2005年07月31日

肝臓をいたわった一日




突然ですが自分をほめてあげたい気分です。


日本に戻ってきたのが7月13日。
それから19日目にして初めて、酒を飲まない一日を送りました(パチパチ)。


=だれとも会わずに実家でテレビ三昧。


ダイエー、いえいえわれらがソフトバンク・ホークスのふがいない戦いに何度もチャンネルをかえたり、でも攻撃の時だけまた戻したり。自閉症の子どもをテーマにしたドキュメンタリーにかなり感動したり、でもタレントのMEGUMIさんが韓国・済州島で海女さん体験をした「うるるん滞在記」にはあまり(駄)うるるんできなかったり。


しみじみ。
ようやくゆっくりできたなあ、と。
肝臓も小休止させられたし。



振り返れば、愛車「しろかろ」とともに約1500キロを走り回った日々。

やっぱり日本の魚は抜群。日本の酒は最高。
そして一年ぶりに顔見せできた計50人を超える皆さん。
突然訪れたぷー太郎相手に、ほんとによく相手をしてもらいました。

ごちになりました!



西藏大学から何の入学書類も届いていない現在。
チベット行き、そして1年間のラサ滞在計画は何も進展してません。


ってことで、また旅に出ます。
中国語を忘れそうなので台湾に行くことにしました。


別に現地で待ち合わせをしている訳じゃないんですが、3日ごろには台風9号もいらっしゃるようです。


2回目の台湾。でも中国語が分かるようになって初めての台湾。滞在は9日までだからかなりゆっくりした旅になりそう。実際何をするかなんて何も決めてないんですが、どうせまた望んでもいないようなことがいろいろと起こるんでしょうね。


心に余裕があれば、皆さんにも報告したいと思っています。


posted by 牧場主 at 11:32| 北京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 他にもまだこんなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月30日

超i級九州美味列伝伍




九州代表としてインターナショナルに紹介できるうまいもんを紹介しようという「美味列伝シリーズ」。わたしの日頃の食生活の限界か、すべて「お求めやすい価格」の店ばかりになってしまいましたが、味はどれも太鼓判。


でも何かが足りない。


福岡市や久留米市、唐津市など北部九州にある店を広範囲にカバーしてきましたが、そう、わたしの生まれ故郷である佐賀県鳥栖市のうまいもんを何一つ紹介していないんです。


ということで、惜しまれつつの最終回は鳥栖の「うまかと」ば紹介します。


人口6万人の小都市ではありますが、鉄道マニアにはJR鹿児島線と長崎線が分離する「九州の交通の要衝」として、サッカー愛好者にはJ2でもがき続いている「サガン鳥栖のホームタウン」として、芸能人・著名人に詳しい人には「女優松雪泰子やソフトバンク社長の孫正義の出身地」として、一般的な九州の地方都市より若干知名度高めの我が故郷・鳥栖市。


同じく、うまいもんだってない訳じゃない。
知る人ぞ知るくらいのものはあるんです(笑)。


だからこそわたしの出番。
狭い日本を飛び越え、一気に世界に鳥栖を広めましょうか、と。


そんな鳥栖の名実ともに「味の代表格」がこれ。


かしわめし焼麦.jpg

1892(明治25)年創業の老舗駅弁屋「中央軒」=佐賀県鳥栖市京町729=のかしわめし(右・680円)と焼麦(525円)です。


かしわめしは、中央軒が1913(大正2)年に日本で初めて駅弁として販売を始めたという年代もの。鶏肉と鶏ガラからとった「だし」で炊いた味ご飯の上に、鶏肉のそぼろ煮とノリ、錦糸卵のトリコロールが完璧な美しさ。

基本的にご飯がメーンなので、付け合わせは漬け物など最小限。実は北九州市の折尾駅も同じく「かしわめし」を有名駅弁として売り出しており、どうやら折尾の方が全国的な知名度的は上のようですが、それについては鳥栖サイドは余裕の表情。折尾は「かしわめししかありませんから」。


というのも中央軒にはさらに「焼麦(しゅうまい)」があります。

無農薬のえさだけで育てられたSPF豚を使った焼麦は、「東の崎陽軒、西の中央軒」と並び称される(らしい)ほどの絶品物。しかも「焼売」ではなく、本場中国風に「焼麦」と称しているあたりが小憎らしくさえある。

もともと駅弁として売り始めたわけだから、冷えてても肉の嫌な臭みを感じることなく美味しく食べられる工夫もしてあって、飯のおかずとしてだけではなく、お酒の友としても終生ベストフレンドであることは言うに及びません。


中央軒はJR鳥栖駅のすぐ前に事務所があって各種駅弁を売ってますが、電車で通過するだけで鳥栖で下りる予定がない人でも大丈夫。駅内の各ホームにも駅弁販売コーナーがありますし、さらに駅内だったら、鶏肉のそぼろにとスープの割合が絶妙な「かしわうどん」(多分270円)だって食べることができます。



《まとめ》

中央軒の駅弁は創業以来高レベルな味を維持し続けてますが、さらには「駅弁」という食べ物の性格上、どこか旅情をかき立ててくれるロマンも詰め込まれています。

市民の食生活にホカ弁が侵入してくるはるか前から、鳥栖市民はこうした弁当を日常的に食べてきました。


まさに「日日是旅気分」


これはわたしの生活感を地でいく言葉。
やっぱり欠かせない「ソウルフード」なんです。


ブログを書くってことは、毎日の生活を追いかけるのと同時にこれまでの数十年を日々を振り返ることでもあり、「小さい頃から駅弁食べてたことが旅好きな性癖と関係あるのかもしれない」というアイデアも実はキーボードを打ちながら思いついたことだったりする。

わたし的に説得力があるようで、ちょっぴり感動していたりもします。


ちなみに鳥栖駅周辺(徒歩3分圏内)にはこのほか、昔ながらの割り箸アイスキャンデー(80円〜)を売り続ける「八起のキャンデー」、鶏の羽の部分を香ばしいスパイスで丸ごと焼いた「山賊焼き」(840円?)がビールとの相性ばっちりの居酒屋「赤垣」など、佐賀県でじっとしておくには惜しい「うまいもん」が散在しています。

各店ともあまり「欲がない」のかホームページなどは持っていないようで、基本的に鳥栖に来て味わってもらうしかありません。もし何かのきっかけで鳥栖付近を通ることがあったら、ぜひたちよってください。個人的に問い合わせがあれば、もちろん喜んでお教えします。
posted by 牧場主 at 14:51| 佐賀 ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | 食い物、飲み物腹一杯 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月29日

新「ルックウエスト」



日本航空は29日、事業計画の修正にともなう国際航空路線の見直しを発表しました=http://www.jal.co.jp/other/info2005_0729.html


秋以降に7路線を運休するとのことで、このうち一番「影響を受ける」かもしれないのがわれわれ九州人。なんと福岡空港発着が3路線(ホノルル、ソウル、香港)が含まれてたんです。



さて運休する3路線をもう少し詳しく見てみると、JAL以外にも香港へはキャセイ航空が、ソウルへは大韓航空とアシアナ航空(全日空と共同運行)がそれぞれ運行しています。香港には中華航空も乗り継ぎを考慮したフライトがありますから、利用者にとってそう痛みはないはず。


そもそも日本人の多くが外国人慣れしちゃった現在、「日の丸航空会社だから」というだけで航空会社(キャリア)を選ぶお客は減るばかり。企業関係の需要が大半のファーストやビジネスクラスだって、外国系キャリアが日本人社員を積極的に採用して営業努力に励んでいることはもう周知の事実です。


マスコミ報道によれば、JALは「全日空に比べて国際線の合理化が遅れていた」(国交省幹部)ということで、遅かれ早かれこういう結末は避けられなかったというわけ。相変わらずお役所的な腰の重さが残っているのでしょう。要するにJALはそれぞれの路線で他社との競争に負けたわけです。



で、もう一つのホノルル路線ですが、定期便を持つのはJALのみ。直行便はなくなります。でも失礼ながら全く興味がなかったりする。


わたし的には、ハワイに行くくらいならすべてアジアでまかなえるって立場です。勝るとも劣らない(だろう)美しいビーチもあるし、「リメンバー・パールハーバー」以外のことだったら、先の戦争について考えることもできる。大国における少数民族政策だったらそれこそ中国へどうぞ。


ここまで言い切ってしまうからには、当然……、ハワイには行ったことがありません。完全に独断と偏見ですが、今のところはまだどうでもいい存在です。



さらには感情的な理由だけでなく、一応はこんな福岡なりの背景もふまえているつもりです。


福岡空港発着の定期航空便は、今回の3便を含めて計23便。
このうちアジア以外はホノルルとグアム、オーストラリアのケアンズくらい。


対照的に、中国本土へは沿海部だけではなく成都や桂林、西安など旅行者的にありがたい都市も含めて9カ所にのぼります。


一年くらい前にちょっくら調べたんだけど、今でも日本から中国へは行く場合に最も就航地が多い空港こそ福岡だったりする。成田よりも、関空よりも。それほど福岡は名実ともに日本で一番「中国に近い町」になってます。



「アジアの中の九州」を標榜するからには、アジアに特化した空港だっていいじゃないか。何事もちょっとくらい極端でないとインパクト不足で中途半端に終わってしまうんです(笑)。



ちなみにJALの国際3路線撤退を受けた山崎広太郎・福岡市長の話

運休は非常に残念に思っている。特に福岡―ホノルル線は、定期直航便がなくなるため、運航継続を強く要望していた。ホノルル線はチャーター便で対応するとのことだが、できる限り利用者に迷惑がかからないよう、旅行業界と十分調整して運航してほしい。運休する三路線、特にホノルル線は、早期の運航再開に向け、取り組んでいかれるよう強く望みたい。


あのおっちゃん…。

たぶん秘書課か経済振興担当部署の職員あたりが代理で書いただけの発表文でしょうが、もう少し「福岡は官民一体となってアジアに目を向けてます。これを機にアジアに対する市民の関心がさらに高まることでしょう」くらい突拍子もないことを言ってもらいたいものです。



ところで、マレーシアのマハティール前首相が高度経済成長を遂げた日本を模範とすべく「ルック・イースト」政策を唱えたのはもう10数年以上も昔の話。


今はもう「この国が進んでる。その国は遅れている」から「あの国こそ今のトレンド」という時代ではなく、われわれ日本人にとっても、どこの国にだってビジネスチャンス(宝の山)があるかもしれないし、見習うべき人の道(生き方)を見つけられるはずです。


しょせん航空便が減っただけなのに大げさだ。
そういうご指摘はありがたくも馬耳東風に念仏。

アジアの東の端にあるわれわれの日本から、西にあるアジアの国々に目を向けようという新しい「ルック・ウエスト」的な考え方があってもいいんじゃないでしょうか。
posted by 牧場主 at 21:30| 佐賀 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ちょっと思ったこと。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月28日

超i級九州美味列伝肆




お前が酒をあび続けていることは分かった。
肝臓が「くたくた」で「よれよれ」なことも。


でも必要な「あれ」はまだやってないんじゃないか?



そんな皆さんの視線を感じながらの数週間。
知らないふりをするのに疲れてしまいました。


そう。本来なら帰国したらいざ鎌倉より先に行くべきだった例の嘘から出た誠、口からでまかせの突然変異「吉田家」(http://www.yoshidayasaga.com)詣で。

北京の本家「吉田屋」(笑)との「究極対至高の対決」第2弾の行く末は、「6カ国協議」「安保理常任理事国入り」に匹敵する国際間の懸案事項として、各方面から最大級の関心を集めているという噂もちらほらの「あれ」です。


こんな一大イベントをわたしは忘れていたわけでは決してなく、機が熟すのを待っていただけのこと。今こそ実行に移すときとばかり、福岡の西方面に用があった本日、さらに足をのばして、不倶戴天の唐津市(笑)に乗り込むことにしたのでした。


福岡方面から有料道路を使ってくれば、うそ偽りなく一本道。
国道202号の進行方向左側、オレンジ色の看板が出迎えてくれました。


吉田外観.jpg
◎参考写真:ムダを一切省いた究極の「吉田家」看板



一見すると一昔前のドライブインのような外装。ショッキングオレンジに黒字で「佐賀牛丼・吉田家」と強烈自己アピールの看板と登り旗がなければ、決して牛丼屋とは思えません。でも30台は停められるような駐車場はほぼ一杯。


観葉植物を育ててもよさそうな四方と天井がガラス張りの入り口エリアに足を踏み入れたのは午後1時すぎ。オープンからまもなく1カ月にして店内の50席弱は満席で、さらにはおよそ10人の客待ち状態。


席待ちの間を利用してメニューや店内の観察を始めるわたし。


メニューは報道にもあったとおり、佐賀県産牛肉を使用した「870(はなわ)丼」(870円)とAGビーフを使った「レギュラー丼」(470円)の2種類。サイドメニューとして「おみそ汁」(130円)、オーナーは元々近くでステーキ店を経営していることもあって牛丼屋にはちょっとめずらしい「ベビーリーフサラダ」(105円)。あとは生卵とソフトドリンクだけという非常にシンプルな品揃え。


そして内装。外から眺めた限りでは「ドライブイン」だったのですが、中に入ってみると、テーブル席や座敷席の配置具合などから前世は「焼き肉屋」だったことがほぼ確定できました。テーブルの下にガスコンロのスイッチが残っていたりするからだれが見ても一目瞭然ですが…。


こんな半分洒落で開いてしまった店。
いつ調子がおかしくなるか分からない。
何があっても「身軽」なことにこしたことはない。


この徹底したローコストな店作りに、そんな経営者の冷静な判断をかいま見ることができましたね(笑)。



さてさて、店内には例の音楽「佐賀県」が繰り返し繰り返し流れてました。催眠術かマインドコントロールかというくらい繰り返し×繰り返し聞こえてきます。


でも、特命捜査官であるわたしの中には当然別の音楽。
そう予告通りの「吉田兄弟」です。


ファーストアルバム「いぶき」のトップを飾る一曲「モダン」で気持ちを一気にトップギアまで昂ぶらせるわたし。


結局待ったのは約20分。
カウンター席をあてがわれて、早速注文です。


純粋に牛丼を食べに来たのだったらのどから手が出るくらいに佐賀牛仕様の「870丼」なのですが、本日は「吉田YA対決」と銘打ったからには条件もなるべくそろえる必要があるため、泣く泣くの「レギュラー丼」。

さらに北京の吉田屋の「大牛肉湯套餐」(18.9元≒260円)が海鮮風スープと漬け物盛り合わせが付いていたのと条件を合わせるべく、みそ汁とサラダを追加で注文。しめて705円でございます。

吉田牛丼.jpg

◎参考写真:注文から約3分。完成形はこーんな感じ


今日はもう洒落になんないくらいに腹減ってます。とにかく食いたい気持ちを抑えてまずは商品観察。


どうやら「つゆだく」が過ぎるみたい。
肉のすぐ下のご飯もつゆ色に染まってます。


牛丼も天丼も鰻丼もカレーも、少ないつゆ(ルー)でご飯をかき込むことになれてしまったちょっぴり貧乏性のわたしですから、実際食べてみてやっぱり、もともと吉野家よりも甘めのつゆがさらに濃く感じてしまいました。

この辺は吉野家みたいに注文段階でつゆの量を指定できたりするのでしょうか。一見さんばかりだからなのか、お客さんでこうした頼み方をする人は最後までいませんでしたが…。


さらには「牛肉歯ごたえありすぎ」。

薄くスライスした脂身の多い牛肉こそ吉野家の肉であり、北京の吉田屋もきちんと踏襲していたスタイルだったのですが、吉田家は完全に独自の方向性。オーナーはステーキ店経営ですから当然牛肉にはこだわりがあるわけで、歯ごたえを楽しんでもらおうという趣旨でしょうか、脂身の少ない部分の肉を少し厚めに切ってました。これではご飯と一緒にかき込むことは無理。ちゃんと肉をかまないと喉を通りません。


完食まではおおよそ10分。

まだ数人のお客さんが席待ちで並んでました。
従業員は調理場も含めて10人程度。最後まで忙しく、そして一貫してちょっと非効率的に働いてました。

オーナーはいなかった(あと「はなわ」さんも)ので直接「吉田YA対決」の経緯、および判定結果を伝えることができなかったのはかなり残念でしたが、最後には「佐賀県人の義務」として記念の携帯ストラップ(380円)を購入して、とりあえずは終了です。




《まとめ》

吉田家の牛丼を「スローフード」と言い切るご主人。その趣旨は肉の選び方、切り方をはじめとして料理の作り方からも十分伝わってきました。


北京の吉田屋が「早いの」「うまいの」「安いの」を地でいくキン肉スグル的な味だとすれば、こちらの吉田家はやはり「懐かしく家庭的な味」といえるような気がします。


問題は、このブームが去ったあと誰が食べ続けるのか、ということ。


地元の人たちが「外食といえばここ」という感じで家族ぐるみでしばしば訪れるような、長い目で見たソウルフードへの道を歩むのか。

それとも、開店時にはなわさんが多分にリップサービスとして連発していた「今後は全国的なチェーン展開を考える」などという冒険にあえて挑むのか。


わたし的には「ソウルフード」化を勧めるか、というと意外や意外そうではなく、ぜひ2号店、3号店と出店を続けてもらいたいですね。名実ともに「佐賀の吉田家」になってほしいと思います。つまりはフランチャイズは県内だけという限定付きでの「拡張の勧め」になりますが…。佐賀県民はそれくらいは協力的だと思いますよ。
posted by 牧場主 at 11:37| 佐賀 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 食い物、飲み物腹一杯 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月27日

身も心も日本<中国?



右ハンドルの車に乗って走行するのは左車線、交差点に入ろうとする車に右折を許せばきちんと「ありがとうランプ」を点滅させる一般ドライバーの交通マナーのよさを実感する。スピーカーからは、TSUTAYAで借りてきた上半期レンタルチャート上位のアルバムを流して、美しい海岸線を快適ドライブ。


「あ〜日本人はこれだよなぁ」


そんな風に感じる反面、日本を離れて一年。街角なんかで


「これってもう、かなり中国人化してない?」


と思う自分を見つけたりもする。


中国をはじめ海外生活経験のある方、思い当たる瞬間ありません?



そんな小ネタを拾い集めてみました。


題して「That’s中国式?」



◇道を歩いていたらついつい路上につばを吐こうとする。

◇子供をたくさんつれた母親を見ると少数民族かと思ってしまう。

◇電車の到着間近までホームに入らずに駅構内で時間をつぶす。

◇赤信号でも車がなければさっさと渡ってしまう。

◇烏龍茶を買うとき、つい「無糖」かどうか確認してしまう。

◇飲み屋でビールを頼むと「冷たいやつね」と念を押してしまう。

◇汗をかいたりひどく暑いとTシャツを胸の上までめくりあげてしまう。

◇街角にて。化粧臭の強い日本のご婦人たちに気を失いそうになる。

◇突差な時なぜか「wei4shen2me」だけは中国語が出そうになる。

◇飲みに誘われた人から「割り勘」と言われケチだと思ってしまう。



これが一年間のわたしの中国化の軌跡。
まだこれくらいは「常識の範囲内」ですよね。たぶん。


もうまもなく始まる2年目のシーズン。

今度は「チベット」という新しいベクトルも加わり、わたしの行動パターンはどんな変化を見せるのか。それは神も仏もダライラマも、毛沢東同志にだって分かりません。せめて自分で客観的に分析できるくらいの「常識」は失わずにいたいものです(笑)。
posted by 牧場主 at 06:30| 佐賀 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ちょっと思ったこと。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月26日

ウルトラ怪獣との再会




気がつけば中国方面へと旅立つ予定日まであと1週間。


その割にはあんなことやこんなこと、やり残したことがありすぎて焦りモードに片足をつっこみつつあるわたし。それもこれも、ほぼ毎日午前中一杯は使いものにならないようになるまで深酒してるのが原因だったりするのですが…。


もうこうなったら酒を削るか、日中の活動を削るかのどっちかしかない!


ではなく、ちょっと「無理」をすればいいだけのこと。まだちょっとぼーっとした頭を抱えながら出発です。ああ、早くも社会人時代の生活パターンを取り戻りつつあるみたい。


愛車「しろかろ」と1時間ほどドライブして到着したのは、福岡県田川市の田川市美術館(http://www.joho.tagawa.fukuoka.jp/bijyutu/top/index.htm)。

「成田亨の世界(The world of TOHL NARITA)」展が開かれてます。


成田亨(1929-2002)はもとは彫刻家。ですが、私たちには「ウルトラQ」「ウルトラマン」「ウルトラセブン」(1966-1967年)の美術総監督としてウルトラマンや怪獣・宇宙人、メカのデザインを手がけた要するに「ウルトラマンの生みの親」としてなじみが深い人。その世界では「神様」と呼ばれているお方です。

会場では、水彩などによるウルトラマンなどテレビ3作品の怪獣や宇宙人のデザイン原画をメーンに約200作品を展示してました。


この成田さん、神戸市生まれで青森育ち。福岡・田川に何のゆかりもない人なんですが、内容よければすべてよし。こんな面白い企画を持ってきた学芸員の力量は敬服に値します。


一番よかったのは、アイデア段階の怪獣たちのあられもない姿(主に初稿)と、幼心にもよぉーく覚えている完成形の比較ですね。


ウルトラマン初稿.jpg

もちろんウルトラマンは初稿では目があったりするし、セブンは体の飾りやぶつぶつが完成形より多かったりします。「アイスラッガー」もありません。

わたし的に好きな「ウー」「キングジョー」あたりはかなり面影のある姿をしていました。

わたしが一番怖かった「地底人」はやっぱり目がなくてちょっと怖く、「にせウルトラマン」は目がかなりつり上がってて本当に悪い奴そうだったりする。


ウルトラセブンの仕事を1967年に降りた後も、ウルトラの父よりも全然偉い「ウルトラ3部作の父」としてウルトラマンにまつわる作品を発表し続けたほか、特撮監督として彫刻家として活躍を続けた成田さん。


怪獣デザインの3原則

1、怪獣は独創的でならねばならない……過去にいた、または現存する動物をそのまま作り、映像演出の巨大化のトリックだけを頼りにしない

2,化け物にはしない……過去の人類が考えた人間と動物、動物と動物の同存合成表現の技術は使うが、奇形化はしない。つまり頭が2つだの、8つだの、一つの胴に獅子と龍と羊の首が付くだのといったことはしない

3体に傷を付けたり、傷跡をつけたり、血を流したりはしない


を当初から徹底していて


「創造的であると同時に健全に育つべき子どもたちに見せることを前提とした怪獣は、大人が守るべきモラルをふまえた存在である必要もある」


と繰り返していたのだそう。
さらに晩年には、


「怪獣は怖くて、愛嬌があればいいのです。それは意外な形だということです。私は彫刻家ですから、形を基礎に怪獣を考えました。形の変形が私の怪獣といえます」とも。



「こらまこと。ウルトラマンなんて見ないで勉強しなさい」


本当にそんなことを言ったかまでは覚えてませんが、テレビに釘付けのわたしに、それっぽいことは間違いなく何度も言っていた母親に、時間を当時まで遡って教えてあげたいですね。これは教育なんだ。道徳なんだ、と。

ちなみに「当時」って再放送していた「当時」ですからね。当然!



怪獣、そして宇宙人の存在について、常にリアルな解答を彫刻家としてそのデザインを持って提出し続けた


という美術館の解説は、日本語的にはどうかと思いますが、この展示を見た後なら心情的には十分理解、同意できました。一番多感な少年時代にこんなインパクトのある怪獣たちを見せてもらった成田さんには感謝、感謝です。



最後に一番心に残った成田さんの言葉


人間はメソポタミアの時代から基本的に進化はしていない。変化してきただけだ。それなのに技術の進歩、発展を人間自身の進化だと勘違いしてしまう。そのことが多くの間違いを生んできた。


うんうん。
posted by 牧場主 at 08:20| 佐賀 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | まちかど歩けば新発見 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月25日

福岡一家殺害を考える



楊被告の死刑執行
王被告は無期確定
福岡・一家殺害

【25日=西日本新聞】

【北京25日井上裕之】福岡市東区の松本真二郎さん=当時(41)=一家四人殺害事件で、中国遼寧省高級人民法院は二十五日までに、中国側で起訴された元私立大生・楊寧被告(25)に対する一審の死刑判決を支持し、同被告の控訴を棄却した。これを受け、同被告の死刑が執行された。同法院が同日、同省瀋陽の日本総領事館に通知してきた。

同事件では、中国側で楊被告と元日本語学校生・王亮被告(23)が逮捕、起訴された。今回の控訴審判決で、一審で無期懲役とされた王被告の刑も確定、中国側での捜査、裁判は終結した。

両被告は二〇〇三年六月、元専門学校生・魏巍被告(25)=一審で死刑判決、福岡高裁に控訴=と共謀し一家四人を殺害した、とされる。今年一月、同省遼陽市の中級人民法院(一審)が楊被告に死刑、王被告に無期懲役を宣告、楊被告一人が控訴していた。

総領事館への通知によると、死刑は今月十二日に執行された。控訴審の審理状況や判決の日時などは明らかにされていない。中国の刑事裁判は二審制。複数犯の事件で一部が控訴した場合、二審で事件全体が再審理される仕組み。このため、一審で無期懲役とされた王被告の刑も今回の判決で正式に確定した。

中国当局は今回の事件を重視、一審段階では審理を公開し、日本人記者の傍聴も認めるなど、異例の対応を取った。ただ、今春以降は一連の反日デモなどで日中摩擦が先鋭化し、対日感情が急速に悪化したことを踏まえ、控訴審では審理状況の公表を見送る慎重姿勢に転じたとみられる。


【評】

17日のブログでは、日本で生活する中国人増加の趨勢は今後まず変わらないし、それに対して積極的にどう対処していくかが重要、という内容を書きました。そうした在住外国人への取り組みを「喫緊なもの」として捕らえるようになったきっかけがこの福岡一家殺害事件。25日、大きな区切りを迎えました。


警察庁発表の資料によると、外国人犯罪における中国人の割合というものは実際飛び抜けていて、2004年には、刑法犯と特別法犯を合わせた来日外国人の総検挙件数(47128人)では36%(16950人)を、総検挙人員数(21842人)では42.4%(9259人)を中国人が占めています。

5年前との比較でも約9.7%増加、検挙人数に至っては73%と激増。ともに2位の国々(トルコ、韓国)の3〜4倍となる数ですから、多くの人にとって「外国人犯罪」といえばまず中国人が連想されるの無理ないことなのかもしれません。


さらに検挙人員の内訳を見ると、単独犯と共犯の比率が約37:63で共犯率が高いこと、特に共犯の中でも4人組以上が約4割となるなど、他に類を見ないこの「グループ犯罪の多さ」が全体の検挙者増にも大きく影響しています。

また犯罪種別では強盗や侵入犯の比率が高く、犯行時の職業は大学生、先週学校生などによるものの犯行が37.2%で有職者(35.4%)を上回っているのも中国人犯罪の特徴です。


わたしは物事を型にはめて見ることは非常に嫌で、窮屈さを感じてしまう人間なんですが、まさに福岡の事件の実行者たちは、手口や被害内容こそ他に類を見ない残虐なものでしたが、彼らの犯罪は統計に見られるような非常に典型的なものだったという見方は否定できません。


もちろん今回の事件では、日中警察当局による捜査協力が実を結び、中国側一審段階では日本側報道陣に裁判傍聴を認めるなど、今後両国をまたにかけた犯罪が起こった場合、捜査から裁判にいたるまで司法手続きのモデルケースとなるような一歩が踏み出されたことは間違いありません。


ただし、二審の判決結果、死刑執行を2週間近く遅れて日本側に伝えてくるなど、あくまで中国側の政治判断が優先、手続きを「ルール化」することの難しさは相変わらずのようですが。★★★☆☆
posted by 牧場主 at 15:04| 佐賀 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | これは面白ニュース!? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月24日

超i級九州美味列伝参




人間うまいもん食って不機嫌になるって話はそう聞かない。

だったら九州に来た人にはなるべくうまいもんを紹介して「よか気分」になって帰ってもらい、また戻ってきてほしい。


一時帰国を機に自分が食いものを食いまくってるそのついででは決してなく(笑)、日だまりのように温かいホスピタリティーの固まりのような心でこの「超i級九州美味列伝」を始めたわけだから、本来は絶対的に美味いものを紹介すべき。

でもね。そんな理性では押さえきれずにやっぱり他人に教えたくなる「ぶつ」もあったりする。


そう、わたしが勝手に「ソウルフード」と呼んる食物群。
詳しいことは後述。まずはその代表格を見てちょーだい。


丸星ラーメン.jpg

福岡県久留米市小森野町の国道3号沿いにある「丸星ラーメン」のラーメン(350円)。正真正銘の「久留米ラーメン」です。脇を添えるのは、ご覧の通りのいなり寿司(130円)。




全国的には「醤油豚骨」「塩豚骨」など、あまたに分家してしまった豚骨ラーメンですが、そもそものブームのきっかけは「博多ラーメン」。列伝壱で紹介した「住吉亭」などがあるわけだけど、さらにそのルーツを遡るならば、たどり着く先は「久留米ラーメン」になります。


博多から南に下ること約1時間ちょっと。九州一の大河「筑後川」を中心に栄えたこの久留米市。最近は年に一度、この筑後川沿いで市内の老舗、人気ラーメン店が集まった「ラーメンフェスタ」が開かれ、全国から数万人が訪れるようになったとか。

さらにラーメンだけじゃなく、人口1万人あたり(だったと思う)の焼き鳥屋数が全国一多い「焼き鳥の町」だというPRも始まっており、地元市民的には「焼鳥屋で飲んでラーメンでしめる」という、健康にはかなり悪そうな飲酒の「黄金パターン」が完全に根付いちゃってます(笑)。


こんな「大衆食の都」ともいえる町がふるさと鳥栖市の隣りに、しかも車なら実家から10分程度の所にあるってことは、わたしなかなか恵まれた環境で育ったとうこと。まさにソールフードの出番になるわけです。


ソウルフード=魂の食べ物?


英語を使って格好つけてますが、もとは漫画「美味しんぼ」を読んだときに記憶に引っかかった名称。ただ作品上の意味はよく覚えてません。わたし的な解釈をするなら、「外食といえば問答無用でここ」という家族内の暗黙のルールがあって物心つく前から数限りなく訪れ、自分の嗜好に関係なく「それを食べることが当たり前」だとすり込まれた食べ物です。外で食べるのが基本ですから、「おふくろの味」とは違いますね。


私の場合は「丸星ラーメン」がその「ソウル」なラーメンになるんですが、この辺に住む人だったら多分みんなそれぞれの「ソウルラーメン」を持ってます。

今でこそ、美味しい店、有名な店はさらに客を集める仕組みができあがってしまいましたが、まだ「ブーム」が生まれる前の「古き良き時代」に育った人たちにとれば、大抵は最も家から近いラーメン屋だったりするのではないでしょうか。


ですから、物心ついた後の人全員が受け入れられる味かといえば、ぜんぜんそうとは限らないと。


たとえばこの「丸星ラーメン」の場合。


豚骨を丸ごと大鍋にぶっ込み、数十時間も煮立たせて取ったスープは素晴らしいほど完全な乳白色。脊髄や脳髄、カルシウム分など、要するに肉以外のあらゆるものが惜しげもなく溶け出してます。プリミティブというか、おおざっぱというか、豚骨の臭みを抑えるとか、丁寧にあく取りをして見た目美しくしようとか、そんな不要な手間は掛けません。当然、スープを飲み干せば皿の底には色んな成分沈殿物が残ります。


わたしだったらドンブリから漂う香りを鼻孔に感じ、クリーミーなスープで舌先をしめらせたところでようやく「変わらないもの」を確認して安心感、幸福感に包まれます。

でも別の人だったら、ウイグル料理屋に染みついた羊肉臭に眉をひそめるようにその複雑怪奇な臭いに拒否反応を示し、タイ料理で思わずパクチー(コリアンダー)を食べてしまったときのように、いつまでも口の中に残る濃厚なスープの感覚に後味の悪さを覚えるかもしれません。


確かに癖はあるかもしれない。一般的に受けるかどうかは分からないけれど、自分の食のルーツにあたる食べ物なんだから、他の人にも「こういうものもあるんだ」ってことを知ってもらいたい。冒頭に「理性では押さえきれずにやっぱり他人に教えたくなる」という意味、何となくでも分かってもらえたでしょうか。



《まとめ》

久留米ラーメンはそのコストパフォーマンスも魅力の一つ。とくに「丸星」の場合は一杯350円。その安さは出色ものです。

もちろん具はかなりベーシック。約4センチ四方の味付けのり1枚。「ジューシー」などという表現からはほど遠い厚さ1ミリ以下の超薄切チャーシュー1枚。それにネギが色づけ程度にぱらぱらとまぶされている程度。全体の量自体もさほど多くはないので、そのフォローのためか、いつの間にか替え玉制度(100円)が始まってました。


国道3号沿いという場所柄、トラック運転手などが多いとあって店は24時間営業。店内は約70席とそれなりの広さがありますが、どの時間に行ってもそれなりのお客さんです。わたしも幼い頃、熟睡のさなか、往々にして父の気まぐれで起こされ、眠い目をこすりながら麺をすすったという思い出もあります。


あと店員の女性は何故かすべておばちゃんかおばあちゃん。みなさんかなりベーシックな「筑後弁使い」なので、博多ラーメンと久留米ラーメンの違い同様、口(味)と鼻(香)だけでなく、耳でも地域の微妙な差(やっぱり筑後の方がちょっとディープだと思われている)を体験できるのではないでしょうか。


最後に。

ここに来るお客さん。ヤンキー率もなかなかのものですが、少なくとも店内では危害はありません。魂(ソウル)の前では彼らも従順なんです(笑)。


丸星ラーメン外観.jpg
◎参考写真:とにかくシンプルな店構え。「飾りっ気がない」といえなくもないけど…。
posted by 牧場主 at 10:39| 佐賀 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 食い物、飲み物腹一杯 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月23日

声あげる人の声を聞け


日本にいる今しか手に入らないもの。

ある程度中国に滞在したことのある人ならご存知、それは「中国政府にとってあまりよろしくない内容の出版物」だったりします。


留学前の記憶では、経済ものこそけっこうなブームだったとして、それ以外、中国の「政治」「近現代史」などを書いた本は専門書コーナーの一角、韓国・北朝鮮の隣がほぼ定位置。初めて行った本屋だと場所を探し当てるまでにかなり店内をうろうろする必要があったりもする。



それが帰国後は一変。

幸いというか何というか、昨今の両国関係「冷却化」のおかげで、レジ近くの一番目立つところにでかでかと中国を扱った書物を集めた「反中国」特設コーナーが発生。


ただ、最近の両国関係を見て飛びついてみただけ、付け焼き刃的に書かれた「薄っぺらい」ものも多いようで、ようするには玉石混淆。そのなかから独自の視点はあっても独善的でない作品を見つけ出すのは至難の業です。


それでも余裕さえあればどれにも目を通したかったりするのですが、時間はあれど金はなし。最低でも一冊60元(約800円)はするような「超高級書籍」ばかり。買ってみて「すかすか」だったら目も当てられません。



コーナーの前で立ち読むこと約10分。テーマの選び方、ボリュームと値段とのコストパフォーマンス、著者のプロフィル、出版社の方向性などを総合的に判断して最終的に手に取った一冊こそ


「現代中国の禁書・民主、性、反日」(講談社+α親書、781円税別)


著者(鈴木孝昌さん)は、中国取材の経験が長い新聞記者だから最低限のバランス感覚は保っているはずだし、まだ40代半ばだからフットワークよく現在進行形で中国を眺め続けているはず、というところが選択の決め手に。語言大の先輩というのは3%くらいの印象UP。



それでも帯には


反日中国、暴走する愛国主義の実像とは
苛烈な言論統制に挑み、葬られた中国民衆の声!
反日デモ、農民暴動、SARS騒動、エロチシズム
……中国当局がひた隠す「禁」タブーのすべて


と、なかなか刺激的なコピー。
この辺は本人の意向と出版社の思惑、どういうやりとりがあるもんなんですかねぇ。



読んでみれば分かることですが、帯にあるほどは導火線がいっぱいのびているダイナマイトさながら危険なものではなく、やっぱり新聞記者らしくわきまえている一冊でした。



中国の「今」に対して、声をあげた人たちを取り上げてます。具体的には、自分たちの信念に沿って行動しているジャーナリスト、共産党幹部、解放軍医師、大学助教授、元編集者たち。


さらに彼らに共通するのは、当局の意に沿わない言論を発表したために、発禁や封鎖、身柄拘束などの処分を受けたということ。



まずは彼らとインタビューを行い、日本人にも分かるようにその問題の背景を説明、発言の社会的意義と中国政府の反応を紹介してます。


決して、中国はこんな「非民主的だ」「危険な考えだ」「けしからん」を強調、日本と比較して「おくれている」部分を挙げることで、読者である日本人に「安易な満足感」を与えることを目的にしたものではありません。


著者の論調の根底にあるは、取材相手へのある種尊敬の念ではないでしょうか。確かに相手の考え方自体には賛否両方の感情をにじませてますが、読者に恣意的な影響を与えようとするほどあからさまではなし。現代中国におけるこの困難な状況にあって行動を起こし、声をあげた人を前向きに評価しようという著者の人柄も感じられます。



ただ、唯一批判のスタンスがはっきりしているのは中国政府の対応で、それには枚挙にいとまありません。


この本によれば、中国政府(=共産党)のメディアに対する基本姿勢は、共産党が2004年9月に「第16期中央委員会第4回全体会議(四中全会)」で打ち出した方針から、


党がメディアを管理する原則を堅持し、世論をリードする能力を増強し、世論工作の主導権を掌握する。(中略)社会の重点問題をリードすることを重視し、世論への監督を積極展開する。ニュース発表制度と重大突発事件のニュース報道の速報体制を改善する


と指摘。これに著者は


「決定は言論やメディアをあくまで党の支配下に置くことを再確認し、メディアの自由な報道に強い足かせをはめた」


と述べています。


その背景には、胡錦濤が国家主席に選任された「全国人民代表大会(全人代)」とほぼ時を同じくして発生した「SARS問題」が大きく影響した、ということも見逃せません。


その「国内スタンダード」的な対応から、感染者、死者数を隠匿するなど、世界中に汚点をさらけてしまったSARS問題ですが、メンツをつぶされた中国政府は、SARS以降、メディアへの対応にはかなり慎重になり、言論統制は急速に強まったといいます。


筆者、胡錦濤国家主席の基本路線としては「言論の自由を拡大したい」という意識はあるとの見方をしていますが、


共産党は完全な報道の自由に対する心の準備も、対応策も持っていなかった


と断言。SARS問題などを通じて、メディアが国体維持に与える負の作用だけに強烈なアレルギー反応を示してしまい、必要以上に危険視するようになったということでしょう。


今年4月の反日デモで、政府のこの問題に対する道筋がある程度はっきりするまでの約1週間、マスコミが一斉に口を閉じ、本当に何も報じなかった背景も説明つきますね。


著者は登場人物たちの言葉を用いて、「一時的にではあっても私たちの作品が世に出たと言うことは、昔に比べればよくなった」という趣旨のフォローは忘れていません。逃げ道は残しています。バランス感覚のなせる技です(笑)。もちろん、それはこの本を「読む価値」をいささかも損なわせるものではありません。


わたし的には、何か大事が起こったときのメディアの一斉沈黙は、基本的にメディア本来の役割を放棄したものだと思います。それは裏を返せば、一分一秒すら早いものが勝ちというこのせわしい現代社会、中国以外のメディアに付け入る隙を与えているということでもあります。

この「時間差攻撃」をいかに活用するか。考え方によっては面白い方策もあるのではないかと思っています。
posted by 牧場主 at 22:07| 佐賀 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ちょっと思ったこと。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月22日

超i級九州美味列伝弐



本日もまずはよだれの出そうな写真からどうぞ。

火鍋城麻婆豆腐JPG.jpg


わたしの四川への思いに「駄目を押した」と言ってもいいくらい大好きな四川料理店「中国大明火鍋城=http://r.gnavi.co.jp/f080400/」(福岡市早良区百道1-5-1)の人気メニュー「麻婆豆腐」(右)と、万人にお勧めできる「酢豚」です。値段はそれぞれ小630円、小840円。


わたしと四川料理の出会いを語り始めたらそれこそ「説来話長(ちょっとやそっとじゃ語り尽くせない)」なんで、この店との出会いのきっかけから話すと、あれはまだリクルート服から使い回したスーツを着て新人研修を受けていた頃だから、まだノストラダムスの予言も効力があった1999年5月。

JR博多駅1階の名店街を通り抜けようとしていたとき、何気なく同火鍋城の系列店「大明担担麺」を見つけたのでした。まさしく運命の出会いです。


いまでこそ、ファミレスチェーンでも「担々麺」専門店が現れるご時世になりましたが、当時は担々麺なんてなぜか高級中華レストランの味。

しかも「ピリ辛」という四川人をなめたような表現が客側、店側の両サイドでまかり通る、わたしに言わせれば「甘あまな馴れ合い体質」しかありませんでしたから、「大明火鍋城」という日本人に何の媚びも売らない、多分一般人には意味すら分からないその屋号に男気を感じ、迷わず麺をすすってみることにしたのでした。


そして強烈なしっぺ返しを食らってしまったわたし。


唐辛子と山椒が効いた食べ物(=四川料理)をすすってしまえば、結果は火を見るより明らか。「わたし初心者です」と言わんばかり、容赦なく咳き込んでしまいます。それは何故か。特に温かい食べ物やスープからは内部の辛み成分が揮発、それを吸い込んだなら当然息道への道が開かれてしまい、そのデンジャラスな空気は食道から胃袋の方には向かわず、肺の方へと導かれていくのです。

普通、水やつばがちょっと入っただけで何度となくせむせてしまうものなのに、「いわんや四川的劇物をや」ですよ。


ちなみにこの経験は、その後の四川食生活でも大いに生かされることになりました。四川大学留学生火鍋隊老北家として「白菜」のコードネームをいただくに至るサクセスストーリーもまさにここから始まったんです。うんうん(感涙)。


今思えば味つけは本場の担々麺と大いに違います。でもそれは四川の担々麺も店によって小麦の一般麺を使ったり、黄色いかん水卵麺を使ったり、汁気の多い少ないもあるし、店のオリジナリティーとして理解できます。要するに日本の客に媚びていない味付けに感動を覚えたものです。
そして、


本店ならもっと素晴らしいものが食べられるに違いない


との思いを胸に、福岡ドームにも近い本店ののれんをくぐったのでした。


やっぱりもって基本的には食堂です。ちょっとげたを履かせてあげても中華レストラン。決して「高級」という冠がつくことはありません。ただ実際は重慶出身らしいのですが、四川人オーナーによる「本格」へのこだわりは徹底しており、


四川の料理人
四川の調味料
四川の料理法
四川本場の味

藤崎に真の四川味がある
味の形似神似


こんなキャッチフレーズが店内のあちらこちらに見られます。店員もほぼすべて中国人(日本語はほぼ完璧)。どうです?尋常じゃないでしょう(笑)。

メニューは店を訪ねるたびに増えている気がします。すでに100以上はあるのでは。しかもありがたいことに大皿か小皿かを選べるから、少人数で行ったとしても、様々な料理が選べる心遣いぶり。これは間違っても中国風ではありません。思えばわたしが通い始めてもう6年。良い部分だけは日本流に適応しているわけです。


ただ、四川料理の神髄である「火鍋」にはまだ手を出してないんです。

もし火鍋隊の福岡合宿が開かれるのなら、道場破りの標的はこの店の「重慶火鍋一人前(2人前より)2625円」しかないというのに、です。隊員連中を納得させられる味であることは間違いないんだけれど…。

さすがに一般の友だちとは食べるメニューじゃないかなーって感じだし、ひとりぽっちであの紅白の油スープが煮えたぎる鍋と格闘するほど四川人にはなりきれない自分がいたりもする。



《まとめ》

店主のこだわりを真に受けて「四川本場の味が食べられる」と断言しても良いと思います。太鼓判。ただ値段は比較してはいけません。昼飯ならランチがあって1000円かかりませんが、日が落ちてビールが入ったりすると、一気に食欲増進して「一人2500円から」というところでしょうか。

実はこのブログにもたびたび登場する最終勤務地熊本も「四川料理のメッカ」とされており、四川料理店の比率が他の町に比べてかなり高かったりするのですが、味は「四川料理日本版」と言わざるを得ません。その点「火鍋城」は別格。福岡にとどまらず九州を代表する「本場四川料理」が食べられる店でしょう。


最近麻辣足りてなくて脳みそをはじめ体のあちこちにふるえがきてる人、さあ早く花椒かき込んで痺れてください!

「わたしまだ食べたことないけど、ちょっと興味あるかも」なんて人、すべてのメニューには唐辛子マーク(最高3本)で辛さの目安が記されています。麻辣だけでない四川の奥深さを堪能してください。でも唐辛子2本以上の料理も最低一品は注文するように!


あー、でも本当はここの火鍋食った後書きたかったんだよなぁ。
posted by 牧場主 at 00:36| 佐賀 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 食い物、飲み物腹一杯 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月21日

「平和への願い」とは




ごみごみした中国からセコセコした日本へ。

こんなんじゃせっかくの夏休み、心はしんから休まらない。


そうだ、京都に行こう


これじゃ、90年代。


そうだ、カンボジアに行こう!


00年代はこれでしょう(笑)。
クソ暑い中で飲むバナナシェークはかなりの確率で世界一です。

せめて死ぬほど美味しいカンボジアの気分だけでも味わおうと、福岡アジア美術館(福岡市博多区)で開催中の「プノンペン国立博物館所蔵・世界遺産―大アンコールワット展〜壮麗なるクメール王朝の美〜」展に行ってみました。


論理展開はちゃめちゃな前置きはさておき、


展覧会案内によれば、


カンボジアの奥地・深遠なる森に眠る壮大なる遺跡の数々は、約600年にわたり栄華を極めた王朝の夢跡として今やアジアの至宝となっています。9世紀初頭、クメール人が興した壮麗なる王朝は、仏教、ヒンドゥー教が混交するなかで発展し、王は神格化されていったのでした。ジャヤヴァルマン7世を代表とする王たちは、その権勢と都の繁栄を願い、アンコールワットを始めとする多くの寺院や彫像を造りだしたのです。こうして生まれたクメール美術は、主に石や青銅を素材にしながら信仰の現れと繊細かつ優美な彫刻を特徴とし、「祈りの芸術」と称され、人々の自然への畏敬の念と平和への願いが色濃く反映されています。

本展では、プノンペン国立博物館より日本初公開作品を含む貴重な80余点を紹介し、天空の楽園が伝える栄光と幻想世界を訪ねます……


だそうです。


アンコールワットやバイヨン、タ・プロームなどの建築物はそれなりに有名、名前は知らなくても皆さん写真などを通じてどっかで見たことあるなって奴らですが、今回はもっと細かく、そこに鎮座まします仏像やレリーフなんかを見てみましょう、ということみたい。わたしにいわせれば世界遺産「アンコールワット」の名を借りて、かなりマニアックな内容を何とか一般にも見てもらおうという企画です。


ま、巨大な建築物をそのままがばっと切り取って持ってってしまうのは19、20世紀の帝国主義的に流行った、ファッションセンスのかけらもない所業ですからね。



そうですが、このカンボジア。

1970年代半ばから70年代末、「原始共産制」を標榜する「ポル・ポト政権」によって、当時の人口700万人のうち最大で200万人が亡くなったとされるの暗黒時代を経験、世界で一番辛い運命を背負ってしまった国でもあります。


世の中はいつの時代も、宗教の違い、民族の違い、政治体制の違い、文化の違いなど様々な理由から紛争が発生、多くの人たちが命を失うということが悲しいかな繰り返されてますが、なかでもわたしにとって腑に落ちる説明を聞いたことなく、自分でも納得できないのが、このポルポト政権下での民族虐殺問題だったりします。


過去、上座部(小乗)仏教に始まり、ヒンドゥー教、大乗仏教を取り入れながら繁栄してきたクメール(カンボジア)人を評して展示では、


主に王位や支配勢力の変遷によりヒンドゥー教、仏教の間を揺れてきたクメールの宗教観の背景には、自分たちと豊かにしてくれる神様なら何でも受け入れよう、という現世利得のあっけらかんとした農耕社会の原型を見せるとともに、水に対する信仰という五穀豊穣への素朴で強烈な願望が、太い一本の線となって貫かれているのです


と説明してましたが、わたしの疑問に対するヒントにすらなりません。


この「甘美な歴史ロマン」と「辛く苦い負の遺産」を併せ持ったカンボジアからはやはり、東南アジアにとどまらず世界中のどの国とも異なる特別な印象を受けてしまいます。

まだ純粋無垢だった大学時代、カンボジアを数度訪れ、虐殺の跡を眼にして、魂を抜かれたような人たちと接して、最後に自分なりに考えてみて、そして何も分からなかった当時の疑問だけがよみがえってしまいました。


東南アジアの共産化を阻止するため、虐殺に目を向けなかったアメリカ、日本などの西洋諸国、資金援助、武器供与などの面でポル・ポト政権の後ろ盾だったとも言われる中国政府。


「内政干渉」は自国にだけ適用されなければよい


そんな論理がつい最近まで通用していたということ。


小説の世界でもあり得ないような妄想に駆られた自国の指導者たちによって幸せの方向を見失ったカンボジアが、さらに大国の論理に翻弄され、同士討ちから国民の4分の一を殺してしまうような暗黒の時代が、わたしたちが幼稚園や小学校で楽しく友だちと遊んでいた時代と平行してあったということ。

戦争や民族紛争を「歴史上のこと」「教科書上のこと」として安易に捕らえてしまいがちな、若者世代に強烈なメッセージを突きつけるものだと思います。


ということで、

展示の中でどう「負の側面」を紹介、観客に語りかけているのか、気をつけて見てみたのですが、「暗黒の時代に遺跡の破壊が進み、保護が滞った」という表現が2度あったくらいで、それはもうかなり残念。


展示品と直接関係ないことまで説明して、テーマがぼやけてしまうことは確かに避けるべきことかもしれません。


ただ、歴史は「原因」と「結果」の繰り返しによって現在まで続いているということを考えたら、華やいだ部分だけを眺めているだけより耳に痛い事実ももう少しふまえた方が、古代カンボジア人が抱いた「平和への願い」も新たな意味を持つと思うのですが…。きっと。


shiva.jpg
◎参考写真:展示品の一つ「クリシュナを描いたリンテル(プノンペン国立博物館所蔵)」
posted by 牧場主 at 21:42| 佐賀 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ちょっと思ったこと。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月20日

生き急ぎというなかれ



10歳の大学生
中国で史上最年少の張くん
飛び級繰り返し小中高5年でパス

【7月20日=日刊スポーツ】


◇千字習得3カ月

10歳の大学生が誕生!
飛び級を繰り返して高校3年生となった中国東北部遼寧省に住む10歳の少年が全国統一の大学入試を受験、好成績を挙げた。近く天津市の志望校に合格が決まる可能性が高く、9月からの新学期には史上最年少の大学生が誕生しそうだ。

少年は8日に10歳の誕生日を迎えた同省盤錫市の張忻煬(チョウ・キンヨウ)君で普通なら小学4年生。身長143センチで、アニメを見たりゲームが好きな笑顔があどけない子供だが、2歳の時に父親が漢字を教えたところ、3カ月で1000字を覚えた。5歳で小学校に入学すると飛び級を繰り返して、2年で卒業。中興も飛び級の連続で5年で小中高の全課程を終えた。塾や予備校に通ったことはなく、両親が勉強を強要したことはないという。公務員の父親は、「息子の記憶力は抜群だが、神童と考えたことはない」と話している。母親は高校教師だという。


◇英数が得意科目

英語や数学が得意で、大学入試では750点満点で505点を獲得。中国では成績に応じて入学可能な大学が決められるが、志望している天津工程師範学院の合格はほぼ確実で、近く発表される見通しだ。大学では応用数学を専攻する予定。学生寮での一人暮らしに不安があるため、父親が仕事を辞め、同居する準備をしているという。

飛び級が可能な中国では張君のような「少年大学生」は少なくなく、安徽省合肥市の中国科学技術大学は78年に「少年クラス」を設置。16歳以下の学生を受け入れ、既に約1000人が卒業している。これまで最年少大学生は11歳だった。



【評】

お久しぶりですね。
6月28日に続き、全国高等院校統一考試(高考)ネタ2発目です。


日刊スポーツの第二社会面アタマを飾ったこの記事。ちょっと縁がありまして、懐かしく読んじゃいました。


実はこの張君、中国では6月8日の高考終了直後からネット上を中心に各方面をにぎわせていた超有名人。


親の教育がすばらしい。やはり本人の素質だ。いったいどこの大学に行くんだ。私の子にも張君の爪の垢を煎じて飲ませたい…etc。皆さん興味津々、でも評価は様々。


さらにネット的には話題の一翼を担っていたお父さんについても、「無職」だという話だったんですが、日刊の紙面では「公務員」となってます。良かったですね。さらに、実は彼には2歳上のライバルの女の子(こっちも十分天才少女)がおりまして、今回のテスト、彼女の方が総合点が良かったため、張君はかなりご不満らしい、という「子どもらしい」エピソードまで。


これだけだったら、わたしもそこまで興味を示さないのですが、さらにもう一つ。


本人は全く認めてないようですが、私の見るところかなりの「教育ママ」であらせられるところのクラス担任の先生が、当時は毎日、総合課の授業のうち半分の1時間をさいて行っていたクラス討論「熱悶話題」としてこの張君の話を取り上げ、なかなか熱い議論が巻き起こったんで、もう彼をあかの他人には思えない特別な感情が芽生えちゃったんです。


討論の内容はズバリ「張君はこのまま進学すべきか否か」


「大学には入れるけれども、成績が成績だから大した大学には入れない。それよりもう一年勉強すれば、北京大学、清華大学のような超一流どころに入れるのではないか」というのが先生の見方。ほんとですよ。かなりシビアな視点なんで、このわたしとほぼ同い年の先生、「かなりマジやな」と思ったもんです。


クラスメート18人は全員、本国で受験戦争をくぐり抜けてきた人たちですが、その評価はまさに十人十色だった記憶があります。


まず彼の才能が「うらやましい」と思ったのは1人だけ。
正直な女の子でした。


そして本題。進学すべきかどうか。


「このまま大学生になるべきだ」が約3分の1。
「一年待ってでもいい大学を目指すべき」が残り3分の2。


すぐ大学生になるべきという意見の大半は、

せっかく大学入学の機会を無駄にするのはもったいない

というもの。


わたしも、こう全国的な有名人になってしまったからには、彼にはもうちょっと「天才少年」として走り続けてもらいましょう、という意見。

このままいけば、大学も3年くらいで卒業できるはずだし、彼にとってはそれからが正念場。アメリカでもフランスでも、その気があるなら日本にでも、どこにだって留学できるはずです。しかも奨学金つきで。その後に本当に自分の能力をのばせる場所で自分を磨く機会が見つかるはず、と言ったような言わなかったような…。


ちなみに入学すべきでないと考えるのは女の子が多く、

大学生になるのは人間的に成長してからでも遅くはない。
就職難だから、少しでもいい大学に行かないと、いい将来があるとは思えない

などなどで、かなり先生に影響されていたような気がする。


ところで、張君本人もわたしの意見を取り入れたようで(笑)、9月から大学生になるようです。年齢が3倍以上のわたしともう同じです。そんな彼への期待値も込めて★★★★☆
posted by 牧場主 at 17:25| 佐賀 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | これは面白ニュース!? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月19日

“日本人力”低下の危機



個人行動が好きなように見せかけて、実は寂しがり屋かもしれないわたし。
連日のように、北部九州をあっちふらふらこっちふらふらしております。


で、本日は愛車「しろかろ」と3時間のドライブを楽しみ、来ちゃいました「長崎」です。梅雨明けしたからには今日も雨ではありません(駄)。そんな長崎に、熊本時代からの友だち「ベンジー」さんを尋ねてみたのでした。


彼も「旅人」ですから、


「カルグリクからアリまでのヒッチ、5晩はトラック荷台でお休み。連れの韓国人の女の子、高山病で顔が2倍(当社比)にふくらんでてあせったよ」

「四川の山奥で安宿に泊まったとき同部屋のチベット人に金をせびられてさぁ。10元の部屋に泊まってる俺から金をせびるなんてなんて奴だ、と思ったね」


などなど、再会と同時にマニアックな話花盛り。ひかないでくださいね。わたしたちは「普通の会話」もできるつもりですから。



お互いに舌の根がだいぶ乾いてしまい、ついでに体中から汗を流しましょうか、という流れになり、近くに風呂を浴びに行くことになったのでした。



長崎らしく、坂を下ること徒歩約10分、たどり着きました。


「ホッとランド時津」


「おー、これはひょっとして『スーパー銭湯』ってやつじゃない」


入場料は550円で、チケットを券売機で購入。
銭湯よりも高いけど、スーパー高い訳じゃないからまあOK。


入り口付近のホワイトボードによれば、「本日の湯」は「ゆず湯」と「ワイン湯」。気分は高まります。


実は「スーパー銭湯」初体験のわたし。何もかもが新鮮。赤ずきんちゃんに正体をばらす直前のオオカミ状態でもう心はドキドキ。


施設内はパステルカラーを多用した極めて明るい造り。ぞうりを預けて入ったホールの中心には幼児用のお遊びスペース、さらにお酒も飲めるレストラン、畳の上に横になれる休憩室、喫煙室なんかもあり、とにかくゆったりした感じになっている。


さらに目をひいたのが、くつろいでいる人たちの面々。おじいちゃんたち、おじちゃんたち、若いお兄ちゃん(わたし含!)たち。そして親子連れ。要するに社会を構成する全世代の人たちがいます。きてます。世代間の断絶が叫ばれる中、これって現代社会では結構珍しいことなんじゃないでしょうか。単にこの辺(長崎市の北に隣接する町)が田舎だからという説もありますが…。


何はともあれ、銭湯ではひとっ風呂浴びないことには始まりません。


そう、一年ぶりの湯船。


わたしは人より若干チベット好きですが、チベット人みたいにあまりお風呂が嫌いというわけではありません。シャワーは毎日浴びてます。そこは誤解なさらずに(笑)。



互いに旅人であると同時にワインレッドの心を持つ(≒単なる酒好き)二人ですから、ワイン風呂に直行です。


やっぱ「ワイン湯」は赤ワインじゃないとダメなんすかねぇ。「白」だったら、ワインを混ぜたふりをしていくらでもいんちきできそうだもんなあ。でもこのワイン風呂って「ワインゼリーの香り」しかしない。実際に赤ワインもどれくらい使ってんのかね?お湯で薄めているにしたって、給水口からは絶えず赤いお湯が流れ出てきているし、かなりのワインが必要になるんじゃないの?着色料で薄めたりってのもありそうだよね。


などなど、ベンジーと高尚な会話を楽しむわたし。


で、二人の結論。

ワイン風呂はやっぱ女性湯に使うべきでしょう!

男がワインに浸かって何になるのよ。
あーあ、女湯にある「ゆず湯」に浸りたかったー。
もちろん「ゆず」が目的ですよ。



こんな悪口が銭湯側に聞かれたらしく、向こうさんの反撃を受けるはめになっちゃいました。


そう、続いて入った泡立つお風呂「ジャグジーバス」


それは一度足を踏み入れたらもう最後、ベトナムのジャングルに仕掛けられたブービートラップのようにしかけられたあちこちの噴射口から勢いよくお湯が噴き出してるため、ちょっとでも油断していると、何とも無防備なところに攻撃を受けてしまい、思わず声を出してしまいそうになる「ジェットバス地獄」なのでした。



さらに待ちかまえるはサウナの森。


「塩サウナ」
「冷凍サウナ」
「ハーブサウナ」
「備長炭サウナ」


ハーブサウナはユーカリの香り。冷凍サウナはまんま冷凍工場見学の香り。はっきり言って辛抱強くない方なんで、室内の説明書き読み終わっただけで出てきちゃいました。さらにスチーム、塩とのれんをくぐらないといけないのですが、このときにはすでに「ウルトラマンのカラータイマー」が鳴る音が聞こえてきたのでした。


そうです。まだ体すら洗っていないのに、もう完バテ。のぼせてしまいました。おかしいです。以前だったら、結構熱いお湯でも大丈夫、長風呂にもかなり自信があった方なのに、完全に「湯あたりした外人さん」になってしまいました。


もしかして「ワインの湯」は原液に近かったから酔っぱらったのかも


と言い訳を考えてしまいたくなるのも無理はない。何せまだ真っ裸になってから20分ほどしか経っていない。


こりゃいかんな、と思った次第。

お風呂は日本文化の最たるもの。「裸の付き合い」が十分にできなくなった日本人が、中国人に、チベット人に、インド人に日本を語ること、紹介することなどできようか。「日本人力」の回復という重い課題が見つかり、風呂上がりのコーヒー牛乳がちょっぴり苦く感じたわたしでした(真嘘)。
posted by 牧場主 at 14:11| 佐賀 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | いろんな交流してます | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月18日

雲南の太監大海を知る



今日は「海の日」

というより、日本では3連休のラスト一日ということで、さらには北部九州で前日「梅雨」が明けたということで、どこに行っても人・人・人。


たまたま用があって、よりにもよって福岡ドーム周辺に行ってみると、たかだか1キロくらいの距離なのにバスで40〜50分もかかってしまう爆渋滞。車窓からは海で遊ぶ人、ホークス観戦の人、ショッピングの人、そう、やっぱり人・ひと・ヒト。この混雑ぶり、決して中国に引けを取りませんね。


でも、そんな話は本日のメーンではなく、


「海の日」です。


日本では、「海の恩恵に感謝し、海洋国日本の繁栄を願う日」として、1996年から7月20日を国民の休日として成立、さらに「国民の祝日に関する法律の一部を改正する法律」の施行で、「ハッピーマンデー」制度の網にかかってしまい、前述の通り2年前からは7月第3月曜日をあてがわれちゃいました。

多くの人は、もともと歴史の浅い、ぶっちゃけ大したいわれのない「記念日」だから、「どこか2戦級投手のような扱い」を受けたんだと考えがちですが、この海の日。ちょっと調べてみると、それなりの由来があったりする。


財団法人日本海事広報協会というほとんどメジャーじゃない(失礼しました)団体のホームページによれば、

「海の日」の前身である「海の記念日」(7月20日)は昭和16(1941年)に始まりました。これは、明治天皇による明治9年東北巡幸の帰途、灯台視察船「明治丸」で、青森から函館を経て横浜に無事到着した日に由来した

というから、あまり下々には縁のない話。いやいや、決して昨日今日の祝日じゃないんです。


でも、もっと深ーい歴史があるのに、日本よりもっともっと最近「海の日」を制定した、いわば「海の日新参者」の国もあります。そう、わたしが書くからには中国です。始まったのは、


なんと今年!


しかも休日じゃないから、多分10億以上の人民は知らないんじゃないか、とさえ思える。


突然ですが、ここでクイズ。

中国の「海の日」は何月何日?
それは何にちなんでのことでしょう?


中国人ですら分からんことを聞くな!と言われそうですが、このブログに初めて海が登場するその日こそ、まさに中国の「海の日」なんです。相変わらず、冴えてますねこの伏線の張り方。


そう、答えはわたしが青島から船に乗った「7月11日」。


では、その理由は?ということになりますが、雲南省昆明の出身で中国史上最も偉大なオカマちゃん、いやいや偉大な太監(宦官)であらせられる「鄭和」の「下西洋(大航海)」が始まった1405年から600周年という節目を記念したものなんです。


ところで、この「下西洋」という言葉。非常に中国っぽくてすばらしい。現在も普通に使ってるところがまた何ともすばらしい。


実は、偉い人が嫌いなわたし(→5/26参照)にとって、この鄭和は玄奘三蔵(→5/27参照)とならぶ尊敬できる中国人の一人。と、格好いいこと言いながら、わたしもほんとに鄭和に興味を持ったのは1年くらいの昔だから、海の日について「新しい」「古い」などとはいえない、新参者ではありますが…。


会社を辞めた後、ようやくまとまった時間が得られたんで、それまで読みたかったハードカバーの本をまとめて購入したのがきっかけ。文庫本だと仕事の途中に読んでられるんですが、あんな大物はなかなかねぇ、「仕事さぼって読み込んでます」って雰囲気たちまくりですから(笑)。その中の一冊に「1421」という本があったのでした。


この「1421」。
読後の日記によれば、


 最後の「1421」は中国・明の皇帝だった永楽帝が鄭和をリーダーとして1421年に派遣した大船団(100隻超、約28000人)が、コロンブスの発見(1492年)よりも早くアメリカ大陸に到達していたという「驚き」の事実の紹介だ。実際、アメリカどころか、北極圏や南極大陸、オーストラリアまで出向いていたという証拠を例示して、偉業をたたえている。著者は潜水艦で世界中の海を巡ったという英国人。カリブの海底にある石畳の道やオーストラリア海岸から見つかったジャンク船の木片など個々の事実については各分野の専門からによって既知のものながら、「大船団が地球を一周した」という仮定の下、すべての事実を結論に向けて紡ぎあげる手法は素人の枠を超え、世界史に残る新しい発見を導きだしている


と大層なことをお書きになっておられます。


繰り返すと、その鄭和の「大発見」の第一歩となった航海が1405年7月11日に始まった、というので今年から「海の日」なのでした。


おいちょっと待ってくれ。
鄭和の第一回出航の日などもっと前から分かってたんじゃないの?


いい質問ですね。
新中国成立、抗日勝利などは10年単位、5年単位どころか、毎年でも今年が最大の節目みたいな勢いで「お祝いする」国ですから、こんな偉大な記念日をもっと前から制定していても良いんじゃないか、とおっしゃるわけですね。


もともとこの「1421」の著者である「GAVIN MENZIES」が、真否のほどはまだ明らかでない(わたしは何の根拠もない感情的な完全支持派)とはいえ、世界史を覆しかねない発見をしてしまったもんだから、中国の歴史学者は思いっきりプライドを傷つけられたんじゃないか、と思うんです。


西洋諸国のどこより早く世界一周を果たした、ということは、今の時代で言えば、NASAに先立って火星や木星に人類を送り込むようなもんでしょうから、中国政府的には、例え真贋がまだ定まっていないとしても、国際世界に向かい声高々に打ち上げることは容易なはずです。


でも、この本が出版されてまだ3年くらいしか経っていないし、思い切り先を越された感のある中国の歴史学者たちが、後追いの確認作業に真剣になれるか、と考えれば、間違いなく著者の見解に否定的な立場を取る方が、学者さんたちのメンツも保ちやすかったりするわけで…。


わたしはこの作品発表後、実際に学会などで起こった論争の内容は全く知りません。ですから、海の日を前にした報道ぶりや本屋の状況などを見ていて、「あまりに盛り上がらなすぎる」と感じたものですから、こんな想像をしてしまっただけです。


ちなみにその「本屋」ですが、当然「抗日勝利60周年」などはどの書店でも何ヶ月も前から、すばらしい特設コーナーが設けられているわけですが、「鄭和下西洋」については、北京最大規模の書店にもそれらしきものは最後まで設置されず終いでした。


それどころか。

上海社会科学院出版社の「探検/大旅行家遊記」シリーズの「鄭和下西洋・1421中国発現世界」(48元≒630円)という本が、それまでは結構店内のいい位置に平積みされていたというのに、「海の日」2ヶ月前くらいから、全く見なくなってしまったのです。


同シリーズはほかに、玄奘三蔵や義浄、マルコポーロなど錚々たる冒険家たちを豊富な写真資料で紹介した、外人にもそれなりにわかりやすい内容になっているので、玄奘三蔵に続き、ぜひ鄭和編も買おうと密かに心待ちにしていたため、じつは内心かなり焦っていたわたし。

「2冊だと100元近くなるのをけちらず、玄奘編買ったとき一緒に買うべきだった」

と真剣に後悔じ始めた6月下旬のある日、西単の巨大書店のなんと「オカルトコーナー」の片隅に存在感を消すように並べられたその本を見つけ、問答無用で買い求めたのでした。


それまでは単純に売り切れたと思っていたのですが、「なぜオカルトコーナーに格下げなんだ」との疑問が急浮上。でも、その原因らしきものはすぐに発見できました。


実はこの本、原作は日本人の歴史学者によるものだったのです。


その人物の名は「上杉千年(うえすぎ・ちとし)」さん。


不勉強なわたしはこのとき初めて聞いたそのですが、その道では非常に有名な人物らしいのです。というのも、長年にわたり歴史教育研究家として、さらに「新しい歴史教科書をつくる会」でも中心的な立場で活動されているという、まさに中国政府にとっては「不倶戴天」ともいうべき主張をされている方。


わたしとしては、こういう立場の方が鄭和についてどう書かれたのか、この本に対する興味がさらに湧いてしまうものなのですが、本を売る側としては全く別の対応を取らざるを得なかったわけで…。

この本が書店から姿を消したのは、時折しも教科書問題花盛り、反日運動花盛り、のご時世。中国的には「右翼の本丸」とも言える上杉さんの作品を書架に置くなど「もってのほか」という上からの指令があったか、書店による自己防御本能が働いたのではないでしょうか。


それにしても、です。上杉さんの本以外に鄭和についての本が全く見あたらないというのも日本人的感覚からはやっぱり不思議に感じます。やっぱりおかまチャンはどの時代も日陰の存在なのだろうか、そんなバカな話すら信じてしまいそうになりますね。


まだまだ中国の歴史、そして歴史学会、色んな意味で奥が深そうです。
posted by 牧場主 at 10:39| 佐賀 ☁| Comment(0) | TrackBack(1) | ちょっと思ったこと。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月17日

中国人いらっしゃい!?


外国人登録者数で中国1位
九州・沖縄で初めて

【17日=わたし的総合報道】


福岡入国管理局がまとめた2004年末時点の九州・沖縄地区の外国人登録者数調査で、中国籍の人が3万547人となり総登録人員(9万2710人)の約33%、前年比2029人(約7.1%)増となり、1986年以来初めてトップとなったことが分かった。

これまでは在日を中心とした韓国・朝鮮籍が18年連続で最も多かったが、増加傾向が続いている中国籍に対して、韓国・朝鮮籍(28873人)は前年比440人(1.5%)減となったため、初めて順位が逆転した。05年末で韓国・朝鮮籍が中国籍を上回っているのは福岡、大分の2県のみ。

登録地の内訳は、福岡が1万3998人で全体の約45.8%を占め、トップ。熊本の3492人(同11.4%)、長崎の3200人(同10.5%)が続いた。沖縄以外の九州7県はすべて「増加」だった。増加率の比較では、宮崎(13.9%)と佐賀(13.7%)、熊本(10.3%)が10%を超える大幅な伸びを示した。

同管理局は留学生や就学生の増加が主な原因とみているという。



《参考》

☆福岡入国管理局内の韓国・朝鮮籍と中国籍の登録人員数比較

       2003年末  2004年末 増減数 増減率
韓国・朝鮮 29313人  28873人 ー440  -1.5%
中国    28518人  30547人  2029  7.1%


☆福岡入国管理局内の中国籍登録人員数の比較

   2003年末  2004年末 増減数 増減率
福岡 13255人  13998人  +743 5.6%
佐賀  1376人   1565人  +189 13.7%
長崎  2952人   3200人  +248 8.4%
熊本  3158人   3492人  +332 10.3%
大分  2463人   2682人  +219 8.9%
宮崎  1261人   1436人  +175 13.9%
鹿児島 2174人   2363人  +189 8.7%
沖縄  1879人   1811人  ー68 -3.6%



【評】

とうとう九州にも「中国の時代」がやってきてしまいました。


一般的に「田舎」の印象が強い九州ですが、福岡市の一家4人殺害のような目を覆いたくなるような事件のほか、中国人窃盗グループによるピッキング犯罪などもすでに発生しています。激増していると言ってもいいのではないでしょうか。

また、中国における反日デモや日本製品ボイコット、反日教育など、日本人にとっては対中感情の悪化につながりかねない事案もあって、今回の調査結果に拒否反応を示す人が多いかもしれません。


でも、中国内のどの大学、語学専門学校を見ても韓国人学生が日本人学生を大幅に上回っている現状など、韓国が日本ではなく中国に目を向けていることは明らかで、「日本で暮らす外国人のトップが中国人」という、今後この勢いが止まるとは思えません。


流れが変わるとすれば、かつて「ジャパン・バッシング(日本叩き)」を行っていたアメリカの日本に対する態度が「ジャパン・パッシング(日本無視)」に変わったように、今は「日本叩き」に熱をあげている中国が、興味を失って「日本忽視」になるときでしょうか。これはこれで悲しいものです。


では、現実を受け入れた上で何をすべきなのか。

無関係ではいられない関係を築くため、在住外国人をサポートする制度を整備する必要があると思います。


九州各県は最近になってようやく、九州を一体化した観光ルートの共同開発、売り込みを始めました。その矛先は中国にも向けられています。地域振興策の大きな柱である観光分野において、お金持ちになった中国から団体客誘致を進めようという狙いです。

でも、九州に住んでいる中国人を含めた外国人たちとどういう関係を築いて、どうサポートをしていくのか。そういう取り組みに対してはまだ積極的な姿勢は見られません。


「もっと地方でやれることは地方でやるべきだ」

という地方分権推進論は、中国政府から言わせれば「分裂主義者的思想」になるのかもしれませんが(笑)、わたしも大いに賛成。


ところが、道州制もにらんだ地方分権論はここ数十年進んでいるようで、具体的な進展は一般市民には見えてきません。ぜひ「アジアの中の九州」を具現化する第一歩として、他の地域より早く、「在住外国人」にかんする総合対策を打ち出し、具体的な協議に入ってほしいものです。他の地域より早く、九州が真っ先にその一歩を刻むことは「まったく不自然なことではない」と思うのですが…。



ところで、今回は共同通信社の原稿をきっかけに、さらに中国に特化したアレンジをかなり加たんで、記事の評価はなし、です。
posted by 牧場主 at 13:24| 佐賀 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | これは面白ニュース!? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月16日

暴ing暴shockの果てに



人気者はどこに行こうと人気者。

せっかくの日本なのに、まだゆっくり湯船に浸かるヒマすらないほど、忙しいわたし。


大人気企画「うまいもん食べまくり」と平行して、その裏の顔でもある「祝!一時帰国・顔見世興行」が始まりました。


かつて働いた会社で最近異動の内示があったということで、ちょうど送別会たけなわのシーズン。ここ数日、かつての赴任地熊本、または本社のある福岡、それぞれの地で転勤が決まった元同僚、同期たちの集いに顔を出してきました。


わたし的には思い起こせば1年前、なかなかの円満退社で「さよなら」したつもりだったんで、そんな宴の席におくびもなく「帰国報告会」を口実に飛び入り参加したんですが、これっていったいどうなんでしょう?

会社を裏切った人間が、平然と送別会に顔を出す

もしかしたら日本会社世界的には「ありえない!」ことだったりするのかなあ、とも思わなくもなし。でも、その辺は、飲み会があれば積極的に顔を出すという「中国式」ということで無礼講でお願い。わたし自身深く考えないことにしました。



それにしても、です。


あの人たちと2日間付き合いましたが、


もうだめ
あんたたち、なんて生活をしてるんですか。


ゴールデンタイムより前には始まった飲み会なのに、皆のテンションが落ち着き、酒のグラスが減らなくなったのは午前5時すぎ。


彼らと感動の対面を果たすと、まず


「お前痩せたやろう?何かよか方法あっとや?」


と聞かれるんですが、その理由はあなた達を見てはっきりしました。


皆さん、不健康すぎなんです!


わたしの体重が減ったのは、3度の飯を普通の時間帯に食べ、常識的な時間に起き、常識的な時間に眠る。そんな規則正しい生活をしているからです。


そりゃだれでも、夜明けとともに床に就くような生活、しかも寝る前の最後の締めは「豚骨ラーメン」「牛丼」なんかに行ってる人が、健康的だとは決して思えません。わたしも、外(中国)に出てみて初めて分かったことなんですが…。


そんなわけで、わたしももう昼夜逆転。
早くも眼の下にはくま、歯茎には口内炎ができそうです。


でもね。

元々しゃべりが好きな人たちが集まった職場だったんで、これほど大量の日本語を耳にしたのは一年ぶり。危うく脳みその許容範囲、処理速度を超えそうになりました。


ただね。

もしかすると、働いているときだったら単に「説教」としか感じなかった言葉かもしれないけれど、先輩たちの口から出てくる言葉はやはり含蓄ある言葉、多かったです。


「人と話をしていたら、思いもよらない言葉を聞くことがある。はっと気づく、その瞬間。思い出しただけでも涙が出そうになるその一言。人に話を聞くのが仕事だけど、そんなことがやりがいにつながっている」


大してまだお酒が入っている訳でもないのに、時々言葉に詰まりながら、そんな話をしてくれる元上司。いい人たちにお世話になったんだなあ、と身が引き締まりました。

あらためて自分自身の選択に責任を感じてしまうのでした。


これから顔見世興行も後半戦。
仕事を通じておつきあいのあった同業他社や取引相手(?)、お友だちとの会合(ただの飲み会)が始まります。


たしかに暴飲暴食は体にこたえますが、それでもいっちゃう面白さがあります。人と人とのつながりを実感できる瞬間。思いがけずにすばらしい言葉を耳にできる瞬間。

酒は飲んでも呑まれない

そんな体質で本当に良かったな、と思います。


さあて、今日も朝まで…でしょうね(笑)。
posted by 牧場主 at 08:47| 佐賀 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | いろんな交流してます | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月15日

超i級九州美味列伝壱



前日からの流れで、「食い倒れ」は継続中。

日テレ公認(しつこい)の豚骨通ですから、豚骨のふるさとに帰ってきて3日目。そろそろ脳内細胞と胃袋のうずきが押さえられなくなっちゃいました。

で、行ってきましたラーメン屋さん。

まずはこの写真からどうぞ!


住吉亭ラーメン.JPG


大好きなものは絶対最後までとっておけないわたし。しょっぱなから大御所登場です。わたし的ラーメンランキング第一位「住吉亭」(福岡市博多区博多駅南5丁目5−1)の定番「ラーメン(600円)」です。



山盛りネギの香りは鮮烈そのもの。
スープはあくまで透明、コクはあるけどさっぱり。
麺は当然、博多の伝統、細めんストレートで軽いアルデンテ。

もちろんラーメンの味だけじゃない。気を抜けばスリップしそうな床。壁には、油性マジックで書かれた手書きのメニューが画鋲でとめられている。まさに何も飾らない昔ながらのラーメン屋。こんな長年使い込んだ店の雰囲気もまた絶妙な調味料。

最後に、本当におなかをすかせたお客さんたち。ぞうりを突っ掛け、ほんとその辺からやってきた感じの家族連れや建設労働者風の親方と弟子たち。常連たちがまた一人ひとりとのれんをくぐってやってくる。




博多ラーメンなんで当然、麺の硬さは注文できます。
わたしはいつも「かた」。多分ゆで時間が「普通」より若干短めなだけですが、単に歯ごたえが好きな人だけじゃなく、ゆっくりと味わいたい人にももってこい。だいたい客の半数以上はこの「かた」を頼んでます。上には「ばりかた」「はりがね」など、若干ローカルルールも含めた呼び方があるのですが、はっきり言って食べたいとは思いませんね。


ちなみにラーメンは「かたい」が好きな博多んもん(博多人)ですが、麺ならどれも「かた」かといえば、これが大違い。そう、うどん。もう柔ヤワとろとろ、汁をかなり吸い込んでしまった、一見するの単にのびただけのような麺が大好きです。そもそも発音自体、生粋の博多っ子は「うろん」ですから、その柔らかさが想像できようというもの。機会があればこのi級美味列伝(完全思いつきネーミング)でも紹介したいです。



この住吉亭。博多ラーメンのもう一つの特徴である「替え玉(100円)」もできます。

でも、最初から替え玉のことを考えずに、わたし的にはまず「めし」を注文してもらいたい。写真を見たら分かるように、超超山盛り。だいたい茶碗2杯分あると思ってもらって結構。これで100円ですから、

「ご飯は客さんにお腹一杯になってもらうためのサービス」

という女将のせりふもうなずける。「少なめ」とお願いしたところで、茶碗からあふれます。間違いなくこの「めし」も住吉亭の大きな特徴なんです。


ラーメンとライスの組み合わせは、うどんでおにぎりを、お好み焼きでご飯を食べるのと同様に、じつに食が進みます。さらにここは、からし高菜と紅ショウガも食べ放題なので、写真左下の小皿のように、大盛りでいただくのがマイスタイル。

このからし高菜、若干化学調味料の味もしちゃうんで、決して体に良い食べ物とはいいませんが、最高にからうまい高菜漬けです。これは九州じゃないと味わえません。とうぜん、ご飯ばくばくいけちゃいます。途中から鼻水が止めどなく出てきますけれど…。



《まとめ》

もし友達が博多にやってきたなら、四の五を言わずに連れて行って、豚骨ラーメンのイメージを改めさせてやりたいと思う逸品です。それくらい、東京とかで有名になった博多系豚骨とは別格、もっと正確に言うと別系統のうまさ。わたしはこれが庶民系博多ラーメンの発展型、あまたあるラーメン店のトップランナーだと思ってます。

最後に。この住吉亭。別に隠れた名店というわけではなく、ラーメン本では十中八九紹介されている有名店。でもなぜか扱いがどれも地味で、そんな点もわたしが応援したくなる理由だったりします。
posted by 牧場主 at 14:14| 佐賀 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 食い物、飲み物腹一杯 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月14日

国が変われば腹こわす




日本に帰国したことを実感する瞬間。


足しげくトイレに向かう自分に気づいたとき。


どうでもいいけど、トイレの回数が格段に増えました。特に大きい方。


「日本人なのに日本の水で腹壊すなよ」

と言われそうだけど、これは、人生の少なからぬ時間を割いて50を超える国をうろついてきたわたしの経験に基づいた至極当たり前な現象、定理なんです。


そう、国変われば腹こわす。


陸路を越えて入った国だとそう顕著ではありませんが、飛行機なんかで近道して入った国なんかだともうビンゴ!さらに、何ごとについても「別格」な国のパキスタンはどうやって入ろうが結果は同じ。かなりきます。


腹の中が、それまでいた国の「ご当地モード」になっているから、たとえば硬水と軟水の違い、ミネラル分の違い、水道水に使う消毒剤のちがいなど、色んな理由から、胃や腸が「びっくり」してしまい、つまりはトイレに行く回数が増えてしまう。


これまで、「外国は不衛生だから腹をこわす」と思われていた現象も、大抵の場合はこれで説明できるはず。もちろん、ほんとに「最悪」で、肝炎、赤痢なんかに見舞われるケースもありますけれど…。


そんなわけで、帰国後に味わったすべての「うまいもん」たち、

上ミノ上タン上カルビ上ロース
脂ののりにのった天然鮎の塩焼き
ネイティブな香りがたまらん芋焼酎
かむほどに甘みと食欲がますこしひかり


はすべて、むかしJRを走っていた急行列車くらいのスピードで、わたしとの別れをなごり惜しむこともなく、また旅立ってしまいました。


「日本人ならふるさとの水や食い物くらいは覚えといてよ」

と内臓たちに言いたい気持ちもなきにしもあらず。でも逆に、内臓まで中国になじみきっていた自分の体に感謝の念もまた少なからず。現地の食いもん、飲みもんを楽しめないほど、旅行をしていてもったいないことはありませんからね。


ということで、ここは日本。トイレに紙が備え付けられていないという悲惨な状況も、彼の国ほどは多くないでしょうから、臆することもなくどんどん食べ飲みまくりますよ。これからも。
posted by 牧場主 at 10:48| 佐賀 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 他にもまだこんなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月13日

日本は“やばい”のか?




今でこそ日々一般紙を購入し、面白ニュース捜しが「生き甲斐」となったわたしですが、色んな背景があるとはいえ、日本で毎日欠かさず購入していた新聞といえば唯一「日刊スポーツ」。

ということはもちろん、入国審査を終えて梅雨まっただ中、どしゃ降りの雨に打たれながらたどり着いたJR下関駅では、KIOSKに直行。即購入です。


一面にあった「橋本真也さんの訃報」(合掌)も信じられないニュースながら、もっとやばいの見つけました。


その「やばい」という言葉の意味が変わりつつあるという調査結果。


文化庁の「国語に関する世論調査」によれば、やばいを「すばらしい」「おいしい」などの意味で使う人の割合が、16〜19才だと71%にのぼるのだという。20代でも男女とも50%以上。30代でも24%前後。若者言葉は、確実に我々の世代の方へと伝染しつつあるということみたい。



本来の意味での「やばい」はどこに行ったのかといえば、多分、若者たちはそれも平行して使っているのだと思う。ということは、前後の話の流れや語調、相手の表情などから相手の意思を酌み取らなきゃならないということか。



正反対の意味の「やばい」が両立するこの状況、なぜかわたし、中国語の二つの言葉が思い浮かんでしまいました。それは学習経験者にはおなじみの「容易」と「差点児」。


前者は「好容易」「好不容易」というそれぞれ組み合わせがあり、意味的には正反対に思われがちだけど、実はともに「非常に容易(簡単)ではない」が正解。言葉そのものの意味にとらわれては決して分からない。機械的に覚えてしまえば「非常容易」。


さらに「差点児」の方はもうちょっと厄介。

基本的には「もう少し」「あやうく」という意味で、後ろにつく動詞の前に否定詞がつけばすべて「危うく○○しなかった」でオールセーフ。ところが肯定形の場合、後ろがたとえば本人にとってあまり望ましくない動詞の「遅刻する」とかだったりすると、「ぎりぎり遅刻しなかった」になるけど、逆に本人が希望するような「合格」とかだと、「ぎりぎりで受からなかった」になってしまう。



いずれにせよ、この二つの言葉に言えることは、こんな決まりがもともとあったはずもなく、絶対、どの時代かのひねくれた若者連中が使い始めたに決まっている。


ただ、中国語(普通語)を一年間勉強してきた者の感想を述べると、少数民族言語に加え、別言語に加えた方がいいような方言を数多く抱えるお国だから、あまり話し言葉の乱れ、揺らぎなどに気をつかっているようには見えない。授業中でも口語と書面語の教え方、区別の仕方がはっきりしており、そこまで「言葉の乱れ」について神経質になる必要がないのでは、と思う。


もちろん、若者言葉、隠語のたぐいはこれから「中国人っぽくなる」ためには必要不可欠な分野だなので、今後は注意していこうと思う。ってことはラサ系中語語(≒四川方言)に染まっていくのかも?



ところで、こちら日本のこの状況「やばい」ですか。わたしは「やばい」と思います。意味はご想像にお任せです。



山笠集団山見せ.JPG
◎イメージ写真:ちょうど博多の町は山笠のシーズン。彼らは決して「やばいばい」とは言わない(と思う)
posted by 牧場主 at 12:21| 佐賀 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ちょっと思ったこと。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月12日

最後の晩餐は中日融合




浜松町から小笠原へ。
長崎から上海へ。
ムワンザからムプルングへ(分かる人いる?)。


毎回、船旅をするたびに「デッキで風を受けながら、ビール片手に日光浴」なんて思ったりするんだけれど、結果はいつも同じ。


眠くなります。
眠り続けます。
信じられないくらい、眠り惚けてしまいます。


東海(東シナ海)を進むオリエントフェリーの中のわたしも、まるで大きな大きなゆりかごに乗ってしまったよう。決して船酔いじゃないけれど、横になりたくなって、そしてまた意識が遠のいていきます。



で、このまま何もしなくていいのか?
いえいえ、そんなことはございません。

明日はもう午前中には日本の土を踏むわけですから、すばらしい最後の晩餐を用意いたしました。九州生まれの赤ちゃんは離乳食より早く食べ始めるともいわれる「とんこつらーめん」を味わって頂きます。


おっ、いいねぇ。
でもわたしは豚骨ラーメン(だけ)にはついては、喜久蔵師匠同様に日テレ公認、かなりのうるさ方よ。



もちろんそれも存じております。


北京市にある日、日本の豚骨系有名ラーメン店がオープン。一杯1元の限定サービスに惹かれ、来店は一番じゃなかったけれど、食べ終わったのは一番。待ってましたとばかり寄ってきた日本テレビの取材陣にカメラを向けられ、コメントを考える時間を与えてもらったにも関わらず、緊張のあまり「すいません。あまりいい話言えそうにないんで」ともうぐだぐだ。記者に「ああ、“ラーメン通”の方でしたか」といわれた伝説のエピソードですね。


むむ。そこまでの消息通ならば、問題なかろう。もう朝食から10時間以上たち、そろそろ食欲が眠気に勝ってきたところ。ご自慢のもの、食べさせてもらおうか。


では準備をいたします。
しばらくお待ちください


〜3分後〜


こ、これは方便面ではないか!
きっきさまー、歯を食いしばれー!

「豚骨ラーメン」ではなかったのか。



だれがそんなことを申しました?
わたしは「豚骨拉面」と申したはずですが(笑)。


これこそ、中国方便面(インスタントラーメン)界の青島ビールとも言われるナンバーワンブランド「康師傅」印。その超人気「亜洲精選・アジアの美味を味わい尽くせ」シリーズの「豚骨拉面(日本)」ではありませんか。

あまりの人気ぶりに北京ではとんとお目にかかることもなく、青島の場末のスーパーで出航前に偶然買い求めた一品でございます。


よくご覧なさい。このカップ側面の但し書きを。


◎骨スープの神髄、東の海の深い味わい

日本の拉面、その秘訣はスープに尽きる
とろ火で煮詰めること、骨髄とゼラチン質が白濁スープに混じり合うまで
人々を誘うクリーミーな香りを生み出す

アジア精選豚骨拉面、口の中に広がるその「こく」
まさに日本式ラーメンの芳醇さそのものである



あなたはこれを読んで何かを感じないでいられるのですか?

豚骨ラーメンの使者として、食べないではいられるのですか?


そうでしょう。いてもたってもいられないでしょう。パブロフの犬でしょう。


では、みなさん。手を合わせて。


「美味しくいただきます!」



うん、7元(100円)。
わたしだったら、それだけの価値を見いだしました。

これは高評価ですよ。売値は3元。中国で幅を利かせる韓国系の雄「辛ラーメン」の大盛りカップが多分5元前後で売られていることを考えると、当然それを上回るポイントです。


スープをあーだこーだ「ご託」を並べているだけあって、ちゃんと豚骨スープになってます。もちろん本物にはかないませんが、博多・中洲にある観光客向け屋台の最低レベル、または九州袋ラーメン界の大番頭「うまかっちゃん」に匹敵する味は備わってますね。


もちろん、納得はできません。
「豚骨ラーメン」を名乗らせるわけにはいきません。

??まず「かやく」がなってない。きゃべつとにんじんだと。はぁ?
??チャーシューが小さいのは許す。でもあの塩っ辛さは完全NG。
??麺がほかの中国方便面と同じ。純粋豚骨にあわないもったり小麦麺。


ちなみにわたしは中国ではほとんどラーメン系の方便面は食べません。面がまずいからです。もっぱら旅先などで購入するのは、デンプンから作った歯ごたえ重視であんまり添加物などの心配がない粉絲(はるさめ)系の面を使った方便面。だから方便拉面には元々厳しいのです。


それでも、もう少し早く出会いたかった、そう思わせてくれる味わいでした。


中国でもようやく、日本式豚骨ラーメンが浸透しつつあるところ。熊本の「○○ラーメン」はその草分けで、沿海部だけでなく、重慶などにも出店していますし、わたしのホームタウンである北部九州からも博多ラーメンのトップランナー「○○堂」が上海に上陸、本格的な大陸進出の足がかりを築こうとしています。


イスラム教徒が多い西安以西にまでブームが広がるとはちょっと思えませんが、すでに台湾、香港ではラーメンのいちスタイルとして定着しているわけですから、ぜひ野望を持ったラーメン屋の大将たちには、中国進出を加速してほしいです。


もちろん、中国人に「豚骨」の味わいを知ってもらうことが第一ですから、その意味でもこの「豚骨拉面」にはもう少し頑張ってもらいたいな、と。天津の工場で作っているらしいんで、河北でももう少し販売してもらいたいな、と。


小難しい印象が先行する国際理解の中で、最も理屈がいらなくてわかりやすいのは「食を通じた相互理解」だというのが、わたし10年数来持ち続けている信念にも近い思いなんです。

中国と日本とをつなぐ海の上で、故郷の味にちなみ、またこんなことを考えてしまうのでした。
posted by 牧場主 at 10:34| 佐賀 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 食い物、飲み物腹一杯 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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