにばっちり決まっていたことだけにとどめておきます。


ステータスはいまだ「断られ待ち」。



このお店。
ジャンルとしては欧米系食材店。


名前は忘れましたが、場所は忘れもしません。川大西門間近。川大留学時代の一年前にはちょくちょくお世話になっておりました。


伊藤洋華堂、家楽福、麦得龍の「成都外資スーパー御三家」「日仏独三国同盟」まで出向くのがちょっとおっくうなときなど、ちょっと高いけどパスタ(乾?)やホールトマト、乾燥ハーブなどを購入。


それがどうでしょう。

最近になって新装開店したみたい。
店舗面積はかつての2倍強です。


入り口入ってすぐ右にケーキ用の陳列ケース。

「ていらみす」だの「ちいずけいく」などにいちいち小躍りするそふぃてる組。尻目に冷静なわたしは店内を巡回。


ふむふむ。

メーンで扱う食材はかつてと同じ。
アメリカ産の巨大まずそうな菓子類もどっさり。

確実に種類は増えました。
チーズやバターなんかもいっそう豊富になった感じ。


便利になってるよなあ


ほんの一年前と比べてもどんどん新しい建物が増えている川大周辺ですが、手に入る物資の面でもじわり、またじわりと確実に開発が進んでます。



そんなわたしも小躍りしたこと。


探訪を終え、再び戻ってきたケーキ陳列ケース上に「黒麦面包」発見。


他人とパンの話をするとき、相手が普通っぽい人だと「フランスパン好き」と無難に答えてるんですが、この人ちょっと分かってくれそう、と思われると「黒パン好き」と答えるパン系二重人格者。


かつてのヨーロッパ旅行では幾度となくわたしの面倒を見てくれた黒パン。


スーパーで購入したサラミやチーズとともにバックパックに忍ばせ、飯の時間になれば即席サンドイッチとして食べてた黒パンは、冷たいながらも何ともいい味出してた思い出があります。


あのナイフでなけりゃ切れない硬さがたまらない。
あの腐ってるわけじゃないのにほのかな酸味がたまらない。
これが主食だ!と主張するあの重さがたまらない。



そうだ。ここはそふぃてるなんだ

レトルトカレーのパッケージにも書かれてそうな「本格ヨーロッパ」


夢を叶えてくれるそふぃてる。一留学生にもあの時の思い出を暖かくよみがえらせてくれるに違いない


と、思いきって購入しました。12元(180円)。



黒パン.jpg

◎参考写真:ねっ、見た目いいでしょう。うまそうなんだけどねぇ。


帰宅後にさっそく試食。かろうじて砂糖は使ってなかったんですが、「黒パン」だったのは外見だけ。まず生地の質が中国食パンとほぼ同じ。ぱさぱさでずっしり密集した感じが0。ほのかな酸味はやはりなし。


ああ。そふぃてる。
お前はやっぱり「索菲特」だ。


黒パンじゃなくてもフランスパンでも食パンでもいい。「面包」でさえなけりゃ。それだけで酒(ワイン)のあてにできるようなパンが成都で手に入るのはいつになるのでしょう。
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2005年11月22日

声援は送るよ。精一杯




やっぱネットはいいねえ。
無線は最高よ。


う〜ん。帰ってきた。
またいつも通りの日常が。


悦に入っていると、ティンカーベル(mingxizi)から電話。


「今どこですか?」


「えっ、ええっ。まっ漫漫来だけど…」


いきなり電話かけてきて、間髪入れずに居場所を尋ねる。まるでかつての上司のようなティンカーベル。


「○○さん(わたし)って経済詳しかったですよね」


気を取りなをして


「いかにも」


「友だちの中国人学生が今度院試を受けるんですが、ちょっと教えてもらえません?わたし経済関係はちんぷんかんぷんなんで…」


言われて悪い気はしないけど、実はわたし純粋培養の文学部生。

「どんな問題なの?日本語なの?」


「それは日本の経済についてだから大丈夫ですよ」


ふう。

とうとう「火鍋好きキャラ」以外の姿を見せるときが来てしまったか


ということでOK牧場。


火鍋の余韻に浸り(ちょうど前日の日記を執筆)つつ、迷える子羊たちを待つこと小一時間。


やってきました麗しき子羊たち。

ティンカーベルの傍らにはお友だちのシャオウェンチェンさん。


現在は四川大学日本語科の4年生で、わたしが唯一知る川大生おしょう(現在W大留学中)とは同級生らしいのですが、とにかく初めまして。ジャニーズ好きですね。バッグに付けたバッジで分かります。


北京にある首都経済貿易大学の大学院にて、来年度から、日本ビジネスについて勉強したいという彼女。日本語の試験には一般的な読解問題のほかに古文や経済問題もあるらしく、「特に経済はまったくのしろーと」だったため、まず身近な日本人であるティンカーベルに白羽の矢を立てたみたい。


日本経済の荒波にもまれた経験のあるティンカーベルですが、何せほんの数日前に「トイレがお友だち病」から回復したばかりで、しかもネバーランド病の方は相変わらず。



どれどれ。お兄さんに見せてみなさい

ふむ。日本語だね。穴埋めだね。


?????。えっと、これは多分…?????、いややっぱ???


くらい。


GDPとは、(   )+設備投資+(   )+…

バブル経済の破綻以降、(   )、終身雇用といった従来の雇用制度から、(  )を重視した…


最初見たとき、久しぶりに見る「敵性日本語」に頭が麻痺してしまって「一問も分からんかも…」なんて思ったんですが、冷静になればさすがにそうではなし。質問の仕方とかが「慣れてたタイプ(日本的)」じゃなかったりするからで、難易度はほぼ新聞用語レベル、だと思う。


でもやっぱ、最後まで2、3割は分からなかったりする。



受験生には課題図書が指示されるそうで、自分が知らなかったことを棚に上げて、指定された経済入門書を持ってた彼女に、「とにかく本読まないとダメだよ」「日本経済の流れをまずはつかまなきゃ」とお茶を濁すので精一杯。


いやあ難しいっすよ。




たぶん経済学部出身の留学生とかだったらつるっと分かるはず。


でも四川に来てる日本人って「おもろいやつ率」こそかなり高いんだけど、かなり偏った「キャラ」ばかりなのが玉にきず。

ちなみにその場に居合わせたのはティンカーベル、塾長、イエンレン、そしてわたし。

今さらながら、


やっぱ現実の距離と同じ。
日本(現実社会)までの距離は北京や上海より格段に遠いよなあ


と思いました。


試験は1月。
そんなわたしたちができること。やっぱ最後はこれ、でしょう。


僕は 声援 送ります

がんばれ がんばれ  頼む
がんばれ がんばってくれ
がんばれ がんばれ  頼む
がんばれ がんばってくれ

(マイナーな金八3より・「声援」)
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2005年11月21日

PB復活祝いは火鍋にて



どうもお騒がせいたしました。
PowerBookG4(12inch)が復活いたしました。


すべては「転蓬にっき(http://hua.yinguo.net/)」のホンメイさんのおかげ。

メールにて「AirMacカードの接触不良では?」とアドバイスいただき、PB解体サイトも紹介してくれたおかげ。


思い切って自分で検査一下したところ、果たしてその通り。


充電池の隣にカードスロットを発見。


おいよ〜

やっぱりいたのね。
AirMacカードくん。

さっそくカードを強く押し込んでみれば、完全にスロットに食い込んだ感触が指先にも伝わってきました。


なぜ自分で気付かんかったんか!
そう思う前にあらめて感謝、感謝。


システムプロファイラでもさっくり「認識」。


やはり持つべきものは、四川に留学していて、わたしのブログ見てくれてて、さらにはマックに詳しい日本人です。


とはいえ「完治」ではありません。
あくまで復活。


どうやらDVDドライブは本当にいかれちまった模様で、試しにOSX(10.4)のマスターディスクを入れてみたら認識されずに取り出しもできずに、


「うい〜ん、がたがた、ぐぉっ、うぃ〜ん、がた、、、がた」


とにかくやばそうな音がいつまでも続きます。

強制終了するまでエンドレス。


DVDは帰国まで封印することにいたしました。




と、ここまでは前日までのお話。



とにかくお世話になった人には速攻でお礼するのがわたしの流儀。


このホンメイさんとは歳だけ(失礼)じゃなくDNAもけっこう近いみたいで、火鍋好き、酒(とくに蒸留酒)好きというとこまで共通項だったりする。


だから火鍋にお誘いしました。


お前が食いたいだけ。一緒に食う相手がほしいだけだろう


そういわれても否定はしません。


場所は、漫漫来の老板にうまい火鍋屋を訊ねて教えてもらった民族大近くの「うまい火鍋屋」。


武候祠からさらに武候祠大街を歩いて3分。


「老房子覯(青見)家火鍋」(lao3fang2zi・jing4jia1huo3guo1)



わたしも初めて見たんですが、外見はどうやら「高級火鍋屋」。

さらに赤、黒を基調にした店造りは今まで縁のなかったオシャレ系。



味もけっこう驚き。

火鍋スープ(湯)もまた高級感。

おとなしそうなのにけっこうチャレンジャーなホンメイさんが、湯をひと舐め。


「こっ、これって…。辛いだけじゃない」

「どれどれ」


確かにそうんですよ。

「う〜ん。マイルド」


成分が何、隠し味が何なのかは分かりません。


この店を紹介するネット上の某ページには、


該火鍋提倡環保、健康?食概念,体現麻、辣、?、香的特点,口味醇厚而不上火,?家火鍋将秉承其一貫宗旨(文字化け失敬)


この火鍋店は、環境保護および健康に優しい食事の概念を提唱。麻(しびれ具合)、辣(辛さ)、鮮(素材を生かし)、香(芳しさ)の特徴をもち、味は豊潤にしてただ辛いだけではない。青見家火鍋は一貫してその趣旨を守り通している。


だからこそ、多分こんな感じの味になんでしょう。

なんかコクがあるというか。


少なくとも味見するだけでも「罰ゲーム」になっちゃう普通串串香の牛脂湯(→http://itoyama.seesaa.net/article/6522134.html)とは次元が違いました。



もう一つ驚いたのが服務員(店員)の態度。


しつこいですが「高級火鍋」ですから、とうぜん具は点菜(注文)方式なのですが、二人で食べたいもんをチェックして、「はい」とお姉ちゃんに渡したところ、約1分後。


「これは多すぎるからきっと食べきれませんよ」


とわざわざ言ってくるではありませんか。


普通だったら、


「何をこの野郎!基里小学校一の食いしん坊だったわたしを知らんのか!」


と声を張り上げそうなもんなんですが、彼女の物腰やわらかな様子が好感触。大学近くの食堂に生息する小姐と見た目完全同じの四川お姉ちゃんなんですが、ね。


「これでどう」

「あと一品目くらいですね」(小姐)

「じゃあキノコを」


なんて会話をしてしまいました。


計3品目くらい減らしたんですが、終わってみればそれでもちょっと残しちゃっいまして、10元分以上は無駄にせずにすんだわけです。


普通だったら、


客が多めに頼んだ方が店のもうけにもなる
残されたもんなんてまた使い回せばいいのさ


なんてのが普通の飲食店でしょうが、さすが環境にも配慮した火鍋屋の面目躍如。


まあ火鍋は火鍋なんでいったん食べ始めちゃえば、あとは全身を地獄油にゆだねて恍惚感に浸るだけ、だったんですが…


しめて二人で74元。


最後に駄目押し。

我々が注文したスープ(湯)の味は「微辣(ちょい辛)」だったんですが、帰りしな、


「大丈夫でした。辛くなかったですか?」


またも、あの四川小姐。どうやら欧米のレストランみたいテーブルごとに担当服務員も決まってるみたいなんですが、またしてもそんな優しい言葉をかけてくれるんなんて…。


火鍋がまた好きになってしまいました。


oh,ビバ火鍋!


帰宅早々、アンチ火鍋の塾長には

「ちょっと火鍋臭すぎだよ」

なんて言われてしまいましたが(笑)

posted by 牧場主 at 17:52| 北京 | Comment(2) | TrackBack(1) | 食い物、飲み物腹一杯 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月20日

豚も忘れちゃ困ります



双流徹夜で取胆猪63頭を焼却処理


胆汁目的で養豚、関係部局が抜き打ち調査
市場への豚肉流入根絶目的
双流県黄鎮


【11月20日=成都商報】

「取胆猪」とは何か?生きた豚の胆嚢に直接管を刺して胆汁を抜き取る作業の過程で、炎症を防ぐ薬や抗生物質、各種劇物など大量の薬剤を体内に注入するため、一度この種の豚肉が市場に流通された場合、消費者の健康に重大な影響をあたることが懸念されている。



匿名の情報提供。双流県黄水陳虹橋社区3組の農民が取胆目的で数十頭養豚。

昨日未明、地元政府の関係部局の職員らが、問題の豚肉が精肉市場に出回らないよう問題を根源から絶つため、63頭の取胆猪を撲殺、さらに消却消毒をした上で地面深くに埋めて処理した。


☆情報提供:生きた豚に管を刺して胆汁抽出

双流県黄色水鎮の農工辨公室は一昨日の午後4時頃、同鎮内虹橋社区3組の農民グループが数十頭の生きた豚に管を刺し、胆汁を抜き取っている、との情報を得た。「胆汁をとった豚の体内には薬物が残るため、肉が市場に出回ったとしたら消費者の健康に被害をもたらす!」農工辨公室の責任者はことの重要性を感じ、直ちに同鎮関係部局の責任者および双流県の農工事務室に報告した。


「問題の根を根源から絶たねばならない!」前日午後5時頃、双流県農工辨公室の康主任、黄水鎮の党書記、鎮長などが相次いで虹橋社区に趣いて緊急調査を始めた。調査グループはすぐさま、同社区の李平さんと長雲書さんが63頭の豚を飼育しているという明確な証拠を得た。これらの大部分はすでに残忍に腹を切られ、体内には胆汁を抜き取るための管を挿入されていた。


程なくして、成都市農工辨公室の関係部局責任者も現場に訪れ、対策が協議された。


☆夜を徹して調査、処理。63頭焼却して埋葬

「取胆猪」が市場に流れて消費者の健康に重大な危害を加えることを考慮した関係部門の責任者らは昨晩8時頃、取胆猪の適切な処置方法を決定。まずは李平さんと長雲書さんの二人を捜し出して「取胆猪」の危険性を説明、あわせて問題の豚肉が市場に流れることを防ぐために全ての「取胆猪」を廃棄する旨を伝えた。


一昨日の晩8時30分ごろ、調査グループはまずこれら「取胆猪」を撲殺。同時に地元政府が呼び寄せた一台の掘削機で虹橋社区内の空き地に深さ3メートルの巨大な穴を掘った。農業用トラクターが6往復し、一頭100キロ近い「取胆猪」63頭を全て目的地に運んだ。


日付が変わった昨日午前2時には、63頭に油をかけて高温で焼却する行程を開始。続いて調査グループは石灰を用いて2度の消毒、その後燃えかすを地中に埋めた。午前4時頃、問題の「取胆猪」が全て適切に処理されたことを確認した上で関係者らは現場をあとにした。


▼当事者の養豚農民

「胆汁は金になると聞いた。だから心が動いた」
「自己資金を投じて取胆する前、十分な状況理解がなかった」


情報が徹底されてない
おお驚き喰らった

今回の「取胆猪」は双流県黄水鎮虹橋社区3組の李平さんと親戚の張雲書が共同出資して行ったもの。昨日正午、李平さんは自宅前にて茶の湯飲みを片手に渋々と語り出した。この35歳の男性、地元農民の間では「金儲けの名人」と呼ばれ、今回の件があるまで一度も「挫折」を味わったことがなかったという。

19年前、16歳だった李平さんは中学校卒業後、成都市に働きに出かけた。2000年前後、10数年間働いた結果として数万元を貯蓄することに成功した李さん。中規模の工事会社を開業した。2年前には15万元を投じて洋風2階建ての自宅を建築。かなり裕福な暮らしを送っていた。


今年9月初め、李平さんと親戚の張雲書さんは友人から胆汁から抽出する胆黄素1キロが一万元以上の利益を生み出すなど「取胆猪」が金になることを聞きつけた。10月2日、彼は張さんと共同で15万元を出資、数十頭の豚を購入した。最近になって、彼らはメス豚1頭だけを繁殖用に残し、63頭に管を埋め込む作業を行った。この数日、この二人の兄弟はそろばんをはじき、自家用車を買う計画を立てていた。ただしその夢は昨日未明になってついえてしまったが…。


昨日午前10時、いつもはとても早起きの張雲書さんは気力もなく部屋から出てきた。彼の頭の中は真っ白。ただただ考えるのは借金した3万元をいつになったら返せるのかだけ。李平さんもこう話す。彼にも又7万元ほどの借金がある、と。


10数万元の投資がすべて灰になってしまったことで、李平さんと張雲書さんはともに非常に後悔した様子。李平さんによれば、この事業を始める前、彼らは十分な調査を行わなかったという。もし「取胆猪」の問題や成都市が「取胆猪」を許さないことを知っていれば、こんなに盲目的に事業は始めなかったという。しかし李平さんは「生きた豚から胆汁を取ってはいけないことなど知らなかった。これは地元政府の通達が十分でなかったからではないか」とも話した。


胆汁農民.jpg

◎参考写真:見よ。この全く悪びれない堂々とした李さん(左)ら2人を(笑)

昨日午後、双流県黄水鎮辨公室の王偉主任は取材に対し、政府と農業部門はこれまで何度も「注水豚肉」「取胆猪」をしてはいけないことを強調してきた、と説明。李平さんら二人が「事情を知らなかった」と話したことについては、「それはあり得ない」と断言。あわせて王主任は「まもなく黄水鎮では大々的に養豚についての教育、通達を行う」と述べた。


▼双流県農工辨公室

「この十数年でこれほど大規模な『取胆猪』は初めて」
「市場に流入する問題の根本解決のため、全県規模の検査を行う」


☆「取胆猪」に含まれる薬物は健康に害

今回「取胆猪」を廃棄する過程で、最後まで現場で監督した双流県農工辨公室の康主任は、「これほど大規模に『取胆猪』が行われていたのは十数年間で初めて」と話す。康主任の解説によれば、生きた豚に管を埋め込む過程では大量の消炎薬や抗生物質などを注入する必要がある。これらの薬剤は豚の血液系統や生理機能を破壊、さらには大部分の薬物は豚の体内に残留するという。「取胆猪」の豚肉が一度市場に流入すれば、消費者の健康に大きな影響を与え、豚肉価格にも深刻な影響を与える。このため、問題の豚肉を根本から絶つため、夜を徹した廃棄作業による「取胆猪」の処理を実施、さらに二人に対して正しい知識を与えることとなった。双流県農工辨公室は今後も全県の養豚農家に対して検査を行うという。


昨日午後、記者は成都市生豚屠宰監察大隊の肖正良隊長を取材。彼によれば「取胆猪」および「注水豚肉」は一貫して生豚屠宰監察部門の重点改善対象だという。成都市精豚肉市場では現在、豚肉検査のためのネットワークを確率させており、「取胆猪」が正規の精肉市場にはいることはほぼ不可能だという。


【評】

わたし的にはかなりのマイブーム。
最近の「ヒット率」がばか高い双流ネタでございます。


世の中「鶏肉、鶏肉」と騒いでおりますが、やはり中華民族としては保守本流「豚肉」で勝負しましょうや。



実はこの記事にある豚肉処理、盛大な野外BBQ(焼却過程)が行われてた同時刻、双流にも近い成都市南部の新興住宅地にて、偶然にも、わたしとジエジュンジュさんによるこんな会話が交わされていたのでした。


宵闇に煌々と輝く「狗肉(犬肉)」の看板を見つけたジエさん。


「成都ではぜったい狗肉は食べないでください。全部のら犬ですから」

「あっそれ知ってる。猫も食うんだよね。もう完敗よ、四川人に」
http://itoyama.seesaa.net/article/9328967.html

「私は食べませんけれど…」(ジエ)

「でも最近鳥インフルがまたはやり出したよねえ。大丈夫?」

「成都は大丈夫みたい。でも豚はダメですよ」(ジエ)

「豚連鎖球菌の話でしょ。それって夏だしもう落ち着いたじゃん」

「何言ってるんですか。今もっとすごいことが起こってますよ」(ジエ)

「ほほーっ、聞かせてもらおうじゃないの」


で、そのお話とはこんな内容。

一昨日、双流県で養豚場の豚が数十匹規模で鯨飲不明の病気にかかったことが判明。例え中国といえど食肉問題に敏感な昨今、問題のもみ消しを計った地元警察は全ての豚を殺した上で地中に埋めることを指示したのだという。

ここまでが警察側の「面白話(=とんでも話)」。

さらに続きます。
今度の主人公は農民側。


警察が立ち去った現場。一人ひとりと現場に戻ってくる地元民。豚の死骸が埋まっている場所を掘り返して殺されたばかりの豚を全て掘り出してしまった、とさ。


「わかった。もったいないから食べたんでしょう!」

「間違え。自分で食べると危ないから全部肉屋に売りました」(ジエ)

「う〜ん。さすが四川。警察も警察だけど、農民はさらにうわてね」

「だから豚肉は食べないでくださいね」(ジエ)


こんなもん聞いたときは話半分、というか完全笑い話として受け取ってましたよ。いくらわたしが現実と想像の世界の狭間でさまよう人間だとしても。


でも本日新聞を見たとき、かなり驚いてしまいました。

ディテールで違う部分が多いから同じ話でないのは明らか。


でも逆に言えば、「似てはいるが明らかに違う話」ってことは、同じようなことが「当たり前」「日常茶飯事」として行われているんじゃないか…、なんていたずらな想像もできちゃうってこと。


ちなみにジエジュンジュさんはこのネタ(笑)を会社の同僚から聞いたとのこと。ならば成都の一般市民はだいたいこんな風な話は知ってるってことなのだろうか。それでも豚肉がだ〜い好きな中国人ってやっぱり強いなって思いました。


ボクももっと強く生きなくっちゃ


なんだか暖かく励まされたような気分になれたわたしでなのでした。


さて記事についてですが、ネタは文句なし面白い。かつての愛読紙「新京報(@北京)」でも紹介されてたんで、これもまた嬉しかったりして★★★★☆
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2005年11月19日

白頭山に完全名前負け



SichuanUniv.Foreign.Football.Club(四川大学留学生足球隊)もの第2弾。


ネパール戦(http://itoyama.seesaa.net/article/8995369.html)惜敗以降も相変わらず負けが続いてるわが留学生隊。


本日は西南民族大朝鮮族チームとの対戦が行われました。

マッチメークを裏で糸引いたのはやはりこの人。民族大日本語教師の塾長。教え子の朝鮮族学生に声を掛け、世紀の対決を実現させたというわけ。


四川大グランドにて午前9時キックオフ。


無理だろ〜な〜


朝鮮族チームの選手たちとは、8時半に川大東門に集まって一緒にグランドに向かう手はずだったのですが、民族大南門にてもう彼らと遭遇。なかなか全員は集まらず一緒に待ちぼうけることしばらく。もううすぐ8時半ですね。


ようやくタクシーに分乗。


だいたい10分で到着。
でも待てど暮らせどほかのタクシーは到着せず。


無理だよな〜


残りの3台。
川大西門に到着したらしい。


午前9時。
川大グラウンド。

ようやく辿り着いた朝鮮族以外ほとんど誰の姿もなし。


仕方ないからウオーミングアップでもしようか、


とうとう未知の朝鮮族チームがベールを脱ぎました。
実際にウオームアップウエアを脱いで戦闘服姿に。


彼ら白いユニホームで統一。

背中には自分の名前ではなく赤色で「白頭山」の3文字。


おっ、いいねえ。

民族背負ってるねえ。


ちなみに知ってる人にだけはめちゃくちゃメジャーな「白頭山」。


白頭山.jpg

◎参考イラスト:朝鮮国家観光総局 エリアガイド 白頭山より

ピョンヤン−白頭山385km(直線距離)


白頭山は朝鮮人民の古くから崇拝している祖宗の山、金日成主席と金正日総書記の業績がこもっている革命の聖山、朝鮮労働党の伝統を物語る大露天博物館である。その景色は朝鮮5大名山の中でも筆頭に挙げられ、標高2,750mの朝鮮最高山である。両江道三池淵郡の北西部、中国との国境地帯に位置している。



中国名では長白山。吉林省ですね。

頂上には有名な観光地「天池」があります。


日中戦争では共産党や朝鮮族ゲリラによる激しい抵抗戦が行われたのもこの長白山周辺なんですが、少し前に民族大中華民族混成軍の総攻撃を食らって、日本軍が手痛いダメージ(痛恨の一撃)をくった焼肉店こそ「天池」でありました。
http://itoyama.seesaa.net/article/6990380.html


今思えばあれも民族の復讐だったのでしょうか。


それはそうと朝早いこんな試合。

何度も何度も


無理だろ〜なぁ〜


と信じ続けた通り、留学生チームやはり集まりませんでした。


キックオフ時間を30分以上すぎても10人。


後ろの試合が詰まってる都合上、相手チームからキーパー要員を借りて何とかキックオフの運びとなりました。


開始直前、キャプテンから


後半はキーパーお願いしますよ


キャプテンにそういわれたからにはしょうがない。



普段は革靴だけど、今日はトレーニング用に55元のトレシュー持参なのだよ、

サッカースパイクでなくとも相手チームにキーパーやらせるよりはサポーター代表にやらせた方がましに決まっている。


君たちは本当に運が良いねえ。


アップでも始めましょうか。


簡単な柔軟体操。
運動場5周(2キロ)
また柔軟体操(股関節中心)

まだ時間ありそう。


とうとうサッカーボールにさわっちゃった。高校以来だね。
どうも足もとに吸い付かず、「ボールは友だち」になってくれないけどまあよかろう。


ちょっとダッシュ交えてグラウンド1周


ロングキックの練習なんかをしてみる
やっぱりボールは友だちではないみたい

浮きすぎてOB。場外に出てしまったりする


ところで、

45分ってこんなに時間長かったっけ?


もう一回走ろうか、でまた5周。



この間けっこう点は入ったり入れられたり。

いつものように観戦に集中してる訳じゃないからスコアは分からない。


おいおい。おれももう汗びっしょりだよ。


観客席にはいつの間にかちょっと知ってる日本人女の子。


「終わらないっすね」

「どうしたんでしょう」(女子)

「前後半ぶっ続けなのかも」

「ははは、そんな。ね」(女子)

「でっかいドイツ人がいますよ」

「遠近法が使えませんね」(女子)


ぴっ、ぴー


主審が笛を鳴らしました。

かなりお疲れに引き上げてくる約20人。


「あ〜、また負けだよ」

「○○(アメリカ人女の子)、あのシュート惜しかったね」


えっ。終わったの?


3対4


わたしに何の断りもなしに前後半ぶっ通しでゲームをやった挙げ句、また負けですか。


まあ声には出しませんでしたがわたしは「ぷいっ」。


ちょっとすねちゃいました(笑)。
でもアップ段階でですでにわたしの息が上がっていたことは公然の秘密。
もう二度と声はかからないでしょう。黄金の新人デビューは永遠になくなってしまったわけです。

自分にご愁傷さまでした。
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2005年11月18日

責任持てるんだろうか



精神病女性の辛い人生
小屋に15年間幽閉

入院させる金なし 精神分裂症の女性 長期間運動もなく手足まひ


【11月18日=華西都市報】

人生の楽しい時期を送っていた賈術芬さんだが、首ひもを付けられ足かせされてしまった。不幸なことには結婚3年目にして精神分裂症を患ってしまった彼女。外に出たまま家に帰ってこないことが重なり、家族はもう彼女を5平方メートル足らずの薄暗い小屋に幽閉するしかなかった。それが15年間も続くことなど考えることもなく…。長時間にわたる運動不足の結果、賈術芬さんは全身の筋肉が退化、手足はほぼ麻痺して動かなくなってしまった。「わたしの可愛そうな娘を救ってほしい」。昨日午前、70歳近い賈術芬さんの父親が沈黙を破り、社会にこう叫び声を上げた。


◆不幸な女:外に出ようにも、はい出ることすらできず

賈術芬さんは双流県籍田鎮紅碑村にある天井の低い土壁小屋の中にいた。賈さんの暮らすこの部屋は面積5平方メートル足らず、古い木製の扉には一本の麻縄がきつく結びつけられていた。この15年間、一度もまたいで外に出ることはかなわなかったこの扉。ゆっくりと開かれるにつれ、吐き気をもよおさずにはいられないような鼻をつく臭いが外に流れ出してきた。


地面にはワラが10センチ程度しかれていた。賈さんは一糸まとわぬ姿で小屋の端っこにいた。防寒のため与えられた2枚のぼろ布だけをまとい、かろうじて最後の羞恥心だけは残しているかのような印象。人が入ってくるのを確かめると、ゆっくりと目を開いた。そして苦しそうなうめき声を上げた。


賈さんの母白蓮英さんによれば、賈術芬さんはもともと身長160センチ、体重は60キロ近かったという。ところが一切の運動が行えなくなったため、筋肉は既に退化。背骨は曲がって成人前の子どもくらいにまで小さくなっていた。「わたし外に出たい。出たいの」。ヒステリックなその声を聞けば、普通の人だったら恐ろしさのあまり心がふるえるだろう。賈さんは両手を地面につき、必死に起きあがろうともがき始めた。結局それはかなわず。おびえたような目で突然あらわれた人間を見やる彼女。眼光には懇願の思いが充ち満ちていた。                            



◆母親:治らないの。こうするしかないの

「娘のことはわたしの苦しみ。どうして喜んで彼女を閉じこめたりできるでしょう!」。賈術芬さんの母白蓮英さんは天を仰ぎながら、そう声を絞り出した。彼女は賈さんが発病したとき、しばしば娘を押さえつけようとして、抵抗する娘から両腕を折られようとしたことが何度もあったという。今では母の腕を握ることもできなくなってしまった。もし彼女の精神状態が正常に戻ったなら彼女に謝りたい、母親はそう泣きながら話した。


白蓮英さんによれば、娘は小学から中学になるまで成績はずっと悪くなかったという。ただ二人の妹の世話をするため、彼女はきっぱりと学業の道から離れてしまった。10才にならない頃から家の手伝いを始め、17歳のときに当時31才だった何継さんと結婚。何さんは彼女の家に移って共同生活を始めた。息子が生まれ手がかかるようになるにつれ、家庭での賈さんの負担はどんどん重くなってしまった。それに伴い、元来朗らかだった賈さんもじょじょに沈みがちになっていったという。賈さんが20歳を迎えた年のある晩深夜、白蓮英さんは突然娘の泣き声で目が覚めた。娘の部屋に行ってみると、床に伏せて泣き続ける娘の姿。夫婦げんかをした様子だったため、しばらく彼女をなだめたのだだという。数日後、賈さんは突然泣き叫びながら家を飛び出し、そのまま帰宅することはなかった。精神分裂症を患ったため、いくつもの病院を訊ねて治療にも取り組んだ。しかし病状は一向に好転せず。結局、家族は賈さんを小屋の中に監禁するしかなかった。その後賈さんは病をおして女児を出産、そのため病状はさらに悪化してしまった。



旦那:夫婦間の関係はよかった、なぜ病気になったか分からない

隣家の張さんはこう話す。賈さんはかなり何でもできる村の中心人物だった。人当たりもよかったため、隣人たちはどの家も彼女に助けを求め、彼女はすぐさまかけつけはよろこんで手助けしていたという。賈さんの夫何継さんによれば、夫婦の間に問題はなく、なぜ妻が精神病になってまったのか理分からないという。



娘:母親を見る娘。扉の隙間から窺うだけ

12時、賈術芬さんのひとり娘洋洋(仮名)さんが学校から帰ってきた。彼女が真っ先にしたことは母親のいる小屋の前まで駆け寄り、扉の隙間から中の様子をうかがっていた。洋洋さんは、母に神の加護があることを願い続けているが、彼女にとってその夢は手の届かないとても遠くにあり続けている。洋洋さんの兄は今年21歳。優秀な成績で成都理工大学に合格、洋洋さんもは籍田実験中学の3年で成績はずっと学年でトップだという。貧しい家から飛び出した金の卵たち、鎮政府はこの兄妹に毎年400元の奨学金を与えている。とは言っても家の家計は依然としてやりくりがつかず、一家の家計は夫の何継さんが三輪車タクシーを運転して稼いだ金でまかなわれている状況だ。


賈さんの両親は既に高齢となり、二人の子どももまだ学業の道半ば。もし賈さんの治療の資金を作り出そうとするなら、それはきった天に昇るより難しいに違いない。賈術芬さんは39歳。彼女の病気が今後も回復しないとしたら、その命はまもなく終わってしまうだろう。

記者王仁剛、実習生程大維、撮影王長久
情報提供者:馬先生感謝費100元



【評】

かなりショッキングな記事。
紙面には写真も4枚ついてました。
当然すぐ目に飛び込んできました。


関心があれば原文(PDF版)をどうぞ。
http://www.wccdaily.com.cn/pdf/2005/11/H111814a.pdf



気のふれた家族をやむなく監禁する


われわれ日本人にとっては小説か漫画、昔話の世界の話。


それが成都市中心から車で30分そこらの郊外で行われていたわけです。

この双流県。成都空港があって、県レベルでは全国でも有数の経済発展(成長率)を続けていると聞いたことがあります(三遊亭あほ陳からだけど)。


だけど繁栄の影に目を背けていることがあまりにも多いということ


今回の問題だって家族だけで解決できるわけありません。


はたして地元警察は知らなかったのか?
診察した病院はその後気に掛けなかったのか?
村の住人たちは手助けしなかったのか?


とにかく「発展できるところから発展を」で済ませていいのか。人間が人間らしくふるまうことを忘れてしまってはもう後戻りはできないのではないのか。


もちろん中国語を初めて1年半も満たないわたしが中国の社会制度、中国人の感情を理解できるわけありません。…でも釈然としません。


声を上げた家族にどう報いるのか。

新聞の役割とは確かに市民の叫び声に耳を傾けて社会に伝えることだと思います。


特ダネがとれた。
ショッキングな写真も押さえた。
記事に書いてあげた。


それで幕引きできない深い問題があると思います。書いたことの責任はやはり重い。今後の展開を見届けるまで評価は普通に★★★☆☆
posted by 牧場主 at 00:00| 佐賀 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | これは面白ニュース!? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月17日

さばいた先にまた難局




ネスカフェゴールドブレンドを高貴な香りを楽しみつつ、「ダバダー、ダバダー」「ちがいのわかる男」などと口ずさんでいたお昼の優雅なひと時。



携帯がブル(鳴)りました。


液晶には美人秘書の本名が表示。



「○○さん(わたしの名前)?昨日の修理屋から電話かかってきたね」



相変わらず「ちょっと偉そうな日本語」を使う美人秘書。




やってきました。運命の瞬間。
パソコンの検査結果が報告されるはず。



きょうは回りくどいご機嫌とりは抜き。



「おう。で、原因何だって??」


「どうやら直ったみたいね」(美)


「何だって?」


「動いてるっていってたよ」(美)


「まあじっすか」


「まあじっすよ」(美)



まさかのウルトラCが起こっちゃったぁ?



本格的な修理が必要なら見積もりだけ出してもらってどうするか決める



ってしつこく念押しといたから、さすがに独断で5000元もするマザーボードを換えてるはずはなし。


それで復活したってことはお金も85元(約1200円)かそこらでいいはずだ。





「きょうはぼくひとりでいいから。ありがとね」



とやさしい言葉で余裕を見せておきながら、実はもういてもたってもいられまっしぇん。


「おれもDVD見に行こうかな」


なんて言う塾長をほったらかしにして即効出発です。




おいおい。あれだけあせっといて一日で解決かぁ

さすが日ごろの行いがよすぎるだけのことはある

数千元覚悟してたし、みんなにぱあっと振舞うかぁ




電脳城までのバスの中。


まるで恋する乙女みたい。
いろんなことが頭をよぎります。



昨日も訪れた城7階の事務エリア。



わたしの顔を見るなりすぐに事務所奥にぶつを取りに行く店員。




「直ったんですよね」


「はい」(店員)



「何が原因だったんですか」


「DVDを取り出したらOKでしたよ」(店員)


といいながら表面が傷ついたDVDを指差す店員。多分何かの小道具で引っかきながら取り出したんだろう。



DVD詰まっただけで起動しなくなるか?


まったく釈然としない。でも、起動ボタンを押してみる。



じゃ〜ん


他人行儀に「うん」とも「すん」とも言わなかったわがPowerBookG4(12inch)が完全に息を吹き返した瞬間。



一応念のため、ハードディスク(HD)の中を調べてみるけど、データもすべて元通り。カレンダーが1970年代のなぜか2がつ8日になっていただけ。こりゃ100%ばっちりでしょう。


さすがになんか怖くてDVDの出し入れはできず。
映像なんか見れなくったってネットで気りゃそれでいいのさ。



お題は85元。

喜んで払いますよ。

ありがとう。店員さん。あなたのおかげでまた成都が好きになりました。

なんかあったらよろしくね。もうくることないと思うけど...




とにかく気分はじょうじょう。


足取りも軽やか。


うれしいから意味もなく大学まで歩いて帰ることに。



途中においしそうなパン屋を発見。

中国では極めて探し出すのが困難な「普通っぽい食パン」を見つけ、また小躍り。さらに美人秘書には不二家のミルキー(12元)をお土産に購入。


もちろんおいしい夕食もご馳走しますからね!



で、このうれしさを不幸な誰かに分け与えるべく、漫漫来。


ヤッパリおりました。イエンレン。



「恥ずかしながら戻ってまいりましたっ!」


「で、どうだったっすか?やっぱ没バンファー?」


「何をおっしゃる。完全復活ですよ」



改めてPowerBookG4(12inch)の起動ボタンをスイッチ音。


じゃ〜ん


うーん。何度聞いても心地よい。
あの忌まわしき



ぷしゅん


とは大違い。



今度のことでお前のいとおしさが身にしみてわかったよ



でも


ネットがつながらない。



なにか設定変更になってんのかな?
システムプロフィールで検査検査。



AirMacCard(内臓LANカード)が挿入されません



挿入されてませんっていわれても...


わたしのPowerBookG4(12inch)は内蔵型ですよ。修理に出す前までは普通に使えてたじゃないですか。あなた自分の腹の中にあるものを忘れてしまったんですか。


それとも

も、もしかして解体作業のとき。



ぬ・か・れ・た・の・で・す・か?



東南アジアの某国のように、手術したら知らぬまに腎臓を取り出され、国際的な臓器ブローカーに売っぱらわれてしまったかのように。



あんなに笑顔が素敵な店員さん、実はジャンクパーツのブローカーだったのか?



くそう。

あの場でそこまで確認すべきだったのか。


でも無線飛んでない場所でネットつなげるかなんて普通調べない。そこまで見込んだうえでの確信犯か。


もう今から言っても水掛け論にしかならない。




まあ、良心的に解釈すれば、昨晩故障の直前に聞いたあのおぞましい「ぺきっ」という音。あれはDVDドライブではなく、「AirMacCard」関連の部品で、それが壊れたから、コンピューターがカードを認識しなくなったって可能性もある。



いずれにせよ、無線ネットにつなげなけりゃパソコン動いても完全復活には程遠し。入院が解けて自宅療養に変わっただけ。



ところでこのAirMacCard。


日本だと9000円。
中国だと900元(約13000円)。



いつの間にか日本より豊かになってしまったか中国。定価販売でこれですよ。とにかく一般的な物価を完全に無視した驚くべき価格の逆転現象。



もうすこしWINを使い慣れることになりそう。

posted by 牧場主 at 00:00| 北京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 他にもまだこんなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月16日

難儀な昨今のさばき方





「ぷしゅん」




あっ、消えた。




断末魔の叫び声というにはあまりに情けない音を残し、わがPowerBookG4(12inch)が逝ってしまいました。



起動ボタンを押しても、叩いても、なだめても、祈ってみても2度と動き出そうとしません。



昨夜のこと。



スロットローディング式のDVDドライブに何気なくディスクを挿入しようとしたところ、入り口から1センチくらいのところで何か引っかかる感覚。


およっ、およっと2、3度押してみてもだめ。


ちょっと強く押し込んでみました。


「ぺきっ」



という、何かがもう引き返せなくなってしまった音。


ディスクはそのままパソコン内に吸い込まれていったんですが、丸い姿がすべて見えなくなったところで、例の



ぷしゅん




明るく楽しい壁紙(inコザ)が好評だったわたしのディスプレイが真っ暗に。
それどころかいっさいの起動音も聞こえず。




さあて。

どうしましょう。



パソコンが使えなくなるってことは、ネットもできない。日記もかけない。音楽も聴けない。


ふう。

困ったね。


いかに一台のパソコンに支配された生活だったのか、こういう状況になってしみじみ感じられるわけですが、



すぱっ


と絶縁宣言。こっちから払い下げだよ!



なんて威勢のどっかのいい女将さんみたいなことは言えません。



なんてついてないんだ



久しぶりにこのせりふが口から漏れてしまいましたね。




で、翌日のこと(=本日)。


相変わらず起動ボタン押しても何の反応もなし。
冷たいやつだよ、ほんと。



復活への手がかりを求め、成都市の人民南路と一環路の交差点脇にある電脳城(デジタルコンプレックス)に出発です。傍らには久しぶり登場、民族大4年生、「頼るべくはこの人しかいません!」の美人秘書を連れて。



日本だったらアップルストアというアップル製品専門の店があって、修理などの際も余計な説明、不安いらずでスムーズにことが運びます。



でも、ここはWIN支配下にある中国。しかもコピー製品ばんばん売ってるような人たちに愛機を触らせたとしても、興味本位で内部をいじくり、こねくり回されるのがオチ。問題解決からはどんどん遠ざかってしまうでしょう。



それでも電脳城に向かったのは記憶の片隅にアップル製品を売っている店を見た記憶があったからで、そこにまず向かうと、



「ここじゃ直せないけど、向かいのビル7階に修理センターがあるよ」


と意外な言葉。


何度も何度も「アップルの?ピングオの?」と聞き返しました。



どうやら間違いないらしい。


とりあえず頼るべき「くもの糸」は見つかったわけ。




そして、

ありましたよ。「ピングオ維修中心」




さっそく美人秘書に通訳を願います。



「スイッチ押しても電気がつかないね」


「充電池の問題でしょうか」(店)


「そうじゃないね」


「確かに。マザーボードの問題なら交換に5000元(約7万円)くらいかかりますけど、どうしましょう」(店)


「とりあえず原因が何か知りたいね」


「じゃあ一度中を点検してみましょう。85元かかりますが...」(店)


「それでお願いするね。検査の結果でその後のことは決めるね」



わたしと日本語で話すとき、美人秘書はだいたいこんな口ぶり。


だからこう訳してみたんですが、実のところ彼女はバリバリの四川弁使い。終始すごい滑らかなずーずー弁を話してました。


会話の様子も「だいたいこんな感じかなぁ」だったということでお送りしてみました。



で、きょうはこれで退散。
結果は24時間以内に連絡するとのこと。
もちろん美人秘書の携帯に、ですが。



あとは電脳城にて無線LANカード、およびウイルスソフトを購入。


じつは昨晩、わたしの落ち込んだ姿を眺めてた塾長から、



「昔のノートパソコンあるんだけど使わない?」


という仏のような申し出があったため。



MAC使いのプライドはどうした!!


とわれながら驚きですが、とにかく


「わたしのブログを待ち望んでいる全世界の皆様のため」


という言い訳が成り立つからには、忸怩たる思いで避難所設置に入ったわけです。



LANカードは135元(約2000円)
ウイルスソフトは8元(約120円)



これだけの投資プラス漫漫来での約3時間のセッティングを経てなんとかネット環境だけは取り戻すことができました。ただハードの古さはいかんともしがたく、体感的には1998年くらいの接続スピードでしょうか。



iPodとMP3音楽、語学教材用音源、デジカメ写真などの環境はどうなるか見当もつかず。



それでも。


最悪日本に直帰することもまじで考えてただけに、何とか道筋が立ちそうな状況まで立ち直り、逆に幸せな気分。なんともメデタイやつでございます。



それにしてもついてないんだよなあ。昨今。


電子辞書はなくすは。
塾長がダウンするは。
部屋の鍵は(自分に)閉め出さられるは。



あれっ、そういや全部火曜日に発生してません?


もしかして


魔の火曜日なのか...


posted by 牧場主 at 00:00| 北京 | Comment(2) | TrackBack(0) | 他にもまだこんなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月15日

難儀な事件のさばき方




貨物車内になんと女性5人の遺体
成都東駅



【11月15日=華西都市報】

昨日正午ごろ、人々をあっと驚かせるニュースが成都東駅のコンテナ集積場から瞬く間に広がっていった。作業員が、場内に停まっていた貨物車の最後尾一両にコンテナを積み込もうとしたとき、車内に女性の死体5体が横たわっているのを発見。女性はともに見たところ20−30歳くらい。鉄道警察はすぐさま現場で4時間に及ぶ検証を行った。このなぞに満ちた5人の死因について、市民からはさまざまな憶測が飛び交ったものの、警察は何の情報も明らかにしていない。


#貨車は昨夜未明に到着

昨日午後2時半、記者が成都東駅のコンテナ集積場に到着したとき、警察官数人が事細かに現場検証を行っていた。遺体が見つかったのは、成都東駅のコンテナ集積場内、ある線路上に停められていた貨物車の中から。車両番号は「4608205」だった。このときすでに見物人は100人を超えていた。



遺体が見つかった車両は6両編成の最後尾で、前5両にはすでにコンテナが積み込まれており、最後の一両だけが車内に「空き」が残る状態だった。現場で働く作業員によると、この貨車は昨日早朝にこの場所に入線してきたもので、午前中のうちに作業員によって貨車内の荷物を降ろす作業が行われた。「しかし、その時は誰もあの車内に死体を見なかったはずだ」と説明。正午になったころ、現場車両に荷物を積み込もうとしたとき、突然「中に人がいるぞ!」という叫び声が響き、駆けつけた誰もがまた驚いたという。車内の5人はすでに死亡、さらに5人は全員が女性だった。



#死者は壁にもたれ、またはうずくまり

現場を目撃した別の作業員は、「車内では、ある女性は壁にもたれかかり、ある者は腹ばいに、また別のものはうずくまって倒れていた」と振り返る。このほか、死者のうちの二人は鼻に血痕があったという。また、記者も「552571(1)」の貨物車両の正面にあったコンテナの扉左隅に、明らかな血痕を確認した。



#詳細には口をつぐむ警察

午後4時ごろ、現場検証を行っていた警察がコンテナ内の写真撮影を終えると貨車の扉が開かれ、今度は青色の作業服を着た法医学の専門家が足を踏み入れた。



このコンテナ車両はいったいどこから東駅コンテナ集配場にやって来たのか?現場の作業員は「知らない」と声をそろえ、鉄道局の制服を着たコンテナ集配事務所の職員も「資料はすべて警察が持っていった」と説明するのみ。



午後5時50分、現場検証は終了。このとき葬儀場の車も現場に到着。5人の遺体は白い布に包まれ、車内に運び込まれた。




記者は何度も警察および東駅の作業員らに状況を聞こうとしたものの、ともに取材を拒否。まもなくして、集配場内の車両が動き出し、傍らにあったコンテナも現場となった車両に積み込まれはじめた。数分後、牽引車両が現れ、貨車6両をすべて引っ張っていってしまった。



☆死亡原因侃々諤々


#憶測その1:コンテナによる圧死

現場では、警察は何の情報も明らかにしなかったものの、見守った市民からはさまざまな憶測が飛び交った。そしてそれはあっという間に、紙に印刷され、市内に広まりはじめるほどだった。



匿名希望のある作業員によれば、彼は現場の状況を事細かに目撃。彼の推測はこのようなものだ。彼女ら5人は貨物の上から何か物を拾い上げ持ち去ろうとしていたが、何かの拍子で車両が動き、コンテナが滑り落ちたため、彼女らははさまれてしまった。死者の顔色などから、その死亡時刻は少なくても6時間以上前。取材中、周りの作業員たちの多くも彼の話に賛成していた。



ここで働く別の作業員は別の「見立て」を披露。女性5人は、現場から積載物を盗ろうとして誰かに発見された。そして逃走中、コンテナと貨車の隙間に隠れたものの、結果として、貨車が動いたためにコンテナが動き、はさまれてしまったのだという。



#憶測その2:他殺後に遺棄される

一番最初に貨車の上に上ったと主張する男性いわく、彼が遺体を見つけたたのは12時半ごろ。警察が現場に到着する前から同僚と一緒に貨車に登り、内部の状況を観察した。「女性の数人は30歳前後。ちゃんと衣服は着ていたけれど、数人の顔色はすでに変色しかかっていた」と説明。彼によれば、貨車内のコンテナは一般的に動くようなものではなく、たとえそれが動いて人を圧死させたとしても、それならもっと損傷がひどいはずだという理由から、女性の数人は決してコンテナによる圧死ではない、という。こうした考えに賛同する人の中には、彼女らは何者かに殺害されたあとこの場所に捨てられ、よってこれほど猟奇的な事件に仕立て上げられてしまったとみている。



いったいこの5人の女性はいつ、どのような死を遂げたのだろうか?これまでに警察機関は更なる捜査を進めている。



【評】


なぞがなぞを呼ぶ事件。


日本だったら、警察が「殺人事件」との見方を強めた段階で「しょかつ(地元署)」に捜査本部が立ち上がり、室井管理官が登場する、というのが「踊る大走査線」を見て学んだわたしの認識。



ところが現場検証はしたものの、警察、その後大きな動きを見せず。またマスコミへの情報提供もほぼゼロ。



テレビなんかを見ていると、がさ入れに同行させたり、留置所内で容疑者にインタビューさせたりと、かなりマスコミに「協力的」な警察像からはかなりかけ離れた態度。バリバリの成都市内で発生した事件なんで、マスコミ慣れしていない田舎の警察だからというわけでもありません。



大体こういう場合、すでに事件の大筋が見えていてマスコミの「手助け」を借りなくてもいいからか、本当に何もわからないからせめてネタ袋を少しは豊かにするまで何も話せない、のどちらか。



だからこそ各社の「取材力」が問われるわけで、その結果が如実に紙面に現れるから、一部マニアにはたまらない展開が見られることに。




そんなわけで成都の場合だと、たぶん発行部数で上位を争っている「華西都市報」と「成都商報」を読み比べてみました。



コンテナに女性5人の遺体→華西都市報
コンテナ内から死者5人 →成都商報



ほう。

さて見出しから違ってます。



で本文を読めば、成都商報では「すべては女性」といいつつ「女性4人、男性1人という人もいる」となってますね。断定できませんでした。裏が取れなかったわけです。



どちらの勝ちなのか。もしかしたら「保険」をかけておいた成都商報が救われるかもしれません。


たぶんそんなことないんでしょうが、ね。



さて華西都市報にしたって首を傾げたくなるようなところはあります。



やっぱり野次馬連中の見立てをそのまま「垂れ流し」ってのはあまりに無責任すぎません?一応は警察官に当ててみて、感触を確かめといたほうがいいのではないでしょうか。



そりゃあることないこと言いますよ。野次馬ですから。


だって伝聞が伝聞され、憶測がいつの間にか真実っぽく聞こえてしまうようになるのが人の性。


ましてや「いいかげんさ」では中国トップクラスの四川人です。



もちろん、このことは新聞書くほうにも当てはまります。



北京の新京報なんかの新聞には社説なんかがある2ページ目に「おわび&訂正」みたいな記事が毎日載ってます。


毎日必ず4、5ヶ所くらいの間違いがあって、「よくこんなにあるな」と関心しきり。上司にどやされる記者の姿なんかもわがことのように目に浮かびます。



ところが、その点四川の新聞社はどこも優秀。もうかれこれ2ヶ月半以上たちましたが、一度として訂正記事なんてものを見たことがありません。



どうです。


すごいでしょう。


このやりっぱなしの書きっぱなし、が。



もしかしたら内部には強烈な査定なんてものがあるのかもしれませんが、やはり記者にとって自分の名前で訂正を紙面にのせることが一番ダメージ大きいはず。


そのプレッシャーから免除されるんだったら、責任感から開放され、何でもありありになっちゃいます。よほど強靭な自制心を持つ人でない限り。



ところで5人の遺体。いくら現場検証も終わり、法医学の専門家も目を通したからといって、霊柩車で運ばれて行ったってのはすごいですね。



もう少し取っとこうよ


と思ってしまうのはわたしだけでしょうか。手際よすぎ。


やっぱたいした事件じゃないのかもね。



続報に期待。そして使者の性別について、どちらかの新聞社がどう事実関係をごまかすのかにも期待。★★☆☆☆

posted by 牧場主 at 00:00| 北京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | これは面白ニュース!? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月14日

民族の宴ここに最高潮




またしても「民族とは何か」を考えさせられました。


民族大新校舎(成都市郊外双流県)にて、本日午後7時半から開かれた「外語学院2005級迎新晩会」でのこと。


平たくいうと、新入生歓迎ぱーちー。


民族大外国語学院には英語科と日本語科があるんですが、そこに9月に入学したばかりの1年生を歓迎しようというものらしい。


日本語科教師「塾長」の一声によって、わたしとレンイエンは呼ばれもしないのに金魚のふん。


イベントならとりあえず首突っ込んどけ


と押しかけたわけです。



目的はただ一つ。


日ごろ本校舎に出てくることない新入生の鑑賞、品定め。

噂に聞こえてくるところでは、どうやら今年の一年生、豊作らしいんですわな。


ほら。やだな。

勘違いしてもらっては困りますよ。

わたしたちは特定の目的のため、タイ北部やカンボジアへの旅行を繰り返す人たちとは違います。


そう。われわれは学究の徒。

ホジェン。プミ。コーラオ…。


分からん人にはたぶん呪文のような言葉。
実は中国の少数民族の名称。
日本語科一年生にはこれらマイナー系少数民族が目白押しなんです。


とくに注目度ナンバーワンは「ホジェン族」。


各種統計によれば、全人口は約3000人ちょい。
中国55の少数民族中3番目に少ない民族とのこと。


「主にロシア国境付近に暮らし、漁業を生業にするもの多し」

です。


こんな希少な族が成都に来とるわけ。当然ながら13億分の3000であるばかりか、一億近い四川省の中にあってはいても数人くらいなはず。


パンダより断然珍しい国宝級の出会いが我々を待ち受けている


そう思うと通常の神経を持つ人そこのあなた、当然いても立ってもいられなくなるでしょう?


さらに若干メジャー系のモンゴル族にも期待の新人がいます。


その名もサルラちゃん。


まさに草原に吹くそよ風のような透明感あふれた名前に相応しく、彼女も「なんちゃって度0%」の超本格派の「族」らしい。


出身地は内蒙古自治区。

そこまでは普通なんですが、注目すべきは自己紹介書に自ら書いた住所。


「内蒙古自治区大草原出身」


普通ならありえない。

でも住所不定騎馬民族ならありえちゃう。


さらに趣味の欄。

「騎馬」


乗馬ですね。
さすが遊牧民。

あっでもここにも続きが…


「賽馬」


競馬ですね。
乗りこなすだけじゃ民族の血は治まらないってことです。



「ホジェンとなに話そうか」
「やっぱあなたも自然神として熊を信仰してますか、っすか?」
「挨拶とか教えてほしいよね」

「それよりサルラ。もう都会に毒されたらしいよ」
「どういうことっすか?」
「塾長情報では男できて、ピアス開けたらしい」
「えっ。もとがピュアなだけに染まるのも速そう」
「そう。民族絶滅の危機なのよ」


そんな会話を行きのバスの中で繰り広げ、モチベーションを沸点近くまでどんどんあげちゃうわたしたちなのでした。



会場は学生食堂4階の「活動室」。


すでにここは族のワンダーランド、民族のジャングルに足を踏み入れていること。何があっても驚いてはいけない、と心の準備をしておくべきでした。


なんといきなりの遭遇。


「ほら、あれホジェンの娘だよ」


塾長の言葉。あっ。ちょっと待ってわたしらまだなんにも準備が…。
人気スターを前にしたおっかけみたいにどぎまぎするわたしとレンイエン。


お構いなしに

「紹介してあげるよ」

と彼女に声を掛ける塾長。


で、引っ張られてきたのは毛皮の民族衣装に鮭の薫製を手にした、まるで博物館にいそうな超本格派ホジェン族。

ではなく、チェックのミニスカートに白のワイシャツ、ネクタイをルースにしめて、マスカラばんばんに化粧をほどこした田舎女子高生的姿。

「あっ」

といったまま声のでなくなるわたしたち2人。
ところがまたお構いなしに我々を紹介してくれる塾長。

「このふたり、わざわざホジェン族の本読んで研究してんだよ」

「いや塾長もういいから。」


故郷の黒竜江省からは数千キロ。民族のしがらみからようやく抜け出し、この四川の血で初めて若者としての自由を謳歌しようとしているのか。とにかく意識的に族の香りを消し去ろうとしてるとしか思えないほどふつうチック。


それってぜったい族的なオシャレじゃない


思いっきりの「なんちゃって族」にこっちの落胆も大きければ、向こうの反応も微妙。わたしたちの思いも分かっちゃったようで表情ちょっと複雑そう。


とくに人類学を志すレンイエンのショックは相当のようで、膝ががたがた震えてたりする(誇張はあるけど真嘘ではなし)。


とにかく開演時間に救われ、タイムアップを迎えることができたのでした。



さて。

晩会(パーティー)といいつつ実は演芸会のようなもので、一番奥はステージ。その前には客席150席ほどが並べられた室内。


にぎやかなダンスで幕を開けました。
日本でも夜の公園とかで若もんが踊ってるあれの矮小版。


族の総本山としてこれがずっと続くわけがない。


司会者登場、来賓紹介とお決まりコースが始まりました。


「日本語科の○○先生(中国人)でございます」
(会場:わぁー、わぁー、パチパチ)


「日本語科××先生(塾長)でございます」
(会場:せんせー、パチパチ、せんせー)


「西南民族大学の留学生2人でございます」
(わたし:うよぉっ、これっておれらじゃん。)

(会場:パチパチ、ひゅーひゅー、パチパチ)



こんな丁寧なようでいて、不躾な紹介を受けたのは初めてですが、鳴りやまない拍手に答えるのは、逆転ホームランを打ったプロ野球選手同様、来賓の義務であります。


席を立って振り返って、後ろの観客席に向かって深々と頭を下げるわたしとレンイエン。


100人以上の観衆。ここは新校舎だから1年生か2年生のはず。ほぼ誰も知り合いはいません。でもこのどこの馬の骨かも分からないような輩2人にまで割れんばかりのこの拍手。


とりあえず盛り上がれるもんありゃ盛り上がっとけ


そんな若い勢い+お祭り好きな族の本能。わたしたちにまで及んだ拍手攻勢にはたぶんそんな背景があるんじゃないでしょうか。


「相当たまっとるな。こりゃ面白いことになるかも」


でいよいよ本格スタート。

用意されたのは十数の演目。
大まかには民族系と漢族系。


民族系はまさに民俗芸能の発表会です。


チベット族。

チベット舞踊にチベットカラオケ。だらしなく伸ばした裾の長い民族服をひらひらさせながら回転してます


朝鮮族。

チマチョゴリ姿で昭和50年代を彷彿とさせるムード歌謡を歌い上げました。


で、圧巻だったのはモンゴル族による蒙古舞「沙楚拉」。


サルラに近い「サスラ」なんですが本人の出番はなし。

でも女の子4人による踊りは雄壮かつ華麗。騎馬民族の勢いをそのまま表現したような身のこなしに、我々2人。何度も「うおっ」とか「格好いい」とかうなってしまったのでした。



もちろん漢民族も負けてはおりません。

印度舞、拉丁舞のセクシーダンスもあれば、耳をつんざく高音域の民歌あり。体型ドラえもんですが目をつぶればそっくり、民族大の周傑倫も現れました。


漢民族側の極めつけは、詩の朗読。詩朗誦「我愛祖国、我愛母語」。



我的母語.jpg

◎参考写真1:二人とも日本語科1年生。ってことは19歳?ありえない…


詩の朗読が演芸のジャンルとして成り立っているところもすごいですが、なにより彼のヴォイスにKO寸前。


「ウォ〜ダ・ム〜ユィ〜」

「ウォ〜ダ・ム〜ユィ〜」


と何度も繰り返すのですが、その声は本気を出したときの藤岡弘くらいにとってもセクシー、マダムキラー的です(笑)。


こんな隠し球を持ってるなんて漢族もさすがだな。

そう思わざるを得ませんでした。


まあ、イベント的には大団円ですよ。




一年生晩会.jpg

◎参考写真2:みんな全てをやり終えた表情。カメラマンの要求聞く耳なし



でも。


本当の族にあいたいという我々の願いが完全に叶ったわけでもなし。

やっぱりとうとう最後まで姿を見せなかった、


サルラに期待。
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2005年11月13日

るろけん売られていく




宵闇にのら犬ハンター、犬肉屋に卸す


【11月13日=華西都市報】

立冬も過ぎ、蓉城(成都)の町中では犬肉の売買が盛んになってきた。華陽地区のある犬肉店店主によれば、彼の店だけでも毎日十数匹の犬肉をさばいているというのに、控えめに見積もったとしても、成都市全体では最低日に数百匹が人々の舌を満足させているはずだ、と打ち明けるこんなに多くの犬はいったいどこから来るのだろうか?


◇読者のたれ込み:工場跡にハンター

数日前、成都市東部の大田坎街に住む余さんが本紙読者情報提供ラインに電話をかけてきた。深夜になると連日のように人が自宅近くの工場跡地に集まり野良犬を捕獲、犬肉店に販売している、というのだ。余さんは「これらの犬は何の衛生検査も受けていないのに、美食メニューとして食卓に並んでしまう。もし狂犬病にかかっているようだったら、これって大変なことにならない?」と話す。余さんの様子の報告を受け、記者は潜行取材を行うことにした。


◇深夜の張り込み:ハンター犬3匹猫1匹捕獲

昨日、記者は余さんの案内のもと、大田坎街にある四川茶葉工場近くで張り込み。既に午前一時を過ぎ、開始から一時間近くがたとうとする頃、ついにハンターの姿を確認した。夜の闇に包まれ、あたりは物音一つなし。決して広くない通りの両側は全て壊された建物のがれきの山。暗い通りをかすかな外灯の明かりが照らすだけ。そこに極めて明るい光の筋が差し込んできたのだった。余さんは急いで「あれこそハンターが犬を捜すとき使う『強力懐中電灯』ですよ」と声を掛けてきた。その言葉を最後まで聞くより早く、自転車に乗った50歳前後の男がゆっくりと我々の視界に現れてきたのだった。彼の自転車の後部座席には二つの大きな籠が載せられ、中には犬三匹、猫一匹の姿。ハンターは自転車を運転しながら、手に持った懐中電灯であたりを照らして「獲物」を捜索している。数分後、その男は再び暗闇の中に消えていった。


余さんによればここ最近、自転車に乗った4、5人がほぼ毎晩のように大田坎街に出没。「彼らは犬を見つければ即捕まえ、猫であっても速攻捕まえる。一晩に数匹の犬猫を捕獲しているはず。私が思うに、彼らは一般的に獲物を(市場より)安い価格で犬肉店に売り払っているはずだ」という。


◇犬肉店:大量に売れるから、来る者拒まず

記者と余さんは昨日午後、三環路にある成仁立交橋下を訪れた。ここでは一人の老人が大きな籠を天秤で担ぎながら籠に入った犬を売っていた。老人の籠の中には大小八匹の雑種犬。記者がこのうち比較的頭の大きい灰色の一匹を指さし「これいくら?」と尋ねると、老人は「10元だよ」との答え。彼によれば、市内のある犬肉店の店主らはここから一匹10ー30元で購入、その後自分の店にて「加工」するのだという。この老人曰く、自分のところの犬もすべてハンターから購入したということだった。


記者はこの後再び自動車を駆って華陽地区へ。道沿いには十数軒もの「貴州花江狗肉」と銘打った犬肉店が並んでいる。同地区のある店には軒先に「大量販売」という広告があり、周囲の目を惹いていた。この店の主人によれば、冬の時期は特に犬肉がよく売れるが、市場に出回るような「冷凍もの」ではダメ、消費者は見向きもしない。捌きたての新鮮犬肉をより好むからこそ、大量に仕入れる必要があるのだという。


四川省防疫局の担当者によれば、検疫を受けていない犬肉の場合、流通、販売、加工などの過程で狂犬病の伝染を防ぐことは難しいという。特に「加工」する際、もし作業する側に傷などがあればたやすく伝染してしまうという。

記者王迪撮影報道
情報提供者 余先生提供費100元



犬肉売り場.jpg

◎参考写真:「犬売ります」の広告を立てる犬肉店(絵説き原文のまま)


【評】

はい「五つ星」あげちゃいます。


グルメとは「常識との戦い」である


その言葉を地でいくようなすさまじい「面白ニュース」です。



まずは表題になった「るろけん」。


とうぜん集英社系の某有名漫画のことではありません。

これも初めて知ったんですが、野良犬は中国語だと「流浪狗」。


 流浪狗
  ↓
 るろうのいぬ
  ↓
 るろけん


となったわけです。素晴らしき三段論法。


それにしても日本の「のら犬」よりも中国語の「流浪狗」の方が風来坊きどりでかっこいいと思ってしまうのはわたしだけでしょうか。


もちろん。

日本のノラ公たちの方は、流浪犬@中国たちのように文字通り「捕って食われる」ことはないんで、どれだけ気楽でいられるか分かりません。やはりスマートに生きるためにはその代価は高いものです。


さて。

今回のこの記事。
いろんな要素をはらんでいる。
わたしはそう分析するわけです。



あっその前に。

今回、犬を食べること自体を論じる余地はありません。犬は「美味しいもの」という前提に立ってます。「ワンちゃんは友だち」的な動物愛護論、道徳論を振りかざすと話を始められなくなっちゃいますからね。



それでは再スタート。


さて。

今回のこの記事。
いろんな要素をはらんでいる。
わたしはそう分析するわけです。



犬を捕えちゃう人。

犬仲買っちゃう人。

犬を買っちゃう人。

犬を食っちゃう人。



みんなの意見は一致しています。


「うまけりゃいいじゃん。安いんだし」


すべてが四川人だからこそ、成り立ってしまう最高のネタ。
暗黙の了解がスクラムを組み、常識の領域を軽々と飛び越えていっちゃうわけです。


「のら犬って取って食っても大丈夫なのかな?」


この四者の中にそんな「常識的なこと」を考える輩が一人でもいれば、絶対に「起こりえない」わけでしょう。



かくいうわたしもそんな四川病(ネバーランド症候群)に犯されつつあることを自覚しないわけにはいきません。



実は先日、ある韓国シャオカオ店にて、涼菜(前菜)メニューに


「冷製狗肉」


という料理を見つけてしまいました。


その時はお財布との兼ね合い(多分20元くらい)もあってご賞味が先のばされたんですが、同席したイエンレンと「何かイベントがあったら食べようね」と誓い合ったわけです。


今回が「イベント」といえなくもないんですが、記事が記事なだけにその勇気が試されることになりそう。


鍋で「これでもかっ!」と煮込んだ犬肉料理ならまだしも、火もあまり通ってないかもしれない「アベタイト」ですからねえ。

もしかして韓国風なだけにタタキだったり、ユッケみたいだったりすればなおスプラッター倍増。狂犬病菌が舌なめずりする姿が今にも見えてきそう。


冷静な勇気は必要ですが、
冷菜に勇気は必要ないのかもしれません。


まあ考えてみることにしましょう。


と冷静に振る舞ってるようで、「別に大丈夫じゃん」と思ってしまう気持ち四川訛りの自分がいるわけです。ああ、ゆるゆるネバーランド病はもう深刻ですね。



そんなこんなで奥深い問題をはらみつつも、とにかく腹を抱えて驚かせていたきました。情報提供者の余さんに礼金100元は少なすぎ。今すぐ飛んでって「よくやった」とあと50元くらいは渡したいくらい。成都市民の反応もまた楽しみ。久しぶりになりましたが、別に出し渋ったつもりはなし。貫禄の★★★★★

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2005年11月12日

あくまで紅色旅遊・下




中国共産党栄光の歴史をたどる「紅色旅遊」。


この紅色旅遊を留学生にも堪能してもらおうと、西南民族大留学生事務所の粋な計らいで始まった1泊2日の修学旅行。


初日が四川出身の英雄、搶ャ平の生き様をたどったまさに本流のたび。


ならば2日目は広安市からさらに東進。

重慶市とも隣接した華●(hua2ying2)市にあるhuaying山に向かったのでした。


このhuayingというところ。

抗日戦争終了後、中華人民共和国成立までの内戦時、huaying山遊撃隊(ゲリラ部隊)の主戦場となったら場所しい。


当時の様子を描いた「紅岩」という小説で一躍有名になり、その中に出てきた「双槍老太婆」のおかげもあって、昨年はのべ135万人もの観光客が訪れたのだそう。すべてネットからの引用。わたし、何も知りませんから。


このhuayingに重慶市や広安市を加えた観光ルートは全国紅色旅遊精品30選にも定められた由緒ある「紅色旅遊」なんですが、どうも紅(赤)色の見過ぎで血走りすぎた脳みそを休めようと本能が働いているからなんでしょう。本日の観光、「B級」にばかり目にいってしまいました。



てことで、副題「革命の山は屋外秘宝館?」


いいですか?

そうしましょう。
そうしましょう。


写真多めでお送りします。
若干の重さはご容赦ください。


このhuaying山一帯は太古、海の下にあったとか。

その後の造山活動などの影響で山の上に複雑なカルスト地形ができあがりました。


石灰をベースにした風化されやすい石がうじゃうじゃしている。


1時間から6時間半までそんな高原エリアをうろうろできるコースがご用意されてます。ようするに色んなでこぼこが多いところだからゲリラの隠れ場所なんかも豊富わけです。


石林外観.jpg

◎参考写真1:基本的には立ってる石が多いですね


遠くはトルコのカッパドキア。
近くは雲南省の石林。


日本でいうとバブル期に田舎の高原に建てられた現代美術館屋外展示場みたいな雰囲気かも。


とにかく変な石があればどんどん勝手に名前を「こぢつけられる」。


例えば、駱駝のような形をしていれば「遠望駱駝嶺」。


18個そろえば「十八羅漢」。


二つ仲良く林立している石があれば「夫婦石」。



そしてそろりそろり、と


「秘宝館」


らしさを盛り上げるオブジェの登場。


まずは、岩の隙間からにょきにょき木が生えだした「生命之石」。


天の岩戸のような「生命之門」。



夫婦石のように向き合っている石がさらにもっと「ぶちゅ」とやれば、



千年之接吻.jpg

◎参考写真2:「千年一吻(千年のキス)」になってしまいます。見えます?


伝説によれば海宝王子(という人?)と郷妹(これも人?)が一年に一度、旧暦の3月3日に南海竜宮(という場所?)にて出会い、愛を語り合うのでそうであります。



ところでこれら人々を魅了してやまない奇石の数々。
今後はさらに数を増やすものと思われます。


なぜなら、


石林発掘中.jpg

◎参考写真3:どんどん発掘作業続けているから。それって反則じゃない?


多分面白い形が見つかったら、さも「昔からありました」みたいに展示され、いつの間にか文献資料も発掘され、「秘宝」リストに加わるのかもしれません。


で。

子どもの時間はここまで。


やはり「秘宝館」は屋内にあってなんぼのもの。


「愛之小屋(愛の小屋)」というそのものズバリな場所もあったみたいなんですが、これは三十路のわたしでもまだ見てはならない場所だったようで、ガイドさん連れて行ってくれず。


でも。

それに負けず劣らぬ「生命根源洞」が待ち受けていたのでした。


洞窟です。くねくねした道を徐徐に下っていきます。


明かりはあくまで薄暗く。白熱灯のみ。


最後に階段を数段下りて右と左に分かれてます。


そして右側には看板。
どれどれ。


経過数万年的カルシウム化、大自然的鬼斧神功創造了酷似一男根三女源的生命根源洞、為景区増添一道妙趣天然的性文化景観。


この文字から感じてください。
この先に何があるのかを。


いつの間にかライトも7色カクテル光線になってます。
ムード歌謡の世界のようです。


神秘.jpg

参考写真4:何も言いません。これを見て感じてください。おとなの世界を



むむむ。むむ。


「上のやつ」はよく分かるでしょう。だいたい長さ5m?


「下のやつ」は小さすぎてよく分からんでしょう。

でもホントに「上のやつ」の真下にあるんです。
近寄ってみれば形も何かそれっぽい。
大きさも縦は1,5mほどはある。


「上のやつ」から落ちてくる「水滴」を長い時間掛けてため込み、現在は表面張力かというくらいに並々とたたえています。


ふう。神秘すぎるぜ


いわゆる鍾乳石のなせる世界最高峰のマジックというわけなんですが、さらに上手のことをやってのける輩がおりました。人間に。


わたしらと一緒にこの不思議空間にさまよい混んだ別グループのオヤジ1人。

何を変な気にあてられたのでしょう。


かがみ込み、この並々とたまった「液体」に直接口を付け、じゅるじゅるじゅる、じゅるじゅると飲み始めるじゃありませんか。


そして平然と去っていきました。


よほどあやかりたい何かがあったのでしょう。

それとも中国では一般的な風習なのでしょうか。


この洞窟こそまさに遊撃隊のアジトだったらしいので、小説かドラマの劇中か何かでそんなシーンがあったのかもしれません。

でもあまりにリアルすぎる「上のやつ」と「下のやつ」を見たあとでこの行為に及べるってことは根本的な精神構造の違いを感じてしまいました。


かろうじて他の観光客が「右にならえ」しなかったことで、救われた気になりましたが…。



ここでもやはり思いついた言葉は一つ。


「事実求是」


事実に基づいて真実を求めるならば、一体これはどういうこと?


夢でうなされないことを祈るばかりです(笑)。


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2005年11月11日

あくまで紅色旅遊・上




秋まっしぐらな今日この頃。

みなさん。いかがお過ごしでしょうか?


秋といえばやはり


食欲の秋。
読書の秋。
スポーツの秋。


そして全てを兼ね備えた「旅行の秋」に収れんされるでしょう。


わが民族大でも留学生向けに修学旅行なるものを準備してくれました。




思い起こせば半年前。

語言大学短期強化班が企画した5泊6日の「あくまで語言実践活動」旅行では河南、陝西両省を巡り、世界遺産を訪ねましたね。(参照→ http://itoyama.seesaa.net/article/3988433.html



ですが今回は「あくまで紅色旅遊」。


そうそう。

この時期紅葉が綺麗だし。


紅葉がり


なんとも風流じゃないですか。

赤や黄色に燃える山肌。見ているだけでもう感動。


だから目的地は搶ャ平故居


ほら、もうバリバリの紅色旅遊でしょ。

中国で一番、誰も文句のつけようのないレッドゾーン。
(紅色旅遊=共産党関連史跡、名所を訪ねる旅)


その神経が素晴らしすぎます。


誰のための修学旅行でしょうか。
もちろんわたしたちのためを思ってのことですよね。


そう思いたいのですが…

またしても湧いて出てきたその他大勢の登場。
誰のためかと首をかしげた歓迎会の時以来。
(→ http://itoyama.seesaa.net/article/7593794.html


英語科の中国人学生が今度は「ただ食い」ではなく「ただ乗る」ために登場。


バス2台を連ねた総勢約80人はいるはず。


留学生20人。その家族10人。
国際交流事務所の職員ら10人。で残りは全て英語科学生。


なぜ日本語化が動員されんのか。
しょせん日本語なんて日陰のみ。
わたしゃ彼女らが不憫で不憫でなりませぬ。



ところで旅遊参加の留学生に髪の毛が金色、肌の白い人たちはいません。
偉大なる社会主義設計師、搶ャ平同志のことなんて全く興味がないのでしょう。


でもこれを知ったらどうかな。


彼らの授業料がそのまま英語科学生の旅行費に充てられてること。


そんなこと知った日にゃ「金返せ」運動が起こりそうです。



さてそんな紅色旅遊ですが、日本人学生の出席率は75%。
たぶんどの国籍の留学生よりも高い出席率を成し遂げました。


以史為鑒


を声高に叫ぶ中国の方々に教えてあげたいですよ。日本人こそ歴史を重んじ、中国の未来をともに考えていこうとする人種だということを。


けっして「参加費タダ」というまばゆい光に吸い寄せられたカメムシ連中ではありませんからね。←ここ強調



成都からは東に約300キロ。


くわしくは広安市HP(http://www.scguangan.gov.cn/new/)を。

決して搶ャ平ファンサイトでも、インターネットショッピングのサイトでもありません。
れっきとした行政機関のホームページです。


でもこの町に来れば何がどういうことなのか一目瞭然。

四川省の東の端に位置するはずの中都市に相応しくない巨大な町が建設されています。



江沢民にいわれがあるらしい景徳鎮周辺に最近とてつもない巨大道路が建造されているとか。温家宝の母校だから北京語現大学の南にある地質大学が急にどんどん校舎を建て替えるようになったとか。中国国内に山ほど存在するそんな話の一つ。


広安市中心部.jpg

◎参考写真1:行き交う人まばら。「暇ですね」「広いですね」と世間話


昨年2004年が搶ャ平同志生誕100周年紀念の年だったらしく、広安市の都市計画丸ごと大改造もそうだし、小平故居、記念館もオープンしたのだとか。



さて無駄に四つ星なホテルで昼飯くって荷物おいて、郊外約7キロの目的地に出発。

目指す「搶ャ平故里」の入場料は60元(≒900円)。


もともと生家があった付近に記念館を作り、その周囲を全て公園にしました。という場所。敷地面積は約55ヘクタール。



まずもって「さすが中国ね」とうならせてもらったこと。

公園のあちこちには「交通林」「四川林」「北京林」など国の各機関、各省、大都市などが故人に「敬意」を表して寄贈した緑地帯がありました。何と「宣伝文明林」まであったから驚きです。これはもちろんあの「中共中央宣伝部」からの贈り物です。


そんな「○○林」「××林」の一番奥に御大が鎮座しておりました。


銅像。

ですが今もってVIPなので警備員つき。


何かを挑まれているような気になって、お茶目なわたしが考えついた唯一のアイデアがこれ。


搶ャ平銅像.jpg

◎参考写真2:指でつくったOKの中からシャオピン。う〜んラブリーモード



記念館の中に入ればさらに小平一色。


幼少時代、パリ留学、抗日、新中国成立、失脚、改革開放…と続く中国現代史の本流を生き抜いた彼の生涯が「惜しむことなく」「一滴すら漏らさぬ覚悟で」紹介されてました。


これを40分程度で見てしまえというのは所詮無理な話。
かといって2度と来ることはないだろう場所なんで、かじりついて見せてもらいました。
模範的「紅色」学生ですね。


搶ャ平展ヲ.jpg

◎参考写真3:展示はこんな感じ。左斜前からの顔写真が多いことに気付いたのね


最後の故居は普通の四合院づくり。
だれた旅行団はもうだらだらと眺め回るだけ。


バスに乗り込む同学たちを尻目に、残った最後の気力を振り絞り、おみやげ屋をあら探して見つけた逸品。プレイボーイのウサギマークと搶ャ平ステッカーが同居したライター。意味深なようなんでとりあえずゲットしときました。ねぎりなし。時は金なり15元なり。




ところでこの日の夜8時半すぎ。
北京奥運会まで残り1000日を切りました。
これを機にオリンピックマスコットが発表されたのはご存知の通り。



貝貝(ベイ・ベイ)はお魚。
晶晶(ジン・ジン)はパンダ。
歓歓(フアン・フアン)は聖火。
迎迎(イン・イン)は藏羚羊。
女尼女尼(ニィ・ニィ)は燕。


5人あわせてゴレンジャイ(嘘)。

ペイジンフアンインニィ=北京はあなたを歓迎します


四川のパンダ、チベットのチベタンアンテロープ。そして北京の燕京ビール(笑)。キャラのデザイン自体はかなり「あと一歩」感はぬぐえないものの、何度となくこのブログで紹介してきたみんながマスコットになったこと。思った以上に親しみ湧いてしまいました。


ところでそのキャラ発表の式典でのジャッキーチェンの役回り。

「ペイジンフアンインニィ」の曲に合わせて舞台に出して人形振らせただけ。台詞もなし。「???」と首をひねったのはわたしだけでしょうか。


「事実求是」

事実に基づいて真実を求めるならば、一体これはどういうこと(笑)。

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