2005年05月31日

犬にかまれ主にかまれ




大して読めもしないのに、新聞に目を通すのは好きなわたし。


忘れないうちに旅行中に見つけた一番面白かった記事を紹介。


投稿カテゴリが偏ってるからって帳尻合わせではありませんよ。決して。




男性が犬と飼い主にかまれたお話 

【5月25日=チャイナ・デイリー】


南京モーニング・ポストによれば、この男性、子供の時から大の犬嫌い。


39歳になるまで何とか人には隠し通してきたものの、ここにきて運命は一転。
火曜日(24日?)帰宅途中、大きな犬に出会い、逃げようとした際足をかまれてしまったという。


怒こった男性、飼い主の女性(30代)に「治療費を出せ」と文句を言ったところ、逆ギレした女性が思わぬ反撃。


泣きっ面に蜂よりもかなり悲惨、今度はこの女性にかみつかれてしまったとさ。



【評】

さすが中国。この国に「あり得ない」なんて話はありえません。
それにしてもダブルでかまれるって、やっぱ相当オーラが出てたんでしょう。
できれば女性の言い分も聞きたかったところです。

とりあえずはしょっぱななんで、★★★☆☆
posted by 牧場主 at 20:02| 北京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | これは面白ニュース!? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月30日

選択講座にて心も洗濯




ここ数日、ようやく腰を落ち着けての北京。
旅行や「活動」が続いたため、気づいたら5月もほぼ終わり。


しかも、

あたーらしい週がきた、きーぼーうの週だ
よーろこーびに胸を開け、あーおぞーら仰げ

とラジオ体操(オレ流)をしたくなるくらい月曜日だ。


さらには2月末に始まった今学期も、この日でちょうど残り5週間(テスト期間は除く)だったりする。


中国語を(教室で)学ぶのはこれが最後となるだけに、本来ならピッチを上げて勉強に精を出さなきゃいけないのだが、どうも現世から離れすぎてしまったようで、5月病は深刻だ。


そんなだらけたダメ学生の気分なんて学校側はすべてお見通し。
気分転換でもさせてあげましょう、といわんかのように、本日から新たに選択講座が始まった。


てっきり通常の授業以外の時間にあるのかと思っていたら、月、水の午後2時間、よりによって一番大事(だとみんなは言っている)総合課の授業を2コマ削って開かれる。決して己の身を削らないあたりは何とも商売上手。


選択なので当然、選択の権利が与えられており、

ビジネス会話、時事問題討論、中国文化、HSK

から希望の講座を選ぶのだった。


思い起こせば4月30日、四川行きの列車の中。
報名(登録)がその日までだったことをふと思い出し、唯一課目名を覚えていた「中国文化」を第一回選択希望選手として班長に携帯の短信を送って登録代行を依頼した、本当に文化好きのわたしです。



期待も不安もゼロからの出発。
でも、くれよんしんちゃんが先生だと知り、可能性を感じた。
なにせ先生們、同学們すべてが認めるくれよんしんちゃん(50代)なのだ。

わたし的にはウエストらしき場所が自分でも分からないからか、たとえジーンズ(生地のズボン)を穿いていたとしても、股上40センチくらいのあり得ないような高さでベルトをしめるくれよんしんちゃんな彼が好きだったりする。


そんなしんちゃんが考えた授業内容とは?


中国茶文化、北京の老舗商店、北京の胡同、中国の結婚習俗、中国の酒文化

を2回ずつ教えてくれるらしい。


しかも美味しいことには座学は一回ずつ。
あと一回は関係現場に行って直に「文化」に触れるらしい。


そうです。

室井管理官。


事件は現場で起こっているんです。


でも何で中国酒文化の週だけ、参観なくして考試(テスト)なのですか?
酒工場見学で全員酔いつぶれ、くだを巻かなくていいんですか?


というわけで本日は「中国茶文化」の座学。

寄せ集めのクラスのため、学生たちの中国語レベルはバラバラ。
すなわち話のスピードはちともどかしく、それよりなにより講義の内容もかなりの入門編だったりもするのだが、そこはまあ愛嬌。



チベットでバター茶を飲んだことがあるということで、授業では思いがけず発言を求められたけれど、あの味は実際飲んでみないと分からないと思うし、飲む前の人に変な先入観を与えてはいけないと、


「とっても美味しい飲み物です」


新同学を三途の川の渡り口まで案内しておきました。
相変わらずお茶目なわたしだと思いません?
posted by 牧場主 at 23:28| 佐賀 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | エンジョイ!学生生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月27日

かなり語言実践活動5




唐代の長安は、まさに当代きっての世界都市(駄)。

今も西域のイスラム系少数民族などが数多く住むけれど、当時はさらに玉石混交。世界中から民族が集まり、文字通り「世界の中心」として活況を呈していたはずだ。


当時流行したという白皙緑眼のイラン系胡姫たちは酒場で男たちの目をひき、神秘的な歌声、魅惑的な仕草で彼らを手玉に取っていただろうし、怪しげなお香が立ちこめるお堂の中では、インドからやってきたサドゥー(修行僧)が、彼の地の成熟した思想、哲学体系を学び取ろうとする中国僧たちと問答を重ねていたかもしれない。


そして何より、こうした光景に目をやりながらも、「世の理を知る」という自らの目標に向かい、傍らを足早に通り過ぎていくのは、器のでかさでは多分有史以来日本一の人物だと思う弘法大師「空海」。

運命に導かれるというより、運命を自分の意志で作り出すタイプの彼もまた、この国際都市で一刻を惜しみながら目に映るすべての物をどん欲にを吸収していたに違いない。


その面影が一端でも今の西安にあるのなら、ぜひ訪ねてみたい。

とうぜん、「語言実践活動」をしながら、ね。



と、ここまでモチベーションを高めたというのに…、


われわれ一行がまず訪れたのは…、


「兵馬俑の制作現場」という名の土産物店。


がっくーんと、一気に脱力系。
もう完全骨抜き、腰砕け。

こんなばったもん買うため、わたしは今日まで生きてきたというのですか?


しばし雌伏の時。
また空想の世界に逃走してしまうわたし。

ようやく密造工場を離れ、明代の城壁に上って若干気分転換。



続いて訪れたのは、いわれのある石碑ばかりを集めた碑林博物館。


よくぞここまでたどり着いた。
語言実践活動の「勇者」たちよ


おっ、久しぶりに聞こえてきました。
レベルアップの時以来です。「天の声」。


お求めの「ぶつ」が間近に迫っているのは間違いない。


「川口浩探検隊のテーマ♪」を口ずさみながら、館の奥へ奥へと歩みを進める。
「さあて何が待ち受けているのでしょう」と、古館一郎風口調にも力がこもる。


じゃじゃーん、

「大秦景教流行中国碑」のお出ましだー。

皆のもの頭が高ーい、控えおろー。


と心の中でつぶやくが、実際はイタリア人観光グループ以外、誰も興味を持って立ち止まらないのがちとさみしい。


とにかくはるかローマ帝国からネストリウス派のキリスト教が中国に伝えられて以来、150年間に及ぶ布教の歴史を記した記念碑(AD781)だ。冷戦中のアメリカとソ連よりもはるかに存在感のある東西両巨頭の交流の歴史ですよ。


知らないことには全く興味を示さない分かりやすい人たちはおいといて、大秦寺に置かれていたというから空海も一度は目にしていたであろうその石碑。私がちみたちの分までじっくりなめ回すように観察してあげました。



さてさて、本当に最後の最後の語言実践活動となってしまいました。


ボス中のボス「大雁塔」のお出ましです。


三蔵法師がはるか110の国々を訪ねて天竺から持ち帰った梵字の教典657部を保存するため、修改(AD652)したというから、やっぱりここはわたしにとってボス敵扱い。多分倒しても倒しても、3回くらいは変身して生き返るくらいの手強い相手だ。

決して今もって教典が残っている訳じゃないけれど、この塔の中に三蔵法師が入ったかと思うと身震いするし、このそばを空海(しつこい?)が散歩でもしていたかと妄想すると、もう小便をちびりそうになくらい感動してしまうのだ。


当然最上7階まで歩みを進めると、十字状になっている通路のちょうど中心部に出た。四方から外部がのぞけるようになっているが、それ以外に目ぼしい物は見あたらない。

と思ったら天井にはハスの花か何かを描いた絵があり、花びら計14枚にそれぞれ文字が書かれていた。


「唐僧取経還須遊西天拝仏前人賛」


字は円形に配置されているので、どこから読んでいいのか分かりづらい。


そんな私を見つめる怪しく光る目を逃さないわたし。
ゴルゴ13なみの反射神経で振り返ると目が合ったのは管理人。

「ぽっ」と互いにほおを染め合うふたり。

ではない。


「天の声」に導かれるより早く、実践にうつるわたし。


「在上辺写的句子、従那里開始読好吶?」(上の文、どっから読み始めるの)

「従那里都可以」(どっからよんでもOK。意味が通じるよ)


では実験。


「唐僧取経還須遊西天拝仏前人賛」→「取経還須遊西天拝仏前人賛唐僧」
      ↑                  ↓
「仏前人賛唐僧取経還須遊西天拝」←「遊西天拝仏前人賛唐僧取経還須」


おぅ、言葉の意味はよく分からんがとにかくすごい(自信だ)。
かなりの力業なのかもしれないが何となく意味が通ってるように思えてしまう。


やはり大ボスはいた。
語言実践活動でここまでの大物を相手にした同学們は一人もいないはずだ。


達成感に浸る間もなく、時計に目をやり、今日もまた来た道を急いで戻るわたしであった。


本日の語言実践:這句話遊戯接尾令時不能用(この言葉しりとりでは禁句)
posted by 牧場主 at 14:07| 佐賀 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | エンジョイ!学生生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月26日

かなり語言実践活動4




最初に断わっときますが、偉ぶった人と途上国の警官が嫌いです。


前者は他人の迷惑を気にしないから。
後者は大局を見ずに小銭をせびるから。


本日の実践の舞台は始皇帝の「兵馬俑」だけど、あまり気乗りしないわたし。

だって始皇帝のおっさん、世界史上でも一番偉そうじゃないっすか?


そりゃ戦国時代を制したんだから、すげーことしたのは間違いない。
郡県制の施行に文字、度量衡の統一だって本人のアイデアではないにしても、中華国家の礎となる制度を確立したのだから評価に値する。


でもやっぱり、お後がよろしくないようで…。


ご乱心なされたお偉いさんほどたちの悪いものはない。
これは古代も近現代も同じ。


度重なる土木事業による人民の酷使、焚書坑儒に代表される言論・思想の統一。
なーんか主語を変えるだけでここ最近の某国でも通用しそうじゃないですか。


それなのに観光客もあんな楽しそうに押し寄せちゃって。
ホントにいいのー、なんて思ったりもする。



かなり毒を吐いてしまったけど、語言実践活動には使えないオフレコ話。


どうしても気乗りはしない。
己を鼓舞する何かを見つけよう。
それこそが本日のテーマ。


だけれども、西安への移動は4時間もあったはずなのに、いつのまにかバスは目的地に到着してしまう。


さあ、参観が始まってしまいました。

想像以上の広さとおびただしい数の兵馬俑に、わたしのうんざり度はさらに倍。
気分転換に、と道ばたの花やおみやげ屋の珍品を写真に収めるが焼け石に水。


西安まできたのに、このまま無益な一日を過ごしてしまうのか。


どうする?さあ、どうする?


そんなとき、懐かしのアニメソングをバックに救世主が現われるのだった。
そのー名も、そのー名も、「宝鶏新出土青銅器珍品展」♪

かなり字余りのため、なんじゃそれ、と思う人が多分百人中99人。
私もその中の一人。


実際には、兵馬俑博物館の一角で開かれていた企画展の名称。


宝鶏は西安のさらに西。
西安からの道が、四川とシルクロードに分かれる分岐点にある交通の要衝。
当然、その地の利を生かして古代より多くの文明が発達してきたところ。


その宝鶏で2003年1月、西周歴王時代(紀元前877−841)の遺構が発見され、企画展は出土した青銅器を中心にした展示だった。


青銅器には計4000字以上の文字が記され、それまで事実関係が明らかでなかった司馬遷「史記」の記述(西周歴代王の系統)を裏付ける内容も含まれているという。


さらには青銅器にかたどられたヤギからは、その昔、宝鶏あたりにまで影響力があったに違いない羌族の影響を思い起こさせるし、烏の青銅水差しは、四川が誇る超古代文明「三星堆」のシンボルそのものだ。


そうなのよ、これこそが歴史なのよ。
見る人の想像力をかきたてるじゃーあーりませんか。


ただ、やっぱり、悲しいかな団体旅行。
気分はもう最高潮寸前なのに、ターイム・アップ。

せめて余韻を楽しむため、もう一度展示品を目に焼き付けるくらいは。

えっ、それもだめ?時間がない。
そんな殺生なああああぁぁぁぁ………。


本日の語言実践 : 以史為鑒(歴史を戒めとする)←流行語
posted by 牧場主 at 00:23| 佐賀 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | エンジョイ!学生生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月25日

かなり語言実践活動3




「今日も一日、実りある実践活動ができますように」


そう願わずにはいられないほど、血わき肉躍るスケジュールが待ち受けている。


午前中は少林寺に挑み、午後の部では龍門石窟で佛になるという。


少林寺は、当然あの「少林寺」。
実際は南北両派に分かれている、なんて生臭い話を聞くと冷めてしまいそうになるが、そこはあえてイメージ優先で自分を高めなければならない。


クリリンみたいに前頭部にお灸をすえられた奴らがいるに違いない。
さらにはあの映画みたいに、師匠の娘さんが可愛がって飼っていた犬を殺して食っても「あ〜み〜だ〜ふぉ〜」といって許してもらおうとたくらむ不届きな奴らが待ちかまえているに違いない。


ある武術学校の門をたたく。

いるいる。汗を流し、体を鍛えている若者どもが…。
いるけど、単にサニー千葉のJACをとてつもなく巨大にした感じがしないでもない。


講堂に詰め込まれるとあとは何の前触れもなく、ミュージックスタート♪


目前で繰り広げられるは武術半分、びっくり人間ショー半分。


体が柔らかいってすばらしいなぁ。
そういえば今年の初詣、成都のお寺で「今年は体が柔らかくなりますように」ってお祈りしたのになあ。
やっぱじぶんから鍛えなきゃ無理だよなぁ。

約30分間、いちおう写真は撮りながらも、心ここにあらずなわたし。


例の免罪符「あ〜み〜だ〜ふぉ〜」も心がこもっていない。


やっぱりものほんの寺じゃなきゃだめだ!


私以外に、そう思い直したのが何人いることか。
すでにおなかいっぱいの感じがありありとうかがえる同学們。


お前らはあの映画を見なかったのか?


そうでした。私が小学生の時だもの。
みなさん、お・生・ま・れにすらなられてませんですものね。


ここはひとつ、老人の思いで探しに付き合っては頂けないでしょうか。



武術学校から数キロ離れた少林寺は、山の裾野に広がる「これぞっ」って雰囲気のお寺。シチュエーションは非の打ちどころなし。


いるわいるわ、境内は参拝の中国人であふれかえっております。
しかも、だれもが「あ〜み〜だ〜ふぉ〜」と口ずさんでおります。

ここでわたくし、以前からの疑問を解消すべくあるプロジェクトを敢行。

伝説のアニメ「一休さん」では、小坊主たち小夜ちゃんを含めてみな「なむさん、なむさん」と口走っているのに、何故中国では「あ〜み〜だ〜ふぉ〜」だけなのだろう。日中をあわせて初めて「南無阿弥陀仏」の念仏が完成するというのに。

やはり、わたしが日中交流の架け橋になるしいかない。


「あ〜み〜だ〜ふぉ〜」と繰り返す中国人を見つければ、素早く背後に回り込み、間髪入れずに「なむ」と付け足すこと数十回。わたしの意図に気づかず怪訝な目をする中国人よ、それはお門違いというものですよ。


ふぅ、この語言実践活動による衆生の救済。
いったい何人の中国人を地獄行きから救ったことだろう。



少林寺から龍門石窟のある洛陽郊外まではお昼寝タイム。
同学們の寝顔撮影を好むフロム・イタリア中国人の攻撃をかわしながら、しばしの休憩を楽しむ。



さて、龍門石窟につきました。
中国三大石窟の一つと言われてますが、何とも「三大○○」が好きな中国人。


同じく世界遺産「大足石窟」の話は一度も出てきやしない。
わたし的には、ちょっと抜けた感じの「大足」はかなりお気に入りなのに。


大足でさんざん耳にした「四大石窟」という表現は四川方言だったの?


いずれにせよ、敦煌、大足、雲岡の石窟をきわめ尽くしたわたしにとって、この龍門石窟こそが最後の砦。


そんな手練れが舞い込んでいようなど、仏さん以外に知りようはずもなく、わたしもぱんぴーを装って参観を始める。



ところが、エマージェンシーランプはあっけなく点灯。

一人でゆっくり仏像を拝むのが常なのに、それじゃ言語実践活動にならないのだ。心の声として中国語で仏像に話しかけても、当たり前だが返答はない。


かといってガイドに付き従い向こうのペースに巻き込まれるのはまっさら御免。


万策尽きる。中国にきて初めての敗北感。
負けを認めてさらにまた一つ大きくなるしかないのか…。


大きくなると心も広くになり、集合時間などという現世の細々したことが気にならなくなってしまうらしい。


そう悟りに達しながら悠然と参観道を歩いていると、脱落者捜索用の車に拾われ、逆にバスの駐車場には同学們よりかなり早く到着してしまう。


これぞ仏のお導き。
おててのしわとしわを合わせて「な〜む〜」


本日の語言実践 : 事不過三(仏の顔も三度まで)
posted by 牧場主 at 22:35| 佐賀 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | エンジョイ!学生生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月24日

かなり語言実践活動2




だれだ。洗面台を「下呂」で詰まらせたのは。


そんな車掌の怒り声が聞こえてきそうです。
でもあんまり叫ばないでください。
アルコールで乾いた頭に響きます。


鄭州は2度目だが改札を出るのは初めて。
黄河のほとりにある町らしく「大河報」という面白い地元紙があり、駅前の新聞売りから早速購入するが、とてもこの状態では目を通せそうもない。


活字よりも水分だ。
だれか水をくれ。
乾いた全身細胞を潤しておくれ。


そうだ、ここは語言実践活動しかない。


「給我鉱泉水(gei2wo3kuang4quan2shui3)」


無事にミネラルウオーターを購入。


「パラララッ、パッパー。」▼

うおっ、何だ?


「まことはレベルが上がった。」▼

「買い物ができるようになった。」▼


「天の声」を聞くのは「クイズ100人に聞きました」以来のこと。

なんかレベル下がったような気がしなくもないけど、とにかく欲しい物は手に入ったしOK、OK。あっ、しくった。冷たいのにすりゃよかった。


黄河視察はホバークラフトにて移動。

船内にとどろく轟音のおかげでガイドの説明はまるで聞こえない。
聞きしにまさるハイレベルな活動に参加してしまったようだ。

ジャッキー・チェンみたいにこれに轢かれたら痛いのだろうか。
そんな思いを巡らせていたら、あっという間に対岸に到着。


待ちかまえていた馬乗せおじちゃんや土産売りおばちゃんは方言丸出しなので学生は誰も相手にしない。


なるほど、そういう手もあったか。
また賢くなってしまった。



午後からは鄭州をしばし離れ、宋の都「開封」に足を伸ばす一行。
それに従うわたくし。


「開封」については、どうでもいい思い出がある。


詳しくいつどこだったか忘れたので、だいたい10年近く前のこと。
どっかからどっかまで乗った国際線で、隣にある日本人が座った。


この人、開封の大学に留学していたらしく、

「開封って宋の都だった町っすよね」という私の言葉に異常反応。


「えっご存じですか。うれしいなぁ。いったいどこで勉強されました。博学ですね。普通の人じゃありませんよね」


てな具合に真顔で感動。
ほめまくるわ、ほめまくるわ。

この人、これまでどんな人間と付き合ってきたのだろう?

そう思いながらも、まるで打ち出の小づちのような美辞麗句のオンパレードに、馬鹿にされているような気がしてならなかった青春の一ページがよみがえるのだった。


てもって開封では龍亭と鉄塔を見学。


龍亭は絶対CMに使われてそうな宮殿スタイル。
と思ったらこの日もじいちゃんたちを集めた太極拳の撮影会。

50人くらいが各々皇帝の居室へと続く階段にスタンバイ。
音楽に合わせて24式、42式太極拳を舞うのだった。

ぼくたち、わたしたち、いったい何を見に来たんだろう。
大勢の同学們は疑問に感じていたに違いない。


しめしめ。
私だけ密かに彼らの演舞を見ながら、42式の復習をしていたことに誰も気づいていない。


語言だけでなく太極拳の実践活動があればトップも夢じゃないな。




「鉄塔は鉄ではありません」


そう説明を受けてがっかりしない人がいるだろうか。
サンタを信じていた子供たちの夢を壊すようなまねを、われわれのガイドは犯してしまったのだ。


じゃあいったいなんなのよ。
そう聞き返す気力も皆にはないようで、芝生に寝ころぶ者、早めにバスに引き上げる者など、さすがは速成班の面々。見切りが早い。


こちとら自由時間いっぱいを使って鉄塔散策にトライするも、内部は一部を除いて真っ暗な闇。いきなり引率老師のスプラッターな顔が目前に現れ、声を上げそうになるのが関の山。


ゲームだったら、最上階には必ずボス敵が待ちかまえているのが常。

密かに最上部にあの「ほめまくる人」がいることを期待していたのだが、そこまで人生物語はドラマティックじゃありません。あったのは一体の磨崖仏だった。


まあこんなとこで人生のクライマックスを迎えるのも悲しすぎるけどね。


汗を流せばビールがうまいのもこの世の常。
夜飯は河南風味、とろ火で煮込んだ羊肉鍋をみんなで囲む。


特注の辣椒を取り皿にぶち込めば、あとは煮立った具とビールを交互に口の中に放り込むだけ。マイ・ワールドにどっぷりつかってしまいましたとさ。


本日の語言実践 : 我過了幸福美満的晩餐(飯うまかったなぁ)
posted by 牧場主 at 20:38| 佐賀 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | エンジョイ!学生生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月23日

かなり語言実践活動1




いやぁ、何とも困った。


五台山から北京に戻って約6時間後。
今度は電車に乗っちゃいました。

北京西駅発の洛陽行きK269。
まあ、私が乗るのは河南省の省都「鄭州」までですがね。


でも断っときますが、旅行じゃありませんよ。
そんな働きもしないでふらふらしてちゃ、今この時間も全世界で汗水流している推定7000万人の同い年たちに悪いじゃないですか。


あくまで「語言実践活動」です。


日頃教室で学んだ中国語を実際に中国人に対して使ってみましょう。

それこそが栄光の「語言実践活動」


お前は日ごろ、中国人に中国語を使ってないんかい!!


ふんだ、そんな突っ込みは全く聞こえませんね。
偉い者には無抵抗骨抜きになって巻かれてしまう私のこと。
学校の決めたことには従うしかありませんからね。


あーいやだ、いやだ。
教室で勉強がしたいなー!


電車の消灯時間が午後10時じゃなかったら大声で叫んでいたところですよ。



明日は朝から黄河見物、あぅっ失礼、「黄河実践活動」か。


いきなりの真剣勝負、早めに寝るべき何だけどなぁー。
クラスメートがひっきりなしに酒をついでくるんだよなぁー。


おぅっと、○同学、いい飲みっぷり。
その白酒、ストレートじゃなかったっけ。
頼もしいかぎりだねぇ。

こっちじゃ女士們の恋バナが花盛り。
だいぶんボルテージが上がってまいりました。


うぃー、ひぃっく。
こりゃ当分眠れませんわ。


本日の語言実践 : 酒一下肚、同学們就象変了個人。(酒飲みゃ皆性格一変)
posted by 牧場主 at 18:24| 北京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | エンジョイ!学生生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月22日

攻める者は救われる?




五台山の中心部、なんかぱっとしなくない?

昨晩、串焼きを22本ほおばり、苦瓜ビール2本を空けた頃、そう思った。


でも宿代はもう一泊分払ってるし…。
返せ、っていったら宿主の中国人、絶対ごねるし、めんどくさい。


さらにアルコールに虚ろな脳内細胞を働かせ、導き出した結論。


「近場で面白そうなところを攻めようじゃないの」


「菩薩」に例えられる3000メートル前後の五つの山々に囲まれた五台山。
とうぜんその地区にお寺も一番集まっている。
でも、エリアの外側にも名刹・古刹があふれているらしい。
さらには「国宝級寺廟」も二つもあるらしい。

国宝級だと?

うん、きまり。
その2つ。南禅寺、佛光寺が目的地だ。


実はこの二寺、各々「五台山文物的頂峰」、「亜州佛光」の別名もあるらしい。
大げさすぎると感じなくもないが、何せここは世界第三の国土を持つ中国。
これくらいのアピールがないことには、誰の興味も引かない。


だまされて身も心もぼろぼろ、道ばたに捨てられるのも一興。

それくらいの心意気がなければ、いい年して旅人はやってられないのだ。


さっきは「近場」って書いたけど、それはこの国の相場で見た場合。
実際は100キロもある道のりで、バスだと客の乗り降りもあって約3時間。

高山地帯を走るとはいえ、車窓の風景、チベットとはいたって対照的。
緑に包まれた山並みは目にも優しく、心なしかゆっくり通り去っていくよう。



東冶鎮で下車。

あとは幹線道路から延びる道を北上。
3、5キロの道のりを歩けば、第一の目的地「南禅寺」に着くはずだった。

はずだった、あーはずだった。

でも、相変わらず畑と畑に挟まれた農道をひたすら歩いているわたし。

時折、車や爆走トラクターがそばを通り過ぎていく。
土煙が嵐のように巻きあがり、見渡す限り唯一の歩行者である私はそのたび、たまったものじゃなくなる。


すでに軽く一時間は歩いた。5キロは優に超しているはずだ。
500m単位まで細かく書いておいて読者をだますとは何事だ、ガイド本!

結局8キロほど歩きました。
国宝級の「南禅寺」に観光客に到着しました。
道中、一カ所の観光案内板すらない状況に察しはついてました。


「国宝級」ですが、観光客はひとっこ一人いませんでした。


それでもガイド本、さらには境内の解説板も賞賛がつきません。
本殿はアジア最古の木造建築物だそうです。
私は奈良の法隆寺が世界最古だとばかり思ってました…。


ボクシングのように世界一と東洋一の違いのようなものなのでしょうか。
それとも、これもまた歴史教育の違いによる産物なのでしょうか。

どっちにしろ、近現代史じゃないから、誰の関心も引かないでしょうが。


でも、そんなことはたいしたことじゃないんです。

寺守の老夫婦から入場券を買い、本堂を空けてもらいました。
2000年に本堂内の仏像3体が盗まれたとかで、親父が徹底マーク。
まるで私が盗っ人であるかのようなまなざしが背中に痛い。

盗難を免れ残った14尊の仏像も唐代の作ながら、すべては檻の中。
とーぜん、写真も撮らせてはくれません。
良いものを見せてもらっていることは間違いないけど、


「あーこの親父。盗難にあったときも寺守してたのかな。だとしたら相当怒られただろうなぁ。いやここは中国だし、ただじゃ済まないよなぁ。」


なんて考えると、気まずさの方が大きい。


本当に見所は本堂だけなので、またしても参拝の最短記録を更新。
おいとまの頃、個人ガイドを引き連れたフランス人夫婦とすれ違う。
あれだけ五台山中心部にあふれていた中国人観光客とは会わずじまい。
彼らにはまだ早い「R15指定」くらいの場所なのだろう。

そう思わせて自分を納得。



次の目的地は「アジアの佛光」こと、「佛光寺」。

バスを乗り継いで、今度は寺最寄りの豆村鎮で下車。
賢く最寄りのアイス売りおばちゃんに聞くと、「歩きは論外」。

タクシーの貸し切りは交渉の結果、往復30元に落ち着く。
火鍋一回分と考えると、「歩き」を選びたくなる衝動を何とか抑えて、みたび車上の人となるわたし。

メロン味の棒アイスをなめ回すようにして食べ終わってもまだ着かないところをみると、ぼったくられ不安度は雲散霧消、大枚をふるったこともまんざら間違いではないことに気づき、気分は上々だ。


当地の言い伝えによると、
「先に佛光寺あり、後五台山あり」

創建は北魏孝文帝年間(477−491)らしいから、確かに古い。


でもやっぱり、ここにもいないのよねぇ。
境内に観光客も、さらには切符売りも。


南禅寺に比べて境内が広いだけに、人捜しはさらにやっかい。
何でこんな苦労を、と思いつつ、僧坊らしき建物の一室(ここまで入れてしまう!)にて、石臼で何かを挽いていたおっちゃん発見。


入場券を購入。
これですべてがうまくいく。
そう思うもつかの間、ここでもマンツーマンの徹底マークにあう。

しかもどこから湧いてきたのか、お堂ごとに担当者が待ちかまえ、わたしが訪れると初めて扉の鍵を開け、堂内を観察する私の背中にあの視線を浴びせ続ける。


これじゃあ、ゆっくりと参拝する気持ちには慣れません。
悪いことなどしたこともないのに、悪者のような気になってしまいます。


タクシーの運ちゃんが催促のクラクションを鳴らし、静寂がやぶられる。
なにか救いの手を差し伸べられたような気持ちだ。
ありがたーくお堂を出る。


こんどは外国人観光客ともすれ違わなかった。
この場所はかなりアダルト「R18指定」くらいを与えてやってもいいだろう。
とにかくハイレベル、高級なのだ。


で、豆村に戻るタクシーにて。しばし思う。


「国宝級」って何なんだろう。
それに意外に賢いよなぁ、中国人観光客。
ガイドの飾り文句に騙されたわたしがアホなだけ?


これじゃ、あまりに救われなくない?

寺に行って救われないなら、教会にでも行けってのか。
それも無理な話なので、毒を食わば皿まで。
五台山中心部を攻め直すしかない。

午後3時にもどると、後はとにかくハシゴです。

「ラマ教黄帽(チベット仏教ゲルク)派」とされる寺にも足を伸ばしました。

チベット文字のないシンプルなマニ車。
モクモクと煙立つ線香。
瑠璃瓦。仏塔。仏像。タルチョ。仏画。
中国式とチベット式が混在はしているけれど融合はしていない。


廣仁寺という寺を訪れたのはちょうど夕食時。
スピーカーから流れる読経は、おそらく中国語と蔵語の二重放送。
境内には、老若男女の坊さんズであふれかえっていた。
300人は優に数えたはず。数も多いが所属もバラバラ。

赤い袈裟を着たチベット系が最多の7割。
灰色の僧衣をまとった中国系も約2割。
さらには青い胴衣の道教系とルンペン系が残り1割。


五台山2.jpg

◎参考写真:読経がやむと一斉に配膳が始まる。メニューはすいとん

一様にがっつく坊さんたち。


皆よほど腹が減っているからか、和気藹々という雰囲気はない、
これもまたアンバランスさの方が際立つ印象を受ける。


これまで純粋チベット系の寺しか見てなかったから、どうもそれとの違いばかり目についてしまった。

違和感を異質ととらえるか、新発見ととらえるかは、受手側の懐の深さの問題。

「国宝級」も「蔵漢混在」も五台山に来なければ見れない光景。
そう考えれることで、新しい意味が生まれるのではないだろうか。


今回の五台山。なんかがっかりの方が多くて、すぐには「救われない」けど、いつか「救われる」種は手に入ったような気がする旅だった気がする。
posted by 牧場主 at 02:38| 北京 | Comment(0) | TrackBack(0) | またまた旅に出ました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月21日

五台山なれば五体投地




「留学生」ってのは肩書きだけ。
ほんとはただの旅行者のわたし。


今度は五台山に行ってみました。

で、どうなんですか?

そうですか。どこだか分かりませんか。


北京の南西約300キロ。山西省の北西部。
3000メートル級の山々に囲まれた結構息が切れる場所なのです。


おぢちゃん。
そこはどんなとこ?
何があるの?


子供たちの素朴な疑問が私の耳にも届きました。


実は、中国仏教界の四大聖地の一つに挙げられる大層なところ。
学問の仏様「文殊菩薩」ゆかりの土地だとも言われちゃったりして。


ならば、「学生」として、行かないわけにはいかないじゃないですか。
幼き頃より、「田舎の神童、大海を知らず」と言われ続けてきたわたし。
あやかるまでもありませんが、文殊ちゃんとは仲良くしたかったりはする…。


愛読してます旅行指南「在路上 山西」によれば、五台山行きバスは8時半発。


てな訳で、5時半起き。


小金持ちの北京人よ、ありがとう。

土曜日の朝、南方面行き高速がこんなに込むとは思いませんでした。
五台山行きのバスが六里橋汽車站を出発したのが午前8時半。

でもね、いくら広いって行っても、北京市を出るまで、約3時間。

それって、っっっっっっっっっっっっっっっっっっっって、ありえねぇー。


あなたたち、自慢の愛車を乗り回したい気持ちは分からんじゃない。
ただ、こんな渋滞を引き起こしてまで、いったいどこ行こうっての?

そげん聞いてもよかろーか。
いや、よかろーもん(方言反語Version)。



さて、何とか、五台山にはつきました。
すでに午後5時が近づいていますが。
おまけに、思った以上に寒かったりする。


点在する寺院の中からとりあえず選んだのは、一番目立つお寺。
集落の中では一番高いところにあった「黛螺頂」。
よく分かんないでしょうが、だいたい55度の角度で見上げます。


108の煩悩をさらに10倍した1080段の登り道が待ちかまえてました。
煩悩とは縁もゆかりもない節操あふれる生活を送っていますが、向こうさん、至って容赦はありません。


でもね、私だってパボンカを制した男。
何をかおそれる恐れるに足らんや。ですよ。

そう。
まるで、キナバル登山競争に毎年参加するアスリートのように。
12分30秒にも及ぶ自分との格闘を乗り越え、頂上は気分はそう快。


景色以外は何の印象も与えてくれなかった「黛螺頂」 は、10分で終わり。


でもね、軽やかな気持ちで下ってるとき、また見ちゃったのよ。


五台山投地.jpg

◎参考写真:五体投地して上ってくるおっちゃんを。この1080の階段を。

ここはチベットじゃないけど多分標高は2500メートル前後。
登りの時は自分も下向いててよく見ずに、かるーく追い抜いてやりました。


やっぱり仏教の聖地だし、結構真面目なところに来ちゃったんだ。


「ほんとご苦労さんです」

気持ちは謙虚。
おっちゃんにカメラを向けてしまうのでした。



あとはもう、おきまりのコース。
羊肉と豚肉の串焼きを10本ずつ(合計130円)買って、部屋での晩餐。
町内のスーパーで買ったビール、その名も「苦瓜ビール」も苦みは一般。


これじゃぁ、北京にいるのと一緒じゃん。

そんな突っ込みを自分に。


面白くなかったってのかって?

旅行はまだ始まったばかり。
明日以降に期待しようじゃないの。
そう、自分自身を鼓舞するわたしなのでした。
posted by 牧場主 at 12:00| 北京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | またまた旅に出ました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月20日

マジ送っちゃったのよ




結局、西蔵大学に依頼していた入学申請書は届かなかった。
こちらからは4月上旬、蔵大HPの指定アドレスに一度メールを送っただけ。

念のために、と資料申請のメールは中国語と英語で記入していた。
でも、でも、待てど暮らせど、連絡はなしのつぶて。

申請資料の締め切りは五月末日。
もう、この時点で届いたって間に合いはしないだろう。


おい、おい。これでいいのか。蔵大留学生部。
やる気ないのがバレバレじゃぁ、ありませんでしょうか?


本来なら、焦りまくっててもおかしくない。
普通なら、あと一、二回くらいは電話やメールで催促したにちがいない。


でも。そんなのは凡人のする話。
はなっから相手さんを信用してはいません。


古代悠久より、あの中印両国の影響を受けてきた人たちなのですよ。


やはり、無駄足とは考えず、直に資料を取りに行って正解でした。
そう。連絡はなしのつぶてでも、手元には神々しい「入学申請書」。


申請に必要なのは、@申請書A推薦書B申請費30ドル。

このうち
Aは漢字の説明文には2通、英文には1通で「可」と表記。
Bはどんな方法でて送ればいいかも書いていない。


ああ、いやになるくらいいい加減なんだから、もぅ。

結論(現役留学生から調査済み)は、

Aは1通でもOK
Bは中国元だと250元。現金を同封すればよい。

ということでした。


めでたく、今日20日、必要書類をEMSで送付。
いくら中国でも北京からラサまで10日かかることはない(はず)。


元来、根っからの、十人中十人が認める正直者なので、申請書類は全で嘘を書かずに埋めてしまった(当たり前?)のが気がかりといえなくもないが、そんなことで、受け入れを拒否する蔵大さんではないはず。


そうですよね。
受け入れ通知はめんどくさがらずに送ってくださいよ。

親愛なる蔵大留学生部さん(礼)。

posted by 牧場主 at 19:48| 北京 | Comment(0) | TrackBack(0) | エンジョイ!学生生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月17日

そして当日


中国語発表の実況中継



みなさんこんにちわ。(こんにちわ)
今から私の旅行についてみんなにお話しようと思います。

写真も見た方がわかりやすいですよね。
そう思ってノートパソコンを持ってきました。
スライドショーを見ながら説明を聞いてください。

あっ、音楽は消しましょうね。(えー、あったほうがいい!)

それって、僕の話はどうでもいいってこと?(一同小爆笑)


カリ、カリカリ、カリ(黒板に四川省と西蔵自治区の地図を描く私)

カリ、、カリ、、カリ、(徳格、甘孜、色達などの地名が書き加えられる)


えーと、どっから話しましょうか。
あっ、今回の私の旅は15日間。大まかにいって二部構成です。


まずは前半のお話から。


旅が始まったのは29日。
この中には、私が口語の中間試験の教室にバックパックを持ち込んでいたのを見た人もいるはずです。
そう、テストが終わると北京西駅に直行。
しこたまビールを買い込んで、四川行きの電車に乗り込みました。


この前半の旅ってのは四川省の旅です。
大まかに行って四川省の西半分は標高が2000メートルを超える高山地帯。
蔵(チベット)族をメーンに少数民族が多く暮らす地域になってます。
そのエリアの一番奥の奥、もうチベット自治区までは通勤エリア、くらいにあるこの町(黒板上の徳格を指さす私)が目的地でした。


こんなへんぴなところに何があるんでしょうか。

知る人ぞ知る、知らない人はついぞ知らないお寺があるんです。
私にとっては超有名な「デルゲパルカン」というお寺です。


カリカリ(黒板には新たに「印経院」と大きな文字)


ここは仏教の経典を印刷する場所です。
皆さんは経典を知っていますか?

(「中国語では経典ではありません。教典です」と先生のつっこみ)


そう、それ。
先生の指摘のように、ありがたい教えなどを書いた聖書みたいなもんです。


この印経院では、中国全土にあるチベット寺で使われる教典が印刷されてます。
といわれてます。そう聞いてます。

それはそれは、ありがたーい、あーりがーたーい所なのです。

ですから、四川に限らずチベット自治区、青海省などからも多くの巡礼者が押し寄せてくるわけで、私も彼らに混じってありがたーく見学させてもらいました。


もう写真は出ましたか、そうそんな感じの所。
まあ、チベット寺なんて外見じゃほとんど見分けつきませんが…。


(で、面白かったの?)

非常にいい質問ですね。
たとえ面白くなかったとしても、絶対面白いと思うようにしています。

(どういうこと?)

そう思わなきゃやってられないんです。


(黒板を向き、地図を示す私)

一見結構近そうですが、実は徳格には3日バスを乗り継いでやっとたどり着きました。

成都から一日平均12時間座りっぱなしで連続3日間。
途中では4000〜5000メートルの峠をいくつも超えます。
高速を走る訳じゃないから、当然上下左右に揺れ続けます。

4日目の午前中、ようやくお寺を参拝できたわけです。
どうです。聞いただけでまたありがたーく思えてきたでしょう。


さらには行きっぱなしでは終われないのが旅の悲しさ。
帰りの道のりも手ぐすね引いて待ちかまえているのです。

同じく3日間のバスの旅。
加えて厄介なことには、一見勇猛そうなチベット人。
馬とは仲良しでも、バスとははまったくお友達になれないみたい。
私の隣に座った人は往路合わせて都合3人も吐いちゃいました。

もらいゲロしない体質で本当に良かった。親に感謝です。


さて、戻ってきました。久しぶりの大都会。
成都では火鍋を食べました。
授業でも私は何回も言ったはずです。
火鍋は四川(含む重慶)以外で食べてはいけません。


ここから第2部が始まります。
そう、けっこうみんなが知っている聖都ラサへの旅路です。


チベタンノゲロニモマケズ
トウゲゴエノサムサニモケズ
イッシュウカン
シャワーナシデモクジケズニ…

そんな感じで旅していた苦行エリアをかーるく飛び越え
ラサまでは朝食付き2時間の快適フライト


金の力は偉大です(←交通飯店@成都で1950元)


私にとってラサは3回目。
劉某さんよろしく三顧の礼をもって訪ねたのは、世界遺産「ポタラ宮」でも、チベット人にはポタラと匹敵するくらい有名な大昭寺でもありません。

多分中国人でも知らない人の方が多い超マイナー「西蔵大学」。

向学心に燃える私は、9月から始まる来学期、そこで勉強します。
中国語じゃありませんよ。チベット語です。「ザンユィー」です。


そんな物好きなわたしははやる心を抑えきれず、行っちゃったわけです。
まあ、留学生部の職員や留学生の生の声を聞けて収穫はありましたよ。
もしみなさん興味があれば、来れるものならぜひ来てみやがれ。
歓迎しますよ。


ラサ行きの目的はそれだけだったので、あとは想像通り、だらけてました。


最後に。
皆さんお待ちかね。イメージチェンジの訳を教えちゃいます。(おー、おー)

実は成都にいる友達がちょうど誕生日だったので、それに会わせて、余興の一つとして我が身を提供したまでのこと。
あと、西蔵大学の職員に好印象を与えようという野望もちょっとだけ。

だから決して、失恋が理由ではありません。
ましてやチベットの坊さんに出家を勧められたからでもありません。

だから新しい僕とも今後とも仲良くしてね。
ご静聴ありがとうございました。(パチパチ、パチパチ)


(xishanの発表、大変面白かったですね。では授業を始めます)

(「それだけかよ!」と心の中で叫ぶわたし)
posted by 牧場主 at 08:24| 北京 | Comment(0) | TrackBack(0) | エンジョイ!学生生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月16日

発表へ。

「ちべっと」と名の付くブログでありながら、北京で中国語クラスに在籍中。
しかも学費が中国一高いだけに、まじめ学生の率もかなり高いクラス。


そんな「優等生」たちの中で一週間も授業をさぼると多分ちょっと浮いた存在。
ラサから飛行機で北京に戻ったのが14日(土)。
「間・・髪」くらいの間をおいて16日(月)、久方ぶりの登校となりました。

旅行中、誕生日の余興として肩まで伸びた髪を切り落とし、おヒゲもつるつる。
別人となって帰ってきた人間を温かく迎えるどころか、動物園一の人気者扱い。
しかも、さっそく授業で旅の話を発表しろ、断髪の話を絡めて。と矢の催促。

おいおい、私は現世のリズムにゆっくり体をならさなきゃいけないのだ。
リハビリが必要なのだ。いきなり「吐け」とは何か悪いことした人みたいじゃないの。

ちなみにクラスメートは19人。
教室内の共通語は中国語だけど、10人は日本人。しかもうち6人は女の子。
チベットってなんか面白いよって教えちゃおう、って気がないわけじゃない。
でも真面目に熱く語りすぎて、白い目で見られるのも何だしなぁ。


チベット好きって日本でそんな憂き目にあったことありません?


ちかごーろー、私たちはいい感じ。…これが私の生きる道(懐PUFFY)。

ってな感じで、唯我独尊、ついてきたい奴だけ俺についてこい。
そんなかっとばせる「悟り」の境地にはまだ早い、私はそう青二才。


「姐さんたち、あっしにも心の準備ってもんが必要ですわ。いきなりは殺生ですぜ。ここはひとつ、明日ってことで勘弁してはもらえませんでしょーか」


名誉ある撤退。グローリアス!
ああ平身低頭、少なき仁。
美しきかな、その場しのぎ。
posted by 牧場主 at 20:55| 北京 | Comment(0) | TrackBack(0) | エンジョイ!学生生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月13日

パボンカとわたし巡礼




昨日はあんなこと言いながら、結局午後から、ポタラ宮の裏側と薬王山を「精力的」にぶらついたわたし。

20代でも十分通用しそうな行動力に自画自賛を惜しまない。
分別ある人間の端くれとして、前菜も食べずにいきなりメーンディッシュ「パボンカ」をいただくわけにもいかないしね。


チベット仏教ゲルク派六大寺院の一つ「セラ・ゴンパ(色拉寺)」は、有名なお寺だ。私よりちょっだけ昔にチベット入りした河口慧海、多田等観のお坊さんズも長く滞在したところ。


でも、私のパボンカはさらにセラの上を行っている。というか実際上にある。セラの裏山を一時間半かけて登るらしい。


高地適応を見事なしえた私には何もおそれるところはない。それどころか、ガイドブックには申し訳ないが、多分一時間もかけずに到着してしまうだろう。絶好調だ。


どうれ、パボンカからセラちゃんを見下してやろうかね。503路バスを終点(セラ寺)の一つ手前、軍区総病院前で下車。西に向かって歩き始めた。



ーインド映画よろしく「いんたーみっしょん(しょんべん休憩)」ー


豆知識として私のお気に入り旅姿。

愛用してますLAドヂャースのシャツ。
ポッケのいっぱいついたカーキ色のズボン。
肩にかけるは、ミャンマー土産の黄色のシャン・バッグ。
トレッキングといえばティンバーランド。でも山歩きに不適な普通の靴。

西洋と東洋、小乗仏教と大乗仏教が融合した見事な出で立ち。
おおよそ何人か分からないところがみそ。
おかげで日本人からもその他旅人からも全く声がかかりません。


ー悪くないと思うのですが、あえて意見は求めません。終了ー



パボンカこそが桃源郷。動物たちの最後の楽園。中国人もうなるぜ、香格里拉。

即興で作ったこのすばらしい旋律。詩人の才能もある自分に、しばし陶酔。

実際はチベットに対する幻想イメージなんてとっくに雲散霧消。
実際、パボンカがどんな俗っぽいとこだったとしても、だいたいそんなもん。


でも「極太さ」が妙に気持ちをかき立てる印象的な建物「パボンカ・ポタン」が大きくなるにつれ、登り路を進む足取りも、妙にスピードアップしていくのだった。


パボンカjpg.jpg

◎参考写真:後ろの雲もぶっといが、パボンカだってぶっといのよ。ほんと


四捨五入すれば公約通り一時間。標高3800メートル。上等だ。今息が切れているのは高度に負けたからではない。でも日頃の運動不足のせいでも、寄る年波のせいとも思いたくない。


お堂では読経が行われていた。

初めて見たことには、坊さんたちの後ろの方には、パンピー・チベタンもお堂に入り、マイ五体投地セットを床に敷き、一番偉そうな坊さんのリードに併せて、経を唱えているではありませんか。

音程だけ合わせて

「うーうぇんうぉーわんーいー」

ってな具合に誤魔化している人は誰もいない。


なんかハイレベルなところに来てしまった。
うん、私にふさわしい。
十分だ。おいとましよう。


静かなところの方が心が落ち着いてよろしい。
坊さんがすべて読経中なので、鍵のかかった「パボンカ・ポタン」は周りから眺めるだけ。
中に入ってしまっては、そのぶっとさにドキドキすることはできない。

だから、これでいいのだ!


そう。天才バカボンをリスペクトせずにはいられない「パボンカ・ゴンパ」はこれくらいが潮時だ。


あとは来た道を帰るだけ。それが人の道。
でも道草の誘惑に負けてしまった。


タシチューリン・ゴンパ、タクテン・チュププク、セラ・ウッエ。


カタカナのオンパレードは早口言葉に最適だが、実際歩くとなかなかの道のり。
標高は多分4000メートルを超えた。山の斜面にかすかに残る道が頼り。
おまけに道幅や30センチ程度ときている。
砂地の多い下りだと、時に、靴底すり減りまくりのマイ・ティンバーランドがずるっと滑ってしまい、思わず眼下100メートル超の谷底に目をやり、肝を冷やす。



約6時間をかけて、目的地でも何でもなかったセラ・ゴンパに到着。
裏山から入ったので入場料も払ってません。
だいたい寺に行くのに入場料なんて…。
そう思っている人、ただでセラ見学できますよ。
私にはその気力も残ってませんでしたが…。
おすすめもしませんしね。


天気が良かったのが唯一の救い。
気持ちよかったけど、極端に日焼けしてしまった。


ちなみに翌日は吹雪混じりの悪天候。
たぶんこの日私が通った道は一面の雪化粧。
もしこの日歩いてたとしたら簡単に突風にあおられ、谷底でおだぶつでしょう。


自分自身にオム・マニ・ペメ・フム。
posted by 牧場主 at 20:25| 北京 | Comment(0) | TrackBack(0) | またまた旅に出ました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月12日

パボンカとわたし邂逅




所期の目的は早々に達成してしまった。
まったくの手持ちブタさん状態。
まだ水曜日なのに。
学校にはあさって13日まで、すでに請暇(欠席願い)を出してる。
帰るわけにもいかない。


渋くラサを攻めてみたい。
でも金のかかることはしたくない。


お世話になってます「旅行人チベット」をめくりました。
そしてすぐ見つかりました。ラサのチャプターの後ろから3ページ目。
パボンカ・ゴンパ。

パボンカ・ゴンパ?

響きが心地よい。
そのくせ、歴史は大昭和寺(ジョカン)より古いらしい。
よし、明日行こう。
思い立ったらすぐ動かないのが、大人の判断でまた良い。
今日は心地よく眠れそうだ。
posted by 牧場主 at 20:20| 北京 | Comment(0) | TrackBack(0) | またまた旅に出ました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月11日

ラサはやっぱり…




変わっていた。


中国の労働節(ゴールデンウイーク)。
学校も一週間の休みとなり、性懲りなく出かけたチベット旅行。
今回は東チベット(徳格、甘孜、色達)を10日間かけて回ったおかげで、高山病の心配はない。
空港からラサに向かう約1時間半のバス移動。
早朝5時起きの借りを返すべく爆睡できた。


ふと目覚めたとき、バスが走っているのは、透き通った青空と茶色い大地のコントラストの中でも、はたまたヤクバターとしょんべんのにおいが混ざった懐かしいラサの街でもなかった。


まだぼやけた目に映ったのは、つい半月ほど前に週末旅行で訪ねた山西省・大同のような中国の典型的な中都市。
まさに漢字の海、海、海。バスはまだ速度を落とさず走り続け、車窓越しではチベット文字を探し出すこともできない。

とうぜん人も洋服を着ている。
別に何を期待するわけじゃないけど、東チベットだったらじいさんばあさん、娘さん、野郎だって大半が民族服を着ていた。ここの人たち、見かけも漢人かチベット人か分からない。


チベット自治区には「本土」から続々と漢人が移住し、ラサの街自体が巨大化していることは聞いていた。それに対してどうこういえる立場じゃない。

ただ、「まちのあいでんてぃていーってもんはよう…」などと思っていると、自分的には「ラサの入り口」だったランドマーク「黄金のヤク像」がみえてきた。

ということは…。

やっぱりポタラ宮が見えてきた。



北京路をひたすら東進する。
定宿だったヤクホテルが見えてきた。
あんな風にぱっと見高級ホテルのようになってしまっては、セコセコ旅行者の性根が抜けきらない私の足はどうしても遠ざかる。


宿は初めてのバナクショー。
1996年の旅でカツ丼を食べた記憶しかない。


25元のドミに入り、北京に移ってからは特に珍しくもないのだが、早速宿内の「ナムツォ・レストラン」でカツ丼をほおばり、ノスタルジーに浸ってみた。
「思い出」という調味料はやはり偉大だ、ということがしみじみ分かった。



ラサ変わる.jpg

◎参考写真:日々変わり続けるラサの街。巡礼者集う旧市街だって例外ではなし

「今回ラサに来た目的は?」


そんなこと誰からも聞かれないのだけれど、ずばり「偵察」。
まあ、目的が目的だから誰からも聞かれないに越したことはないのだが、それはそれでちょっと悲しい。
とはいえ、高山病の「こ」の字も現れてない今こそ出発の時。早速、偵察に向かうことにした。


中国の大学といえば、これまで四川大学、北京語言大学など数校しか知らない。
どれも全国規模の大学だから、広い敷地に近代的な体育館などがあったりして設備もなかなか立派。そのイメージしかないものだから、宿から徒歩15分、ひっそりたたずむ正門を前にかなりがっかり。


「この方が目的地(留学生事務所)を探しやすいさ」と言い聞かせ、さらに5分後には、ほんと何の苦労もなく、事務所の職員とお話をしているのだった。


怪訝そうな顔で「何しに来たんだ」と訪ねる職員。
受付にいただけでどういう役職か分からないが、男性だから受付嬢でないことは確か。


「来学期からここに留学したいのだが、どういう環境なのか知りたいし、事前に聞きたいこともあって旅行のついでに来ました」


4月上旬にはネットを通じて資料請求していたのだが、旅立つ時点では何の音沙汰もなかった入学案内のバンフレットを渡され、ロビーに一人取り残される。
内容は蔵大HPの入学案内と同じ。
まだ午後2時過ぎだし、改めて何聞こうかと考えていると、例の職員が再び現れ、留学生を紹介してくれた。


名前は聞いたかもしれないが、すぐに忘れてしまった。
イスラム教徒のようなスカーフが印象的なこの女性は2004年9月からここにいるそうで、部屋まで見せてもらい、なかなか楽しそうにやっていることが分かった。


さらに他3人の日本人とも会い、ここにいる日本人のほとんどをすでに制覇。続いて、今度は男性日本人からさらに事細かに取材。どうやら手続きはまだ十分間に合うみたいだし、いったん日本に帰らなくても、香港でビザの手続きすることも可能なようだ。

「拉薩口語読本」という中国語で書かれたチベット語入門書も教えてもらい、早速購入。


てなわけで、偵察はめでたくもあっさり終了。
皆さんありがとうございました。
posted by 牧場主 at 17:57| 北京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | またまた旅に出ました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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